【完結】ニューワールド・ブリゲイド─学生冒険者・杭打ちの青春─

 ふわ~っと浮かび上がる僕とレリエさん。迷宮攻略法の中でも最高難度である重力制御を使用したことにより、一時的に重力の縛りから逃れたのだ。
 さすがに鳥みたいに自由自在とはいかないけれど、ある程度空を飛んだり、とてつもない高さまで飛び跳ねたりできるわけだねー。これを身に着けてから僕の人生がまるごと変わったとさえ言えるほどの、超便利な技法だよー。

「!? え、は? ちょ、え、浮いてる!?」
「舌噛まないように口閉じててねー。一気に地上に出るよ、よいしょー!」
「ちょっ、待っ、てへええぇぇぇ────!?」
 
 腕を掴んだレリエさんごと浮いた僕は、彼女を半ば抱き寄せる形で一気に出入り口を上昇していく。初めてのことであわあわしてるレリエさんかわいいよーってホッコリしながらも、僕は細かく重力を制御していった。
 この技法、やり方さえ覚えれば割と簡単にあれこれ重力に干渉できるんだけどー、コントロールそのものはとてつもなくシビアだから結構、集中力が要るんだよねー。
 
 在りし日の調査戦隊を思い返す。
 レジェンダリーセブンの中でもレイアとリューゼの二人が同じく重力制御を会得してたけど、リューゼのほうは僕ほど上手じゃなかったから空を飛んでは墜落したり、攻撃に利用しようとしてはトチったり散々失敗してたなー。
 逆にレイアは僕より上手で、重力を武器に集中させた結果なんかすごい、すべてを吸い込む謎の現象を引き起こして他のメンバーにしこたま怒られてたっけ。懐かしいよー。
 
「よーっと! はい、とうちゃーく!」
「────ぇぇええぇぇえええへぇへへへえっ!?」
 
 やっぱり人を抱えているからいつもよりはデリケートに操作して遅くなっちゃった。大体3分ほどかけてのんびりと出入り口から出ると、見知った泉の畔、森の上空にまで身を踊らせる。
 レリエさん、ずーっと叫びっぱなしだったよー。喉枯れないかな、心配だ。とりあえず地上に降りて、レリエさんを落ち着かせる。
 
 この様子だと彼女、初めて飛んだみたいだねー。超古代文明には重力制御、もっというと迷宮攻略法みたいなものはなかったのかなー。
 懐からコーヒー入りの水筒を取り出す。朝、商店街を寄った時に珈琲屋さんに水筒に目一杯入れてもらった、ちょっと水っぽいけど安くて美味しいという僕の愛飲品だ。
 それを渡すと叫び疲れたのか、一気に疲れた顔になった彼女はチビチビと呑み始めた。
 
「んく、んく……ぷは! な、何よあれ!? なんで何もないのに飛んだの!? 超能力!? もしかしてエスパーなのソウマくん!?」
「エスパー? 冒険者だけどー……超能力ってのがなんなのか分からないけど、今のは人間が努力で身につけられる技術の範疇だと思うよー?」
「いや無理だから! 何をどう努力したら人間が重力に干渉したりできるわけー!?」
 
 うがーっ! と叫ぶレリエさん。どうやら古代文明では今みたいな技法、存在しないものみたいだ。
 さすがに重力制御はレアにしたって、身体強化や環境適応なんかもなかったのかな? と疑問に思って聞いてみると、なんだか微妙にキレ気味に返事されちゃった。
 
「あ、あのね……! その、迷宮攻略法? なんて数万年前には影も形もなかったし、あっても漫画やアニメやアクション映画の話だったわよ!」
「漫画、アニメ? アクション映画?」
「え、あーと……つまりー、そう! 娯楽作品の中だけの話ってこと! この時代にもあるでしょそういう、なんか作り話とか!」
「あー」
 
 言われて思い浮かべるのは、僕のお気に入りの小説だ。
 機械っていう不思議で便利な動力機構が発達したファンタジー世界を舞台にしての、冒険したり青春したりとなんだかとっても楽しいお話だねー。

 たとえば僕がそのファンタジー世界に行ったとして、"君の世界には機械がなかったのー? "って聞かれたら、あるわけないだろー! って叫んじゃうかもしれない。
 そう考えるとレリエさんの反応にも納得がいくよー。彼女にとっての迷宮攻略法が、僕にとっての機械なんだねー。
 
「身体が鋼鉄より固くなるとか、どんな暑さ寒さもへっちゃらになるとか……! 見ただけ話しただけで敵を気絶させるとか意味が分かんない! 私ってば一体、どーゆー時代に起きちゃったのー!?」
「ま、まあまあ。レリエさんも冒険者として登録するんだから、気が向いたら迷宮攻略法を修得してみればいいんだよー」
「できるの!? できるものなの、生身で空を飛ぶとかそんなことが人間に!?」
「できなかったら僕は一体なんなのかなー!?」
 
 あまりに現実を受け入れられないからって、何も僕を人外扱いしようとしなくたっていいじゃん!
 そんなに変なものなんだね、迷宮攻略法……いやまあ、重力制御なんかは世界でも僕、レイア、リューゼの3人しか体得してないかもだし変といえば変かもだけど。
 ジェネレーション? あるいはカルチャー? とにかくギャップを感じるよー。
 迷宮攻略法を巡る考え方のギャップに二人、しばらくギャーギャー騒いで。
 とりあえず森を出て町に行こうよーってことになって、僕とレリエさんは森を抜けて草原へ出た。

 朝一に迷宮に潜ったからまだ昼前時だ。町に着く頃にはちょうどランチタイムかな。
 杭打ちの格好でなければレリエさんとちょっと寄り道してデート気分でお昼ごはん! なーんてできたんだけどねー。ま、仕方ないか。
 
「…………」
「……レリエさん?」
 
 はるか吹き抜ける風に揺れる大草原。あちこちに迷宮へつながる穴が空いていることを除けば、至って普通の風景をボーッと眺めるレリエさんの様子が妙で、僕は声をかけた。
 すると──途端に彼女は滂沱の涙を流し始めて、その場に崩れ落ちた! 

 えっなんで!? 僕が話しかけるの嫌だった!?
 
