「おまえ、なんで入ってきたんだよ。」
「ドリブルばっかしてんじゃねーよ。」
「もう、コートから出ろよ。」
耳元で囁かれるそれは、今でもおれの頭に響いている。
「サッカーサークル?」
カレーライスを、学内で1,2を争うくらいイケメンの勇希が口にせっせと運ぶ。そして、スプーンでおれの方を指す。
「徹は?サッカー好きなんじゃないの?」
「サッカー。好き。だけど。でも。弱いよ?」
「弱くてもいーよ。おれも中高ベンチだったし」
「中高、サッカーやってないよ」
「そんなことはどうでもいいんだよ。ほら」
ボールを投げられた。
おれは胸でトラップし、リフティングをした。
「できんじゃん!じゃあ、行こうぜ!!」
にひ、と笑顔になる勇希は、小学校、中学校、高校と、サッカーをやってきたサッカー少年。
たくさんの青春のページを紡いできた、少年。
おれは。というと。
サッカーをやってきて。チームプレーが苦手で。
個人競技の剣道を、中学から始めた。
でも、結局団体戦とかあって、チームプレーで。
小学校からやっていた人が強くて。
それで。
おれは。
サッカーを。
あの。
パスを渡す喜びを。
シュートを決める喜びを。
中学、高校と、忘れられずにいた。
でも。
チームプレーであるが故のいじめやひどい愚痴大会も覚えている。
だから。
サッカーは。
好きで、嫌いで。
でも。
好きだ。
今いる大学には、サッカー部がないらしい。
だから、サッカー経験者で、サッカーサークルを作った。
うちの大学のサッカーサークルは、ほとんどが経験者だ。
でも、おれも。
サッカーをやりたい。
その気持ちは、ずっと。
ずっと、消えてはいなかった。
たくさん、サッカーゲームをやって。
たくさん、サッカーの漫画を読んで。
たくさん、憧れた。
「またな。今日、サッカーサークル、来いよ。おれも、入るからさ」
勇希はそう言って、食堂を後にした。
夜のグラウンドは少しエモい。
星が、少し出てきている。
青色のような紫色のような色が天空を包み込む。
おれは、その下で、ライトに照らされながら、新しく買ったスパイクに足を通した。
「おお、来たじゃん!徹!」
「勇希!」
「徹はさ、サッカー漫画とかでたくさんサッカーの研究してきたんだろ?今日、その実力を見せてやろうぜ」
にひ、と勇希は笑う。
「……ああ」
「カウンター行ったぞ!!」
「やべえ!戻れねえ……は!?誰だ!」
「取られたら、取り返します。」
「新入生!!」
「徹!」
「勇希!!」
おれのロングフィードは。
勇希の足元に。
ピッタリくっついてくる。
キーパーの右上。
勇希は一気に足を振りかぶる。
「うおおおおおっ!!」
そのシュートは枠をとらえた!!
「よっしゃぁぁぁああ!!」
「なあ、お前、高校なんでサッカー部入ってなかったんだよ。中学も。うめえのに」
「パスの精度は良くないよ」
「でも、体力あるし、全体見れてるし」
「……おれは、チームプレーが苦手だった。だから、自分を変えようって剣道部に入ったんだよ」
「それにしても」
「ああ。そうだよ。どんなにチームのことが嫌いでも、サッカーのことは嫌いになれなかったんだよ。次、マクロ経済。C棟の3号室。行こ」
「そうだった!あと1分、遅刻確定……」
おれたちは、走った。
「なあ、徹。お前とおれならさ、天下取れんじゃね?」
「……どういうこと?」
「お前さあ、めっちゃ体力あんじゃん」
「ああ、剣道をやってた時に、かかり稽古っていう、めっちゃきついトレーニングを毎日やってたからな」
「それだよ!それに、その目!予測力!あの時。おれにパスをすれば、おれがシュートに持っていけるって、よく気づいたよな!」
「ああ、他の選手のことはあんまり見えなかったけど、勇希のことならよく見えたから……」
「それだよ!それ!おれ達なら、このサークルで、めっちゃ強いコンビになるぞ!徹が最高のパサーで、おれが、最高のストライカーだ!なんか、出会っちゃった感あるな!」
「……ああ!」
なんか、おれの眼、輝いている気がする!
おれ達は、何とか、マクロ経済学の授業に間に合った。
そっか。
あの、遅刻確定かも、って思ったのに。
この授業にも、間に合っちゃうくらいの体力が、おれ達にはあるんだ。
「それでは、新入生対在校生の試合を始めます」
おれと勇希は、グータッチをして、離れた。
試合開始、3分。
おれは、ミッドフィルダー。
おれの方に、パスが回ってきた。
あれ。
どう動けばいいんだ。
そのまま、ボールは敵に取られた。
「おい、何やってるんだよー」
同じ学科の勝也が、起こっている。
「ごめーん」
「ごめんで済まされるミスかよ」
おれは、無視をして、ボールを追いかける。
でも。
そのボールは。
あっけなく。
先輩方の点数になってしまった。
みんなが、おれの方を見ている気がする。
あれ。
サッカーって、こんなに怖いスポーツだったっけ。
そのままおれは、ボールを触ることなく、ハーフタイムに入った。
「なあ、勇希」
「ん?」
「おれ、あんまりサッカー、出来ないんだけど、このままサークルに入っていてもいいのかな」
「当たり前だろ」
「あたり、まえ……」
「そう。お前がサッカーできないのも、このサークルにいてもいいのも、当たり前だ」
夜空は、綺麗で。
星がたくさん出てきている。
その下で。
勇希は。
そんなに、嬉しいことを言ってくれる。
「徹は、小学校しかサッカーやってなかったんだろ?それだったら、出来ないで当たり前だよ。でもさ、これから4年間もあるんだぜ?ちょっとずつうまくなっていけばいいじゃん。お前には、最強の体力があるし。あ、そうだ。後半、一回でいいからさ、おれにパスしてよ」
「勇希に?」
「ああ。外してもいいからさ、全然」
勇希は、ニヒッと笑った。
そうだ。
おれは、全然サッカーをやっていなかった。
それなら、出来なくて当たり前。
そう。
できなくて、当たり前なんだ。
だって、ここにいるみんな、サッカー経験者。
さっきおれに怒ってきた勝也だって、サッカー経験者なんだ。
おれも、経験者ではあるけれど、その中でも中学高校とやっていなかったというブランクがあって、そんな人は、この中でも、マイノリティなんだ。
後半開始、5分。
おれに、ボールが回ってきた。
「「「ヘイ!」」」
何か所からか、呼ばれる。
ヤバイ、誰に渡せばいいんだろう。
わからない。
わからない……
もしかしたら、この試合でボール触れることって、今回が最後なんじゃないか?
