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 のちに、正幸はこの言葉をプロポーズだと言った。

 けれどどうやら当時の花子には挑戦状を叩きつけられたと誤解していたらしく、彼女は「望むところです!私もその波、創って差し上げますとも!」と強く対抗したと言う。





 それから二人は、常に時代の最先端を歩き、お互いに切磋琢磨しあい、その名を国中に馳せていった。

 花子は正幸の商談について行き、初めて外国の地を踏んだ。



 女性活動にも力を入れた。

 先日、念願だった小説の連載が決まったのだと言う。



 正幸は松浦製菓を日本一の企業へと成長させていった。

 花子の自由を尊重し、どこまでも彼女の活動を支援し、応援し続けた。