学校を出て、着いたのは真奈美の家。またここに来ることになるとは思っていなかった涼佑と直樹は、不思議そうに互いに顔を見合わせる。彼女の家に来ると、巫女さんと初めて会った時のことを思い出し、涼佑は少しだけ感慨に耽るような思いが込み上げてくるのを感じていた。
 前と同じように中へ入れてもらい、彼女以外の家族はまだ帰って来ていないようなので、また彼女の自室へ招かれた。これまた前と同じように麦茶を出されたので、友香里は途中のコンビニで買ったスナック菓子を開けてテーブルの上に置いた。それを見た真奈美は自分の部屋だというのに友香里へ「退けてもいい?」と訊き、却って友香里の方が恐縮してスナック菓子の袋を端に押しやった。空いたスペースに真奈美はテープでつぎはぎにした紙を広げる。それはピンクの蛍光ペンで丸印がいくつか描かれている、八野坂町の地図だった。当然、それが何なのか分からない真奈美以外の全員が「何これ?」と彼女に説明を求めた。真奈美は承知したように一度頷くと、丸印のうちの一つを指す。そこは住宅街の中だ。

「まず、ここが最初に男の人がバラバラにされた事件が起こった場所」

 その一言で直樹は表情だけで「うえーっ」と舌を出して嫌悪を示し、絢も不快そうに眉を顰める。次に真奈美は最初の地点から斜め上に少し離れた箇所を指す。

「ここが通り魔事件があった場所。被害に遭った人は若いOLさんで、右腕を失ったって載ってた」

 最早真奈美は周囲の反応を意に介さずに至極淡々と話を進める。次に指したのはそこからまた少し離れた斜め下の地点。

「それで、ここでまた女性が通り魔に遭ったの。今度は左足を失ったってあった」

 そこまで言って、真奈美は指し示したその三ヶ所を点としてシャーペンで線を書き、点を結ぶ。現れた形に涼佑と巫女さんは昼間聞いた話を思い出した。

「真奈美、これって――」

 涼佑の言わんとしていることが分かるのか、真奈美はうんと頷いた。まだ涼佑達と同じ仮説に至っていない直樹達は一様に訝しげな視線を互いに交わし、それを直樹が代表として口にする。

「何だよ?」
「覚えてるか? みんな。今日の昼休みに真奈美がした『鹿島さん』の話」
「ああ、昼休みの……!」

 直樹だけは別のことを思い浮かべたのか、また悔しそうな表情を浮かべる。おそらく、夏神のことを思い出したのだろう。そんな直樹に涼佑は「いや、そうじゃなくて」と訂正を入れてから改めて説明する。

「ほら、真奈美の話では地図上で『鹿島さん』に襲われた人達の現場を線で結んだら、胴体の形になるって話。これもそうなんじゃないかって思ったんだよ。だいたい、おかしいだろ。人一人が殺されてるのに、新聞もネットニュースも本当に小さな記事しか載ってない」
「ああ、そっちか。いや、だって、そのニュースはおれも検索したけど、証拠が足りなさすぎてまだ大きなニュースとして扱えない感じだったじゃん。書いてあることも大した情報じゃないし」
「でも、もう三人も八野坂町で殺されてる。なのに、そんなに大々的に報道されてない。怪しいと思わない?」
「怪しい……って?」

 そこでたっぷりの沈黙の後、真奈美はぽつりと言った。

「この一連の事件、『鹿島さん』が関わってる……かもしれない」

 ぷふっ、と真奈美の真剣さとは裏腹に直樹は噴き出してしまった。それを見かねて隣にいた絢が真奈美の代わりとして直樹の額に「笑うな」とチョップする。例の如く「いって」と言って直樹はチョップされた場所を摩った。

「おっまえ、すぐそうやって手ぇ出すの良くねぇぞっ。暴力だ、暴力!」
「あんた『痛い』って言ってるけど、絶対痛くないよね? あたし、全然力入れてませんから」
「そういう暴力女だから、モテないんだよ。お前はっ」
「あんたもね」
「うぐう……っ!」

 直樹が『モテない』という事実に絢と道連れになったところで、巫女さんは涼佑に自分の考えを伝え、それをそのまま涼佑に真奈美へ告げてもらっていた。

「まだ決まった訳じゃないけど、何にせよこの一連の流れには何かの意思を感じるって、巫女さんも思ってるみたいだ。どちらにせよ、この中のどこか一ヶ所に行って実際に確かめてみたいって」
「そう。じゃあ、巫女さんの調査によっては怪異の仕業かどうかが判断できるってことかな?」
「うん。そうみたいだ。オレもまだどういう風に調べるのかとかは分からないけど」
「じゃあ、行ってみる?」
「今から?」
「うん、今から」

