「おまえ、なんで入ってきたんだよ。」
「ドリブルばっかしてんじゃねーよ。」
「もう、コートから出ろよ。」
 耳元で囁かれるそれは、今でもおれの頭に響いている。

「サッカーサークル?」
 カレーライスを、学内で1,2を争うくらいイケメンの勇希が口にせっせと運ぶ。そして、スプーンでおれの方を指す。
「徹は?サッカー好きなんじゃないの?」
「サッカー。好き。だけど。でも。弱いよ?」
「弱くてもいーよ。おれも中高ベンチだったし」
「中高、サッカーやってないよ」
「そんなことはどうでもいいんだよ。ほら」
 ボールを投げられた。
 おれは胸でトラップし、リフティングをした。

「できんじゃん!じゃあ、行こうぜ!!」

 にひ、と笑顔になる勇希は、小学校、中学校、高校と、サッカーをやってきたサッカー少年。
 たくさんの青春のページを紡いできた、少年。
 おれは。というと。
 サッカーをやってきて。チームプレーが苦手で。
 個人競技の剣道を、中学から始めた。
 でも、結局団体戦とかあって、チームプレーで。
 小学校からやっていた人が強くて。
 それで。
 おれは。
 サッカーを。
 あの。
 パスを渡す喜びを。
 シュートを決める喜びを。
 中学、高校と、忘れられずにいた。
 でも。
 チームプレーであるが故のいじめやひどい愚痴大会も覚えている。
 だから。
 サッカーは。
 好きで、嫌いで。
 でも。
 好きだ。
 今いる大学には、サッカー部がないらしい。
 だから、サッカー経験者で、サッカーサークルを作った。
 うちの大学のサッカーサークルは、ほとんどが経験者だ。
 でも、おれも。
 サッカーをやりたい。
 その気持ちは、ずっと。
 ずっと、消えてはいなかった。
 たくさん、サッカーゲームをやって。
 たくさん、サッカーの漫画を読んで。
 たくさん、憧れた。
「またな。今日、サッカーサークル、来いよ。おれも、入るからさ」
 勇希はそう言って、食堂を後にした。

 夜のグラウンドは少しエモい。
 星が、少し出てきている。
 青色のような紫色のような色が天空を包み込む。
 おれは、その下で、ライトに照らされながら、新しく買ったスパイクに足を通した。
「おお、来たじゃん!徹!」
「勇希!」
「徹はさ、サッカー漫画とかでたくさんサッカーの研究してきたんだろ?今日、その実力を見せてやろうぜ」
 にひ、と勇希は笑う。
「……ああ」


「カウンター行ったぞ!!」
「やべえ!戻れねえ……は!?誰だ!」
「取られたら、取り返します。」
「新入生!!」
「徹!」
「勇希!!」
 おれのロングフィードは。
 勇希の足元に。

 ピッタリくっついてくる。

 キーパーの右上。
 勇希は一気に足を振りかぶる。
「うおおおおおっ!!」
 そのシュートは枠をとらえた!!
「よっしゃぁぁぁああ!!」

 

「なあ、お前、高校なんでサッカー部入ってなかったんだよ。中学も。うめえのに」
「パスの精度は良くないよ」
「でも、体力あるし、全体見れてるし」
「……おれは、チームプレーが苦手だった。だから、自分を変えようって剣道部に入ったんだよ」
「それにしても」
「ああ。そうだよ。どんなにチームのことが嫌いでも、サッカーのことは嫌いになれなかったんだよ。次、マクロ経済。C棟の3号室。行こ」
「そうだった!あと1分、遅刻確定……」
 おれたちは、走った。
「なあ、徹。お前とおれならさ、天下取れんじゃね?」
「……どういうこと?」
「お前さあ、めっちゃ体力あんじゃん」
「ああ、剣道をやってた時に、かかり稽古っていう、めっちゃきついトレーニングを毎日やってたからな」
「それだよ!それに、その目!予測力!あの時。おれにパスをすれば、おれがシュートに持っていけるって、よく気づいたよな!」
「ああ、他の選手のことはあんまり見えなかったけど、勇希のことならよく見えたから……」
「それだよ!それ!おれ達なら、このサークルで、めっちゃ強いコンビになるぞ!徹が最高のパサーで、おれが、最高のストライカーだ!なんか、出会っちゃった感あるな!」
「……ああ!」
 なんか、おれの眼、輝いている気がする!
 おれ達は、何とか、マクロ経済学の授業に間に合った。
 そっか。
 あの、遅刻確定かも、って思ったのに。
 この授業にも、間に合っちゃうくらいの体力が、おれ達にはあるんだ。

