ポンコツ錬金術師、魔剣のレプリカを拾って魔改造したら最強に ~出来損ない同士でスローライフを目指していたら、魔王と勘違いされました~

「えっと。コイツ、死んだの?」

 潰したクマのぬいぐるみを確認する。

「違うでヤンスよ、キャル。本体はまだ、生きているでヤンス」

 このぬいぐるみは、イザボーラが操っていただけだという。
 イザボーラはぬいぐるみを通して、幼いクリームヒルト様を傀儡にしようと企んでいたのだろうとのこと。
 
「間一髪だったな。グーラノラに、あえて危険人物でも通せと指示を出していたが、冷や汗が出たぞ」
 
「ぶっちゃけソレガシたちが戦わなくても、この神官殿で対処できたでヤンスよ」

 ヤトが釣り針を動かすタイミングで、グーラノラさんも動いていた。すぐに、クリームヒルト姫をカバーしていたのは見事だ。

「あの程度の人形なら、御せるかと思います。しかし、イザボーラ本体となると、私の手には」

 ツヴァンツィガーの総力をもってしても、足止めするのが限界だとか。

 そこまでなのか、イザボーラは。


「さて、危機は去ったんだけど……」
 
 この後、どうするか。
 グミスリル鋼のヨロイができるまで、レベル上げくらいしかやることがない。
 おまけにヘルムースさんは、わたしとクレアさん用のヨロイまで作ってくれていた。しかも、ミスリル銀製である。
 数が少ないグミスリルをフルーレンツさんだけに使うというので、お詫びも兼ねているそうだ。
 それでも、ありがたい。

 フルーレンツさんのヨロイを待たずに、敵の根城へ突っ込むことも考えた。

 しかし「やめたほうがいい」と、ヤトから止められる。
 
「わたしたちって、カリュブディスを倒したじゃん。あれよりひどい戦闘になると?」

「イザボーラは、当時の魔王と双璧をなす存在にまで、強くなっている」

 不完全だったカリュブディスとは、比較にならないという。

「でもイザボーラって、ただのエルフなんだよね? そんなに強くなった理由なんて」 
「ヤツは、魔剣を所持している可能性が高いでヤンス。その実態がわからない以上、ヘタに手出しはできないでヤンスよ」

 イザボーラとの戦いは、長期戦になりそうな気配がするとか。

 うーむ。こちらとしては早くツヴァンツィガーを発って、魔剣を強化したいのだが。

『また魔剣と戦えるってのかい? 腕が鳴るねえ!』

 レベッカちゃんは、まだ見ぬ強敵に、胸を踊らせていた。
 こういうとき、戦闘狂は気楽だなあ。


 それはそうと、フルーレンツさんの様子がおかしい。
 ずっと、コーラッセンのある方角を見つめていた。

「フルーレンツさんは、故郷が恋しい?」

「おお、キャル殿。どうだろう? 我がどう願っても、コーラッセンの民が戻ってくるわけでなく」

「でも、故郷がボロボロの状態って、さみしいよね」

 わたしにできることは、あるだろうか?


「いっそさ、復興させる? モンスターの街にしちゃうとか」

「できるのか?」

「一応、街としての機能は、回復できるかも」

「おお。すばらしい!」

「ただ、建国許可は必要かも」


 わたしは、再び王城に向かった。
 王様に、事情を説明する。
 クリームヒルト姫を助けたことで、わたしは王城にてほぼ顔パスになっていた。

 それでも、教頭先生にかけてもらった【緊張を解く】永続魔法がなかったら、話すこともできなかっただろうね。
 
 
「……というわけなんですが」

「たしかに、ファッパとツヴァンツィガーとの間にパイプがあれば、色々と助かるな」

 とはいえ「魔物ばかりの街」となると、複雑な顔をした。
 
 すいませんねえ。なにぶん、味方がアンデッドばかりなもので……。

「コーラッセンとしては不可能だが、別の都市として再生なら、考えてもよかろう」

「本当ですか?」

「うむ。他の国家との共有財産にしようかと」

「いいですね!」

 建築自体は、わたしたちの率いるスパルトイでやってみる。

 フルーレンツさんが率先して、スパルトイたちに指示を送った。
 古い王都として再生ではなく、新しい過ごしやすい土地を目指している。
 枯れていた畑も、わたしたちで耕す。

『オラオラ! ヤキを入れるよ!』

 レベッカちゃんが雑草を焼き尽くし、クワに変形して土を掘った。
 農具にまで変形できるとか、レベッカちゃんは何者なんだろうか? ヘルムースさんがいうように、マジで魔物を魔剣の形に固めた存在なのかも。

 建物の建築や水車小屋の設計は、フワルー先輩やシューくん、クレアさんが手伝ってくれた。
 
「ゴハンができましたよー」

 わたしは、(ひしお)を使った焼きおにぎりを、みんなに振る舞う。


「ああ、うまい! この一口のために生きとるわ」

「おおげさなんですよ、先輩は」

「せやけど、あんたはホンマにええ嫁はんになるで。冗談抜きで」

「ヤですよー。特定の人と添い遂げるなんてー」

 わたしは魔剣作りの旅がしたくて、家を飛び出した。
 今更、誰かの伴侶になるなんて、考えられない。
 

 
 王様たちは、他の国から移住したい人を、募ってくれるそうだ。

 これは、デカいプロジェクトになりそう。

「よろしいのだ。国家間との交流も、マンネリ気味だったのでな」

 ファッパには、ヤトとリンタローが呼びかけてくれるそうだ。
 財団にも、協力してもらうという。


「一つの王国が管理するとなると、誰が統治するか揉めそうだったのです。が、財団の所有する土地として活用するなら、問題ないかと」

 シューくんが、そう提案してくれた。

 財団は、各地に点在している。
 各国家の商業と連携して、ショップを管理すればいい。


「だんだん、話が大きくなってきたね」

『街の完成が、楽しみになってきたよ!』

 廃墟だった王国が、街として活気を取り戻していく。


 街がすっかり新しく生まれ変わった頃、ようやくグミスリルを使ったヨロイが完成した。

「あの化け物が着ていたものより薄いのに、強度が増しておる。かたじけない」

「いえ。気に入ってくださったなら、なにより」
 
 
 わたしたちの装備も、一新される。

「レベッカの方は扱いに困ったが、お前さんが打ったこの……名前なんだっけ?」

地獄極楽右衛門(ヘル・アンド・ヘブン)ですわ」

 クレアさんがわたしに代わって、魔剣の正式名称をヘルムースさんに教える。

「おお。まあこの……魔剣の方な。こちらは武器の寄せ集めだったから、鍛え直すことはできたわい」

 見違えるほどに、地獄極楽右衛門は磨きがかかっていた。
 構造が、最初から見直されている。
 驚いたのは、五番の棍棒が回転式になっている。表面が互い違いに回転することにより、武器破壊の仕方が前よりはるかにえげつなくなった。しかし太い刃物とすることで、剣に見えなかった問題も解決している。

「すばらしい発想ですわ。ありがとうございます、ヘルムースさん」

「すごい。これは、鍛冶屋の発想だね」

 鍛冶師といっても、装備品ばかりを扱うわけじゃない。歯車などを作るときだってある。
 わたしたちが街を作っている間も、歯車などを加工していた。

「お前さんたちのおかげで、ええ気分転換になったわい。ありがとうよ」

「いえいえ。ヘルムースさんが天才なんだって」

「ぬかせい。この魔剣は、お主のトンデモ発想じゃろうが。ワシは、それを剣として扱いやすくしたまでのことよ」

 魔剣を一から作るというのは、やはりなかなか難しいという。

「ましてワシは、歳を取りすぎてしもうた。頭でっかちってやつよのう」

「でもすごいよ。長年の経験から、この魔剣の良さを引き出してくれたんだもん」

「ありがとうよ。そう言ってもらえると、鍛冶屋冥利に尽きるってもんよ」
 

 何度もお礼を言って、わたしたちはヘルムースさんの鍛冶屋を後にする。


「準備完了でヤンスか?」

「うん。行こう」

 あとは、次の目的地への道を邪魔をしている魔女イザボーラを倒すだけ。

(第五章 完)
 コーラッセンの街が、ある程度まで復旧した。
 といっても、ちょっとしたバザーテントが大量にできているだけだが。
 それでもこの間まで、廃墟だった街である。
 今では商人たちのおかげで、活気が溢れていた。

 ミスリル銀製のアイテムなどは、こちらでも売買している。

 コーラッセンとグミスリル鉱山は、ツヴァンツィガーを挟まない位置にあった。
 ツヴァンツィガーによる独占なんて、発生しない。
 魔女イザボーラの手が入らなくなったことで、国家間によるミスリル争奪の緊張は解けた。
 グミスリルはツヴァンツィガーというか、フルーレンツさんが独占してしまっている。だが手に入れたところで、どの国でも加工が難しい。結局、ヘルムースさんらドワーフの手に委ねられるのである。

「そうじゃ。キャルよ、お前さんのヨロイもできあがったぞい。渡し忘れとった」

「ありがと……う」

 ヘルムースさんの作ったアーマーを見て、わたしは絶句した。

 相変わらずの、メイドビキニアーマーとは。

 このヨロイの存在は、忘れていたかったよ。

「あんたもヘンタイかいっ。っての」

「違うわい! ワシはオーダー通りに作ってやっただけぞい」

「オーダーって?」

 ヘルムースさんは親指で、クレアさんを指し示す。

 ああ。あの人の依頼なら、断れないよね。
 しかも、アーマーの完成度といったら。
 やはりというか、当然というか。わたしが錬成するより、強度がアップしている。
 さらに、外れにくいというスグレモノ。
 なのに、布面積はわたしの手製よりやや小さめというね。
 職人芸だよ。
 