「れ、れれ、レレレリエさん!? どうしたのー!?」
「っ……どうして、こうなれなかったの、私達はっ……」
「えぇ……?」
 
 慌てて声をかけるも、何も聞こえてない様子でひたすらなんかつぶやいてるよー、こわいよー。
 私達って物言い的に昔の、超古代文明の頃を思い返して何やら感極まってるんだと思うけど、傍から見たら急に泣き出した人とそれをじーっと見守る冒険者"杭打ち"の姿でしかないよー。

 ううー、これ誰か見てたら、僕が泣かせたみたいに思われないよねー?
 女泣かせーだなんてそんなオーランドくんじゃあるまいし、冗談じゃないよー。頼むから世間体を気にして時と場所を選んで泣いてほしいよー。
 完全に困り果てて固まる僕。レリエさんはなおも泣きながら、ひたすらに何かの想いを、遠いところの誰かさんだかに投げかけている。
 
「人は……人類は、こうなれたのよっ! 縋らなくたって、遠すぎるほどの時間をかけてでもこうなれたっ! なのに……ただただ逃げることばかりを考えて、そのためにっ、取り返しのつかないことをっ……!!」
「………………………………」
「挙げ句に遺された者達ばかりがこんな、間違えた私達がこんなっ、間違えなかった人達の正解を見せつけられてっ!! うっ、くっう……!! あんまりよ、あんまりよ、こんなの……!!」
「…………う、うー。あー、うー」
 
 あまりに悲痛な声で悲嘆に暮れるから、聞いてて僕まで哀しくなってきたよー。
 数万年前に何があったんだか知らないけど、そんな嘆かないでー。言っちゃなんだけど済んだ話だよー?

 彼女の傍にしゃがんで背中を擦る。こういう時、どうしたらいいのか分からないから困るねー。
 なんかよく分かんないけど元気出してー。レリエさんは笑顔が一番素敵だよー。
 
「…………ごめん、なさい、いきなりこんな、泣き出してしまって」
「……別にいいけど。大丈夫ー?」
「ええ……いえ。正直、まだ全然泣き足りないけどそれは後で一人になってからするわ。今を生きるあなたにはまるで関係のない、もうはるかな昔に終わった話だもの」
「そっかー……」
 
 どうにか元気を取り戻したみたいだけど、それでも後で泣くみたいだ。ここでカッコよく"僕の胸でお泣き"なーんて言えたら良かったんだけど、残念ながらそこまでの度胸が僕にはないよー。
 遠い過去からやって来て、全然気持ちの整理とかついてないんだろうな。その辺は僕には何も言えないし慰めようもない。ただ、泣くだけ泣いたら自暴自棄にならず前を向いてくれることを祈るばかりだ。
 
 とにかく町へ行こう。僕は彼女を先導する形で歩き始めた。ここからだとそう遠くないしすぐにたどり着ける。
 なるべく彼女を明るい気持ちにさせようと軽く雑談でもしながら、僕らは歩く。
 
「……えっと。ギルドについたら僕もお世話になってる、受付のリリーさんって人におまかせするよ。優しい人だし、レリエさんにも親身になって接してくれると思う」
「それなら安心ね……本音を言えばソウマくん、あなたにも今後のことを助けてほしいんだけど」
「……即答するのは難しいねー。いやまあ、保護者になるのはもちろん良いんだけど」
 
 ギルドについてからはひとまずリリーさん預かりだ。こないだもあんな茶番があったわけだし、ギルドもレリエさん保護に向けて動き出すだろうねー。
 僕は僕で、レリエさんに求められるのは本当に嬉しいし断るつもりもない。とはいえそこから先はさすがに、入りたてのパーティー・新世界旅団のみんなの意向も聞いておきたい。
 だから一旦みんなに彼女を紹介して、どうするかを話し合うって流れになるかなー。
 
「……というわけで、どんな形に収まるかは仲間達次第ってことでー」
「よかったわ、私が嫌ってわけじゃないのね……だったら待ってるわ。私の、この時代での初めての友達。ソウマくん、ありがとう」
「えへ、えへへ……!」
 
 初めての友達! 僕がだってー!
 なんとも嬉しいことを言ってくれて、やっぱりこれは15回目の初恋だよーと確信して僕は、照れ笑いなんか浮かべちゃうのだった。
「というわけで超古代文明人のレリエさんですー」
「レリエでーっす! 年は数万と25歳、スリーサイズはないしょ! よろしくー!」
「待って待って待って待っておかしいおかしいおかしいおかしい」
 
 ギルドについてリリーさんを訪ねて、ちょっとギルド長も交えてお話がありますーって言って。そうしてギルド長室でベルアニーさんとその秘書さんも同席しての事情説明。
 こーゆーのはノリで押し切るものだって聞くから、レリエさんと息を合わせてテンポよく軽妙に喋ったところ、即座にリリーさんのツッコミを食らってしまった。
 ベルアニーさんは唖然としつつ頭を押さえている。なんでー?
 
「グンダリ……ジョークを飛ばせるほどの人間性を獲得してくれたことは素直に喜ばしいが、そういうのは時と場合を考えてくれるか? TPOをわきまえるのも常識の範疇だぞ」
「最近ようやく人間らしくなってきたからって、こんなことでジョークをかます僕じゃないって知ってるでしょギルド長ー。ましてこないだの今日で、そんな質悪いこと言うわけないじゃん」
「……………………本当、なんだな」
「正真正銘、地下86階のあの玄室にあった箱から出てきたお姫様だよー。僕も、正直ビックリしてるけどねー」
 
 肩をすくめる。僕が冗談を言ったわけではないと確信したようで、ギルド長の眉間にシワが寄っている。
 まあ、言いたくなる気持ちも分かるよー。こないだ古代人絡みで2回も立て続けに騒動が起きて、しかもその内の2回目ではSランク冒険者レベルの存在が3人ぶつかりあったからねー。

 特に僕とサクラさん、シミラ卿の激突ってのが実はかなり大事で、話を聞きつけた他所の地域や国のジャーナリストが連日このギルドに押しかけていたりするよー。
 酒盛りしてる冒険者達が口を滑らせてたりするみたいだし、早晩世界中にあの茶番が出回るだろうねー。僕こと冒険者"杭打ち"の存在や来歴、超古代文明からやって来た双子や女の人についてなんかは、かなりセンセーショナルだと思うよー。
 
