習ったわけじゃないのに、わたしは魔剣をクルクルと回し、構え直していた。
[キャラメ・F・ルージュが、レベルアップしました。ステータスを割り振ってください]
なんか、魔物を倒してわたしのレベルが上がったっぽい。
こっちはステータス振りなんて、やっているヒマがないよ。
スライムのときもそうだったけど、ゴブリンを一匹倒しただけでレベルがアップするなんて。わたしって、どんだけ魔物との戦いを避けていたか、っての。
『次が来るぞ、キャル』
「わかった!」
続けざまに、襲ってきたゴブリンをスパスパーっと切り捨てる。
「はっ! てやあ!」
近づいてくるゴブリンを、ダッシュ切りで斬り捨てていく。盾もなにも持っていないのに、真正面からだ。
ゴブリンに側面から、棍棒で殴られそうになった。
瞬時にわたしの手は、魔剣を逆手に持ち替える。敵の棍棒を、柄頭で弾き飛ばした。同時に、ゴブリンの首をはねる。
悲鳴を上げる前に、モンスターは黒い灰と化す。
「これ、わたしがやっているの?」
グレートソードほどのサイズがある剣を、わたしは片手で操っていた。初心者なら、両手で持つくらいの重さと分厚さなのに。わたしがやったら、自分の手を切断してしまうね。
『そうだ。お前の脳に作用して、使い方を叩き込んだ。あとは、お前の体力次第ってところだな』
それだと、すぐに息切れしそうなんだけど?
『案ずるなって。アタシ様には身体強化魔法がセットされていている。体力増強バフもかかっている。あとは戦闘で経験を積み、体力を上げていけばいいのさ』
それまでは、レベッカちゃん自身の戦闘技術に任せるか。気が遠くなりそうだけど。
それ以降、何度もレベルアップの通知が来た。しかし、すべてスルー。そんなステータスポイントの割り振りをする余裕なんてない。
「どんくさそうなムチムチ女だと思ったら、予想外に強いギャ!」
背後から、ゴブリンに斬られそうになった。
わたしはバク転し、剣を持ったゴブリンの背後に回り込む。背中から剣を突き刺して、魔物を打倒した。
前転をやっても、わたしはコケちゃうのに。
「ウギャー!」
魔物が武器を落とし、灰になっていく。
『集団で襲ってくるヤツらの戦略、歩幅、間合いの取り方もちゃんと学ぶんだ。まともな戦闘経験がなければ、錬金でいい魔剣も作れないぞ』
「わかったよ!」
レベッカちゃんの指導は、スパルタ気味だ。しかし、的確である。
わざと攻撃を受け止めて、ゴブリンの腕力を確かめた。
ゴブリンの力や動きは、初心者の冒険者とあまり遜色がない。
それでも、力がないわたしからすれば脅威だ。
レベッカちゃんの身体強化魔法がかかっていなかったら、腕が折れていたかも。
レベッカちゃんの力に頼らなくて済むように、ちゃんと鍛えていかないとね。
「あ、逃げていった」
ゴブリンたちが、一目散に散っていく。
『今の集団じゃ勝てないと思って、援軍を呼んだんだろう』
「ヤバイんじゃない?」
『いや。今のうちに、どういったビルドにしていくか考えよう』
また、戦うのか。
しかしこの戦いは、魔剣を持った者の宿命だ。どうせ戦わないと、このダンジョンからは脱出できない。
甘んじてその宿命、受けようじゃないか。
「はああああ」
剣を置いて、一息つく。
ゴブリンが、ポーションをドロップしていた。
ポーションを、グイッと飲み干す。スタミナが、ある程度回復したのを感じた。
「さて、どうしようかねえ」
わたしがどれだけ強くなろうと、戦闘力はレベッカちゃん頼みだ。自分は、頑丈な身体にしておくか。
武器の強化にも興味があるが、まずは自分が強くならないと。
「体力が上がったからかな? アイテムボックスの容量が、上がったね」
これで、結構な量の荷物を持てるように。
