ポンコツ錬金術師、魔剣のレプリカを拾って魔改造したら最強に ~出来損ない同士でスローライフを目指していたら、魔王と勘違いされました~

 魔剣には本来、属性がある。
 火・水・風・土・光と闇とか、そういうのだ。

 属性がないのは、物理という特性がある。

『アタシ様は【レーヴァテイン】だから、炎の属性だな。その威力を犠牲にする代わりに、どんな奴にも通用する』

「つまり……」

 レベッカちゃんの話が、本当だとすると。

『あんたの想像したとおりさ、キャル。原始の炎は、炎さえ斬る』 

【原始の炎】とは、炎を越えた炎だという。

 この力があれば、並の炎属性すら突き抜けて、ダメージを与えられるそうだ。

『ただ、この力は正式な属性に反する。もし扱えば、炎の剣としての威力は下がるんだ。せっかく覚えたファイアボールも、威力を捨てざるを得ない』

 貫通能力のある【原始の炎】は、効果こそすぐには現れにくいけど、取り続けると強くなる大器晩成型、と。

『リザードの戦闘レベルは一一。今のあんたじゃ、逆立ちしても勝てない。紅蓮結晶を取り込んで力技で潰すか、原始の炎を用いて、ピンポイントで弱点を突くか』 

「万能か。いいんじゃないかな。よし、万能で!」

『いいんだな? これを取り込んで』

「うん。わたし、ソロ狩りプレイを目指すので」

 炎が通じない相手が出て来る可能性が高いと思っていたけど、今がその時だとは。

 ぼっちなわたしは、ソロで対処するしかなくなる。だから弱点は、なるべく消しておきたいかな。

『とはいえ極小だから、あまり期待はするなよ』

「わかってる。もっと強い敵と戦って、強い装備や素材をゲットできれば、レベッカちゃんがもっと強くなれるんだね?」

『ああ。原始の炎だって、本来はアタシ様がレベルアップして覚えるもんさ。本物のレーヴァテインの力なのさ。だが、今のアタシ様だけの力じゃ、足りない』

 本格的に最適化するには、錬金術師の力が必要になる。

 しかし、わたしじゃまだまだポンコツだね。

「ごめんね。力になれなくて」

『キャルがあやまることじゃない。アタシ様を強くしたくて、そう考えているんだろ。それだけでもありがたい』

 わたしはうなずいて、セーフゾーン内に道具をセッティングした。

「作業台はOK。素材と、魔剣を置いて、と。いくよ!」

 レベッカちゃんを作業台の上に置く。紅蓮結晶は剣の上に設置し、黒い石は剣の隣に。

「錬金術師キャラメ・F(フランベ)・ルージュが、命じる。魔剣レーヴァテイン六四七二改め、レベッカよ。【原始の炎】の力を宿し、我の刃となれ!」

 呪文を詠唱し、錬成を開始する。

 黒い石と紅蓮結晶を、レベッカちゃんが吸い込んでいく。

 わたしはさらに、レベッカちゃんにありったけの魔力を注ぎ込む。

「錬・成!」

 レベッカちゃんの炎が、紅から、黒の混じったオレンジ色へと変わった。

「すごい。さらにベッコウアメ感が増したよ」

『そのたとえが見事なのか、わからんけどな。でも……』

 レベッカちゃんは、刀身から黒いオーラを放ち続けている。プロミネンスのようなゆらめきを、常時放つ。

『アイツを脅威と思わなくなったな』

 自信に満ち溢れているレベッカちゃんを見て、わたしも覚悟を決めた。

「ほんとは、他の装備品も錬成で強くしてみたかったんだけど、剣で精一杯だった」

 おかげでまだ、手がビリビリと痺れている。

『成果に見合う、仕事をこなしてやるよ』

「お願い!」

 わたしは、レベッカちゃんを構えた。

 ファイアリザードは、出待ちするでもなく初期位置で待機してくれている。「お前なんぞ、セーフゾーンから出た直後に攻撃しなくても倒せる」って、顔に書いていた。

 そりゃあ、わたしはスライムとさえ互角のポンコツだけどさ。

 その慢心を、後悔させてやる。

「ぬぁ!」

 開幕から、わたしは跳躍した。紅蓮結晶をレベッカちゃんに取り込んだおかげか、ブーストがすさまじい。天井にさえ届きそうなほどに飛ぶ。

 空中で無防備状態になったわたしに向けて、リザードが大きく口を開けた。ブレスが来る。

 灼熱の炎が、わたしに放たれた。

「なんのぉ!」

 わたしは構わず、剣を振り下ろす。

 スケルトンの仲間入りになんて、なってやらないんだから!

 オレンジ色の刃が、ブレスを斬り裂いた。

「おぅいええええ!?」

 自分でも、驚いている。形がない炎を、ホントに斬っちゃうとは。さっすが【原始の炎】だね。

 だが、リザードにまで負傷をさせられない。ちょっと口を切っただけ。それでも、怒り狂っているけど。後ろ足をハネさせて、わたしに向かってシッポで打撃を浴びせにかかる。

『やっちまいな!』

「おう!」

 繰り出されたシッポを、スパっと切ってやった。

 ドン、と極太のシッポが地面に落下する。

 トカゲらしく、リザードは再生を試みた。しかし絶大な再生能力をもってしても、原始の炎で斬られた部分は生えてこない。

『炎の力を取り込んだのが、アダになったね!』

 普通にリザードだったら、再生したものを。欲張って炎属性を取り込んでしまったために、原始の炎の作用をまともに受けてしまったのだ。

 ブチギレたリザードが、なりふり構わずブレスを撒き散らす。

「弱点は!?」

『シッポの付け根さ』

 さっき切ったところか。

「よし! ウニャニャニャニャ!」

 相手のブレスを回避ししつつ、わたしはリザードの背後に回り込んだ。

 リザードの後ろ足が、わたしを踏みつけようと降ってくる。

「うるっせえってんだよ!」

 わたしは、リザードのカカトに切り込みを入れた。

 軽く悲鳴を上げて、リザードが足を上げる。

「今だ!」

 棒高跳びの要領で、わたしは飛び上がった。狙うは、リザードのシッポを斬った傷口である。

「くらえ、【プロミネンス・突き】!」

 レベッカちゃんが所持する炎属性の技【プロミネンス】をまとわせ、突き攻撃をリザードに食らわせた。

 リザードの身体が黒くなって、ガラスのように砕け散る。

 本当ならシッポを切って、リザードの再生を食い止めつつ攻撃するのがセオリーだった。
 しかし、このリザードはファイアリザードに変化している。原始の炎を食らったせいで、再生できなかった。

 わたしを甘く見た、報いが来たね。

[フロアボス、【リザード亜種・炎】の討伐、完了しました]

 リザードが黒いガラス片となった後、手の甲からアナウンスが。

 さてさて、ドロップはなにかな……あれ?

 ダンジョンの照明が、赤く点滅し始めた。

「うわあああ! 何事!?」

 リザードが大量発生したんだけど!? ボスは、倒したはずだよね!?

[緊急事態発生。フロアボスが大量発生しました。【モンスターハウス】です]

 モンスターハウスって、いわゆる魔物の大量発生現象のことだ。一部のフロアに魔力が異常に蓄積して、モンスターが魔力を食いにやってくる状態をいう。

 今度は、普通のリザードだ。しかし、数が多すぎるだろ!

『まだやるのかい? 何匹来たって、同じことだよ!』

 いや、レベッカちゃんはやる気満々だけどさぁ!