 そんな騒動の中、さらに姿を見せた4人目の超古代文明人。
 レリエさんは申しわけなさそうに頬をかきつつ、ギルド長に答えた。
 
「ええと……すみません、ご迷惑をおかけします。どうやら私の同胞がすでに何人か、そちら様のお世話になっているようで」
「ああ、いやいや。こちらこそ不躾な発言を謝罪します、レリエさん。いかにも、あなたに先んじて3人、おそらくはご同輩かと思しき者達が当ギルドにて冒険者登録を行いましたが……なあに迷惑だなどととんでもない」

 レリエさんの言葉に紳士然として答えるギルド長。あからさまにカッコつけた振る舞いに、僕はおろかリリーさんも脇に控える秘書さんも白けた視線を向けている。
 この人、美人相手にはカッコつけたがるからねー。男なんてみんなそうだろって言われたらうんそうだよー? って答えちゃうけど、この人の場合はカッコつけ方が微妙にナルシストっぽいんだよー。

 今もホラ、角度つけて髪かきあげてちょっとワルっぽいオジサンぶろうとしてるー。渋いのは渋いけど毎回美女を見るなりそんなことするから、もうすっかり呆れられてるって気づいてほしいよー。
 ニヒルな笑みを浮かべてカッコつけギルド長は、いかにも大物っぽい余裕ある笑みを浮かべて続けた。

「3人のうち1人は今やこの国を出立していますが、残る双子のヤミくんとヒカリさんにつきましては、我々同様冒険者としての道を歩み始めています。利発で聡明、かつ愛らしい」
「ヤミ……ヒカリ……うっすら覚えがあります。コールドカプセルに入る直前に、少しだけ話をしたような覚えが……そうですか、元気にしているんですね。よかった」
「同じ年の頃、一切の感情を持たず可愛げの欠片もなかったどこぞの杭打ちに比べて、冒険者達から愛されるマスコットのようにさえなってくれていますよ。私にとっても、まるで孫のような存在に思えておりますとも」
「ぶち抜くよー?」
 
 何かにつけて当てつけてくるよー、腹立つよー!
 3年前の調査戦隊解散の件をどれだけ根に持ってるんだよー、めんどくさいよーこの爺さんー!
 あからさまに僕を見て微笑むギルド長。からかい半分で皮肉ってるのは前からのことだけど、レリエさんの前ではやらないでよーって感じー。

 別に僕も全然気にしてないし、いつもの軽口の応酬ではあるんだけどねー。レリエさん、意外そうに僕を見てるよー。
 というか、僕への発言についてリリーさんのほうが怒り出してる。ああ、虎の尾を踏んだねベルアニーさん。
 
「……ギルド長。ソウマくんの事情を御存知のはずですよね? それなのにそのようなことを仰るのは、彼の担当受付として聞き流せませんが」
「別に本気で言ってはおらんよ、リリーくん。私にとって、グンダリは冒険者として唯一対等に接せる相手だとさえ思っているのだ。このくらいの軽口はスキンシップとして聞き流してほしいね」
「その言葉、3年前のレイア・アールバドはじめレジェンダリーセブンの面々の前で言えます?」
「言えるわけ無いだろう、杭打ちを溺愛していた集団なのだよ? それこそTPOというやつだともさ」
 
 リリーさんに痛いところを突かれて、乾いた笑いを浮かべるギルド長。
 今はどうか知らないし下手しなくても憎まれてるだろうけど、当時は良くしてもらってたからね、レイア達には。僕への揶揄はジョークとして受け取られなかった可能性は、大いにあるよねー。
 ギルド長のからかいだか皮肉だかスキンシップだかもテキトーに受け流すことにして、僕は今回ここにレリエさんをお連れした理由についてお話した。
 つまり先の三人の古代人同様に冒険者登録をしてもらい、正式な冒険者になることでギルドの庇護下、保護下という扱いにしてもらえないかというお願いだねー。
 
「ヤミくん、ヒカリちゃん、マーテルさんに続いて確認できる4人目の古代人。在野に置いてたら間違いなくエウリデがこないだよろしく確保に来るだろうし、ギルドで押さえといてほしいなーって」
「それと、現代における最低限の身分保障も登録すれば成立するとお聞きしました。数万年もの古から目覚めた私は、当然寄る辺のない逸れものですから……社会に溶け込めるだけの、基盤がほしいのです」
「でしょうな。先だってのあなたのご同輩方も、発見した冒険者を頼って登録しに来ましたから事情はもちろん理解します。我々ギルドは喜んで受付いたしますとも。ですが……」
 
 社会的立ち位置を獲得したいというレリエさんの頼み、それそのものは快く受け入れつつもしかし、ギルド長は彼女と並んでソファに座る僕に視線を向けた。
 うん……? レリエさんじゃなく、僕のほうに何かあるのかな? 首を傾げていると、リリーさんが何か察してギルド長の言葉に続く。
 
「……これまでの古代人の方々は、いずれも冒険者登録後には第一発見者のパーティーに身を寄せています。ヤミくんヒカリちゃん兄妹はレオン・アルステラ・マルキゴス率いるパーティーに、マーテルさんはオーランド・グレイタスの元に。その流れで行くとレリエさんはソウマくんの庇護下に置かれるわけだけど」
「彼は彼でややこしい身の上だからな。冒険者として、戦士としては間違いなく世界で五本の指に入る天才だが、来歴ゆえの因縁があちらこちらにありすぎる火薬庫のような男でもある」
「世界で五本!? ソウマくん、そんなすごい人なんですか!?」
「えへー!」
 
 レリエさんの驚きの視線が心地よくて照れちゃう。そーなの僕ってばこれでも強いんだよー! それはそれとして叩けばいろいろ埃が出てきたりもするけどー。
 ことここに至ればさすがに、僕の何が問題なのかも分かってくるよー。つまるところレリエさんという問題のある立場の人間が、僕という問題しかない立ち位置の人間と行動をともにすることで起きるトラブルがネックなんだねー。
 
 自慢じゃないけど、僕ほど方々から恨みを買ってそうな冒険者もそうそういない気がするよー。
 というのが概ね調査戦隊解散に端を発していて、エウリデ連合王国内の政治屋はせっかくの調査戦隊を失ったことで恨んでくるし、騎士団連中は言わずもがなだし。

