魔剣レーヴァテインが、魔剣の刃とつながっていると、レベッカちゃんは言う。

「レベッカちゃん、間違いないの?」

『同じレーヴァテインだから、わかるのさ。キャル。あれは、正真正銘のレイーヴァテインだ。あんな小さいナイフでも、ね』

 確信めいた口調で、レベッカちゃんは告げる。

「でも、伝説上の魔剣でヤンスよ」

『だから、レーヴァテインはヤバイのさ。おそらくどこかから飛来して、こっちの世界に実体化したんだな』

 なんらかの手段を用いて、おとぎ話の世界を飛び越えてきたってこと?

 そんなトンデモ平気だったなんて、ありえない。

「多分だけど、【こちらとは違う世界】ってのは、本当にあるんだと思う。そこからなにかの手段を用いて、こっちの世界に運ばれてきたのかも。レベッカちゃんも」
 
 わたしなら、そっちの説を信じる。
「フィクションから実体化しました」なんてナンセンスな理屈より、よっぽど筋が通るよ。

「レベッカは、こっちに来た記憶はない? あなたは魔剣本人。こちらの世界にやってきた経緯だって、思い出せるはず」
 
『あいにくだけど、覚えていないんだ。まったく。アタシ様がこちらにやってきた目的も、あいまいなのさ』

 ただひとつ言えるのは、レベッカちゃんはレーヴァテインの【影打ち】……つまり、試作品であること。
 また、あの魔剣もレーヴァテインであることだけだ。

「あっちのレーヴァテインが影打ち、って可能性は?」

『さてね。しかし、アタシ様よりよっぽどヤバイ瘴気を放っているよ。話せばわかるなんて、言えないねえ』
 
 どうあっても、魔剣とは戦うしかないみたいである。
 
 
「それにしても、大きい魔剣でヤンス」

 リンタローが、レーヴァテインと接続された魔剣の感想を述べた。
 
 魔剣と言うより、【戦斧】と形容してもいいだろう。
 それも、ミノタウロスが使う得物より大きい。軽く、二倍くらいはあるだろう。

 刀身も一応あるから「剣」の形はしている。だが、実際の刃はレーヴァテインだけのようだ。

 あんなナイフくらい小さい刃を、五メートル位の戦斧に繋いである。

 あれほどの処置を施さないと、扱えないとは。
 レーヴァテインは、危険きわまりないアイテムだというわけか。

「台座の隣に、鉄製の像が座ってるでヤンス」
 
 魔剣の右隣には、鋼鉄でできた巨人が鎮座していた。
 あの魔剣を持ち上げられそうなくらいの、大きさである。

 わたしたちが知っている、どのヨロイとも違った形をしていた。
 表面がシャープではなく、分厚い盾を全身に装備しているかのような形状だ。明らかに、人が装着するように想定していない。

 悪魔にでも着せるつもりなんだろうか? 
 いや。イザボーラはグミスリルの鉱山で、ヨロイを悪魔に着せていた。
 しかしこのヨロイは、誰が着るイメージで作られたのだろう。

 ヨロイ姿の巨人と言うより、ゴーレムを思わせた。
 だが、ゴーレムとはもっと無骨なものだ。こんな城塞じみた造形にはならない。
 妙な角やトゲなどが、頭や背中から突き出ている。羽のない翼まで、背面に装備していた。

 ああいうのを、「近未来型」というのだろうか?

 レーヴァテインの放つ瘴気に当てられているのか、右半身だけ歪な形に変形していた。
 魔剣と同じように、禍々しさで満ち溢れている。まさに、悪魔を具現化したかのような。

 
「キャル。あの像、グミスリル製」

 グミスリルが歪むくらい、レーヴァテインの放つ毒はエゲツナイと?
 
 使ってみてわかったが、グミスリルは魔法抵抗力が高い。
 そのミスリルが、あんな形になってしまうなんて。

「そのとおりよ」

 台座の間に、老婆の声が響き渡る。

 どこからだ? 