「このこだわりは、やっぱりヘンタイじゃないと」

「違うっちゅうんじゃっ。ワシはヨメ一筋じゃて!」

 でも、気合の入り方が違うんだけどなあ。

「それはそうと! ツヴァンツィガーの兵隊が、イザボーラの棲む洞窟に突撃したそうじゃ」

 複数の冒険者とともに、ツヴァンツィガーが攻め込んだという。

「結果は?」

「各フロアのガーディアンを、破壊できたそうじゃ」

 さすがにグミスリルの鉱山を守っていたヤツラよりは、弱かったそうな。
 ましてこちらは、ミスリルで武装した集団だもん。

「じゃが、出口が見つからんとな」

「そうなんだ」

 雪山は迷宮となっていて、ここを突破しないと魔女の宮殿にたどり着けない。
 しかし、その迷宮の攻略に手間取っているという。

「リンタローとヤトが先んじて攻略を開始しておるが、時間がかかりそうじゃ」

「わかった。合流するよ」

 お弁当を作って、雪山を突破しに向かおう。

「クレアさん、ダンジョンに行きましょう」

「ですわね。やはりワタクシ、待機していられる性分ではありませんわ」

 わたしたちは、いわゆるボスキラーだ。

 なのでリンタローとヤトは、わたしたちに待機しておいてくれと言った。
 自分たちで露払いをある程度行い、切り札であるわたしたちに、魔女をたおしてもらおうとしていたようである。

 しかし、想像以上にダンジョン攻略に難航しているようだ。


 雪山のダンジョンに、到着した。

 やや肌寒いが、レベッカちゃんで体温調節できるので、寒さは気にならない。

「クレアさんは、どうですか? 寒いんじゃ」

「いえ。このくらい、どうってことありませんわ」

 本当に、寒くなさそうだ。

 クレアさんの全身は、ミスリル製の胸当てである。
 ほかは、金属を編み込んだミニスカートだ。

 わたしのメイドプレートもそうだが、全体に「地獄のヒスイ(アビスジェイド)」を施してある。流体状態にして、アーマーの周囲を常に駆け巡っているのだ。これによって魔法攻撃力アップするだけでなく、常に魔法障壁を張って防御面の向上までこなしている。装備が軽いので、敏捷性も高い。
 おまけに、クレアさんのブーツは特注品だ。魔法石による強化はもちろん、ヘルムースさんがアーマーに施した処置を、ブーツにも同様に仕込んである。
 弱いわけがない。


「行きます、クレアさん」
 
「ついて参りますわ、キャルさん」


 わたしたちは、ダンジョンに入る。

 暗くて、先が見えない。

 こういうとき、テンちゃんの光る目は便利だ。
 光を常に照らしているのでモンスターには襲われるが、その都度蹴散らすから問題ない。

「キャル、こっちでヤンス」

「おなかすいた」

 少なくともあいさつしてきたリンタローに対し、ヤトはマイペースである。

「はいはい。安全な場所に移って、ゴハンにしよう」


 わたしたちは、ヤトたちと合流して、昼食にする。
 ちゃんと、他の冒険者の分だって、もってきてるんだから。

「並んでくださいね」

『横入りするヤツは、メシ抜きだからね!』

 おっかないレベッカちゃんの罵声に、冒険者たちが震え上がった。

 まあ彼らからしたら、バカでかいネコが怒鳴り散らしているように見えるから、しょうがない。

「ところで、どんな感じ?」
  
「危険なトラップはないでヤンス。ボス部屋なんかも、なさそうでヤンスよ」
 
 となれば、魔力の温存とかはしなくていいっぽいな。

「ところが、仕掛けが難しい」

 純粋魔法使いのヤトでさえ、手を焼くほどの要素があるという。


「全っ然! 単語が、わからん!」

 おそらく出口につながっている扉にある文字が、どうあっても解読できないらしい。

「見せて」

「うん、そこにコンソールがある。そこの文字」


 ヤトに案内してもらった場所に、辿り着いた。

 敵は倒してくれているので、めちゃ安全に到着する。

「うわああああ」

 思わず、ため息が漏れた。

 着いた場所は、ステンドグラスの間である。
 万華鏡のように形を変える鏡が、行く手を遮っていた。

「これ、氷だ」

「そう。【永遠の氷】。【原始の氷】でも破壊できない、究極の氷。行く手を塞ぐのに、最適」

「詰みじゃん」

 もし、ここを通れなければ、何ヶ月もかけて山を登る必要がある。しかも、人が通れる道ではない。別口から山にトンネルを掘ることも、不可能だ。
 
「開く手段はある。でも、解読できる相手がいない」

 ヤトが、ため息を付く。

「これは……我に任せよ」

 ステンドグラスのそばにあるコンソールに、フルーレンツさんが立つ。

「永遠の氷よ。今、雪解けのとき……」

「読めるの?」


「これは、古代コーラッセンで使われていた言語だ。何千年も昔の」

 さらにフルーレンツさんは、コーラッセンの言葉を読み上げた。

「今こそ裂け目を抜け、魔女を討たん」


 ズズズ……と、氷の万華鏡が開く。やがて、氷の結晶による道ができあがった。


「すごいでヤンス。古代コーラッセンの言語なんて、天狗(イースト・エルフ)にさえ、伝わっていないでヤンスよ」

「古代コーラッセン語なら、読むものはいないと踏んだのだな。だから我を目覚めさせ、傀儡にしたのだろう」

 自分の根城を守るために、古代王国の言葉を利用するとは。

『こざかしいヤロウだね?』

「うん。絶対、やっつけよう」

 大切な故郷の言葉を利用された、フルーレンツさんのためにも。

 雪山のトンネルを抜けると、真っ白い洋館が見えてきた。
 木でできている屋敷だが、すべてが雪でできているかのように、白い。
 
 
「ここから先は、私たちだけで行く。みなさんは、帰って」

 ツヴァンツィガーの兵隊に、ヤトが告げる。

「いいのか? ツヴァンツィガーとしては、なんとしても魔女を叩かねば」

「どちらかというと、私たちがいない間に城を守ってほしい。魔女を警戒しつつ、ツヴァンツィガーを守るなんて器用なマネはできない」

 ヤトが、ここまで気を張る相手なんだ。魔女イザボーラって。

「わかった。国王には報告しておく。ご武運を」

 ツヴァンツィガー兵は、去っていく。

 わたしたち以外の冒険者も、帰っていった。
 自分たちが足手まといだと、思ったのだろう。
 エントランスに入る。

 内部は、普通に貴族のお屋敷みたいだ。
 しかし、明かりがついていない。薄ぼんやりとしか、周囲が伺えなかった。
 
『暗いね。キャル』

「うん」

 わたしは天井に向けて、照明用の火球を飛ばす。
 シャンデリアに、火が灯った。

「像ばっかり」

 四本脚の魔物や、ヨロイを着た兵士の像が、こちらを囲んでいる。

 エントランスの広さも、ダンスホールってレベルじゃない。闘技場みたいな広さがある。

 明らかに、館の外観とは不釣り合いだ。

「屋敷全体を、異界化している。元はただの洋館。しかしその実態は、凶悪な実験場」

 ヤトが釣り竿で地面を叩き、屋敷の内部を調査する。
 根城をダンジョン化し、人を寄せ付けないようにしているらしい。
 
 
「よーく、ここまで来たわね。褒めてあげるわ」
 
 
 踊り場に、魔女イザボーラが姿を表した。
 ロングヘアの銀髪を、丸くまとめている。
 顔に薄手のヴェールを被っているため、顔はよく見えない。
 しかし、かなり年老いているのはわかった。
 エルフは長寿ときくが、イザボーラはかなり高齢の老婆に見える。
 肌はきれいなものの、身体は枯れ枝のように貧相だ。
 