『しかしあんたは、錬金術師を目指すんだろ? 知恵にも多少振っておいたほうがいいか?』
「ダンジョンを出たら、考えるよ。しばらくは、学術書に頼ろうかな。死んだおばあちゃんの書籍もあるし」
当分は、虎の子の知恵袋に頼るとする。
わたしって、人に頼りっぱなしだな。早く、一人前にならないと。
なので、スキルは戦闘系ではなく、錬成の方に。
『援軍のお出ましだよ』
「何度来たって、同じなんだから!」
わたしが言うのも、なんだけど。
『自信を持ちな。レベル五程度なら、並のゴブリンともタメだ』
レベッカちゃんの言うとおり、わたしでも対応できる。
しかし、そうも言っていられない個体が。赤い肌を持つゴブリンが、剣と盾を装備して現れる。
「ゴブリンチーフだ」
通常のゴブリンを束ねる、ボス敵の存在らしい。
「何が来ても、やってやる!」
わたしは、剣を振り下ろした。
しかし、鉄製の盾に阻まれる。
こちらがいくら攻撃しても、ジャストで受け流された。うーん、動作がきめ細かい。
『完全にタンクタイプだな。防御一辺倒だ。自分は攻撃を受けて、手下に攻撃させるタイプのようだね』
相手は攻撃に慣れていないのか、わたしに向けての攻撃しても、スカばかり。とはいえ、こちらの攻撃も止められる。
『初期スキルを使う。【エンチャント:火炎属性】!』
レベッカちゃんが、炎を帯びる。
『キャルッ! そのまま、ゴブリンを斬ってみな』
「うん! やあ!」
ゴブリンに向けて、突き攻撃を仕掛けた。
またゴブリンチーフが、盾を構える。
その盾ごと、レベッカちゃんはゴブリンを貫いた。
盾だけを置いて、ゴブリンチーフが灰になっていく。
「ふううううう」
どうにか、ゴブリンの群れを撃退し終えた。
どこからともなく、チープな音源のファンファーレが。
[魔剣【レベッカ】のレベルが上がりました]
レベッカちゃんのステータスを見ると、二に上がっていた。
『ゴブリンチーフを倒した程度で、二も上がれば上等か』
新しいスキルがないか、見せてもらう。
「なにもないね」
『【身体強化】が、上がるくらいだな。アンタが強くなるなら、いい』
「もっとレベッカちゃんを強化したいかな、わたしは」
わたしは自力で、レベルが【六】になっている。
とりあえず、体力に振っておこうかな。本当は魔法系に振って、レベッカちゃんの加工に全力を注ぎたいけど。
わたし自身が強くならないと、魔剣にも影響が出ちゃうもんね。
他のアイテムを漁る。ほとんどが角や爪程度で、たいしたアイテムは落ちていない。
「剣と棍棒くらいだね」
換金するにしても、銅貨数枚程度にしかならないだろう。
『こいつも吸おう。魔力の足しにする』
魔剣は他の装備品を吸収することで、パワーを上げられるそうだ。
「すごいね。アイテムを吸収して、自分の力にするなんて」
『たいして能力アップにはならんが、ないよりはマシだ』
少しでも、強度や切れ味を上げていく。
『さらに敵だ。左方向に、ホーンラビット』
巻き貝型の角を生やしたウサギが、こちらに向かって飛んできた。
「おおぅい!」
かわいい見た目に騙されそうになったわたしは、我に返る。
ラビットはゴブリンの爪や骨を、ガリッといただいていた。魔力の残滓を、取り込んでいるのだろう。
そうだ。ここはダンジョン。
敵はわたしを、ただのエサとしか思っていない。
ましてわたしは、強力な魔剣を所持している。
レプリカと自称するが、レベッカちゃんは高い魔力を秘めているのだ。
魔物にとって、魔剣はごちそうに違いなかった。
「レベッカちゃんは、食べさせないよ! 取れるもんなら、取ってみろ!」
自主的に剣を構え、ラビットを迎え撃つ。
再びラビットが、驚異的な瞬発力でこちらに突撃してきた。
「にょわう!」
できるだけ自力で、剣を振るう。
