ポンコツ錬金術師、魔剣のレプリカを拾って魔改造したら最強に ~出来損ない同士でスローライフを目指していたら、魔王と勘違いされました~

 スルトという魔王が、この世界に迫っているらしい。

「目的は、なんですの?」

 クレアさんが、冥界竜アラレイムに尋ねた。

『あいつは魔力のある場所なら、どこにでも現れる。おとぎ話の世界だと、追っ払われたけどな。まあ、追い払ったのは俺だし』

 アラレイムが、そう語る。
 世界の七割を食い尽くし、スルトはこの世界から追い出されたらしい。

『具体的には、そっちのガイコツに聞いてみるといい』
 
「フルーレンツさんに?」

 魔王スルトの伝承は、フルーレンツさんの一族のほうが詳しいとか。
 
「伝承によると、我々の一族が、スルトを撃退したという」

 所々にあった遺跡は、スルト関連のものらしい。 

「眉唾だと思っていた。だがアラレイム殿ご自身がおっしゃるなら、本当なんだろうな。我のことも、よく知っていらっしゃるようだし」

 そうなんだ。

 すごい人と、一緒に戦っていたんだな。

 フルーレンツさんがどうしてこんなに強いのか、わかった気がする。 

「たしか、クレア殿が抜いた聖剣だが、聖剣で倒された魔王も、スルトの配下だと聞く」

「そうなんですの?」

「ただ、クレア殿の魔力が規格外すぎて、そのクラスの魔王が現れても、すぐに倒してしまうだろうな」

 クレアさん、魔王超えちゃったよ。

「ひょっとして、スルトが来ちゃうのは、わたしのせい? わたしがレベッカちゃんを目覚めさせちゃったから」

『いんや。違うな。遅かれ早かれ、ヤロウはこっちに向かってくる運命だったのさ。強い魔力に惹かれるんだからな。俺のような、さ』

 どの道、魔力を食料とする魔王スルトは、この地に災いをもたらす存在のようだ。

『お試しで現地に放った魔王が、死んだんだ。その通達は、スルト陣営にも渡っているだろうさ』
 
 わたしのせいでも、フルーレンツさんのせいでもないようだ。

 スルトは何が何でも、この地の魔力を空い尽くしたいのか。

『準備は万端な方がいいよな。錬金術師キャルよ。いいものをやる』
 
 アラレイムが、自分の立っている位置に手を伸ばす。

 財宝の山々が、空間の向こうに広がっている。
 空間を捻じ曲げたのか。
  
『宝物庫への道を、開けてやった。お嬢ちゃんの魔剣を、作ってやるんだろ? いい感じの道具を、見繕ってやる。ほらよ』

 アラレイムが、虚空に手招きをすると、金貨の山が持ち上がった。

 青い脱皮跡が崩れて、わたしの手に収まる。
 角やツメなどのおまけつき。

「自分の体の一部でしょ? くれるの?」
 
『なにを今さら。【冥界竜アラレイム遺跡の魔工具】の素材は、俺の角・牙・ツメだぜ?』

 そうだったんだ。

 それら自分の体の一部を、鍛冶の道具として加工しているという。

『魔剣の作り方自体は、ゼゼリィから教わりな。それくらいの手ほどきは済ませてある』

 ゼゼリィが、恐縮しながらも頭を下げてきた。
 
「ありがとう。ゼゼリィよろしくね……じゃないか。お願いします師匠」

「お安い御用だよ。あと、敬語もやめてね」

「わかった。そうする。ありがとう、ゼゼリィ」

「ワタシとキャルの仲だもん。いいよ、これくらい」
 
 しかし、ウロコはどうしよう?