「それでは、新入生対在校生の試合を始めます」
 おれと勇希は、グータッチをして、離れた。

 試合開始、3分。
 
 おれは、ミッドフィルダー。
 
 おれの方に、パスが回ってきた。

 あれ。

 どう動けばいいんだ。

 そのまま、ボールは敵に取られた。

「おい、何やってるんだよー」
 同じ学科の勝也が、起こっている。
「ごめーん」
「ごめんで済まされるミスかよ」
 おれは、無視をして、ボールを追いかける。
 でも。
 そのボールは。
 あっけなく。
 先輩方の点数になってしまった。
 みんなが、おれの方を見ている気がする。

 あれ。
 サッカーって、こんなに怖いスポーツだったっけ。

 そのままおれは、ボールを触ることなく、ハーフタイムに入った。

「なあ、勇希」
「ん?」
「おれ、あんまりサッカー、出来ないんだけど、このままサークルに入っていてもいいのかな」
「当たり前だろ」
「あたり、まえ……」
「そう。お前がサッカーできないのも、このサークルにいてもいいのも、当たり前だ」
 夜空は、綺麗で。
 星がたくさん出てきている。
 その下で。
 勇希は。
 そんなに、嬉しいことを言ってくれる。
「徹は、小学校しかサッカーやってなかったんだろ?それだったら、出来ないで当たり前だよ。でもさ、これから4年間もあるんだぜ?ちょっとずつうまくなっていけばいいじゃん。お前には、最強の体力があるし。あ、そうだ。後半、一回でいいからさ、おれにパスしてよ」
「勇希に?」
「ああ。外してもいいからさ、全然」
 勇希は、ニヒッと笑った。
 そうだ。
 おれは、全然サッカーをやっていなかった。
 それなら、出来なくて当たり前。
 そう。
 できなくて、当たり前なんだ。
 だって、ここにいるみんな、サッカー経験者。
 さっきおれに怒ってきた勝也だって、サッカー経験者なんだ。
 おれも、経験者ではあるけれど、その中でも中学高校とやっていなかったというブランクがあって、そんな人は、この中でも、マイノリティなんだ。
 
 後半開始、5分。
 おれに、ボールが回ってきた。

「「「ヘイ!」」」

 何か所からか、呼ばれる。
 ヤバイ、誰に渡せばいいんだろう。
 わからない。
 わからない……
 もしかしたら、この試合でボール触れることって、今回が最後なんじゃないか?

 じゃあ。
 
『あ、そうだ。後半、一回でいいからさ、おれにパスしてよ』

 勇希が、ゴール前まで走っている!

 おれは、勇希めがけて一気にボールを蹴った!

 勇気が、ポン、とボールを受け取った!
 そのままゴール前まで走り、一気にシュートをした!