 大半の冒険者達は同情したり味方してくれてはいるけれど、いつかは調査戦隊入りしたかったのにーって恨んでくる人はやっぱりいる。
 加えてこれは推測だけど、その調査戦隊の元メンバー達からも憎まれてるんだろう。少なくとも好かれている理由も自信もないしー。

「とまあ、こんな感じで3年前の調査戦隊解散からこっち、僕ってばちょっぴり嫌われ者だったりするんですよー」
「調査戦隊についてはともかくそれ以外は概ね事実です、レリエさん。彼は不可抗力とはいえ一つのパーティーを崩す選択をして、その結果少なくない人達の不興を買ってるの」
「そんな……脅迫されてそんなの、そんなことって……!」
 
 そんな話を、過去のアレコレについてもかるーく説明しながらお話しすると、レリエさんはありがたいことに僕の側に立った目線でいてくれるみたいだった。
 優しい人だよー、これはやはり15回目の初恋だよー。僕の現状に憤ってくださる姿はとても素敵だ。さすが古代人は優しいんだねー。何がさすがなのかは知らないけどー。
 
 よっぽど僕を気の毒がってくれているのか、優しく肩に手を置いたりてくれてるよー! うひょー!
 
「この子はまだ子供じゃないですか……! それを寄ってたかって追い詰めて、酷すぎませんか? それとも当世では、これが普通なのですか?」
「酷すぎるし普通じゃないわ、レリエさん。だから大多数の冒険者は彼に対して、子供であることは知らないにしても極めて同情的よ。いつかは自分達も同じ目に遭わされるんじゃないかって恐れもあるから、国に対して反抗的な姿勢を先鋭化させてもいるわね」
「ただ、そもそもグンダリ自体が普通ではないからこそ引き起こされたことでもあるのだ。強すぎた、目立ちすぎた、特殊すぎた。出る杭は打たれるという、世の必然が彼にも当て嵌まったということになる」
「調査戦隊でも完全に特別枠だったからねー、僕。戦隊内でも不満を持たれてたところはあるよー」

 入団の経緯からして僕だけなんか、おかしい成り行きだったらしいからねー。
 スカウトされた人自体はたくさんいるけど、リーダーと副リーダーがしつこく通い詰めた挙げ句最終的には当時の戦力を総動員して抑えにかかったのなんて僕だけらしいし。

 レイアに少年愛疑惑がかけられたくらいには執着されてた自覚はある。
 そういうところとか、やっぱり僕の異様な強さや生まれ育ちが積み重なってあの脅迫に繋がっちゃったんじゃないかなーって思うところも、今の僕にはあるねー。

「いつの時代も、人は人を排斥する……たとえそこが楽園であっても、ですか」
「楽園に住む者にとり、今いるそこが楽園だという実感もありはしないということです。あなたから見てこの世界は、楽園なのですかな?」
「間違いなく。私達がかつて夢見て、しかし届かなかった場所そのものに思えます。緑なす大地、風吹く世界。私達が、壊してしまう前の世界」
 
 ベルアニーさんの質問に、レリエさんはまた泣きそうな顔をしてつぶやく。
 ああっ、泣かないでー! 何があったか知らないけど笑っててよー! 僕は肩に置かれた手に自分の手を重ねて、慰めるように擦る。
 彼女は少し、笑いかけてくれた。
 結局、レリエさんの冒険者登録については本人の強い意志もあり、僕を保護者とする形で冒険者登録が行われた。
 年齢的には完全に逆転してるんだけど、冒険者にはまあまああり得る現象だからあまり気にはされてないねー。ましてや僕は"杭打ち"、世間的には年齢不詳素顔不明の謎の存在だもの。その辺は特に問題視されることもなく、スムーズに冒険者になれた形だ。
 
「もっとも僕の抱える因縁から、変な言いがかりを誰かからつけられる可能性だってあるからねー。申しわけないけど最低限、自衛能力は持っといてもらいたいところなんだよねー」
「なるほど、それでシアン同様にトレーニングをさせたいわけでござるかー」
「急にとんでもない美女を連れてきた時はなんの冗談かと思ったぞソウマくん」
「どう考えても何かのドッキリにしか思えなかったぞソウマくん」
「なんでだよー!?」
 
 ケルヴィンくんとセルシスくんの言葉に憤慨する。ひどいよー! なんで僕がきれーなおねーさん連れてきたら冗談かドッキリかになっちゃうんだよー!?
 
 冒険者ギルドを訪ねた次の日の昼前、僕はギルド職員用の女子寮で一夜を過ごしたレリエさんを連れて第一総合学園の文芸部室にやって来た。
 夏休みでも学園自体は開いていて、勉強したり部活動したりする学生がそれなりにいるのだ。
 
 そして部外者のレリエさんでも、学生である僕が申請して同行していればある程度、自由に学園に入れたりする。
 なので夏休み中、堕落を貪るつもり満々の僕の親友二人と、冒険者としてのトレーニングを積んでいる我らが団長と、そのコーチングをしている副団長が屯している文芸部室に連れてきたわけだねー。

 先述の通り、最低限の自衛手段としてレリエさんにも戦えるようになってもらいたい。
 そんな僕の頼みごとにサクラさんは納得して頷き、破顔一笑して応える。
 
「他ならぬソウマ殿の頼みで、しかも古代人の面倒を見るなんて滅多にない話でござる! どうせ暇でござるし喜んで引き受けるでござるよー」
「ほんと!? ありがとう、サクラさんー!」
「なあに、つまるところ新世界旅団の記念すべき一般団員、その第一号ってことでござろ? 未熟な団長ともども鍛える甲斐はあるでござるよ。シアンもそう思うでござるよねー?」
 
 僕の保護下にある形で冒険者となったレリエさんは、必然的に僕が所属するパーティー・新世界旅団の新メンバーってことになる。
 それもあって副団長のサクラさんとしてはテンションが上がってるみたいだった。しれっと団長のシアンさんに未熟って言いつつも同意を求めると、ジャージ姿で息を切らしたシアンさんが机に突っ伏しながらも呻く。
 
