「キイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!」
 (くっ…こいつなかなかやるな)

 あまりに大きくて強い化け物に俺は正直、かなり手こずっていた。巨大な体に大きな翼で飛び回り、その動きは本気で俺を殺しにかかっているというのがわかる。そして次の瞬間、その化け物は猛スピードでこちらに近づいてき、一瞬体制が崩れた俺はそのまま…

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 俺は佐々木雄介。今日も1日特にやることがなく、パチンコに出かけようとする。

 「雄介!あんたいい加減に就職しなさい!パチンコばっかり行って…」
 「だからもうそれ聞き飽きたって。俺の人生なんだからほっとけって!」
 「あんたそんなこと言ってるけど、お母さんが死んだとき、どうやって生きていくのよ!?」
 「んなもん、そん時考えりゃいいだろ!」
 
 親の前ではあんなこと言った手前、内心は俺も焦っている。だが就職なんか、はっきり言ってもうしたくねえ。なんで嫌な上司・先輩のもとで嫌々ながら言うこと聞いて働かなきゃならないんだっつの。お金を稼ぐことはもちろん大切で必要な事ってのは俺自身も分かっているんだが、なぜそれだけのためにここまでしなきゃいけないんだ?っていうのが俺の根底にいつもある疑問だった。

 どーせその時が来たらその時考えればいいという楽観思考で今日もいつも通り、パチンコに向かおうとした…が

 「お兄さんお兄さん、ちょぉぉぉぉっといいかな?」
 「…あ?」

 急に誰かが声をかけてきたので、俺はその方を振り返った。するとそこにはピエロの仮面をかぶった金髪で、紫色の服を着た謎の男が立っていた。…なんかすげぇ嫌な予感がする。

 「わたくし、全然怪しいものではありませんよぉ?なので、ちょっとお話しませんか?」
 「…」
 
 あほなのかこいつは。そのセリフ、完璧怪しいやつの言うことじゃねえか。そう突っ込んでやろうと思ったがピエロ仮面は立て続けに話を続けた。
 
 「お兄さん、遊びは好きですか?」
 「なんだいきなりコラ」
 「では好きってことでいいですね!」
 「は?」

 あまりに意味不明なピエロ仮面の言動に、俺は内心イライラしていた。するとピエロ仮面はいきなり懐から杖らしきものを取り出し、それを俺に向かって向けた。

 「私は楽しい楽しい遊園地への案内人。今からあなたを素敵で楽しい楽園へと案内してあげましょう…」
 「何言ってんだお前、悪いが俺はもう行k…」

 次の瞬間、俺は強烈な眠りに襲われ、体も動かずその場に倒れこんだ。なんだ、これ…。こいつ、一体何しやがった…。しかし俺には抗う力はなく、ただ無意識のまま奴の催眠に踊らされるしかなかった。そして意識がもうろうとする中、奴が何か言ったのを聞いた。

 「ふふふ、無事に戻って来られるといいですね…」

 


 次に俺が目を覚ましたのは、全く見覚えのない場所だった。まず驚いたのは気づいたら夜になっており、見事なまでに美しい満月が夜空に浮かんでいた。

 「あれ、どこだここ…。夜になってたのか。」

 どうやら俺はその場でけっこう寝てたみたいだ。初めはそう思っていたのだが、それは違う、さっきまでいた場所とは全然別の場所に飛ばされていたことにすぐ気づかされた。

 「どこだここ…?絶対さっきまでいた場所とは明らかに違う。」

 その証拠にまず俺の目に留まったのは、気持ち悪いほどたくさんある墓だ。ここは墓地か?今すぐにゾンビとかが地面から這い出てきそうな雰囲気だった。俺は幽霊とかホラーとかそういうものには耐性がある方だが、それとは別でここから一刻も早く脱出したかった。そのためにまずは手がかりを探すべく、あたりを散策する。

 行きたくはなかったがこれも脱出の為!と割り切り、無数にある墓の周辺などを調べた。…しかし何もわからない。いや、それどころか暗くて周辺に何があるのかすらあんまり分かっていない。くそ、なんかライトとかねえのか?と思った次の瞬間、墓の周りが一気に明るくなった。どうやら墓の周りについていたライトらしきものが、一斉に光ったようだ。

