「まさか、最初から剣だったわけじゃないでしょ? 見せなさいよ、魔物としてのあなたの姿を!」

『いいのかい? しょんべんをチビッちまうぞ?』

「ワタシを誰だと思ってるのよ? こっちは剣術の心得も、ちゃんとあるのよ」

『わかったよ。正体を見た後で、怖気づいたって容赦しないよ』

「威勢だけはいいわね。レプリカ!」

『ああ、見せてやんよ。影打の意地ってものをさ!』

 さんざん煽り合いをした後、レベッカちゃんがオレンジ色に燃え盛った。

『レーヴァテイン・ビーストモード!』

 ウソだ。レベッカちゃんが、わたしに手加減をしていたなんて。

 しかし、眼の前にいるそれは、明らかに異質な物体だった。

 柄も刃も、わたしの知っているレベッカちゃんではない。
 刃は生き物のようにねじれ、プリンテスさんの顔に突き刺さらんばかりである。柄も、プリンテスさんの握力から逃れようとしていた。

『どうだい。伝説の鍛冶屋! これが、アタシ様の本性さ! 通称、ビーストモードだよ』
 
「やばやばやばやばやばやばやばやばやば! ムリこれムリこれムリ! こうなったら、こっちも、巨大化するわよ。レーヴァテイン!」

『おうさ!』

 プリンテスさんの身体が、みるみる膨れ上がってくる。

 同時に、レベッカちゃんもモンスターのような姿へと変質した。

 もはや今のレベッカちゃんは、剣というより鉄製の怪物だった。柄はワキワキと蠢き、柄頭からは蛇腹状のシッポが伸びる。

 持っているプリンテスさんも、苦しそうだ。

 レベッカちゃんが、モゾモゾと暴れる度に、プリンテスさんもレベッカちゃんの異形体を抑え込む。ときどきシッポを足首を絡め取られて、すっ転ぶ。

 さながら、怪獣大戦争だ。
 これが、魔剣の本当の姿だったとは。
 
「はあ、はあ。もういいかしら? あなたの強さは、だいぶわかったわ」

『おうさ。気にってもらえてなによりだよ』

 ふたりとも、元の大きさに戻った。

「魔剣を持つと、本性を見たくなる性分なのよ」

「今のが、魔剣の正体なんですか?」

「そう。魔物としての性質を、剣という形に圧縮した感じ? ヘルムースから口で説明されるより、見たほうが早かったでしょ?」

 わたしは、コクコクとうなずく。

 たしかに、あれを剣と呼ぶにははばかられた。

 あんなのは、剣じゃない。もっと別の物質だ。生き物を取り扱っていると言っても、過言ではなかろう。 
 
『キャル、というか人間では、本当のアタシ様を扱えないからね』

「どうして、言ってくれなかったの? レベッカちゃん?」
 
『言ったところで、アンタがどうこうできるワケでもないからさ』

「でも、相談してもよくない?」

『アタシ様もアンタも、最強が目的じゃないだろうが』

 たしかに、わたしがなりたいのは錬金術師だ。剣士になりたいわけじゃない。
 同時に、レベッカちゃんも唯一無二ではあっても、到達点は最強とは言いがたかった。

 最強になりたいなら、とっくにフルーレンツさんを吸収して、剣術をマスターしている。

『それにな、さっきの姿になったとしても、剣としての強さはアンタが持ったときと変わらないんだ。アンタの力を得ないと、調子は出ないんだよ。それは、アンタが一番わかったはずさ』

「うん。そうだね」

 わたしは、納得した。

 レベッカちゃんのいうとおり、魔力はわたしが持っていたときとまったく同じだった。姿が変わっただけで。

「ワタシが巨人形態を取ったのも、魔剣レーヴァテインの魔力を生身じゃ抑えられないからだったの。あなたに従っているのが、よくわかったわ」

 プリンテスさんも、わたしとレベッカちゃんとの絆を称賛する。
 レベッカちゃんは放置しておけば、化け物として暴れても仕方なかった。
 それを、わたしが抑え込んでいるのだと。

