少し、興奮している。ツキカさんに会うのが待ち遠しい毎日を乗り超えて、やっと今日がやってきた。
筆談カフェに入って店内のいつものテーブルを見ると、……いた!
注文をするのも忘れて店内に入ると、カバンからスケッチブックとペンを取り出して、大きな文字で書き込み、ツキカさんに見せた。
(おめでとう!)
ツキカさんは頬を赤らめて、「ありがとう」と口を動かして伝えてくる。
そう、ツキカさんは先週、県の美術展で大人たちを抑えて、見事に最優秀賞を受賞したのだ。これまでの県展でツキカさんは最年少受賞者となり、新聞やネットのニュースにも大々的に取り上げられた。
ツキカさんが描くのは、日本画だ。
日本画というと、墨で描いた白黒の暗い色彩の絵をイメージしてしまうが、今の日本画はカラフルでかわいいものがたくさんある。
今回受賞したツキカさんの作品は、筆談カフェに飾られている掛軸と同じく、雪化粧をした梅の花が力強く描かれていた。同じ景色を同じように描いたようだ。
(次、認められるのは豊樹くんだよ)
ツキカさんは笑ってボクのスケッチブックに書き込む。この店には、会話用の筆談ノートが常に置いてあるが、ボクはツキカさんの書き込む言葉を大切にしたくて、自分のスケッチブックを使うようになった。
次に認められるのはボク……か。
そうなればいいが、現実はそう甘くない。曲をつくってはSNSであげているけど、そもそも聴いてくれる人が少ないし、聴いた人のからも「もうちょっとキャッチーなのがいい」や「歌詞を詰め込みすぎ」といった本気のダメ出しをくらって、毎日落ち込んでばかりいる。
(がんばるよ)と書いて見せると、ツキカさんは激しく首を振った。どういうことだ?
(がんばるんじゃなくて、楽しんで)
(楽しむ? でも、自分が楽しいと思ってやってるだけじゃ、ぜんぜんうまくいかないよ)
(楽しむのでいいよ。楽しんでできたものを、むりやり認めさせればいい)
(カゲキだね?)
(そう?)
ボクらはお互いを見つめ、声を出さずに笑った。
(豊樹くんの新しい曲、きかせて)
どうしよう。
いつもだったらすぐに聴いてもらうのだが、……今回は戸惑う。果たして聴いてもらってもいいものだろうか?
(どうしたの? 早く)
急かされてタブレットを立ち上げると、いつものようにヘッドフォンをツキカさんの頭にかぶせた。
そして、……咄嗟に最新曲ではなく先週つくった曲を再生する。これこそ、SNSでダメ出しをたくさんくらったヤツだ。
非公開の最新曲は、聴かせられない。
だって、ボクが初めてつくったラブソングだから。
会うたびにどんどん惹かれていって、気が付いたら、ボクはすっかりツキカさんのことが好きになっていた。
でも、分かってる。きっと才能のないボクにツキカさんは、不釣り合いだ。叶わない恋だと自分に言い聞かせ、せめて言葉にできないこの気持ちを、歌にしてみた。
だから、恥ずかしい。
これを聴かれて、ドン引きされて、嫌われたら生きていけない。
しかし、恐れていたことが起こった。
楽曲を聴いている途中で、ツキカさんは一時停止をタップし、ボクの肩を叩く。
(どうしたの?)
(このトップ画面にあるフォルダは何?)
(え?)とボクはしらばっくれる。
(これ、前回会った時、このタブレットにはなかったよね?)
まずい、あの恥ずかしい曲のデータが入っているフォルダに気付かれた。タブレットのトップ画面の小さな変化によく気付いたものだ。
(まだ完成してない曲)と、また咄嗟にウソをつく。
片目を細め、疑った顔をしてボクを見る。
(豊樹くんは、完成した曲しかトップ画面におかないよね?)
(そうだっけ)と大げさに首を傾げるが、それがぎこちなかったようだ。
(ははーん)
(何だよ)
(聴かせて、この曲)
(ダメだって)
(何で? 私に隠し事があるの?)
ない、ないよ。いや、あるのか。困った顔をしていたら、ツキカさんは勝手にフォルダをタップしてその中にあった音声データを再生し出した。
まずいまずいまずい。
イントロからツキカさんは驚いている。
そう、いつもならシンセサイザーとかドラムとかベースといった楽器の音は全部、アプリ上で音符を打ち込んで曲をつくっているのだけと、この曲は違う。
ボクが、アコースティックギターを弾いていた。演奏はこのギターのみ。いわゆる、弾き語りというやつだ。
アプリに入力した伴奏なら、音符どおり正確にビートを刻んで音が出るが、人の演奏はそうもいかない。ましてやボクのギターの技術では、機械の演奏に勝てるはずもない。
そこに、ボクの唄う声が入ってくる。
しかも、恋する苦しい気持ちを歌詞にして。
ツキカさんは、目を閉じて聴いていた。
大丈夫だろうか?