だが、あっさりとかわされた。
剣を踏み台にされるなんて。
『アタシ様を足蹴にするなんてね。覚悟はできているみたいだ』
再びレベッカちゃんの人格が、わたしの人格を上書きする。
再度突撃してきたラビットを、力で叩き潰した。斬るのではなく、殴打でラビットを倒す。
『逆に食ってやろう』
ラビットの角をゲットし、レベッカちゃんの素材に。
お肉は、わたしの胃袋に収めることに。潰したから、柔らかいお肉になっているはず。
ナイフを使ってウサギの血を抜き、肉をさばく。骨付きで焼くと、おいしいんだよね。
『器用だな』
「母型の家系が、料理人なんだよね」
肉や野菜の下ごしらえは、任せてもらいましょ。
といっても、焚き火できる場所がない。火起こしの薪もないよね。ダンジョンでは。
『こういうときこそ、アタシ様よぉ』
レベッカちゃんの刀身の上に乗せて、ラビットの肉を焼く。
剣をバーベキューの鉄板に使うなんて、わたしくらいじゃない?
けれど、まずはベジファースト。カットとうもろこしをパクリと。コーンは野菜じゃねえ? うるさいんです。
いよいよ、メインだ。ホーンラビットの命を、滴る脂とともに口へ放り込む。
「やっぱり味気ない」
ガマンしていたけど、やっぱ塩コショウだけだと物足りない。味が微妙だな。
田舎でおいしいものを食べてきたから、こういったサバイバルメシにも、ちょっとこだわりを持ちたいわけよ。レディーとしては。
そんなときは、これ! 田舎のばあちゃん直伝のぉ、みかんジャム!
『なんだい、それは?』
「ウチの田舎で採れたみかんを、ジャムにしたんだよ。甘酸っぱくておいしい、だけじゃないよ」
保存も効くし、調味料にもなる!
「これを、こんがり焼いたウサギ肉にチョボっと」
で、さらにこれ! ドン!
『なんだい、それは?』
「醤!」
ばあちゃんから漬け方を教わった、発酵調味料なり!
『味が、想像できないね』
「いわば、食べるおしょうゆだね」
『しょうゆ……ガルムか。把握したよ。ウチの開発者も、ガルムは使っていたからね』
オレンジのジャムと食べるおしょうゆを、お肉の上で混ぜて、付け焼きすれば……できあがりっと!
「おおう、ウサギさんが見違えるほど、うまくなった!」
これは、ライスが欲しくなる味だなあ。携帯おこげせんべいは、道中のおやつで食べてしまった。長すぎるダンジョンが悪いんだいっ。
『アタシ様に、頼ろうとしなかったな?』
二枚目の肉を焼きながら、レベッカちゃんが私に聞いてきた。
「死んだおばあちゃんからの、指導なんだ。『道具に頼るだけのヤツは、上達しない』って」
いい道具を選ぶのは、その道のプロを目指すかも知れない。だが集めているだけの人は、コンプ癖があるだけ。腕前が上達したいわけじゃない、と。
「道具に頼らず創意工夫をして、ちょっとくらいは自分の頭で考えなさい、ってさ」
最初は意味がわからなかったよ。全部教わればいいじゃん、ってね。
でも、今はよくわかる。
レベッカちゃんにばかり、頼り切ってちゃダメだよね。
「クラスに、とんでもない人がいてさ」
『どんなヤツだい?』
「卒業前に、学校に刺さっている聖剣を抜くってイベントがあるんだけど」
『とんでもない勇者探しだね?』
「だよね。でもさ、今年始めて抜けたんだよね。しかも、女子が」
しかし、その聖剣を見事抜いた人物がいた。ウチのクラス代表だ。
「でも、ヤバかったのはその後なんだよね」
『ソイツが、どうしたんだい?』
「聖剣をへし折ったんだよ。『必要ない』って言って」
卒業試験が始まる、前日のことだ。
エクスカリオテ魔法学校には、学内中央にある泉に、魔王を倒した伝説の聖剣が刺さっている。
その剣を抜いた者は、英雄になれるという伝説があるのだ。
