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 授業を終えた二人は、グラウンドに向かい始めた。示し合わせたわけではなかったが、自然と隣同士だった。
 会話がないまま建物の外に出て、左方の広葉樹が影を投げ掛ける石の道を歩いていく。
「授業、二時間は長いよな。どーも、集中力が切れちまう。あ、でも、朝波なら大丈夫か。めちゃくちゃ本を読んで、その辺、鍛えられてそうだし」
 淀んだ空気を払拭すべく、桐畑は、軽い調子で朝波を持ち上げた。
 不自然に長い間を置いて、遥香が、普段より抑制の効いた声で話し始める。
「うん、確かに長いし、授業時間には再考の余地ありだよね」
 微妙にずれた返答に、桐畑は、しばらく沈思黙考する。
 だが、やがて意を決して、「朝波」と真剣な調子で話し掛ける。
「なーんかさっきから、考え込んでる感じだよな。お前にはなんだかんだ、けっこう世話になってるからよ。悩みがあんなら相談に乗るぞ。一人で溜めこんでても、にっちもさっちも行かねえって。いっそぜーんぶ吐き出しちまえよ」
 すると遥香から、「ふふっ」と、思わず漏れたような笑い声が聞こえた。
「相談に乗るって、もしかして朝食の時のエドの発言関係で? そんなに白昼堂々と、セクハラ宣言をされてもね。ふーん、桐畑君ってそんな人だったんだ。私、身の危険を感じちゃうなー」
「ちょ、待て待て待て待て! 何を壮大な勘違いしてんだ! 予想外にも程があるって! 俺、んなエロ野郎じゃあねえから!」
 愉快げな指摘に焦る桐畑は、遥香に強い視線を送りつつ全力で両手を振る。
 桐畑を見詰め返す遥香は、優しげに笑っていた。「聖母のような」という比喩が頭を過るほど、大らかな笑顔だった。
「うん、わかってるよ。素敵な言葉、ありがとう。すっごい嬉しい。でも大丈夫。私は大丈夫だよ」
 遥香の謝辞は、これまで聞いたどんな台詞より耳に優しく響いてきた。