ポンコツ錬金術師、魔剣のレプリカを拾って魔改造したら最強に ~出来損ない同士でスローライフを目指していたら、魔王と勘違いされました~

『こいつは、レーヴァテインじゃねえ! レーヴァテインとは別モンだ! 何者なんだ、テメエェ!』

 レーヴァテインが、一目散に飛んで逃げていった。レベッカちゃんに一瞬触れただけで、ヤバイと認識したのだろう。

『情けないねえ。それでも世界を七度も焼き尽くしたっていう幻の魔剣レーヴァテインかい?』

「え、そんな伝説、わたしも知らないんだけど?」

『キャルには、話していなかったねえ! そうさ。レーヴァテインってのは、世界を何度も消し炭にしているんだよ。その片鱗こそアイツだったんだけどね』

 レーヴァテインを見下すように、レベッカちゃんはそう吐き捨てた。

 世界を七回焼き尽くすとか、もう燃えカスしか残ってなさそう。

『黙れイレギュラー! テメエは魔剣ですらねえ! もっと別のバケモンだ!』 
 
 ミスリルゴーレムに戻って、レーヴァレインは再度肉体を形成する。残った鉄分をフル稼働して、小型のゴーレムに姿を変えた。ただ魔力を使いすぎているのか、人間サイズまで小さくなっている。
 レベッカちゃんに侵食されたダメージは、相当大きいようだ。

『自分が格上だと思って、過信したようだね! アタシ様はレーヴァテインといっても、キャルの錬成を経て別のベクトルに進化しているんだよ! 妖刀さえ恐れるほどにね!』

『そうか。そういうことか! オレが感じ取ったのは、妖刀の残滓だったとは。あんなものを取り込んで、なぜ平然としていられる!? 一瞬で正気を失ったって、おかしくねえのに!』

『アタシ様は、そんなヤワじゃないのさ。妖刀だろうが海底神殿だろうが、残さずくらい尽くしてやったよ!』

『そんなことをして、どうして魔剣としての力を維持できる!? 信じられねえ!』
 
『正気を失うことが怖くて、魔剣なんてやってられないんだよ!』
 
 レベッカちゃんが、さらにパワーアップした。

『どうだい? あんたのしけた能力を吸い取って、パワーアップしたよ! あんたの力は、アタシ様が有効活用してやるから、ありがたく思うんだね!』

 魔剣レーヴァテインを吸収して、なおもレベッカちゃんはレベッカちゃんのままである。
 
『ひいいいい!』

 対して、わずかながらもレベッカちゃんに力を奪われたレーヴァテインの方が、すっかり弱気になってしまった。

『キャル。これがレーヴァテインさ。いくら最強の魔剣といえど、威厳を失ったらこんなに弱っちまう。絶対的な力を失った剣は、こんなもんさ』

「そうだね。これは……わたしたちが有効活用したほうがよさそう」

 わたしは、剣を振り上げる。

『来るな! この力は、オレサマのものだぁ! 【プリズミック・ミサイル】!』


 無数の魔弾が、弧を描いてこちらに飛んできた。まるで、虹が分散して襲ってくるかのように。
 
 この世界で見たこともない攻撃だ。

 しかし、なにも怖くない。
 こちらの方が有利だと、わかっているから。

 あれだけ恐ろしかった魔剣が、今はもう格下に見える。

「【紅蓮撃】」

 わたしは、レベッカちゃんを振り回し、オレンジ色のブレスを撒き散らした。

 それだけで、魔弾が焼け落ちる。

「魔剣よ、わたしの力となれ」

 ミスリルゴーレムに向けて、わたしはレベッカちゃんを突き刺した。

『ばかな。ただのレプリカに、オレサマが負けるなんて!』

「レベッカちゃんをただのレプリカと思っていた時点で、あなたは負けていたんです」

 魔剣レーヴァテインの欠片が、レベッカちゃんの中に取り込まれていくのがわかる。

 わずかに抵抗していたようだが、溶岩へ溶けていくかのように魔剣は消滅していった。
 完全に取り込まれたんだろう。

「レベッカちゃん、なんともないの?」

『何がだい?』

「あいつに心を蝕まれたりとか」

『むしろ、アタシ様がヤツを蝕んでやったさ』

 だろうね。その方が、レベッカちゃんらしい。

『終わったよ。アンタたち』

 レベッカちゃんが言うと、クレアさんたちがセーフゾーンから出てきた。

「すべて、終わりましたの? レーヴァテインの気配が、ありませんわ」

「終わりました。クレアさん」

 レベッカちゃんを縮小して、髪留めに戻す。

「妖刀どころか、ナイフ程度の大きさとはいえ、魔剣レーヴァテインをその手にするとは。たいした度胸でヤンス」

「末恐ろしい」

 リンタローもヤトも、わたしを恐ろしい目で見る。

「いやいや。みんなの方がすごいからね」

「またまた。謙遜はよくないでヤンスよ」

 とにかく、魔女とレーヴァテインの脅威は去った。



 ツヴァンツィガーのギルドに、報告を終える。
 ギルドを通じて、国王に魔女討伐の知らせは届いた。

 わたしたちは褒美として、勲章をいただく。

 これによって、わたしたちはどの国へも通行が可能になった。

 レベッカちゃんとしては、大量のグミスリルが手に入ったことが気に入ったみたいだけど。

「それにしても、中を空洞にして軽量化する技術って、よく考えるとナイスなアイデアだね。自分のゴーレムにも、取り入れてみよう」

「キャルさん、宴の席ですから、食べながら夢想は遠慮なさったほうが」

「そうでした! 申し訳ない!」

 鳥のモモにかじりつきながら、うっかり妄想の彼方へ飛んでいたよ。
 わたしはすっかり、錬金術のトリコになっていた。
 宴はいいから、今すぐにでも試したい錬金術がいっぱいだ。

「キャルさん! こちらをお持ちください」

 神官のグーラノラさんが、アミュレットをわたしにくれる。

「これは?」

「ツヴァンツィガーで最も古いドワーフが所持していた、護符です。なんでも【原始の(いかづち)】というスキルが手に入るとか」

 原始の雷!
 わたしが一番、ほしかったものだ!

「ありがとうございます!」

 これさえあれば、クレアさんがもっと強くなる!

