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 ネットがないため、マルセロの蹴ったボールは、ゴール・ラインのはるか向こうまで転がっていく。全速力で取りに向かうキーパーを尻目に、桐畑は、呆然と立つエドに駆け寄った。
「どーも、プレーがばたついてんぜ。最初のスライディング・タックルで、どっか痛めたか? だったら、無理はすんなよ。怪我して交代なんか誰でもある。恥ずかしくもなんでもねえって」
 桐畑は、慈しみを籠めて話し掛けた。すると、ぎぎ、と音がしそうなほどぎこちなく、エドの首が桐畑へと向けられる。
「……ごめん、ケント。初めのプレーで転けた時、急に頭の中に甦った。奴隷だった頃、市場で足を引っ掛けられて転んだ記憶と。足を出してきたカトリックの司祭の息子のごみを見てるみたいな冷たい笑い顔とが。そんで俺、必死で集中しようとしたけど……」
 エドは、桐畑の向こうに目の焦点を合わせているかのような、虚ろな顔付きだった。予想外の事態に、桐畑は言葉を詰まらせる。
「……お前の抱えてるもんのしんどさは、よくわかる。いや、わかるって軽く済ませて良いわけはないけどよ。でも、初っ端の3番のタックルは反則じゃねえぜ。きっちりルールに則ったプレーだ。何とか頑張って、立ち直れねえか」
 桐畑は、重くも軽くもない声音を意識して尋ねた。しばしの沈黙の後、エドは「わかった」とぽつりと呟いた。
(予想以上に深刻な状況だったな。場合によっちゃあ、交代も検討しないとだな。けどよ、エド。どっかで過去にけりを付けないと、お前はずーっと閉じこまったまんまだぜ)
 桐畑がシリアスに考えていると、どんっと遠くから聞こえた。ボールを確保したキーパーが、コート外から蹴ってきた音だった。