『魔剣に、生気を吸われているんだね。あのヤロウ、かなり極悪な剣を拾ったみたいだよ』

 レベッカちゃんが、魔剣があることを探知した。

「魔剣の存在が、わかるの?」

『わかるさ。隠されてはいるが、ビリビリって伝わってくるよ』

 手には持っていないが、どこかにあるはずだとのこと。

「絶大なパワーを手に入れた代わりに、身体は崩れかけている」

 ヤトの分析だと、もう長くはないだろうとのこと。
 魔剣にムリヤリ、生かされているだけらしい。
 
「悪いことは言わないでヤンスよ。魔剣を手放したほうがいいでヤンス」
 
「なにをバカな。あんな凄まじいパワーをくれる魔剣を、そうそう手放せるもんですか!」

 リンタローの説得も、イザボーラには届かない。
 
「そのせいで命を失っては、元も子もないでヤンスよ」

「くだらない。最強のためなら、死んでも構わないわ」

 イザボーラは、紫色の魔力を手から放つ、魔物の像たちに、自身の魔力を注いだ。

 像だったモンスターたちが、動き出す。

「目障りな侵入者を、食ってしまいなさい」
 
 イザボーラは、奥へと引っ込んでいく。

「自分の身体さえ実験道具にしているやつに、説得はムダ。倒すしかない」

「しょうがないでヤンスね。ヤト。派手に参るでヤンス」

 リンタローが着物を脱いで、身軽になった。着物を変形させ、鉄扇を装備する。

「【絶風陣(ぜつふうじん)】!」
  
 風魔法で、リンタローが竜巻を起こす。

 だが兵士は、リンタローの魔法を盾で簡単に弾いた。
 
「おお、あれは、グミスリル鋼でヤンス!」

 敵が、ランスで突き攻撃をしてくる。
 リンタローが、鉄扇で相手の攻めを受け流した。

「敵にすると、厄介でヤンス」 
 
「ならこの新しい五番を、試しますわ」

 クレアさんが、トートに五番を用意させた。棍棒を囲んでいる歯車に、魔力を込める。

 歯車が、回転を始めた。

 クレアさんが、兵士に棍棒を叩き込む。

 当然、兵士は盾で防いだ。

「愚行ですわ」

 回転する棍棒は、盾を腕ごと巻き込んでいった。

 兵士が、回転棍棒に吸い込まれていく。
 
 魔法攻撃を受け付けなかったグミスリルの兵士を、クレアさんは回転する棍棒で粉々にする。
 
「なんて、凶器なんでヤンスか」
 
「狂人相手には、これでも優しいくらいですわ」

 クレアさんはもう二、三体の兵士を、破壊した。

 残りの兵士たちが、四本脚の魔物に取り付いた。

 ただの大きなヤギらしき魔物が、巨大なキメラへと変わる。
 胴体に獅子の頭が生えて、尻尾がヘビに。翼まで生えた。
 
 キメラが、空を飛ぶ。獅子の口から、火炎弾を撃ってきた。

「おっと! 【風の壁】でヤンス」
 
 鉄扇をブンブンと振り回し、リンタローが風で障壁を作る。

「任せてよ!」

 わたしも【第三の腕】を操作して、火球を防ぐ。

「【アイスジャベリン】」


 釣り竿を振り回し、ヤトが釣り針から氷のヤリを無数に放った。
 炎には、氷とばかりに。
 リンタローの風の力も借りて、連射速度もアップさせた。

 だがその攻撃も、グミスリルに包んだ肉体には通じない。

「面倒」

「我に任せよ」

 防御で動けないわたしの代わりに、フルーレンツさんが飛び出した。

 グミスリル鋼で作られた剣を、空中のキメラに打ち込む。

 翼を切られたキメラが、落ちてくる。
 着地はしたが……。

『そこはもう、地獄の一丁目さね!』

 レベッカちゃんが、既にダメージ床を形成していた。

 マグマのようなダメージ床に落ちてキメラがもがき苦しむ。
 こちらへ火球を打ち出しても、地面で燃え盛る黒い炎に阻まれた。
 
【原始の炎】による攻撃は、頑強なグミスリル鋼さえ通す。

「どえらく、成長したでヤンスね。キャル殿」

「レベッカちゃんが、アビスジェイドを食べたせいかな? めちゃレベルアップして、変身しても燃料切れにならなくなったんだよね」

 これでいつでも、レベッカちゃんと入れ替わりが可能だ。
 魔力消費に、気をもむ必要もない。

 燃費が悪い【原始の炎】は、本来持続ダメージを与える魔法には使いづらい。

 ヤトもあまり積極的には、【原始】の力を使っていなかった。
 純粋な魔法使いであるヤトでさえ、原始シリーズの魔力消費はキツい。

 しかし、レベッカちゃんは【アビスジェイド】を大量に食っている。
 そのため、最大魔力量が尋常ではない。

 キメラがドロドロになるまで、ダメージ床は存在し続けている。

 結局最後まで黒い炎の床から脱出できず、キメラは生命活動を停止。粉々に砕け散った。

 ドロップしたグミスリル鋼を手にとって、二階へ上がる。
 
「また、レベッカやキャルが化け物になりつつあるでヤンス」

「化け物というか、バカ。でも、こんなことなら私もアビスジェイドを妖刀に食わせればよかった」

 リンタローとヤトから、辛辣な褒め言葉をいただく。

『やめときな。妖刀が腹を壊すだけだよ。こんな芸当、後先考えてないアタシ様だからこそやれるのさ』
 
 
「そうそう。化け物は、レベッカちゃんだけで充分だよお」

『なにを言ってるんだい。そもそもアタシ様を導いているのは、キャル。アンタなんだからね』
 
「えー。責任転嫁しないでよー」

 談笑しながら、長い廊下を進む。

「私が恐れているのは、魔剣レベッカにすべてを委ねているのに、あなたが正気を保っていること」

 ヤトが、核心をついたような言い方をする。

「それは、わたしも思ってるんだよねえ」

 これまでかなりの頻度で、魔剣に依存してきたんだ。今頃、魔剣に命を乗っ取られてもおかしくはない。
 だがレベッカちゃんは、わたしに取って代わろうとまではしない。

『アタシ様自身、自分が何者かわからなくなってきてね。キャルと二人三脚している方が、アタシ様も正気でいられるのさ。キャルの世話になる方が、色々と便利だと分かってきたからね』
 
「もうなんか、友だち感覚なんだよね。二人で一人って方が、自然っていうか」

 魔剣とこんな関係になるなんて、夢にも思っていなかったけどね。

「それにしても、静かですわ」

 クレアさんが、歩きながらつぶやいた。

 番犬を退治してから、敵が出てこない。
 あの勢力だけで、勝てると思っていたのだろう。
 魔物を一切、配置していなかった。

「キャルさん、見えてきましたわ」

 クレアさんが、ひときわ豪華な扉を発見する。

 ドアを開くと、広い場所に出てきた。

 部屋の奥に、魔剣が飾られている。

「なんとも、骨ばっていて禍々しいでヤンスね」

「変わった形だね。剣の先に、剣先が装着されているよ」
 
 剣の上に、小さいナイフの刃先を取り付けたような感じに見えた。

「きっと、魔剣の魔力を触らないように、別の剣で補強したんでヤンスよ」
 
 魔剣の先が、オレンジ色に輝く。

 レベッカちゃんに反応するかのように。

『あれは、レーヴァテイン!』
 魔剣レーヴァテインが、魔剣の刃とつながっていると、レベッカちゃんは言う。

「レベッカちゃん、間違いないの?」

『同じレーヴァテインだから、わかるのさ。キャル。あれは、正真正銘のレイーヴァテインだ。あんな小さいナイフでも、ね』

 確信めいた口調で、レベッカちゃんは告げる。

「でも、伝説上の魔剣でヤンスよ」

『だから、レーヴァテインはヤバイのさ。おそらくどこかから飛来して、こっちの世界に実体化したんだな』

 なんらかの手段を用いて、おとぎ話の世界を飛び越えてきたってこと?

 そんなトンデモ平気だったなんて、ありえない。

「多分だけど、【こちらとは違う世界】ってのは、本当にあるんだと思う。そこからなにかの手段を用いて、こっちの世界に運ばれてきたのかも。レベッカちゃんも」
 
 わたしなら、そっちの説を信じる。
「フィクションから実体化しました」なんてナンセンスな理屈より、よっぽど筋が通るよ。

「レベッカは、こっちに来た記憶はない? あなたは魔剣本人。こちらの世界にやってきた経緯だって、思い出せるはず」
 
『あいにくだけど、覚えていないんだ。まったく。アタシ様がこちらにやってきた目的も、あいまいなのさ』

 ただひとつ言えるのは、レベッカちゃんはレーヴァテインの【影打ち】……つまり、試作品であること。
 また、あの魔剣もレーヴァテインであることだけだ。

「あっちのレーヴァテインが影打ち、って可能性は?」

『さてね。しかし、アタシ様よりよっぽどヤバイ瘴気を放っているよ。話せばわかるなんて、言えないねえ』
 
 どうあっても、魔剣とは戦うしかないみたいである。
 
 
「それにしても、大きい魔剣でヤンス」

 リンタローが、レーヴァテインと接続された魔剣の感想を述べた。
 
 魔剣と言うより、【戦斧】と形容してもいいだろう。
 それも、ミノタウロスが使う得物より大きい。軽く、二倍くらいはあるだろう。

 刀身も一応あるから「剣」の形はしている。だが、実際の刃はレーヴァテインだけのようだ。

 あんなナイフくらい小さい刃を、五メートル位の戦斧に繋いである。

 あれほどの処置を施さないと、扱えないとは。
 レーヴァテインは、危険きわまりないアイテムだというわけか。

「台座の隣に、鉄製の像が座ってるでヤンス」
 
 魔剣の右隣には、鋼鉄でできた巨人が鎮座していた。
 あの魔剣を持ち上げられそうなくらいの、大きさである。

 わたしたちが知っている、どのヨロイとも違った形をしていた。
 表面がシャープではなく、分厚い盾を全身に装備しているかのような形状だ。明らかに、人が装着するように想定していない。

 悪魔にでも着せるつもりなんだろうか? 
 いや。イザボーラはグミスリルの鉱山で、ヨロイを悪魔に着せていた。
 しかしこのヨロイは、誰が着るイメージで作られたのだろう。

 ヨロイ姿の巨人と言うより、ゴーレムを思わせた。
 だが、ゴーレムとはもっと無骨なものだ。こんな城塞じみた造形にはならない。
 妙な角やトゲなどが、頭や背中から突き出ている。羽のない翼まで、背面に装備していた。

 ああいうのを、「近未来型」というのだろうか?