「ウロコって、何に使うの? 魔剣の素材?」

『お前さん、何も身に着けないで戦うつもりか?』


 ああ、ヨロイのパーツか。
「ただいまー」

 わたしは、ダクフィの街に帰ってきた。

「おかえりでヤンス」

「あなたたちが強くなっている間、こちらも変化があった」
 
 ヤトとリンタローは、プリンテス氏の元で、修行をしていたらしい。

「まずはリンタローだけど、球体状の魔剣があったでしょ?」

「あったね」

「あれを使いこなせるようになった」

「あれって、ちゃんと魔剣として機能するの!?」

「使い方が、リンタロー向けだったみたい」

 見ればわかるということで、リンタローの実力を見せてもらうことに。

 外に出て、リンタローは、球体状の魔剣を蹴鞠のようにポンポンと足で打ち上げる。時々頭や肩に乗せて、またポンポンと打ち上げた。

「いい感じね。リンちゃん」

 プリンテス氏が、リンタローをそう呼ぶ。結構、打ち解けたみたいだな。

「ソレガシの場合、魔剣使いというより【魔拳使い】でヤンスから」
 
「じゃあリンちゃん。この魔剣の使い方を、あの子たちに見せてやりなさい」 

「でヤンス。シュッ!」

 岩状のカカシに向かって、リンタローが魔剣を蹴り上げる。

 カカシが、粉々に砕けた。またすぐに、もとに戻る。
  
「ヤトの方も、いい感じになったのよね」

「でヤンス。シュ!」

 なんとリンタローが、ヤトに向けてボールを蹴り放つ。

 ヤトはまったく驚きもせず、自身の妖刀で撃ち落とした。

 魔剣を跳ね返される度に、リンタローが強く打ち返す。

「耐久値が、めちゃ上がってる?」

「妖刀の練度が上がって、重い攻撃にも耐えられるようになった」

 氷魔法には、限界がある。あれ以上は、強くならないと思っていたが。

『水氷で攻撃を滑らせて、ダメージを散らしているのかね?』

「さすが、魔剣レーヴァテインね。御名答よ」

 レベッカちゃんの推理に、プリンテス氏が拍手を送る。

 ヤトの妖刀【怪滅竿(ケモノホロボシザヲ)】の釣り糸には、水氷という「曲がる氷」が用いられている。ヤトの魔力で作り上げた水氷は、わずかに水を帯びているため、攻撃を逸らすのに適していた。
 それでも、強度は上がっている。あそこまで重い一発を、真正面から受けても砕けないなんて。

「こちらでの修行で、二人の戦闘術も高まっているってわけだね」

「死ぬほどのスパーリングだった、でヤンス」

 ボール型魔剣を手に掴んで、リンタローがガックリとうなだれる。

「あのまま、死ぬかと思った」

「それくらいやらないと、スルトとの戦いには耐えられないでヤンスよ」

 二人も、事情は把握しているみたいだ。

「冥界竜から、事情は聞いていたわ。あんたたちのような冒険者が来たら、自分の元に誘えと」

 プリンテス氏は始めから、なにもかも準備できていたみたいである。
 
「でも、キャルちゃん。あんたに対して、あたしは手を出さないわ。自分のできる範囲でやってみなさい。お友だち用の魔剣の作り方は、ゼゼリィに習うといいわ。あたしはクレアちゃんと、あんた用の装備を作っておくわね」

「わかりました。ありがとうございます」

「いいって。でも、魔剣の整備は大変よ。下手をすると、魔剣に斬り捨てられてしまう。それだけ、魔剣を作るのは危険なの」

「望むところです」

 こんなところで、怖気づいていられるか。

 いよいよクレアさんのために、ちゃんとした魔剣を用意できる。

(第七章 完)
 わたしはクレアさんたちと、ダクフィの街から森へ出た。レベッカちゃんの最終形態を振るう。
 クレアさんの魔剣を打つ前に、自分の魔剣の出来を見ておかないと。

「普段は、ロングソード並のサイズになったんですね?」

「そうなんだよ。スマートになっちゃって」

 以前のレベッカちゃんは大剣サイズで、存在感が大きかった。
 今は、その三分の一くらいしかない。
 鞘の形状も、羊かヤギの太い角を伸ばしたような形だ。魔物の本性を現して、より動物的になった。手触りも、どこか生物を思わせる。

