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──ガチャリ、と正幸の家の扉を開けると、そこにはすでに彼が玄関で待っていた。



 「あぁ、おかえり花子」

 「正幸さん!?あれ、お仕事は?」

 「ふむ、それが中々手につかなくてね。先に君と話がしたくて帰って来ていたんだ」




 愛など知らない花子だった。
 けれど花子はこれから先、誰にも負けないほどの寵愛を受けることになる。

 そして、初めて人を愛するという意味を人生をかけて学んでいくのであった。






 「花子?とにかく一度リビングに座って……」

 「た、単刀直入にお伺いします、正幸さん!」

 「うお、大きな声だね。久々に聞いた気がするよ」

 「あ、あなたは本当に私と結婚したいのですか!?」

 「結婚という形はどうだっていい。ただ、君のように真っ直ぐに自由を追い求めるような人と一緒にいられたら、たしは幸せだと思っていた。それが、君だった」

 「わ、私は卒業面と言われていたのです!女学校では売れ残り組だったのです!」

 「ならわたしと結婚すれば解決だ、よかったね」

 「私は、料理も裁縫も得意ではありません!正幸さんのお役に立てることは少ないかもしれません!」

 「できないことはどちらかが補い合えば済む話さ。料理も裁縫も、わたしはそこそこ熟せるから問題はないだろう」

 「わ、私は紅掛空色のお着物が似合う女性ではありません!」

 「いいや?君は将来、立派にその着物を着こなしてわたしの隣にいるさ」









 正幸は珍しく作りものの爽やかな笑顔をやめて、真剣に花子と向かい合ってそう言った。

 花子はその真剣な瞳に見つめられて、初めて無意識に顔を赤くした。



 「わ、私は、正幸さんの自由さには惹かれていますが、あなた自身にはまだそこまで興味はありません」

 「それは困った。いいや、大問題だ。わたしは君よりも十ほど年齢が離れているから余計に頑張らないとだ」

 「そ、それに私は……っ」

 「もういいから。君は今と変わらずありのまま、わたしの元にいたらいい」



 いつもは多くのことを同時に考えることができていた花子の頭は、今は何も作動しなくなっていた。

 涙さえ滅多に見せてこなかった彼女が、今、正幸の前で大泣きしている姿は貴重だ。





 「これからこの国はどんどん前進していくだろう。新しい時代になって、より自由を求めて人々は動き出す。わたしはその波を率先して創っていくつもりだけれど、君はどうする?一緒に来るかい?」