軽蔑されないか?
気持ち悪いって思われたらどうしよう。
ボクは不安でいっぱいになる。
四分の三拍子。いわゆるワルツでつくってみたこの曲は、スローテンポで、今までのボクの曲とはまるで違う。
♪
キミに会いたい キミに会いたい
神様 どうすればこの想い届きますか?
誰よりもキミが好きで好きで好きで
自分が壊れてしまいそう
♪
しっかりと、ツキカさんに聴かれてしまっている。
何よりも歌詞が恥ずかしい。もう、穴があったら入りたい。
赤面するボクを、ツキカさんはチラッ、チラッと見ながら聴き続ける。
もう、終わった。終わったよ。
しかし、反応は予想外のものだった。
(すごくいい!)
聴き終わったあと、一際大きな字で伝えてくる。
(ホント?)
(サイコー!)
(ダメ出しされると思ってたから、信じられないよ。ありがとう)
(自分でギター弾いたの? 上手。このスローな曲の方が豊樹くんのボーカルに合ってる)
(これくらいの演奏なら、何とか)
(何よりも、歌詞がいい)
きっと、今のボクは顔から火が出そうなくらいに真っ赤なことだろう。
(豊樹くんって好きな子、いるの?)
わ、どうしよう。ものすごく見つめられている。いるよ。いるに決まってる。ボクが好きなのはキミだよ。キミだけだよ。
(うん、いるよ)
こんなこと書いたら、(どこの人?)とか聞かれてしまうかも。まずかったか?
(いるんだ、へー)
意外だ。これ以上、問い詰めないみたい。それはそれで悲しい。自分じゃない、と思い込んでいるのかな。
(ツキカさんは、いるの?)
(いるよ)
いるんだ。誰なんだろう。ボクだったらどんなにいいだろうか? いやでも、そんな訳ないか。発達障がいで、クラスでも浮いてしまって「変なヤツ」だと笑われているボクを好きになってくれる人なんて、いないのだ。それが現実だ。
(そうか)
ひどく暗い気持ちになった。ほんの少しでもツキカさんと想いが一つになる可能性があるかも、なんて期待していたボクは、バカだ。
(この曲、好き。大好き)
そうだよな、ツキカさんが好きなのはボクじゃなくて、この曲だ。
(だから、SNSとかwebで公開して)
(恥ずかしいよ)
(恥ずかしい?こんないい曲なのに? 大丈夫。うまくいくから公開して)
ボクはため息を1つついて(分かった)とスケッチブックに書き込んだ。
筆談カフェに入って店内のいつものテーブルを見ると、……いた!
注文をするのも忘れて店内に入ると、カバンからスケッチブックとペンを取り出して、大きな文字で書き込み、ツキカさんに見せた。
(おめでとう!)
ツキカさんは頬を赤らめて、「ありがとう」と口を動かして伝えてくる。
そう、ツキカさんは先週、県の美術展で大人たちを抑えて、見事に最優秀賞を受賞したのだ。これまでの県展でツキカさんは最年少受賞者となり、新聞やネットのニュースにも大々的に取り上げられた。
ツキカさんが描くのは、日本画だ。
日本画というと、墨で描いた白黒の暗い色彩の絵をイメージしてしまうが、今の日本画はカラフルでかわいいものがたくさんある。
今回受賞したツキカさんの作品は、筆談カフェに飾られている掛軸と同じく、雪化粧をした梅の花が力強く描かれていた。同じ景色を同じように描いたようだ。
(次、認められるのは豊樹くんだよ)
ツキカさんは笑ってボクのスケッチブックに書き込む。この店には、会話用の筆談ノートが常に置いてあるが、ボクはツキカさんの書き込む言葉を大切にしたくて、自分のスケッチブックを使うようになった。
次に認められるのはボク……か。
そうなればいいが、現実はそう甘くない。曲をつくってはSNSであげているけど、そもそも聴いてくれる人が少ないし、聴いた人のからも「もうちょっとキャッチーなのがいい」や「歌詞を詰め込みすぎ」といった本気のダメ出しをくらって、毎日落ち込んでばかりいる。
(がんばるよ)と書いて見せると、ツキカさんは激しく首を振った。どういうことだ?
(がんばるんじゃなくて、楽しんで)
(楽しむ? でも、自分が楽しいと思ってやってるだけじゃ、ぜんぜんうまくいかないよ)
(楽しむのでいいよ。楽しんでできたものを、むりやり認めさせればいい)
(カゲキだね?)
(そう?)
ボクらはお互いを見つめ、声を出さずに笑った。
(豊樹くんの新しい曲、きかせて)
どうしよう。
いつもだったらすぐに聴いてもらうのだが、……今回は戸惑う。果たして聴いてもらってもいいものだろうか?