じゃあ。
『あ、そうだ。後半、一回でいいからさ、おれにパスしてよ』
勇希が、ゴール前まで走っている!
おれは、勇希めがけて一気にボールを蹴った!
勇気が、ポン、とボールを受け取った!
そのままゴール前まで走り、一気にシュートをした!
そのシュートは、枠をとらえた。
「ピィーーーーーッ」
「ッシャアアアアアアアアア!!!!」
勇希の雄叫びが聞こえた。
勇希はおれの方に走ってきて、ハイタッチをしてくれた。
「お前とおれなら、こんなプレーもできるんだ。」
勇希の眼が、キラキラと輝いている。
「……ああ!!」
大学が終わって、サークルも終わって、おれは電車に乗った。
電車で一時間半、そこからチャリで15分。それで、おれの家に着く。
電車の時間は暇で、やることがない、と思ったら大間違い。
たくさんの課題があるから、それをこなしていかなければならない。
おれは、一気にその課題を、こなしていく。
レポート。
中国語のドリル。
英語のドリル。
レポート。
多い。
多すぎる。
そのあと、乗り換え。
そして。
また、その繰り返し。
はあ。
『ごめんで済まされるミスかよ』
やっぱ。
強くなりてーなー。
剣道をしていた時も、思っていた。
やっぱり、競技の世界では、強い者が正義。
だから。
おれも。
みんなと同じように。
強く。
ならなきゃ。
おれには、4年間の時間がある。
4年後に、おれは、どれくらい強くなれているんだろうか。
後輩とかも、たくさん入ってくるわけだよなあ。
それで、おれは、後輩になめられたりとかしないのかなあ。
そんなことを考えていたら、家の最寄り駅についた。
自転車で家まで帰っている途中、一瞬、流れ星が見えた気がした。
なんとなく。
おれは。
「強く、強く、強く」
と、3回念じた。
3回念じれば願いが叶うんだって、どこかで聞いたことがあったから。
『お前には、最強の体力があるし』
「ただいまー」
おれは、夕ご飯を食べて、歯磨きをしたら、またジャージに着替えて、外に出た。
おれは、思った。
ずっとサッカーから離れていたおれにできる、作れる強み。
それは。
体力。
走ること。
今日も。
走る。
夜。
音楽を聴きながら。
走る。
走り続ける。
走ってる時は。
なんか。
みんなに近づいてるみたいで。
ちょっと辛いけど。
楽しかったりする。
ぼんやりとした電灯とか。
公園とか。
車とか。
家からの光とか。
星空とか。
月とか。
全てが幻想的で。
おれを強くさせてくれているみたいで。
今日も、走る。
ペースを上げて。
走る。
みんなに追いつくために。
走る。
走り続ける。
10キロ走った。
結構、きついな。
これで、おれの体力もつくかな。
何とか、つくといいな。
「なあ、徹。」
また、勇希が、口にカレーライスをせっせと運びながら話す。
「何?」
「あのサッカーサークルさ、土日は何人かで社会人チームと混ざってサッカーやってるらしいよ」
「そうなの?」
「行ってみない?」
「……ああ、いいね」
それから、おれは、このサークルに通い続けた。
できるだけ、土日の練習にも参加をした。
「先輩」
「ああ、お疲れ、徹」
「温泉でも行きますか」
「温泉、いいね」
仲のいい先輩もできた。
2年間。通い続けた。
おれも、サッカーが上手くなってきた。
そんな時だった。
3年生の、夏休み直前。
「なあ、徹。おれ、1年間留学に行くことになったんだ。勝也と。」
「留学に、行くのか……」
「だから、もう、お前ひとりになる」
「ちょ、ちょっと待ってよ。おれさ、結構うまくなったんだよ」
「……正直、徹は、おれが見る感じ、そんなにめっちゃ上手くなったってわけでもない。むしろ、1年の頃からそんなに実力、変わってないんじゃないかな」
「そんな……ちょっとずつうまくなればいいっていう言葉を信じて、やってきたのに。おれ、ランニングも、土日練習も、勇希は土日練来てなかった時もさ、おれ結構行ってたんだよ、なのに、なんで……」
「ごめんな、徹。おれ、そんなつもりじゃ、なかったんだ。おれは、留学に行く。だから、あと1年間は、お前の唯一の取り柄であるおれへのパスも使えない。だから、一人で……」
「そんなの……いらない!」
「え……?」
「それなしでも、おれは。おれは、強くなったって。あ、いや、何でもない」
照れ隠しか。
怒ったところを見せるのが昔から苦手なおれは。
こんな発言になってしまった。
そもそも、勇希が言っていることが事実なのだ。
そんな、6年のブランクが2年で埋まるわけがない。
おれは、この2年で、結構努力をした。
それでも。
あんまり、うまくならなかった。
ただ、それだけの話。
怒る要素なんて、1つもない。
なのに、何なんだろ。
なんなんだろう、この、悔しさは。
おれは、この2年間で、何も成し遂げることができなかった。
この後、勇希は留学へ旅立つ。
おれは。
おれにできることは。
やっぱり、走ること。
もちろん、続けていた。
週に1回は、10キロ、走っていた。
今、アプリにある合計走行距離数は、1040キロ。
よし。
卒業式までに。
7千キロ、目指そう。
そう、決めたのは、この日。
この決意は、大きい決意だった。
残りの二年で、7千キロを達成する。
毎日10キロ走れば、それが達成できる。
「あれ、勇希と徹じゃん」
「先輩」
その先輩は、おれがこの前一緒に温泉に行った、月島先輩だった。
「勇希が留学に行くらしいです」
「そうなんだ」
「あっ!」
勇希が、急に大きな声を出した。
「次のミクロ経済学の授業、もうすぐ始まっちゃう!行かなきゃ!」
勇希はせっせと次の授業の準備をして、席を立った。
「……で、勇希ももういなくなってしまうと」