 わたしはもう、疲れたよ。

 呼吸を整えて再度戦闘態勢に、っと思っていたその時だ。

「【雷霆(らいてい)蹴り】」

 雷光が縦横無尽に飛び交い、リザードたちの体組織を壊した。

 リザードが、雷を帯びたキックを受けて、粉々になっていく。

「どわわ!」

 その勢いに気圧されて、わたしは尻餅をついた。

 雷の勢いは、止まらない。次々と湧いてくるリザードの群れを、一瞬で灰にしていった。
 フロアボスを一撃で屠るほどの火力を放ち続けているのに、一向に威力が衰えない。

 わたしは、この稲光に見覚えがある。ダンジョン攻略前日に、わたしはこれを見た。これは、伝説の聖剣をぶっ壊した技だ。

「あなた、ケガはない?」

 雷撃を放った少女が、わたしの顔を覗き込む。

 すべてのリザードを蹴散らしたのは、クレア姫だった。
――幕間 前日譚


 伝説の聖剣を破壊して、夕刻を迎える。

 クレア・ル・モアンドヴィルは、校長室に呼ばれた。

「失礼いたします。クレア・ル・モアンドヴィル、参りました」

「ああ、ご苦労さま。あとは、教頭とお話しなさい。私は、失礼するよ」

 校長が教頭に鍵を預け、部屋から出ていく。

 呼んだのは校長だが、用事があるのは教頭の方か。

「なんでしょう、お母様?」

「ここでは、教頭と呼びなさい。【雷帝】のクレア」

 母親のクレイピアが、鼻でため息をつく。母はクレアを心配し、クレアの在学中だけの教頭先生となったのだ。
 なんて過保護な。

 とはいえ、母が天才なのは本当だ。雷属性と水魔法の【ミックス】ができる。
 二つの違う属性をかけ合わせるミックスなんて、クレアですらできない。

 また、魔法製造にも長けている。中でも代表的なのは、【リラックス】の魔法だ。雷属性で対象者に電気ショックを与え、水属性で血流を整える。

【リラックス】の魔法を編み出した母は、緊張しぃの生徒に人気があった。

「聖剣を壊した罰なら、しかと受けます」

「わかっています。だから夕方だというのに、まだ制服を着ているのでしょう?」

 そこまで、わかっていたか。

「聖剣なら直ったわ。見ていらっしゃい」

「まさか!」

 早すぎる。宮廷魔術師でも、一ヶ月はかかると思っていたが。

「でも、付け焼き刃でしょうに。たった半日で聖剣がもとに戻っているなんてもとに戻ってる!?」

 思わず、クレアは泉の岩を二度見した。本当に聖剣が、岩に元通りに突き刺さっているではないか。しかも、完全再現されて。

「幻術なのでは、ないですか?」

「ウソだと思うなら、確かめるといいわ」

「再び抜いても?」

「ええ。どうぞ」

 母クレイピアが、手で剣を指し示す。

 クレアは柄に手をかけて、再び剣を抜いた。

 剣の感触は、破壊したときと変わらない。相変わらずの、駄剣。

「その剣をもう一度、折ってみなさい」

 クレイピアが、信じられないことを言う。

「ほんとうに、よろしくて?」

「いいわよ。好きになさい」

 母の言葉に甘えて、クレアは聖剣を放り投げた。きれいな刀身に、渾身の蹴りを叩き込む。

 十分な手応え。魔力の伝達もスムーズだ。これがエクスカリオテ学園歴代最強と謳われ、【雷帝】の二つ名で呼ばれたクレア王女の――!?

「どうして」

 だが、今度は聖剣が砕けなかった。

「ワタクシの蹴りを受けても、ヒビ一つ入らない!」

 いったい、どういうことだ? さっきは、軽く蹴っただけで一撃で崩壊したのに。

 蹴ったときの質感も、まるで違う。

 最初に抜いたときは、威厳や威圧感などを感じなかった。しかし、この剣からは絶大なオーラを感じる。

 再構成された際に、なにか施された? いや、ありえない。聖剣なら構造も製造過程も複雑なはず。


「ようやく、あなたを聖剣の使い手として認めたようなの」

 母の言葉に、クレアは首を傾げる。

「剣を抜いた時点で、ワタクシに資格ありだと思っていましたが?」

「違うわ。聖剣は……『わざと』壊れたの」

 信じられない言葉を、母がクレアに投げかけた。

「この剣には、二重のセーフティがかかっていたのよ」

 一つは、泉の岩に刺さった状態で、抜けば資格あり。

 もう一つは、使っても壊れないかどうか。

「つまりあなたは、あの時点では剣を抜いただけ。扱いに慣れていないせいで、剣はあえてぶっ壊れちゃったのよ」

「――!?」

 そうだったのか。どうりで脆いと思っていたが。
「あなたは確かに強い。しかし、聖剣を扱うには、少々傲慢が過ぎたみたいね」

 母の言うとおりである。

 ここまでの意思を、武器が持っているとは。この聖剣は、ただの強い剣ではない。持ち主の慢心を、見抜いている。

「ワタクシは、この剣を持つ資格がありませんわ」

 クレアは剣を、泉の岩に刺し直した。謝罪の意味を込めて、祈りを捧げる。

 単に自分は、傲慢だった。
 聖剣の本質を知らず、イタズラに否定して。

「母さんが見ていたわ。この剣を直した人物のことを」

「いったいどんな魔法使いが、聖剣を」

「平民の女子学生よ」

 バカな! 平民が、この剣を直せるはずが。

「ご冗談を! いくら母親といえど、ジョークがすぎるのではなくて?」

「でも、事実よ」

 その子の名前はキャラメ・F(フランベ)・ルージュというらしい。

「修理した生徒は、わかっていたわ。聖剣がどんな思いであなたの攻撃によって壊れたのか」

「あの平民の子には、『モノの感情が、わかる』と?」

「そうよ。だから古臭い錬金術師になんて、なろうと思ったんでしょうね」

 文明が発達し、錬金術はほぼオートメーション化している。忘れ去られた技術もあるが、そこまでのオーバーテクノロジーなんて誰も求めていない。

 人々が求めているのは、ブランド性である。
「このメーカーなら、丈夫」「この店は格式が高いから確実」
 そのブランド志向・バイアスこそ、人は信じていた。

 お手軽量産・伝統ブランド志向が両立して当然の時代に、キャラメという少女は剣の声を聞き入れ、古の力を発揮させた。

「その生徒なんだけど、魔王を討伐した勇者パーティにいた、魔女の末裔かも」

 そんな人物が、この魔法学校に通っていたとは。

 キャラメ・F(フランベ)・ルージュ。彼女ならあるいは、クリスの願いを叶えてくれるに違いない。
 



「キャラメ・F(フランベ)・ルージュさんですわね? ご無事のようでなによりです。さあ、脱出しますよ」

「あ、はい」

 セーフゾーンに向かうクレア姫に、ついていく。

 ボスを倒すと、セーフゾーンはそのままダンジョンの脱出装置になるのだ。

「お水に触れてください。これでダンジョンから出られます」

「はい。その前に、よいしょっと」

 荷物の忘れ物がないか、確認をする。

「ドロップアイテムも、お忘れなく」

「おっと、忘れるところでしたよ」

 アイテムをどっさり、持って帰ろうとした。しかし、埋まりそうにない。

「これは、絶対持って帰るとして」

 リザードのドロップアイテムが、最優先だ。
 武器とか防具とかに使えそうな素材がたっぷり。でも、重すぎる。
 あきらめるしかないか?
 いや、往復すればワンチャン……でもなかった。

 このダンジョンは、一度出るとアイテムの再設定がされるんだったよなあ。

「とんでもないものを、拾い上げましたね」

「ああ、これですか」

 わたしは小さいビー玉を、指でつまむ。透明なフォルムは、爬虫類の目みたい。

「【龍の眼 極小】……レアリティは、Cだって」

 ちょっといい感じのアイテムだね。

『レアリティCだと? 冗談じゃないよ。そんなのは、すぐにノーマルドロップに上書きされるレベルなのに』

 リザードのレアアイテムは、めったに取れないという。普通はノーマルアイテムの、【毒消し草】に上書きされしまうからだとか。

「キャラメさん。あなた、しゃべる剣とお友だちになりましたの?」

 クレア様が、ギョッとした顔になる。かなりかわいいんですけど?

「そうなんです。レベッカちゃんです」

 あと、自分のことはキャルと呼んでくれと頼んだ。

「ご自身で、名前をつけましたのね? それはそうと、キャルさん。そのアイテムは、すぐにお使いなさい」

「いいんですかね?」

「ええ。今のあなたには、絶対必要なアイテムですわ」

 どういった効果が……。


[【龍の眼 極小】
 ドラゴンの腕力が、多少備わるだけ。
 アイテムボックス無限。重量関係なし]


 よし、即採用だ。
「多少」とか「だけ」とかっていっているけど、わたしのようなモヤシ体力には十分すぎる。

「どうすれば?」

「胸に、かざしてみなさい。体内に取り込まれます」

 わたしは、龍の眼を抱きしめるように、胸にかかげた。

「うわ!」

 龍の眼が、小さいネックレスに。しかも、どれだけ動いても邪魔にならない。身体と一体化したかのよう。

「そのネックレスは一生外せません。それでも、よろしくて?」

「よろしくてですわ」

 これで、アイテム容量を心配する必要はなくなった! ドッカンドッカンと詰め込む。

「おまたせしました。帰りましょう」

 セーフゾーンの泉に触れた。

 身体が、光に包まれる。
 ようやくわたしは、ダンジョンを脱出できた。

 朝早く入ったはずなのに、もう日が暮れそうになっている。

 ダンジョンの入口から学校まで、並んで歩く。

「ありがとうございます、クレア姫」

「いいえ。お礼なんて結構よ。それに、敬語も」

「でも、姫は姫なんで」

 敬語を解いて話しているのを見られたら、それこそ他のクラスメイトにどんな目に遭わされるか。

「クレアと呼び捨てになさっても、構わなくてよ。同い年のお友だちなのに、みんな姫とかしこまるんですもの」

「では、クレアさん」

「うふふ、よろしくおねがいします。キャルさん」

 ていうか、姫の言葉遣いが元々、敬語なのですわ。

「あれ、でもクレアさんって、魔剣探しは免除されているはずでは?」

 クレア姫は、聖剣に選ばれている。だったら、聖剣を使えばいいこと。わざわざ卒業過程である、魔剣探しになんか参加しなくてもいいはずなのに。

「これは、ワタクシが招いた災いなのです」

 なんでも聖剣を砕いた影響で、ダンジョンの構造がヤバイ雰囲気に変わっちゃったらしい。
 魔物が異様に強くなったのも、ボス部屋がモンスターハウス化したのも、すべてクレアさんが聖剣を破壊したせいだったとか。

「おか……教頭先生から、お灸を据えられました。なので、事態の正常化を言い渡されたのですわ。あなたで最後ですよ」

「クレアさん、他の生徒に犠牲者とか」

 わたしの向かったフロアで、ファイアリザードが相手だったのだ。生徒たちが、まともに帰れたのだろうか?