 何とも急な話だが、一度現場に行ってみないことには何も分からない。未だにぎゃあぎゃあと言い合っている絢と直樹を置いて、涼佑、真奈美、友香里は互いに話し合い、ここから一番近い地点に行くことにした。目的地が決まったところで二人は友香里に任せ、先に涼佑と真奈美は現場に向かうこととなった。

「ほら、絢。直樹君も。今から出かける準備して」
「だいたい、あんたはいちいち真奈美に関して意識し過ぎなのよ! はっきり言ってウザいっ!」
「ウザくねぇしぃ! おれ、ウザくねぇしぃっ! ウザいのはお前の小言の方だしぃ!? もう嫁通り越して姑の域だし!」
「言ったな、この野郎! 表出なさいよっ! 地獄見せたるわっ!」
「ちょっと、絢。話聞いてよ」
「勝手に一人で外出てろ! おれは出ないですけどねぇええっ!? 一人でバカみてぇに待ってればぁ?」
「あっ、そう。じゃあ、引きずってでも出してやるわ」

 もうやけくそになった絢が直樹の首根っこを掴んで言った通り、部屋から引きずり出そうとする。偶然、直樹がまだ自分の荷物を手放していなかった為、友香里も諦めて絢と自分の鞄を持ち、そのまま外へ出てもらうことにした。涼佑と真奈美はさっさと目的地に向かい始めている。あまり遅れる訳にもいかないので、そのまま友香里は絢を応援することにした。直樹は正確にはシャツの襟元を後ろから引っ張られているので、大変苦しそうだが、頑張ってもらうしかない。

「ぐえっ!? や、めろぉっ! この暴力女ぁ! 暴力反対!」
「何が暴力よ! 暴力を非難すれば保身に走れると思うな! 平和主義者なんてのは臆病者の言い訳なんだよっ!」
「違うよっ!? 絢! 誤解を生む発言をしないで!?」

「平和主義者は言い訳じゃないよ!?」と程よく絢を止めつつ、友香里はそのまま玄関へ誘導を始めた。



 一足先に現場に辿り着いた涼佑と真奈美は辺りに何か手掛かりになりそうなものは無いか、探してみることにした。住宅街の中、正確には道路沿いに建てられたアパートの一室が件の殺人現場らしいが、流石に入れないので、学生の身分である涼佑達には精々、周辺を調べるくらいしかやれることが無い。涼佑と一緒に巫女さんも辺りを見回している。何か分かることがあるかと彼が訊くと、彼女は「ああ、そうだな」と返し、暫し何か考えた後に言った。

「ふむ……いや、これは口で説明するより実際に視た方が早いか」
「ん? どうした? 巫女さん」
「いや、今の私の視界をお前と共有しようと思ってな。涼佑、ちょっと目を閉じてくれ」
「え? ――うん」

 不思議に思いながらも言われた通りに涼佑は目を閉じる。彼の後ろに回った巫女さんは、そのまま彼の頭に手を添えて顔だけを涼佑の後頭部に突っ込んだ。途端、閉じていた彼の視界が唐突に『開く』。

「おわっ!? 何だこれ!?」

 涼佑の目には、まるでサーモグラフィのように色が反転した景色が広がっていた。色は全体的に暗いが、地面に何か引きずったような跡があるのに気が付いた。それは赤く光っており、涼佑は自分の目を開けて同じ場所を見てみるが、特にそれらしいものは無い。しかし、もう一度自分の目を閉じると、やはり赤い跡が浮かび上がってくる。

「巫女さんって、いつもこう見えてるのか?」
「いいや? ただ、私にはもう一つ視界があるってだけだ。いつもは『人としての視界』を使っているが、霊や妖怪の手掛かりを辿る時は『霊としての視界』を使う」
「『霊としての視界』?」
「そうだ。私は普段お前と視覚を共有し、お前の視覚を優先しているからこう見えることは無いが、今は私の霊としての視界を優先させている。……ああ、少し分かりにくいだろうが、お前が見ているものをそのまま共有している訳じゃない。あくまでも視覚機能を共有しているだけだな」
「なるほど。つまり、オレと巫女さんの見ているものが違っても、互いにそれを共有することはできないってことか。……うん。『霊視界』と『人間視界』ってこと?」

 涼佑の簡潔極まりないネーミングに、巫女さんは「お、それ良いな」と笑みを浮かべた。