「はい……先輩、僕、あんまり2年間でうまくなることができませんでした」
「でも、おれ、お前の体力は、うらやましいと思うこと、時々あるぞ」
「……え?」
「お前、本当に体力あんじゃん。マジで羨ましい。おれ、全然走れんもん」
「そ、そうですか」
「他に何か武器を作ればいいんじゃないか?そうだなあ……あ、お前さあ、観察眼結構優れているよな?よく、見えてるもん」
「よく、見えている、ですか?」
「うん、よく見えてる。だって、勇希に遠くからパスしてたじゃん」
「……はい!してました」
「その目があれば、強い。あとは、パスの正確性だな。あ、そうだ。サークルにこれから一時間前に来るとかどうだ?おれが教えてやるぞ。」
「ほんとですか!?月島先輩」
「ああ。そして、お前には、もう1つ、お前の気づいていない強みがある。
「あれ、徹先輩じゃないですか!」
「あ、徹先輩!」
「おお、慶汰、達也!」
「徹先輩、今日サークル行きますか?」
「行くよ!お前らも来る?」
「はい、行きます!」
「オッケー、今日もサッカー、やろうな!」
「「はい!」」
「徹、お前、土日練、これからも欠かさず来るか?」
「本当に、強くなれるんですかね……」
月島先輩は、少しパーマのかかった金髪を揺らして、ハハハ、と笑った。
「それはね、わからん。でもさ、おれ、お前が行くなら、行きたいなーって思って。連れてってよ、どうせお前の行く道におれがいるでしょ、だから毎週乗せてってよ」
「いいですけど、交通費払ってくださいね」
「わーったよ」
結局、勇希は夏休みからオーストラリアへ一年間語学留学に行ってしまった。
3年生のこの時期ともなると、就職活動が忙しい。
それでも、おれは、土日練に行き続けた。
いろんなところにインターンに行くうちに、おれは、1つ、行きたい業界を見つけた。
それは、テレビ業界だった。
テレビ業界のエントリーは、3年生の9月から3月までにまとまっている。
だから、おれは。
サークルに、なかなか顔を出さなくなってしまった。
テレビ業界は、本当に大変だった。
エントリーシートで要求される文字数はとても長く、また、課題動画まで作らなければならない。
おれは、キャリアセンターに何度も顔を出して、エントリーシートの添削や、面接練習をしてもらった。
それでも。
それでも。
学校から帰った後、10キロのランニングは欠かさなかった。
絶対に、欠かさなかった。
おれは、何か強みが欲しかった。
ただ、それだけだった。
マイノリティ。
小学校以来サッカーをやっていないなんて言うのは、完全に、サークルの中で、マイノリティだった。
だから。
おれは。
それが。
コンプレックスで。
でも。
それが。
マイノリティなら。
10キロ毎日走るのだって、マイノリティでしょ。
そう思いながら、10キロ走った。
テレビ業界。
おれは、大学4年になった。
テレビ業界は、全落ちした。
大学3年生の3月から、一般企業の就活が解禁された。
おれはそれからというもの、何社にもエントリーシートを出し続けた。
おれは、4月に入った時点で、まだ、内定が決まっていなかった。
それでも、毎日の10キロは、諦めずに走り続けた。
「先輩」
「おう、徹」
久々にサークルに行くと、月島先輩がいた。
「あれ、月島先輩は、卒業したんじゃないんですか」
「いや、就職留年」
就職留年……
おれは、何か現実を突きつけられたような気分になった。
「そんな風になることもあるんですね。」
「なあ、徹。就活中、サークルに行ったりして人に会わないと、心が死ぬぞ」
「そ、そうですか」
「だから、サークルには行っておいた方がいい。あと、お前のサッカー、なんか、おれ最近思うんだけどさ、お前、サークルに来るとき、後半になるにつれてどんどんうまくなってかない?毎回。普通、逆じゃん?みんな、後半になるにつれてバテていくのにさ、お前、ほんと、体力ありすぎじゃない?」
「徹先輩、体力ありますよ」
話を聞いていた後輩の慶汰も、横からそう言ってくれた。
「だって、毎日10キロ走ってるから」
2人は、眼を丸くした。
「毎日10キロ!?ストイックすぎるだろ!!」
「ストイックすぎますね!!」
「そ、そうかな」
夜空は星で満ちていた。
おれは今日も、サークルに参加した。
久しぶりに、参加をした。
楽しかった。
夜飯もみんなで行った。
楽しかった。
勇希がいれば、もっと楽しかっただろうに。
でも。
もう、サークルへは行けないかな。
就職先が決まるまで、サークルへは顔を出せない。
おれは、そんな思いで、最後のラーメンを、すすった。
でも。
10キロのランは、やめなかった。
なんでだろう。
なんとなく、わかっていた。
おれが、この後、どうなるのかは。
なんとなく、わかっていたんだ。
それでも、走ることだけは、やめられなかった。
なんとなく、夢に向かって進んでいるような気がして。
なんとなく、強くなれている気がして。
走ることだけは。
やめなかった。
それからというもの、おれは就活に明け暮れた。
それでも、全然決まらなかった。
あなたの性格を教えてください。
あなたの強みを教えてください。
あなたの志望理由は何ですか。
そんな質問に、毎日毎日パソコンと向き合いながら答え続けていた。
土日練習はもちろん、平日の普通のサークルにも、顔を出せなかった。
夏休みが終わる頃。
おれは、一社から内定をいただいた。
人材業界からの内定だった。
本当に。
本当に、嬉しかった。
それでも。
おれは。
サークルに、顔を出さなかった。
その理由は。
テレビ業界の選考がスタートしたからだ。
そう。
4年生の今でも、3年生と混じって受ければ、一年フリーターをやったうえでテレビマンになるのも夢ではなかった。
だから。