 「でも、いいんですか?」

「我々では、扱えませんでした。そのスキルは人を選ぶらしく、高いレベルの武器にしか会得できないのです。あなたの作った魔剣でしたら、耐えられるかと」

 原始シリーズは、ヘタに武器に装着すると、武器そのものの品質を損ないかねないらしい。
 やすやすと武器にはめ込むことは、できないという。

 そんなヤバイスキルを、レベッカちゃんに持たせていたのか。

 たしかに、膨大な魔力を消耗するもんなあ。

 クレアさんの魔剣を作るときは、ちゃんと考えてセッティングしよう。


 後は、別天地へ向かうだけだ。


 しかし、懸念している案件もある。

 フルーレンツさんのことだ。

 
 新しいコーラッセンの街に、戻ってきた。

「本当に、この場を離れてもいいの?」

 都市といっても、未だバザーができている程度の街だ。
 フルーレンツさんのようなカリスマが陰で指揮をすれば、より大きな街になりそうだけど。

「よいのだ。我々古い人間の時代は終わった。この街はやはり、人間が再生していくべきなのだ。今を生きる人間たちが、な」

 古城の一部だった尖塔の上に立ち、フルーレンツさんは下を見下ろす。

 街では、庶民たちがドワーフたちと肩を並べて、酒を酌み交わしていた。
 
 テントの中では、グミスリルの武器や、ミスリル製の防具が、取引されている。
 農作物を持って、薬草やポーションと物々交換をしている者たちも。
 
 かつての王だった男には、この光景はどう映ったのだろう。

「よいものだ。やはり街とは、こう活気に満ちておらねば」
  
 フルーレンツさんが満足気に、尖塔からひょいと飛び降りた。結構高い場所から降りてきているのに、スムーズにこちらへ着地する。すぐ、わたしにひざまずいた。

「キャラメ・F(フランベ)・ルージュ殿。このフルーレンツ、一生をかけてあなたに忠誠を誓う。我は亡国の王としてではなく、一人の兵としてあなたについていく」

「ありがとう、フルーレンツさん。これからも、よろしくお願いします」

「お願いするのは、こちらである。キャル殿」


 ツヴァンツィガーの王城にあいさつをして、わたしたちは出発した。

 目的地は、サイクロプスのいるという北の大地だ。

「火山だって。レベッカちゃんなら、溶岩も食べそう」

『ああ。火山ごと喰らい尽くしてやろうかね!』

 レベッカちゃんの食欲は、マグマすら意に介さないようだ。


(第六章 完)
 サイクロプスの鍛冶屋がいるという北の地方へ向けて、わたしたちは歩を進めている。
 
「てや! せい!」

 旅のかたわら、わたしはフルーレンツさんから指導を受ける。
 彼はスケルトンなので、疲労などは起こさない。
 なので、格好のトレーニング相手なのだ。

『キャル! 息が上がってきてるよ!』

「うん! リミットが近いんだね?」

 わたしは寝るとき以外、常にレベッカちゃんモードで過ごしている。戦闘時に、息切れを起こさないようにするためだ。
 また変身時に、さらなるブーストがかかることもわかったし。
 ならば常にレベッカちゃんを起動させて、いざというときにブーストをかけられるようにしておくべきだと考えた。

 おかげで普通に憑依された状態でも、レベッカちゃんの力を発揮できる。
 前髪のアホ毛が、常に燃え盛っているのが証拠だ。
 レベッカちゃんの力を発揮するとき、常にフルパワーでいなければいけなかった。今では、魔力を二分消費するだけでいい。
 
「くっ!」

 それでも、フルーレンツさんは強敵だ。
 
 わたしの渾身の打撃に対しても、フルーレンツさんは流さずに受け止めてくれる。

 コーラッセン流が、剛の剣術というのもあるだろう。
 しかしフルーレンツさん自身も、「レベッカ殿の剣を真正面から受けなければ、この先の強敵とは渡り合えない」と語っていた。
 
「キャル殿、それまで」

 単純な剣での勝負で、未だにわたしはフルーレンツさんから一本を取れない。
 レベッカちゃんの魔力を使っても、互角とは言いがたかった。
 さすが、勇者の父親というべきか。

