まだ、この前のハグの感触が残っている。
あの夜から2週間が過ぎて、やっとツキカさんに会える第4土曜日がやってきた。
先に筆談カフェに入って待っているが、……恥ずかしくて、どんな顔をしていいものか、分からない。
あの夜、どうして、ハグしたんだろう?
どういう気持ちだったのかな。
仲のいい、友だちってこと? それとも……。
今日は、12月の第4土曜日の巡り合わせで、クリスマス・イブでもある。
だから、いつにもまして変に意識してしまうボクは、やっぱりただのカン違いなのでしょうか、神様。
いっそのこと、筆談用のスケッチブックに、(好きです)と書いてみようか。
いや、ムリムリ。怖い。
そんなことして、断られたら気まずい。下手したら、もう会えなくなってしまう。
ツキカさんのことを考えると、ただ、時間が過ぎていった。ボクの気持ちを置き去りにして、時間だけどんどん先へ行って、悲しいことにボクはどこまでいってもボクのままで……。
思い詰めて周りが見えなくなっていたその時、ボクの肩に小さな手が触れた。
振り返るとツキカさんがいて、ボクはびっくりしてイスから落ちた。それを見て、声を出さずに笑っている。
スケッチブックに(この前、県展の入賞作品が、市役所のロビーで飾ってもらえるみたい)と報告してくる。
(またまた、すごいね。おめでとう)
この前のハグのことなどすっかり忘れているかのようで、まったくいつもと変わらない。
あのハグは何だったんだろう?
ちょっとした、気まぐれ?
ツキカさんはどんどん画家として結果を残していて、それはそれで嬉しいが、ボクから遠くなりそうで不安になる。
この日、ツキカさんはいつものようにスケッチすることがままならないほど、店の中と外を出たり入ったりして落ち着かなかった。
(どうしたの?)と筆談で伝えると、(そろそろ初雪がふるかな? わかる?)と天気を聞いてくる。ツキカさんがスマホを持っていないことを、この日初めて知った。だから、自分ですぐに天気を調べられないのだ。
ボクは自分のスマホで雪雲レーダーのサイトを開いてツキカさんに見せる。すると、あと10分ほどで、この街に雪が降ることが分かった。道理で冷え込むはずだ。
(雪、好きなの?)
(うん)
雪を見たいのだったら外に一緒に出かけようよ、と伝えたいのだが、……女子をクリスマスのデートに誘うみたいで恥ずかしい。断られたら、どうしようか。
(どうしたの? むつかしい顔してるよ?)
(何でもない)
(何でもないの?)
(うん)
(誰かが、私を外に連れてってくれたらいいのにな)
ツキカさんは、あやふやな態度のボクを見かねて、大胆なことを伝えてきた。もう、覚悟を決めよう。
深呼吸を1つすると、勇気を振り絞ってボクはツキカさんを直視した。……が、照れてまた下を向いてしまってはいたが、それでも筆談ノートに勢いよく書く。
(じゃあ、今からボクの自転車で、一緒に近くの広場に行って、雪を見ない?)
筆談用スケッチブックを見せた後、ツキカさんを見るのが怖くて、顔を上げられない。すると、下を向くボクの目線の先に開いたスケッチブックを持ってきて、文字を見せようとする。
(自転車? 二人乗り?)
