一口にスラムって言っても結構エリアは広いから、僕らをはじめ何人かの冒険者達で分担しての清掃活動を行う。
 ちなみにこの活動にはスラム界隈の自治会も参加していて、ある種の交流会も兼ねたりしているよ。
 まったくいないとは言い切れないけど、それでも身分を気にしない人が大半な冒険者はそれゆえ、スラム界隈とも割と距離が近いんだねー。

「ふう。この辺もすっかり綺麗だなー」
「ありがとよ冒険者さん、お陰で気持ちよく路上で寝れるぜ」
「いや路上で寝るなよおっさん!」
「ちげぇねえ! ガハハハ!!」

 ほら、あんな風に和気藹々と冒険者がスラムのおじさんと談笑している。こうした美化活動を行う上での一番のメリットと言えるのかもしれないねー、この交流ってやつは。
 
 冒険者側としてもスラム側としても、この機会に人脈を広げることは大切だ。どっちも持ちつ持たれつな関係だからね。
 とりわけスラムで未だ燻っている有望な人を冒険者にして、仮に大成でもさせられたらどっちも嬉しい話だったりするよー。引き入れた冒険者は自慢の弟子ができて名声も得られるし、スラム側も社会貢献に寄与しつつ大成した冒険者から寄付してもらえたりするからねー。
 
「実際、スラム出身の冒険者で有名な人も数多いし。玉石混交の可能性を秘めた土地として、このスラムを見込んでいる冒険者もいるよー」
「なるほどねー……それこそ杭打ちくんみたいなパターンもあるわけなんだぁ」
「あー……いや僕はちょっと扱いが違うんだよね、実のところ」

 サッサッと箒でゴミを纏めて塵取りで回収し、ゴミ袋に詰めながら僕とレリエさんは話し込む。
 この仕事とにかく楽ちんなんだよねー。この手の美化活動は頻繁に行われているから目を疑うほど散らかってるわけじゃないし、さっきも言ったけど治安だってそこまで終わってないから暴漢やら変質者も日中なら出やしない。
 ましてや町中なのでモンスターなんてどこにもいないし、まったくもって平和そのものなお仕事なんだ。何も考えず手を動かすだけだし、こうして雑談しながらでもできちゃうほどだ。

 そんなわけで話す最中、来歴に軽く触れる感じになったから僕は少しだけ言葉を濁した。
 スラム出身の冒険者。たしかに僕はその括りに入るパターンなんだけど、実際のところは違うんだよね。だからスラム内でも僕の扱いは、若干腫れ物って感じだったりもするんだよー。

 新世界旅団の団員として、仲間であるレリエさんには少しだけ話しておこうかな。
 僕自身にも分からない、僕の生まれ育ちってやつを。
 
「僕、物心ついて孤児院に流れ着くまでずーっと迷宮内で過ごしてたから、厳密にはスラム出身ですらないんだよねー」
「え……め、迷宮内で過ごしてた? え、どういうこと?」
「そのままの意味。気づいた時には地下40階層半ばにいて、モンスターと戦い勝っては血肉を啜って生きてたの。一人きりでねー」
「な…………!?」
 
 絶句するレリエさん。大体の人がこの話を聞くとこういう風になるから、あんまり話したいことでもないんだよねー。
 ぶっちゃけ今でもあの頃はあの頃で普通だったし、別に不憫がられる感じでもなかったと思ってるし。過度に憐憫されがちでちょっと犯行に困るのだ。
 
 そう、僕はどうしたことか物心ついた頃には迷宮内にいた。それも当時は人類未踏階層もいいところだった、地下44階という幼子からすれば地獄のような空間に住んでいたんだ。
 さらにはそこで数年、モンスターと殺し合いして勝ち続け、彼らの血で喉を潤し肉で飢えを凌いできたわけだね。

 マジで僕以外の誰も人間がいた痕跡がなかったあたり、物心つく前からもすでにそういう暮らしをしてたんじゃないかなー?
 あの辺のモンスターも大概化物ばかりだったけど、特に苦戦した様子もなく片っ端から殴りつけては解体して食べまくってたし。
 
「で、そこから何年かしてすくすく育った僕はフラフラ~と上の階層に登っていって地表に出てね? そしてたまたまスラムに流れ着いて、孤児院の人達に保護されたんだー」
「…………そんな、ことが。赤子が、たった一人でそんな迷宮で、生きてきたなんて」
「だから僕はスラムの子とは言いにくいわけ。なんなら迷宮で育ってモンスターを食らってきたわけだし、分類的にはモンスターに含まれかねないよねー。迷宮出身なんて、モンスターくらいなものだしー」
 
 若干の自虐をも込めて笑う。昔こそなんの疑問にも思わなかったし今でもたしかにあの頃の生活を普通に思っているものの、世間一般とは致命的なまでにズレた生まれ育ちをしたって自覚も同時にある。
 モンスターを食べるってのも、迷宮内に長期間籠もる場合は選択肢として挙げられがちだけど……さすがにそれを日常とする人なんてどこにもいないからね。まして僕の場合、全部生で食べてたし。まんま、野生の獣だよー。
 
 人間の形をしてるだけで、僕もモンスターなのかもねー?
 最近になってちょっと危惧してる僕の正体をあえて軽く告げると、レリエさんは痛ましげに近づいてきて、僕の肩をマントの上から抱き寄せ、顔に顔を寄せてくれた。
 顔が近い! 吐息が当たるーいい匂い!
 
「それを言うなら私だって迷宮出身よ。それもわけも分からず数万年前からやってきた、モンスターより意味不明な存在。ね、お揃いね私達!」
「レリエさん……?」
「……モンスターなんかじゃないわよ、君は。私の恩人で、同僚で先輩で、それでとっても可愛くて強い素敵な男の子だもの。自分で自分をモンスターなんて、言っちゃ駄目なんだからね?」
「…………うん。ありがとー」
 
 励ましてくれる彼女に、ニコリと笑って礼をする。
 僕は僕だ、生まれ育ちに関わらずソウマ・グンダリだ。それはわかった上で、でも……
 今の、彼女の言葉は優しくて温かかったよー。そのことが嬉しくて、僕は静かに微笑んだ。