コーラッセンの街が、ある程度まで復旧した。
 といっても、ちょっとしたバザーテントが大量にできているだけだが。
 それでもこの間まで、廃墟だった街である。
 今では商人たちのおかげで、活気が溢れていた。

 ミスリル銀製のアイテムなどは、こちらでも売買している。

 コーラッセンとグミスリル鉱山は、ツヴァンツィガーを挟まない位置にあった。
 ツヴァンツィガーによる独占なんて、発生しない。
 魔女イザボーラの手が入らなくなったことで、国家間によるミスリル争奪の緊張は解けた。
 グミスリルはツヴァンツィガーというか、フルーレンツさんが独占してしまっている。だが手に入れたところで、どの国でも加工が難しい。結局、ヘルムースさんらドワーフの手に委ねられるのである。

「そうじゃ。キャルよ、お前さんのヨロイもできあがったぞい。渡し忘れとった」

「ありがと……う」

 ヘルムースさんの作ったアーマーを見て、わたしは絶句した。

 相変わらずの、メイドビキニアーマーとは。

 このヨロイの存在は、忘れていたかったよ。

「あんたもヘンタイかいっ。っての」

「違うわい! ワシはオーダー通りに作ってやっただけぞい」

「オーダーって?」

 ヘルムースさんは親指で、クレアさんを指し示す。

 ああ。あの人の依頼なら、断れないよね。
 しかも、アーマーの完成度といったら。
 やはりというか、当然というか。わたしが錬成するより、強度がアップしている。
 さらに、外れにくいというスグレモノ。
 なのに、布面積はわたしの手製よりやや小さめというね。
 職人芸だよ。
 
「このこだわりは、やっぱりヘンタイじゃないと」

「違うっちゅうんじゃっ。ワシはヨメ一筋じゃて!」

 でも、気合の入り方が違うんだけどなあ。

「それはそうと! ツヴァンツィガーの兵隊が、イザボーラの棲む洞窟に突撃したそうじゃ」

 複数の冒険者とともに、ツヴァンツィガーが攻め込んだという。

「結果は?」

「各フロアのガーディアンを、破壊できたそうじゃ」

 さすがにグミスリルの鉱山を守っていたヤツラよりは、弱かったそうな。
 ましてこちらは、ミスリルで武装した集団だもん。

「じゃが、出口が見つからんとな」

「そうなんだ」

 雪山は迷宮となっていて、ここを突破しないと魔女の宮殿にたどり着けない。
 しかし、その迷宮の攻略に手間取っているという。

「リンタローとヤトが先んじて攻略を開始しておるが、時間がかかりそうじゃ」

「わかった。合流するよ」

 お弁当を作って、雪山を突破しに向かおう。

「クレアさん、ダンジョンに行きましょう」

「ですわね。やはりワタクシ、待機していられる性分ではありませんわ」

 わたしたちは、いわゆるボスキラーだ。

 なのでリンタローとヤトは、わたしたちに待機しておいてくれと言った。
 自分たちで露払いをある程度行い、切り札であるわたしたちに、魔女をたおしてもらおうとしていたようである。

 しかし、想像以上にダンジョン攻略に難航しているようだ。


 雪山のダンジョンに、到着した。

 やや肌寒いが、レベッカちゃんで体温調節できるので、寒さは気にならない。

「クレアさんは、どうですか? 寒いんじゃ」

「いえ。このくらい、どうってことありませんわ」

 本当に、寒くなさそうだ。

 クレアさんの全身は、ミスリル製の胸当てである。
 ほかは、金属を編み込んだミニスカートだ。

 わたしのメイドプレートもそうだが、全体に「地獄のヒスイ(アビスジェイド)」を施してある。流体状態にして、アーマーの周囲を常に駆け巡っているのだ。これによって魔法攻撃力アップするだけでなく、常に魔法障壁を張って防御面の向上までこなしている。装備が軽いので、敏捷性も高い。
 おまけに、クレアさんのブーツは特注品だ。魔法石による強化はもちろん、ヘルムースさんがアーマーに施した処置を、ブーツにも同様に仕込んである。
 弱いわけがない。