(そう)
あ、いきなり二人乗りってハードルを上げすぎか。嫌がられるかも。
おそるおそる、ボクは顔を上げる。
すると、ツキカさんは笑顔で頷いてくれた。
やった! よかった。
会計を済ませて店を出ると、ツキカさんはボクの自転車の後ろに座った。
まだこの街に雪は降っていない。でも、空は鉛色の雲に覆われ、今にも雪が舞いそうだ。
ツキカさんは落ちないようにボクの腰に、つかまってくる。それだけで心臓が口から飛び出そうになった。二人きりで外に出るのは初めてだ。
この時間がボクにはあまりに嬉しくて、大げさだけど、生まれてきてよかった、と思えた。
こんなドキドキするクリスマス・イブになるなんて。
もう、隠せないくらい、ツキカさんに夢中になってしまっている。ツキカさんの心の中に、少しでもボクを想う気持ちがあったら、どんなに幸せだろうか。
ボクたちは店の近くにある広場まで行くと自転車を降りて、ベンチに座る。遠くに鈴鹿山脈の藤原岳が真正面に見えた。
山のてっぺんは、もう雪で真っ白だ。あの雪雲がもうすぐ里まで下りてくる。
「ここで、大丈夫?」
店の外なので声に出して伝えた。すると、ツキカさんは頷く。
そしてボクたちはその時を待った。
凍てつくような厳しい寒さなのに、ボクは胸が高鳴りすぎて何も感じない。
時間は、午後3時過ぎ。
だんだん風が強くなってきた。ツキカさんは、空を食い入るように見つめている。
すると、鉛色の雲がどんどん黒くなっていき、山のふもとに降っていた雪がボクらのいる公園まで近づいてきた。
そして、その時。
ボクらの二人きりの時間を祝福してくれるかのように、ようやく白い粒が舞い降りた。
ホワイト・クリスマスとなったこの景色は、映画のワンシーンみたい。
その時をやっとの思いで迎えたツキカさんは、持っていた傘も差さずに掌を天に掲げる。雪の感触を確かめ、受け止めているようなその姿は、雪の妖精そのものだった。
「そういえば、あの掛軸の梅の絵も、雪化粧していたね! どこの景色?」
ツキカさんは首をかしげ、スケッチブックに(ヒミツ)と書いて、悪戯な笑みを浮かべる。
「えー、知りたいよ。それに、もっと、ツキカさんのことが、……し、知りたい」
大胆なことを言ってしまった。
「なんで雪が好きなの? それもヒミツ?」
すると、ツキカさんは考えながら、スケッチブックに長い文章を書き込んでいる。
(私の障がいとか、絵にのめり込む特性も、この雪と同じで全部、神さまからのギフト。だから大切にしたいの)
そして、この文章を見せてボクに微笑みかけた。
(豊樹くんが神さまから受け取ったギフトは、きっと、素晴らしい曲をつくる才能じゃない?)
もしそうだったら、どんなに嬉しいだろうか。この前のギター弾き語りの曲はうまくいったが、才能とは言えない。
もし少しでも曲づくりの才能があって、有名とまではいかなくても、ある程度知られるようになれたら、ボクは自信を持ってのびのびと生きられるだろう。
「うーん、ボクはツキカさんのような才能を神からギフトしてもらってないよ」
ボクの言葉を聞いてツキカさんは、首を何度も横に振る。
(違う。この雪みたいに、ギフトされてる。私はこうやって手で受け止めただけ。豊樹くんは気付かずに、払い落としてる)
「じゃあ、どうすれば、そのギフトを受け取れるの?」
(心の中をからっぽにして、天からおりてくるメロディーとか詞を、そのまま表現するだけ)
「心の中をからっぽにする……か」
確かにボクは、曲をつくるときいつも人からのどのように見られるかを意識しすぎているのかもしれない。
「分かった。ボクも心をからっぽにしてやってみるよ」
ツキカさんは頷き、やさしい笑顔になった。やっぱりかわいい。毎日、会えたらいいのに。
隣に座るボクは、気付いたらツキカさんと密着していて、ふと、目が合った。顔の距離が近い。すぐそこに唇があって、ツキカさんの髪からいい香りがするものだから、ボクは緊張のあまり硬直してしまった。
クリスマス・イブにこんな状況になるって、まるでホンモノの恋人みたい。
こういう時、どうしたらいいんだろう。
こんなこと、誰も教えてくれない。
授業で教えてもらった、合意だっけ。あれって、どうすればいいんだろう?
