空模様はあの日を区切りに曇ることが多くなり、どんどん下がってくる気温からもしやとは思っていたが今日、ついに雪が降り出した。
 窓の外でちらつく雪を横目に振るう金槌に風情を感じつつ、気付けばあのスタンピード鎮圧からもう2週間が経過していることを思い出した。

 鎮圧から少しして訪れた数人の兵士から参加報酬と、プラスで現地で鍛えたヒルダさんの剣の料金を頂いた。
 思っていたよりも多かったので少し返そうとしたのだが、その行動を予想されていたのか、捲し立てるようにお礼を言われて見事に感謝サンドバッグにされた。
 気付けばさっさと兵士達は引き上げ、手元には多額の銭だけが残っていた。

 それからしばらくは何事もなく仕事を続けていたのだが、つい先日のことだった。

「僕に鍛冶師として探索についてきてほしい?」
「そう言われたな」

 親方から聞いたのは、とある冒険者パーティーが僕に鍛冶師として同行してほしいという話だった。
 たまたま僕が休みの日だったらしく、直接話が出来ずに親方に伝えることになったらしいが、多分直接聞いても意味が分からなかったと思う。

 ついこの間のスタンピード鎮圧ですら、あの大規模な戦闘がなければ暇してたくらいだ。
 あれから色々と噂が流れているとナーシェさんから聞いたが、それを鵜呑みにして僕を指名したのだろう。とはいえ、大した実入りはなさそうだ。

「と言っても、何をするんです?」
「どうやらダンジョンに潜るらしい。そうなると装備品には気を遣わなきゃならん。其処で、何時でも何処でも鍛冶が出来る上に戦闘もこなせると噂の【魔竜の鍛冶師】が居ると心強いって話だな」
「その変な二つ名みたいなのやめてくださいよー……。僕は僕で忙しいのに、噂だけが独り歩きしていい迷惑ですよ」
「じゃあ断っとくか?」
「……ちなみにこれって幾らぐらいの報酬になるんです?」

 とりあえずお金の話は大事なのでしておきたい。

「パーティーの規模にもよるが、金貨20……とかが相場なんじゃないか?」
「20……20ですか……」

 この間の出張鍛冶が、国からの招集で報酬が金貨60枚だった。その中でヒルダさんに作った剣の製作費が金貨40枚だった。合わせて金貨100枚があの日の報酬だ。
 プラスして日々の仕事で稼ぐ月収入もある。それだけで十分に仕事出来る金額を頂いてるので、無理して参加する必要はまったくないのが現状だ。

「最初に大きな依頼をしてきたのが国だったからどうしても見劣りはしちゃいますね」
「まぁなぁ……だが店を構えるにしても構えないにしても、貯金は必要なんじゃないか?」
「お金はいくらあってもいいですからね」

 金貨20枚あればかなりの期間を生活することはできる。それこそ、鎮圧戦終了後に考えていたニシムラを探す旅もお金が必要だ。できれば徒歩とかしたくないし。

「まぁ、考えといてくれ」
「分かりました。……ちなみにそのパーティーって有名なところとかなんですか?」
「あぁ、そういえば言ってなかったな」

 素材小屋に向かう裏口から出ようとしていた親方が振り返る。

「A級パーティー、【三叉の覇刃(トライ・エッジ)】というパーティーだ。王都じゃ結構有名だぞ」
「トライ・エッジ、ですか。分かりました」
「おぅ」

 親方の背中を見送り、1人になって考える。名前は正直、聞いたことがない。
 ただそれは僕が世情に疎いからであって、親方の言う『王都じゃ結構有名』というのが正しい認識なのだろう。
 その上でA級とも呼ばれるパーティーが渡界者(エクステンダー)を加えて安っぽいダンジョンに潜るとは思えない。

 となると難関ダンジョンに潜るという選択肢しか考えられなくなる。
 その上で同行し、まぁ戦闘もするであろう現場を生き抜いた後にチャリンチャリンと金貨20枚を貰って僕は正気でいられる気がしなかった。

「どう思う?」

 たまらず僕は傍で暇そうにしているジレッタに声を掛けた。棚に背を預けながら爪を弄っていたジレッタは視線はそのままに返答を寄越した。

「好きにすればいい。侘助の人生だ。私は何処までも着いていくだけさ」
「うーん……確かにそうかもしれんが」

 当てが外れた。と思うくらいには信頼しきっていたのかもしれない。
 1000年と何年生きてるのかは知らないが、人生経験的なアドバイスを頂けたらと思ったのだが……しかし思い返してみれば、もらった返答もアドバイスと言えばアドバイスだ。
 人間、やはり期待通りの回答を受け取ってばかりでは成長しないのかもしれない。

「……受けてみるかぁ、この仕事」
「ほう。侘助なら断ると思ったよ」
「実際だいぶ悩んだ。でも新たな出会いというのも人生には必要だし、報酬が本当に金貨20枚と決まった訳でもないしな。まずは会って話してみないことには始まらん!」

 パン、と膝を叩いて立ち上がる。親方からの情報だけで判断してはいけない。信用しているし信頼しているが、やはり自分の目で見て耳で聞かねば判断は下せなかった。

 僕は戻ってきた親方に自分で決めたことを伝え、場を設けてもらうことになった。

 その次の次の日。鍛冶場に冒険者がやってきた。黒髪の女性と金髪の男性の、二人組だ。キョロキョロと工房内を見渡し、僕と視線がかち合うと中へと入ってきた。

「君が侘助君?」
「そうですけど……貴方は?」
「私は木下菖蒲。君と同じ日本人です」

 その名前には聞き覚えがあった。僕がこの世界に来て借りた王城の宿舎、その柱に刻まれていた名前だった。

「木下菖蒲さん……1999年7月7日生まれの木下菖蒲さん?」
「……ひょっとして君も、あの部屋に?」
「はい、僕も柱に名を刻んだ一員です」

 奇妙な縁だ。日本人に出会うことはあった。流石にニホン通りというだけあって、此処に住む日本人は多い。
 僕は殆ど職場と家の行き来だけだから知人や友達と呼べる人は居なかったが。

 しかしこうして正面から日本人と向き合うのは宗人以来だった。
 目の前に立つ長身の女性の鍛えられた筋肉には細かい傷が目立つ。
 長い黒髪を三つ編みにして、長い前髪の隙間から覗く目はゴブリン程度なら視線だけで殺せそうだ。

 抜き身の剣といった雰囲気は凡そ日本人が持つようなものではなく、彼女が渡界してから長い期間を過ごして垢抜けていったのがよく分かる。

「そうか……その様子からして此処に渡界(エクステンド)してそう長い期間を過ごしてはいないようだが、戦闘経験はあると聞いてる。鍛冶の腕も一級だと」
「買い被り過ぎです。出来たからやった、という程度のものですよ」
「火のないところに煙は立たない……これも何かの縁だ。よろしく頼む」

 差し出された手を握り返すとギュッと強く握られる。ずっと剣を振るってきたのだろう。力強い手だった。

「まぁでも、やはり話を聞いてから決めないと」
「それもそうだ。出来れば受けてほしいが、こればっかりは合う合わないがあるから」

 手を離し、菖蒲さんは少し口ごもる素振りを見せつつも、ジッと僕を見ながら依頼内容を伝えてくれた。それは予想内でもあり、しかし予想外の内容だった。

「私のパーティーメンバーの1人がダンジョンに取り残されてしまった。それを助ける為に君の力を借りたい」