 レーヴァテインの放つ瘴気に当てられているのか、右半身だけ歪な形に変形していた。
 魔剣と同じように、禍々しさで満ち溢れている。まさに、悪魔を具現化したかのような。

 
「キャル。あの像、グミスリル製」

 グミスリルが歪むくらい、レーヴァテインの放つ毒はエゲツナイと?
 
 使ってみてわかったが、グミスリルは魔法抵抗力が高い。
 そのミスリルが、あんな形になってしまうなんて。

「そのとおりよ」

 台座の間に、老婆の声が響き渡る。

 どこからだ? 

 あたりを探すが、声の主が見当たらない。
 
「キャルさん、あそこに!」

 クレアさんが、巨人の肩あたりを指さした。
 
 巨人の首の横に、さっきの老婆が座っている。

「逃げずに、よく来たわね。この魔女イザボーラに挑もうなんて」

「イザボーラ。ツヴァンツィガーを襲うのはやめるでヤンス。もうあなたは各国から囲まれているでヤンスよ」

「上等だわ。返り討ちにしてやるから。それに、向こうから出向いてくれるのなら、アタシがわざわざ向かう手間も省けるというもの」

「そんなヨボヨボの身体で、なにができるっていうんでヤンス?」

「できるわ。自分で魔剣に触れられないなら、扱える道具を用意すればいいのよ!」


 鉄の像が、立ち上がった。手に、魔剣を持つ。
 

「これぞ、抗・魔剣レーヴァテイン用決戦ミスリルゴーレム。ヘパイストス!」

 ミスリルゴーレムの表面に、更にグミスリルをコーティングしているのか。 

「なるほど。グミスリルを集めていた理由がようやくわかったでヤンスよ。キャル殿もわかったのでは?」

「うん。今、思い知ったよ」
 
 ミスリルよりさらに強固なグミスリルで、魔剣や巨人を補強したんだ。
 魔剣に抵抗できるように。 

 鉱石にはない柔軟さで、グミスリルがねじれて歪んでしまっている。
 まるで生き物になってしまったかのように。

 いや、あれは……魔剣は、生き物になっている!

「レーヴァテインを離して! もうそれは、あなたの手に負えないよ!」

「うるさいわね、小娘が! 天才であるアタシが、魔剣レーヴァテインごときを使いこなせないと思っているのね?」
 
 イザボーラが、巨人の背後に乗り込んだ。

 かと思えば、中央の一つ目ライオンの目に移動してきた。

「行きなさい、ヘパイストス! この小娘たちを踏み潰しておやり!」

 二本の杖を操り、イザボーラが巨人に指示を送り込む。
 あの杖に魔力を送り込んで、この巨人を動かしているのか。

 手に持った魔剣を、巨人が振り下ろした。

「トートさん、五番!」

 クレアさんがさっそく、魔剣破壊兵器を試す。

「くっ!?」
 
 だが、魔剣殺しがドロっと溶けてしまう。


「ムダよ。喰らいなさい!」


 中央にある獅子の顔から、イザボーラが特大の火球を撃ち出す。

 全員が、その場から跳躍して散った。

 屋敷が破壊され、外への穴が開く。

「魔法も、魔剣レーヴァテインの力でパワーアップしているでヤンスよ!」

 上空で竜巻に乗りながら、リンタローが戦況を分析する。

「だったら、レーヴァテインを経由している魔剣を攻撃する」

 ヤトが、釣り竿を操作した。
 釣り糸を動かし、魔剣に巻きつける。

 原始の氷の力を全開にし、魔剣を固定した。
 
「トートさん、一〇番を。雷霆蹴り(トニトルス)!」

 クレアさん自らが魔剣と化し、巨人の持つ魔剣に必殺の蹴りを叩き込む。

 レーヴァテインには、クレアさんの蹴りさえも通じない。

 それでも――。

「捕りました」

 魔剣にヒビを入れることには成功した。さすがクレアさん!


「やるでヤンスね! 【竜巻】!」

 リンタローが竜巻でヤトとクレアさんを包み、避難させる。
 

「それでも、ダメージは少々って感じでヤンス。キャル殿!」


『わーってるよ! 最初からクライマックスでやらせてもらうさ!』

 レベッカちゃんがわたしと人格を交代して、魔剣に斬りかかった。

「ヤト、【原始の氷】もお願い!」

「了解!」

 魔剣のヒビに剣を執拗に打ち込みつつ、ヤトに【原始の氷】を込めた糸で同様に叩いてもらう。
【原始】の炎と氷との、ダブル攻撃である。

 究極の温度差には、いくらグミスリルでも対抗できなかったようだ。

 巨大な魔剣が、ボキリと折れた。

「バカな!? ヘパイストスの剣が!」

 しかし、イザボーラもあきらめない。直接、巨人にレーヴァテインを持たせた。

「こうなったら、直に攻撃を……!?」

 なぜか、巨人が魔女の身体を剣で貫いた。

 巨人が、イザボーラの制御を離れたのか?

「ど、どうし、て」







『わからぬか? もうハンデ戦ではないのだ』

 魔剣レーヴァテインの声は、レベッカちゃんの声に近かった。
 レーヴァテインが、ゴーレムを勝手に動かして、魔女イザボーラを刺したではないか。
 そんなことも可能なのか。

「拾い主の恩を、仇で返すの!?」

『オレサマは最初から、自立して動けるのだ。このように』

 ミスリルゴーレムが、イザボーラの指示なしでひとりでに動き出す。

『一人で勝手に、手足がなければ魔剣は動かぬと誤解していたに過ぎん。オレサマはレーヴァテインぞ。それくらいできずにどうするか?』
 
 たしかにレベッカちゃんは、わたしに憑依できるが。
 無機物まで操作するとは。

「このアタシを殺して、あなたが魔剣を維持できると思っているの!? ヘパイストスがなければ、あなたはただのデクノボウなのよ!?」

『心配をすることはない。この機動兵器の扱い方は、お前より知っている。安心して死ね』

 ミスリルゴーレムが、より深々と魔剣をイザボーラに突き刺した。

 イザボーラの肉体が、みるみるしぼんでいく。

『フン。大した魔力を持たぬくせに、支配者ぶるとは』

 ゴーレムが、イザボーラだったものから剣を引き抜く。
 亡骸をつまんで、ポイと外へ放り出した。
 
 自分を拾った相手すら、手にかけるとは。
 レーヴァテインの性格を見るからに、かなり危険な相手と見た。

「なんでヤツでヤンス」

「……あのさ、みんな」

 わたしは、みんなに提案をする。


「この魔剣とは、わたしとレベッカちゃんだけで戦いたい」

「なにを言っているのか、わかってる? キャル?」

 ヤトが猛反発した。

「相手は【原始の炎】を標準装備した、凶悪な魔剣。こちらは【原始の氷】魔法も持っている。束になってかかれば」

「それは、わかってる」

 おそらく集団で戦ったほうが、勝率は高い。

 しかし、どうしてもこの魔剣とは、二人だけで戦わなければならない気がした。

「フルーレンツさんも、いいかな?」

「我は、あなたに従うまで」

 まず、フルーレンツさんの承諾を得る。

「クレアさんは、どうですか?」

「キャルさんの行動で、間違っていたことは一度もありませんでしたわ」

 あれだけ好戦的だったクレアさんが、引き下がった。

「悔しいですわ。ワタクシでは、あの魔剣レーヴァテインに、傷一つ付けられないでしょう。それは、重々承知していますわ」

 クレアさんは、唇を噛む。よほど、悔しいのだろう。

「ソレガシは、あまり気が進まないでヤンス。合理的に戦うなら、少しでも勝率を上げたほうがいいでヤンスよ」
 
「私も、同意見。無謀な行為は避けるべき。あなたが負けたら、魔剣は外に出て、すべてを破壊していく。誰にも止められなくなる」

 外に危険が及ぶことを、ヤトとリンタローは懸念していた。
 一度妖刀に憑依されたことのあるヤトは、なおさらだろう。

「だからこそ、あのレーヴァテインとは一対一で戦わなきゃならない」

「キャル!」

「みんなの力を借りてばかりだったら、この先レーヴァテインがまた現れたとき、まともに戦えない!」

 ただでさえレベッカちゃんという、サンプル品のレーヴァテインを持っているのだ。
 なのに、戦闘になると周りに頼り切りなんて。

 これではレベッカちゃんの全力を、いつまでも測れない。

 この戦いは、レベッカちゃんの腕試しでもあるのだ。

『アタシ様がどこまでやれるのか、キャルの錬金術がどこまで通用しているのか、試すなら、まだレーヴァテインが欠片のうちしかないのさ』
 
 欠片の状態でも、レベッカちゃんの方が弱いとわかったら、すぐに応援してもらう。

 だが、手応えがありそうなら!