 そのシュートは、枠をとらえた。

「ピィーーーーーッ」


「ッシャアアアアアアアアア!!!!」

 勇希の雄叫びが聞こえた。

 勇希はおれの方に走ってきて、ハイタッチをしてくれた。
「お前とおれなら、こんなプレーもできるんだ。」
 勇希の眼が、キラキラと輝いている。
「……ああ!!」
 
 大学が終わって、サークルも終わって、おれは電車に乗った。
 電車で一時間半、そこからチャリで15分。それで、おれの家に着く。
 電車の時間は暇で、やることがない、と思ったら大間違い。
 たくさんの課題があるから、それをこなしていかなければならない。
 おれは、一気にその課題を、こなしていく。
 レポート。
 中国語のドリル。
 英語のドリル。
 レポート。
 多い。
 多すぎる。
 そのあと、乗り換え。
 そして。
 また、その繰り返し。
 はあ。
『ごめんで済まされるミスかよ』
 やっぱ。
 強くなりてーなー。
 剣道をしていた時も、思っていた。
 やっぱり、競技の世界では、強い者が正義。
 だから。
 おれも。
 みんなと同じように。
 強く。
 ならなきゃ。
 おれには、4年間の時間がある。
 4年後に、おれは、どれくらい強くなれているんだろうか。
 後輩とかも、たくさん入ってくるわけだよなあ。
 それで、おれは、後輩になめられたりとかしないのかなあ。
 そんなことを考えていたら、家の最寄り駅についた。
 自転車で家まで帰っている途中、一瞬、流れ星が見えた気がした。
 なんとなく。
 おれは。
「強く、強く、強く」
 と、3回念じた。
 3回念じれば願いが叶うんだって、どこかで聞いたことがあったから。
 
『お前には、最強の体力があるし』

「ただいまー」
 おれは、夕ご飯を食べて、歯磨きをしたら、またジャージに着替えて、外に出た。
 おれは、思った。
 ずっとサッカーから離れていたおれにできる、作れる強み。
 それは。
 体力。
 走ること。
 今日も。
 走る。

 夜。
 音楽を聴きながら。
 走る。
 走り続ける。

 走ってる時は。
 なんか。
 みんなに近づいてるみたいで。
 ちょっと辛いけど。

 楽しかったりする。
 ぼんやりとした電灯とか。
 公園とか。
 車とか。
 家からの光とか。
 星空とか。
 月とか。

 全てが幻想的で。
 おれを強くさせてくれているみたいで。
 今日も、走る。
 ペースを上げて。

 走る。
 みんなに追いつくために。
 走る。
 走り続ける。

 10キロ走った。

 結構、きついな。
 これで、おれの体力もつくかな。

 何とか、つくといいな。


 
「なあ、徹。」
 また、勇希が、口にカレーライスをせっせと運びながら話す。
「何?」
「あのサッカーサークルさ、土日は何人かで社会人チームと混ざってサッカーやってるらしいよ」
「そうなの?」
「行ってみない?」
「……ああ、いいね」


 それから、おれは、このサークルに通い続けた。
 できるだけ、土日の練習にも参加をした。

「先輩」
「ああ、お疲れ、徹」
「温泉でも行きますか」
「温泉、いいね」
  
 仲のいい先輩もできた。
 2年間。通い続けた。
 おれも、サッカーが上手くなってきた。
 そんな時だった。
 3年生の、夏休み直前。

「なあ、徹。おれ、1年間留学に行くことになったんだ。勝也と。」
「留学に、行くのか……」
「だから、もう、お前ひとりになる」
「ちょ、ちょっと待ってよ。おれさ、結構うまくなったんだよ」
「……正直、徹は、おれが見る感じ、そんなにめっちゃ上手くなったってわけでもない。むしろ、1年の頃からそんなに実力、変わってないんじゃないかな」
「そんな……ちょっとずつうまくなればいいっていう言葉を信じて、やってきたのに。おれ、ランニングも、土日練習も、勇希は土日練来てなかった時もさ、おれ結構行ってたんだよ、なのに、なんで……」
「ごめんな、徹。おれ、そんなつもりじゃ、なかったんだ。おれは、留学に行く。だから、あと1年間は、お前の唯一の取り柄であるおれへのパスも使えない。だから、一人で……」
「そんなの……いらない!」
「え……?」
「それなしでも、おれは。おれは、強くなったって。あ、いや、何でもない」
 照れ隠しか。
 怒ったところを見せるのが昔から苦手なおれは。
 こんな発言になってしまった。
 そもそも、勇希が言っていることが事実なのだ。
 そんな、6年のブランクが2年で埋まるわけがない。
 おれは、この2年で、結構努力をした。
 それでも。
 あんまり、うまくならなかった。
 ただ、それだけの話。
 怒る要素なんて、1つもない。
 なのに、何なんだろ。
 なんなんだろう、この、悔しさは。
 おれは、この2年間で、何も成し遂げることができなかった。
 この後、勇希は留学へ旅立つ。
 おれは。
 おれにできることは。
 やっぱり、走ること。
 もちろん、続けていた。
 週に1回は、10キロ、走っていた。
 今、アプリにある合計走行距離数は、1040キロ。

