魔剣には本来、属性がある。
 火・水・風・土・光と闇とか、そういうのだ。

 属性がないのは、物理という特性がある。

『アタシ様は【レーヴァテイン】だから、炎の属性だな。その威力を犠牲にする代わりに、どんな奴にも通用する』

「つまり……」

 レベッカちゃんの話が、本当だとすると。

『あんたの想像したとおりさ、キャル。原始の炎は、炎さえ斬る』 

【原始の炎】とは、炎を越えた炎だという。

 この力があれば、並の炎属性すら突き抜けて、ダメージを与えられるそうだ。

『ただ、この力は正式な属性に反する。もし扱えば、炎の剣としての威力は下がるんだ。せっかく覚えたファイアボールも、威力を捨てざるを得ない』

 貫通能力のある【原始の炎】は、効果こそすぐには現れにくいけど、取り続けると強くなる大器晩成型、と。

『リザードの戦闘レベルは一一。今のあんたじゃ、逆立ちしても勝てない。紅蓮結晶を取り込んで力技で潰すか、原始の炎を用いて、ピンポイントで弱点を突くか』 

「万能か。いいんじゃないかな。よし、万能で!」

『いいんだな? これを取り込んで』

「うん。わたし、ソロ狩りプレイを目指すので」

 炎が通じない相手が出て来る可能性が高いと思っていたけど、今がその時だとは。

 ぼっちなわたしは、ソロで対処するしかなくなる。だから弱点は、なるべく消しておきたいかな。

『とはいえ極小だから、あまり期待はするなよ』

「わかってる。もっと強い敵と戦って、強い装備や素材をゲットできれば、レベッカちゃんがもっと強くなれるんだね?」

『ああ。原始の炎だって、本来はアタシ様がレベルアップして覚えるもんさ。本物のレーヴァテインの力なのさ。だが、今のアタシ様だけの力じゃ、足りない』

 本格的に最適化するには、錬金術師の力が必要になる。

 しかし、わたしじゃまだまだポンコツだね。

「ごめんね。力になれなくて」

『キャルがあやまることじゃない。アタシ様を強くしたくて、そう考えているんだろ。それだけでもありがたい』

 わたしはうなずいて、セーフゾーン内に道具をセッティングした。

「作業台はOK。素材と、魔剣を置いて、と。いくよ!」

 レベッカちゃんを作業台の上に置く。紅蓮結晶は剣の上に設置し、黒い石は剣の隣に。

「錬金術師キャラメ・F(フランベ)・ルージュが、命じる。魔剣レーヴァテイン六四七二改め、レベッカよ。【原始の炎】の力を宿し、我の刃となれ!」

 呪文を詠唱し、錬成を開始する。

 黒い石と紅蓮結晶を、レベッカちゃんが吸い込んでいく。

 わたしはさらに、レベッカちゃんにありったけの魔力を注ぎ込む。

「錬・成!」

 レベッカちゃんの炎が、紅から、黒の混じったオレンジ色へと変わった。

「すごい。さらにベッコウアメ感が増したよ」

『そのたとえが見事なのか、わからんけどな。でも……』

 レベッカちゃんは、刀身から黒いオーラを放ち続けている。プロミネンスのようなゆらめきを、常時放つ。

『アイツを脅威と思わなくなったな』

 自信に満ち溢れているレベッカちゃんを見て、わたしも覚悟を決めた。

「ほんとは、他の装備品も錬成で強くしてみたかったんだけど、剣で精一杯だった」

 おかげでまだ、手がビリビリと痺れている。

『成果に見合う、仕事をこなしてやるよ』

「お願い!」

 わたしは、レベッカちゃんを構えた。

 ファイアリザードは、出待ちするでもなく初期位置で待機してくれている。「お前なんぞ、セーフゾーンから出た直後に攻撃しなくても倒せる」って、顔に書いていた。

 そりゃあ、わたしはスライムとさえ互角のポンコツだけどさ。

 その慢心を、後悔させてやる。

「ぬぁ!」

 開幕から、わたしは跳躍した。紅蓮結晶をレベッカちゃんに取り込んだおかげか、ブーストがすさまじい。天井にさえ届きそうなほどに飛ぶ。

 空中で無防備状態になったわたしに向けて、リザードが大きく口を開けた。ブレスが来る。

 灼熱の炎が、わたしに放たれた。

「なんのぉ!」

 わたしは構わず、剣を振り下ろす。

 スケルトンの仲間入りになんて、なってやらないんだから!