「これは、わたしたちのプライドの問題だよ。もしなにかあったら、お願い」

「わかった。好きにしたらいい」

 ヤトとリンタローは、同室にある【セーフエリア】まで下がっていった。

 ダンジョンには、セーフエリアという回復施設が自然発生する。
 闇の力が溢れる場所には、必然的に光の力も微量に集まるのだ。
 そうやって、ダンジョンの秩序は保たれている。
 たとえ魔剣でさえも、手は出せない。

『話し合いは、済んだか?』

「うん。あんたは、わたしとレベッカちゃんだけで相手をする」
 
『フン。試作品ふぜいが、オレサマにケンカを売るとは』
 
 ゴーレムが、イザボーラの使っていた魔剣にレーヴァテインを埋め込む。

『こおおおお!』

 魔剣から炎が吹き出し、質量のある炎へと変わった。

『これが、レーヴァテインの真の力だ! テメエのようなサンプル品とは、できが違うんだよ!』

『それは、アタシ様に傷をつけられてから言うんだね!』

『ほざけ、不良品がぁ!』

 ミスリルゴーレムが、剣を振り下ろした。叩き落とすというべきか。

 その剣を、わたしは片手でレベッカちゃんを構えて防ぐ。
 
 バシュッと、魔剣同士が炎を吹く。

『なんだと!?』

『質量を持った大剣なんてのは、こっちだって出せるんだよ! アンタだけの専売特許じゃないのさ!』
 

 この技術は、クレアさんの魔剣を作ったときにできた副産物だ。

 レベッカちゃんの刀身を主軸にして、炎に質量を持たせて巨大な刃にしたのである。

『ならば、どちらの炎が強いか試させてもらう』

『おうさ!』

 わたしとゴーレムで、炎の剣を打ち合う。

 いくら質量があるとはいえ、グニャグニャと曲がりながら叩きつけあった。

『なぜだ!? なぜゴーレム相手に、ここまで追随できるのだ!?』

『あんたのヨロイは強固な分、すっからかんなんだよ! がらんどうなのは、扱ってみたらわかるだろうが!』

 ミスリルゴーレムは、ほぼハリボテだった。中に魔物の骨を埋め込んではいるが。
 純粋に鉄の塊だったら、わたしも押し負けていたかもしれない。
 だが完全なミスリル銀ばかりでは、扱うにしても相当な魔力量が必要である。
 極力、薄手にしたほうが使いやすかったのだろう。

『ならば!』

 ゴーレムが肩から、二本の大砲を撃ち出す。

『おっと!』

 レベッカちゃんが、砲撃を側転で回避する。

 続いてゴーレムは、指から無数の炎の弾丸を撃ち出した。

 魔剣を回転させて、攻撃を弾き返す。
 
「この攻撃は……レベッカちゃん!」

『わかってるよ。キャル。あのヤロウ、「この世界にない武器」を使ってやがるね!』

 明らかに、この世界では追いつかない文明を利用している。

 わたしが適応できているのは、シューくんの発明を見ていたからだ。「シューくんなら、あんな武器は編み出せるだろう」と。
 
 とはいえ、しっかりとテストしていないのだろう。雑な攻撃ばかりが続く。

『そっちが邪道で攻めるなら、こちらも道を踏み外すよ!』

 レベッカちゃんが、地面に剣を突き刺した。
 ダメージ床を、形成する気だ。

『ちいい!』
 
 だが、ミスリルゴーレムは下半身を犠牲にして、飛行した。
 これも、わたしが見たこともない技術である。

『くらえ。【マジックミサイル】!』

 ゴーレムの下半身が砕け、破片が誘導弾となって襲ってきた。

 これは、レベッカちゃんでも防ぎきれない。

『とどめ!』 
 

 上空から、レーヴァテインの炎が振り下ろされた。

「わあ!」

 わたしの身体が、ふっとばされる。

「レベッカちゃん!」

 魔剣を手放してしまったため、わたしの意識が身体に戻ってきてしまう。

『手間を掛けさせやがって。だが、これでお前も、オレサマのモノだ!』

 ゴーレムが、レベッカちゃんをつまみ上げた。

 レーヴァテインの刀身へと、近づけていく。

 融合する気か。

……なんて、無謀な。
  
『ケケケ! 食えるもんなら、喰らってみな!』

 レベッカちゃんに、レーヴァテインが侵食していく。

『負け惜しみを……うっ! グヘエエエエエッ!』

 即座に、魔剣レーヴァテインはレベッカちゃんを手放す。
 その刀身は、ナイフより小さくなってしまっていた。
 
 やはり、食あたりを起こしたか。
『こいつは、レーヴァテインじゃねえ! レーヴァテインとは別モンだ! 何者なんだ、テメエェ!』

 レーヴァテインが、一目散に飛んで逃げていった。レベッカちゃんに一瞬触れただけで、ヤバイと認識したのだろう。

『情けないねえ。それでも世界を七度も焼き尽くしたっていう幻の魔剣レーヴァテインかい?』

「え、そんな伝説、わたしも知らないんだけど?」

『キャルには、話していなかったねえ! そうさ。レーヴァテインってのは、世界を何度も消し炭にしているんだよ。その片鱗こそアイツだったんだけどね』

 レーヴァテインを見下すように、レベッカちゃんはそう吐き捨てた。

 世界を七回焼き尽くすとか、もう燃えカスしか残ってなさそう。

『黙れイレギュラー! テメエは魔剣ですらねえ! もっと別のバケモンだ!』 
 
 ミスリルゴーレムに戻って、レーヴァレインは再度肉体を形成する。残った鉄分をフル稼働して、小型のゴーレムに姿を変えた。ただ魔力を使いすぎているのか、人間サイズまで小さくなっている。
 レベッカちゃんに侵食されたダメージは、相当大きいようだ。

『自分が格上だと思って、過信したようだね! アタシ様はレーヴァテインといっても、キャルの錬成を経て別のベクトルに進化しているんだよ! 妖刀さえ恐れるほどにね!』

『そうか。そういうことか! オレが感じ取ったのは、妖刀の残滓だったとは。あんなものを取り込んで、なぜ平然としていられる!? 一瞬で正気を失ったって、おかしくねえのに!』

『アタシ様は、そんなヤワじゃないのさ。妖刀だろうが海底神殿だろうが、残さずくらい尽くしてやったよ!』

『そんなことをして、どうして魔剣としての力を維持できる!? 信じられねえ!』
 
『正気を失うことが怖くて、魔剣なんてやってられないんだよ!』
 
 レベッカちゃんが、さらにパワーアップした。

『どうだい? あんたのしけた能力を吸い取って、パワーアップしたよ! あんたの力は、アタシ様が有効活用してやるから、ありがたく思うんだね!』

 魔剣レーヴァテインを吸収して、なおもレベッカちゃんはレベッカちゃんのままである。
 
『ひいいいい!』

 対して、わずかながらもレベッカちゃんに力を奪われたレーヴァテインの方が、すっかり弱気になってしまった。

『キャル。これがレーヴァテインさ。いくら最強の魔剣といえど、威厳を失ったらこんなに弱っちまう。絶対的な力を失った剣は、こんなもんさ』

「そうだね。これは……わたしたちが有効活用したほうがよさそう」

 わたしは、剣を振り上げる。

『来るな! この力は、オレサマのものだぁ! 【プリズミック・ミサイル】!』


 無数の魔弾が、弧を描いてこちらに飛んできた。まるで、虹が分散して襲ってくるかのように。
 
 この世界で見たこともない攻撃だ。

 しかし、なにも怖くない。
 こちらの方が有利だと、わかっているから。

 あれだけ恐ろしかった魔剣が、今はもう格下に見える。

「【紅蓮撃】」

 わたしは、レベッカちゃんを振り回し、オレンジ色のブレスを撒き散らした。

 それだけで、魔弾が焼け落ちる。

「魔剣よ、わたしの力となれ」

 ミスリルゴーレムに向けて、わたしはレベッカちゃんを突き刺した。

『ばかな。ただのレプリカに、オレサマが負けるなんて!』

「レベッカちゃんをただのレプリカと思っていた時点で、あなたは負けていたんです」

 魔剣レーヴァテインの欠片が、レベッカちゃんの中に取り込まれていくのがわかる。

 わずかに抵抗していたようだが、溶岩へ溶けていくかのように魔剣は消滅していった。
 完全に取り込まれたんだろう。

「レベッカちゃん、なんともないの?」

『何がだい?』

「あいつに心を蝕まれたりとか」

『むしろ、アタシ様がヤツを蝕んでやったさ』

 だろうね。その方が、レベッカちゃんらしい。

『終わったよ。アンタたち』

 レベッカちゃんが言うと、クレアさんたちがセーフゾーンから出てきた。

「すべて、終わりましたの? レーヴァテインの気配が、ありませんわ」

「終わりました。クレアさん」

 レベッカちゃんを縮小して、髪留めに戻す。

「妖刀どころか、ナイフ程度の大きさとはいえ、魔剣レーヴァテインをその手にするとは。たいした度胸でヤンス」

「末恐ろしい」

 リンタローもヤトも、わたしを恐ろしい目で見る。

「いやいや。みんなの方がすごいからね」

「またまた。謙遜はよくないでヤンスよ」

 とにかく、魔女とレーヴァテインの脅威は去った。



 ツヴァンツィガーのギルドに、報告を終える。
 ギルドを通じて、国王に魔女討伐の知らせは届いた。

 わたしたちは褒美として、勲章をいただく。

 これによって、わたしたちはどの国へも通行が可能になった。

 レベッカちゃんとしては、大量のグミスリルが手に入ったことが気に入ったみたいだけど。

「それにしても、中を空洞にして軽量化する技術って、よく考えるとナイスなアイデアだね。自分のゴーレムにも、取り入れてみよう」

「キャルさん、宴の席ですから、食べながら夢想は遠慮なさったほうが」

「そうでした! 申し訳ない!」

 鳥のモモにかじりつきながら、うっかり妄想の彼方へ飛んでいたよ。
 わたしはすっかり、錬金術のトリコになっていた。
 宴はいいから、今すぐにでも試したい錬金術がいっぱいだ。

「キャルさん! こちらをお持ちください」

 神官のグーラノラさんが、アミュレットをわたしにくれる。

「これは?」

「ツヴァンツィガーで最も古いドワーフが所持していた、護符です。なんでも【原始の(いかづち)】というスキルが手に入るとか」

 原始の雷!
 わたしが一番、ほしかったものだ!

