外に出ると、空にひときわ光る物体が見えた。
あれが、隕石だろうか。
「せやけど、ウチらには隕石を止める手立てはないで!」
フワルー先輩が、頭を抱える。
「心配には、及ばないでヤンス。キャル殿。クレア殿。レベッカ殿と意思疎通ができるお二人なら、あの隕石の元にたどり着けるでヤンス」
そうなの?
「大丈夫。隕石に取り付く方法は、おそらくレベッカが知っている」
リンタローもヤトも、レベッカちゃんの力を確信しているみたい。
なら、大丈夫だよね。
『アタシ様を信じな、キャル。行くよ。スルトの元まで飛ぶからね』
「キャルさん、参りましょう」
クレアさんが、手を差し伸べてきた。
「はい。行きましょう、クレアさん」
わたしは目を閉じて、クレアさんと手を握り合う。
身体が、竜巻に巻き込まれたような感覚に襲われた。
『目を開けていいよ』
え、もう着いたのか?
「キャルさん、ここはまさしく、隕石の上のようですわ」
レベッカちゃんに言われた通り、わたしは目を開いた。
さっきまで夕方だったのに、あたりが真っ暗だ。一面に、星がまたたいている。
一方で、地上は岩だらけだ。
「キャルさん、あそこを御覧ください!」
クレアさんが指さした先に、青い星が見えた。
すごくきれい。岩しかないこことは大違いである。
『あそこに見える青い星こそ、キミたちの住む世界だよ』
何者かの声が、脳に直接語りかけてきた。
あの星が、わたしたちのいる世界?
「って、誰!?」
何者かの声がした方角へ、視線を向けた。
物陰から、炎で作られた人間の男性が現れる。ピエロのような歩幅で、後ろに腕を組んでいた。
人間が、炎に覆われているのではない。炎が、人間の形で直立していた。
見た感じ、人間の少年みたいな姿である。わたしと、背格好を合わせたような。
『よく来たね。僕が魔王スルトだよ。今はね』
この魔物が、スルトか。
やけに、威厳がない。どこかのバカ王子様と言われるほうが、しっくりくる。
『随分と、砕けた話し方になったじゃないか、スルト! 少年趣味とは、思っていなかったねぇ!』
レベッカちゃんが、スルトを挑発した。
『この地上に降り立つ際、もっともキミたちにふさわしい姿で戦ってあげようって考えてさ。考えた末に、威張りちらした感じより、こんなちびっ子にやられたほうが悔しいかなーって思ってさ』
どこまでも、ふざけた相手である。
『というか、僕の名前はレーヴァテイン。魔王スルトの身体を、乗っ取ったんだよ。元のスルトは、僕が破壊した。でも、スルトでいいよ。ややこしいからね』
レーヴァテインが、スルトの心を乗っ取ったのか。
『悔しがるのは、貴様のほうだよ、スルト!』
『まあ、そう興奮するなって。レベッカちゃん』
『アタシ様をレベッカって呼んでいいのは、キャルたちだけだ! てめえに呼ばれると、虫酸が走るんだよ!』
わたしの身体を借りて、レベッカちゃんが炎の刃を飛ばす。
『物騒だな。話を聞いてくれもしないのかい?』
スルトはあっさりと、レベッカちゃんの攻撃を破壊した。指で軽く小突いただけで。
あれは、レベッカちゃんの全力だったはず。それでも、通用しないのか。
『二万本の同胞を葬った僕にさ、キミたちが勝てるわけないだろ』
『どうだろうね? 持ち主を取り込んだてめえに、アタシ様とキャルの絆を壊せるものか!』
『キミが、彼女を乗っ取る可能性だって、否定できないじゃないか』
勝ち誇ったかのように、スルトはレベッカちゃんを嘲笑う。
『スルトだって、最初は抵抗したさ。しかし、最終的には僕に魂を焼かれた。魔剣に魅入られたものは、己自身の心さえ斬り捨ててしまう。そのほうが、魔剣の力を最大限に引き出せるからね』
今は自身の身体こそ、レーヴァテインとしているらしい。
「たしかに、そうかもしれない」
『というか、事実だよ。キャラメ・F・ルージュ』
「でも、お前を切り捨てる切り札は、ちゃんとある」
わたしが宣言すると、レーヴァテインはわたしたち二人を嘲笑う。
『僕を殺すとか、まさか。冗談も、休み休み言えよ』
「冗談じゃない。本当にお前を倒せる」
『ムダだよ。僕はむしろ、自然災害だ。この隕石スルトを大地に落とすことだって、造作もないことさ』
「この隕石は、落ちない。わたしたちが止める」