 あのダンジョンは入り口は共通だが、生徒一人ひとりによってルートも到着地点も違う。先生以外、助け出すことはできないのだ。

「ご心配なく。他の生徒たちは、スケルトンだとか、ゴブリンチーフがフロアボスでしたわ。とんでもない数でしたが」

 特別な許可をもらい、クレアさんはダンジョンから生徒を助け出すため、すべてのダンジョンを駆け抜けたという。

「よかったぁ」

 他の生徒たちもクレアさんに救出され、教室に帰っているらしい。

「あなたのおかげです。ありがとう、キャルさん。あなたが聖剣を直してくれなかったら、魔物たちの強化や大量発生は、防げませんでした」

 あのまま直でダンジョンに向かっていたら、それこそ生徒たちは全滅していたかも知れないという。

 やっべー……。直しておいて、よかったぁ。


「それにしても、あなたがどこにいるかわからず、探し回りましたわ。無事でよかった」

「平民のわたしごときにお手間を取らせて、申し訳ございません」

「とんでもない! 平民だろうと、あなたは大事なクラスメイトですわ! それに、ワタクシの目を醒ましてくれた、恩人です」

 最大級の賛辞をいただいて、恐悦至極である。

 学校に到着した。

 だが、クレアさんは教室には向かわない。外れにある。学食まで歩く。

「教室には、戻らないので?」

「みなさんは、おうちに帰りました。卒業式までお会いすることはないでしょう」

 クレアさんは、食堂の料金を払ってくれた。

「おかえりなさい。シチューを温めておいたから、お食べ」

「ありがとうございます、おばちゃん」

 まるまると太ったおばさんが、わたしたちにシチューを振る舞ってくれる。

 ああーっ。数時間ぶりの、まともな食事だぁ。最高ぉ。

「シチューとライスを、合わせる方ですのね? そんな人、初めて見ましたわ」

 クレアさんが、目を丸くしていた。彼女の方は、パンに浸して食べている。

「田舎でも、珍しがられるんですけどね。やってみます?」

「では」

 木のスプーンで、ライスをすくう。

「なるほど。ライスって、シチューと合わせると甘みが増しますのね? おいしいですわ」

「気に入ってもらえて、よかったです」

 布教活動ってわけじゃないけど、同志ができてよかったぁ。

「でも、いいんですか? 平民のわたしとゴハンなんて、つまらないのでは?」

「いえ。あなたと一緒にいると、和みますわ。他の貴族の女の子たちとの会話なんて、誰を婿に迎えるだとか、政治的な話ばかりで」

 人の悪口をエサにしている女性の話に、辟易しているのだとか。

「キャルさんのお話は、興味深いですわ」

「ありがとうございます」

「ですから、お礼は無用ですわ。わたくしの責任ですの。申し訳ございません」

 クレアさんが、わたしに深々と頭を下げた。

 恐縮ですってば! もし、わたしが姫様にお辞儀なんてさせている場面なんて、他の生徒に見られたらぁ! 殺されちゃう!

「いえいえ! おかげさまで、いい魔剣に出会いました。これもケガの功名。不幸中の幸いというものですよ」

「そうでした。あなたの連れている魔剣を、見せていただけますか?」

「どうぞどうぞ」

 食べる作業をやめて、わたしはレベッカちゃんを見せる。


「レーヴァテイン・レプリカの、レベッカちゃんです」

 レベッカちゃんも、『よろしくな』とあいさつをした。一国の姫君が相手だとしても、レベッカちゃんはブレない。

「ウソでしょ、レーヴァテインですって!?」

 やけに、クレア嬢が驚いていた。

「姫様?」

「まさか。伝説のレーヴァテインが、レプリカとはいえ、この世界に顕現するなんて」

「どういう意味でしょう?」

「炎の剣の最上級アイテム【レーヴァテイン】は、この世界とは別の神話に登場するはずの剣ですわ。本の中に出てくる、創作上の逸品であるとしか」

 マジかよ。

 つまりレベッカちゃんは、この世界のアイテムではないってわけだ。

 炎の巨人の武器で、巨人はこの剣を振るって、世界を破壊し尽くしたとされている。その後に創造神によって倒されて、巨人は肉体ごと大陸にされたと伝承に残っているそうだ。

 噴火をモチーフにしていて、世界を創造した場面を、神話として語り継いでいるという説も。

 わたしは、そっちの話の方が好きかな。リアリティがあって。

「ですが、それはこことは別の世界線での話だとされています。なのに、本物のレーヴァテインがこの世界に現れるなんて」

 誰しもレーヴァテインなんて、『想像上の産物だろう』と、信じて疑わなかったそうだ。

「レベッカちゃんって、すごい魔剣だったんだね? おとぎ話の世界から、飛び出してきたなんて」

『自分でも、出自に驚いているよ。おおかた、伝記でしか語られていないレーヴァテインを、どっかの研究者が再現しようとしたんだろうね』

 六〇〇〇本以上も魔剣を作る人だから、レベッカちゃんの生みの親は、かなりの変人な可能性がある。

「だったら、レベッカちゃんの扱い、どうしよう?」

 そんな立派な魔剣をガッションガッションと持ち歩いていたら、めちゃ注目されるかも。

「ご心配なく。髪留めになさったら?」

「おお。そうでした」

 イマドキの冒険者は、装備を小さく圧縮して携行する。デカい武器やヨロイを堂々と身につけ、町中を歩きはしない。「常時、臨戦態勢なのか?」と、役場の人に思われちゃうからだ。
 実力を隠す意味も込められる。

 よく考えたら、レベッカちゃんもむき身のままだった。抜いてそれっきりだったのを、忘れていたよ。

「拾ってきたファイアリザードの皮を使って、柄を錬成! っと。からのぉ」

 わたしは、レベッカちゃんを縮小した。ボブカットの髪に、髪留めとして収める。

「ごちそうさまでした、クレアさん。ここまでしていただけるなんて、どうやってお返しをすればいいのやら」

「お返しは、ちゃんといただきますわ」

 おっ。お姫様から、お願いをいただけるとは。なんだろう? 平民のわたしでも、できることかな? 抱いてとか、いわないよね? わたし、そんな性的な知識はないんだけど?


「キャルさん。ワタクシに、魔剣を作ってくださいまし」


 おおおお。シチューの代償は、デカかったーっ。
 魔法学校の卒業式が、行われた。
 体育館に、教員と卒業生全員が集まっている。

「ねえ、レベッカちゃん。みんな、結構いい感じの魔剣を所持しているね」

 わたしは、レベッカちゃんと脳内会話を行う。失礼ながら、クラスメイトたちの魔剣を吟味する。

 レイピアタイプの魔剣もあれば、斧タイプの魔剣もあった。仕込み杖なんてのも。全員、髪留めや万年筆サイズに、装備を圧縮していた。

 今の時代、町中で無意味に武器をジャラジャラと持ち歩いていると、役場の騎士に職質される。そのたび、いちいち冒険者カードを見せなければならない。

 魔王がいなくなったのはいいが、面倒な時代になったものだ。

『ほとんど、魔力を帯びただけの無銘だね。アタシ様より脅威になる魔剣は、いないみたいだね』

 たしかに、レベッカちゃんのような純正の魔剣とは違う。

「でもみんな、がんばったんだね」

『あんたは、お優しいねぇ』

 それは、よく言われる。

『けど、その優しさがあったから、あんたはアタシ様を見捨てなかったんだろうよ。アタシ様が強くなったのも、あんたのおかげだからね。感謝しているよ』

「えへへ」

 伝説の聖剣を引っこ抜いたクリスさん以外、全員魔剣ゲットに成功したみたい。

 まあ歴代で、この学園は落第者なんて出したことはないし。

 レベッカちゃんは、堂々としたものだ。なんといっても、魔剣レーヴァテインだしね。レベッカちゃんは。

 最後に、冒険者の許可証をもらって、お開きとなる……はずだった。

「しまった」

 魔剣のお披露目、すっかり忘れてたじゃん。

 そりゃあ魔剣を取ってきたんだから、手に入れた魔剣を見せるって儀式があっても不思議ではないよね。

「どうしよう? 架空の魔剣なんて、この世界には存在しないよ。パチモンだって、バカにされちゃわない?」

『そんときは、そんときさ。いざとなったら、手頃な相手と決闘して、魔剣レーヴァテインの恐ろしさをわからせりゃいいのさね』

 物騒だよ、レベッカちゃんは。そんな過激なことなんてやったら、せっかくの卒業を取り消しにされちゃう。

「キャラメ・F(フランベ)・ルージュ殿。魔剣を、ここへ」

 しんがりに、わたしの番が来た。

「遠慮しないで」

 校長と教頭から促され、わたしはレベッカちゃんを元のサイズに戻す。

 ド派手に、レベッカちゃんはドン! と炎を巻き上げる。直後、美しいオレンジ色の刀身が目の前に現れた。黒い炎と、橙色のコントラストが、実にすばらしい。

「は、はい。いくよ、レベッカちゃん!」

 オレンジ色に輝く刀身を見て、式の会場がザワつく。

「あんなデカい剣を軽々と!」

「平民の取って来た魔剣が、一番立派だと!?」

「でも、なんかデザインがカワイイ!」

 学校じゅうから、驚きと憧れの眼差しを向けられた。

 実は昨日、卒業式を控えたこともあって、ちょっと柄の方をいじってみたのである。
 握り込みの気になる点や、無骨なデザイン性などを見直したのだ。
 ああでもないこうでもないと考えていたせいで、二時間くらいしか寝ていない。