『重量も、減らしたよ』

 第三の腕クンも、【抹消砲(ディスインテグレイト・レイ)】も、全部取り込んだ。
 なのに、こんな形になって。

「でも、威力が落ちたわけではないようですね」
 
「それを、これから試す」

 わたしは、レベッカちゃんを抜いた。

 ブオン、と、炎の刃がレベッカちゃんを包んだ。オレンジ色の炎が、レベッカちゃんの周りで揺らめいている。

「フン!」

 剣を横に凪ぐ。

「おっと」

 離れたところにいたクレアさんに、剣から出たオーラの先端が当たりそうになった。
 すぐに避けてもらえたが。

「おお。すごいですわね」
 
 遠くにあった岩山が、チーズのように切断された。

「キャル。とんでもない威力になって、帰ってきてる」

「それだけじゃないでヤンス」

「うん」

 ヤト、リンタローコンビが、なんか「後方腕組みおじさん」みたいな状態になっている。

「どうしたの? 岩を斬ったくらいでは、特に珍しくないって思うけど?」

 これまで、わたしとレベッカちゃんは、無機物という無機物を斬り捨ててきた。
 同族の魔剣レーヴァテインさえ、剣のサビにしてやったこともある。

「違うよ。キャルちゃん」

 ゼゼリィが、わたしたちに歩み寄ってきた。

「ワタシの目で、森の中を見てみたんだけどね」

 前髪を上げて、ゼゼリィが隠れている目をわたしたちに向ける。
 万華鏡みたいに、目の中に光がグリングリン回っていた。

「悪意のある魔物たちが、ワタシたちに襲いかかろうとしていたんだよ。でもレベッカさんが、全部正気に戻しちゃった」

『はあ? アタシ様は、なにもしていないさ』

「したよ。発動した時点で、瘴気を焼き払っちゃったんだ」

 マジですか。

「なんかね。スルトが迫ってきている瘴気に当てられて、魔物が凶暴化していたんだ。そいつらが、この森にまで集まっていたんだよ」

 でも、レベッカちゃんの【原始の炎(げんしのほのお)】効果が、魔物の心にまで反映したみたい。
 元々邪悪な魔物はそのまま焼き払い、瘴気にあてられただけの魔物に対して、悪の心だけを斬り捨てたという。

