次の朝、自転車を筆談カフェにとめて、ツキカさんがやってくるのを待つ。
本当にクリスマス・デートができるなんて。
昨日は、気持ちが高まりすぎて眠れなかった。二人きりで出かけるのだから、誰がどう見ても、デートだと思うし、もうツキカさんもボクの気持ちに気付いていると思う。
……だから、今日ボクは、告白するつもりだ。
気持ちを素直に伝えるのは怖いけれど、ボクが一方的に好きになるだけじゃなくて、ボクを好きになってほしいから。
しばらくすると、道路向かいの自宅からツキカさんがやってきた。
スカート姿だ。スカートをはいているのは初めて見た。上はかわいいパーカーを着ていて、いつもと雰囲気が違う。
手を振って近づいてくるその姿に、照れて直視できない。
(おはよ)と口を動かして挨拶してくる。その仕草のすべてが、ボクの心を奪っていった。
「おはよー。今日って何時までに家に着けばいい?)」
(日が短いからお母さんが5時には帰ってきなさいって)
「そうか、わかった」
さっそく歩いて、北勢線の阿下喜駅に向かった。
電車で遠い街へ出かけるなんて、ワクワクする。筆談カフェから下り坂になっているメインの商店街のとおりを進んだ先に駅舎が見えた。
切符を買って電車に乗る。
北勢線は対面式のシートになっていて、車内がすごく狭い。ツキカさんが対面ではなく、真横に座ってくれているのが嬉しい。
電車に揺れる景色を二人で見ていた。
いつものように会話がしたくて、スケッチブックとペンを取り出す。
(豊樹くんって私の障がい、知ってる?)
「いや、詳しくは分からない。口がうまく動かないってことで合ってる?」
(うん。口っていうか、舌。生まれつきのもの。運動障害性構音障がい)
「難しい名前だね」
(リハビリをずっとしてるけど、うまくいかない)
「そうか」
(でも、その分、絵に出会えたからよかった)
「そうだよ。ツキカさんの絵、すごいもん」
(豊樹くんの障がいのことも、知りたい)
「ボクは自閉スペクトラム症。小さい頃から、ずっと療育に行ったり、病院に通ってきた」
(どんな時に困るの?)
「人の言っていることを理解するのが全然だめ。特に抽象的な言い方は分からない。分からないから一人よがりになって、空気が読めないっていうか」
気が付いたら、ボクたちはお互いの障がいの話をしていた。普段、自分の障がいについて話すのは苦痛だが、ツキカさんなら何でも話せる。
(フシギ)
「どうして?」
(だっていつも、私の伝えてること、ちゃんと分かってくれてるもん)
「こうやってスケッチブックに書いてくれるからだよ」
(?)
「ボクは書いた文字だったら、分かりやすい。聞き取るのが弱い分だけ、目から入ってくるものの理解はフツウの人よりいいみたい」
(ひょっとして、勉強が得意な人?)
「テストの点数なら、それなりにとれるかな」
(すごっ!)
「でも、宿題はやり方を間違うし、授業の態度が悪いっていつも怒られて、成績はイマイチ」
(授業で先生の言うことがすぐに分からないんでしょ? それなのによくテストでいい点数取れるね?)
「それは、家で通信教育をしてるからだと思う。タブレットを使うと何でも分かりやすい」
(勉強できるの、いいな。私、勉強、全然ダメ)
「ボクからすれば、大人に負けない絵が描けるツキカさんをすごいと思うよ。尊敬する」
(ホント? 嬉しい)
そして、ツキカさんは一瞬曇った顔になった。
(尊敬してるだけ?)
「あ、いや、もっとその……」
まさか、ここで告白はできないし、困った。
「あの、ツキカさん、かわいいよ」
(ホント?)
電車は空いているとはいえ、人がいるから、これ以上聞かれるのは恥ずかしい。
だから、ボクもスケッチブックに書き込んだ。
(今日、いつもとフインキが違って、ドキドキする。キレイだよ)
(やったー。今日は髪型とか、服装とか、お姉ちゃんの力を借りてがんばったの)
ツキカさんの唇がほんのり、赤い。リップクリームを塗ったのではないような、その大人っぽい唇が近かった。
座席に隣合わせで座っているから、ずっと腕と脚が接していて、体温が伝わってくる。
ふと、スケッチブックを持つ手を持ち替えようとしたら、ツキカさんの手に触れた。
思い切って、そのまま手を握ってみる。
嫌がるかな?