 よし。
 卒業式までに。

 7千キロ、目指そう。

 そう、決めたのは、この日。

 この決意は、大きい決意だった。

 残りの二年で、7千キロを達成する。

 毎日10キロ走れば、それが達成できる。

「あれ、勇希と徹じゃん」
「先輩」
 その先輩は、おれがこの前一緒に温泉に行った、月島先輩だった。
「勇希が留学に行くらしいです」
「そうなんだ」
「あっ!」
 勇希が、急に大きな声を出した。
「次のミクロ経済学の授業、もうすぐ始まっちゃう!行かなきゃ!」
 勇希はせっせと次の授業の準備をして、席を立った。
「……で、勇希ももういなくなってしまうと」
「はい……先輩、僕、あんまり2年間でうまくなることができませんでした」
「でも、おれ、お前の体力は、うらやましいと思うこと、時々あるぞ」
「……え?」
「お前、本当に体力あんじゃん。マジで羨ましい。おれ、全然走れんもん」
「そ、そうですか」
「他に何か武器を作ればいいんじゃないか?そうだなあ……あ、お前さあ、観察眼結構優れているよな?よく、見えてるもん」
「よく、見えている、ですか?」
「うん、よく見えてる。だって、勇希に遠くからパスしてたじゃん」
「……はい!してました」
「その目があれば、強い。あとは、パスの正確性だな。あ、そうだ。サークルにこれから一時間前に来るとかどうだ?おれが教えてやるぞ。」
「ほんとですか!?月島先輩」
「ああ。そして、お前には、もう1つ、お前の気づいていない強みがある。
「あれ、徹先輩じゃないですか!」
「あ、徹先輩!」
「おお、慶汰、達也!」
「徹先輩、今日サークル行きますか?」
「行くよ!お前らも来る?」
「はい、行きます!」
「オッケー、今日もサッカー、やろうな!」
「「はい!」」
「徹、お前、土日練、これからも欠かさず来るか?」
「本当に、強くなれるんですかね……」
 月島先輩は、少しパーマのかかった金髪を揺らして、ハハハ、と笑った。
「それはね、わからん。でもさ、おれ、お前が行くなら、行きたいなーって思って。連れてってよ、どうせお前の行く道におれがいるでしょ、だから毎週乗せてってよ」
「いいですけど、交通費払ってくださいね」
「わーったよ」

 結局、勇希は夏休みからオーストラリアへ一年間語学留学に行ってしまった。
 3年生のこの時期ともなると、就職活動が忙しい。
 それでも、おれは、土日練に行き続けた。

 いろんなところにインターンに行くうちに、おれは、1つ、行きたい業界を見つけた。
 それは、テレビ業界だった。

 テレビ業界のエントリーは、3年生の9月から3月までにまとまっている。
 だから、おれは。

 サークルに、なかなか顔を出さなくなってしまった。

 テレビ業界は、本当に大変だった。
 エントリーシートで要求される文字数はとても長く、また、課題動画まで作らなければならない。
 おれは、キャリアセンターに何度も顔を出して、エントリーシートの添削や、面接練習をしてもらった。

 それでも。

 それでも。

 学校から帰った後、10キロのランニングは欠かさなかった。

 絶対に、欠かさなかった。

 おれは、何か強みが欲しかった。
 ただ、それだけだった。
 マイノリティ。
 小学校以来サッカーをやっていないなんて言うのは、完全に、サークルの中で、マイノリティだった。
 だから。
 おれは。
 それが。
 コンプレックスで。
 でも。

 それが。
 マイノリティなら。
 10キロ毎日走るのだって、マイノリティでしょ。
 そう思いながら、10キロ走った。
 テレビ業界。



 おれは、大学4年になった。
 テレビ業界は、全落ちした。
 大学3年生の3月から、一般企業の就活が解禁された。
 おれはそれからというもの、何社にもエントリーシートを出し続けた。