『そこまで、原始の炎がパワーアップしていたとはねえ。おったまげたよ』 
 
「うえええ。もはやレベッカちゃんは、悪の心まで断ち切る存在に」

『無自覚だったけど、アタシ様ってとんでもなく強くなってね?』

 そこは、自覚しようね。 

「これは、本気で戦いたくなってきたでヤンスよ」

 ヤトとリンタローが、戦闘態勢に入る。

「お手合わせ、願うでヤンス」
「いいの、リンタロー? 手加減できないかもしれないのに」

「全力でどうぞ、キャル殿。足の一本くらい斬られないと、レベッカ殿の実力がわからないでヤンス」

 どこまでも体験主義な、天狗(イースト・エルフ)だ。

「バカな天狗で、ごめんなさい。キャル。こいつは、頭が好奇心でいっぱいで」

「いいよいいよ。ヤト」

 魔剣を試したいのは、こちらも同じである。

「それに、この魔球【TORAHUGU(トラフグ)】の試し切りもまだでヤンスので」

「その魔剣、【魔球 TORAHUGU】って名前なんだ」
 
「ソレガシが付けたでヤンス。プリンテス師匠は失敗作とおっしゃっていたでヤンスが、使い手がいなかっただけでヤンスね。ソレガシなら、三〇〇%のポテンシャルを……」

 リンタローが、鉄球型魔剣をカカト蹴りで浮かべた。

「出せるでヤンス、よ!」

 見えないケリで、リンタローが魔球を打ち込んでくる。

「うわっと!」

 すかさず、レベッカちゃんで防御した。

 やはり鉄球型の魔剣も、感触が生々しい。

「まだまだ!」

 スピードが落ちきっていない魔球を、リンタローがさらに蹴り込む。

「うおおう!」

「ここからでヤンスよ!」

 リンタローが、身体をのけぞらせながら跳躍した。右手を魔球に叩きつける。

「【アロー・スパイク】!」

 丸かった魔球が、三日月状の刃となって降下してきた。

『なるほど、球状のものを刃に変形させて斬るんだね!』

「ボールと言うより、丸いブーメランだね!」

『アハハ! 言えてるよ! そら!』

 アッパー気味の打ち上げによって、リンタローの魔球を弾き返す。

「あっちゃー……よっと」

 虚空を飛んでいった魔球は、リンタローの手にポスッと収まった。

「すべてをかけた、必殺技だったでヤンスよ。それを、あっさりと打ち返されたでヤンス」

 リンタローが、白旗を上げる。

「これまでの戦闘経験を分析して、かつてのキャル殿には一〇〇%勝てる見込みだったでヤンスが。ホントに強くなったでヤンスよ」

『やるねえ。このアタシ様相手に、勝てると思っていたとはね』

「こう見えてソレガシは、いつだって全力全開なんでヤンスよ。そうでないと、楽しくないでヤンスよ」
 
 リンタローがいうと、ジョークに聞こえないから不思議だ。
 おそらく、本気でカツつもりだったんだろうなあ。

 でも、当時のわたしでリンタローに勝てたかな。
 
「レベッカちゃんの調整に、クレアさんの魔剣。おまけに、自分の防具まで作るわけだから、時間があるかなぁ」

「キャル殿の防具でヤンスが、助っ人を呼んだでヤンスよ」

 リンタローの知り合いだよね。まさか、とは思うけど。
  
 ズシンズシンと、聞き慣れた音が。
 
「おーい」

 魔王の城を思わせる移動要塞型ゴーレムが、ノッシノッシとダクフィの街に現れた。

 操るのはもちろん、獣人族の巨乳お姉さんである。
 
「フワルーさん!」

「先輩! シューくんも!」
 魔王城ゴーレムが、わたしたちの前に止まった。

「キャルー。クレアちゃーん。まいどー」

 ゴーレムから出てきてそうそう、フワルー先輩がわたしたちに飛びつく。

「相変わらずですね、フワルー先輩」

「さみしかってんもん」

「あんたらは見ない顔やね。あんたらも、キャルのお友だちなん?」

「はい。ゼゼリィです。魔剣作り見習いの、サイクロプスです」

 ゼゼリィの隣で、プリンちゃんが「プリンテスよ」と先輩に手を振った。

「あ、久しいな、リンタロー」

 ついでとばかりに、フワルー先輩はリンタローに手を振る。

「お酒臭いでヤンスよ、フワルー。錬金術の手が鈍っちまうでヤンスよ?」

「酔ったくらいで、ウチの錬金が鈍るかっちゅうねん。祝い酒や」

「お祝い?」

「ウチとシューくんな、結婚してん!」

 フワルー先輩が、左手の薬指にリングをはめていた。
 ここぞとばかりに、先輩がわたしたちに指輪を見せびらかす。「ウリウリ」と。

 もうええ、っちゅうねん。 
 
「新婚旅行がてら、ツヴァンツィガーも見てきたで。ほんで、あんたらが魔剣の聖地ダクフィにおるって聞いて、飛んできてんよ」

 ホントに楽しそうに、フワルー先輩はワインのボトルをラッパ飲みした。
  
「なにを言ってるんですか、フワルーさんっ! 新婚旅行は本当ですが、大事なお話があってきたんです!」

 シューくんが、シリアスな顔になってわたしたちに詰め寄ってくる。手にはグルグルに巻かれた用紙が。何かの図式のようだが。
 
「大事な話?」

「これを見てください!」

 シューくんが、わたしたちの前に用紙を広げた。
 
 用紙には、丸がたくさん描かれている。

「これは?」

「天体図です」

「てんたいず?」

 わたしが聞くと、フワルー先輩が空を指さした。

「お空の上の、星のことや」

「あの星が、なにか関係しているんですか」

「せやねん。くわしくは、シューくんに聞き」

 また、フワルー先輩はワインを飲む作業に戻る。

「ボクの夢は、天体を観測して、この世界以外にも生命体が住んでいる星を探すことだったんです」

「ふんふん」

「それで、我が財団はつい最近、天体観測が可能な研究所を建てまして」

「すごいじゃん。おめでとうございます」

「ありがとうございます、と言いたいところだったのですが……」

 なにか、問題が発生したらしい。

「実はですね。ここ数ヶ月の間で、以上な速度でこちらに迫っている彗星を見つけてしまったんです」

「すいせい?」

「『ほうき星』とも呼ばれています」

「ああ、流れ星のこと?」

「だったらよかったんですが、どうも違うようでして」

 なんでも近い将来、この大陸にその彗星が落ちてくる可能性があるというのだ。

「ヤバいじゃん」

「はい。で、成分を調べた結果、恐ろしい事実が判明しました」

 なんでもシューくんは、フワルー先輩と協力して、星に詰まっている魔力量を測定できる装置を開発したらしい。天体を測定できる装置ができただけでもすごいのに、そんなヤバい装置まで完成させるとは。
 完成した勢いで、二人は結婚したそうだが。