 あたりを探すが、声の主が見当たらない。
 
「キャルさん、あそこに!」

 クレアさんが、巨人の肩あたりを指さした。
 
 巨人の首の横に、さっきの老婆が座っている。

「逃げずに、よく来たわね。この魔女イザボーラに挑もうなんて」

「イザボーラ。ツヴァンツィガーを襲うのはやめるでヤンス。もうあなたは各国から囲まれているでヤンスよ」

「上等だわ。返り討ちにしてやるから。それに、向こうから出向いてくれるのなら、アタシがわざわざ向かう手間も省けるというもの」

「そんなヨボヨボの身体で、なにができるっていうんでヤンス?」

「できるわ。自分で魔剣に触れられないなら、扱える道具を用意すればいいのよ!」


 鉄の像が、立ち上がった。手に、魔剣を持つ。
 

「これぞ、抗・魔剣レーヴァテイン用決戦ミスリルゴーレム。ヘパイストス!」

 ミスリルゴーレムの表面に、更にグミスリルをコーティングしているのか。 

「なるほど。グミスリルを集めていた理由がようやくわかったでヤンスよ。キャル殿もわかったのでは?」

「うん。今、思い知ったよ」
 
 ミスリルよりさらに強固なグミスリルで、魔剣や巨人を補強したんだ。
 魔剣に抵抗できるように。 

 鉱石にはない柔軟さで、グミスリルがねじれて歪んでしまっている。
 まるで生き物になってしまったかのように。

 いや、あれは……魔剣は、生き物になっている!

「レーヴァテインを離して! もうそれは、あなたの手に負えないよ!」

「うるさいわね、小娘が! 天才であるアタシが、魔剣レーヴァテインごときを使いこなせないと思っているのね?」
 
 イザボーラが、巨人の背後に乗り込んだ。

 かと思えば、中央の一つ目ライオンの目に移動してきた。

「行きなさい、ヘパイストス! この小娘たちを踏み潰しておやり!」

 二本の杖を操り、イザボーラが巨人に指示を送り込む。
 あの杖に魔力を送り込んで、この巨人を動かしているのか。

 手に持った魔剣を、巨人が振り下ろした。

「トートさん、五番!」

 クレアさんがさっそく、魔剣破壊兵器を試す。

「くっ!?」
 
 だが、魔剣殺しがドロっと溶けてしまう。


「ムダよ。喰らいなさい!」


 中央にある獅子の顔から、イザボーラが特大の火球を撃ち出す。

 全員が、その場から跳躍して散った。

 屋敷が破壊され、外への穴が開く。

「魔法も、魔剣レーヴァテインの力でパワーアップしているでヤンスよ!」

 上空で竜巻に乗りながら、リンタローが戦況を分析する。

「だったら、レーヴァテインを経由している魔剣を攻撃する」

 ヤトが、釣り竿を操作した。
 釣り糸を動かし、魔剣に巻きつける。

 原始の氷の力を全開にし、魔剣を固定した。
 
「トートさん、一〇番を。雷霆蹴り(トニトルス)!」

 クレアさん自らが魔剣と化し、巨人の持つ魔剣に必殺の蹴りを叩き込む。

 レーヴァテインには、クレアさんの蹴りさえも通じない。

 それでも――。

「捕りました」

 魔剣にヒビを入れることには成功した。さすがクレアさん!


「やるでヤンスね! 【竜巻】!」

 リンタローが竜巻でヤトとクレアさんを包み、避難させる。
 

「それでも、ダメージは少々って感じでヤンス。キャル殿!」


『わーってるよ! 最初からクライマックスでやらせてもらうさ!』

 レベッカちゃんがわたしと人格を交代して、魔剣に斬りかかった。

「ヤト、【原始の氷】もお願い!」

「了解!」

 魔剣のヒビに剣を執拗に打ち込みつつ、ヤトに【原始の氷】を込めた糸で同様に叩いてもらう。
【原始】の炎と氷との、ダブル攻撃である。

 究極の温度差には、いくらグミスリルでも対抗できなかったようだ。

 巨大な魔剣が、ボキリと折れた。

「バカな!? ヘパイストスの剣が!」

 しかし、イザボーラもあきらめない。直接、巨人にレーヴァテインを持たせた。

「こうなったら、直に攻撃を……!?」

 なぜか、巨人が魔女の身体を剣で貫いた。

 巨人が、イザボーラの制御を離れたのか?

「ど、どうし、て」







『わからぬか? もうハンデ戦ではないのだ』

 魔剣レーヴァテインの声は、レベッカちゃんの声に近かった。