おれは。
テレビ業界を受け続けた。
おれは。
自分の力で番組を作りたかった。
みんな、やりたいことってあると思う。
おれは、やっと見つけたんだ。
おれの、やりたいことを。
だから、追いかけない理由がなかった。
おれは、テレビ業界のエントリーシートを、毎日のように見直し続けた。
そして、面接練習にも、キャリアセンターに毎日のように通った。
時は、1月までなっていた。
おれは、いまだにテレビ業界から内定をもらえずにいた。
おれは、キャリアセンターから購買へと向かって歩いた。
「あ、徹先輩」
慶汰と、達也だ。ほかにも、何人か後輩がいる。
「徹先輩、大会来ないんですか」
「徹先輩が大会来ないと、しまらないっすよ。来てほしいっす!!」
「就職、決まったらな……」
「そこを何とか!」
「……考えておくよ。」
「徹!」
「月島先輩……」
「お前、大会に行かないのか?」
「ああ、就職決まったらで……」
「そうか……でも、おれは、久々にお前とサッカーがしたいよ」
「僕も、サッカー、したいです」
「就活、頑張れよ」
「はい」
購買では、見たことのある顔がいた。
「徹!」
「勇希!」
「徹、最近サークル来ないじゃん」
「ああ、就活があんまり決まらなくてさ……」
「そっか……」
すると、勇希が、おれに頭を下げた。
「ごめん!おれ、あの時、あんまりうまくないとか言って!」
「いや、いいよ。事実だし」
「違うよ」
「え?」
「お前は、うまいよ。今のお前は、うまいんだよ。おれは、お前に、それが言いたかったの!」
「……そっか。でも、おれは、大会には……」
「大会、出てくれるのか!?」
「いや、その……」
ああ。
わかった気がする。
月島先輩の言っていた、おれのもう一つの強みって。
これ、だったんだ。
「大会、行けるかもしれない。」
「それでは、Aテレビ、最終面接を始めます。……あなたの強みを教えてください」
「はい。私の強みは、信頼と人望です。私は、サッカーサークルに入っていました。しかし、私には1つの弱みがありました。それは、サッカーを中学、高校とやっていなかったことです。しかし、大学のサッカーサークルに毎回通い、土日練習も欠かさず、行っていました。就職活動が始まってから、サークルに顔を出すのはどうしても難しくなってしまいましたが、それでも、今度の大会に来てほしい、と、後輩からも、同級生からも、就職留年している先輩からも言われるまでに、私は、他の人からの信頼と人望を勝ち取ることができました。先輩が来ないとしまらない、と言われたときは本当に嬉しかったです。私が御社に入ってからは、それを生かしていきたいです。」
おれは。
Aテレビから。
テレビ局から。
やっと。
やっと。
採用をいただいた。
大会当日。
1試合目、おれは、開始から終了まで、全くバテずに試合を終えた。
たくさん走ったおかげだ。
2試合目、3試合目も順調に勝ち進み、決勝戦。
おれは、ミッドフィルダーでボールを持った。
「「「ヘイ!!」」」
たくさんの声がおれの耳元に響く。
おれの観察眼は。
フォワードの勇希をとらえていた。
おれは、思いっきりパスをした。
そのパスは、地面を弾丸のように高速で走り。
勇希の足元に、ぴったりとくっついた。
『おまえ、なんで入ってきたんだよ。』
『ドリブルばっかしてんじゃねーよ。』
『もう、コートから出ろよ。』
小学校の頃にサッカーをしていた時には、仲間がいなかった。
いや。
仲間を作ろうとしていなかったのかもしれない。
でも。
今は。
『徹先輩が大会来ないと、しまらないっすよ。来てほしいっす!!』
『おれは、久々にお前とサッカーがしたいよ』
『大会、出てくれるのか!?』
こんなにたくさんの、仲間に囲まれている。
勇希は、足を振りかぶって、一気にシュートした。
そのシュートは、ゴールに向かって飛んでいった
そして。
枠を、とらえた。
「よっしゃー!!!!」
勝也が叫んだ。
勇希が一気におれの方に走ってきた。
「お前が最高のパサーで、おれが最高のストライカーだ!」
おれたちは、手を取った。
そのまま、1ー0で試合は終了し、おれたちのチームはサークルリーグで優勝を果たした。
最後の写真撮影の時間。
「徹、お前、前で寝る人でいいんじゃね?」
「徹先輩、寝る人やってくださいよ!」
「ハハ、いいね。」
おれは。
小学校の頃しかサッカーをやっていなかったのにも関わらず。
みんなが並んでる真ん中に寝そべって、ピースをした。
こんなにたくさんの仲間に、囲まれることができたんだ。
卒業式。
たくさんの人が集まっている。
卒業証書の授与が終わったら、外に出て、写真撮影大会になっていた。
たくさんの人と写真を撮った。
もちろん、サークルのみんなとも。
夜は、学科のみんなで飲み会だった。
それで、カラオケで終電まで歌いつくす。
めっちゃ楽しい。
いろんなことがあった4年間だった。
おれは、スマホを開いた。
ランニングアプリのアイコンをタップした。
そこには、7000の文字が刻まれていた。
「ドリブルばっかしてんじゃねーよ。」
「もう、コートから出ろよ。」
耳元で囁かれるそれは、今でもおれの頭に響いている。
「サッカーサークル?」
カレーライスを、学内で1,2を争うくらいイケメンの勇希が口にせっせと運ぶ。そして、スプーンでおれの方を指す。
「徹は?サッカー好きなんじゃないの?」
「サッカー。好き。だけど。でも。弱いよ?」
「弱くてもいーよ。おれも中高ベンチだったし」
「中高、サッカーやってないよ」
「そんなことはどうでもいいんだよ。ほら」
ボールを投げられた。
おれは胸でトラップし、リフティングをした。
「できんじゃん!じゃあ、行こうぜ!!」