拒否されたらどうしよう。
え? ええ?
ツキカさんはうつむいて、握り返してくれた。
いいんだ。
手をつなぐのを受け入れてくれたのが嬉しい。
この時間が、永遠に続くといいのに。
今日こそは、告白しなきゃ。
何て言おう。どうやって伝えよう。そこはまるで考えていない。大丈夫か、ボクは?
ツキカさんとの二人きりの時間にのぼせたまま、ボクたちは終点の西桑名駅で降りて、養老鉄道に乗り換える。
そして、田園風景を眺めながら、お互いの家族の話や学校の話をしていたら、あっという間に大垣駅に着いた。
「行きたいところある?」
(アニメで見たみどり橋とか、滝のトンネル、公園、商店街)
きっと、そういうと思ってケータイのマップに地点登録しておいた。
(どっち?)
「あっちだよ」
改札を通る時に離れてしまっていた手を、ボクはもう一度握って南口へとツキカさんを連れていく。
この手を離すもんか、ずっと。
ボクが、ツキカさんの見たいものを全部見せてあげるんだ。
大垣駅の南口を出て、駅前の商店街に入ると、ツキカさんはとびきりの笑顔になった。
(ここ、見たことある!)
テンションが上がったツキカさんは、走るように先へ進む。
出発した時は空が曇っていたが、大垣市はボクたちのクリスマス・デートを祝福してくれるかのように快晴だ。
通り沿いの店には、クリスマスツリーやリースなどが飾ってあって、気分が高まってしまう。
歩いて順番に大垣城公園、滝のトンネル、美登鯉橋と巡る。この辺は人気のスポットのようで、デートをしているカップルがたくさんいた。
ツキカさんは持ってきていたデジタルカメラを取り出し、夢中でシャッターを切っている。
特に屋根から水が噴き出している滝のトンネルを気に入ったようだ。
(ここの絵、いつか描く)
「いいね!」
喜んでくれているのなら、よかった。
歩きながら、ツキカさんが書き込んだ文字を見ているのが、楽しくて時間だけが過ぎていく。
声が出せないって、暮らしていて困ることが多いだろうな。
ツキカさんのカバンに掛けられたヘルプマークを見て、ふと、思った。
事故に遭ったり、チカンされたりしても、誰かにっさに声で助けを求められないのは、苦しいだろう。
ボクが少しでもツキカさんの役に立てたら、いいな。
やっぱり、ずっと一緒にいたい。
そろそろ、告白しようか。
いや、うーん。
昼ご飯は、最近できたばかりのカフェと和菓子の施設、船町ベースで、おむすびのランチを食べる。
目の前には川が流れていて、きれいな風景が目に入ってきた。
食べ終わると、もう午後1時を過ぎている。帰りの時間を考えると、長くはここにいられない。
最後に駅前のショッピングセンターを歩いて店を見ていたら、もう出なければいけない時間になった。
ついに、告白しないままだ。
「じゃあ、駅に行こうか」
ツキカさんは寂しそうに頷く。
(また来たい)
「いいよ」
ショッピングセンターから大垣駅に戻る連絡通路を歩いていると、ふと、ツキカさんが立ち止まり、通路の端を指差す。
何だろう?
よく見ると、その指の先にはストリート用のピアノとアコースティックギターが置いてあった。
(これ、ここで自由に弾いてもいいの?)
「いいみたいだけど……」
(ききたい。ここでギターで歌ってほしい)
まさか、ここで?
しかも、こんなたくさんの人がいる前で?
ピアノもギターも今、誰も使っていないから、弾けるには弾けるが、ビビってしまう。
(私は、これからもずっと豊樹くんの曲をききたいし、イヤじゃなかったら、一緒にいたい)
ツキカさんの手が震えていた。
(ごめん、しゃべれない私にこんなこと言われてもメイワクだよね?)