「ありがとうございました」

 身体の疲れを落とすため、簡易のお風呂を設置する。

「キャル殿、なぜ我をレベッカ殿に取り込ませなかった?」

「え?」

 お風呂を沸かしているわたしに、フルーレンツさんが問いかけてきた。

「我をレベッカ殿が取り込めば、コーラッセン剣術を真髄まですべて習得できる。だが、あなたはそれをよしとしなかった」

「うーん。したくなかったから」

「なんと?」

「だってさ、それだともうあなたは、この世界に思い残すことが、なくなっちゃうじゃん」

 成仏することは、いい。
 アンデッドとして世界をさまようより、安住の地で安らかに眠るほうが、彼にとってもいいことなんだと思う。

 それでも、わたしはまだフルーレンツさんと一緒にいたいと思った。

「フルーレンツさんが成仏したいなら、それでもいいんだよ。レベッカちゃんに食べてもらって、永遠に技術を継承していける。でも、なんか違うんだよなあ」

 わたしは、フルーレンツさんはまだこの世界にい続けなければいけない予感がしている。

「ごめんね。わたしのわがままでさ。死にたいなら、いつでも言ってね」

「いや。我はあなたの従者。あなたの師。あなたから永久の眠りをたまわるまでは、あなたの手足となって活動をお約束する」

「ありがとう。でもさ、わたしはあなたを、体の良い壁役だとは思っていないから。そのへんは、安心して」

「ありがたき幸せ」

 入浴の時間となった。
 ヤトとリンタロー相手に組手をしていたクレアさんが、服を脱ぐ。

「あの魔剣、さらに強くなってる。こっちの妖刀を壊されかねないほど」

「いえいえ。その辺りは加減いたしますわ」

「加減は、しないで。そうじゃないと、この先では油断が命取りになるから」

 ヤトも、プロだ。
 自分の得物が危険にさらされる状況を、常に考えている。

「寒いでヤンス。早く入るでヤンスよ」

 緊張感のないリンタローが、風魔法でかけ湯をして率先して湯に浸かった。

 わたしたちも、続く。

 中継地点の村を出て、数日が過ぎた。
 
 そろそろ、まともな宿に泊まりたい。
 

 翌朝、再び旅を開始した。
 
『キャル。そのサイクロプスってのは、アテにできるのかい?』

「たしか『プリンテス』ってサイクロプスを、紹介してくれるって」

 ヘルムースさんからの紹介状を手に、わたしは雪の道を進む。

 それにしても、雪山地帯なのに火山があるとは。

「豪雪地帯でも、ちゃんと山は活性化している」
 
「なぜかそこだけ、熱いらしいでヤンス」

「ウワサによると、ドラゴンが眠っているらしい」

 ドラゴンか。いい素材になりそう。

「それに、雪山といえば!」

「いえば? お酒?」

 リンタローがネタを振るなら、それだろう。
 
「まあ、酒もうますぎるでヤンスが」

「じゃあ、宿でお酒頼もうね」

「ありがとうでヤンス。じゃなくてでヤンスねえ!」

「雪山といえば、だね」

「温泉でヤンス!」

 ああ、温泉かー。

 そういえば旅の間、お風呂も簡単に済ませていたな。
 鍛冶のことで頭が一杯のため、早く目的地に到着したかったからだ。

「お湯あみでしたら、ウッドゴーレムさんのお風呂も最高でしたわ」

 クレアさんが、わたしをフォローしてくれる。
 
 一応ゴーレム屋敷は引き連れていた。
 フワルー先輩から習って、ゴレーム屋敷は作ってみたんだよな。お風呂付きの。

「ウッドゴーレムの木製フロも、ストーンゴーレムの岩風呂もまた格別でヤンした。ですが、温泉は、お湯自体に特別な効能があるんでヤンスよ」

 故郷の、薬効風呂みたいなもんか。それなら、入ってみたい。

「わたしが沸かしたお風呂も、一応薬効があるタイプなんだよね。あれより、効果が高そう?」

「わかりかねるでヤンスが……おやおや」

 北の街【ダクフィ】に到着した。

「魔物が、統治している」

 この街は、魔物が人間と共存している。

 魔物も魔族も、亜人種も、平等に商売や冒険をしていた。
 ケンカをしている様子はない。

「珍しいでヤンスね。こんな街は、めったに見ないでヤンスよ」

「ウチも、あまり変わらない」
 
「ソレガシたちの住んでる東洋地帯は、魔族と言ったってあくまでも亜人種でヤンスよ。魔物との共存ってのは、見かけないでヤンスね」

 ヤトとリンタローの話を聞いていると、東洋にも魔族と共存する地域があるみたいだけど。

「ヤトの妖刀も、魔物が打った感じ?」

「かもしれない。私たちは自分たちで打った刀に、魔族が魔力を注ぎ込む」

 そうやって「わざと」、形を歪ませるのだという。

「この妖刀【怪滅竿《ケモノホロボシザヲ》】は、死んだ魔物の骨を金属と融合させて作っている。だから、死の香りが常に漂っているのかも」


 ヤトが、釣り竿型の妖刀を掲げる。

「どこの骨を使ったの? アバラ?」

「指の爪」

 どおりで、鋭いわけだ。

【雪見亭】にて宿を取る。

 宿はカウンターもテーブルも、かなりの大きさだ。

「巨人でも、ここに来るんでヤンスか?」

「ああ。鉱山帰りの巨人が、利用するんですよ。さっきも一人、山から帰ってきたところでして」

 レジ係の男性が、教えてくれる。彼は宿の主で、獣人だ。

「この時間なら、温泉が湧いております。どうぞ」

「ありがとうございます。みんな、ごはんの前に入ろう」

 部屋に荷物を置いて、浴場へ。

「更衣室も、大きい」

 ちびっこのヤトが、グギギと歯を食いしばる。
 そんな、対抗意識を燃やさなくても。

「ささ、入るでヤンス」
 
 旅の疲れを取るため、湯に浸かる。

「ふああああ」

 あまりの気持ちよさに、思わずアクビが出た。

「気持ちいいですわ」

 クリスさんも、湯の温かさに満足げだ。

「岩が邪魔でヤンスね」

「ああ、ごめんごめん」

 リンタローが不満を述べると、岩が謝罪してどいた。

……っ?

「あれ、ここの岩って動くっけ? ゴーレムじゃあるまいし」

「岩じゃない。これは、魔物」

 わたしたちは、湯からダッと上がった。

「待って待って。オイラは悪いサイクロプスじゃないよ!」
 
「悪いヤツは、みんなそう言うでヤンスよ!」

「誘拐犯の理屈!?」

 湯に浸かっていた巨大な体を起こす。
 三メートル近くは、あるんじゃなかろうか。

「オイラはゼゼリィ。サイクロプスだよ」
 なんと、岩だと思っていたのはサイクロプスの少女だった。
 
「ゴメンゴメン。元の大きさで入れる浴場って、ここくらいしかなくってさ。今から縮むね」

 ぴよよよーん、と、ゼゼリィは縮んだ。
 岩山のようだった身体が、わたしたち人間と同じサイズに。

「うーん。やっぱり窮屈だけど、しょうがないね」

「こちらこそ、ごめんなさい。わたしはキャル。サイクロプスに会いに来たの」

「クレアです」

 ヤトとリンタローも、あいさつをした。

「改めまして、オイラはゼゼリィ。見た目通り、サイクロプスだよ」

 おかっぱの前髪を、ゼゼリィはくいっと上げる。

 たしかに、単眼族だ。
 金属製の瞳が、目の部分でシャーっと動いている。
 それ以外は、普通の人間と変わらなかった。人間サイズともなると、ゼゼリィはリンタローより大きい。背が高いだけではなく、身体が大きかった。成人男性くらいかな。おっぱいも大きいが、大胸筋と形容したほうがいい。

「サイクロプスに、用事があるのかい?」
 
「実は、事情があって」

「お湯に浸かりながらでいいから、話を聞かせてくれる?」

 わたしは、事情を説明した。
 魔剣を持っていること、ドワーフからは「魔剣は打てない」と断られたこと、サイクロプスなら、魔剣を手入れできるかもと聞かされたことなど。

「うん。わかるよ。普通の鍛冶と魔剣・聖剣って、よほどの覚悟がないと打てないんだ。それこそ、専門の鍛冶師になるくらいじゃないと」

「そうなんだ」

「うん。剣の打ち方を覚えて、さらに鍛冶の常識をすべて忘れなきゃいけないくらいの」

 ヤバイ。そんな危険なことを、わたしはヘルムースさんに願いしようとしていたのか。

「あのさ、『プリンテス』ってサイクロプスさんを探しているんだけど」

「親方?」

 どうやら、ゼゼリィはプリンテスの弟子らしい。

「今の時間だと、親方は寝ちゃってるね。朝が早いんだ。だから、明日またおいで」

 ゼゼリィも、仕事が済んだから温泉で休んでいたという。

「では、こちらで休んでいますわ」

「そうした方がいいね。もう少し、お話を聞かせてくれるかな?」

 わたしたちは、温泉から出た。

 夕飯を食べながら、魔剣についての情報をゼゼリィに提供する。

「紹介が遅れたね。この子が、レベッカちゃん。わたしと契約している、魔剣だよ」

 髪留めを外して、ゼゼリィに見せた。
 
『レベッカだ。正式な名称は、【レーヴァテイン・レプリカ ECA 六四七二】だよ』

 自分の正体を隠そうともしないで、レベッカちゃんは名乗る。自分を強化してくれる相手に、素性を明かさないのは失礼と思ったのかな。

「ECA……ランクがE、学術用・実験用か。それでこの切れ味」

 軽く触れただけで、レベッカちゃんの実力がわかったみたい。
 
「レーヴァテインってのは、魔女イザボーラが持っていたよね? あれと同じ感じかな?」

「わかんない。魔女は倒したから」
 
「あの魔女を倒してくれたのかい!? ありがとう! キミたちは、我が国の英雄だよ!」

 魔女イザボーラを倒したことを話すと、ゼゼリィはわたしたちに料理をごちそうしてくれた。
 わたしもちゃんと情報が正しいと、ギルドカードまで提示した。

「ホントだ。討伐完了書類にも、そう書いてある。すごいなぁ。どうやって倒したんだい?」

「そんなに、厄介な相手だったの?」

「あいつの魔力自体が、うっとおしくてさ」
 
 瘴気をはらんだ魔力は、漂うだけで生態系を狂わせ、土をダメにするという。ダクフィのキユミ鉱山も、例外ではなかったらしい。
 
「キユミ鉱山には、デモンタイトっていう鉱石があってね。それが、魔剣の材料になるんだよ」

「魔剣の!」

「そう。素材自体は、ミスリル銀やグミスリル鉱石の方が硬いんだけどね」

 グミスリルも弾力が強い鉱石だが、魔剣の素材となると、まだ硬すぎるという。

「魔剣を作るなら、より粘り気の強い金属のほうがいいんだ。それこそ、魔物の骨やウロコといった素材のほうが、魔剣の素材として適している」

「生体金属じゃん。それって」

「そのとおり。魔剣の大半は生体金属なのさ。鉱石から作る武器とは、一線を画す」
 
 どおりで、ドワーフが嫌がるわけだ。
 生きている金属を扱うのなら、ドワーフの領域じゃない。

「魔剣を打てるとしたら、うちの親方か、錬金術に長けた魔術師じゃないと」

 クレアさんが、わたしをヒジでつつく。

「キャルさん、やはりあなたしか、魔剣を作れる方はいらっしゃらないですって」

「わたしには、ムリだよ。今のわたしでは、もうレベッカちゃんを強くすることはできない」

 技術的にも、レベル的にも、レベッカちゃんがわたしを上回ってしまった。
 強い素材を食べさせてあげるくらいなら、今でもできる。
 しかし、それは魔剣を鍛えたことにはならない。
 やはり打ってこそ、魔剣は強くなる。
 これからは、わたしが強くならなければ、これ以上レベッカちゃんを成長させられない。