 おれは、4月に入った時点で、まだ、内定が決まっていなかった。

 それでも、毎日の10キロは、諦めずに走り続けた。

「先輩」
「おう、徹」
 久々にサークルに行くと、月島先輩がいた。
「あれ、月島先輩は、卒業したんじゃないんですか」
「いや、就職留年」
 就職留年……
 おれは、何か現実を突きつけられたような気分になった。
「そんな風になることもあるんですね。」
「なあ、徹。就活中、サークルに行ったりして人に会わないと、心が死ぬぞ」
「そ、そうですか」
「だから、サークルには行っておいた方がいい。あと、お前のサッカー、なんか、おれ最近思うんだけどさ、お前、サークルに来るとき、後半になるにつれてどんどんうまくなってかない?毎回。普通、逆じゃん?みんな、後半になるにつれてバテていくのにさ、お前、ほんと、体力ありすぎじゃない?」
「徹先輩、体力ありますよ」
 話を聞いていた後輩の慶汰も、横からそう言ってくれた。
「だって、毎日10キロ走ってるから」
 2人は、眼を丸くした。
「毎日10キロ!?ストイックすぎるだろ!!」
「ストイックすぎますね!!」
「そ、そうかな」

 夜空は星で満ちていた。
 おれは今日も、サークルに参加した。
 久しぶりに、参加をした。
 楽しかった。
 夜飯もみんなで行った。
 楽しかった。
 勇希がいれば、もっと楽しかっただろうに。

 でも。

 もう、サークルへは行けないかな。
 就職先が決まるまで、サークルへは顔を出せない。

 おれは、そんな思いで、最後のラーメンを、すすった。

 でも。
 10キロのランは、やめなかった。

 なんでだろう。
 なんとなく、わかっていた。
 おれが、この後、どうなるのかは。

 なんとなく、わかっていたんだ。

 それでも、走ることだけは、やめられなかった。

 なんとなく、夢に向かって進んでいるような気がして。

 なんとなく、強くなれている気がして。

 走ることだけは。

 やめなかった。

 それからというもの、おれは就活に明け暮れた。
 それでも、全然決まらなかった。
 あなたの性格を教えてください。
 あなたの強みを教えてください。
 あなたの志望理由は何ですか。
 そんな質問に、毎日毎日パソコンと向き合いながら答え続けていた。
 土日練習はもちろん、平日の普通のサークルにも、顔を出せなかった。
 夏休みが終わる頃。
 おれは、一社から内定をいただいた。
 人材業界からの内定だった。
 本当に。

 本当に、嬉しかった。
 それでも。
 おれは。
 サークルに、顔を出さなかった。
 その理由は。
 テレビ業界の選考がスタートしたからだ。
 そう。
 4年生の今でも、3年生と混じって受ければ、一年フリーターをやったうえでテレビマンになるのも夢ではなかった。

 だから。
 おれは。
 テレビ業界を受け続けた。
 おれは。
 自分の力で番組を作りたかった。
 みんな、やりたいことってあると思う。
 おれは、やっと見つけたんだ。
 おれの、やりたいことを。
 だから、追いかけない理由がなかった。
 おれは、テレビ業界のエントリーシートを、毎日のように見直し続けた。
 そして、面接練習にも、キャリアセンターに毎日のように通った。

 時は、1月までなっていた。
 おれは、いまだにテレビ業界から内定をもらえずにいた。

 おれは、キャリアセンターから購買へと向かって歩いた。
「あ、徹先輩」
 慶汰と、達也だ。ほかにも、何人か後輩がいる。
「徹先輩、大会来ないんですか」
「徹先輩が大会来ないと、しまらないっすよ。来てほしいっす!!」
「就職、決まったらな……」
「そこを何とか!」
「……考えておくよ。」

「徹!」
「月島先輩……」
「お前、大会に行かないのか?」
「ああ、就職決まったらで……」
「そうか……でも、おれは、久々にお前とサッカーがしたいよ」
「僕も、サッカー、したいです」
「就活、頑張れよ」
「はい」