 教頭先生から緊張を解きほぐす永続魔法をもらっていなかったら、わたしは経っていることすらできなかっただろう。その場でうずくまり、保健室あたりに連れて行かれるんだ。

「して、キャラメ・F(フランベ)・ルージュ。その剣の名は?」

「この子は、【レーヴァテイン】のレベッカちゃんです」

 レベッカちゃんはしゃべろうとした。

 だが、しゃべる魔剣は珍しい。口を挟ませないほうがいいだろう。ここにきて変な誤解を、招きたくない。

「レーヴァテインですって!?」

 教頭先生が、クリスさんと同じリアクションをした。

 まるで親子みたいだな、あの二人。

「しかし、レーヴァテインなど、この世界で確認はされておりませんぞ。いったい、どう判断すれば」

「おとぎ話に出てくる、剣じゃないですか! デタラメだ!」

 教師陣が、ざわついている。
 レーヴァテインが顕現してヤッホーって人もいれば、あれは贋作の魔剣だと頑として認めない派閥も。

「仮に本物のレーヴァテインだとしても、平民の娘ですぞ! うちの学生とはいえ、そんな少女が、危険極まる剣を取ってこられるはずがない! ただちに回収すべきです!」

 一際偉そうな貴族風の教師が、レベッカちゃんの存在を断固否定する。うわあ、わたしからレベッカちゃんを取り上げる話まで出ているよお。

 さらに、生徒たちの私語が多くなっていった。

「お静かに!」

 教頭が、手をパンパンと叩く。

 卒業式の会場が、一気に緊迫感を増した。

「これはレプリカながら、正真正銘の魔剣に違いありません」

 教頭先生が、とまどう教師陣を説得する。

「この子は、錬金術師です。その気になれば、魔剣を錬成することも可能です。結果的に、絵本に出てくる魔剣を作ったに過ぎないなら、それでいいでしょう」

「だったらこの生徒の魔剣は、贋作ということではありませぬか!」

 さっきの偉そうな貴族先生が、なおも食い下がった。

 もーお。なんなん? そんなに平民が魔法科学校を卒業するのに、納得がいかんのか? いかんのだろうなぁ。

「それでも、ベースとなったのは魔剣に他なりません。この魔剣から、なんらかの特殊効果を確認しました。校長もどうぞ」

 手持ちのモノクルを、教頭が校長に差し出す。

「ふむ。たしかにベースは魔剣ですな。それも、かなりレアリティは低いようだ」

「でしょ? なら、魔剣を取ってきたこと自体は、事実なわけです。レーヴァテインを『自称』したところで、さしたる脅威にはならないかと」

 教頭は、助け舟を出してくれているみたいだ。

 意固地になってレーヴァテインを本物だと主張したら、実験道具にされる。

 かといってレベッカちゃんがニセモノだとしたら、わたしは卒業できない。

「魔剣であることは本物だが、レーヴァテインはあくまで自称」と、教頭は折衷案を出してくれたようだ。

「フン。たしかに、まがい物ではないようですな」

 わたしを認めようとしなかった貴族先生も、モノクルでレベッカちゃんを確認した後にため息をつく。

「ではキャラメルージュ殿、ご卒業おめでとう」

 パチパチパチ、とわたしは生徒たちに歓迎されて席に戻った。




 さて、帰り支度をするか。

 わたしは、荷物を整理する。

「お世話になりました」

 錬成術の先生に、あいさつをした。

「それと今日一日、こちらを使わせていただきたいのですが」

「好きなだけ、使いなさいな」

 先生である老魔女さまが、快く承諾してくれる。

 よし、装備品を作ろう。たっぷりと、錬成するぞー。

『夕方に始まる、ダンスのドレス作りかい?』

 レベッカちゃんからの質問に、わたしは首を振った。

「あれは、貴族様の式典だから」

 卒業式典のパーティなんて、わたしのような平民が立ち入っていい場所ではない。窮屈すぎて、息が詰まりそう。

 今、わたしが作っているのは、冒険者用のジャケットだ。

「錬成!」

 掛け声とともに、鉄のヨロイとファイアリザードの皮を融合させる。

 ファイアリザードの皮を使って、赤紫のジャケットを仕上げてみた。

「制服の色と近くて、いい感じじゃない?」

『たしかに、いいねえ。身体のラインも出て、セクシーじゃないか』

「そこは、見なくていいよぉ」

 わたしは、自分の身体を抱きしめる。

 しかもこのジャケットは、鉄のヨロイよりも硬い。レザーアーマーとしての役割も、果たすのだ。

『殊勝だねえ。もう旅の支度をしておくなんてさ』

「わたしは学校にいたいんじゃなくて、錬金術師でレベッカちゃんを強くしたいからね」

 今ではなく、わたしは先を見据えて行動する。いつまでも、学生気分じゃいられない。

 あとはスカートと靴を揃えたいけど、ベース素材がない。買ってこなくては。

 ひとまず、使わない武器は鉄くずに変えておこう。素材に使えるかも。

 錬成室で一人旅の準備をしていると、部屋をノックされた。

「クレア姫……」

 扉を開けると、前にいたのはクレア姫ではないか。
「姫……クレアさん。どうして?」

「キャルさん。お昼のパーティに、ご出席されていませんでしたから」

 あっ、もうお昼すぎか。

 そういえば卒業式の直後も、なんかイベントがあったんだっけ。

 でもなー。貴族のパーティなんて気後れしちゃうんだよねえ。

『昼メシも食わずに、没頭していたねぇ』

 卒業のあれやこれやで、胃があまり食事を受け付けないのであった。
 錬成中にお菓子をバリバリ食べていたので、お腹はあまり空いていない。
 早く姫に差し上げる魔剣の素材を集めるため、街を出ることを最優先にしていたからね。

「もう、行ってしまわれるのですか?」

「はい」

 昼の間に準備をして、夕方には出ていく予定だ。

「夕刻には、ダンスも立食もありますのに」

「結構です。みなさんで楽しんでください」

 わたしのような平民は、クールに去るぜ。

「ならば、ワタクシも出発いたします」

 ええ……。大丈夫なのか? お姫様じゃん。勝手に出歩いて、いいのかよ?

「あなたに、魔剣を作っていただかなくては」

 やはり、昨日話してきたお願いは、まだ生きているのかー。

「作って、お届けするというわけには」

「参りません。自分で素材を集めて、直接手で触れて、肌触りを実感しなくては。それが、聖剣・魔剣を愛好するというもの」

 ホントたくましいな、クレアさんって。

「本物の剣士は、手を汚すものです。人に全部任せて自分の所有物ヅラなんて、できるわけないですわ」

「たしかに、もう旅支度をなさっていますね」

 クレアさんは、気が早い。言っているそばから、もう支度ができている。貴族とのイベントなんて、まったく興味がないんだな。

「家督は、一番上の兄が継承なさいます。両親や兄弟姉妹に、あいさつも済ませて参りました。みな、快く送ってくださいましたわ」

 王家といえど、末娘は融通は効くみたい。

「よく、承諾してくださいましたね。国王様」

 本来なら、泣いて引き止めるところなんだろうけど。

「ワタクシは、末っ子ですから。それにロクな花嫁修業もしない穀潰しは、必要ないのですよ。ヘタに政治に関与されるより、放逐してしまった方が国としても都合がよいのですわ」

