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 準々決勝の相手は、同じロンドンにあるイートン校だった。桐畑たちは、九時半に会場のイートン校へと赴いた。
 フットボール・コートは芝生で、赤茶色の建物や立派な広葉樹に囲まれていた。平日なので一般の生徒は授業があり、観客は少なかった。
 到着後すぐにダンは集合を掛けて、スターティング・メンバーを発表した。
 フォーメーションは、紅白戦とは異なる1―3―6。一列に並んだフォワードには、左から二番目に遥香がおり、その右に、ブラム、桐畑、エドの順となっていた。
 アップを終えて十一時前、タッチライン上での挨拶を済ませた両チームは、コートに入っていった。
 キック・オフのボールはホワイトフォードのものになり、桐畑とブラムはセンター・マークに集った。
「ダン校長の指摘の通り、左のフルバックの2番は、上背もあるし動きは速い。前線に上がってきたら注意を要する。だけど他の連中は恐れるに足りないよ。気持ちよく勝って、準決に弾みを付けよう」
 前方に鋭い視線を遣りながら腰に手を当て、ブラムは落ち着いた声で呟いた。しかし桐畑は、新事実に気付いて考え込んでいた。
(朝波の推測が正しいとすると、負けたら俺らは、元の時代に帰れないんだよな。それって、めちゃめちゃやばくねえか?
 親やダチとも会えなくなるし、医療は発達してないから、大きな病気に罹ったら一発アウトだ。それに、二十世紀に入ったら第一次世界大戦も始まって、下手をすりゃ戦場に送り込まれちまう。
 こりゃあ、中学の総体どころの騒ぎじゃねえぞ。冗談抜きに、俺の人生が懸かってる。どうする、俺。こんな試合で、まともに動けんのか?)
 尻込みする桐畑を余所に、試合開始のホイッスルが鳴った。桐畑は思考を空転させながらも、ボールをわずかに前に出した。
 次の瞬間、桐畑の視界をボールが横切る。高い弾道のボールは、美しい弧を描いて飛んでいった。
 キーパーは右上に跳躍するが、右手をわずかに掠めただけ。ゴールの隅にシュートが決まり、一対〇。四十m弾による、ホワイトフォードの先制点だった。
「全員、硬くなりすぎだよ。リラックスリラックス。大会なんて滅多にないんだから、楽しんでいこう」
 得点者、ブラムの、冷静ながらも心なしか弾んだ声が桐畑の耳に届いた。驚嘆の思いでブラムを眺める桐畑は、目の前の靄が晴れていくように感じていた。