 レベッカちゃんの強化には、プリンテス氏の協力が不可欠だ。
  
「じゃあ、親方の起きる時間になったら、呼んであげるね」

「ありがとう」
 
 その日はゆっくり休んで、旅の疲れを取ることにした。
 

 翌日、約束のとおり、ゼゼリィがわたしたちを呼びに来た。
 巨人姿のまま、窓からこちらを覗いている。

「親方が、話を聞きたいってさ」

 ゼゼリィの顔をした巨人が、わたしたちに手を差し伸べた。

「その手に乗れと?」

「うん。どうぞー」

 友だちの手に乗っていいものかどうか悩んだ。
 が、わたしも足が疲れたときは、仙狸のテンの上に乗るもんなーと。

「では、お言葉に甘えて」

 わたしたちは、ゼゼリィの手に乗せてもらった。

 プリンテス親方の小屋は、街から外れた川の側にある。

「ああ、ここでヤンスか。てっきり、ダンジョンかと思ったでヤンスよ」

「わたしも思ってた」

 通りかかった街で、天井だけが見えていた。
 あそこのダンジョンなら、さぞいい素材が見つかりそうだと、パーティ内で雑談をしていたほどだ。

「実際、冒険者が間違えて入ろうとしちゃう事態があったよ。看板を見て、『違った!』って引き返しちゃうけど」

 わっはっはー、と、ゼゼリィは豪快に笑う。
 
「親方! 連れてきたよ!」

「はいはーい! らっしゃいませー! プリンテスよ! プリンちゃんって呼んでね!」

 ゴスロリの少女が、小屋から出てきた。走るだけで、擬音が鳴り響く。
 目だけは、ゼゼリィと同じである。しかし、服装や振る舞いなどは、どう見てもメイドのそれだ。

 ゼゼリィの方が、ぶっちゃけ鍛冶屋っぽいくらいである。
 とても、槌を振るって武器を叩く姿が想像できない。

『なんだい、こいつは? マジでこんなのが、魔剣を打てる鍛冶屋だってのか?』

「そうよ。話は、ヘルムースから聞いているわ」

 ヘルムースさんの話なんて、一言もしていないのに。

「通信機能で、あっちからの伝言は聞いているの。魔女が結界を張って、今までは通じなかったんだけど」
 
 小屋を見せてもらうと、小さな電話機を見つけた。これで、ヘルムースさんと連絡を取り合っていたみたい。

「あっちから電話がかかってきたから、何事かって思ったわ。魔剣の持ち主が現れたから、相手をしてやってくれですって。マジ? って思っていたけど、あなたからビュックンビュックン伝わってくるわよ」

「わたしから?」

「髪留めを外していただける? それが、魔剣なんでしょ?」

「は、はい」

 そこまで、わかっているとは。
 まあ、武器をアクセサリに変形させて携帯するって、メジャーなスキルだし。

 言われるまま、わたしは髪留めを外した。そのまま、プリンテスに差し出す。

 レベッカちゃんは、元のサイズに戻った。
 
「普通ね。レーヴァテインっていうから、もっとゴツいのかと思っていたけど」

『圧縮しているだけさ。キャルが扱いやすいようにね』

「余裕なのね。もっと、本気を出していいのよ。化け物の姿を、取りなさい」

 ニイ、と、プリンテスが笑う。
「まさか、最初から剣だったわけじゃないでしょ? 見せなさいよ、魔物としてのあなたの姿を!」

『いいのかい? しょんべんをチビッちまうぞ?』

「ワタシを誰だと思ってるのよ? こっちは剣術の心得も、ちゃんとあるのよ」

『わかったよ。正体を見た後で、怖気づいたって容赦しないよ』

「威勢だけはいいわね。レプリカ!」

『ああ、見せてやんよ。影打の意地ってものをさ!』

 さんざん煽り合いをした後、レベッカちゃんがオレンジ色に燃え盛った。

『レーヴァテイン・ビーストモード!』

 ウソだ。レベッカちゃんが、わたしに手加減をしていたなんて。

 しかし、眼の前にいるそれは、明らかに異質な物体だった。

 柄も刃も、わたしの知っているレベッカちゃんではない。
 刃は生き物のようにねじれ、プリンテスさんの顔に突き刺さらんばかりである。柄も、プリンテスさんの握力から逃れようとしていた。

『どうだい。伝説の鍛冶屋! これが、アタシ様の本性さ! 通称、ビーストモードだよ』
 
「やばやばやばやばやばやばやばやばやば! ムリこれムリこれムリ! こうなったら、こっちも、巨大化するわよ。レーヴァテイン!」

『おうさ!』

 プリンテスさんの身体が、みるみる膨れ上がってくる。

 同時に、レベッカちゃんもモンスターのような姿へと変質した。

 もはや今のレベッカちゃんは、剣というより鉄製の怪物だった。柄はワキワキと蠢き、柄頭からは蛇腹状のシッポが伸びる。

 持っているプリンテスさんも、苦しそうだ。

 レベッカちゃんが、モゾモゾと暴れる度に、プリンテスさんもレベッカちゃんの異形体を抑え込む。ときどきシッポを足首を絡め取られて、すっ転ぶ。

 さながら、怪獣大戦争だ。
 これが、魔剣の本当の姿だったとは。
 
「はあ、はあ。もういいかしら? あなたの強さは、だいぶわかったわ」

『おうさ。気にってもらえてなによりだよ』

 ふたりとも、元の大きさに戻った。

「魔剣を持つと、本性を見たくなる性分なのよ」

「今のが、魔剣の正体なんですか?」

「そう。魔物としての性質を、剣という形に圧縮した感じ? ヘルムースから口で説明されるより、見たほうが早かったでしょ?」

 わたしは、コクコクとうなずく。

 たしかに、あれを剣と呼ぶにははばかられた。

 あんなのは、剣じゃない。もっと別の物質だ。生き物を取り扱っていると言っても、過言ではなかろう。 
 
『キャル、というか人間では、本当のアタシ様を扱えないからね』

「どうして、言ってくれなかったの? レベッカちゃん?」
 
『言ったところで、アンタがどうこうできるワケでもないからさ』

「でも、相談してもよくない?」

『アタシ様もアンタも、最強が目的じゃないだろうが』

 たしかに、わたしがなりたいのは錬金術師だ。剣士になりたいわけじゃない。
 同時に、レベッカちゃんも唯一無二ではあっても、到達点は最強とは言いがたかった。

 最強になりたいなら、とっくにフルーレンツさんを吸収して、剣術をマスターしている。

『それにな、さっきの姿になったとしても、剣としての強さはアンタが持ったときと変わらないんだ。アンタの力を得ないと、調子は出ないんだよ。それは、アンタが一番わかったはずさ』