「ありがとうございます!」

 これさえあれば、クレアさんがもっと強くなる!

 「でも、いいんですか?」

「我々では、扱えませんでした。そのスキルは人を選ぶらしく、高いレベルの武器にしか会得できないのです。あなたの作った魔剣でしたら、耐えられるかと」

 原始シリーズは、ヘタに武器に装着すると、武器そのものの品質を損ないかねないらしい。
 やすやすと武器にはめ込むことは、できないという。

 そんなヤバイスキルを、レベッカちゃんに持たせていたのか。

 たしかに、膨大な魔力を消耗するもんなあ。

 クレアさんの魔剣を作るときは、ちゃんと考えてセッティングしよう。


 後は、別天地へ向かうだけだ。


 しかし、懸念している案件もある。

 フルーレンツさんのことだ。

 
 新しいコーラッセンの街に、戻ってきた。

「本当に、この場を離れてもいいの?」

 都市といっても、未だバザーができている程度の街だ。
 フルーレンツさんのようなカリスマが陰で指揮をすれば、より大きな街になりそうだけど。

「よいのだ。我々古い人間の時代は終わった。この街はやはり、人間が再生していくべきなのだ。今を生きる人間たちが、な」

 古城の一部だった尖塔の上に立ち、フルーレンツさんは下を見下ろす。

 街では、庶民たちがドワーフたちと肩を並べて、酒を酌み交わしていた。
 
 テントの中では、グミスリルの武器や、ミスリル製の防具が、取引されている。
 農作物を持って、薬草やポーションと物々交換をしている者たちも。
 
 かつての王だった男には、この光景はどう映ったのだろう。

「よいものだ。やはり街とは、こう活気に満ちておらねば」
  
 フルーレンツさんが満足気に、尖塔からひょいと飛び降りた。結構高い場所から降りてきているのに、スムーズにこちらへ着地する。すぐ、わたしにひざまずいた。

「キャラメ・F(フランベ)・ルージュ殿。このフルーレンツ、一生をかけてあなたに忠誠を誓う。我は亡国の王としてではなく、一人の兵としてあなたについていく」

「ありがとう、フルーレンツさん。これからも、よろしくお願いします」

「お願いするのは、こちらである。キャル殿」


 ツヴァンツィガーの王城にあいさつをして、わたしたちは出発した。

 目的地は、サイクロプスのいるという北の大地だ。

「火山だって。レベッカちゃんなら、溶岩も食べそう」

『ああ。火山ごと喰らい尽くしてやろうかね!』

 レベッカちゃんの食欲は、マグマすら意に介さないようだ。


(第六章 完)
 サイクロプスの鍛冶屋がいるという北の地方へ向けて、わたしたちは歩を進めている。
 
「てや! せい!」

 旅のかたわら、わたしはフルーレンツさんから指導を受ける。
 彼はスケルトンなので、疲労などは起こさない。
 なので、格好のトレーニング相手なのだ。

『キャル! 息が上がってきてるよ!』

「うん! リミットが近いんだね?」

 わたしは寝るとき以外、常にレベッカちゃんモードで過ごしている。戦闘時に、息切れを起こさないようにするためだ。
 また変身時に、さらなるブーストがかかることもわかったし。
 ならば常にレベッカちゃんを起動させて、いざというときにブーストをかけられるようにしておくべきだと考えた。

 おかげで普通に憑依された状態でも、レベッカちゃんの力を発揮できる。
 前髪のアホ毛が、常に燃え盛っているのが証拠だ。
 レベッカちゃんの力を発揮するとき、常にフルパワーでいなければいけなかった。今では、魔力を二分消費するだけでいい。
 
「くっ!」

 それでも、フルーレンツさんは強敵だ。
 
 わたしの渾身の打撃に対しても、フルーレンツさんは流さずに受け止めてくれる。

 コーラッセン流が、剛の剣術というのもあるだろう。
 しかしフルーレンツさん自身も、「レベッカ殿の剣を真正面から受けなければ、この先の強敵とは渡り合えない」と語っていた。
 
「キャル殿、それまで」

 単純な剣での勝負で、未だにわたしはフルーレンツさんから一本を取れない。
 レベッカちゃんの魔力を使っても、互角とは言いがたかった。
 さすが、勇者の父親というべきか。