にひ、と笑顔になる勇希は、小学校、中学校、高校と、サッカーをやってきたサッカー少年。
たくさんの青春のページを紡いできた、少年。
おれは。というと。
サッカーをやってきて。チームプレーが苦手で。
個人競技の剣道を、中学から始めた。
でも、結局団体戦とかあって、チームプレーで。
小学校からやっていた人が強くて。
それで。
おれは。
サッカーを。
あの。
パスを渡す喜びを。
シュートを決める喜びを。
中学、高校と、忘れられずにいた。
でも。
チームプレーであるが故のいじめやひどい愚痴大会も覚えている。
だから。
サッカーは。
好きで、嫌いで。
でも。
好きだ。
今いる大学には、サッカー部がないらしい。
だから、サッカー経験者で、サッカーサークルを作った。
うちの大学のサッカーサークルは、ほとんどが経験者だ。
でも、おれも。
サッカーをやりたい。
その気持ちは、ずっと。
ずっと、消えてはいなかった。
たくさん、サッカーゲームをやって。
たくさん、サッカーの漫画を読んで。
たくさん、憧れた。
「またな。今日、サッカーサークル、来いよ。おれも、入るからさ」
勇希はそう言って、食堂を後にした。
夜のグラウンドは少しエモい。
星が、少し出てきている。
青色のような紫色のような色が天空を包み込む。
おれは、その下で、ライトに照らされながら、新しく買ったスパイクに足を通した。
「おお、来たじゃん!徹!」
「勇希!」
「徹はさ、サッカー漫画とかでたくさんサッカーの研究してきたんだろ?今日、その実力を見せてやろうぜ」
にひ、と勇希は笑う。
「……ああ」
「カウンター行ったぞ!!」
「やべえ!戻れねえ……は!?誰だ!」
「取られたら、取り返します。」
「新入生!!」
「徹!」
「勇希!!」
おれのロングフィードは。
勇希の足元に。
ピッタリくっついてくる。
キーパーの右上。
勇希は一気に足を振りかぶる。
「うおおおおおっ!!」
そのシュートは枠をとらえた!!
「よっしゃぁぁぁああ!!」
「なあ、お前、高校なんでサッカー部入ってなかったんだよ。中学も。うめえのに」
「パスの精度は良くないよ」
「でも、体力あるし、全体見れてるし」
「……おれは、チームプレーが苦手だった。だから、自分を変えようって剣道部に入ったんだよ」
「それにしても」
「ああ。そうだよ。どんなにチームのことが嫌いでも、サッカーのことは嫌いになれなかったんだよ。次、マクロ経済。C棟の3号室。行こ」
「そうだった!あと1分、遅刻確定……」
おれたちは、走った。
「なあ、徹。お前とおれならさ、天下取れんじゃね?」
「……どういうこと?」
「お前さあ、めっちゃ体力あんじゃん」
「ああ、剣道をやってた時に、かかり稽古っていう、めっちゃきついトレーニングを毎日やってたからな」
「それだよ!それに、その目!予測力!あの時。おれにパスをすれば、おれがシュートに持っていけるって、よく気づいたよな!」
「ああ、他の選手のことはあんまり見えなかったけど、勇希のことならよく見えたから……」
「それだよ!それ!おれ達なら、このサークルで、めっちゃ強いコンビになるぞ!徹が最高のパサーで、おれが、最高のストライカーだ!なんか、出会っちゃった感あるな!」
「……ああ!」
なんか、おれの眼、輝いている気がする!
おれ達は、何とか、マクロ経済学の授業に間に合った。
そっか。
あの、遅刻確定かも、って思ったのに。
この授業にも、間に合っちゃうくらいの体力が、おれ達にはあるんだ。
「それでは、新入生対在校生の試合を始めます」
おれと勇希は、グータッチをして、離れた。
試合開始、3分。
おれは、ミッドフィルダー。
おれの方に、パスが回ってきた。
あれ。
どう動けばいいんだ。
そのまま、ボールは敵に取られた。
「おい、何やってるんだよー」
同じ学科の勝也が、起こっている。
「ごめーん」
「ごめんで済まされるミスかよ」
おれは、無視をして、ボールを追いかける。
でも。
そのボールは。
あっけなく。
先輩方の点数になってしまった。
みんなが、おれの方を見ている気がする。
あれ。
サッカーって、こんなに怖いスポーツだったっけ。
そのままおれは、ボールを触ることなく、ハーフタイムに入った。
「なあ、勇希」
「ん?」
「おれ、あんまりサッカー、出来ないんだけど、このままサークルに入っていてもいいのかな」
「当たり前だろ」
「あたり、まえ……」
「そう。お前がサッカーできないのも、このサークルにいてもいいのも、当たり前だ」
夜空は、綺麗で。
星がたくさん出てきている。
その下で。
勇希は。
そんなに、嬉しいことを言ってくれる。
「徹は、小学校しかサッカーやってなかったんだろ?それだったら、出来ないで当たり前だよ。でもさ、これから4年間もあるんだぜ?ちょっとずつうまくなっていけばいいじゃん。お前には、最強の体力があるし。あ、そうだ。後半、一回でいいからさ、おれにパスしてよ」
「勇希に?」
「ああ。外してもいいからさ、全然」
勇希は、ニヒッと笑った。
そうだ。
おれは、全然サッカーをやっていなかった。
それなら、出来なくて当たり前。
そう。
できなくて、当たり前なんだ。
だって、ここにいるみんな、サッカー経験者。
さっきおれに怒ってきた勝也だって、サッカー経験者なんだ。
おれも、経験者ではあるけれど、その中でも中学高校とやっていなかったというブランクがあって、そんな人は、この中でも、マイノリティなんだ。
後半開始、5分。
おれに、ボールが回ってきた。
「「「ヘイ!」」」
何か所からか、呼ばれる。
ヤバイ、誰に渡せばいいんだろう。
わからない。
わからない……
もしかしたら、この試合でボール触れることって、今回が最後なんじゃないか?