「その隕石の成分なんですが、どうも魔剣レベッカさんと同じ質量のようでして……」

 まさか……その隕石こそスルトってわけ!?
「その、隕石の直径ってどれくらやねん?」

「だいたい、一〇キロくらいでしょうか?」

 フワルー先輩の質問に、シューくんが答えた。多分、先輩は知っているんだろうけど、わたしたちにわかりやすいように、問いかけてくれている。
 
「一〇キロとはたしか、この地を治めていた魔物たちが絶滅したときの隕石の大きさ……って言われているでヤンス」

 リンタローが、答えてくれた。

 この世界って、昔は魔物が統治していたんだ。

「リンタローさんのいうとおりです。もしこのクラスの小惑星がこの地に振ってきたら、誰も生きては帰れません」

 星を相手にするとは思っていなかったから、みんな沈黙している。

『なにを不安がっているのさ? キャルに不可能はないさね』

「レベッカちゃん」

『あんたはクレアの魔剣を作ってやれば、いいんだよ』
 
「その自信は、どこからくるの?」

 相手は隕石、それも小惑星サイズだ。勝てるわけがない。自然現象を相手に、どうやって戦えというのか。

『スルトが黙って、こちらの全滅を目的として向かってきていると思うかい? このあたし様、レベッカをこの地に突き刺した張本人が、ただ破滅をもたらすために振ってくるとは、思えないんだよ』

「なんらかのアプローチがあるってこと?」

『そうとしか、考えられないのさ。だって、都合がよすぎないかい?』

 ヤトが、「たしかに」とつぶやく。

「どういうこと、ヤト?」

「スルトが顕現したのは突然。でも、レベッカが本物の魔剣として覚醒したタイミングだった」

 ホントだ。レベッカちゃんが魔剣として完全に成長した姿になった途端、スルトがこちらに向かってきている。

「そんな絶妙なこと、ただの小惑星ができるとは思えない」

「うん。たしかに、ヤトのいうとおりだよ」

「だから、自分たちがやれる最低限のことをやっておけばいいんじゃないかな?」

 だよね。ここで黙って人類絶滅を待っていても、仕方がない。

「やるよ。クレアさん。最後の大仕事、見事にこなしてみせますからね」
 
「心強いですわ。わたくしがあなただったら、最後まで抗うつもりですが、無謀な挑戦に固執していたことでしょう。あなたのような冷静さこそ、この地を救うのです」

 わたし、冷静かなあ? けっこうハラワタは煮えくり返ってるんだぜぇ? 「コンチクショー」って。
 
 
 とにかく、魔剣に必要な物資はある。あとは、クレアさんにふさわしい魔剣を作るだけだ。




 その日、レベッカは夢を見た。
 魔剣である自分が夢を見るとは、と考えたが、キャルと融合しすぎているために、人間に近づきつつあるのだろう。

 そう思っていたが、違うようだ。

『聞こえるか、魔剣レーヴァテイン。【レーヴァテイン・レプリカ ECA 六四七二】よ』

 魔王スルトが、こちらに語りかけてきているのである。
 レベッカは、自分が人間の身体になっていることに気づく。キャルの身体がなくても、キャルと同じ肉体を得ていた。
 夢だからこそ、なせる業だろう。
 
 レベッカの眼前にいる魔物は、炎の塊だった。炎が、人の形を取ったというか。

 自分が立っている場所は、どこかの岩場みたいだ。しかし、一面星空である。

 宇宙空間……というべきか。重力も、軽く感じた。

『久しいな、魔剣【レーヴァテイン・レプリカ ECA 六四七二】』

 キャラメ・F(フランベ)・ルージュ以外で、自分をこう呼ぶのは、一人しかいない。

『アンタが、魔王スルトかい?』
 
『いかにも。余はスルトにして、魔剣【レーヴァテイン】なり。この隕石こそ、魔王スルトそのものである』

 スルトの本体は、生きた鉱石だという。

『アンタの目的は、なんだい?』

『レーヴァテインの完成形を作ったものに、魔剣レーヴァテインの真打を打ってもらうこと。この鉱石スルトを、完全なるレーヴァテインとすることだ。それで余は、完全体となる』
 
 スルトはこれまで、二〇〇〇〇を超える魔剣を作ってきた。
 マルチバース……並行世界を通して、世界中にばらまいたという。
 そのうち、形になったものは一〇にも満たないそうだ。