「ありがとうございました」

 身体の疲れを落とすため、簡易のお風呂を設置する。

「キャル殿、なぜ我をレベッカ殿に取り込ませなかった?」

「え?」

 お風呂を沸かしているわたしに、フルーレンツさんが問いかけてきた。

「我をレベッカ殿が取り込めば、コーラッセン剣術を真髄まですべて習得できる。だが、あなたはそれをよしとしなかった」

「うーん。したくなかったから」

「なんと?」

「だってさ、それだともうあなたは、この世界に思い残すことが、なくなっちゃうじゃん」

 成仏することは、いい。
 アンデッドとして世界をさまようより、安住の地で安らかに眠るほうが、彼にとってもいいことなんだと思う。

 それでも、わたしはまだフルーレンツさんと一緒にいたいと思った。

「フルーレンツさんが成仏したいなら、それでもいいんだよ。レベッカちゃんに食べてもらって、永遠に技術を継承していける。でも、なんか違うんだよなあ」

 わたしは、フルーレンツさんはまだこの世界にい続けなければいけない予感がしている。

「ごめんね。わたしのわがままでさ。死にたいなら、いつでも言ってね」

「いや。我はあなたの従者。あなたの師。あなたから永久の眠りをたまわるまでは、あなたの手足となって活動をお約束する」

「ありがとう。でもさ、わたしはあなたを、体の良い壁役だとは思っていないから。そのへんは、安心して」

「ありがたき幸せ」

 入浴の時間となった。
 ヤトとリンタロー相手に組手をしていたクレアさんが、服を脱ぐ。

「あの魔剣、さらに強くなってる。こっちの妖刀を壊されかねないほど」

「いえいえ。その辺りは加減いたしますわ」

「加減は、しないで。そうじゃないと、この先では油断が命取りになるから」

 ヤトも、プロだ。
 自分の得物が危険にさらされる状況を、常に考えている。

「寒いでヤンス。早く入るでヤンスよ」

 緊張感のないリンタローが、風魔法でかけ湯をして率先して湯に浸かった。

 わたしたちも、続く。

 中継地点の村を出て、数日が過ぎた。
 
 そろそろ、まともな宿に泊まりたい。
 

 翌朝、再び旅を開始した。
 
『キャル。そのサイクロプスってのは、アテにできるのかい?』

「たしか『プリンテス』ってサイクロプスを、紹介してくれるって」

 ヘルムースさんからの紹介状を手に、わたしは雪の道を進む。

 それにしても、雪山地帯なのに火山があるとは。

「豪雪地帯でも、ちゃんと山は活性化している」
 
「なぜかそこだけ、熱いらしいでヤンス」

「ウワサによると、ドラゴンが眠っているらしい」

 ドラゴンか。いい素材になりそう。

「それに、雪山といえば!」

「いえば? お酒?」

 リンタローがネタを振るなら、それだろう。
 
「まあ、酒もうますぎるでヤンスが」

「じゃあ、宿でお酒頼もうね」

「ありがとうでヤンス。じゃなくてでヤンスねえ!」

「雪山といえば、だね」

「温泉でヤンス!」

 ああ、温泉かー。

 そういえば旅の間、お風呂も簡単に済ませていたな。
 鍛冶のことで頭が一杯のため、早く目的地に到着したかったからだ。

「お湯あみでしたら、ウッドゴーレムさんのお風呂も最高でしたわ」

 クレアさんが、わたしをフォローしてくれる。
 
 一応ゴーレム屋敷は引き連れていた。
 フワルー先輩から習って、ゴレーム屋敷は作ってみたんだよな。お風呂付きの。

「ウッドゴーレムの木製フロも、ストーンゴーレムの岩風呂もまた格別でヤンした。ですが、温泉は、お湯自体に特別な効能があるんでヤンスよ」

 故郷の、薬効風呂みたいなもんか。それなら、入ってみたい。

「わたしが沸かしたお風呂も、一応薬効があるタイプなんだよね。あれより、効果が高そう?」

「わかりかねるでヤンスが……おやおや」

 北の街【ダクフィ】に到着した。

「魔物が、統治している」

 この街は、魔物が人間と共存している。

 魔物も魔族も、亜人種も、平等に商売や冒険をしていた。
 ケンカをしている様子はない。

「珍しいでヤンスね。こんな街は、めったに見ないでヤンスよ」

「ウチも、あまり変わらない」
 
「ソレガシたちの住んでる東洋地帯は、魔族と言ったってあくまでも亜人種でヤンスよ。魔物との共存ってのは、見かけないでヤンスね」

 ヤトとリンタローの話を聞いていると、東洋にも魔族と共存する地域があるみたいだけど。

「ヤトの妖刀も、魔物が打った感じ?」

「かもしれない。私たちは自分たちで打った刀に、魔族が魔力を注ぎ込む」

 そうやって「わざと」、形を歪ませるのだという。

「この妖刀【怪滅竿《ケモノホロボシザヲ》】は、死んだ魔物の骨を金属と融合させて作っている。だから、死の香りが常に漂っているのかも」


 ヤトが、釣り竿型の妖刀を掲げる。

「どこの骨を使ったの? アバラ?」

「指の爪」

 どおりで、鋭いわけだ。

【雪見亭】にて宿を取る。

 宿はカウンターもテーブルも、かなりの大きさだ。

「巨人でも、ここに来るんでヤンスか?」

「ああ。鉱山帰りの巨人が、利用するんですよ。さっきも一人、山から帰ってきたところでして」

 レジ係の男性が、教えてくれる。彼は宿の主で、獣人だ。

「この時間なら、温泉が湧いております。どうぞ」

「ありがとうございます。みんな、ごはんの前に入ろう」

 部屋に荷物を置いて、浴場へ。

「更衣室も、大きい」

 ちびっこのヤトが、グギギと歯を食いしばる。
 そんな、対抗意識を燃やさなくても。

「ささ、入るでヤンス」
 
 旅の疲れを取るため、湯に浸かる。

「ふああああ」

 あまりの気持ちよさに、思わずアクビが出た。

「気持ちいいですわ」

 クリスさんも、湯の温かさに満足げだ。

「岩が邪魔でヤンスね」

「ああ、ごめんごめん」

 リンタローが不満を述べると、岩が謝罪してどいた。

……っ?

「あれ、ここの岩って動くっけ? ゴーレムじゃあるまいし」

「岩じゃない。これは、魔物」

 わたしたちは、湯からダッと上がった。

「待って待って。オイラは悪いサイクロプスじゃないよ!」
 
「悪いヤツは、みんなそう言うでヤンスよ!」

「誘拐犯の理屈!?」

 湯に浸かっていた巨大な体を起こす。
 三メートル近くは、あるんじゃなかろうか。

「オイラはゼゼリィ。サイクロプスだよ」
 なんと、岩だと思っていたのはサイクロプスの少女だった。
 
「ゴメンゴメン。元の大きさで入れる浴場って、ここくらいしかなくってさ。今から縮むね」

 ぴよよよーん、と、ゼゼリィは縮んだ。
 岩山のようだった身体が、わたしたち人間と同じサイズに。

「うーん。やっぱり窮屈だけど、しょうがないね」

「こちらこそ、ごめんなさい。わたしはキャル。サイクロプスに会いに来たの」

「クレアです」

 ヤトとリンタローも、あいさつをした。

「改めまして、オイラはゼゼリィ。見た目通り、サイクロプスだよ」

 おかっぱの前髪を、ゼゼリィはくいっと上げる。

 たしかに、単眼族だ。
 金属製の瞳が、目の部分でシャーっと動いている。
 それ以外は、普通の人間と変わらなかった。人間サイズともなると、ゼゼリィはリンタローより大きい。背が高いだけではなく、身体が大きかった。成人男性くらいかな。おっぱいも大きいが、大胸筋と形容したほうがいい。

「サイクロプスに、用事があるのかい?」
 
「実は、事情があって」

「お湯に浸かりながらでいいから、話を聞かせてくれる?」

 わたしは、事情を説明した。
 魔剣を持っていること、ドワーフからは「魔剣は打てない」と断られたこと、サイクロプスなら、魔剣を手入れできるかもと聞かされたことなど。

「うん。わかるよ。普通の鍛冶と魔剣・聖剣って、よほどの覚悟がないと打てないんだ。それこそ、専門の鍛冶師になるくらいじゃないと」

「そうなんだ」

「うん。剣の打ち方を覚えて、さらに鍛冶の常識をすべて忘れなきゃいけないくらいの」

 ヤバイ。そんな危険なことを、わたしはヘルムースさんに願いしようとしていたのか。

「あのさ、『プリンテス』ってサイクロプスさんを探しているんだけど」

「親方?」

 どうやら、ゼゼリィはプリンテスの弟子らしい。

「今の時間だと、親方は寝ちゃってるね。朝が早いんだ。だから、明日またおいで」

 ゼゼリィも、仕事が済んだから温泉で休んでいたという。

「では、こちらで休んでいますわ」

「そうした方がいいね。もう少し、お話を聞かせてくれるかな?」

 わたしたちは、温泉から出た。

 夕飯を食べながら、魔剣についての情報をゼゼリィに提供する。

「紹介が遅れたね。この子が、レベッカちゃん。わたしと契約している、魔剣だよ」

 髪留めを外して、ゼゼリィに見せた。
 
『レベッカだ。正式な名称は、【レーヴァテイン・レプリカ ECA 六四七二】だよ』

 自分の正体を隠そうともしないで、レベッカちゃんは名乗る。自分を強化してくれる相手に、素性を明かさないのは失礼と思ったのかな。

「ECA……ランクがE、学術用・実験用か。それでこの切れ味」

 軽く触れただけで、レベッカちゃんの実力がわかったみたい。
 
「レーヴァテインってのは、魔女イザボーラが持っていたよね? あれと同じ感じかな?」

「わかんない。魔女は倒したから」
 
「あの魔女を倒してくれたのかい!? ありがとう! キミたちは、我が国の英雄だよ!」

 魔女イザボーラを倒したことを話すと、ゼゼリィはわたしたちに料理をごちそうしてくれた。
 わたしもちゃんと情報が正しいと、ギルドカードまで提示した。

「ホントだ。討伐完了書類にも、そう書いてある。すごいなぁ。どうやって倒したんだい?」

「そんなに、厄介な相手だったの?」

「あいつの魔力自体が、うっとおしくてさ」
 
 瘴気をはらんだ魔力は、漂うだけで生態系を狂わせ、土をダメにするという。ダクフィのキユミ鉱山も、例外ではなかったらしい。
 
「キユミ鉱山には、デモンタイトっていう鉱石があってね。それが、魔剣の材料になるんだよ」

「魔剣の!」

「そう。素材自体は、ミスリル銀やグミスリル鉱石の方が硬いんだけどね」

 グミスリルも弾力が強い鉱石だが、魔剣の素材となると、まだ硬すぎるという。

「魔剣を作るなら、より粘り気の強い金属のほうがいいんだ。それこそ、魔物の骨やウロコといった素材のほうが、魔剣の素材として適している」

「生体金属じゃん。それって」

「そのとおり。魔剣の大半は生体金属なのさ。鉱石から作る武器とは、一線を画す」
 
 どおりで、ドワーフが嫌がるわけだ。
 生きている金属を扱うのなら、ドワーフの領域じゃない。

「魔剣を打てるとしたら、うちの親方か、錬金術に長けた魔術師じゃないと」

 クレアさんが、わたしをヒジでつつく。

「キャルさん、やはりあなたしか、魔剣を作れる方はいらっしゃらないですって」

「わたしには、ムリだよ。今のわたしでは、もうレベッカちゃんを強くすることはできない」

 技術的にも、レベル的にも、レベッカちゃんがわたしを上回ってしまった。
 強い素材を食べさせてあげるくらいなら、今でもできる。
 しかし、それは魔剣を鍛えたことにはならない。
 やはり打ってこそ、魔剣は強くなる。
 これからは、わたしが強くならなければ、これ以上レベッカちゃんを成長させられない。

 レベッカちゃんの強化には、プリンテス氏の協力が不可欠だ。
  
「じゃあ、親方の起きる時間になったら、呼んであげるね」

「ありがとう」
 
 その日はゆっくり休んで、旅の疲れを取ることにした。
 

 翌日、約束のとおり、ゼゼリィがわたしたちを呼びに来た。
 巨人姿のまま、窓からこちらを覗いている。

「親方が、話を聞きたいってさ」

 ゼゼリィの顔をした巨人が、わたしたちに手を差し伸べた。

「その手に乗れと?」

「うん。どうぞー」

 友だちの手に乗っていいものかどうか悩んだ。
 が、わたしも足が疲れたときは、仙狸のテンの上に乗るもんなーと。

「では、お言葉に甘えて」

 わたしたちは、ゼゼリィの手に乗せてもらった。

 プリンテス親方の小屋は、街から外れた川の側にある。

「ああ、ここでヤンスか。てっきり、ダンジョンかと思ったでヤンスよ」

「わたしも思ってた」

 通りかかった街で、天井だけが見えていた。
 あそこのダンジョンなら、さぞいい素材が見つかりそうだと、パーティ内で雑談をしていたほどだ。

「実際、冒険者が間違えて入ろうとしちゃう事態があったよ。看板を見て、『違った!』って引き返しちゃうけど」

 わっはっはー、と、ゼゼリィは豪快に笑う。
 
「親方! 連れてきたよ!」

「はいはーい! らっしゃいませー! プリンテスよ! プリンちゃんって呼んでね!」

 ゴスロリの少女が、小屋から出てきた。走るだけで、擬音が鳴り響く。
 目だけは、ゼゼリィと同じである。しかし、服装や振る舞いなどは、どう見てもメイドのそれだ。

 ゼゼリィの方が、ぶっちゃけ鍛冶屋っぽいくらいである。
 とても、槌を振るって武器を叩く姿が想像できない。

『なんだい、こいつは? マジでこんなのが、魔剣を打てる鍛冶屋だってのか?』

「そうよ。話は、ヘルムースから聞いているわ」

 ヘルムースさんの話なんて、一言もしていないのに。

「通信機能で、あっちからの伝言は聞いているの。魔女が結界を張って、今までは通じなかったんだけど」
 
 小屋を見せてもらうと、小さな電話機を見つけた。これで、ヘルムースさんと連絡を取り合っていたみたい。

「あっちから電話がかかってきたから、何事かって思ったわ。魔剣の持ち主が現れたから、相手をしてやってくれですって。マジ? って思っていたけど、あなたからビュックンビュックン伝わってくるわよ」