じゃあ。
『あ、そうだ。後半、一回でいいからさ、おれにパスしてよ』
勇希が、ゴール前まで走っている!
おれは、勇希めがけて一気にボールを蹴った!
勇気が、ポン、とボールを受け取った!
そのままゴール前まで走り、一気にシュートをした!
そのシュートは、枠をとらえた。
「ピィーーーーーッ」
「ッシャアアアアアアアアア!!!!」
勇希の雄叫びが聞こえた。
勇希はおれの方に走ってきて、ハイタッチをしてくれた。
「お前とおれなら、こんなプレーもできるんだ。」
勇希の眼が、キラキラと輝いている。
「……ああ!!」
大学が終わって、サークルも終わって、おれは電車に乗った。
電車で一時間半、そこからチャリで15分。それで、おれの家に着く。
電車の時間は暇で、やることがない、と思ったら大間違い。
たくさんの課題があるから、それをこなしていかなければならない。
おれは、一気にその課題を、こなしていく。
レポート。
中国語のドリル。
英語のドリル。
レポート。
多い。
多すぎる。
そのあと、乗り換え。
そして。
また、その繰り返し。
はあ。
『ごめんで済まされるミスかよ』
やっぱ。
強くなりてーなー。
剣道をしていた時も、思っていた。
やっぱり、競技の世界では、強い者が正義。
だから。
おれも。
みんなと同じように。
強く。
ならなきゃ。
おれには、4年間の時間がある。
4年後に、おれは、どれくらい強くなれているんだろうか。
後輩とかも、たくさん入ってくるわけだよなあ。
それで、おれは、後輩になめられたりとかしないのかなあ。
そんなことを考えていたら、家の最寄り駅についた。
自転車で家まで帰っている途中、一瞬、流れ星が見えた気がした。
なんとなく。
おれは。
「強く、強く、強く」
と、3回念じた。
3回念じれば願いが叶うんだって、どこかで聞いたことがあったから。
『お前には、最強の体力があるし』
「ただいまー」
おれは、夕ご飯を食べて、歯磨きをしたら、またジャージに着替えて、外に出た。
おれは、思った。
ずっとサッカーから離れていたおれにできる、作れる強み。
それは。
体力。
走ること。
今日も。
走る。
夜。
音楽を聴きながら。
走る。
走り続ける。
走ってる時は。
なんか。
みんなに近づいてるみたいで。
ちょっと辛いけど。
楽しかったりする。
ぼんやりとした電灯とか。
公園とか。
車とか。
家からの光とか。
星空とか。
月とか。
全てが幻想的で。
おれを強くさせてくれているみたいで。
今日も、走る。
ペースを上げて。
走る。
みんなに追いつくために。
走る。
走り続ける。
10キロ走った。
結構、きついな。
これで、おれの体力もつくかな。
何とか、つくといいな。
「なあ、徹。」
また、勇希が、口にカレーライスをせっせと運びながら話す。
「何?」
「あのサッカーサークルさ、土日は何人かで社会人チームと混ざってサッカーやってるらしいよ」
「そうなの?」
「行ってみない?」
「……ああ、いいね」
それから、おれは、このサークルに通い続けた。
できるだけ、土日の練習にも参加をした。
「先輩」
「ああ、お疲れ、徹」
「温泉でも行きますか」
「温泉、いいね」
仲のいい先輩もできた。
2年間。通い続けた。
おれも、サッカーが上手くなってきた。
そんな時だった。
3年生の、夏休み直前。
「なあ、徹。おれ、1年間留学に行くことになったんだ。勝也と。」
「留学に、行くのか……」
「だから、もう、お前ひとりになる」
「ちょ、ちょっと待ってよ。おれさ、結構うまくなったんだよ」
「……正直、徹は、おれが見る感じ、そんなにめっちゃ上手くなったってわけでもない。むしろ、1年の頃からそんなに実力、変わってないんじゃないかな」
「そんな……ちょっとずつうまくなればいいっていう言葉を信じて、やってきたのに。おれ、ランニングも、土日練習も、勇希は土日練来てなかった時もさ、おれ結構行ってたんだよ、なのに、なんで……」
「ごめんな、徹。おれ、そんなつもりじゃ、なかったんだ。おれは、留学に行く。だから、あと1年間は、お前の唯一の取り柄であるおれへのパスも使えない。だから、一人で……」
「そんなの……いらない!」
「え……?」
「それなしでも、おれは。おれは、強くなったって。あ、いや、何でもない」
照れ隠しか。
怒ったところを見せるのが昔から苦手なおれは。
こんな発言になってしまった。
そもそも、勇希が言っていることが事実なのだ。
そんな、6年のブランクが2年で埋まるわけがない。
おれは、この2年で、結構努力をした。
それでも。
あんまり、うまくならなかった。
ただ、それだけの話。
怒る要素なんて、1つもない。
なのに、何なんだろ。
なんなんだろう、この、悔しさは。
おれは、この2年間で、何も成し遂げることができなかった。
この後、勇希は留学へ旅立つ。
おれは。
おれにできることは。
やっぱり、走ること。
もちろん、続けていた。
週に1回は、10キロ、走っていた。
今、アプリにある合計走行距離数は、1040キロ。
よし。
卒業式までに。
7千キロ、目指そう。
そう、決めたのは、この日。
この決意は、大きい決意だった。
残りの二年で、7千キロを達成する。
毎日10キロ走れば、それが達成できる。
「あれ、勇希と徹じゃん」
「先輩」
その先輩は、おれがこの前一緒に温泉に行った、月島先輩だった。
「勇希が留学に行くらしいです」
「そうなんだ」
「あっ!」
勇希が、急に大きな声を出した。