しかし、一〇〇年の歴史の中で剣を抜けた人物はいない。
今年、初めて剣を抜いた者が現れた。この国のお姫様で我がクラス代表の、クレア・ル・モアンドヴィル第一王女だ。
ストレートの金髪と、青い瞳が美しい、細身の女性である。
その彼女が、聖剣を抜いたのだ。彼女の前にいた、二メートルの巨人が抜けなかったのに。
校長が、その光景を見定め、クレア姫を称える。
「生徒諸君、ここに伝説を作り出す生徒が誕生した。今ここに洗礼を……?」
だが、クレア姫がその洗礼を受けることはなかった。
「これは、違う」
クレア姫が、聖剣を空に放り投げたから。
『雷霆蹴り』
黒のストッキングに包まれた細い足が、電光を帯びる。
落ちてきた聖剣に、クレア姫は雷属性を帯びた蹴りを叩き込む。
ミシミシと、聖剣が悲鳴を上げた。
「えーっ! 聖剣にヒビがーっ!?」
校長が、絶句する。
きれいなハイキックによって、伝説の聖剣は粉々になってしまった。
「おお、なんという罰当たりな!」
狼狽した校長が、剣の破片を拾い集める。他の教師たちも。
だが当のクレア姫は、「フン」と鼻を鳴らす。
「なにをしでかしたのか、わかっているのか! クレア王女! いくらモアンドヴィルの姫君とはいえ、このような狼藉を!」
「そんな役立たずな武器を後生大事にしていたから、この国は五〇年も停滞していたのです」
クレア姫は、生徒全員に向き直った。
「武器は、装備品は本来、自分に合ったものを作るものです。人間は、手足の長さが違うのですよ? この学校の制服だって、仕立ててもらったはずなんです。なのに、マネキンにかけられているブランド物のヨロイを着て、高級メーカーに飾っている剣を手に取る。それはまさに、安物買いの銭失い! ただの、ミーハーです!」
文明が発達して、ヨロイなどのオーダーメイドは少なくなった。工場で作る量産品が増えて、利益を出している。
それで、この魔術都市モアンドヴィルは発展してきたのだ。文明開化、高度経済成長と言えよう。
しかしクレア姫は、そんな文化を全否定した。
「そこの騎士様が着てなさっているヨロイは、優秀なお店で仕立ててもらったものでしょう。おそらく、金貨二〇枚と言ったところでしょうか」
クレア姫が、懐からナイフを取り出す。
生徒が「おおお!」とどよめいた。姫がコトを起こすつもりなのでは、と。
まさか! 単に見せるだけだった。
「こちらのナイフは、金貨五枚分の素材を用いて、自分で作りました。自作の『聖剣』のサンプルです」
クレア姫のナイフは、随所に電流が流れている。雷属性の魔法を仕込むことで、身体のどこにでも貼り付けることができるらしい。
「ナイフとはいえ、ありとあらゆる箇所に装着を可能とすることで、あらゆる攻撃に対処できます。また――」
シュ! とクレア姫がまた蹴りを放つ。今度は虚空に。
「このように雷属性を付与することで、神速の動きも可能となります。魔力をコントロールすることで、肉体に負担もかかりません」
さっきのキックも、このナイフを足先に取り付けて放ったのか。
「お見事でした、姫殿下」
「いいえ、騎士様。ワタクシの腕前なんて、まだまだです。しかしヨロイくらいは、仕立てていただきましょう。あちらの騎士様のように」
姫様に称賛された老騎士さんが、深々と頭を下げる。
「自分専用の剣くらい、あなた方の財力があれば造れるはずです! それを有名ブランドの剣や装備を揃えて悦に浸っている。嘆かわしい!」
それは、わたしも思っていたんだよね。
あの男子が持っている杖も、その隣にいる女子が首にかけている護符も、本当は魔力効果なんてほとんどない。キラキラして、きれいなだけ。
武器も本来は、自分の手で作るものだった。
ときに有能な鍛冶屋にオーダーメイドを頼み、ときに自分で槌を振るい、手を汚す。