あ、いや、何もしない方がいいのか。ボクらまだ中学生だもん。
ほんの一瞬、ツキカさんが目を閉じた。……ように見えた。でも、きっとボクのカン違いなんだろう。
(じゃ、帰ろ)とツキカさんは書き込み、密着していた体を急に離す。
「あ、うん。そ、そ、そうだね」
動揺しすぎて、ボクはツキカさんを直視できない。
気が付いたら雪は止んでいて、空が明るくなっていた。
(今の気持ちをそのまま曲にしてよ。からっぽの心でさ)
「今の気持ち? 正直に、だよね……?」
ツキカさんは頷いた。
好きな気持ちも込みで、正直に表現するなんて、参ったな。
「やってみるよ」と、ボクは言ってしまった。
ああ、大丈夫かな。
そして自転車でまた、ボクたちは筆談カフェの店に戻った。
ツキカさんは手を振って、道の向かい側にある自宅に向かう。
せっかく冬休みに入ったところだというのに、これでまた、年明けの第2土曜まで会えないなんて……。
ツキカさんは横断歩道を渡り、その背中が遠くなっていく。
いやだ、もっと会いたい。
もっと同じ時間を過ごしたい。
「待って!」
引き止めてしまった。
ツキカさんは振り向いて、玄関で立ち止まっていてくれる。
ボクは慌てて横断歩道を渡り、ツキカさんのところへ駆け寄った。
息が切れている。
呼吸を整えて、勇気を振り絞った。
「明日、一緒に大垣に行かない?」
ツキカさんは驚いた顔をして、ボクを見ている。
「電車で、岐阜県の大垣市に行って、駅の近くにはツキカさんの好きなアニメの舞台になっていて、見覚えのある場所がいっぱいあって、その、……もしよかったら……」
ツキカさんは、ずっとボクを見つめていた。
唐突に思いついたのではない。前々から、ツキカさんが大垣に行きたがっていたのは知っている。
ツキカさんが好きなアニメの聖地だから、ボクが連れて行ってあげたい。
やっぱり、迷惑かな? 嫌かな?
ツキカさんは慣れた手つきで、ボクが背負うリュックからスケッチブックとペンを取り出すと、はにかんだ表情で、(いいよ)と書き込む。
「ホント? よかった」
(お母さんとお姉ちゃんにも、出かけていいか聞くけど、たぶん大丈夫)
「ここで朝の9時に待ち合わせして、すぐそこの阿下喜駅から乗ろう。乗り換えとか、どうやって行くかは、ボクが全部調べとくよ」
(楽しみにしてる)
「じゃあ、ね。その、メリークリスマス!」
そして、ツキカさんはすぐ目の前の家に帰った。
ボクは寒空の下、自転車で帰る。まだ、腕にはツキカさんと触れ合った感触と温かさの余韻があった。
ボクは、その余韻を失いたくなかった。
あの夜から2週間が過ぎて、やっとツキカさんに会える第4土曜日がやってきた。
先に筆談カフェに入って待っているが、……恥ずかしくて、どんな顔をしていいものか、分からない。
あの夜、どうして、ハグしたんだろう?
どういう気持ちだったのかな。
仲のいい、友だちってこと? それとも……。
今日は、12月の第4土曜日の巡り合わせで、クリスマス・イブでもある。
だから、いつにもまして変に意識してしまうボクは、やっぱりただのカン違いなのでしょうか、神様。
いっそのこと、筆談用のスケッチブックに、(好きです)と書いてみようか。
いや、ムリムリ。怖い。
そんなことして、断られたら気まずい。下手したら、もう会えなくなってしまう。
ツキカさんのことを考えると、ただ、時間が過ぎていった。ボクの気持ちを置き去りにして、時間だけどんどん先へ行って、悲しいことにボクはどこまでいってもボクのままで……。
思い詰めて周りが見えなくなっていたその時、ボクの肩に小さな手が触れた。
振り返るとツキカさんがいて、ボクはびっくりしてイスから落ちた。それを見て、声を出さずに笑っている。
スケッチブックに(この前、県展の入賞作品が、市役所のロビーで飾ってもらえるみたい)と報告してくる。
(またまた、すごいね。おめでとう)
この前のハグのことなどすっかり忘れているかのようで、まったくいつもと変わらない。
あのハグは何だったんだろう?
ちょっとした、気まぐれ?
ツキカさんはどんどん画家として結果を残していて、それはそれで嬉しいが、ボクから遠くなりそうで不安になる。
この日、ツキカさんはいつものようにスケッチすることがままならないほど、店の中と外を出たり入ったりして落ち着かなかった。
(どうしたの?)と筆談で伝えると、(そろそろ初雪がふるかな? わかる?)と天気を聞いてくる。ツキカさんがスマホを持っていないことを、この日初めて知った。だから、自分ですぐに天気を調べられないのだ。
ボクは自分のスマホで雪雲レーダーのサイトを開いてツキカさんに見せる。すると、あと10分ほどで、この街に雪が降ることが分かった。道理で冷え込むはずだ。
(雪、好きなの?)