(どうしたの? 早く)
急かされてタブレットを立ち上げると、いつものようにヘッドフォンをツキカさんの頭にかぶせた。
そして、……咄嗟に最新曲ではなく先週つくった曲を再生する。これこそ、SNSでダメ出しをたくさんくらったヤツだ。
非公開の最新曲は、聴かせられない。
だって、ボクが初めてつくったラブソングだから。
会うたびにどんどん惹かれていって、気が付いたら、ボクはすっかりツキカさんのことが好きになっていた。
でも、分かってる。きっと才能のないボクにツキカさんは、不釣り合いだ。叶わない恋だと自分に言い聞かせ、せめて言葉にできないこの気持ちを、歌にしてみた。
だから、恥ずかしい。
これを聴かれて、ドン引きされて、嫌われたら生きていけない。
しかし、恐れていたことが起こった。
楽曲を聴いている途中で、ツキカさんは一時停止をタップし、ボクの肩を叩く。
(どうしたの?)
(このトップ画面にあるフォルダは何?)
(え?)とボクはしらばっくれる。
(これ、前回会った時、このタブレットにはなかったよね?)
まずい、あの恥ずかしい曲のデータが入っているフォルダに気付かれた。タブレットのトップ画面の小さな変化によく気付いたものだ。
(まだ完成してない曲)と、また咄嗟にウソをつく。
片目を細め、疑った顔をしてボクを見る。
(豊樹くんは、完成した曲しかトップ画面におかないよね?)
(そうだっけ)と大げさに首を傾げるが、それがぎこちなかったようだ。
(ははーん)
(何だよ)
(聴かせて、この曲)
(ダメだって)
(何で? 私に隠し事があるの?)
ない、ないよ。いや、あるのか。困った顔をしていたら、ツキカさんは勝手にフォルダをタップしてその中にあった音声データを再生し出した。
まずいまずいまずい。
イントロからツキカさんは驚いている。
そう、いつもならシンセサイザーとかドラムとかベースといった楽器の音は全部、アプリ上で音符を打ち込んで曲をつくっているのだけと、この曲は違う。
ボクが、アコースティックギターを弾いていた。演奏はこのギターのみ。いわゆる、弾き語りというやつだ。
アプリに入力した伴奏なら、音符どおり正確にビートを刻んで音が出るが、人の演奏はそうもいかない。ましてやボクのギターの技術では、機械の演奏に勝てるはずもない。
そこに、ボクの唄う声が入ってくる。
しかも、恋する苦しい気持ちを歌詞にして。
ツキカさんは、目を閉じて聴いていた。
大丈夫だろうか?
軽蔑されないか?
気持ち悪いって思われたらどうしよう。
ボクは不安でいっぱいになる。
四分の三拍子。いわゆるワルツでつくってみたこの曲は、スローテンポで、今までのボクの曲とはまるで違う。
♪
キミに会いたい キミに会いたい
神様 どうすればこの想い届きますか?
誰よりもキミが好きで好きで好きで
自分が壊れてしまいそう
♪
しっかりと、ツキカさんに聴かれてしまっている。
何よりも歌詞が恥ずかしい。もう、穴があったら入りたい。
赤面するボクを、ツキカさんはチラッ、チラッと見ながら聴き続ける。
もう、終わった。終わったよ。
しかし、反応は予想外のものだった。
(すごくいい!)
聴き終わったあと、一際大きな字で伝えてくる。
(ホント?)
(サイコー!)
(ダメ出しされると思ってたから、信じられないよ。ありがとう)
(自分でギター弾いたの? 上手。このスローな曲の方が豊樹くんのボーカルに合ってる)
(これくらいの演奏なら、何とか)
(何よりも、歌詞がいい)
きっと、今のボクは顔から火が出そうなくらいに真っ赤なことだろう。
(豊樹くんって好きな子、いるの?)
わ、どうしよう。ものすごく見つめられている。いるよ。いるに決まってる。ボクが好きなのはキミだよ。キミだけだよ。
(うん、いるよ)
こんなこと書いたら、(どこの人?)とか聞かれてしまうかも。まずかったか?
(いるんだ、へー)
意外だ。これ以上、問い詰めないみたい。それはそれで悲しい。自分じゃない、と思い込んでいるのかな。
(ツキカさんは、いるの?)
(いるよ)
いるんだ。誰なんだろう。ボクだったらどんなにいいだろうか? いやでも、そんな訳ないか。発達障がいで、クラスでも浮いてしまって「変なヤツ」だと笑われているボクを好きになってくれる人なんて、いないのだ。それが現実だ。
(そうか)
ひどく暗い気持ちになった。ほんの少しでもツキカさんと想いが一つになる可能性があるかも、なんて期待していたボクは、バカだ。
(この曲、好き。大好き)
そうだよな、ツキカさんが好きなのはボクじゃなくて、この曲だ。
(だから、SNSとかwebで公開して)
(恥ずかしいよ)
(恥ずかしい?こんないい曲なのに? 大丈夫。うまくいくから公開して)
ボクはため息を1つついて(分かった)とスケッチブックに書き込んだ。