「そ……そう、ね……み、未熟と呼ばれるのは悔しいけど、団員が増えるのは、喜ばしいことね……」
「だ、大丈夫? シアンさんー。かなりハードなトレーニングでもしてたのー?」
「そうでもござらぬよー。朝一から校庭を全力で30周して、そこから拙者相手に打ち込みの練習をひたすらしてただけでござるから」
「えぇ……?」
「こちらからは一切反撃しておらぬでござる。めちゃくちゃ優しいメニューでござるよー」
 
 優しいってなんだろうねー? いやまあ、サクラさんのこれも愛あるトレーニングだろうとは思うけどー。
 それなりに場数を踏んだ冒険者なら普通にこなせるだろうけど、ギルドに登録して間もないシアンさんには相当キツイでしょうに。何よりひたすら全力ダッシュは鬼だよー。
 
 剣術のほうは、彼女もお家の貴族剣術を仕込まれてるそうだし何よりサクラさんからの反撃がない段階だしでうまいことやるんだろうけど、前段階の全力ダッシュで校庭30周はほぼ拷問だ。
 その時点でヘロヘロだろうに、そこから数時間ひたすら剣を振るったんならそりゃグロッキーにもなるよねー。
 
「は、ふ、ぅ……ふう。ええと、レリエさん、でしたか」
「は、はい」
「お見苦しいところをお見せしていますね……初めまして。私はあなたの保護者である"杭打ち"ことソウマ・グンダリが所属する冒険者パーティー・新世界旅団の団長シアン・フォン・エーデルライトと申します」
「同じく新世界旅団副団長のサクラ・ジンダイでござるよー。よろしくーござござー」
「あ……れ、レリエです! 下の名前は、すみません記憶を失っております。数万年前にあった、超古代文明と当世では呼ばれている時代からやって来た、古代人です。よろしくお願いします」
 
 息を整え、貴族令嬢らしい優雅な振る舞いで名乗るシアンさん。ジャージ姿でもなお気高く美しいよー、かっこよくてかわいくて素敵だよー!
 サクラさんも同様に、こっちはかるーいノリで名乗りを上げる。胸元の大きく空いたヒノモト服が色っぽいよー、いたずらっぽい笑顔が幼くも見えてかわいいよー!
 
 美女二人の挨拶にレリエさんも慌てて名乗る。こちらも言わずとしれた美女さんで、雪のような肌に金髪が映えてお話に出てくる妖精さんのようだよー。
 ああ……こんなきれーなおねーさん達の揃い踏みが見られるなんて、僕ってラッキーだなあ。しみじみ思うよー。
 美女3人による幸せ自己紹介が行われた矢先、僕の親友二人も挙手して名乗りを挙げた。
 なんだかんだ彼らも美女には弱いんだ、僕は知ってるよー。入学式の日にシアンさんに惚れて突撃した結果、見事に即撃沈した男子学生諸君の中に君たちも混ざってたろー。仲間ー。
 
「はじめましてレリエさん、僕はケルヴィン・ラルコン。そこなソウマくんの親友です。以後お見知りおきを」
 
 燻った金髪を眉にかかる程度に伸ばした少年、ケルヴィンくん。平民の立場だけど勉強家で、嘘か真か入試の成績一桁台だって噂もある秀才だ。
 ちょっと皮肉っぽい顔つきとキザでクールな態度が特徴的で、僕はかっこよくて好きだけど鼻につくから嫌いって人もいるみたい。でもそういうのも含めて面白いって笑ってるあたり、大器だなーって思うね。
 
「どうもはじめまして。セルシス・プルーフ・アルトビアです。ソウマくんとケルヴィンくんとは今年春からの親友です。よろしく」
 
 大柄で結構厳つい体つきだけど、温和な表情を湛えるべき少年セルシスくん。貴族の、たしか公爵だったかな? の長男さんでつまりは次期当主というすごい立場の人だよー。
 だから正直、こんなスラムの野良犬と関わってるとまずいんじゃ? とは今でもたまに思うんだけど、"身分や立場を越えてともに立つ者こそが本当の友だ"という彼の男前な発言を聞いて、思わず尊敬の念を抱いちゃったのは内緒だ。
 
 二人の丁寧な名乗りを受けてレリエさんも自己紹介して、一同ひとまず席についた。
 今ここにこのメンツで文芸部室にいる名目も、一応は文芸部活動ってことにはなってるけど……事実上、新世界旅団の集会だよねー、これー。
 
「さて、レリエさん。我々新世界旅団はあなたを歓迎します。ともに未知なる世界を旅し、冒険に挑み続けましょう」
「は、はい。私にとってはすべてが未知ですから、望むところです、団長」
「ふふ、そう固くならないでください……そうは言っても我々の当面の活動は、新世界旅団発足に向けての準備なのですから」
「え?」
 
 首を傾げるレリエさん。そりゃそうだよー、冒険に挑みましょう! って言った矢先にその前に発足準備するけど! って言われたらえ? ってなるよねー。
 でもこればっかりは仕方ないのだ、だってこの新世界旅団ってば、そもそもまだギルドに結成申請すらしてない口だけパーティーだしー。

 なんならシアンさんが構想を僕に明かしたのさえ数日前だしね。サクラさんもほぼ同じタイミングで聞かされてそこから話に乗ったってだけなので、文字通りの白紙の状態に近いんだよねー。
 だからレリエさんを加えるこの際、その辺の話もしっかりしとかないといけないなーって団長は思ってるんだと思うよー。
 
「実のところ、新世界旅団を結成するとソウマくんとサクラに告げて、勧誘したのがつい数日前のこと。つまりまだまだ、構想途中のパーティーなんですよ」
「そうなんですね……それで準備と。メンバーの確保とかですか?」
「それもありますし、私自身の実力をある程度のラインまで引き上げることも前提です。非力なままでは、新世界旅団団長として失格だと思いますから」

 お恥ずかしい話ですが、と苦笑いするシアンさんは心底から自分の弱さを嘆いているようだった。ちょっと自信喪失気味?
 サクラさん相手に打ち込み修行したって話だし、たぶん数時間ひたすらいなされたんだろうねー。落ち込むのは分かるけど、誰だって最初はそんなもんだしそんな気にしないでほしいよー。