「わたしから?」

「髪留めを外していただける? それが、魔剣なんでしょ?」

「は、はい」

 そこまで、わかっているとは。
 まあ、武器をアクセサリに変形させて携帯するって、メジャーなスキルだし。

 言われるまま、わたしは髪留めを外した。そのまま、プリンテスに差し出す。

 レベッカちゃんは、元のサイズに戻った。
 
「普通ね。レーヴァテインっていうから、もっとゴツいのかと思っていたけど」

『圧縮しているだけさ。キャルが扱いやすいようにね』

「余裕なのね。もっと、本気を出していいのよ。化け物の姿を、取りなさい」

 ニイ、と、プリンテスが笑う。
「まさか、最初から剣だったわけじゃないでしょ? 見せなさいよ、魔物としてのあなたの姿を!」

『いいのかい? しょんべんをチビッちまうぞ?』

「ワタシを誰だと思ってるのよ? こっちは剣術の心得も、ちゃんとあるのよ」

『わかったよ。正体を見た後で、怖気づいたって容赦しないよ』

「威勢だけはいいわね。レプリカ!」

『ああ、見せてやんよ。影打の意地ってものをさ!』

 さんざん煽り合いをした後、レベッカちゃんがオレンジ色に燃え盛った。

『レーヴァテイン・ビーストモード!』

 ウソだ。レベッカちゃんが、わたしに手加減をしていたなんて。

 しかし、眼の前にいるそれは、明らかに異質な物体だった。

 柄も刃も、わたしの知っているレベッカちゃんではない。
 刃は生き物のようにねじれ、プリンテスさんの顔に突き刺さらんばかりである。柄も、プリンテスさんの握力から逃れようとしていた。

『どうだい。伝説の鍛冶屋! これが、アタシ様の本性さ! 通称、ビーストモードだよ』
 
「やばやばやばやばやばやばやばやばやば! ムリこれムリこれムリ! こうなったら、こっちも、巨大化するわよ。レーヴァテイン!」

『おうさ!』

 プリンテスさんの身体が、みるみる膨れ上がってくる。

 同時に、レベッカちゃんもモンスターのような姿へと変質した。

 もはや今のレベッカちゃんは、剣というより鉄製の怪物だった。柄はワキワキと蠢き、柄頭からは蛇腹状のシッポが伸びる。

 持っているプリンテスさんも、苦しそうだ。

 レベッカちゃんが、モゾモゾと暴れる度に、プリンテスさんもレベッカちゃんの異形体を抑え込む。ときどきシッポを足首を絡め取られて、すっ転ぶ。

 さながら、怪獣大戦争だ。
 これが、魔剣の本当の姿だったとは。
 
「はあ、はあ。もういいかしら? あなたの強さは、だいぶわかったわ」

『おうさ。気にってもらえてなによりだよ』

 ふたりとも、元の大きさに戻った。

「魔剣を持つと、本性を見たくなる性分なのよ」

「今のが、魔剣の正体なんですか?」

「そう。魔物としての性質を、剣という形に圧縮した感じ? ヘルムースから口で説明されるより、見たほうが早かったでしょ?」

 わたしは、コクコクとうなずく。

 たしかに、あれを剣と呼ぶにははばかられた。

 あんなのは、剣じゃない。もっと別の物質だ。生き物を取り扱っていると言っても、過言ではなかろう。 
 
『キャル、というか人間では、本当のアタシ様を扱えないからね』

「どうして、言ってくれなかったの? レベッカちゃん?」
 
『言ったところで、アンタがどうこうできるワケでもないからさ』

「でも、相談してもよくない?」

『アタシ様もアンタも、最強が目的じゃないだろうが』

 たしかに、わたしがなりたいのは錬金術師だ。剣士になりたいわけじゃない。
 同時に、レベッカちゃんも唯一無二ではあっても、到達点は最強とは言いがたかった。

 最強になりたいなら、とっくにフルーレンツさんを吸収して、剣術をマスターしている。

『それにな、さっきの姿になったとしても、剣としての強さはアンタが持ったときと変わらないんだ。アンタの力を得ないと、調子は出ないんだよ。それは、アンタが一番わかったはずさ』

「うん。そうだね」

 わたしは、納得した。

 レベッカちゃんのいうとおり、魔力はわたしが持っていたときとまったく同じだった。姿が変わっただけで。

「ワタシが巨人形態を取ったのも、魔剣レーヴァテインの魔力を生身じゃ抑えられないからだったの。あなたに従っているのが、よくわかったわ」

 プリンテスさんも、わたしとレベッカちゃんとの絆を称賛する。
 レベッカちゃんは放置しておけば、化け物として暴れても仕方なかった。
 それを、わたしが抑え込んでいるのだと。

「ぶっちゃけ、その子はあんたのいうことしか聞かないみたいだし」

「そうなんですね」

「ええ。もはや体の一部よ」

 転んで打ったおしりを、プリンテスさんはずっとさすっている。
 
『けどね、アタシ様は驚いているんだよ。アタシ様の本性を披露しても、アンタはちっとも逃げなかったんだからさ』

「どうして、逃げる必要があるの?」

 わたしとレベッカちゃんは、もはや他人ではない。
 一心同体だ。

『そうさ。そんなアンタだから、ついていこうと思ったのさ』
 
「ありがとう。レベッカちゃん。正直に話してくれて」

『礼なんて。むしろ詫びなきゃいけないさ。今まで隠していて、悪かった』

「とんでもない。事情はわかったから」
 
『アハハ! それでこそキャルだね!』
 
 バカ笑いをする。

「でも、魔剣を安定させるには、柄が大事ね。持ってみて、わかったわ」

 プリンテスさんが、レベッカちゃんの弱点を突く。

「柄ですか?」
  
「魔剣の本質って、柄とか鞘の方なのよ。ドワーフのヘルムースが、迷いに迷いまくるわけよ」

 そっか。
 金属部分を扱うドワーフでも、怪物じみた素材はノーサンキューなワケだし。

「今以上に強化しようと思うなら、柄に有効な素材が必要ね。刃の部分は、打てばどうにでもなるわ」

「お願いします」

「あなたも、鍛冶に参加してもらうわよ」

「いいんですか?」

「そりゃあそうよ。これから、このレーヴァテインを一人で鍛えなきゃいけないんだから」

「ありがとうございます」

「いえいえ。こんな珍しい剣を触らせてもらえるなんて、こっちが感謝したいくらい」


 その前に、プリンテスさんは休憩したいといい出した。
 ゼゼリィが入れてくれた、お茶をいただく。


「なるほど、そんないきさつが」

 プリンテスさんも、魔女イザボーラを葬ろうと思っていたらしい。
 しかし、あの異界への扉が開かなくて、断念したという。

「そうだったのねー。勇者の血筋がないと開かない扉とか、ムリゲーじゃないのよ! せっかくワタシが、とっちめてやろうと思っていたのに!」

 プリンテスさんが、イライラと悔しがった。

「あはは……ところで、これ全部魔剣ですか?」

「そうよ。これぜーんぶ、ワタシが作ったの」

 部屋には、様々な形をした魔剣が飾られている。
 円形の刃を持ったフリスビーのような形や、球体状のものまで。

「あのボールみたいなのも、魔剣?」

 やはり、ヤトは子どもっぽくてカワイイ形状のモノが好きのようだ。

「あー。あれは、失敗作よ。自分への戒めとして、飾っているの」

 剣の形を取らせようとして、あのまま固まってしまったらしい。

「あれを、妖刀の素材にしたい」

「いいわよ。あなたの妖刀も、あれで強化してあげるわ」

 リンタローが、「よかったでヤンスね」と、手を叩く。
 
「あの、二本の角を組み合わせたような武器もですの?」

 クレアさんが、特殊な形状の魔剣を指差す。
 
「そっちは、ゼゼリィが作ったものよ。筋がいいでしょ」

「いえいえ! オイラなんて!」
 
 プリンテスさんに褒められて、ゼゼリィが頭をかく。


「ところで物は相談なんだけど、剣を強化してあげる代わりに、ワタシのお願いもきいてちょうだい」

「はい。なんでしょう」

 レベッカちゃんを鍛えてくれるのだ。なんでも聞こうではないか。

「レーヴァテインを打つ、しばらくの間でいいの。このゼゼリィを、あなたたちの旅に同行してくれないかしら?」

「いいんですか? お弟子さんなのに」

「この子は、世間をあまり知らなすぎるわ。魔剣のアイデアも、頭打ちになっていてね。お願い」

「それなら、いいですよ」

 他の仲間も、同意してくれた。

「じゃあ、ゼゼリィ。この子の……レベッカだっけ? 素材を集めてきてちょうだい。このお嬢さんたちと一緒に」

「わかりました、親方」

 ん? こころなしか、ちょっとビビってる感じ?