それが紳士淑女の、本来の武器との接し方、愛し方なのである。
しかし、今はほとんどの人がブランドメーカー任せ。装飾品ジャラジャラで実用性に乏しい品を、みんなして好んで身につけている。
平和になりすぎた弊害が、こんなところに現れるとは。
「生まれ育った祖国モアンドヴィルを、愚弄なさるか姫よ! 魔法によって生産力を向上させてきた、この国の伝承や文化をバカにするのか!?」
「そうは言いません! この国の歴史と伝統は、たしかに称賛されるべきです。このように!」
クレア姫は、恥ずかしげもなくブラウスを手で剥いだ。
ブチブチブチ、とボタンが取れる。
スレンダーな身体を包むのは、ホルスタイン柄のカエルのイラストがプリントされた黒いTシャツである。
「あれ、『もーかえる』だよな?」
男子生徒が、プリントを指差す。
『もーかえる』とは、絵本のタイトルだ。
元は王都で配られている新聞に描かれている四コママンガである。
子どもどころか、大人にも人気があった。
芝居の演目にだって、なってるんだから。
「クレア様って、『もーかえる』が好きなのね。だからこの国を、快く思っていないんだわ」
「オレも好きだった。社会風刺が聞いていて、アナーキーなんだよな」
さっきまでクレア様を敵視していた生徒たちも、少し和んだ。
「お主も、ブランドに取り憑かれているミーハーではないか!」
「これは、自分で作りました!」
「布教活動過激派!?」
「いいですか? たしかに伝統や歴史は、語り継ぐものでしょう。しかし、『伝説』は自らの手で作り出すものです! だからこそ、伝説となりうるのです。人の打ち立てた伝説なんぞに寄り添った先に、成長はない! この国のように!」
確かに、かつてのモアンドヴィルは詠歌を極めていた。
しかしそれも、魔王を倒して五〇年を過ぎた頃に落ちぶれ始める。
昔から推奨されていたルールに縛られ、さらなる発展を恐れ、イノベーションを否定し続けた。
結果、諸外国の勢いに押され気味である。
今のモアンドヴィルは、当時の勢力なんて見る影もない。
「わたくし、クレア・ル・モアンドヴィルは、お約束します。これより始まる卒業試験のダンジョン攻略で、このナマクラより素晴らしい聖剣を、自ら作り出してみせると! そして、モアンドヴィルの意識を根本から改革いたします!」
生徒からは、拍手喝采が。
教師陣は、ずっと苦い顔をしていた。聖剣だった残骸を手に持ちながら。
*
『壮絶な野郎が、いたもんだな』
「アイテム愛が、凄まじいんだよね。ゴミに用はないって、徹底してる。クラスでも、ずっと一人だったし」
お姫様だから近寄りがたいってのもあるけど、「話しかけるなオーラ」がとんでもなかったんだよね。
わたしとは、対局にいる人かもしれない。
『あんたは、憧れないんだな。そいつには』
「うーん。気持ちはわかるけど、一方的すぎるかなって。でも、価値観を押しつけてくることがなかったら、主張は正しいよ」
きっとクレア姫なら、とんでもない武器を作り出せるだろう。
「少なくともさ、あの聖剣よりクレア姫の放ったキックのほうが価値があるってのはわかったよ」
わたしは目利きができないから、あの聖剣の真贋はわからない。それでも。
『で、聖剣を失った後、学校はどうなったんだい?』
「剣なら直したよ」
『誰が? ああ、校長先生だろうな』
「ううん。わたしが」
『ファ!?』
レベッカちゃんが、変な声を出す。
『冗談だろ!?』
「ホントだよ」
姫がぶっ壊した剣は、わたしがこの手で直してある。
『はいい!? 聖剣だぞ! 直せるもんなのかよ!?』
「形だけは、どうにか正常になったよ」
もっとも、わたし程度の【錬成】では、「ごはん粒でくっつけた程度」の強度しか保てないだろうけど。