 国の言う通りにならないなら追放しちまえとか、マフィアみたいな考えだなぁ。

『ふーむ。「国の守り神である聖剣を叩き壊すような女は、家においておけない」ってのが、本音なんだろうね』

 レベッカちゃんが、えらいことを言う。それは思っていても、はばかられちゃうよ。

「ウフフ。よろしくてよ。事実だから」

 クリスさんも、自身の状況を把握しているらしい。

「それにしても、そのお洋服は?」

「自分で作ってみました。どうでしょう?」

 わたしは、くるりんと回ってみせた。

「ファイアリザードの皮を鉄のヨロイと融合させて、ジャケットにして――」

「そうではなく! 今の格好を話しているのです」

 やけに圧が強めで、クレアさんがつっかかってくる。

「あなたまさか、学校指定のジャージ姿で旅をなさるおつもり!?」

 今のわたしの服装を見て、クレアさんが驚愕していた。

 ジャージは最強の部屋着であり、トレーニングウェアであり、外着だ。冒険に行くんだから、別に服装なんてどうでもいいじゃないかと。

「いけませんかねえ? この服、身体に馴染んで落ち着くんですよ」

「いらっしゃい!」

「わわ!?」

 わたしは、クレアさんに手を引かれる。

「どうしたんです? クレアさん!」

「ワタクシの行きつけの仕立て屋さんへ、ご案内しますわ!」

 ツカツカと、わたしの手を引きながら石畳の街を歩いた。

 周りの人は、わたしの横にいる人がクレア姫だとわかっていないようである。おそらくクレアさんが、認識阻害の魔法でもかけているのだろう。

「どうしてあなたは、平然とジャージで街を動き回れますの? 理解できません」

「さて、どうしてでしょう?」

 わたしが出歩くとしても、特に誰もいない早朝だもんね。早寝早起きで街へ行けば、人と会うこともないし。

「今後は、人に慣れる必要がございます。ひとまず、わたくしの行きつけにどうぞ!」

 有無を言わせぬ様子で、クリスさんはわたしの手を引っ張り続けた。

「到着しましたわ」

 ものの五分で、仕立て屋とやらにたどり着く。

「いらっしゃいませ。おお、クレア姫様」

 女性店員さんが声をかけるより早く、クレアさんが呼びかけた。

「この子の寸法を、測ってくださいまし! できるだけ細かく!」

 店員さんに、クレアさんがわたしを差し出す。

「か、かしこまりました」

 仕立て屋さんが、わたしのサイズをメジャーで測りだした。

「バスト九二ですか、実にうらやましい限りですわ。ほかはムチムチですわね」

「衣装の作り甲斐が、あるというものです」

 クレアさんが店員さんと、わたしの胸をマジマジと見る。

 まずクレアさんは、街で着る衣服を用意してくれた。

 白ブラウスと、赤いミニのプリーツスカートである。服の下に、一分丈のショートスパッツを履くタイプだ。

 全体的に、魔法学校の制服に近い。

「では、この子が作った錬成品に合いそうな衣装を、見繕ってくださいませ」

 この服の上からつけられる装備を、作ってもらえるそうだ。

 わたしも、作った錬成品を店員さんに差し出す。

「承知しました。装備品として仕立てなくても?」

「装備品を装飾するアイテムは、この子がご自身で用意していますわ。あとは、そちらで加工なさって!」

「はい!」

「あと、お食事してまいります。お腹周りは、なるべく余裕をもたせてちょうだい」

「かしこまりました。お気をつけて」

 装備の加工一式を仕立て屋さんに任せて、昼食に向かう。

「キャルさん。あとは、完成品をお待ちなさい」

「ありがとうございます。あの、お金まで出してもらって、よろしいので?」

「お構いなく。ダンジョンにモンスターを大量発生させた、迷惑料です。取っておきなさいませ」

 じゃあ、受け取っておこうかな。

「でも、錬成ならわたしが」

「あなたは人の為なら腕は確かなのですが、自分のこととなると美的センスが壊滅なさっています。それは、あまりよろしくないですわ」

「お世話になります。じゃあ、お昼はごちそうさせてください」

「ありがとう。いただきます」

 わたしはクレアさんを連れて、小さな酒場に向かった。

「ここが、旅人の集う酒場ですか?」

「はい。カウンターで注文をしてきますね。同じものでいいですか?」

「お願いします」

 酒場で、米粉でできたラーメンをいただく。服にかからないよう、いつもよりおとなしめに食べる。
 ちなみに、二人ともお酒は飲まない。甘い炭酸水をもらう。

「モチモチで、すごくおいしいですわ! こういった料理、初めて食べましたわ。食べる機会がありませんでしたの」

「わたしと一緒に旅をするなら、ずっとこんな料理ばかりになりますよ」

 景観が汚くても美味しい場所を探すなら、わたしにお任せあれ。

「それは、楽しそうですわ!」

 クレアさんの様子なら、大丈夫そうだ。

 米粉のラーメンを食べ終わり、装備のチェックを行う。

「うわあ。女子力の高さがハンパない」

 わたしだったら、的確なパーツに装具を取り付けるくらいしか、思いつかなかったよ。
 ちょっとアイテムの位置をずらすだけ、ちょっとアクセサリの角度を変えるだけで、乙女度が格段に上がっている。
 
「ファイアリザードの皮って、こんな感じに仕上げるとかっこよくなるんだぁ」

 垢抜けたデザインの装備品なんて、わたしには絶対に似合わないと思っていた。しかし装備してみると、毎日身に着けていたかのようなフィット感がある。

 これが、最高級の仕立て屋さんのお仕事なんだなあ。

「装備品のリストです。ここでご説明差し上げてもよろしいのですが、実際にお使いなさってからのほうがよろしいかと」

 習うより慣れよ、だ。その方がいい。こちらとしては、早く街を出たいからね。

「ありがとうございます」

「ワタクシからも、お礼をいたします」

 夕食も、外で食べる。卒業パーティも出席しない。

 馬車を手配して、今度こそ街を出る。

「キャルさん。晴れて冒険者になったわけですが、これからどこへ向かいますの?」

「ツテがあります。そこまで旅をしようかと」
 幌馬車を休ませて、キャンプにした。

 夕飯は食べてきている。朝食も、あらかじめ買っておいた。

 魔物よけの結界を張って、馬車ごと包む。結界装置の真下に火を炊いておけば、ずっと魔物から守ってくれる。

 あとは、休むだけ。

 テントも兼ねる馬車って、便利だね。

『キャル、アタシ様が見張っておくから、ゆっくり休みな。モンスターが出てきたら、起こしてやるよ』

「ありがとう、レベッカちゃん」

 わたしは、レベッカちゃんを元のサイズに戻す。

「クレアさん、しんどくないですか?」

「どうってこと、ありませんわ」

 寝袋にくるまるクレアさんは、どこか楽しげだ。

「わたくしたちは災害時や有事の際に備えて、訓練もしていますから。いざというときに『非常食がおいしくない。食べられない』なんてワガママ、言っていられませんもの」

 王国では、相当厳しく育てられたみたい。

「あなたのお知り合いが、目的地にいらっしゃるのですわね? どんな方?」

「わたしのひとつ上の先輩で、エクスカリオテ魔法学校の卒業生です。わたしと同じ平民出身ですよ」

「先輩自体は、どんな方ですの?」

「破天荒ですね。同じ錬金科にいたんですが、とにかくワイルドでした」

 錬金術のアレンジ方法は、たいていあの先輩から授かったものである。

「修学旅行で水泳の課外授業があったとき、浜辺の貝殻を使って水着を錬成したんですって。『貝殻ビキニや!』といって、クラス中の注目を浴びていたそうです」

「アイザッカー地方の方言ですわね? たしかにあそこは、うるさくて人懐っこい方が多いと聞きますわ」

 卒業式でわたしにつっかかっていた先生が、先輩の担任なんだったっけ。そりゃあの人、平民を目の敵にするよね。

「ただ、腕は確かなんですよね」

 ケンカは強かったが、冒険者にはならなかった。人と話す方が好きだったため、この先にある村で店を開いたという。

「で、よかったら店専属の素材収集冒険者にならないかと、打診がありまして」

 わたしは二つ返事で、「やります」と書いたのである。

「お店番をやってと言われたら、お客さんが怖くてできません。でも、素材集めなら多少の知恵はありますので」

「このキャンプをする前も、えらく大量に素材を集めていらしたわね。ただの木片から、石ころに至るまで」

「訓練用です。すぐに魔剣を作るわけには、いきませんから」

 木や石の成分は、個体によってかなり違う。
 枝一本でも、どれだけの雨を吸ってきたか、日差しをどれだけ浴びてきたか。
 そんな些細なことも、錬成には関わってくる。「石なんだから、こう錬成すればいい」わけじゃない。