「うん。そうだね」

 わたしは、納得した。

 レベッカちゃんのいうとおり、魔力はわたしが持っていたときとまったく同じだった。姿が変わっただけで。

「ワタシが巨人形態を取ったのも、魔剣レーヴァテインの魔力を生身じゃ抑えられないからだったの。あなたに従っているのが、よくわかったわ」

 プリンテスさんも、わたしとレベッカちゃんとの絆を称賛する。
 レベッカちゃんは放置しておけば、化け物として暴れても仕方なかった。
 それを、わたしが抑え込んでいるのだと。

「ぶっちゃけ、その子はあんたのいうことしか聞かないみたいだし」

「そうなんですね」

「ええ。もはや体の一部よ」

 転んで打ったおしりを、プリンテスさんはずっとさすっている。
 
『けどね、アタシ様は驚いているんだよ。アタシ様の本性を披露しても、アンタはちっとも逃げなかったんだからさ』

「どうして、逃げる必要があるの?」

 わたしとレベッカちゃんは、もはや他人ではない。
 一心同体だ。

『そうさ。そんなアンタだから、ついていこうと思ったのさ』
 
「ありがとう。レベッカちゃん。正直に話してくれて」

『礼なんて。むしろ詫びなきゃいけないさ。今まで隠していて、悪かった』

「とんでもない。事情はわかったから」
 
『アハハ! それでこそキャルだね!』
 
 バカ笑いをする。

「でも、魔剣を安定させるには、柄が大事ね。持ってみて、わかったわ」

 プリンテスさんが、レベッカちゃんの弱点を突く。

「柄ですか?」
  
「魔剣の本質って、柄とか鞘の方なのよ。ドワーフのヘルムースが、迷いに迷いまくるわけよ」

 そっか。
 金属部分を扱うドワーフでも、怪物じみた素材はノーサンキューなワケだし。

「今以上に強化しようと思うなら、柄に有効な素材が必要ね。刃の部分は、打てばどうにでもなるわ」

「お願いします」

「あなたも、鍛冶に参加してもらうわよ」

「いいんですか?」

「そりゃあそうよ。これから、このレーヴァテインを一人で鍛えなきゃいけないんだから」

「ありがとうございます」

「いえいえ。こんな珍しい剣を触らせてもらえるなんて、こっちが感謝したいくらい」


 その前に、プリンテスさんは休憩したいといい出した。
 ゼゼリィが入れてくれた、お茶をいただく。


「なるほど、そんないきさつが」

 プリンテスさんも、魔女イザボーラを葬ろうと思っていたらしい。
 しかし、あの異界への扉が開かなくて、断念したという。

「そうだったのねー。勇者の血筋がないと開かない扉とか、ムリゲーじゃないのよ! せっかくワタシが、とっちめてやろうと思っていたのに!」

 プリンテスさんが、イライラと悔しがった。

「あはは……ところで、これ全部魔剣ですか?」

「そうよ。これぜーんぶ、ワタシが作ったの」

 部屋には、様々な形をした魔剣が飾られている。
 円形の刃を持ったフリスビーのような形や、球体状のものまで。

「あのボールみたいなのも、魔剣?」

 やはり、ヤトは子どもっぽくてカワイイ形状のモノが好きのようだ。

「あー。あれは、失敗作よ。自分への戒めとして、飾っているの」

 剣の形を取らせようとして、あのまま固まってしまったらしい。

「あれを、妖刀の素材にしたい」

「いいわよ。あなたの妖刀も、あれで強化してあげるわ」

 リンタローが、「よかったでヤンスね」と、手を叩く。
 
「あの、二本の角を組み合わせたような武器もですの?」

 クレアさんが、特殊な形状の魔剣を指差す。
 
「そっちは、ゼゼリィが作ったものよ。筋がいいでしょ」

「いえいえ! オイラなんて!」
 
 プリンテスさんに褒められて、ゼゼリィが頭をかく。


「ところで物は相談なんだけど、剣を強化してあげる代わりに、ワタシのお願いもきいてちょうだい」

「はい。なんでしょう」

 レベッカちゃんを鍛えてくれるのだ。なんでも聞こうではないか。

「レーヴァテインを打つ、しばらくの間でいいの。このゼゼリィを、あなたたちの旅に同行してくれないかしら?」

「いいんですか? お弟子さんなのに」

「この子は、世間をあまり知らなすぎるわ。魔剣のアイデアも、頭打ちになっていてね。お願い」

「それなら、いいですよ」

 他の仲間も、同意してくれた。

「じゃあ、ゼゼリィ。この子の……レベッカだっけ? 素材を集めてきてちょうだい。このお嬢さんたちと一緒に」

「わかりました、親方」

 ん? こころなしか、ちょっとビビってる感じ?
「キャルちゃん、アンタには、レーヴァテイン……レベッカの素材を取ってきてもらう」

「はい」

「いい? 気を落とさないでちょうだいね。キャルちゃん。たしかにレベッカは、半分魔物みたいなもの。だけど、剣としてこの子を扱えるのは、あなただけなのよ。他の人が触ったら、たちまちモンスター化するでしょうね」

 レベッカちゃんが化け物の姿を取るのは、一種の防衛反応らしい。ムリをして奪い取ろうとすると、ああいう姿になるという。

「ただ、レベッカを扱えるってだけだから。レベッカが手加減しているのは、本当なのよ。素材がある程度集まって錬成すれば、放出できる魔力も増大するから」

「はい」

「じゃあ、素材のリストはゼゼリィに渡しておくわ。彼女が、道案内をしてくれる」

プリンテスさんが、素材リストをゼゼリィに渡した。

 わたしも、見せてもらう。

 冒頭には、『プリンちゃんメモ』と書かれていた。
 プリンちゃんって……。
 
『冥界竜アラレイム遺跡の魔工具』
『邪竜カトブレパスの瞳』
『低級ドラゴンゾンビの骨一式』

 どれも、ドラゴン関連の素材ばかりだ。 

「カトブレパスは、近くの森に住んでいるわ。岩場に隠れているから、すぐにわかるわよ」

 遺跡へ向かう道程で、ドラゴンゾンビがいるらしい。

「アラレイム遺跡が、一番最後よ。冥界の流って書いてあるけど、ゾンビの上位版って思ってくれたらいいわ。本当に冥界へ続いているわけじゃないから」

「わかりました」

「頼んだわよ」

 ウキウキで語るプリンテスさんとは対照的に、ゼゼリィは怯えていた。
 
「どうしたの? ドラゴンが怖いのね?」

「だって、あの山はドラゴンの巣窟じゃないですか、親方!」

「だからいいんじゃないの。低級のドラゴンくらい倒せないで、魔剣の鍛冶師は名乗れないって、以前から言っているじゃないの」

「でも、オイラは戦闘が苦手で」

 あのデカい身体をして、戦闘が得意ではないと?
 ただ腕を振り回しているだけで、敵が昏倒しそうなんだが?