(うん)
雪を見たいのだったら外に一緒に出かけようよ、と伝えたいのだが、……女子をクリスマスのデートに誘うみたいで恥ずかしい。断られたら、どうしようか。
(どうしたの? むつかしい顔してるよ?)
(何でもない)
(何でもないの?)
(うん)
(誰かが、私を外に連れてってくれたらいいのにな)
ツキカさんは、あやふやな態度のボクを見かねて、大胆なことを伝えてきた。もう、覚悟を決めよう。
深呼吸を1つすると、勇気を振り絞ってボクはツキカさんを直視した。……が、照れてまた下を向いてしまってはいたが、それでも筆談ノートに勢いよく書く。
(じゃあ、今からボクの自転車で、一緒に近くの広場に行って、雪を見ない?)
筆談用スケッチブックを見せた後、ツキカさんを見るのが怖くて、顔を上げられない。すると、下を向くボクの目線の先に開いたスケッチブックを持ってきて、文字を見せようとする。
(自転車? 二人乗り?)
(そう)
あ、いきなり二人乗りってハードルを上げすぎか。嫌がられるかも。
おそるおそる、ボクは顔を上げる。
すると、ツキカさんは笑顔で頷いてくれた。
やった! よかった。
会計を済ませて店を出ると、ツキカさんはボクの自転車の後ろに座った。
まだこの街に雪は降っていない。でも、空は鉛色の雲に覆われ、今にも雪が舞いそうだ。
ツキカさんは落ちないようにボクの腰に、つかまってくる。それだけで心臓が口から飛び出そうになった。二人きりで外に出るのは初めてだ。
この時間がボクにはあまりに嬉しくて、大げさだけど、生まれてきてよかった、と思えた。
こんなドキドキするクリスマス・イブになるなんて。
もう、隠せないくらい、ツキカさんに夢中になってしまっている。ツキカさんの心の中に、少しでもボクを想う気持ちがあったら、どんなに幸せだろうか。
ボクたちは店の近くにある広場まで行くと自転車を降りて、ベンチに座る。遠くに鈴鹿山脈の藤原岳が真正面に見えた。
山のてっぺんは、もう雪で真っ白だ。あの雪雲がもうすぐ里まで下りてくる。
「ここで、大丈夫?」
店の外なので声に出して伝えた。すると、ツキカさんは頷く。
そしてボクたちはその時を待った。
凍てつくような厳しい寒さなのに、ボクは胸が高鳴りすぎて何も感じない。
時間は、午後3時過ぎ。
だんだん風が強くなってきた。ツキカさんは、空を食い入るように見つめている。
すると、鉛色の雲がどんどん黒くなっていき、山のふもとに降っていた雪がボクらのいる公園まで近づいてきた。
そして、その時。
ボクらの二人きりの時間を祝福してくれるかのように、ようやく白い粒が舞い降りた。
ホワイト・クリスマスとなったこの景色は、映画のワンシーンみたい。
その時をやっとの思いで迎えたツキカさんは、持っていた傘も差さずに掌を天に掲げる。雪の感触を確かめ、受け止めているようなその姿は、雪の妖精そのものだった。
「そういえば、あの掛軸の梅の絵も、雪化粧していたね! どこの景色?」
ツキカさんは首をかしげ、スケッチブックに(ヒミツ)と書いて、悪戯な笑みを浮かべる。
「えー、知りたいよ。それに、もっと、ツキカさんのことが、……し、知りたい」
大胆なことを言ってしまった。
「なんで雪が好きなの? それもヒミツ?」
すると、ツキカさんは考えながら、スケッチブックに長い文章を書き込んでいる。
(私の障がいとか、絵にのめり込む特性も、この雪と同じで全部、神さまからのギフト。だから大切にしたいの)
そして、この文章を見せてボクに微笑みかけた。
(豊樹くんが神さまから受け取ったギフトは、きっと、素晴らしい曲をつくる才能じゃない?)