『じゃあやってもらおうか』
隕石が、速度を上げた。
『キャル、アタシ様は動くよ!』
レベッカちゃんが、再度わたしの身体を借りる。魔王スルトに向かって、殴りかかった。
魔剣レーヴァテインの力を込めた渾身のパンチは、スルトの手で簡単に止められてしまう。
「ムダだよ、レベッカちゃん。さっきからコイツ、隕石から力をもらって、無限の魔力を体内に含んでる」
魔力の流れを読んで、魔王と隕石が連動しているとわかった。
『お察しのとおりだ。この隕石は、僕の魔力と連動している。僕を倒さない限り、スルトも止められないよ』
「いいえ。止めてみせますわ。この【聖剣殺し】、クレアが!」
クレアさんが、高く舞い上がる。
足に巻き付いた鉄板が、ヘビのようにうごめく。
魔剣・【地獄極楽右衛門・憤怒】は、クレアさんの意思によって形を変えるのだ。
クレアさんの怒りを吸収して、より最適な形へと変化を遂げていく。
王国を狙う隕石に対する怒りを、クレアさんは増幅させているようだ。
「魔王といえど、しょせんは隕石。これまで、我が地にも多数の隕石が落ちてきた過去がございます。ですが、この隕石は取るに足りません。高位の邪教使いが隕石を降らせたことがありましたが、その程度ですわね」
『なにを!?』
「【雷霆蹴り】」
雷と化したクレアさんが、真下にある隕石に向けて蹴り込んだ。
隕石は、粉々に砕け散る。
『なぜだ!? この隕石は無敵のはず!?』
「クレアさんは、聖剣・魔剣そのものが通じない! レーヴァテインも、例外じゃない!」
調べた結果、クレアさんの一族はいわゆる【聖剣殺し】という特性があるとわかった。
どれだけ求めても、クレアさんは聖なる属性の剣を扱えず、魔剣も装備できない。
クレアさんの持っている魔剣も、魔剣というより金属自体を装備しているようなものだ。素材そのままを、剣の形にしたにすぎない。そのため、魔剣とは言い難かった。
『見事だよ。だが、粉々に砕けた隕石は、なおも勢いは死なない! そのまま落下して、大地を破壊し尽くす! そこに、もう半分の隕石が落下すれば、黒い太陽の完成だ!』
スルトは、この大地を太陽に変えて、自分が太陽に成り代わることを目的としている。
「それは、不可能でヤンスよ」
どうにか、リンタローが間に合ったようだ。
リンタローが、魔球状の魔剣【TORAHUGU《トラフグ》】蹴り飛ばす。
隕石は次々と、破壊されていった。
「【氷壁】!」
落ちてきた黒い炎は、ヤトが氷属性の魔法障壁で抑え込む。
フワルー先輩たちが、魔力を提供してくれるおかげで、ヤト一人でも膨大なエリアを防いでいた。
地表には、まったく被害が出ていない。
『どうだい、レーヴァテイン? これが、お前が散々バカにしてきたニンゲンの底力だ』
世界を破壊できず、スルトは苦々しい顔になる。
『おのれ……でも、僕に勝ったわけじゃない! 真の地獄は、これから始まるんだ!』
『なにさ! あんたの時代は、ここで終わらせてやるよ!』
レベッカちゃんがわたしに憑依して、剣を振るう。
だが、レベッカちゃんの攻撃は相手の出した炎に阻まれた。
『ムダだ! こっちにだって、【原始の炎】の力はあるのだからね』
レベッカちゃんの特性と言えば、【原始の炎】だ。無属性の炎により、氷も、炎さえもすべてを焼き尽くす。
とはいえ、相手もそのスキルを持っていた。しかも、レベッカちゃんとは比較にならない強さを持つ。
『ちいいいいい!』
レベッカちゃんの攻撃は、あっさりと弾かれた。
「ならば、こちらを受けなされませ!」
クレアさんが、弓から矢を放つ。
『それも、もう読んでるんでね!』
スルトが炎で、降り注ぐ大量の矢をすべて払った。
「武器はそれだけではありませんわ!」
足に魔剣のパーツを集めて、クレアさんが雷霆蹴りを繰り出す。
『キック勝負と行こうか!』
スルトも飛び上がって、蹴りを放った。急降下するクレアさんと、衝突する。
「なっ!?」
地獄極楽右衛門の強化版も、スルトの攻撃によって壊れてしまった。
『これが魔王スルトの力だ! キミたちもよくがんばったけどさあ! しょせんは人間なんだよねえ! 僕の存在を止めることは、できないのさ!』
レベッカちゃんの攻撃も、通じない。