『それでも聖剣だぜ。恐れ知らずだな?』
「実は聖剣抜きテストの順番って、姫様の次はわたしだったんだよね」
わたしは姫様のすぐ後ろに並んでいたから、姫の番が済んだらやらざるを得なくなったのだ。
「形式だけで『抜けませんでしたー』ってやろうと思ったんだけど、壊れちゃったじゃん。やることが、なくなっちゃってさ。せっかくだしって、元に戻したんだよ」
その頃には、姫様はダンジョンに向かわれていなかったんだが。
*
「あの」
わたしは手を挙げる。
姫どころか、卒業生全員がいなくなっている。おそらく明日のダンジョン攻略に向けて、準備に取り掛かっているのだ。
そりゃあ、そうだよね。わたしは姫の後で、一番ドベだ。いわば、オチ担当である。ましてや、わたしは平民だ。平民ごときがこんなイベントに参加できること自体、ありえないんだもん。
「君はたしか、キャラメ・F・ルージュくんだったか?」
校長先生は、わたしの名前をちゃんと覚えていてくれた。思い出すまでに一瞬間があったが。だけど校長って、生徒の名前をいちいち把握しているものなのかな?
「どうかしたのかね。おお、すまん。君の番だったか。ご覧のとおり、聖剣は抜けてしまった。どころか、壊れてしまってこの通り」
「あ、あの。この剣、直せます」
わたしは思い切って、校長先生に打診してみた。
「なに? 君は、何を言ったのかわかっているのか?」
校長先生も、目を丸くしている。
「は、はい先生。れれれ、錬成で、どうにかなると思います。わた、わたし、せせ専攻が錬金術なので」
「なにを言う? 宮廷魔術師である私でさえ、まともに復元できるかわからぬのに」
「げげ、原因は、わ、わかっています。こここ、この剣は、ままま、まだ大丈夫です。つつ繋げれば、まだけけ、剣として、きき、機能し、します」
わたしは、どうしてこの剣が折れたのか説明をしようとした。しかし、うまく言葉が出ない。
「お嬢さん、ちょっと、失礼」
いかにも魔女っぽいマダムが、わたしに近づく。たしか音楽魔法の先生で、教頭だったはず。
それにしても、誰かに似ているんだよな。
クレア姫様だ。あの方をめっちゃ大人にして、雰囲気をギャルっぽくしたような感じで。
「ちゅ」
教頭が、わたしの頬にチュッとした。
「なにをするんですか、先生!」
わたしは、教頭先生から飛び退く。
「ワタクシが編み出した、【滑舌をよくする魔法】よ。それに、チュってしたのは、こっち」
頭が水滴みたいな形をした二頭身の精霊が、マダムの手の平に乗っている。水滴精霊が腰に手を当てて、ドヤ顔をしていた。
「どうかしら? 話しやすくなったでしょ? 緊張が解けて」
「話してみないことには……あ」
なんか、いつもよりドモラない。
「ありがとうございます」
「ウフフ。ワタクシ、合唱部の顧問もしているの。大舞台に上がることも多いから、こうやって生徒に応急処置をしているのよ」
満足気に教頭が笑う。
「教頭先生、冗談が過ぎますぞ」
「オホホのホ。ごめんあそばせ。でも、面白そうじゃん。このキャラメちゃんに、賭けてみましょうよ」
ひとまず先生一同が、壊れた聖剣を石の台に置く。
「錬成、開始」
わたしは、魔力を注ぎ込む。
聖剣の表面が光を帯び、他の破片とくっつき始めた。
「話しかけてもいいかな?」
「はい。校長先生」
「説明を頼む」
「はい。この剣は、ずっと魔力不足でした」
聖剣は本来、使い手の魔力をエサとする。持ち手の魔力と一体化して、初めてその真価を発揮するのだ。
しかし学生相手では、ロクな魔力をもらえない。
当然だ。今まで、勇者のパワーという極上の料理を食べていたのだ。
学生の魔力なんて、安物のおやつやジャンクフードに近い。