「別に僕は構わないんだけどなー。強さだけがリーダーの素質じゃないし。あとシアンさん、落ち込む必要ないよー」
「ソウマくん……ですが、私は」
「サクラさんと自分を比べてるんだと思うけど、ペーペーがSランク相手に落ち込むなんて10年は早いよー。まだまだこれからこれから、今はまだスタート地点にすぎないんだからさー」
「そのとおりでござるよ、シアン」

 ちょっと手厳しいというか、シアンさんにとって悔しいだろう言葉を投げちゃったけど事実は事実だ。受け止めてもらわないと、勝手に思い詰めて潰れられても困るしねー。
 そう思っての僕の言葉に、サクラさんも乗っかってきた。うんうんと頷き、シアンさんの現状について語る。
 
「今日、シアンの太刀筋を見る限りでは素質は十分にあるでござる。エーデルライト家仕込みの戦闘術も体格によく合ってるでござるし、あとは心身が伴えば技量を引き出していけるでござろう。日々精進あるのみでござるよー」
「それは……いつか私も、あなたやソウマくんにも追いつけるってこと?」
「んー、努力次第で拙者にはいけるでござるがソウマ殿はさすがに無理でござる。ありゃ拙者やシミラ卿でも一生かけて辿り着けるかどうかって次元でござるし」
「そんなわけないよー!?」

 サクラさんどんだけこないだの茶番を引きずってるのー!? いくらなんでも彼女やシミラ卿が一生掛けなきゃならないような領域には僕、いないはずだけどー!?
 唖然としてツッコミを入れるも、サクラさんは真顔でこちらを指差すままだ。そして間髪入れず、僕に言ってきた。
 
「実際に見てみるのが早いでござるね。ちょっとソウマ殿、立ってほしいでござるよ」
「えぇ……?」
 
 何を証明するつもりなんだか。嫌な予感しかしないよー。
 それでも言われるがまま、僕は席を立ちちょっと離れた、空きスペースに立つのだった。
 立てと言われて立ち上がり、広い文芸部室の空いてるところに移動する。するとサクラさんもやってきてお互い、ちょっと間隔を空けて向かい合う形になる。
 もうじきお昼だし、そろそろ下校してみんなで親睦を深める意味でもご飯を食べるとかしたいねー、などと考えているとサクラさんはその状態で、シアンさんに話しかけた。
 
「まず言っとくと、ソウマ殿……冒険者"杭打ち"は天才の中の天才でござる」
「えっ……」
「さっきシアンにも素質があると言いはしたものの、ソウマ殿と比べりゃないにも等しいでござる。なんなら拙者とてシミラ卿とてワカバ姫でさえ、彼の持つ狂気的なまでの才能の前には無能と大差ないでござるよ」
「とんでもない過剰評価だよー!?」
 
 信じられないこと言うねこの人! 僕をなんだと思ってるのさ!
 天才とか言われて褒められるのは嬉しいけどこれは行き過ぎだよ、狂気的とか僕の前には全員無能とか、表現が傲慢すぎて逆に悪口みたいになってるよー!
 何、実はこないだのこと恨んでるの? アレそんなに引きずることじゃないでしょ、さすがにー。

「うん?」
 
 ────と、突然サクラさんの右腕がブレた。僕めがけて拳を振るってきたのだ。
 目にも止まらぬ速さのジャブだけど問題ない、僕は首を逸して回避する。鋭く風を切る音が部屋中に響き、衝撃で軽い突風も巻き起こる。
 唖然としてみんなが見る中、僕は一言尋ねた。
 
「え、何いきなりー?」
「これでござるよ……堪んねーでござるねー!」
 
 やるせなさと、それ以上に嬉しさを秘めた声色で笑みを浮かべてさらにパンチを投げてくる。敵意も殺気もないからシアンさんへの講義の一環なんだろう、続けて首を左右に逸らすだけで避ける。
 早いのは早いけど単調だし狙いも顔だから避けやすい。シミラ卿の突きと同じだね、フェイントを織り交ぜてきたらまたちょっと対応も変わるだろうけど、このくらいは普通に対応できるよー。
 
「っしゃあっ!!」
「スキありー」
 
 あんまり避けてくるからちょっとイラッと来たみたいだ、当てるつもりもないくせに動作がほんの少しだけ大振りになる。
 さすがにそれは見逃せませんねお客さんー。僕は即座に腰を落として左脚を彼女の側面に踏み出し、腰の回転を効かせた右腕を一つ振るって鞭のようにしならせた。
 パンチを最小限の動きで回避しつつ、アッパーをサクラさんの顎へと打ち上げる形で放つ──寸前で止める。

 勝負ありってところかな? 急に始まったから何をもって勝ち負けが決まるのかは分からないけど、実戦なら僕がカウンターで顎を撃ち抜き、それでサクラさんは行動不能だ。
 あとは煮るなり焼くなり僕の自在となる。

 まあ本気で実戦って話をしだすとそもそも得物を持ったり迷宮攻略法を使ったりと条件が大きく変わってくるからなんとも言えないけどねー。
 ともあれ右腕を戻して体勢を戻すと、サクラさんは一筋汗を垂らしながら僕に詫びを入れてきた。
 
「ふう、失礼仕ったソウマ殿。シアンには見せるが早いと思ったゆえ。怪我は……当然ノーダメージでござるよね」
「首痛いですー、後で擦ってほしいですー」
「良いでござるよー。付き合ってもらった礼にそのくらいさせていただくでござる。さてシアン、あるいは他の方々もでござるが、今のやり取りを見て思ったことはあるでござるか?」
 
 やった! サクラさんに首を擦ってもらえるよー!!
 思わぬ展開だけど最高の報酬ゲット! 今日の僕はついてるよ、わーい!
 内心はしゃぐ僕に構わずサクラさんは、シアンさんはじめ今のやり取りを見ていた者達に尋ねる。まるで講師……っていうか実際に講師なんだけど、師匠らしい振る舞いが似合うなー。
 
 さておき急な流れと質問。けれど真剣に見学していたシアンさんが、今の質問に答える。
 
「……まずは動体視力の異常さ、かしら。唐突な奇襲、しかも至近距離からの拳に対して対応しきった。そこに意識が向いたわ」
「避け方、すごいですね……体を軽く、クイクイってするだけで今のとんでもない速さのパンチを次々避けるなんて……」
「動きが若干気持ち悪かったぞソウマくん」
「というか何がなんだか分からなかったぞソウマくん」
「それは僕に言わないでよー!」
 