もしそうだったら、どんなに嬉しいだろうか。この前のギター弾き語りの曲はうまくいったが、才能とは言えない。
もし少しでも曲づくりの才能があって、有名とまではいかなくても、ある程度知られるようになれたら、ボクは自信を持ってのびのびと生きられるだろう。
「うーん、ボクはツキカさんのような才能を神からギフトしてもらってないよ」
ボクの言葉を聞いてツキカさんは、首を何度も横に振る。
(違う。この雪みたいに、ギフトされてる。私はこうやって手で受け止めただけ。豊樹くんは気付かずに、払い落としてる)
「じゃあ、どうすれば、そのギフトを受け取れるの?」
(心の中をからっぽにして、天からおりてくるメロディーとか詞を、そのまま表現するだけ)
「心の中をからっぽにする……か」
確かにボクは、曲をつくるときいつも人からのどのように見られるかを意識しすぎているのかもしれない。
「分かった。ボクも心をからっぽにしてやってみるよ」
ツキカさんは頷き、やさしい笑顔になった。やっぱりかわいい。毎日、会えたらいいのに。
隣に座るボクは、気付いたらツキカさんと密着していて、ふと、目が合った。顔の距離が近い。すぐそこに唇があって、ツキカさんの髪からいい香りがするものだから、ボクは緊張のあまり硬直してしまった。
クリスマス・イブにこんな状況になるって、まるでホンモノの恋人みたい。
こういう時、どうしたらいいんだろう。
こんなこと、誰も教えてくれない。
授業で教えてもらった、合意だっけ。あれって、どうすればいいんだろう?
あ、いや、何もしない方がいいのか。ボクらまだ中学生だもん。
ほんの一瞬、ツキカさんが目を閉じた。……ように見えた。でも、きっとボクのカン違いなんだろう。
(じゃ、帰ろ)とツキカさんは書き込み、密着していた体を急に離す。
「あ、うん。そ、そ、そうだね」
動揺しすぎて、ボクはツキカさんを直視できない。
気が付いたら雪は止んでいて、空が明るくなっていた。
(今の気持ちをそのまま曲にしてよ。からっぽの心でさ)
「今の気持ち? 正直に、だよね……?」
ツキカさんは頷いた。
好きな気持ちも込みで、正直に表現するなんて、参ったな。
「やってみるよ」と、ボクは言ってしまった。
ああ、大丈夫かな。
そして自転車でまた、ボクたちは筆談カフェの店に戻った。
ツキカさんは手を振って、道の向かい側にある自宅に向かう。
せっかく冬休みに入ったところだというのに、これでまた、年明けの第2土曜まで会えないなんて……。
ツキカさんは横断歩道を渡り、その背中が遠くなっていく。
いやだ、もっと会いたい。
もっと同じ時間を過ごしたい。
「待って!」
引き止めてしまった。
ツキカさんは振り向いて、玄関で立ち止まっていてくれる。
ボクは慌てて横断歩道を渡り、ツキカさんのところへ駆け寄った。
息が切れている。
呼吸を整えて、勇気を振り絞った。
「明日、一緒に大垣に行かない?」
ツキカさんは驚いた顔をして、ボクを見ている。
「電車で、岐阜県の大垣市に行って、駅の近くにはツキカさんの好きなアニメの舞台になっていて、見覚えのある場所がいっぱいあって、その、……もしよかったら……」
ツキカさんは、ずっとボクを見つめていた。
唐突に思いついたのではない。前々から、ツキカさんが大垣に行きたがっていたのは知っている。
ツキカさんが好きなアニメの聖地だから、ボクが連れて行ってあげたい。
やっぱり、迷惑かな? 嫌かな?
ツキカさんは慣れた手つきで、ボクが背負うリュックからスケッチブックとペンを取り出すと、はにかんだ表情で、(いいよ)と書き込む。
「ホント? よかった」
(お母さんとお姉ちゃんにも、出かけていいか聞くけど、たぶん大丈夫)
「ここで朝の9時に待ち合わせして、すぐそこの阿下喜駅から乗ろう。乗り換えとか、どうやって行くかは、ボクが全部調べとくよ」
(楽しみにしてる)
「じゃあ、ね。その、メリークリスマス!」
そして、ツキカさんはすぐ目の前の家に帰った。
ボクは寒空の下、自転車で帰る。まだ、腕にはツキカさんと触れ合った感触と温かさの余韻があった。
ボクは、その余韻を失いたくなかった。