お菓子ばかりを一〇〇年も食べさせられては、身体も壊すというもの。
「そこに急に上質な魔力……つまり、姫の魔力を吸ってしまったせいで、身体がビックリしちゃったんでしょうね。消化不良を起こして、壊れちゃったんです」
わたしも身体測定前に、モヤシばっかり食べて断食に近いダイエットをしたことがある。
既定値をクリアして、測定を乗り切った。
直後にドカ食いしたら、お腹を壊したのである。
「たとえがだいぶアレだけど、よくわかったわ」
「ありがとうございます」
聖剣が壊れたのも、その現象に近い。
「つまりむす……コホン。クレア嬢が魔力を急激に注ぎ込んだ時点で、聖剣の構成組織に綻びが出てしまった、と?」
「そうです。恐れ多くも申し上げますと、本当ならもっと、少しずつ魔力を注ぎ込むべきでした」
本人の魔力が相当なものであるのは、確かだ。
しかし、聖剣はもっとデリケートに扱うべきだった。
そう告げたとしても、クレア姫様はなおさら不要というはず。「そんなヤワな剣に興味なし」と、聖剣を切り捨てるだろう。
「聖剣といっても、しょせんは金属です。金属って意外と、デリケートなんですよ」
物質に魔力を注ぎ込むのは、注意が必要だ。ちょっと調節を間違えただけで、壊れてしまう。魔力伝達率が悪い金属だと、なおさらである。使い手の魔力で、溶けたりサビついたりするから。
「ましてやこれ、精霊銀ですよね? ミスリルよりちょっと上等な。だとしたら余計、丁寧に扱わないといけません。制御している装飾品が、かえって反作用を起こして暴走したりするので」
「使い手の……クレア嬢の技量に問題があったと?」
「ええ、実は――」
わたしは、「どうして聖剣が壊れたか」を、教頭にだけ「正確に」教えた。
「――ということです」
「マジで?」
どのみち聖剣と姫の相性は、あまりよくはない。お互いが不幸になるだけだっただろう、と。
「できました」
聖剣は見事に、本来の輝きを取り戻す。
わたしの背中には、じっとりと汗が滲んでいた。
「一応、形だけです。うまくいったかは、わかりません」
「ありがとう。これで威厳が保てる」
校長の手は、震えていた。
そんなに奇跡だろうか? 校長のレベルなら、もっときれいに仕上がると思うのだが。
わたしは、「手が空いていたから」やってみただけに過ぎない。正式な魔法使いさんに、ちゃんと修理してもらったほうがいいよね。
「なんならキャラメ・F・ルージュくん、君が聖剣を持っていなさい。平民とはいえ、君はすばらしい偉業を成し遂げた」
「ご冗談を」
わたしは、この剣を泉の岩に刺し直す。
「欲がないのね。ところで、あなたの出自は?」
「田舎は、沈香村です」
「沈香村……魔除けのお香の元になる香木を、製造・販売している地方よね?」
教頭からの問いかけに、わたしは「はい」とうなずいた。
「あそこの生キャラメル、子ども用に砕いたお香を混ぜているのよね? あの苦味が最高なんだよねー」
「今後もどうぞ、ごひいきに」
たしかに生キャラメルは、我が田舎の名産なんだけど。
大人になった今でも、あのキャラメルを食べているのか、教頭は。
「そうそう。聞き忘れるところだったわ。あなたの一族の誰かに、伽羅の魔女こと、【ソーマタージ・オブ・カーラーグル】と呼ばれている人はいなかった? もしくは、子孫とかご先祖とか」
「さあ……そこまでは」
わたしは、首を傾げる。
「そう。引き止めてごめんなさい」
「いえ」
「さっきかけてあげた【緊張をほぐす魔法】だけど、永続だから。もし何かの拍子で効果が切れたら、いつでもかけ直してあげるわ。卒業しても、うちにいらっしゃい」
「ありがとうございます。では」
【キャラメルの魔女】って、勇者に同行していた魔術師じゃん。
そんなのが、ウチの家系に?