『失敗作を作った星には、余が直々に制裁を下した』

 スルト自らが出向き、ダメなレーヴァテインを作った星を破壊し尽くしたのである。

 キャルが持っていた「スルトの伝説を描いた絵本」は、その模様を書き記したものなのだろう。

 だとしたら、レーヴァテインは完全に世界を滅ぼす力までは持っていないようだ。

 最低限、その星の文明を完全破壊するという感じか。
 
『六四七二番目のレーヴァテイン……今はレベッカと名乗っているそうだな。お主こそ、余の肉体にふさわしい魔剣となりつつある。余にその身を捧げよ。真打なるレーヴァテインとなるため、余の隕石を受け入れよ』

『冗談。あんたの指図は受けないよ!』

 レベッカが、スルトに向かって蹴りを放つ。

 しかし炎の塊は、レベッカのキックを受けて、あっさり霧散してしまった。

『友垣と、じっくりと話し合うがよい。だが、余に逆らわぬことが身のためだ。余が堕ちてくるまで、せいぜいあがくがよい……』

 そこで、レベッカは目覚める。
 
 
 *


『てなことがあってよぉ……』

 レベッカちゃんが、見た夢の話をわたしにしてくれた。

「スルトはなんて?」
 
「要約すると、こんな感じですわ。『スルトはこの世界で、第二の太陽になろうとしている』と」

 クレアさんが言うと、リンタローが「なるほど」と手を打つ。

「レーヴァテインの正体は、太陽ってわけでヤンスね?」

「はい。自分を中心とした世界を作り出す。いかにも魔王らしい同期ではありませんこと?」

 太陽を、人間に作らせるなんて。

「そんなこと、可能なのかな?」

「だからこそ、魔剣打ちというのではありませんこと? リンタローさんのように、『丸い魔剣』が存在しているように」

 そっか。そういう見方もできるよね。

「スルトの言っていた、『自分の身を捧げよ』って、どういうことだろう?」

「多分、こう」

 ヤトが、自分の意見を述べる。
  

――いい女になったから、抱いてやってもいい。自分の子どもを産む権利を、欲しかったら与えてやる。


「よし、スルト殺そう」

 わたしの怒りが、頂点に達した。
「ギルティですわ。キャルさん」

 珍しく、クレアさんが声を荒らげる。
 同性として、やっぱりスルトが許せないんだね。

「だよねー。ひどすぎる」
 
 わたしとクレアさんの意見が一致した。
 
「そうこなくては。やはりギルティでヤンスね」

「うん。スルトが女心のわからない自己中だってことは、わかった」

 リンタローとヤトも、同意見のようだ。

「リンタロー。スルトの言うてる『太陽になる』ってことやけどな」

「なんでヤンスか? フワルー」

「理由は、これちゃうかな?」

 フワルー先輩が、とある文献を広げた。『魔力の起源と、レーヴァテインの関連についての論文』という本である。

 それによると、「魔力は、降り注ぐ太陽光線が地表に当たることによって、体内に蓄積される」という説があった。

「実は魔術協会でも、魔力の起源が太陽説は、賛成派と反対派で二極化しているねん」

「未だにでヤンスか? まったく人間ってのは、自分の考えを曲げない連中が多いでヤンスね。事実を理解できないでヤンス」

 エルフ族の間では、仮説どころかすでに常識化しているらしい。もっとも、自然と共存しているエルフなら、太陽光線から魔力を作り出していると言われたら信じちゃいそう。

「で、スルトが太陽になるために開発したのが、魔剣【レーヴァテイン】やねん」

 スルトは一度、レーヴァテインを使って太陽に挑んだことがある。自分の住んでいた星を燃やして太陽に変化させ、太陽に突っ込んでいった。
 しかし、結果は見事に返り討ち。スルトは世界ごと死んだ。