 「なんだ、いきなり光り出したぞ…?」

 これで周辺を調べやすくなってラッキー…じゃなくて、これ絶対何か起きるぞ、間違いなく。そう思った次の瞬間、墓よりも奥にある木々の向こう側から、大量の何かが飛んでくるのが見えた。…やべえこれもう嫌な予感がすでに始まってるわ。

 バサバサバサバサバサ!!
 「うおっと!」

 それは蝙蝠の大群だった。なんだこいつらいきなり!?そして蝙蝠の大群はそのまま通り過ぎた…と思ったら大間違いで、なんと一斉にUターンして俺の方に襲い掛かってきた。

 「キイ!キイ!キイ!」
 「おいおいおいなんなんだこいつら!?」
 
 いきなり襲われた俺は、慌てて地面を転がりながら緊急回避する。しかもついてないことに空からの障害物をよけるための「屋根」らしきものがどこにもない。例えるなら地震が起きてしまったが、机がなくてどこに潜ったらいいか分からないのと同じ状況だ。

 となりゃ撃退するか?でも周辺に落ちてそうな武器は…ない。木の枝なんかでこの大群を追い払えるわけがない。くっそこのままじゃらちが明かない。…そう思った瞬間、俺の体に異変が起きた。それは過去にも数回ほど経験した、「あの力」だ。体の周りを黒い煙が包み込み、全身真っ黒になって緑色の翼が生える。…にしてもこの力、今でもなぜこうなるのか、どうしたら発動させられるのかについては全然わかっていない。

 いや、今はそんなことどうでもいい!この謎の変身について分かっていることは1つだけ。それはこの姿だとパワーアップすることであり、言い換えるならこの蝙蝠の大群を追い払う術を見つけたということ。そして俺は背中に生えている翼に力を込めて思いっきり伸ばし、えいや!と風を投げつけるイメージで翼を動かした。つまり「風起こし」をした。

 「キイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!」

 その風の威力はあまりに強大で、自分でも思わず驚いてしまった。そしてその風の勢いで蝙蝠の大群は空を舞い、散り散りになった。どうやら追い払うことには成功したようだ。とりあえず難は去った…と思ったら、一難去ってまた一難だった。

 「キイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!」
 (バサバサバサ!!!)

 そう、今度はまた別の化け物が空から現れた。見るとそいつも蝙蝠で1匹だけだったが、さっきの小さな群れとは違って体長は80cmあるかないかの大きさで真っ黒な体に茶色がかった翼。遠くから見てるだけでも身動きが取れなくなるほどの圧があり、要するにめちゃくちゃ大きくてめちゃくちゃ怖い。

 (なんなんだこいつ…でかすぎだろ)

 ちなみにこの姿の俺はなぜか喋れない。ちょっと不便だなとは思うがそれ以上に全体的にハイスペックなためそれくらいのことは気にならない。今の姿の俺ならたとえあんな化け物じみた蝙蝠でも戦える!そう思った俺は覚悟を決めてハイスピードで化け物に向かって突進し、突きをかました。

 「ぐきぃ!」

 一応手ごたえはあった。しかし全然平気そうだ。さすがの見た目だな…と感心しつつも化け物は反撃として翼を叩きつけるように動かし、俺に向かって攻撃してきた。

 「フワ!!!」
 
 俺も翼は生えているから飛べる。だから俺は真上に躱し、上からの勢いを利用して化け物の頭めがけて拳を突き付けることを試みる。しかし…

 しゅっ!

 化け物はデカい体しているにも関わらず、俺の超速の攻撃をひょろりと躱しやがった。こいつこんな見た目で身体能力まで高いとは…はっきり言ってかなり厄介だ。なんでこんな化け物と戦わなきゃいけねえんだって思ったくらいだ。そして次の瞬間…

 「キイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!」
 (くっ…こいつなかなかやるな)

 蝙蝠姿の化け物は大きな翼で飛び回り、さっきまでと違う動きを見せた。かなりアグレッシブに飛び回っており、その動きは本気で俺を殺しにかかっているというのがわかる。そして次の瞬間、その化け物は猛スピードでこちらに近づいてき、さっきの攻撃の反動で一瞬体制が崩れた俺はそのまま化け物の突進を食らってしまった。

 (ぐはああああああ!)