「じゃあ、それがレベッカの素材だから。よろしくね」

「はい」

 だが、リンタローたちは立とうとしない。

「ソレガシたちは、お先に魔剣を作ってもらうでヤンス」

「魔剣ができるまでの過程、しっかりと見せてもらう」
 
ヤトとリンタローは、この場に残るという。
 
「この妖刀は、実験にちょうどいいわ。ワタシも、異国の剣には興味があったから。キャルちゃん。戻ったら、ワタシが直接指導してあげるわ。素材を集めて、待っててね」

「ありがとうございます。行ってきます」

 わたしたちは、遺跡に向けて移動を開始する。


 山道へ続く森を、クレアさんとゼゼリィといっしょに向かう。

 モンスターも、そこまで強くはない。

「でもさ、いいのかな? だってゼゼリィが弟子なわけじゃん。一番弟子を差し置いて、わたしが指導を受けるなんて」

「オイラはいつでも、指導を受けられる。でもキャルは、短期間でマスターする必要があるからね」

 旅人であるわたしたちは、そこまで魔剣の指導を受けられない。

「キャルなら立派な魔剣錬成師になれ……ぎゃあああ!」

 森に入ると、突然ゼゼリィがビビり声を上げた。

「どうしたの!?」

「モンスター!」

 トカゲ型のモンスターが、舌を出しながらこちらに向かってくる。

「レベッカちゃん!」

『任せな! ファイアスラッシュ』

 炎を圧縮した剣戟で、トカゲモンスターを両断した。
 トカゲの硬い皮膚だろうと、レベッカちゃんの炎で軽く切断できる。

「よくあんなに動けるね。人間でも、あそこまでドラゴン相手に戦えないよ」

 あれって、ドラゴンだったのか。

「今のは【ドラゴンパピー】だよ。あれでも、普通の冒険者なら集団でないとまともに戦闘できないんだから」

 足がすくんだ状態で、ゼゼリィがビビり倒す。

 仔犬(パピー)サイズのドラゴンって意味だから、特に恐れることはない。

「あなたたちが、いかに強いモンスターと戦ってきたのかわかるよ」
 森の奥へ入り込み、わたしたちは湿地帯へ。

 霧で、あまり先が見えない。

「この先に、カトブレパスがいるはずなんだけど」

 慎重な足取りで、ゼゼリィが辺りを見渡す。

「カトブレパスって、危険なドラゴンなの?」

「戦闘力は、たいしたことないよ。ただ、【石化】が怖いね」

 カトブレパスの瞳には、石化の効果があるらしい。


「あれだよ、キャル!」
 
 デロデロとした沼地に、首の長いドラゴンが。
 大きさは、ドラゴンパピーより少し大きいくらい。
 というか、首から上の全部が、目玉ではないか。目だけで、生きている生物なのか。

「あの化け物が、ドラゴンですの?」

「そうだよ。カトブレパス。石化能力を持つ魔物だよ」


 他の生命器官は、胴体に集結している。霧の濃い場所で育ったためか、目だけが異常に発達しているそうだ。

「あの大きな瞳に見つめられると、身体が硬直しちゃうんだ」

 実際に狩りをする現場を、ゼゼリィが見せてくれる。

「鳥が、枯れ木に止まったね。見てごらん」

 カトブレパスが、鳥に向けて目から光芒を発射した。

 とっさに、鳥も羽を広げて逃げようとする。

 羽を広げた状態のまま、鳥が固まった。そのまま、沼地に落ちる。
  
 目で相手を固めて、そっと近づいて胴体にある口で鳥を食べた。

「気持ち悪いね」

「どう対処しましょうか?」

「わたしがオトリになるよ」

 レベッカちゃんに肉体を預け、わたしは立ち上がる。

「キャルさんが?」

「わたしが敵を引き付けるから、クレアさんは弓で相手の首を切って」

 レベッカちゃんの身体能力なら、カトブレパスの光線が来てもよけられるはずだ。


「わかりました。ムチャはなさらないでくださいませ、キャルさん」

「クレアさんも、危なくなったら、わたしを置いて逃げて」

 わたしの言葉に、クレアさんもうなずく。

 危険でも、やらないといけない。
 お互いに、わかっているのだ。
 だからこそ、相手を信頼している。
 打ち合わせも、なし。すべて、アドリブでやっつける。

「準備はいい、レベッカちゃん?」

『ムチャだけど、キャルらしくて楽しいね!』

 クレアさんが、召喚獣のトートから【地獄極楽右衛門(ヘル・アンド・ヘブン)】の三番を受け取った。

 地獄極楽右衛門は、わたしが作ったクレアさん専用の魔剣である。一〇得ナイフのように、一〇本の剣で構成されているのだ。
 各種剣には番号が振られていて、その中で三番は弓である。