「行きます、クレアさん」
 
「ついて参りますわ、キャルさん」


 わたしたちは、ダンジョンに入る。

 暗くて、先が見えない。

 こういうとき、テンちゃんの光る目は便利だ。
 光を常に照らしているのでモンスターには襲われるが、その都度蹴散らすから問題ない。

「キャル、こっちでヤンス」

「おなかすいた」

 少なくともあいさつしてきたリンタローに対し、ヤトはマイペースである。

「はいはい。安全な場所に移って、ゴハンにしよう」


 わたしたちは、ヤトたちと合流して、昼食にする。
 ちゃんと、他の冒険者の分だって、もってきてるんだから。

「並んでくださいね」

『横入りするヤツは、メシ抜きだからね!』

 おっかないレベッカちゃんの罵声に、冒険者たちが震え上がった。

 まあ彼らからしたら、バカでかいネコが怒鳴り散らしているように見えるから、しょうがない。

「ところで、どんな感じ?」
  
「危険なトラップはないでヤンス。ボス部屋なんかも、なさそうでヤンスよ」
 
 となれば、魔力の温存とかはしなくていいっぽいな。

「ところが、仕掛けが難しい」

 純粋魔法使いのヤトでさえ、手を焼くほどの要素があるという。


「全っ然! 単語が、わからん!」

 おそらく出口につながっている扉にある文字が、どうあっても解読できないらしい。

「見せて」

「うん、そこにコンソールがある。そこの文字」


 ヤトに案内してもらった場所に、辿り着いた。

 敵は倒してくれているので、めちゃ安全に到着する。

「うわああああ」

 思わず、ため息が漏れた。

 着いた場所は、ステンドグラスの間である。
 万華鏡のように形を変える鏡が、行く手を遮っていた。

「これ、氷だ」

「そう。【永遠の氷】。【原始の氷】でも破壊できない、究極の氷。行く手を塞ぐのに、最適」

「詰みじゃん」

 もし、ここを通れなければ、何ヶ月もかけて山を登る必要がある。しかも、人が通れる道ではない。別口から山にトンネルを掘ることも、不可能だ。
 
「開く手段はある。でも、解読できる相手がいない」

 ヤトが、ため息を付く。

「これは……我に任せよ」

 ステンドグラスのそばにあるコンソールに、フルーレンツさんが立つ。

「永遠の氷よ。今、雪解けのとき……」

「読めるの?」


「これは、古代コーラッセンで使われていた言語だ。何千年も昔の」

 さらにフルーレンツさんは、コーラッセンの言葉を読み上げた。

「今こそ裂け目を抜け、魔女を討たん」


 ズズズ……と、氷の万華鏡が開く。やがて、氷の結晶による道ができあがった。


「すごいでヤンス。古代コーラッセンの言語なんて、天狗(イースト・エルフ)にさえ、伝わっていないでヤンスよ」

「古代コーラッセン語なら、読むものはいないと踏んだのだな。だから我を目覚めさせ、傀儡にしたのだろう」

 自分の根城を守るために、古代王国の言葉を利用するとは。

『こざかしいヤロウだね?』

「うん。絶対、やっつけよう」

 大切な故郷の言葉を利用された、フルーレンツさんのためにも。

 雪山のトンネルを抜けると、真っ白い洋館が見えてきた。
 木でできている屋敷だが、すべてが雪でできているかのように、白い。
 
 
「ここから先は、私たちだけで行く。みなさんは、帰って」

 ツヴァンツィガーの兵隊に、ヤトが告げる。

「いいのか? ツヴァンツィガーとしては、なんとしても魔女を叩かねば」

「どちらかというと、私たちがいない間に城を守ってほしい。魔女を警戒しつつ、ツヴァンツィガーを守るなんて器用なマネはできない」

 ヤトが、ここまで気を張る相手なんだ。魔女イザボーラって。

「わかった。国王には報告しておく。ご武運を」

 ツヴァンツィガー兵は、去っていく。

 わたしたち以外の冒険者も、帰っていった。
 自分たちが足手まといだと、思ったのだろう。