「錬成をしているキャルさん、楽しそうですわ」

「ありがとうございま――」

 レベッカちゃんが、ピコンピコンと点滅した。

「どうしたの?」

『敵だ。オウルベアだね』

 ウマと御者さんを隠し、わたしたちは結界から出た。

 いくら弱いモンスターを避ける結界と言っても、オウルベアクラスとなると放っておけない。結界を壊す可能性があるからだ。

「オウルベア討伐はギルドの依頼書にもあったね。ちょうどいいよ」

 わたしは、手配書を確認する。

 あらかじめ、わたしたちは冒険者ギルドで討伐依頼を受けていた。道中でモンスターと遭遇したら討伐し、目的地の街で報酬を受け取ろうと考えたのである。

 やっつけてほしいオウルベアの数は、冒険者一人につき三体と書かれていた。

「てっとり早く仕留めますわ」

「まってください。ちょっとやりたいことが」

 わたしは、レベッカちゃんを地面に突き刺す。

「我が呼びかけに応じて、いでよ。しもべたち! 【スパルトイ召喚】!」

 スキル振りのときに、見つけたんだよね。ガイコツを召喚する魔法を。

「グガー」「ウオー」「ムキュー」

 三匹のスケルトンが、地面から這い出てきた。それにしても、四等身とは。

 剣と盾を持つタンクに、斧を持つ前衛戦士は、スケルトンである。三角帽子と杖を持つ魔法タイプは、ゴーストをベースにした。

 わたしは基本、ぼっちプレイである。
 なので、前衛が必要だなと考えたのだ。
 スケルトンの骨粉と、不要な装備品をリサイクルしたかったし。

「がんばって!」

 わたしが声をかけると、一同が「わー」っと声を上げてオウルベアに立ち向かう。

 剣と斧がオウルベアの動きを止めている間に、魔法使いがファイアーボールを撃って仕留める。

 ファンシーな光景だが、彼ら的に必死だ。

 ただ、普通にわたしたちが斬ったほうが早かった。

 クレアさんが仲間になるなんて、想定していなかったもんよ。

「あまり役に立っている感じじゃないですね」

「ですが集団戦となると、変わってきますわ」

 いわく、「数を増やせば、ザコ戦では重宝するかも」とのこと。そんなすごい戦いがあればいいけど、戦争がしたいわけじゃないからなあ、わたし。

『見張りというか火の番はコイツらに任せな。あとはアタシ様が、しっかり見ておいてやるよ』

「ありがとう、レベッカちゃん」

 わたしたちは、就寝することにする。

 朝起きると、スパルトイ軍団の数が五体に増えていた。一体は、やたらゴツい。もう一体は、犬っぽかった。

『あの後、オウルベアやウルフの襲撃が、三回あったのさ。面倒だからスパルトイ共で適当に始末して、配下にしてやったよ』

 わっはっはーと楽しげに、レベッカちゃんが笑う。

 レベッカちゃんのレベルが上っていたので、【スパルトイ召喚】にさらにスキルポイントを振ってあげた。これで操れる数もさらに増えるし、維持できる時間もアップする。

 で、オウルベアとウルフをさらに一体ずつ増やした。

『賑やかになったね』

 かなりアレなパーティだけど。

「スパルトイたちに、スキルは振らなくていい?」

『構わないよ。アタシ様がのレベルが上がれば、勝手に強くなるよ』

 よかった。スパルトイが増えたら、そちらのスキル振りも考える必要があるかもって、思っていたからなあ。

「朝食が、できましたわ」

 クレアさんのいる方角から、おいしそうな香りが。

 うお、いつの間に。

 オウルベアの肉で、サンドイッチとスープを作っている。御者さんが、もう食べてるじゃん。

「いただきます! おおーっ。おいしいです!」

「お料理を覚えた甲斐が、ありましたわ」

 簡単な料理を、クレアさんはメイドさんから、教わっていたらしい。

 これで、結婚する気がないっていうんだからなあ。



 旅に出て三日が過ぎた。


 わたしたちは、森で採取を始める。

 ガイコツウルフの軍団が、よく働いてくれた。上に乗っているレンジャー型スケルトンが指揮を取り、薬草やキノコを取ってきてくれる。錬成がはかどって、仕方がない。

「ワタクシたちの出番が、ありませんわ」

「ホントですね。ここまでの数になると」

 はい、わたしのせいですよね。ゴブリンの集落を壊滅させようなんて思ったから。

 もはや、ガイコツの群れは三〇体を越えていた。どれも四等身サイズだが、これだけの数がいればかなり強い。

 ウルフやオウルベア、オバケキノコなどをターゲットにしていた。そのうち、ゴブリンの集落を見つけたのである。
 討伐依頼があったので、わたしたちは集落を撃滅させることにした。

 ガイコツたちで集落を襲撃して、またガイコツが増えるという状況に。

『アハハ! 絶景だね! スパルトイの大行列だよ! これなら、世界だって征服できそううさね!』

 ただ、レベッカちゃんだけが上機嫌だ。

 なにごともなければいいが。



 しかし、わたしの願いは脆くも崩れ去る。

 目的地である、トリカンの村が見えたときだ。

「そこのモンスター使い、止まれ!」

 門の前で早々に、わたしは門番にヤリを突きつけられた。

 やっべ。スケルトンを引っ込めるのを忘れてたよ!

「まって! ウチのお客さんや!」

 オオカミ獣人族の女性が、村からわたしたちの元に駆け寄ってくる。豊満な胸を、ユッサユッサと揺らしながら。

「フワルー先輩!」
 フワルー先輩が、門番さんと話をした。

「堪忍や。この子は、ウチの通ってた学校の後輩でな。キャラメ・F(フランベ)・ルージュちゃんいうんや。キャルちゃんをこの村に呼んだんは、ウチなんよ」

 先輩が、わたしの説明をする。

「いくらあなたの顧客といえど、魔物を村に入れるわけにはいかんぞ」

「かまへんかまへん。この子ら、デコに召喚の紋章が付いてるやろ? あれはキャルちゃんと契約したモンスターや。襲ったりせえへんって」

 さすが錬金術師である。ちゃんと魔物の識別も可能とは。

 門番さんが確認をして、わたしたちは晴れてお咎めなしに。

「事情はわかった。ただ召喚モンスターとはいえ、この数では村の連中が怯えてしまう。悪いが、お嬢さん。差し支えがなかったら、モンスターを引っ込めていただけないだろうか?」

 ああ。ですよね。

「すいません。消しますんで」

 わたしは、スパルトイ軍団に「戻って」と指示した。

 レベッカちゃんの中へ、スパルトイたちが吸い込まれていく。あとは、有事の際に召喚し直せばいいし。

「おおきに。ほなキャルちゃん、お店まで来てな」

「ありがとうございます、先輩」

 馬車を駅舎へ帰し、わたしとクレアさんは先輩についていく。

 フワルー先輩は、豊満な身体をユサユサと揺らしながら歩いた。生地の厚いジャンパースカートの上からでも、スタイルのよさがわかる。

 街の男たちの視線を集めて……などいない。

 男たちはみんな、先輩の女っ気のなさを知っているのだろう。

「ところでキャルちゃん? となりに連れてるべっぴんさんは、誰や?」

 興味深そうに、先輩がクレアさんを見る。

「こちらの方は、おひ――」

「クレア・ナイフリートと申します。キャルさんとは、エクスカリオテ魔法学校の同級生でした」

 当たり前のように、クレア姫は偽名を使う。だよね。お姫様ってバレたらヤバいもん。それこそ、スパルトイ軍団が村に入るより恐ろしいことが起きるよ。

「さよか。ウチは『コナモロッド村のフワルー』や。よろしゅうな」

 フワルー先輩は、クレアさんの正体に気づいていないみたい。

 よかったぁ。先輩が世情に疎くて。この人、研究以外にはまるで興味がないもん。

 もっと社会勉強をしていたら、先輩だって大きな街でも成果を上げられるのに。

 そんな先輩でさえ、クレアさんには興味を持つんだね。やっぱりクレアさんは、すごいんだ。

「あんたの魔剣も、大概やな」

「レベッカちゃんですか?」

「名前までつけとるんかいな! アンタらしいわ!」

 フワルー先輩の視線が、レベッカちゃんに向けられる。

「アンタ、黙っとったら窮屈やろ? ウチの前では、しゃべってええさかい」

 突然、フワルー先輩が、レベッカちゃんに語りかけた。

『アハハ! バレちまうとは! アタシ様はレベッカ。よろしくな』

「フワルーや。よろしゅうな」

 レベッカちゃんが言葉を話すことが、わかるなんて。

『どうして、バレたかねえ?』

「魔剣には、息遣いがする個体が存在するんや。アンタは、そのタイプみたいやったから」

『随分と、魔剣に詳しいようだね』

 そこまで勘がいいなら、クレアさんが王女様だってこともわかるはずなのになあ。 

「せや。ギルド行かなアカンやん」

 スタスタと、冒険者ギルドのある建物へ。

「いらっしゃい。トリカン村の冒険者ギルドへようこそ。あら、フワルーじゃないの」


 カウンターには、耳の長いおねえさんが。この人、ウッドエルフだ。

「この子、ウチの後輩やねん。素材を取ってきたよってに、ちょっと頼むわな」

 フワルー先輩は、エルフおねえさんにすべてを任せて、先に店へ戻るという。客を待たせているそうだ。

「じゃ、よろしくね。手を拝見するわ。見せてちょうだい」

「はい。お願いします」

 ウッドエルフのおねえさんに、わたしは手を差し出す。

「承知しました」

 エルフおねえさんが、わたしの手の甲に平べったい特殊な杖をかざした。記録された冒険者データを、杖を使って読み込む。

 クレアさんの手も、同じように見る。

「お二人で、冒険者七人分のお仕事をなさったのね。まだお若いのに、すばらしいわ」 

「どうも。それと、これを」

 わたしはエルフおねえさんに、戦利品を見てもらう。

「ウフフ。上等な品ばかりだわ。フワルーの後輩なだけあるわね」

 一部はギルドが買い取って、残りはフワルー先輩の元に行くそうだ。

「いやあ。おまちどうさん」

「あのおばあさん?」

「せやねん。孫が街へ出てもうたさかい、話し相手がほしいんやろうな。なかなか、話してくれへんかったんよ」

 フワルー先輩が、ナハハと高らかに笑った。

「これが、依頼の品よ。いいものは、持って帰っていいわ」

「おおきにやで。依頼主は、ウチやもんな」

 オウルベアのクチバシと目を手に、先輩がホクホク顔で家へと帰る。

「ついたで。ここがウチの店や」

 先輩の家は、こじんまりとした木組みの家だ。ハンドメイド感が溢れている。ただ、あと二人が生活できるスペースはなさそう。

「二人もやってきてくれるなんて、思ってへんかったさかい。庭が余っとるから、増築増築っと」

 フワルー先輩が、腕をまくる。

「お構いなく」

「そういうわけにも、いかへんて。キャルちゃんが木材も集めてくれとるさかい。すぐ終わるわ」

 空いたスペースに、フワルー先輩が家を作り始めた。魔剣をガッツリ装備して。

「ええやろ?」

 フワルー先輩の魔剣は特殊で、ただの魔法で動く工具だ。刃の周りにチェーンが取り付けられていて、魔力を流し込むとチェーンが刃の周りを回転する。丸太を切るのに、特化しているとか。

「これでゾンビをシバいたら、なんか爽快やねん。なんでやろ?」

 ウイーンと轟音を立てながら、フワルー先輩は丸太を斬り続ける。片手で。
 もう片方の手で魔法を操り、丸太を削って組み立てる。

「相変わらず、規格外ですね。先輩って」

「どうやろ? アンタこそ、こんなえげつない量の丸太を、アイテムボックスに仕込んできたやん。ウチからしたら、アンタのほうがよっぽどバケモンなんやが?」

 そうだろうか? それを片手でバシバシ切り刻んでいるのは、先輩でしょ?