泣きそうになっているツキカさんを見て、ボクは覚悟を決めた。
「よし、歌うよ」
深呼吸を1つして、ボクは置いてあるギターを抱えて通りに向かって立つ。その真ん前にツキカさんがいた。
想像していた以上に、いいギターだ。
試しに弾いてみると、音色もいい。若干、音程が外れている弦があったから、手早くチューニングを済ませて、呼吸を整えた。
「夕べ、寝ないで心をからっぽにしてつくりました。聴いてください。『心音』」
ボクは本当は、ロックが好きだ。今までだったら聴いてくれる人に悪く言われるのが怖くて、今風のエレクトロな曲ばかりをつくってきた。
でも、今回は違う。
ツキカさんの言ったように、心をからっぽにして自分の想いを、ロックにして伝えたい。
コードD激しくギターを激しくかき鳴らす。
高音のキーで勝負だ。
コードをDからDmaj、D7と半音ずつさげた滑らかなイントロの後、あえてしゃがれた声で唄い出した。
次々に人が集まってくる。
♪
そばにいたい いつもずっと ずっと ずっと
もう この気持ち 止められない
ボクにもできることがある
キミしかできないことがある
一緒だったら もっとワクワクする未来が
つくれる予感がしたんだ
やっと気づいた ボクにはキミしかいない
ボクらにたちはだかる 大きな壁
それはフツウという 非常識
一緒に 超えてやる
キミが好きだから 好きだから
つないだその手 離さない
♪
唄い終わると、ツキカさんが大きな拍手をしてくれている。泣いていた。
周りの人はあっけにとられているのか、静まり返っていた。
ギターを置くと、そのままボクはツキカさんの前に立つ。
「ボクは、ツキカさんが……。ツキカさんが……好きです。ボクの方こそ、ずっと一緒にいたい」
ついに、言った。
「いいかな?」
ツキカさんは、泣きながら笑顔で頷いた。
その時、周りにいた人たちから、大きな拍手が巻き起こった。
たった今、ボクの人生は本当の意味で始まったのかもしれない。(了)
本当にクリスマス・デートができるなんて。
昨日は、気持ちが高まりすぎて眠れなかった。二人きりで出かけるのだから、誰がどう見ても、デートだと思うし、もうツキカさんもボクの気持ちに気付いていると思う。
……だから、今日ボクは、告白するつもりだ。
気持ちを素直に伝えるのは怖いけれど、ボクが一方的に好きになるだけじゃなくて、ボクを好きになってほしいから。
しばらくすると、道路向かいの自宅からツキカさんがやってきた。
スカート姿だ。スカートをはいているのは初めて見た。上はかわいいパーカーを着ていて、いつもと雰囲気が違う。
手を振って近づいてくるその姿に、照れて直視できない。
(おはよ)と口を動かして挨拶してくる。その仕草のすべてが、ボクの心を奪っていった。
「おはよー。今日って何時までに家に着けばいい?)」
(日が短いからお母さんが5時には帰ってきなさいって)
「そうか、わかった」
さっそく歩いて、北勢線の阿下喜駅に向かった。
電車で遠い街へ出かけるなんて、ワクワクする。筆談カフェから下り坂になっているメインの商店街のとおりを進んだ先に駅舎が見えた。
切符を買って電車に乗る。
北勢線は対面式のシートになっていて、車内がすごく狭い。ツキカさんが対面ではなく、真横に座ってくれているのが嬉しい。
電車に揺れる景色を二人で見ていた。
いつものように会話がしたくて、スケッチブックとペンを取り出す。
(豊樹くんって私の障がい、知ってる?)
「いや、詳しくは分からない。口がうまく動かないってことで合ってる?」
(うん。口っていうか、舌。生まれつきのもの。運動障害性構音障がい)
「難しい名前だね」
(リハビリをずっとしてるけど、うまくいかない)
「そうか」
(でも、その分、絵に出会えたからよかった)
「そうだよ。ツキカさんの絵、すごいもん」
(豊樹くんの障がいのことも、知りたい)
「ボクは自閉スペクトラム症。小さい頃から、ずっと療育に行ったり、病院に通ってきた」
(どんな時に困るの?)