【聖剣殺し】と呼ばれたクレアさんの一撃さえ、スルトに傷ひとつつけられなかった。
だが……それでいい。
すべて、想定の範囲内だ。
「たしかに。わたしだけでは、あなたに勝てないかもしれない」
『かもしれないじゃないさ。勝てないんだよ』
「いいえ。ふたりいっしょなら」
わたしは、クレアさんと手を繋ぐ。
「あの作戦を、やりますのね。キャルさん?」
「うん」
スルトと戦う前に、わたしはクレアさんと打ち合わせをしていた。
もしなにかあれば、奥の手を使うと。
「命がけになりますわ。よろしくて?」
「人類が負けるより、ずっといいよ。クレアさん。協力してください」
「もちろん。キャルさん、覚悟はよろしくて?」
「はい!」
わたしの言葉を受けて、クレアさんが手を強く握り返してきた。
『さっきから、なにをゴチャゴチャと! 二人仲良くあの世へ行きなよ!』
「……っっっっおおおおおおおおお!」
クレアさんが、魔剣レベッカちゃんを持ったわたしをぶん回す。
『なんだあれは!?』
スルトが、わたしの姿を見て驚愕していた。その表情のまま、切り刻まれる。
『げああああああ! バカなぁ!? この僕の身体に、傷が! ニンゲンごときが、僕に傷をつけるだと!?』
「今のわたしは、ニンゲンじゃない!」
わたしの姿は、巨大な炎を纏う【魔剣】と化している。
「クレアさんの魔剣に、わたし自身がなれば!」
レベッカちゃんを通して、わたし自身がクレアさんの魔剣となったのだ。
『なんだと!? 自分自身を魔剣にして、ボクにダメージを!? しかし、どうしてそんなことが可能なんだ!?』
身体からおびただしいほどの出血をして、スルトが苦しむ。
「わからない? 【原始の炎】も、【原始の雷】も、あなたに対策されてダメージが出ない。ただしそれは、一人ひとりが別々に行動したから」
しかし、二つ同時に攻撃をすれば、それぞれ違うダメージを与えられる。
わたしは、雷属性の炎を撃てる。
またクレアさんは、炎属性の雷を。
「名付けて……【原始の焔】と」
「【原始の霹】ですわ」
体当たり、まさに行き当たりばったりの攻略法だった。しかし、効果は絶大のようである。
『バカな。属性を二つ掛け合わせただけで、こんな攻撃が可能になるなんて!?』
「バカは、そちら様ですわ」
クレアさんが、魔剣を振るう。
『いかん、なはっ! ぬおおおおおおっ!』
スルトは腕を刃に変えて、わたしをガードしようとした。
しかし原始の焔によって、スルトの身体は腕ごと切断される。
「わたくしとキャルさんに、不可能はありませんの。キャルさんは魔剣の本質、その片鱗に触れて、魔剣の構造をすべて理解なされた」
雷撃の光と音が、原始の霹をまとった槍となり、スルトの身体を貫く。
「対するわたくしは、【聖剣殺し】と呼ばれるほど、魔法武器に対する適性がゼロ。しかし、キャルさんを通してなら、その魔剣を操れるのですわ」
「さらに、わたしの肉体を通して、レベッカちゃんに【聖剣殺し】の要素をもたらすことができる!」
これは、わたしにとって賭けだった。
わたしを魔剣として、クレアさんの力を引き出せるかどうかの。
うまくいった。
『つまりあんたは、アタシ様たち三人の攻撃を、同時に受けているのさ!』
『おのれっ!』
スルトが、再生を始める。しかし、いびつな形でしか復元できない。今まで受けたことのないタイプの、【原始】の力を食らったせいだろう。
『こんな力、ボクは認めないぞ! 魔剣の頂点であるボクを超える力なんて!』
『認めるしかないんだよ、スルトッ! ニンゲンの叡智は、弱き者たちの智慧は、アタシ様たちを凌駕するんだ! アタシ様たち魔剣すら、この子たちは成長させちまうのさ! その集大成を、今見せてやるよ!』
レベッカちゃんの合図に合わせて、わたしたちは跳躍した。
スルトを、星ごと破壊するために。
わたしはクレアさんと共に、レベッカちゃんの柄に足をかけた。足刀蹴りの体勢になる。
『トドメだよ、スルト!』
レベッカちゃんが炎魔法でブーストを掛けて、蹴りを放つわたしたちと急降下する。
狙うは、隕石の中心部だ。
「【雷霆蹴り】!」
わたしはクレアさんと声を合わせる。
魔剣と同化したわたしと、聖剣殺しのクレアさんの蹴りが、スルトの身体を突き破った。
