「おはよう」
ため息をついて教室に入る。楽しそうに会話しているクラスのヤツらがチラッとボクを見て、よそよそしく何人かが「よっ」と上辺だけの返事をした。
そう、ボクはいつもクラスで浮いている。
「もう11月後半だよ。さすがに寒くないの?」
前の席の香織が言った。
「大丈夫」
ボクはどの季節でも制服を着ないで、真夏時のような半袖・半ズボンの格好をしていたから、冬が近付いてくると、毎年目立ってしまう。
「やっぱり変だよ、豊樹くん」と香織が指差すと、周りのヤツらが笑った。
ボクは、好きで半袖・半ズボンの出で立ちをしているのではない。
触覚過敏だからだ。
自閉気味の人には、いろんな感覚過敏があるそうで、ボクは肌に触れるものが気になって仕方がない。
耐えられないのだ、長袖の制服や冬用体操服が腕や脚に触れることが。チクチクするような感触がして耐えられない上、我慢すると気が狂いそうになる。
縫い目が肌に当たらず、ゆったりしていて、化学繊維を使っていない服なら、長袖・長ズボンでも大丈夫だが、そんな制服や体操服などない。
長袖・長ズボン姿でノイローゼになるくらいなら、寒さに耐えて半袖・半ズボンでいようと思う。
このほかにも、服に付いているタグも感触が気持ち悪くてすべて切り落としているし、ショートソックスのスネが擦れる感覚が嫌でハイソックスしか履けないなど、……きっとボクはフツウの人から見たら病的なのだろう。
こういう部分が、わがままで、頑固だと思われ、結局「変な人」だと認定されてしまう。
だから、今日も自分の殻にこもって、目立たないよう静かにやり過ごすのだ。
朝のホームルームが終わって、1時間目は国語。ボクの一番苦手な授業だ。
縦書きの文字は、うまく読み取れないし、黒板をノートに写すのも苦手。国語こそ、タブレットで授業をやってほしい。
「この時、主人公はどんな気持ちだったかわかる人?」
先生の質問の意味が分からない。この物語を読んで主人公の気持ちなんか、分かるわけないよ。
それでもクラスの多くの人が手をあげる。何で分かるんだ?
「『朝日に向かって歩き出した』という一文があるので、希望に満ち溢れているんだと思います」
優秀な克成が答えた。先生は「すばらしい」と褒めたたえている。
物語の描写で、主人公の気持ちが分かるなんておかしい。
「あたかも主人公が希望を感じているかのような匂わせの描写を、物語の作者が自分の都合で入れているけれど、本当に主人公がどう感じているのかは不明」というのが正解じゃないか?
「じゃあ、豊樹さん。この主人公は、家に帰った後、どうすると思う?」
いやな質問で、ボクが当てられた。
「分かりません。それに先生。この主人公はそもそも男ですか?」
するとクラスが乾いた笑いに包まれる。
「面白いヤツだな。そりゃ、主人公は男に決まってるよ。だって、本文をよく見ろ。奥さんがいて、娘がいるし、言葉遣いも確認したら分かるだろ?」
「すいません、分かりません」
「もういい。じゃあ、中田さんはどう思う?」
また、ボクは切り捨てられた。
でも、どうして奥さんがいて、娘がいたら「男」だって決めつけられるんだ? 女かもしれないし、そのどちらでもないかもしれないし、ひょっとしたら人間じゃないかもしれない。
「豊樹はさ、ツーキューの先生に男とか女とか、教えてもらえよ? 次の時間がツーキューだろ? それか、シエンキューへ行く?」
中田が発した言葉に、クラスの奴らが大爆笑する。
もう、この日は耐えられなかった。
「うるさい!」と怒鳴って、中田に殴りかかろうと胸ぐらを掴む。
「豊樹! いい加減にしろ!」
先生はすばやく間に入って止めると、ボクだけを睨んで押さえつけた。
フツウの人には考えられないような突拍子もない行動を取るから、怖いんだろ? それでいつも悪者になる。
ボクがいる、この世界はバグってる。
そうだ、ボクはツーキューだ。さらにシエンキューに行くよう先生からも勧められている。
それって、フツウからボクを排除するってことだよね?
ボクの何がいけない?
ツーキューでも、その前に一人の人間だ。
フツウの人がいるフツウの世界から、ボクは排除されたくない。
ボクだって、みんなと同じように今後もフツウの高校に入って、フツウの人と同じように暮らしていきたい。
でも、きっと無理なんだろう。
「座れ」と先生が命令する。
これ以上、逆らうと排除されるのが怖くて、ボクは従った。
特別支援学校に通っているツキカさんからすると、フツウの中学校にいるボクは羨ましいそうだけど、この中学校に、ボクの居場所はない。
今頃、ツキカさんは何をしているたろう?