「ウインドカッターも、乗せて差し上げますわ」

「任せるよ。いくよレベッカちゃん!」

 レベッカちゃんが『おうさ!』と雄たけびを上げて、カトブレパスを挑発した。

『オラオラ! アンタの相手はアタシ様だよ!』

 剣を振り回しながら、カトブレパスを誘い込む。

『くらいな。ウェーブ・スラッシュ!』

 わたしはレベッカちゃんを振って、炎の衝撃波を展開する。

 しかし、カトブレパスの瞳は、その炎さえも固めてしまった。

『なんてヤロウだ。こっちのスキルまで止めるとはねえ!』

「来るよ!」

『ホイ来た!』

 カトブレパスが、こちらにヘイトを向けてくる。
 怪光線を、乱れ打ちした。

 だが、このタイミングを逃さないクレアさんではない。

「シュート。トドメですわ」

 クレアさんが、矢を放った。
 目と胴体を繋げる首を、魔法を重ね掛けした矢で跳ね飛ばす。

「魔物はまだ生きてるよ!」

 ゼゼリィの言葉を受けて、わたしは剣に魔力を込める。
 
『今度こそ! ウェーブ・スラッシュ』

 胴体めがけて、炎の衝撃波を撃った。

 炎の一閃によって、魔物の身体が切断される。

 カトブレパスの目に、触ってみた。
 よし。目自体に、石化の能力はないみたい。
 やはり、胴体とひとつになってようやく発動するスキルのようだ。
 
「まずは、カトブレパスの瞳をゲットだね」

『ああ。なんとかね……!?』

 レベッカちゃんが、わたしの身体を使って跳躍した。

『気をつけろ、キャル! もう一体来るよ!』

 沼から、なにかの魔物が現れる。

「あれは、ドラゴンゾンビだ!」

「ウソでしょ!? だってあれは」 

 さっき倒したカトブレパスが、ドラゴンゾンビになってるなんて!
 ゾンビになったカトブレパスが、わたしたちに襲いかかってくる。

「気を付けてキャル! カトブレパスゾンビは、目が見えなくてもこちらを探知するよ! うわ!」

 どんくさいと思っていたカトブレパスが、俊敏な動きでゼゼリィに向かっていった。長い首を、ゼゼリィに向けて叩きつけようとする。

『おっと! アンタの相手はこっちだ、つってんだろーが!』

 レベッカちゃんが、ブチ切れ気味でカトブレパスを剣で殴った。

 だが、たいして効いていない。

『死体だからかねえ? 復活するんだよ!』

「いくら死体を倒しても、意味がないんだよ。沼の底にいるドラゴンゾンビが、常に死体を復活させてしまうんだ!」

 ゼゼリィが言うには、この沼の主を倒す必要があるという。

「ドラゴンゾンビなんて、見えないよ!」 

「任せて! 【邪眼】!」

 ゼゼリィが持つ金属製の瞳から、光芒が放たれた。
 どうやら、照明魔法のようだが。

「いた! 三〇メートル下に、敵の影!」

 ゼゼリィの邪眼は、魔物の居所をとらえることができるのか。
 
 だが、わたしの剣では届かない。

『そんな深さでは、ウェーブ・スラッシュも届かないねえ』

抹消砲(ディスインテグレイト・レイ)】も、この角度だと発射できないか。

 潜るしか、ないんだろう。
 だが、こんなドロドロの底なし沼で、息が続くかどうか。
 
「キャルさん……ここは、ワタクシに任せていただけませんこと?」

 おお、クレアさんがやる気だ。
 久々の強敵出現に、拳を鳴らしている。

「トートさん、二番を」

使い魔のトートに指示を出す。

 トートは一〇徳ナイフ型の鞘から、槍を取り出した。
 クレアさんがキャッチして、槍を装備する。
 棒高跳びの要領で、空に舞い上がった。

「ゼゼリィさん、気配はわかりまして?」

「うん! 沼の底全体に、ドラゴンゾンビは拡がっているんだ!」

「沼の底全体が、ドラゴンゾンビですのね」

「そうだよ! コアとかはないから、打撃さえ与えればダメージは入るよ! 結構強力な一撃じゃないと、倒せないけど」

「なるほど! いい的ですわ!」

 クレアさんが、魔力で槍を更に伸ばす。

「なにそれ!?」

「これが、グミスリル鉱石の効果ですわ!」

 弾力のあるグミスリル鉱石なら、強度を維持しつつ伸縮が自在となる。

「お覚悟を」

 沼の底に、槍をぶっ刺した。

「ダメ押しの……【雷霆蹴り(トニトルス)】!」

 槍の石突に、クレアさんはかかと落としを繰り出す。

原始の雷(ゲンシノイカヅチ)が、ドラゴンゾンビに叩き込まれた。

 結構強力な一撃過ぎるでしょ、クレアさん。

 とぷん、と、ドラゴンゾンビらしき物体が浮き上がってくる。

 同時に、他のゾンビたちが崩れ落ちた。

「この骨だらけのナマズが、ドラゴンゾンビですのね?」

「そうそう。でも普通は釣り上げてやっつけるんだよね」

 だったら、ヤトを連れてくるべきだったか。
 
『なるほど。そうやって倒せばいいのか』

 おや、レベッカちゃんが悪い顔になった。
 これは、変なことを考えているぞ。

『もう一箇所、沼地があるねえ』

 レベッカちゃんが、沼地の中心まで飛び上がる。

『おらあああ! 【ブレイズ・トラスト】!』

 ウェーブ・スラッシュを、真下に向けて発射した。

 ドン! と、小気味いい音が、沼地の底で鳴る。

 ドラゴンゾンビを、倒したようだ。

 しかし、いつまで経ってもドラゴンが浮かんでこない。
 逆に、わたしたちが沼に沈んでいく。

 違う。沼の水が減り始めているんだ。

「え、何が起きたの?」

 ドラゴンゾンビの頭が、見えてきた。

「キャルさん、沼が乾いていきますわ」

 ブクブクと泡立って、沼が沸騰しているのだ。
 やがて、完全な乾燥地帯に。
 
 なんこったい。沼を干上がらせてしまうとは。

原始の炎(ゲンシノホノオ)】、恐るべし……。
 火野取り扱いには、注意だね。

「まあ、結果オーライだから」

 ゼゼリィは言うが、なんのフォローにもなっていない。
 
 とはいえ、沼はまだまだたくさんある。

 ドラゴンゾンビの一体や二体、倒してもいいだろう。

「低級ドラゴンゾンビってのは?」

「さっき倒した、カトブレパスゾンビのことだよ」

 あああ。上級ドラゴンゾンビも倒してしまったと。

 わたしは頭を抱える。

 原始の炎、やりすぎたー。

「大丈夫。沼はまだ、あちこちで生きているからね」

 ひとまず、一体はレベッカちゃんに食べさせてもいいだろう。

『いただくよ……』

 ドラゴンゾンビの骨を、レベッカちゃんは刀身で溶かす。
 
『ふむ。魔物を食らうってのは、久々な感じがするねえ』

 最近は、金属ばかりを食べさせていたもんね。

『なるほど。魔物の骨の方が、魔剣としてはしっくりくるってのは、感覚でわかってきたよ』

 レベッカちゃんの柄が、骨の形に近づいてきた。

 なるほど。柄にも意識を向けろってのは、こういうことか。

「キャルさん。なにか、掴めそうですか?」

「うん。やっぱり、何事も実戦だね。魔剣を強くするには魔物を食わせろってことなのが、ようやく実体験でわかってきたよ」

 これならクレアさん向けの魔剣作りも、はかどりそう。


「あ、遺跡があった」

 干上がった沼地から、遺跡の入口が出てきた。

「あれが、冥界竜アラレイムのいる遺跡?」

「間違いないよ」

 邪眼で何度も、ゼゼリィが確認をする。

 どうやら、ここが遺跡の入口で間違いがないらしい。
 
『ガハハ! これこそ、ケガの功名ってやつさ』

 レベッカちゃん、絶対に狙っていなかったよね。
 わたしたちは、冥界竜アラレイムの眠る遺跡の探索を開始した。
 
「石が全部、黒いね」

「でも、中は明るいですわ」

 クレアさんが雷魔法で照明を当てようとする。
 だが思いの外、遺跡内は明るかった。