「お二人とも、バケモノですわ」

 わたしたちのやり取りを見て、クレアさんがつぶやく。

「そうだ。お手伝いします。おいで、スパルトイ軍団」

 スパルトイを召喚して、手伝ってもらった。ガイコツがウロつくと村人の視線が痛いので、カブトとヨロイを着てもらう。これで姿を隠して、作業してもらった。

 斧使いが丸太を斬り、手の開いているガイコツが木を組み立てていく。

「器用やなあ。あんたの召喚したアンデッドは」

「わたしの腕が、反映されているのかも知れませんね」

 柵も作っておくか。あとは薬草畑のお手入れと、部屋の中に入れる作業台の準備を。

「キャルさん、一階にキッチンを作ってくださいまし。わたくしは、お夕飯の材料を買ってきます」

「いいの、クレアさん?」

「はい。村の方ともお話がしたいので」

「ありがとうございます。じゃあ、お願いしちゃおっかな?」

「おまかせを」

 買い物かごを持って、クレアさんが買い物へ。 

 わたしは、二階に取り掛かる。ベッドは、広めに作らせてもらった。

「先輩は、どこを作ってらっしゃるので?」

 広い敷地に、先輩がやたらと岩や石を積み上げている。石窯は大量にあるし、クラフト用の設備ではないだろう。城壁ってわけでもなさそうだな。

「できてからのお楽しみや」

 フフン、とフワルー先輩が不敵に笑う。

 あっという間に、もう一軒の家が出来上がった。お店と地続きになっている。お店も新調されて、立派に。

「ま、魔王城だわ!」

「大変よ! 魔王の城ができているわ!」

 わたしたちが作った家は、すっかり魔王城呼ばわりだった……。
「ただいま、戻りました」

 クレアさんが、帰ってくる。村人の騒ぎを聞きつけ、慌てて帰ってきたという。面目ない。

 まだギャラリーがいるよ……。

「ほらほらぁ。見せもんちゃうで。帰ってやー」

 フワルー先輩が、人払いをする。

「すいません。張り切りすぎちゃったみたいで」

「それは、お互い様や。ウチも楽しすぎて、ハッスルしすぎてもた」

 わははーと、さして気にしていないふうに先輩は笑う。

「こんな立派なおうち、維持費が大変でしょうに。お掃除も」

「いやいや。ゴーレムもおるから、掃除は心配せんでええさかいに。維持費なら、キャルちゃんのおかげで、十分に元が取れてるんよ。足らんかった分は、キャルちゃんに稼いでもらうよって」

 そこも見越して、大量に依頼を出していたのか。やるなあ、先輩は。

「では、お夕飯を作ってまいります」

「おおきに。ウチらは店の仕事するさかい。用事があったら、言うてや」

「はい」と返事をして、クレアさんは炊事場へ。

 わたしたちは、工房へ向かう。

「カウンターには、行かなくてもいいんですか?」

「ええねん。ほら」

 お店の番は、使い魔のウッドゴーレムたちが担当してくれるらしい。
 ゴーレムが、冒険者を相手にマジックアイテムを身振り手振りで売っている。わたしよりしっかりと、お客さんに応対していた。すごいな。

「簡単な受け渡しと、代金の支払いはできるねん。せやけど、中にはムズい注文してくる人もおるんよ。そんときは、ウチが担当するんや」

「ゴーレムでさえ働いているのに、わたしときたら」

 まだ、接客できるような神経は、持ち合わせていないよ。


 腰を痛めたというおばあちゃんが、尋ねてきた。

「行くわ。キャルちゃんは釜を見ておいてや」

「はい」

 先輩が応対に向かう。

 わたしは、薬草釜の方へ。コトコトと音を立てる釜を、混ぜ棒でかき回す。材料をスパルトイ軍団に刻んでもらった。
 何も教えなくても、ちゃんとこなしている。やはり、わたしのスキルや熟練度を、トレスしているみたい。

 先輩は、えらい話し込んでいる。

「オウルベアの肉や。これで、腰の筋肉をつけや。薄く切ってあるさかい、食べやすいはずやで」

 お肉の包みを持って、おばあちゃんはお礼を言って帰っていった。

「あんな感じやな」

 というかさっきの人は、単に雑談をしに来たみたい。
 お年寄りって、あんな感じだよね。

 コミュ力が求められる仕事は、先輩のほうが向いている。

「いらっしゃい。いつもありがとうな」

「こんばんは。店を新調したのか?」

 先輩の知り合いらしき中年男性が、店を尋ねてきた。数名のパーティを、引き連れている。他の男女のいでたちからして、冒険者か。

「みんな魔王城が出現したって、驚いていたぞ」

「ちょっと、増築の機会ができたよってに、店を改装したねん。今日は何を?」

「いつもの、ポーションを。それと、火山を攻略するんで、耐熱装備があると助かるんだが」

「炎耐性か。耐火ポーションは、前に売れてしもうたんよ」

 フワルー先輩が言うと、中年男性が「あちゃー」と額に手を置いた。

 わたしは「あの」と、パーティたちに声をかけた。

「キミは?」

「ええー、キャルといいます。こちらでお世話になっています」

「ああ、キミがさっき話に出ていた後輩か」

 中年男性の質問に、わたしはうなずく。

「せやねん。さっき言うてた後輩や。働きに来てくれてんよ」

「それは頼もしいな。それで、どうかしたか?」

「えっと、耐火装備ですよね? ファイアリザードの皮なら、余っているんですが」

 腰に取り付けたアイテムボックスから、わたしはファイアリザードの皮を取り出す。なめして、革の状態にしてある。

「ファイアリザードだって!?」と、中年男性が驚いた。

「レベル一二のバケモンだぜ。そんな怪物を、あの嬢ちゃんがやっつけたってのかよ?」

「信じられないわ。私の氷魔法でも、やつのブレスには通じないのに」

 冒険者たちが、わたしの話に興味を持ち出す。

「魔剣のおかげですよ。わたし、エクスカリオテの卒業生なんです」

「だからか。あそこから排出された魔法使いは、みんな優秀だもんな」

 リーダーの中年男性が、コクコクとうなずいた。

「あなた、フワルーちゃんと同じ平民よね? でもすごいわ。大したものね」

 冒険者たちからの称賛に、わたしは「ありがとうございます」と返す。

「剣士さんは片手剣持ちですから、革製のシールドを作成いたします。手持ちの防具をお借りしても」

「頼むよ。これなら、再利用してくれて構わない」

 リーダーの男性が不用品の丸い盾を、わたしに差し出した。

 錬成を施し、ファイアリザード製のシールドに変化させる。

「ありがとう。これで、ヒクイドリに対抗できる」

「ヒクイドリ?」

「この付近の火山をナワバリにしている、火属性のモンスターだ」

 街を襲っては来ないが、鉱山を荒らすやつを攻撃する厄介者だという。マグマをエサにするんだとか。 

『すっかり人気者だねえ、キャル』

「おだてないでよ。レベッカちゃん」

 ただレベッカちゃんは、ヒクイドリに興味津々の様子である。火属性だからだろうね。

「オレには、そうだな。この矢に毒を仕込めるか? 三〇本くらいほしい」

 レンジャーの男性が、矢の束をカウンターに置いた。

「はい、ただいま! 錬成!」

 わたしは錬成を行って、矢の先に毒を生成する。

「矢の内部を空洞にして、矢じりの先まで穴を通しています。突き刺さると、矢じりが引っ込んで毒が体内に流れ込むという構図です。ただし普通に武器として使うと、壊れやすいので注意してください」

