正幸の家に来てからすでに一ヶ月近く経っている。
本来ならば誰か一人くらいは私を探していると騒いでいる者に遭遇してもおかしくはないはずだけれど、毎日街を歩いていても声をかけられることはなく、『探しています』と書かれた貼り紙すら見当たらない。
「……変ね」
おかしい、あの家の者が問題にしないわけがない。
父も母も、きっと事を最大限まで大きくしているはずだ。
花子は不思議に思いながらも、実家に帰って真相を探るわけにもいかず、今日も穏やかな日だと緩やかに街をただ歩いていた。
「(当てもなくただ歩いているって最高だわ!)」
「──……花子?」
「お、お姉様!?」
「花子、久しぶりね。元気にしているの?」
遠くのほうから花子の名前を呼んだのは、花子の姉の町子だった。
大金持ちと有名な伯爵家の元へ嫁いでからというもの、一切会うことが叶わなかった花子は、懐かしそうに姉との会話を弾ませた。
「わ、私は元気よ!それよりお姉様は!?あの男は……っ」
「いけませんよ。私の夫をそんなふうに言っては」
「で、でも!」
町子の夫である大谷秀夫とは、昔から金をチラつかせては横柄な態度を取ると噂の絶えない人物であった。
ただ、数年前に大谷家が事業を起こしてからは、商業的に爆発的な成長を見せはじめたため、父はそんな伸び盛りな家とのつながり欲しさに町子を嫁がせることで解決したのだった。
花子と違って気品溢れる町子は舞踏会でも一際目立っていた。
引く手数多の町子だったが、自分の意思で結婚するなど到底無理な話であり、どの殿方と結ばれるのかという予想は様々なところで立っていた。
けれど、やはり最近もっぱら急成長を続けている大谷家との縁談が決まってからは、誰もが納得していた。
そんな町子を大層心配していた花子であったが、神前結婚式を終えてからというもの、一度も会えずにいたせいで様子を伺う機会さえなく、今に至る。懐かしみも、嬉しさも一入だった。
「根は良い人なのですよ」
「暴言を吐かれたり、暴力を振るわれたりってことは……?」
「もちろんありません。夫婦仲も良好です。だからお母様にはそう伝えて?」
「……あ、えっと」
姉に家出したことを言うべきなのか。
いやいや、言ってしまえばたちまちどこに住んでいるのだとか、誰のところへいるのだとか聞き漁られるに違いない。
そしてまかり間違って両親の耳になど入ってしまえば一貫の終わりだ。
ぐぅ、と花子は頭を抱える。
幼いころから大好きな姉ではあるけれど、このことは黙っておこうと腹を括り、顔を上げてとっさの嘘で繋げようとしたとき。
「──こんなところにいたの、花子」
突然、肩をポンッと叩いて花子の元へやって来たのは──……。
「なっ!正幸さっ」
「……正幸さん?」
街中で花子に声をかける男性など、正幸しかいない。
けれど彼の名前を呼んだのは、花子ではなく町子だった。
「……え?」
「おっと、これはこれは」
「お姉様、正幸さんと知り合いなの?」
「そ、それは───」