「人の言っていることを理解するのが全然だめ。特に抽象的な言い方は分からない。分からないから一人よがりになって、空気が読めないっていうか」
気が付いたら、ボクたちはお互いの障がいの話をしていた。普段、自分の障がいについて話すのは苦痛だが、ツキカさんなら何でも話せる。
(フシギ)
「どうして?」
(だっていつも、私の伝えてること、ちゃんと分かってくれてるもん)
「こうやってスケッチブックに書いてくれるからだよ」
(?)
「ボクは書いた文字だったら、分かりやすい。聞き取るのが弱い分だけ、目から入ってくるものの理解はフツウの人よりいいみたい」
(ひょっとして、勉強が得意な人?)
「テストの点数なら、それなりにとれるかな」
(すごっ!)
「でも、宿題はやり方を間違うし、授業の態度が悪いっていつも怒られて、成績はイマイチ」
(授業で先生の言うことがすぐに分からないんでしょ? それなのによくテストでいい点数取れるね?)
「それは、家で通信教育をしてるからだと思う。タブレットを使うと何でも分かりやすい」
(勉強できるの、いいな。私、勉強、全然ダメ)
「ボクからすれば、大人に負けない絵が描けるツキカさんをすごいと思うよ。尊敬する」
(ホント? 嬉しい)
そして、ツキカさんは一瞬曇った顔になった。
(尊敬してるだけ?)
「あ、いや、もっとその……」
まさか、ここで告白はできないし、困った。
「あの、ツキカさん、かわいいよ」
(ホント?)
電車は空いているとはいえ、人がいるから、これ以上聞かれるのは恥ずかしい。
だから、ボクもスケッチブックに書き込んだ。
(今日、いつもとフインキが違って、ドキドキする。キレイだよ)
(やったー。今日は髪型とか、服装とか、お姉ちゃんの力を借りてがんばったの)
ツキカさんの唇がほんのり、赤い。リップクリームを塗ったのではないような、その大人っぽい唇が近かった。
座席に隣合わせで座っているから、ずっと腕と脚が接していて、体温が伝わってくる。
ふと、スケッチブックを持つ手を持ち替えようとしたら、ツキカさんの手に触れた。
思い切って、そのまま手を握ってみる。
嫌がるかな?
拒否されたらどうしよう。
え? ええ?
ツキカさんはうつむいて、握り返してくれた。
いいんだ。
手をつなぐのを受け入れてくれたのが嬉しい。
この時間が、永遠に続くといいのに。
今日こそは、告白しなきゃ。
何て言おう。どうやって伝えよう。そこはまるで考えていない。大丈夫か、ボクは?
ツキカさんとの二人きりの時間にのぼせたまま、ボクたちは終点の西桑名駅で降りて、養老鉄道に乗り換える。
そして、田園風景を眺めながら、お互いの家族の話や学校の話をしていたら、あっという間に大垣駅に着いた。
「行きたいところある?」
(アニメで見たみどり橋とか、滝のトンネル、公園、商店街)
きっと、そういうと思ってケータイのマップに地点登録しておいた。
(どっち?)
「あっちだよ」
改札を通る時に離れてしまっていた手を、ボクはもう一度握って南口へとツキカさんを連れていく。
この手を離すもんか、ずっと。
ボクが、ツキカさんの見たいものを全部見せてあげるんだ。
大垣駅の南口を出て、駅前の商店街に入ると、ツキカさんはとびきりの笑顔になった。
(ここ、見たことある!)