 スルトは死の間際に、並行世界中に、レーヴァテインの破片をばらまいたという。

「その破片のひとつが、レベッカちゃん?」

「かもしれへんな」

 この論文も、レーヴァテインの破片が見つからなかったことで、説がウヤムヤにされた。書いた人物も、魔術協会を追放されたという。

「ほんで、この論文やけど。キャル、だれが書いたと思う?」

「……まさか!」

 わたしは、レーヴァテインと因縁が深い人物を、ひとり知っている。

「せや。魔女イザボーラや」

 彼女はこの説を説いて、学会を追放された。結果魔女となって、世界に復讐を始めたのだろう。

「とまあ、こういうこっちゃ。つまりレベッカ、というかレーヴァテインというんは、大地を魔剣に変えてしまう究極の兵器、ちゅうこっちゃ」

 世界を炎に包んで、太陽と化してしまう武器。それが、レーヴァテインなのだ。

 スルトはレーヴァテインをわたしに作らせて、自分が太陽となって邪悪な魔力を世界中に降り注ぎ、暗黒の世界を作ろうとしているつもりなのだろう。

 そんなことは、絶対に許さない。
 ひとまず、レベッカちゃんは最終形態でいいとする。
 ここからは、わたしが強くならないといけない。というより、わたしが強くなることで、レベッカちゃんが強くなるはず。
 
 とにかくレベッカちゃんは、スルトと戦いながら鍛えるとしよう。ぶっつけ本番だが、ヤツを倒すには一度戦ってみないと。完全に殺し切る必要があるため、万全を尽くす。


 問題は、わたしにクレアさんの強さをちゃんと引き出す魔剣を作れるかどうかだ。

 リンタローのボール型魔剣【TORAFUGU(トラフグ)】に匹敵するような魔剣が、はたしてわたしに作れるのか?

「あたしと競わなくていいわよ。あなたのベストを尽くしなさい」
 
 サイクロプスのプリンちゃんが、そう助言してくれた。

「オイラも手伝うよ。できそうことがあったら、言ってみて」
 
 ゼゼリィも、応援してくれている。

「とにかく、片っ端から魔物を狩ってみるよ」

 残された時間の間、わたしは魔物の討伐を続けた。数日かけて、クレアさんと魔物をやっつけていく。少しでも、魔剣の素材になりそうなものを。
 
「こんなもんかなぁ?」

『まあ、上出来じゃないか?』

 大型魔獣やら、小型の害虫まで。町や村に害を及ぼす魔物を限定して、討伐し終えた。
 村の人からは、感謝のおコメやら野菜をもらう。
 そちらはパーティで分けてもらい、わたしとクレアさんは魔剣の素材を分別していく。
 ゼゼリィからレクチャーを受けながら、素材を厳選していった。

「共同作業ですわね」

「うん。手伝ってくれて、ありがとうございます。クレアさん」

「お手伝いではありません。わたくしの魔剣ですもの。これは使命なのです」
 
 クレアさんが使い魔のトートと一緒に、巨大サソリの甲羅をむしる。

 そうだ。クレアさんってのは、そういう人だった。他人が作った聖剣を、ダメ出しして破壊するくらいである。すべてを他人に委ねるような人じゃない。

 わたしは、集めた素材を鍋の中に詰め込んだ。
 
「錬成!」
 
 クレアさんの魔剣【地獄極楽右衛門(ヘル・アンド・ヘブン)】といっしょに、素材を煮詰めていく。

「ここからが、今までの魔剣と違うところです」

 わたしは、魔剣の溶け込んだ鍋に、手を突っ込んだ。
 グニュッとした感触が、めちゃくちゃ気持ち悪い。

『踏ん張りな。キャル!』

「わかってる。けど、うえええ。これで合ってるの!?」

 自分でも、魔剣作りがうまくいっているのかわからない。

「錬成魔法っていうイレギュラーはあるけど、おおよそで合っているよ。キャル」

 監督役のゼゼリィから、お墨付きをもらう。

「ありがとうっ。自分でも、段々と、コツが掴めてきた、かもっ」

 魔剣の素材をいじくり回していると、自分の頭がおかしくなりそうになった。

 手の中で、命が宿っていくような。また、その生命を冒涜しているような錯覚に襲われる。
 吐き気が、こみ上げてきた。リバースこそしないが、食欲が失せた気がする。

 いっそクレアさんが、レベッカちゃんを扱えればいいのに……。
 
 弱気の虫が、わたしの心を折ろうとする。

 ポンコツで戦闘力の低いわたしより、キリングマシーンなクレアさんの方が、戦闘においては断然最強だろう。

 だが、ダメだ。

 くじけそうな気持ちを振り払って、さらに手で魔剣をこねくり回していく。

 ネチネチと、グニグニと。 

 レベッカちゃんとクレアさんは、絶望的に相性が悪いのだから。