「ソウマ殿の本当に恐ろしい才能、素質とはズバリ、突き抜けた"常在戦場"の心構えにあるでござる」
 
 席に戻って紅茶を飲んで、軽く一息ついてからサクラさんはそう切り出した。先程の唐突な軽いやり合いを受けての僕解説に、同じ旅団メンバーのシアンさんレリエさんはおろかケルヴィンくん、セルシスくんも興味津々に彼女を見ているよー。
 だけど、常在戦場かー。ワカバ姉も言ってたな、そんなことー。懐かしい記憶を蘇らせつつも、続けて耳を傾ける。
 
「常在、戦場……」
「我、日々常に戦場に在り。ヒノモトで古来より言われている戦士の心構えの要諦にござるが、これをソウマ殿は自覚さえ持たないレベルで身につけているのでござる。つまり御仁にとり、今こうしている時でさえも戦場にいる心地と変わらぬ心境であるということ」
「そ、そうなのですかソウマくん……?」
「え……ど、どうだろー……?」
 
 似たようなことは以前、かつての仲間達から言われたこともあるので納得はするけど……実際どうなのってところは聞かれたって自分じゃわからないよー。僕的には十分リラックスしてるつもりなんだけどねー?
 それにどこでも戦場って地味にやだよ、僕にも平穏がほしいよー。

 困惑しつつもいやそれ違うよー、とか言ってサクラさんに恥をかかせるのもどうかと思うしって悩んでいると、意外な人が挙手をした。
 セルシスくんが真剣な表情で僕を見つつ、気づいたことを話し始めたのだ。
 
「それは……常に戦場にいるということではなく、日常も戦場もソウマくんにとっては変わりがない、ということでしょうかサクラ先生」
「おっ……よく気づいたでござるね。やはりそんな節が見受けられたでござるか?」
「いえ、俺やケルヴィンくんはソウマくんの戦場での姿を見たことがありませんし。ただ……先程、先生のパンチを避けている彼の姿は、今アホ面晒して紅茶を啜り菓子を齧っている姿と大差がないので」
「アホ面ってなんだよー!」
 
 真面目な話ししてる時にそーゆーこと言うなー! 思わず叫ぶと、けれどセルシスくんは真顔でやはり僕を見る。な、なんだよー……ちょっと怖いよー?
 それに続いて何かに気付いた、シアンさんが息を呑んでやはりこちらを見てきた。
 
「日常と非日常の境界線が、彼の中では存在していないということ? ソウマくんにとってモンスターや人間と戦う時間と、こうして身内で揃って語らう時間も感覚としてはイコールになっているって、ことなの……?」
「本人すら無自覚でござろうがおそらくは。信じられない話でござるよ……常在戦場の理念自体はSランク冒険者であれば大体身につけてるでござるが、無意識レベルにまで落とし込んでいるケースなどソウマ殿くらいでござるからね」

 なんだか大層なことを言われてるけど、割と普通のことな気がするんだけどなー……ベクトルが違うだけで、のんびり過ごす時も戦う時も、僕は僕のノリを貫くよーってだけだし。

 それにむしろ、僕は他の人って疲れないのかなって、感心してるくらいなんだけどねー。
 だって一々分けて考えるのとか面倒じゃん。お風呂入ってる時に敵が襲ってくるかもしれないし、敵と戦ってる時にお腹空いたりするかもしれないんだからさ。どっちも生活の一部なんだから、毎度メンタルを切り替える必要とかないと思うんだよね。

 と、まあこんな感じの言いわけをしてみたんだけれど。理解されるどころか逆に変な生き物を見る目で見られてしまったよー。
 調査戦隊メンバーからも向けられたことのある目だ、理解不能ながら同情とか憐憫が含められていて、正直ちょっぴり苦手な目だよー。

 中には直球で"そうならざるを得ない人生を過ごしてきたのね、まだ10歳なのに……"とか言ってきた先代騎士団長さんとかもいたなあ。
 あの人は今、どこで何してるんだろ。シミラ卿が疲れ果ててるんだからちょっとくらい顔を見せてもいいと思うよー。

「……やはり、と言うべきでござるかな。ソウマ殿は日常の中にあってなお鉄火場を駆け、鉄火場の中にあってなお日常を憩うている。そしてそれを当然のこととして受け入れているのでござる。狂気的ですらあるでござるよこんなの、精神ぶっ壊れてるでござる」
「ひ、ひどいよー……」
「ヒノモトにおける戦闘者のあるべき姿、ともされる常在戦場の心構えでござるが、実際に突き詰め極めるとこうなるのかと……心底から羨ましく、しかし心底から恐ろしい話にござるよ。いやはや拙者も天才だとか言われて持て囃されてはいたでござるが、井の中の蛙もいいところでござったよ、ござござ」
 
 軽いノリで笑うサクラさん。いやそんな、高々考え方の違いくらいでそこまで自嘲しなくても……
 あくまで僕はこう思って生きてるってだけだし、むしろ日常と戦闘を切り離して考えられる人達は効率が良くて頭いいなーって思うし。そこは単にそれを真似できない僕がアレなだけだよ。狂気的ってのはさすがにひどいけどー。
 
「分かったでござるか? シアン。ソウマ殿の天才とはすなわちメンタルの異質さ。常に戦場に身を置くがゆえにいかなる場面でも一切油断せず、奇襲されてもまったく動じずに対応する本能そのものでござるよ。身体機能や反射神経は鍛えられてもメンタルは中々そうはいかないでござる」
「まさしく才能……ある種の天才というわけですね。野生にも似た本能の賜物と言えるのかもしれません。なるほど、たしかにこれは真似できそうにありません」

 得心したとばかりに微笑むシアンさん。ただし頬には一筋の汗が流れ、僕をとてつもない何かに向ける視線で見てきている。
 別に真似なんてしなくても、シアンさんなら遠からず僕相手にも戦えるようになるかもしれないんだから……あまり他の冒険者と自分を比較して、落ち込むのは止めてほしいよねー。