 教頭先生から施してもらった「緊張をほぐす魔法」のおかげで、淀みなく商品の解説ができた。

「ありがとう。お嬢さん。これは少ないが、取っておけ」

 さっき採取したての、動物の角や爪を手に入れる。 

「お夕飯ができました」

「おおきに! キャルちゃん、看板裏返してきて。店閉めるで」

 今日の営業はこれで終わりとなった。

 本日の夕飯は、ゴハンと干物である。

「すごいですね。海がないのに、お魚が食べられるなんて」

 クレアさんはお上品に、ナイフとフォークでホッケの干物をいただいていた。

 一方わたしと先輩は、お箸で干物をつまんで豪快に貪っている。

「このトリカン村からちょっと西に行ったら、港町ファッパがあるねん」

 わたしが漬けた梅干しを一口で平らげて、先輩が語った。

 港町ファッパには、この一帯を治める領主が住んでいる。

「フワルー先輩が発酵技術を提供し、干物文化が浸透したんですよね」

「まあ、作ったんが干物女やねんけどな! アハハー!」

 笑えないジョークで、フワルー先輩が一人で笑う。

 食事を楽しんでいると、なにやらオルゴールが鳴り出した。
「オフロガ、ワキマシタ」と、ウッドゴーレムが呼びに来る。


「さて、疲れたやろ。オフロに入りや」

 フワルー先輩についていくと、外の岩場にたどり着いた。

 岩の煙突から、煙が立っている。

 空に向かって、湯気が立ち上っていた。

 先輩が岩石を組み立てて作っているのは、露天風呂か。一階を脱衣所にして、高い位置に露天風呂を設置している。

「今の家は、一人用の浴槽しかないねん。せやから、岩風呂を作ろう思ってな」

 以前に使っていた風呂場は、薪の置場にしたという。

「入ろっ」

 全員で服を脱ぎ、湯船へ。

 ああああ、生き返るぅ。

『いや。とんでもないね。キャルから疲れが取れるたびに、アタシ様の魔力も回復していくよ』

 レベッカちゃんも、気持ちよさそうだ。  

「前に村人用に、ごっつい大衆浴場を作ったんや。使い魔を放っとるから、ノゾキ対策もバッチリやで」

 もし不審者がいたら、ギルドが飼っている使い魔が知らせてくれるらしい。

 わたしたちのハダカなんぞ、せいぜい鳥しか見に来ないだろう。

「あんたら、魔剣を作るんやな。その前に、強さを見せてもらってええかな?」

「はい。お願いします」

 次の日、わたしたちは先輩にコーチを付けてもらう約束を交わす。
 翌日から、レベッカちゃんの強化と、クレアさん用の魔剣を作る作業に取り掛かった。

 店番はウッドゴーレムの他に、スパルトイ軍団にも手伝ってもらう。

『はいよ、薬草は銅貨一〇枚。そこのホーンラビットの角は、銅貨二〇枚だよ。カウンター前の調味料は各種、味見ができるからね。専用の木サジですくって、手において舐めっておくれ』

 スパルトイ軍団のCVは、レベッカちゃんが担当する。

 お客さんは最初こそちょっとビビっていたみたい。だが、危なくないとわかってからは安心して買い物をしていた。

 わたしは、魔剣作りに専念する。

「素材は、こんなもんかな?」

 いい魔剣を作るには、わたし自身が上達しなければ。

「ダメだ」

 ガタガタの魔剣ができあがる。

 わたしはもう一度、ダメ魔剣を素材に分解した。

『キャル、毒の矢じりを追加で二〇本頼むよ』

 時々、仕事も入ってくる。

 スパルトイに背負われているレベッカちゃんが、わたしに声をかけてきた。

「はーい。錬成! できたよー」

『はい、おまちどう。気に入ってもらえたみたいだね』

「よかった。この調子で、魔剣作りもがんばるね」

『その意気だよ』 

 その後も、素材になる剣を錬成してみたが、あまりうまくいっていない。魔力の流れが、どこかで滞っている。

「一から魔剣を打つって、こんなにも難しいんだ」

 かといって、参考としてレベッカちゃんを分解するわけにもいかない。
 細かく砕いて中身を見たところで、魔剣の構造がわかる保証もなかった。

『キャル。冒険者が、ボロいナマクラ剣を、三〇本も売りに来たよ』

「お相手に、『全部買い取る』って伝えて。素材にするよ」

『あいよー』

 一度、わたしは席を離れた。冒険者と面談し、鉄の剣をすべて買い取る。代金はフワルー先輩からではなく、こちらで出す。研究材料だからね。

『あんま、根を詰めすぎるんじゃないよ』

「わかってる」

 わたしは、鍛冶用スキルを持っていない。取ったところで、中途半端になる。

 錬成の授業で、魔剣の作り方は学んできた。ただ、人のために作ったことはない。

「習うより慣れろ。錬成術の先生が、いつも言っていたじゃん」

 今は、手に入れた素材を使った魔剣もどきを作るくらいである。とにかく、失敗してもいいからトライするのみ。

「ひとまず一本」 

 作った魔剣は、スパルトイに素振りしてもらう。

「ギャギャー」

 スパルトイたちが勝手に、剣の打ち合いを始めた。魔剣が当たって、骨が粉々になる。しかし、また元の姿に戻った。彼らなら魔剣が身体に当たっても、再生できるもんね。

 わたしはさらに数本の魔剣を、製造した。斧型や槍型なども作って、スパルトイたちに持たせる。何がうまくいって、どれができていないか、メモに取っていく。

 その間クリスさんは、フワルー先輩にコーチしてもらった。

「ところで、アンタの魔剣は?」

「こちらに」

 クレアさんが、スカートをたくし上げる。太ももに引っ掛けているナイフを、先輩に見せた。

「身体に装着して、魔法を使うタイプかいな。自分自身を剣にする、体術スタイルやね?」

「よくご存知で」

「たまにおるんよ。そういうのを使いたがるモンが。ほとんど使いもんにならんけど、アンタは強そうや。なんか、オーラが全然ちゃう」

「ありがとうございます」

 さっそく、わたしが作ったサンプル魔剣の耐久度テストと、実戦のテストを同時に行う。

「クレアさん、準備はいいですか?」

「いつでもよろしくてよ」

 わたしは、ガイコツたちに武器を持たせる役割を担当していた。魔剣のサンプルを開発し、ガイコツたちに使わせる。これにより、何が足りないかを分析するのだ。

「やっちゃえ、スパルトイ」

 スケルトンゴブリンたちが、クリスさんに飛びかかる。

「はっ!」

 電撃を放つクレアさんのキックで、ゴブリンたちの群れがあっという間に半壊した。やはりゴブリン程度の腕前では、話にもならない。再生させてもう一度向かわせたが、結果は同じだった。

 魔剣がどうのこうのって、次元ではない。基礎的な部分が、足りていなかった。

「たいした実力や。せやけど、ちゃんと剣を装備したほうがええよ。知り合いに、ホンマもんがおるから」

「そうなのですね? 聞けば、あなたも相当の腕前だったとか」

「……ウチを、挑発してるんか?」

 フワルー先輩が、メガネを直す。

「いえ。ですが、以前からずっと、我々よりレベルが高いと察知していましたので。ギルドの方にも、伺いました。あなたもその気になれば、冒険者として戦えるレベルだと」

「ええで。かかっておいで」

「では。雷霆蹴り(トニトルス)!」

 言った瞬間、クレアさんがフワルー先輩に蹴りかかった。

 しかし、フワルー先輩は不敵な笑みを浮かべるだけで、その場から動かない。

「な!?」

 クレアさんの顔から、余裕が消えた。

 フワルー先輩は涼しい顔で、あっさりとクレアさんのキックをチェーンソーで受け流す。聖剣ですら叩き壊す、クレアさんの電撃キックを。

「これが、学校と実戦の差や」

 派手に転倒したクレアさんの顔の前に、フワルー先輩が、チェーンソーの先を突きつけた。

「ウチはレンジャーの授業にも出とったさかい、これくらいの戦闘力はあるんよ。コーチも強かったし。獣人族の特性もある。異常な反射神経やね」

 獣人族は一瞬だけ、相手の動きを完全に読める。

 もし先輩が本気だったら、クレアさんは足の一本はなくしていたかもしれない。

 クレアさんも気づいたのか、戦闘態勢を引っ込めた。いかに自分がヌルい環境にいたか、思い知ったのだろう。

「冒険者としてやっていくなら、これ以上の強さが必要やねん。せやからウチは、冒険者にはならんかった。最低限の素材集めができたらええ、って思ったんよね」

 フワルー先輩が、チェーンソーを止める。

 まだまだ、世界は広い。もっととんでもない魔物や、冒険者がいるんだ。

 この間のおばあちゃんが、またやってきた。この方は、先輩に話し相手になってほしいみたい。

「フワルー先輩、またあの方が。なんだか、困ってるっぽいです」

「わかったで。クレアちゃん、知り合いのお客さんが来たねん。ウチからの講義は、このくらいにしたってや」

 先輩が、カウンターに向かう。

「大丈夫ですか、クレアさん」

 わたしは、肩を落とすクレアさんに歩み寄る。

「慰めは、不要ですわ。今の一撃で、目が醒めました」

 クレアさんはもう、戦士の顔になっていた。甘えが抜けて、油断もない。

「キャルさん。わたくし、もっと強くなりたいですわ」

「そうだね」

 わたしにも、レベッカちゃんを最強の魔剣にするという目標がある。

「なんやて!?」

 カウンターから、フワルー先輩の荒々しい声がした。

「どうしました、先輩!?」

「この人のお孫さんが、南西の火山付近で足止めを食らっとるらしい」

 おばあさんのお孫さんは、行商人をしている。その馬車が火山付近を通りかかったときに、山の岩場が崩れたらしいのだ。

「ヒクイドリが、暴れとるせいや。なんか最近、モンスターが活発化しとってな。悪さしよるんや」
 そのせいで、行商人さんが帰ってこられないという。それどころか、誰も待ち入れなくなってしまっているとか。

 先輩の言葉を聞いて、わたしはレベッカちゃんをスパルトイからひったくった。クルンと回転させてから、背中に担ぐ。

「わたし、行ってきます」

「ムチャや! 相手はヒクイドリやで。見つかったら、大変なことになるで」

「できるだけ、回避して向かいます。行商人さんを助けたら、すぐに退散しますから」

 クレアさんも、「ワタクシもついていきます」と告げた。

 フワルー先輩は、おばあさんの肩を抱きながら「ええやろ」と、つぶやく。

「頼むわ。うちはおばあさんを見ておくさかい」

「はい。行こう、クレアさん」

 わたしとクレアさんは、南西にある鉱山に向かった。