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 小奇麗な物置のような更衣室に入った桐畑は、エドの姿を発見した。ゆっくりと接近しながら「エド、ちょっと訊きてえんだが」と、何の気なしに話し掛ける。
 しかし、エドは、前に遣った両腕に脱いだシャツを通したまま、深く考え込むような面持ちだった。異変を察知した桐畑は、立ち止まった。
 一瞬の間を置いて、「おう、ケント。なんか用?」と、応答があった。しかし、心ここにあらずな声は普段より低く、難しい顔付きもそのままだった。
 たじろぐ桐畑は、「ごめん、やっぱなしで頼む」と、早口で呟いて振り返った。
「深い因縁」というダンの言葉が今更ながら重く感じられ、自分の軽薄さを悔い始めていた。
 その後の学習時間と自由時間でも、何度かエドに尋ねるチャンスがあった。しかし桐畑は、なかなか踏ん切りが付けられなかった。エドの反応が予想できず、怖かった。
 翌日の早朝練習でも、話を切り出せなかった。遥香の「君も知っとくべき」との台詞を思い出して若干の焦りを感じながら、一限目の会場の、小さめの芝生のグラウンドへと向かう。月に一度の、軍事教練の授業があった。
 軍事教練は男女別だが、一つ下の学年と合同だった。教師は壮年の厳めしい男で、豪勢な装飾の付いた赤の上着と、チューリップ・ハットのような黒い帽子を身に着けていた。桐畑のイメージする軍人そのもの、といった風体だった。
 授業の初め、教師は誇らしげに生徒へと長話をした。軍事教練は、未来を担う学生の心身の発達、ひいてはより暮らし良い世界の構築のためのものであり、必ずしも、大英帝国に自分の身を捧げる必要はない、という内容だった。
 桐畑は、教師へと畏敬の念を抱くとともに、世相の暗さを否が応にも感じた。
 教師の弁論を聞き終えて、生徒たちは列になっての行進へと移った。過去にテレビで見た北朝鮮の軍隊のように足音は揃っており、またしても桐畑は、現代日本との時代背景の違いを痛感した。
 行進の後には筋力トレーニングなどもあったが、その日のメインは、格闘訓練だった。胡坐を掻く生徒の前に立つ教師は、エドと桐畑の名前を呼んで戦うように命じた。
(エドって、カポエィラの達人なんだろ。太刀打ちできんのかよ。見本をさせられるあたり、ケントも相当な使い手だったのかもしんねえけど、今の俺には、そんなスキルはないぜ)
 急な展開に、桐畑は狼狽えた。だが、前方へと歩きながらなんとか覚悟を決めて、エドと向き合う。腕を十字に組んで伸ばすエドは、研ぎ澄まされた良い表情をしていた。
 教師の「始め!」の大音声の直後、エドがくるりと滑らかに一回転した。
(あ、やばい)と焦った瞬間、回転の勢いそのままに、左足が飛んで来る。視界が凄い速度で右へとぶれて、桐畑は気を失った。