 購買では、見たことのある顔がいた。
「徹!」
「勇希!」
「徹、最近サークル来ないじゃん」
「ああ、就活があんまり決まらなくてさ……」
「そっか……」
 すると、勇希が、おれに頭を下げた。
「ごめん!おれ、あの時、あんまりうまくないとか言って!」
「いや、いいよ。事実だし」
「違うよ」
「え?」
「お前は、うまいよ。今のお前は、うまいんだよ。おれは、お前に、それが言いたかったの!」
「……そっか。でも、おれは、大会には……」
「大会、出てくれるのか!?」
「いや、その……」

 ああ。
 わかった気がする。


 月島先輩の言っていた、おれのもう一つの強みって。

 これ、だったんだ。

「大会、行けるかもしれない。」



「それでは、Aテレビ、最終面接を始めます。……あなたの強みを教えてください」

「はい。私の強みは、信頼と人望です。私は、サッカーサークルに入っていました。しかし、私には1つの弱みがありました。それは、サッカーを中学、高校とやっていなかったことです。しかし、大学のサッカーサークルに毎回通い、土日練習も欠かさず、行っていました。就職活動が始まってから、サークルに顔を出すのはどうしても難しくなってしまいましたが、それでも、今度の大会に来てほしい、と、後輩からも、同級生からも、就職留年している先輩からも言われるまでに、私は、他の人からの信頼と人望を勝ち取ることができました。先輩が来ないとしまらない、と言われたときは本当に嬉しかったです。私が御社に入ってからは、それを生かしていきたいです。」


 おれは。
 Aテレビから。
 テレビ局から。
 やっと。
 やっと。
 採用をいただいた。


 大会当日。
 1試合目、おれは、開始から終了まで、全くバテずに試合を終えた。
 たくさん走ったおかげだ。
 2試合目、3試合目も順調に勝ち進み、決勝戦。

 おれは、ミッドフィルダーでボールを持った。

「「「ヘイ!!」」」

 たくさんの声がおれの耳元に響く。

 おれの観察眼は。

 フォワードの勇希をとらえていた。

 おれは、思いっきりパスをした。

 そのパスは、地面を弾丸のように高速で走り。

 勇希の足元に、ぴったりとくっついた。

『おまえ、なんで入ってきたんだよ。』
『ドリブルばっかしてんじゃねーよ。』
『もう、コートから出ろよ。』

 小学校の頃にサッカーをしていた時には、仲間がいなかった。
 いや。
 仲間を作ろうとしていなかったのかもしれない。

 でも。
 今は。

 『徹先輩が大会来ないと、しまらないっすよ。来てほしいっす!!』
 『おれは、久々にお前とサッカーがしたいよ』
 『大会、出てくれるのか!?』

 こんなにたくさんの、仲間に囲まれている。

 勇希は、足を振りかぶって、一気にシュートした。
 そのシュートは、ゴールに向かって飛んでいった
 そして。

 枠を、とらえた。

「よっしゃー!!!!」
 勝也が叫んだ。

 勇希が一気におれの方に走ってきた。
「お前が最高のパサーで、おれが最高のストライカーだ!」

 おれたちは、手を取った。

 そのまま、1ー0で試合は終了し、おれたちのチームはサークルリーグで優勝を果たした。

 最後の写真撮影の時間。

「徹、お前、前で寝る人でいいんじゃね?」
「徹先輩、寝る人やってくださいよ!」

「ハハ、いいね。」

 おれは。
 小学校の頃しかサッカーをやっていなかったのにも関わらず。

 みんなが並んでる真ん中に寝そべって、ピースをした。

 こんなにたくさんの仲間に、囲まれることができたんだ。

 卒業式。
 たくさんの人が集まっている。

 卒業証書の授与が終わったら、外に出て、写真撮影大会になっていた。
 たくさんの人と写真を撮った。
 もちろん、サークルのみんなとも。

 夜は、学科のみんなで飲み会だった。
 それで、カラオケで終電まで歌いつくす。

 めっちゃ楽しい。

 いろんなことがあった4年間だった。

 おれは、スマホを開いた。

 ランニングアプリのアイコンをタップした。

 そこには、7000の文字が刻まれていた。