 いきなりしかけてきたサクラさんに言いなよー! 冒険者じゃない親友二人はそこまで真剣に見てないから、概ね僕へのからかいに留まるねー。空気が和むから助かるよー。
 でもシアンさんとレリエさんは、今後強くなる必要が明確にあるから真面目に答えてきた。動体視力と効率のいい回避法、どっちも大切だねー。
 サクラさんも一つ頷き、答える。
 
「突発的な攻撃をも完全に見切る目の良さ。そしてそれを最低限の動きでのみ回避する体捌き。それらもあるでござるね」
「……他にもある、のよね? サクラ」
「無論──彼の本当に凄まじい点。それは一言でいうと心構えでござる」
 
 そう言ってサクラさんは僕の手を取り、また席に戻った。デモンストレーションはしたから、あとは座学での授業みたいだ。
 でも心構えかー……前にもレイア達にその辺を言われたことはたしかにあるねー。着眼点が同じってあたり、やっぱりサクラさんもSランクとして相応しい実力者なんだよー。
「ソウマ殿の本当に恐ろしい才能、素質とはズバリ、突き抜けた"常在戦場"の心構えにあるでござる」
 
 席に戻って紅茶を飲んで、軽く一息ついてからサクラさんはそう切り出した。先程の唐突な軽いやり合いを受けての僕解説に、同じ旅団メンバーのシアンさんレリエさんはおろかケルヴィンくん、セルシスくんも興味津々に彼女を見ているよー。
 だけど、常在戦場かー。ワカバ姉も言ってたな、そんなことー。懐かしい記憶を蘇らせつつも、続けて耳を傾ける。
 
「常在、戦場……」
「我、日々常に戦場に在り。ヒノモトで古来より言われている戦士の心構えの要諦にござるが、これをソウマ殿は自覚さえ持たないレベルで身につけているのでござる。つまり御仁にとり、今こうしている時でさえも戦場にいる心地と変わらぬ心境であるということ」
「そ、そうなのですかソウマくん……?」
「え……ど、どうだろー……?」
 
 似たようなことは以前、かつての仲間達から言われたこともあるので納得はするけど……実際どうなのってところは聞かれたって自分じゃわからないよー。僕的には十分リラックスしてるつもりなんだけどねー?
 それにどこでも戦場って地味にやだよ、僕にも平穏がほしいよー。

 困惑しつつもいやそれ違うよー、とか言ってサクラさんに恥をかかせるのもどうかと思うしって悩んでいると、意外な人が挙手をした。
 セルシスくんが真剣な表情で僕を見つつ、気づいたことを話し始めたのだ。
 
「それは……常に戦場にいるということではなく、日常も戦場もソウマくんにとっては変わりがない、ということでしょうかサクラ先生」
「おっ……よく気づいたでござるね。やはりそんな節が見受けられたでござるか?」
「いえ、俺やケルヴィンくんはソウマくんの戦場での姿を見たことがありませんし。ただ……先程、先生のパンチを避けている彼の姿は、今アホ面晒して紅茶を啜り菓子を齧っている姿と大差がないので」
「アホ面ってなんだよー!」
 
 真面目な話ししてる時にそーゆーこと言うなー! 思わず叫ぶと、けれどセルシスくんは真顔でやはり僕を見る。な、なんだよー……ちょっと怖いよー?
 それに続いて何かに気付いた、シアンさんが息を呑んでやはりこちらを見てきた。
 
「日常と非日常の境界線が、彼の中では存在していないということ? ソウマくんにとってモンスターや人間と戦う時間と、こうして身内で揃って語らう時間も感覚としてはイコールになっているって、ことなの……?」
「本人すら無自覚でござろうがおそらくは。信じられない話でござるよ……常在戦場の理念自体はSランク冒険者であれば大体身につけてるでござるが、無意識レベルにまで落とし込んでいるケースなどソウマ殿くらいでござるからね」

 なんだか大層なことを言われてるけど、割と普通のことな気がするんだけどなー……ベクトルが違うだけで、のんびり過ごす時も戦う時も、僕は僕のノリを貫くよーってだけだし。

 それにむしろ、僕は他の人って疲れないのかなって、感心してるくらいなんだけどねー。
 だって一々分けて考えるのとか面倒じゃん。お風呂入ってる時に敵が襲ってくるかもしれないし、敵と戦ってる時にお腹空いたりするかもしれないんだからさ。どっちも生活の一部なんだから、毎度メンタルを切り替える必要とかないと思うんだよね。

 と、まあこんな感じの言いわけをしてみたんだけれど。理解されるどころか逆に変な生き物を見る目で見られてしまったよー。
 調査戦隊メンバーからも向けられたことのある目だ、理解不能ながら同情とか憐憫が含められていて、正直ちょっぴり苦手な目だよー。

 中には直球で"そうならざるを得ない人生を過ごしてきたのね、まだ10歳なのに……"とか言ってきた先代騎士団長さんとかもいたなあ。
 あの人は今、どこで何してるんだろ。シミラ卿が疲れ果ててるんだからちょっとくらい顔を見せてもいいと思うよー。

「……やはり、と言うべきでござるかな。ソウマ殿は日常の中にあってなお鉄火場を駆け、鉄火場の中にあってなお日常を憩うている。そしてそれを当然のこととして受け入れているのでござる。狂気的ですらあるでござるよこんなの、精神ぶっ壊れてるでござる」
「ひ、ひどいよー……」
「ヒノモトにおける戦闘者のあるべき姿、ともされる常在戦場の心構えでござるが、実際に突き詰め極めるとこうなるのかと……心底から羨ましく、しかし心底から恐ろしい話にござるよ。いやはや拙者も天才だとか言われて持て囃されてはいたでござるが、井の中の蛙もいいところでござったよ、ござござ」
 
 軽いノリで笑うサクラさん。いやそんな、高々考え方の違いくらいでそこまで自嘲しなくても……
 あくまで僕はこう思って生きてるってだけだし、むしろ日常と戦闘を切り離して考えられる人達は効率が良くて頭いいなーって思うし。そこは単にそれを真似できない僕がアレなだけだよ。狂気的ってのはさすがにひどいけどー。
 