楽しくすごしていて、笑っているといいな。
ボクはというと、早く家に帰りたい。
帰って、作曲がしたい。
音楽に向き合っている時だけ、ボクは人間らしくいられる。
会いたいな、ツキカさんに。
早く土曜日になってほしい。
ため息をついて教室に入る。楽しそうに会話しているクラスのヤツらがチラッとボクを見て、よそよそしく何人かが「よっ」と上辺だけの返事をした。
そう、ボクはいつもクラスで浮いている。
「もう11月後半だよ。さすがに寒くないの?」
前の席の香織が言った。
「大丈夫」
ボクはどの季節でも制服を着ないで、真夏時のような半袖・半ズボンの格好をしていたから、冬が近付いてくると、毎年目立ってしまう。
「やっぱり変だよ、豊樹くん」と香織が指差すと、周りのヤツらが笑った。
ボクは、好きで半袖・半ズボンの出で立ちをしているのではない。
触覚過敏だからだ。
自閉気味の人には、いろんな感覚過敏があるそうで、ボクは肌に触れるものが気になって仕方がない。
耐えられないのだ、長袖の制服や冬用体操服が腕や脚に触れることが。チクチクするような感触がして耐えられない上、我慢すると気が狂いそうになる。
縫い目が肌に当たらず、ゆったりしていて、化学繊維を使っていない服なら、長袖・長ズボンでも大丈夫だが、そんな制服や体操服などない。
長袖・長ズボン姿でノイローゼになるくらいなら、寒さに耐えて半袖・半ズボンでいようと思う。
このほかにも、服に付いているタグも感触が気持ち悪くてすべて切り落としているし、ショートソックスのスネが擦れる感覚が嫌でハイソックスしか履けないなど、……きっとボクはフツウの人から見たら病的なのだろう。
こういう部分が、わがままで、頑固だと思われ、結局「変な人」だと認定されてしまう。
だから、今日も自分の殻にこもって、目立たないよう静かにやり過ごすのだ。
朝のホームルームが終わって、1時間目は国語。ボクの一番苦手な授業だ。
縦書きの文字は、うまく読み取れないし、黒板をノートに写すのも苦手。国語こそ、タブレットで授業をやってほしい。
「この時、主人公はどんな気持ちだったかわかる人?」
先生の質問の意味が分からない。この物語を読んで主人公の気持ちなんか、分かるわけないよ。
それでもクラスの多くの人が手をあげる。何で分かるんだ?
「『朝日に向かって歩き出した』という一文があるので、希望に満ち溢れているんだと思います」
優秀な克成が答えた。先生は「すばらしい」と褒めたたえている。
物語の描写で、主人公の気持ちが分かるなんておかしい。
「あたかも主人公が希望を感じているかのような匂わせの描写を、物語の作者が自分の都合で入れているけれど、本当に主人公がどう感じているのかは不明」というのが正解じゃないか?
「じゃあ、豊樹さん。この主人公は、家に帰った後、どうすると思う?」
いやな質問で、ボクが当てられた。
「分かりません。それに先生。この主人公はそもそも男ですか?」
するとクラスが乾いた笑いに包まれる。
「面白いヤツだな。そりゃ、主人公は男に決まってるよ。だって、本文をよく見ろ。奥さんがいて、娘がいるし、言葉遣いも確認したら分かるだろ?」
「すいません、分かりません」
「もういい。じゃあ、中田さんはどう思う?」
また、ボクは切り捨てられた。
でも、どうして奥さんがいて、娘がいたら「男」だって決めつけられるんだ? 女かもしれないし、そのどちらでもないかもしれないし、ひょっとしたら人間じゃないかもしれない。
「豊樹はさ、ツーキューの先生に男とか女とか、教えてもらえよ? 次の時間がツーキューだろ? それか、シエンキューへ行く?」
中田が発した言葉に、クラスの奴らが大爆笑する。
もう、この日は耐えられなかった。
「うるさい!」と怒鳴って、中田に殴りかかろうと胸ぐらを掴む。
「豊樹! いい加減にしろ!」
先生はすばやく間に入って止めると、ボクだけを睨んで押さえつけた。
フツウの人には考えられないような突拍子もない行動を取るから、怖いんだろ? それでいつも悪者になる。
ボクがいる、この世界はバグってる。
そうだ、ボクはツーキューだ。さらにシエンキューに行くよう先生からも勧められている。
それって、フツウからボクを排除するってことだよね?
ボクの何がいけない?
ツーキューでも、その前に一人の人間だ。
フツウの人がいるフツウの世界から、ボクは排除されたくない。
ボクだって、みんなと同じように今後もフツウの高校に入って、フツウの人と同じように暮らしていきたい。
でも、きっと無理なんだろう。
「座れ」と先生が命令する。
これ以上、逆らうと排除されるのが怖くて、ボクは従った。
特別支援学校に通っているツキカさんからすると、フツウの中学校にいるボクは羨ましいそうだけど、この中学校に、ボクの居場所はない。
今頃、ツキカさんは何をしているたろう?
楽しくすごしていて、笑っているといいな。
ボクはというと、早く家に帰りたい。
帰って、作曲がしたい。
音楽に向き合っている時だけ、ボクは人間らしくいられる。
会いたいな、ツキカさんに。
早く土曜日になってほしい。