テンションが上がったツキカさんは、走るように先へ進む。
出発した時は空が曇っていたが、大垣市はボクたちのクリスマス・デートを祝福してくれるかのように快晴だ。
通り沿いの店には、クリスマスツリーやリースなどが飾ってあって、気分が高まってしまう。
歩いて順番に大垣城公園、滝のトンネル、美登鯉橋と巡る。この辺は人気のスポットのようで、デートをしているカップルがたくさんいた。
ツキカさんは持ってきていたデジタルカメラを取り出し、夢中でシャッターを切っている。
特に屋根から水が噴き出している滝のトンネルを気に入ったようだ。
(ここの絵、いつか描く)
「いいね!」
喜んでくれているのなら、よかった。
歩きながら、ツキカさんが書き込んだ文字を見ているのが、楽しくて時間だけが過ぎていく。
声が出せないって、暮らしていて困ることが多いだろうな。
ツキカさんのカバンに掛けられたヘルプマークを見て、ふと、思った。
事故に遭ったり、チカンされたりしても、誰かにっさに声で助けを求められないのは、苦しいだろう。
ボクが少しでもツキカさんの役に立てたら、いいな。
やっぱり、ずっと一緒にいたい。
そろそろ、告白しようか。
いや、うーん。
昼ご飯は、最近できたばかりのカフェと和菓子の施設、船町ベースで、おむすびのランチを食べる。
目の前には川が流れていて、きれいな風景が目に入ってきた。
食べ終わると、もう午後1時を過ぎている。帰りの時間を考えると、長くはここにいられない。
最後に駅前のショッピングセンターを歩いて店を見ていたら、もう出なければいけない時間になった。
ついに、告白しないままだ。
「じゃあ、駅に行こうか」
ツキカさんは寂しそうに頷く。
(また来たい)
「いいよ」
ショッピングセンターから大垣駅に戻る連絡通路を歩いていると、ふと、ツキカさんが立ち止まり、通路の端を指差す。
何だろう?
よく見ると、その指の先にはストリート用のピアノとアコースティックギターが置いてあった。
(これ、ここで自由に弾いてもいいの?)
「いいみたいだけど……」
(ききたい。ここでギターで歌ってほしい)
まさか、ここで?
しかも、こんなたくさんの人がいる前で?
ピアノもギターも今、誰も使っていないから、弾けるには弾けるが、ビビってしまう。
(私は、これからもずっと豊樹くんの曲をききたいし、イヤじゃなかったら、一緒にいたい)
ツキカさんの手が震えていた。
(ごめん、しゃべれない私にこんなこと言われてもメイワクだよね?)
泣きそうになっているツキカさんを見て、ボクは覚悟を決めた。
「よし、歌うよ」
深呼吸を1つして、ボクは置いてあるギターを抱えて通りに向かって立つ。その真ん前にツキカさんがいた。
想像していた以上に、いいギターだ。
試しに弾いてみると、音色もいい。若干、音程が外れている弦があったから、手早くチューニングを済ませて、呼吸を整えた。
「夕べ、寝ないで心をからっぽにしてつくりました。聴いてください。『心音』」
ボクは本当は、ロックが好きだ。今までだったら聴いてくれる人に悪く言われるのが怖くて、今風のエレクトロな曲ばかりをつくってきた。
でも、今回は違う。
ツキカさんの言ったように、心をからっぽにして自分の想いを、ロックにして伝えたい。
コードD激しくギターを激しくかき鳴らす。
高音のキーで勝負だ。
コードをDからDmaj、D7と半音ずつさげた滑らかなイントロの後、あえてしゃがれた声で唄い出した。
次々に人が集まってくる。
♪
そばにいたい いつもずっと ずっと ずっと
もう この気持ち 止められない
ボクにもできることがある
キミしかできないことがある
一緒だったら もっとワクワクする未来が
つくれる予感がしたんだ
やっと気づいた ボクにはキミしかいない
ボクらにたちはだかる 大きな壁
それはフツウという 非常識
一緒に 超えてやる
キミが好きだから 好きだから
つないだその手 離さない
♪
唄い終わると、ツキカさんが大きな拍手をしてくれている。泣いていた。
周りの人はあっけにとられているのか、静まり返っていた。
ギターを置くと、そのままボクはツキカさんの前に立つ。
「ボクは、ツキカさんが……。ツキカさんが……好きです。ボクの方こそ、ずっと一緒にいたい」
ついに、言った。
「いいかな?」
ツキカさんは、泣きながら笑顔で頷いた。
その時、周りにいた人たちから、大きな拍手が巻き起こった。
たった今、ボクの人生は本当の意味で始まったのかもしれない。(了)