「ぶっちゃけ、その子はあんたのいうことしか聞かないみたいだし」

「そうなんですね」

「ええ。もはや体の一部よ」

 転んで打ったおしりを、プリンテスさんはずっとさすっている。
 
『けどね、アタシ様は驚いているんだよ。アタシ様の本性を披露しても、アンタはちっとも逃げなかったんだからさ』

「どうして、逃げる必要があるの?」

 わたしとレベッカちゃんは、もはや他人ではない。
 一心同体だ。

『そうさ。そんなアンタだから、ついていこうと思ったのさ』
 
「ありがとう。レベッカちゃん。正直に話してくれて」

『礼なんて。むしろ詫びなきゃいけないさ。今まで隠していて、悪かった』

「とんでもない。事情はわかったから」
 
『アハハ! それでこそキャルだね!』
 
 バカ笑いをする。

「でも、魔剣を安定させるには、柄が大事ね。持ってみて、わかったわ」

 プリンテスさんが、レベッカちゃんの弱点を突く。

「柄ですか?」
  
「魔剣の本質って、柄とか鞘の方なのよ。ドワーフのヘルムースが、迷いに迷いまくるわけよ」

 そっか。
 金属部分を扱うドワーフでも、怪物じみた素材はノーサンキューなワケだし。

「今以上に強化しようと思うなら、柄に有効な素材が必要ね。刃の部分は、打てばどうにでもなるわ」

「お願いします」

「あなたも、鍛冶に参加してもらうわよ」

「いいんですか?」

「そりゃあそうよ。これから、このレーヴァテインを一人で鍛えなきゃいけないんだから」

「ありがとうございます」

「いえいえ。こんな珍しい剣を触らせてもらえるなんて、こっちが感謝したいくらい」


 その前に、プリンテスさんは休憩したいといい出した。
 ゼゼリィが入れてくれた、お茶をいただく。


「なるほど、そんないきさつが」

 プリンテスさんも、魔女イザボーラを葬ろうと思っていたらしい。
 しかし、あの異界への扉が開かなくて、断念したという。

「そうだったのねー。勇者の血筋がないと開かない扉とか、ムリゲーじゃないのよ! せっかくワタシが、とっちめてやろうと思っていたのに!」

 プリンテスさんが、イライラと悔しがった。

「あはは……ところで、これ全部魔剣ですか?」

「そうよ。これぜーんぶ、ワタシが作ったの」

 部屋には、様々な形をした魔剣が飾られている。
 円形の刃を持ったフリスビーのような形や、球体状のものまで。

「あのボールみたいなのも、魔剣?」

 やはり、ヤトは子どもっぽくてカワイイ形状のモノが好きのようだ。

「あー。あれは、失敗作よ。自分への戒めとして、飾っているの」

 剣の形を取らせようとして、あのまま固まってしまったらしい。

「あれを、妖刀の素材にしたい」

「いいわよ。あなたの妖刀も、あれで強化してあげるわ」

 リンタローが、「よかったでヤンスね」と、手を叩く。
 
「あの、二本の角を組み合わせたような武器もですの?」

 クレアさんが、特殊な形状の魔剣を指差す。
 
「そっちは、ゼゼリィが作ったものよ。筋がいいでしょ」

「いえいえ! オイラなんて!」
 
 プリンテスさんに褒められて、ゼゼリィが頭をかく。


「ところで物は相談なんだけど、剣を強化してあげる代わりに、ワタシのお願いもきいてちょうだい」

「はい。なんでしょう」

 レベッカちゃんを鍛えてくれるのだ。なんでも聞こうではないか。

「レーヴァテインを打つ、しばらくの間でいいの。このゼゼリィを、あなたたちの旅に同行してくれないかしら?」

「いいんですか? お弟子さんなのに」

「この子は、世間をあまり知らなすぎるわ。魔剣のアイデアも、頭打ちになっていてね。お願い」

「それなら、いいですよ」

 他の仲間も、同意してくれた。

「じゃあ、ゼゼリィ。この子の……レベッカだっけ? 素材を集めてきてちょうだい。このお嬢さんたちと一緒に」

「わかりました、親方」

 ん? こころなしか、ちょっとビビってる感じ?