わたしたち二人は流れ星のように輝き、そのまま隕石の中央をも貫く。
聖剣殺しの一撃を喰らえば、さすがのスルトでさえ再生できなかったようである。
叫び声さえ焼き尽くされて、スルトは消滅した。
爆発でもするかなと思っていたが、雲のようにゆっくりと消えていく。
「終わった」
『いや、あんたの人生は、これからさ』
わたしは、レベッカちゃんを憑依させた状態から、戻れなくなっていた。
「元に戻られへんやって!?」
フワルー先輩が、わたしの肩をブンブンとゆする。
「痛いですよ、先輩。元に戻れなくなったのは事実ですが、死んじゃったわけじゃないので」
「せやけど、あんた! 女の子としての人生とか、どないすんねんな!? 結婚したり、子どもを産んだりできへんやん!」
結婚したばかりのフワルー先輩は、涙と鼻水でまみれながらわたしを慰めてくれた。
「実際、本当にあなたはムチャをする」
「でヤンスねぇ。マネできないでヤンスよ」
ヤトとリンタローも、呆れ返っている。
「けど、その切り札を惜しげもなく使うところが、キャル殿らしいでヤンス」
「たしかに。私では、そこまで考えられない。バカの極みとも、天才的発想とも言える」
それって、褒めてるの? けなしてるの?
「でも、問題はないと思うわよ」
サイクロプスのプリンちゃん師匠が、わたしをベタベタ触りながら語る。
「ホンマか?」
「本当よ。言ったわよね? 魔剣の形は様々だ、って。人間の形をした魔剣なんて、別に珍しくないんだから」
プリンちゃん師匠のいうとおり、師匠の工房には複雑な形の魔剣がたくさんあった。人間の形をした魔剣があっても、おかしくない。
「レベッカちゃんだって、キャルちゃんと一時的に融合するんでしょ? それに慣れきっているなら、レベッカちゃんと一心同体になったところで、支障はないわよ」
「プリンちゃん師匠は、わたしがレベッカちゃんに、魂を乗っ取られるってわけではないといいたいんですか?」
「それどころか、二人の絆はさらに深まったんじゃないの?」
たしかに、プリンちゃん師匠の言うとおりかも。
「ワタシも、そう思いたいよ。キャルちゃん! レベッカちゃんが、キャルちゃんを悲しませることなんてするはず、ないもん!」
同じくゼゼリィが、わたしを応援してくれた。
「そのつもりだよ。わたしとレベッカちゃんは、唯一無二の存在だから」
「ならば、解決じゃない? 魔剣として生きなさい」
「はい。そうします」
わたしは、納得する。
『いいのかい、キャル? アタシ様とずっといるってことは、ほぼ多重人格に近い生活なんだぜ?』
「構わないよ。ずっとレベッカちゃんを感じ取れるし」
それから数年後、わたしとクレアさんは小さい国家を作った。
今は亡きフルーレンツさんの故郷、新生コーラッセンを、新たな国家として独立したのである。
国家設立の許可をもらいに、わたしたちは一度クレアさんの故郷である魔術都市モアンドヴィルへ戻った。
クレアさんが凱旋したとき、そばにいたわたしを見て、民衆は「クレアさんのお供」という認識しかなかったみたい。
それでいいのだ。わたしの価値は、クレアさんが知っている。
「わたしがクレアさんの魔剣だ」と聞いて、クレアさんのお父さんであるモアンドヴィルの王様は、ビックリしていたけど。
教頭先生である、クレアさんのお母さんは、わたしたちを祝福してくれた。建国の許可も、出してくれたのである。
フワルー先輩は、夫であるシューくんと共に研究職に就いた。たくさんの子どもに囲まれて、幸せそうである。
ヤトとリンタローは、故郷に帰った。
我が国と国交を結び、栄えているという。
ゼゼリィは、相変わらずプリンちゃん師匠の元で修行の身だ。もう立派な鍛冶屋なのに。
「キャルさん。近くの古代遺跡に、珍しい素材が見つかったそうですわ。参りましょう」
冒険者姿で、クレアさんがわたしの研究棟に入ってきた。とても、領主の姿とは思えない。
「はい。クレアさん! 魔物の処理は、わたし様に任せな!」
完全に、わたしとレベッカちゃんの魂は融合していた。
「いくよレベッカちゃん」
魔剣レベッカちゃんを担ぎ、わたしはクレアさんと手を繋ぐ。
わたしは魔剣レベッカちゃんであり、魔剣キャラメ・F・ルージュだ。
(おしまい)