「分かったでござるか? シアン。ソウマ殿の天才とはすなわちメンタルの異質さ。常に戦場に身を置くがゆえにいかなる場面でも一切油断せず、奇襲されてもまったく動じずに対応する本能そのものでござるよ。身体機能や反射神経は鍛えられてもメンタルは中々そうはいかないでござる」
「まさしく才能……ある種の天才というわけですね。野生にも似た本能の賜物と言えるのかもしれません。なるほど、たしかにこれは真似できそうにありません」

 得心したとばかりに微笑むシアンさん。ただし頬には一筋の汗が流れ、僕をとてつもない何かに向ける視線で見てきている。
 別に真似なんてしなくても、シアンさんなら遠からず僕相手にも戦えるようになるかもしれないんだから……あまり他の冒険者と自分を比較して、落ち込むのは止めてほしいよねー。
 僕のなんかすごいとこー、という名目でただただ異常者扱いされただけな気がする一時から解放されて、僕らは下校することにした。
 昼からは軽く冒険しよっかーって話をしてるので、みんなで仲良くお昼ごはんを食べてから新世界旅団だけで迷宮に潜るんだねー。ちなみにギルドにパーティーとしての登録はしてないからこれは完全に自主的な活動の名目になるよー。
 
「モンスターの素材とかゲットしても依頼主がいないから換金はしづらいけど、代わりに素材を自由に使えるから武器や防具といった装備品に使えるわけだねー」
「なるほど……日々の生活を依頼をこなす形で賄いつつ、より上を目指すために自主的な迷宮探索を行う必要があるわけね、ソウマくん」
 
 下校してすぐのところにある商店街の学生用定食屋で、向かい合って僕はレリエさんに軽い説明をしていた。それぞれ目の前にはででーん! ととんでもない量のパンとスープとステーキ。
 普通のお店なら3人前はあろうかという量なんだけどこれでこの店だと1人前なんだからすごいよね。なんでも体育会系の学生や学生冒険者に向けて量を盛っていった結果こうなったらしいけど、それでいて料金は学生用の据え置き価格なんだから庶民の味方だよー。
 
 とはいえこんな量食えるか! ってことでケルヴィンくんとセルシス、レリエさんは3人で分け合ってるねー。せっせと小皿に分けて親友達に食事を与えているレリエさんが甲斐甲斐しくてかわいいよー、青春の光景だよー。
 反面に僕とサクラさん、あとジャージから冒険者用の軽装に着替えたシアンさんは普通にこの量を一人で食べきれる。冒険者は身体を動かすからね、食べてなんぼな世界でもあるわけだし、食べる時はとことん食べるのが鉄則なんだねー。
 
「私も、無理してでも食べきったほうがいいかもしれないけど……」
「そこまでする必要はないでござるよー。食えもしないのに詰め込んで、逆に体調崩しながら迷宮に潜るほうがよっぽどやべーでござるし、そこの判断は自分でするでござるよー」
「そうね、レリエさんの食べられる量でいいのよ。私だって普段はここまで食べないのよ? ……朝から死ぬほど動いて、お腹ペコペコだから食べるだけで」

 昨日なったばかりとはいえ、冒険者として生きることになったレリエさんがそんなことを気にして言う。真面目さんですごく素敵だけど、サクラさんやシアンさんの言う通り無理してまで食べる必要なんてどこにもないんだよー。
 必要な分だけ食べればいいんだよー。そしてシアンさん、お腹を擦りながら恥ずかしそうに頬を赤くしてるのがかわいいよー。サクラさんをちょっぴり恨めしげに見てるあたり、文武両道で品格兼ね備えた完璧生徒会長さんでも朝からの訓練は相当ハードだったってことだろう。

 視線を受けてサクラさんがケラケラ笑って答える。

「シアンは今後この量がデフォルトになるでござるから腹ァ括るでござるよー? オフならともかく、冒険に赴くのに少食のSランク冒険者なんて聞いたことないでござるからねー。最低限そのくらいには到達してほしいでござるから、今のうちにエネルギーを蓄える癖をつけとくでござるよー」
「わかってるわよ。はあ、太らないかしら……」
「太るほど生温い訓練をさせるつもりもないでござるー。覚悟するでござるよー、ござござー」
 
 冗談めかして言うけど、これガチなやつだねー。
 サクラさんは本気でシアンさんを、可及的速やかにSランククラスの実力者に仕立てるつもりでいるよこれー……
 
 僕としてもそりゃあ、団長として見込んだ人が強さ的にも上になってくれるんならそれに越したことはないんだけど、無理や無茶をさせないかと気が気じゃないよー。
 だってヒノモトの戦士はやりすぎがどーした! ってのがポリシーなところあるしねー。ワカバ姉とかひどかったもん、新入りにひたすら訓練課して扱き倒して、見かねたレイアとウェルドナーのおじさん──レジェンダリーセブンの一人でかつて調査戦隊の副リーダーだった人だ──に止められたりしててさー。
 
 それと同じことが今、眼前で繰り広げられるんじゃないかと内心で冷や冷やだよー。
 ヒノモトの気質を知ってるのかケルヴィンくんとセルシスくんともども怖怖と見守っていると、サクラさんはそんな自然に気づいて慌てて両手を振ってきた。
 
「な、なんか勘違いしてるでござろ!? 拙者そこまで無茶な特訓はさせないでござるよ!?」
「もうその言い方からして怪しい」
「怖い」
「ヒノモト人は最初は優しいのに、慣れてきたら豹変するって実体験からの確信が僕にはありましてー」
「どこのどいつでござるかそんな陰湿なヒノモト人は! って……ワカバ姫でござるよねそれ……」
「うん」
 
 僕の中でヒノモト人のイメージが深刻に汚染されていることを受けて、サクラさんがガックリと肩を落とした。原因が彼女もよく知るヒノモトのSランク冒険者にあるんだからそりゃー、ねえ?
 落ち込むサクラさんを慰めるべきか、それともヒノモト人の苛烈さが今後自分を襲うかもしれないことに怯えるべきか。微妙な顔をするシアンさんにもまとめて生暖かい目を向けて僕は、特盛のステーキを口にした。