「いつも薬草の納品依頼を受けてくれてありがとう、ソウマちゃん。それに寄付金だって、いつも多すぎるくらいにもらっちゃって……」
「恩返しにしてはささやかなくらいだよ、気にしないでー。それよりミホコさんも元気してる?」
「ええ、とっても! それもこれもみんな、あなたのおかげよ……いつも助かってます。本当に、ありがとうございます……!」
「そんな畏まらないでよー」
 
 そう言って律儀に礼を言ってくるミホコさん。ずいぶん申しわけなさそうにしてるのはたぶん、こないだリリーさんから聞いた話が関係してるんだろうね。

 なんでも寄付する額が多すぎて、僕が身を削ってやしないかって泣いたって話だし。少しばかりの恩返しのつもりなんだけど、どうも調子の狂う話ではあるよー。
 とりあえず茶目っ気めかして笑うと、さすがに泣き出したりはせずに笑い返してくれる。ただ、どうしても眉は下がってるねー。
 
 先代のメリー院長が借金の満額返済を機に引退して後、義理の娘であるミホコさんが院長職を引き継いだ。
 彼女も元々ここの孤児院の出なんだけど、独立してからは職員として働き、合間を縫って経営学や経済学を独学で学んで後を継げるよう頑張ってたんだからすごいよねー。
 
 昔はちょっぴりおっちょこちょいな新米先生だったのが、今じゃ立派な院長先生だもの。
 メリー元院長もそりゃ安心して後を託すよねー。あの人はあの人で今、悠々自適にご隠居さんしてるって聞いたしまたその内、お会いできるといいなー。
 
「それで今日はどうしたの? そちらの方は?」
「あ! そうそうそうだった。いや実はねー、こちらの女性、レリエさんについて相談したいことが一つあってー」
「ソウマくんのパーティーメンバーのレリエです、よろしくお願いします」

 思いを馳せているとミホコさんから用件を尋ねられて、慌ててレリエさんを紹介する。彼女についての相談が今回、ここに寄らせてもらったメインの目的なんだ。
 丁寧にお辞儀するレリエさんはなんていうか、所作の優雅さがまるで王侯貴族みたいにエレガントだよー。

 振る舞いの美しさについてはシアンさんやサクラさんも褒めてて、もしかして古代においては名のある貴族とかだったのかと一瞬思ったんだけど。
 なんでも古代文明においては結構な数の国がいわゆる身分制度を廃止してるそうで、彼女の振る舞いは誰しもが身につけるマナー教育の一環だそうな。

 なんともいろいろとんでもない話に、僕らは目を丸くしてはるか昔の文明に想いを馳せたのも記憶に新しいよー。
 こういうちょっとしたエピソードを聞くだけでも値打ちがあるんだから、そりゃー国や貴族も古代人の身柄を抑えたがるよねーと3人、感心とともに納得せざるを得なかったほどだ。

 ともかくそんなレベルでしっかりした所作を見せたレリエさんに、ミホコさんは慌てて立ち上がり居住まいを正して返礼した。
 貴族だかと勘違いしてるね、これは……本当はもっとぶっとんだ正体なんだから、世の中って未知ばっかりで面白いよー。

「ああ……これはご丁寧に。ありがとうございますレリエさん、私は当院の院長を務めておりますミホコと申します。いつもソウマちゃんがお世話になっています、よろしくお願いします」
「お世話だなんてそんな。むしろ私のほうが、数日前からずーっとお世話になっていまして」
「と、おっしゃいますと?」
「はい、実は私────」
 
 と、言うわけで事情をある程度説明。
 レリエさんが古代文明から蘇った人だということ、数日前に迷宮内で僕が見つけて保護したこと、結成予定のパーティー・新世界旅団に新人団員として入団したこと。

 そしてそんな中で、帰る場所のない彼女に旅団だけでなく、オレンジ色孤児院を戸籍上の住所や緊急避難先などの、セーフティネットとして利用したいということを話す。
 ミホコさんもさすがに目を剥いてビックリしていたけれど、つまるところ8年前の僕と同じようなものだからね。割とすぐに立ち直って理解を示してくれた。
 僕の時はめちゃくちゃ怯えてテンパってたのを思うと、年季や経験って凄いなーって思うよー。
 
「……事情は分かりました。そういうことでしたら私どもに断る理由はありません。何よりもソウマちゃんからの頼み事なんてめったに無いのですから、全力で応じますとも」
「ありがとうございます、ミホコさん!」
「いえいえ、はるか古代から時を超えて来られて、さぞ不安かとは思いますが……私達はいつだって温かいスープと毛布を用意して、あなたをお待ちしていますよ。もちろん、ソウマちゃんもね」
「ありがとー、ミホコさんー!」
 
 そして快くレリエさんを受け入れてくれたことにも改めて感謝するよー。昔のあんな僕でさえ受け入れてくれただけのことはあって、すごくすごーく優しくて温かい人達だねー。
 これで万一、新世界旅団に何か不測の事態があったとしても彼女はここを頼ることができる。寄る辺ない古代文明人の、現代における避難先にすることができるわけだね。
 
 ホッと一息つける。レリエさんが優しい瞳で、そんな僕の頭を撫でてくれた。えへ、えへへー!
 と、そんな時だ。さっきの職員さんがまたやってきて、ミホコさんに言うのだった。

「院長先生。15年前にここを巣立ったと仰る冒険者の方が、院長先生との面会を希望されているのですが……」
「15年前? ……誰かしら、私と同じくらいの世代だけれど」
 
 首を傾げるミホコさん。
 どうやら今日は千客万来って感じみたいだねー、この孤児院。