 いくらこの姿とはいえ、無傷では済まない。それでも俺はダメージを抑えるために突進を食らったと同時に、自分も後ろに飛ぶことでダメージをなるべく抑えることには成功した。だがあの一撃はさすがにきつい。次また同じ攻撃が来ようものなら、俺はもう…

 (ここまでか…。この力をもっと上手に扱えていれば…)

 どれだけ悔いても仕方ない。せめて今できることを精一杯やろう…と思った次の瞬間。化け物の動きにさらなる変化があった。

 「キイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ…」

 なにやら翼をたたみながらジタバタしている。なんだ?と思いながら見ていると化け物はまっすぐ高く飛び、そのまま俺のいる方向とは反対方向へと逃げ出した。お、これはもしかして助かったか…?それと同時、俺は元の姿に戻っていた

 「はぁ…はぁ…まじで何だったんだあいつらは…」

 喋れるようになったことで元の姿に戻ったことを確認した。そして次の瞬間、目の前が白く光り出した。

 「!?」

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 次に目を開けると、俺はさっきまでいた場所にいた。どうやら戻ってきたのか…。どういうわけか俺は元の場所に戻ることができたようだ。…そうだあのピエロ仮面!あいつはどこいった!?ふと思い出して探していると…

 「なんと!!まさか生きていたなんて…」

 その声を聞いた途端、俺は振り返った。するとやや慌てた顔をしたピエロ仮面はこちらを見ながらおどおどしていた。気づいたら俺はハラワタが煮えくり返っており、無意識にピエロ仮面の方に近づいていた。

 「おいクソピエロ仮面、よくも俺を殺そうとしてくれたな?そのお礼はきちんとさせてもらうぜ?」
 「なななな、嘘だ…。あの蝙蝠の化け物に襲われて死なない奴など今までいなかったのに…」
 「うるせぇな。お前をこの街に置いておくのは危険すぎる。だからお前は行くべきところに行くべきだ。」
 「ひ!ちょっと待…ぐああああああああああああああ!」(バキ!ボキ!)

 そして殴った後、こいつを警察に突き出そうとした。

 「!?」

 …ちょっと待て。警察に突き出したとして、こいつの罪状をどうやって説明するつもりだ?謎の力で夜の墓場なんて言っても当然警察は信じるわけがない。なんならこいつを殴った痕を見て、むしろ俺が暴行罪で捕まるな。そう考えた俺は豚箱行き以上の刑罰かつ、俺自身も捕まらない方法をその場で思いついた。俺は気絶しているピエロ仮面を見ながら…

 「おい、お前一体どうやって俺をあの世界に送り込んだ?言わねえともっと殴るぜ?」
 「ひ!言いますから言いますから!」
 「…なるほどな、じゃあな。頑張って生きろよ?」
 「ひぃ!ちょっと待…」

 そしてピエロ仮面は説明したのち、気絶したかのようにその場に倒れこんだ。ちなみにその場にはピエロ仮面はおらず、仮面だけが残されていた。つまり俺と同じ「あの世界」へ行ったのだ。…いや、俺が「送った」のだ。ちなみに俺をあの世界に送った方法だが、どうやらこの仮面の目の部分から発せられる催眠光線によって意識がもうろうとし、あの世界へ送られるらしい。なるほど俺もその催眠を浴びてあの世界に…。

 しかし改めて見ると、なんとも恐ろしいピエロ仮面だ。こんなのが世間的に知られたら多分色々面倒事になるだろうな。警察とかに知られない形で処分したいが、どうやってこんな危険でおぞましい仮面を処分するかじっくり検討しよう。それまでは自分の部屋の押し入れにしまっておこう。当然親にも見つからないように…。

 だが、このピエロ仮面を今後も使うことになるとは、この時の俺は知る由もなかった…。