 オレンジ色の刃が、ブレスを斬り裂いた。

「おぅいええええ!?」

 自分でも、驚いている。形がない炎を、ホントに斬っちゃうとは。さっすが【原始の炎】だね。

 だが、リザードにまで負傷をさせられない。ちょっと口を切っただけ。それでも、怒り狂っているけど。後ろ足をハネさせて、わたしに向かってシッポで打撃を浴びせにかかる。

『やっちまいな!』

「おう!」

 繰り出されたシッポを、スパっと切ってやった。

 ドン、と極太のシッポが地面に落下する。

 トカゲらしく、リザードは再生を試みた。しかし絶大な再生能力をもってしても、原始の炎で斬られた部分は生えてこない。

『炎の力を取り込んだのが、アダになったね!』

 普通にリザードだったら、再生したものを。欲張って炎属性を取り込んでしまったために、原始の炎の作用をまともに受けてしまったのだ。

 ブチギレたリザードが、なりふり構わずブレスを撒き散らす。

「弱点は!?」

『シッポの付け根さ』

 さっき切ったところか。

「よし! ウニャニャニャニャ!」

 相手のブレスを回避ししつつ、わたしはリザードの背後に回り込んだ。

 リザードの後ろ足が、わたしを踏みつけようと降ってくる。

「うるっせえってんだよ!」

 わたしは、リザードのカカトに切り込みを入れた。

 軽く悲鳴を上げて、リザードが足を上げる。

「今だ!」

 棒高跳びの要領で、わたしは飛び上がった。狙うは、リザードのシッポを斬った傷口である。

「くらえ、【プロミネンス・突き】!」

 レベッカちゃんが所持する炎属性の技【プロミネンス】をまとわせ、突き攻撃をリザードに食らわせた。

 リザードの身体が黒くなって、ガラスのように砕け散る。

 本当ならシッポを切って、リザードの再生を食い止めつつ攻撃するのがセオリーだった。
 しかし、このリザードはファイアリザードに変化している。原始の炎を食らったせいで、再生できなかった。

 わたしを甘く見た、報いが来たね。

[フロアボス、【リザード亜種・炎】の討伐、完了しました]

 リザードが黒いガラス片となった後、手の甲からアナウンスが。

 さてさて、ドロップはなにかな……あれ?

 ダンジョンの照明が、赤く点滅し始めた。

「うわあああ! 何事!?」

 リザードが大量発生したんだけど!? ボスは、倒したはずだよね!?

[緊急事態発生。フロアボスが大量発生しました。【モンスターハウス】です]

 モンスターハウスって、いわゆる魔物の大量発生現象のことだ。一部のフロアに魔力が異常に蓄積して、モンスターが魔力を食いにやってくる状態をいう。

 今度は、普通のリザードだ。しかし、数が多すぎるだろ!

『まだやるのかい? 何匹来たって、同じことだよ!』

 いや、レベッカちゃんはやる気満々だけどさぁ!

 わたしはもう、疲れたよ。

 呼吸を整えて再度戦闘態勢に、っと思っていたその時だ。

「【雷霆(らいてい)蹴り】」

 雷光が縦横無尽に飛び交い、リザードたちの体組織を壊した。

 リザードが、雷を帯びたキックを受けて、粉々になっていく。

「どわわ!」

 その勢いに気圧されて、わたしは尻餅をついた。

 雷の勢いは、止まらない。次々と湧いてくるリザードの群れを、一瞬で灰にしていった。
 フロアボスを一撃で屠るほどの火力を放ち続けているのに、一向に威力が衰えない。

 わたしは、この稲光に見覚えがある。ダンジョン攻略前日に、わたしはこれを見た。これは、伝説の聖剣をぶっ壊した技だ。

「あなた、ケガはない?」

 雷撃を放った少女が、わたしの顔を覗き込む。

 すべてのリザードを蹴散らしたのは、クレア姫だった。