「次のミクロ経済学の授業、もうすぐ始まっちゃう!行かなきゃ!」
勇希はせっせと次の授業の準備をして、席を立った。
「……で、勇希ももういなくなってしまうと」
「はい……先輩、僕、あんまり2年間でうまくなることができませんでした」
「でも、おれ、お前の体力は、うらやましいと思うこと、時々あるぞ」
「……え?」
「お前、本当に体力あんじゃん。マジで羨ましい。おれ、全然走れんもん」
「そ、そうですか」
「他に何か武器を作ればいいんじゃないか?そうだなあ……あ、お前さあ、観察眼結構優れているよな?よく、見えてるもん」
「よく、見えている、ですか?」
「うん、よく見えてる。だって、勇希に遠くからパスしてたじゃん」
「……はい!してました」
「その目があれば、強い。あとは、パスの正確性だな。あ、そうだ。サークルにこれから一時間前に来るとかどうだ?おれが教えてやるぞ。」
「ほんとですか!?月島先輩」
「ああ。そして、お前には、もう1つ、お前の気づいていない強みがある。
「あれ、徹先輩じゃないですか!」
「あ、徹先輩!」
「おお、慶汰、達也!」
「徹先輩、今日サークル行きますか?」
「行くよ!お前らも来る?」
「はい、行きます!」
「オッケー、今日もサッカー、やろうな!」
「「はい!」」
「徹、お前、土日練、これからも欠かさず来るか?」
「本当に、強くなれるんですかね……」
月島先輩は、少しパーマのかかった金髪を揺らして、ハハハ、と笑った。
「それはね、わからん。でもさ、おれ、お前が行くなら、行きたいなーって思って。連れてってよ、どうせお前の行く道におれがいるでしょ、だから毎週乗せてってよ」
「いいですけど、交通費払ってくださいね」
「わーったよ」
結局、勇希は夏休みからオーストラリアへ一年間語学留学に行ってしまった。
3年生のこの時期ともなると、就職活動が忙しい。
それでも、おれは、土日練に行き続けた。
いろんなところにインターンに行くうちに、おれは、1つ、行きたい業界を見つけた。
それは、テレビ業界だった。
テレビ業界のエントリーは、3年生の9月から3月までにまとまっている。
だから、おれは。
サークルに、なかなか顔を出さなくなってしまった。
テレビ業界は、本当に大変だった。
エントリーシートで要求される文字数はとても長く、また、課題動画まで作らなければならない。
おれは、キャリアセンターに何度も顔を出して、エントリーシートの添削や、面接練習をしてもらった。
それでも。
それでも。
学校から帰った後、10キロのランニングは欠かさなかった。
絶対に、欠かさなかった。
おれは、何か強みが欲しかった。
ただ、それだけだった。
マイノリティ。
小学校以来サッカーをやっていないなんて言うのは、完全に、サークルの中で、マイノリティだった。
だから。
おれは。
それが。
コンプレックスで。
でも。
それが。
マイノリティなら。
10キロ毎日走るのだって、マイノリティでしょ。
そう思いながら、10キロ走った。
テレビ業界。
おれは、大学4年になった。
テレビ業界は、全落ちした。
大学3年生の3月から、一般企業の就活が解禁された。
おれはそれからというもの、何社にもエントリーシートを出し続けた。
おれは、4月に入った時点で、まだ、内定が決まっていなかった。
それでも、毎日の10キロは、諦めずに走り続けた。
「先輩」
「おう、徹」
久々にサークルに行くと、月島先輩がいた。
「あれ、月島先輩は、卒業したんじゃないんですか」
「いや、就職留年」
就職留年……
おれは、何か現実を突きつけられたような気分になった。
「そんな風になることもあるんですね。」
「なあ、徹。就活中、サークルに行ったりして人に会わないと、心が死ぬぞ」
「そ、そうですか」
「だから、サークルには行っておいた方がいい。あと、お前のサッカー、なんか、おれ最近思うんだけどさ、お前、サークルに来るとき、後半になるにつれてどんどんうまくなってかない?毎回。普通、逆じゃん?みんな、後半になるにつれてバテていくのにさ、お前、ほんと、体力ありすぎじゃない?」
「徹先輩、体力ありますよ」
話を聞いていた後輩の慶汰も、横からそう言ってくれた。
「だって、毎日10キロ走ってるから」
2人は、眼を丸くした。
「毎日10キロ!?ストイックすぎるだろ!!」
「ストイックすぎますね!!」
「そ、そうかな」
夜空は星で満ちていた。
おれは今日も、サークルに参加した。
久しぶりに、参加をした。
楽しかった。
夜飯もみんなで行った。
楽しかった。
勇希がいれば、もっと楽しかっただろうに。
でも。
もう、サークルへは行けないかな。
就職先が決まるまで、サークルへは顔を出せない。
おれは、そんな思いで、最後のラーメンを、すすった。
でも。
10キロのランは、やめなかった。
なんでだろう。
なんとなく、わかっていた。
おれが、この後、どうなるのかは。
なんとなく、わかっていたんだ。
それでも、走ることだけは、やめられなかった。
なんとなく、夢に向かって進んでいるような気がして。
なんとなく、強くなれている気がして。
走ることだけは。
やめなかった。
それからというもの、おれは就活に明け暮れた。
それでも、全然決まらなかった。
あなたの性格を教えてください。
あなたの強みを教えてください。
あなたの志望理由は何ですか。
そんな質問に、毎日毎日パソコンと向き合いながら答え続けていた。
