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 エドは全力のダッシュで、知り合いと思しきポルトガル選手に接近していった。一瞬遅れて、桐畑も追い掛ける。
 二人の近くに着いた桐畑は静止した。するとエドは、桐畑の練習着の袖を指でくいっと引っ張りながら、親しみのある目で桐畑を見上げた。
「この全身筋肉男は、トマス・マルセロ・シルヴァ・デ・フェレイラ。マルセロって呼ばれてる。俺らを自由にしてくれたポルトガルの商人の息子だよ。俺より三つ年上で、イギリスに来る前はよく遊んでやってたんだ。フットボールも、たまーにしてたな」
 遠慮がゼロのエドは、弾むような口振りだった。
 マルセロはエドの説明が終わるなり、はあ? とばかりに目を大きく見開いた。
「『遊んでやってた』って、何様のつもりなんだ。おめえは俺の後をちょろちょろ従いて回ってただけだろ? 『偉大な偉大なマルセロ様に、恐れ多くも遊んでいただいていました』が、どう考えても妥当だろが」
 マルセロは、厳つい声で冗談を返してきた。
「あはは、ジョークジョーク。怒んなよ、マルセロ」と、エドは気易く笑っている。
 桐畑はひそかに、マルセロを注視し始めた。
 やや面長な顔に、大きな目。黒髪はスポーツ刈り風だが、上部は少し他より長く、自然に逆立っている。ナイス・ガイという表現が似合う、荒々しい感じの男前だった。
 身長は、桐畑の二つ上にしては低めだった。だが、ダンに負けないほど筋骨隆々としており、佇まいは超一流の格闘家のものに近かった。「全身筋肉男」は、マルセロの本質を良く表しているように思えた。
(何だこいつは。反則だろ。クリロナの前世か何かかよ?)
 桐畑が狼狽していると、ばんっと肩に衝撃が来た。
「おめえらは学校単位で戦ってんのに、俺らは国中から選手を掻き集めたチームなんて、フェアじゃねえよな。けどピッチに入りゃあ、細かい事情は関係ねえ。今日は、ぼこぼこのずたずたにしてやるから、涙を拭く手巾(ハンカチ)は、たっぷり準備しとけよ」
 桐畑の左肩に右手を置くマルセロは、射殺さんばかりの眼力だった。口角を上げた笑顔には、脅迫に近いものを感じる。
(でかい図体をしてるだけあって、ずいぶんと大きく出やがるな。飲まれちゃあ、ジ・エンドだ。よし)
 思考を切り替えた桐畑は、マルセロの右腕に左手を添えた。目をしかと見開いて、マルセロを見詰め返す。
「まあそうやって、今のうちに粋がってれば良いっすよ。フットボールの発祥の国の底力を、じっくりがっつり体感させてあげますから。泣き過ぎて身体の水分が足んなくなんないように、せいぜい気を付けてくださいね」
「要するに、勝つのは俺らってわけだよ。悪いな、マルセロ」あっけらかんと、エドが続いた。
 するとマルセロは、おもむろに桐畑の肩から手を離した。くっと笑みを大きくしてから振り返り、他の選手の後を追い始める。