「壁画が、淡い光を放っているからだよ」
 
 祀られていたのか、壁一面に文字や絵がびっしり彫られている。アラレイムを称える壁画が大量に描かれていた。その壁画や文字は、ぼんやりと薄暗い青色に発光している。

「青いタイプの染料を、使っているみたい」

「このドラゴンですが、青いんですわね」

「冥界のドラゴン、【アラレイム】は、【ブルー・ジャイアント】・ドラゴンって言われているんだよ」
 
「ブルー・ジャイアント?」
 
「星ってね、あまりに高温になると、赤を通り越して、青く光るんだって」

 アラレイムは分類上、氷属性の「ブルードラゴン」なのではなく、「青い炎を放つ、レッドドラゴン」なのだそう。
 
「その様が、冥界の炎に見えるから、アラレイムは【冥界竜】って呼ばれていたんだって」

『ぜひとも会ってみたいもんだね。キャル!』

「楽しみだね、レベッカちゃん」

 だが、ゼゼリィは残念そうな顔をする。

「ところがね。アラレイムは、かつての力を失ったらしいんだよね」
 
 アラレイムは古代の竜、つまりエンシェント・ドラゴンだ。
 しかし、あまりに長く生きすぎた。
 そのせいで、力も劣化しているという。

「生きていることは、生きているんだよね?」

「まあね。とはいえ、たとえ会えたとしても、望みは薄いよ。オイラたちを認識するかどうか、怪しいね」

 ボケている可能性もあるの? ヤバイね。

「このドラゴンは、どうして崇められていますの? かなり重要な功績を成し遂げなければ、こんな大事に敬われたりはしませんわ」
 
「ああ。世界を救ったんだよね」

 かつてこの地に、異世界から【魔王】を名乗る魔族が現れた。
 その魔王とドラゴンが戦って、ドラゴンが勝ったという。

 そのドラゴンの子孫が、今のアラレイムだとか。
 仲間が死に絶えて、今はアラレイムしかいないという。
  
「勇者が倒した魔王とは違って、ずいぶんと古いタイプの魔物なんですわね?」

「でも待って。この文字は……フルーレンツさん!」

 わたしは、フルーレンツさんを呼び出した。
 お供のスパルトイまで、一緒に召喚されてきたけど。


「ひいいい!」

「大丈夫。ゼゼリィ。この人は危なくないから。それよりフルーレンツさん」

 わたしはフルーレンツさんに、壁画の文字を読んでもらう。

「ふむ。たしかにこの文字は、古代コーラッセンで使われたものとよく似ている」
 
「よ、読めるの?」と、ゼゼリィがフルーレンツさんに問いかけた。

「読めるわけではない。ただ、似ているからニュアンスは伝わってくる。『その魔王の名は……スルト』か」

 スルト!

『キャル。スルトっていえば、レーヴァテインの持ち主の名前じゃないか!』

 大昔に、この地をスルトが襲ったってこと?

 となると、レーヴァテインも本物があるってことじゃん。

 そんな時代から、レベッカちゃんって存在していたってわけ?

 すごい。気が遠くなるような時代を、彼女は生きていたんだ。
 こんな知っている人が誰もいない、別の世界まで来て。

『スルトの魂を持つものよ……我が眠りを覚ますのは、そなたか?』

 声が聞こえる。
 正確には、文字が言葉になって、脳に刻み込まれたかのような。

 ゼゼリィが気持ち悪がって、うずくまってしまった。

「大丈夫だから、ゼゼリィ」

 わたしは、ゼゼリィに肩を貸す。
 隣でクレアさんも、同じようにゼゼリィを支えてくれた。

「ありがとう。ふたりとも。ごめんね。怖がりで」

「心配ないって。わたしだって怖いよ」

 クレアさんも、珍しく怯えている。
 こんな真剣に前を見つめるクレアさんを、わたしは見たことがない。

「この奥から、声が聞こえてきましたわ」

 洞窟の奥にある岩戸に、到着した。
『見えるぞ。岩越しからでも、スルトの残滓が。魔剣の使い手よ、我が元にまいれ』

 やはり、岩戸の向こうから声がする。

 ズズズ、とひとりでに岩が横へゆっくりとスライドした。

「入っていいみたいだね、クレアさん」

「歓迎されているのかはわからないですが、参りましょう。キャルさん。ゼゼリィさんは、ワタクシたちの後ろに下がっていらして」

 わたしとクリスさんで、ゼゼリィを守りながら進む。
 

 青い炎をまとったドラゴンが、ふううと息を吐きながらこちらを見ている。

 大きい。なにより、スケールがデカかった。本来はそこまでの大きさではないのだろう。しかし、大きいと思わせるオーラをまとっていた。
 巨大化の幻を、見せられている。
 青い炎の影響か? いや……。

「まさか、炎の方が、本体?」

 発言したのは、ゼゼリィである。
 わたしたち全員が、同じ答えにたどり着くとは。

 さっきまで退屈そうにしていたドラゴンが、クククとノドをふるわせた。
 
『我の正体に気づくとは! あっぱれなり!』

 やはり、ドラゴンの周りを取り囲む青い炎のほうが、冥界竜の正体だったようだ。

 ドラゴンの体中を這い回っていた炎が、ドラゴンから離れていく。
 
『この肉体は、我がこの地にとどまれるようにするための依代なり。本体は、お主の想像通り炎よ』

 ドラゴンの目から、生気が抜けていった。

 青い炎が、ドラゴンの形を取る。

『俺の名はアラレイム。もう威厳ぶった話し方は、しなくてもいいよな』

 アラレイムが、急に砕けた話し方になった。

『はーあ。ようやく、俺に見合う才能の持ち主に出会ったな』

「ガイコツのお友達が、いますから」

 わたしは、フルーレンツさんを召喚する。

『いいねえ。コーラッセン出身の者と、ゾンビながら出会えるとはね。懐かしいぜ』

 アラレイムが、愉快そうに笑う。

『俺の正体に気づけたのは、昔だったらコーラッセンの奴らくらいだろうな。あいつらにも道具を貸してやったっけな。返ってきてないってことは、滅びたんだろうなって思っていたけど』

 少しさみしそうに、アラレイムが天井を見上げた。

「あの、魔剣の道具を取ってこいって言われてきたんですが」

『いいぜ。好きなだけ持っていけ』

 ドドド、と、魔剣のために使う道具が大量にドラゴンの口から吐き出される。

「ありがとう、ございます」

『ただ、俺に勝てたらの話だがな』

 やはり、こういう展開になるよね?

『やっぱりな。久々に暴れてえんだよ。この辺りのモンスターじゃ、張り合いがなくってな。かといって、持ち場を離れるわけにもいかん』

「なにをなさってるので?」

『スルトがこの地に現れるかどうか、見張ってるんだよ』

 アラレイムがいうには、魔剣レーヴァテインの主であるスルトが、もうすぐこの地に現れるのでは、とのことだ。

『なにやら不穏な流れがあちこちで起きているらしいが、それはそっちの魔剣のせいじゃねえ。スルトが目覚める兆候なんだよなぁ』

 うんざりしたような声で、アラレイムがつぶやく。

『かといって、じゃあよろしくお願いしますって工具だけ渡しても、扱えるかどうかわからん。テメエらの力量を見極めて、魔剣の真なる力を引き出せるかどうか試させてもらわねえとよ』

『とかいって、実際は暴れたいだけなんだろうね』

 レベッカちゃんが、横槍を入れた。
 
『よくわかってんじゃねえか。お嬢ちゃんよぉ』

 アラレイムは、レベッカちゃんをお嬢ちゃん呼ばわりする。

 レベッカちゃんが、青筋を立てているのが、背中から伝わってきた。

『ケンカしたいなら、相手になってやろうじゃないか!』

『吠えるなよ。美人が台無しだぜ、お嬢ちゃん』

『ぶっ飛ばしてやんよ。そんでもって、アンタもアタシ様の一部になりな!』

 わたしの意見も聞かず、レベッカちゃんがわたしの身体を乗っ取る。

 魔剣を抜き、戦闘態勢に。