土日練習はもちろん、平日の普通のサークルにも、顔を出せなかった。
夏休みが終わる頃。
おれは、一社から内定をいただいた。
人材業界からの内定だった。
本当に。
本当に、嬉しかった。
それでも。
おれは。
サークルに、顔を出さなかった。
その理由は。
テレビ業界の選考がスタートしたからだ。
そう。
4年生の今でも、3年生と混じって受ければ、一年フリーターをやったうえでテレビマンになるのも夢ではなかった。
だから。
おれは。
テレビ業界を受け続けた。
おれは。
自分の力で番組を作りたかった。
みんな、やりたいことってあると思う。
おれは、やっと見つけたんだ。
おれの、やりたいことを。
だから、追いかけない理由がなかった。
おれは、テレビ業界のエントリーシートを、毎日のように見直し続けた。
そして、面接練習にも、キャリアセンターに毎日のように通った。
時は、1月までなっていた。
おれは、いまだにテレビ業界から内定をもらえずにいた。
おれは、キャリアセンターから購買へと向かって歩いた。
「あ、徹先輩」
慶汰と、達也だ。ほかにも、何人か後輩がいる。
「徹先輩、大会来ないんですか」
「徹先輩が大会来ないと、しまらないっすよ。来てほしいっす!!」
「就職、決まったらな……」
「そこを何とか!」
「……考えておくよ。」
「徹!」
「月島先輩……」
「お前、大会に行かないのか?」
「ああ、就職決まったらで……」
「そうか……でも、おれは、久々にお前とサッカーがしたいよ」
「僕も、サッカー、したいです」
「就活、頑張れよ」
「はい」
購買では、見たことのある顔がいた。
「徹!」
「勇希!」
「徹、最近サークル来ないじゃん」
「ああ、就活があんまり決まらなくてさ……」
「そっか……」
すると、勇希が、おれに頭を下げた。
「ごめん!おれ、あの時、あんまりうまくないとか言って!」
「いや、いいよ。事実だし」
「違うよ」
「え?」
「お前は、うまいよ。今のお前は、うまいんだよ。おれは、お前に、それが言いたかったの!」
「……そっか。でも、おれは、大会には……」
「大会、出てくれるのか!?」
「いや、その……」
ああ。
わかった気がする。
月島先輩の言っていた、おれのもう一つの強みって。
これ、だったんだ。
「大会、行けるかもしれない。」
「それでは、Aテレビ、最終面接を始めます。……あなたの強みを教えてください」
「はい。私の強みは、信頼と人望です。私は、サッカーサークルに入っていました。しかし、私には1つの弱みがありました。それは、サッカーを中学、高校とやっていなかったことです。しかし、大学のサッカーサークルに毎回通い、土日練習も欠かさず、行っていました。就職活動が始まってから、サークルに顔を出すのはどうしても難しくなってしまいましたが、それでも、今度の大会に来てほしい、と、後輩からも、同級生からも、就職留年している先輩からも言われるまでに、私は、他の人からの信頼と人望を勝ち取ることができました。先輩が来ないとしまらない、と言われたときは本当に嬉しかったです。私が御社に入ってからは、それを生かしていきたいです。」
おれは。
Aテレビから。
テレビ局から。
やっと。
やっと。
採用をいただいた。
大会当日。
1試合目、おれは、開始から終了まで、全くバテずに試合を終えた。
たくさん走ったおかげだ。
2試合目、3試合目も順調に勝ち進み、決勝戦。
おれは、ミッドフィルダーでボールを持った。
「「「ヘイ!!」」」
たくさんの声がおれの耳元に響く。
おれの観察眼は。
フォワードの勇希をとらえていた。
おれは、思いっきりパスをした。
そのパスは、地面を弾丸のように高速で走り。
勇希の足元に、ぴったりとくっついた。
『おまえ、なんで入ってきたんだよ。』
『ドリブルばっかしてんじゃねーよ。』
『もう、コートから出ろよ。』
小学校の頃にサッカーをしていた時には、仲間がいなかった。
いや。
仲間を作ろうとしていなかったのかもしれない。
でも。
今は。
『徹先輩が大会来ないと、しまらないっすよ。来てほしいっす!!』
『おれは、久々にお前とサッカーがしたいよ』
『大会、出てくれるのか!?』
こんなにたくさんの、仲間に囲まれている。
勇希は、足を振りかぶって、一気にシュートした。
そのシュートは、ゴールに向かって飛んでいった
そして。
枠を、とらえた。
「よっしゃー!!!!」
勝也が叫んだ。
勇希が一気におれの方に走ってきた。
「お前が最高のパサーで、おれが最高のストライカーだ!」
おれたちは、手を取った。
そのまま、1ー0で試合は終了し、おれたちのチームはサークルリーグで優勝を果たした。
最後の写真撮影の時間。
「徹、お前、前で寝る人でいいんじゃね?」
「徹先輩、寝る人やってくださいよ!」
「ハハ、いいね。」
おれは。
小学校の頃しかサッカーをやっていなかったのにも関わらず。
みんなが並んでる真ん中に寝そべって、ピースをした。
こんなにたくさんの仲間に、囲まれることができたんだ。
卒業式。
たくさんの人が集まっている。
卒業証書の授与が終わったら、外に出て、写真撮影大会になっていた。
たくさんの人と写真を撮った。
もちろん、サークルのみんなとも。
夜は、学科のみんなで飲み会だった。
それで、カラオケで終電まで歌いつくす。
めっちゃ楽しい。
いろんなことがあった4年間だった。
おれは、スマホを開いた。
ランニングアプリのアイコンをタップした。
そこには、7000の文字が刻まれていた。