*
『あんたも大概、心臓に毛が生えてるよなぁ』
「そうかな?」
『そうさ。あんたは絶対に、いい魔法剣士になれるよ』
「いやいや」
わたしは、錬金術師になりたいんだが?
『そうだったね。アハハ。あっ、焼けたぜ。さっさと食わないと焦げる』
「おわっぷ! いただきますっ」
ラビットは一瞬で骨だけになった。
『骨は、アタシ様におくれ』
ゴミの処理まで、していただけるなんて。動物の骨も、魔剣にとっては立派な素材なんだろう。
「ごちそうさま、と。ん?」
壁の隙間が、キラキラと輝いている。
「なんかさ、壁が光っているよ」
『魔法石だ!』
レベッカちゃんの声が、跳ね上がった。
ダンジョンの壁には、魔法石が埋まっていることがあるらしい。
『キャル、ぜひ魔法石を食わせておくれ』
「あいよー」
魔剣の切っ先を、魔法石に差し込んだ。
魔法石が、レベッカちゃんの装飾に吸い込まれていく。
『おおお。これはすばらしい。久々に純度の高い魔力だぜ』
[魔剣【レベッカ】のレベルが、三に上がりました]
レベッカちゃんが、また強化されたらしい。
もらえたスキルは、【火球】と。文字通り、ファイアーボールだよね。剣の先から、炎が出るのだろう。飛び道具としては、オーソドックスだね。
『いいねえ。ここは採掘場だったのかねえ?』
「かもしれないね」
魔剣が、保管されていたくらいだもん。ここで鉱石を採掘して、剣の材料にしていた可能性は高い。
実験として、襲いかかってきたホーンラビットを火球で焼いてみる。
おお、剣で鉄板焼きにしなくても、中までこんがり焼けました。
さっき食べたばかりだけど、おやつとしていただきます。ごちそうさま。
「切れ味の方も、試したい」
『おあつらえ向きの敵が来たよ』
現れたのは、スケルトンだ。手に棍棒や盾を持っている。盾がわずかに焼け焦げているのが、気になるなあ。
「うりゃ」と倒すと、レベルが【七】に上がった。
『スケルトンの数が、増えてきたね』
「なんか、骨も焦げ焦げな感じだったよ」
『嫌な予感がするよ。気をつけるんだ』
「うん。よし」
また別のフロアにて、鉱石を発見した。
『他にも、レアな鉱石が見つかった。これは……おお、いいね』
レベッカちゃんは、うれしそうに叫ぶ。
わたしとしても、レベッカちゃんを立派な魔剣に育って、母心が湧きそ――おおっ!?
「わーっ!」
突然、火球が飛んできた。
わたしはとっさに、回避する。
人間が撃ってきたものではない。遥かに大きなファイアボールだ。
『フロアボスだ!』
どうやら、このダンジョンのボス領域に入ってしまったらしい。
ボスは、口から炎の息を吐きながら現れた。全長五メートルほどの、巨大なトカゲである。四足歩行の足が地面を踏みしめるたびに、床にヒビが入った。
『ファイア・リザートだと!?』
やばいって。詰んだよこれは。炎属性の剣に、炎なんて。
リザードは、スケルトンの身体を踏み潰している。
まさか、スケルトンの身体が焦げていた原因は。
『コイツのせいで、冒険者はやられていたみたいだね! 死んだ冒険者が、スケルトン化していたみたいだよ!』
やっぱりーっ!
「ファイアボール!」
試しに、ファイアーボールでけん制してみる。
だが、やはり火球は炎をまとう皮膚にかき消された。
「だったら!」
レベッカちゃん譲りの身体能力で、斬りかかる。
それでも、刀身が硬い皮膚に弾かれてしまった。炎属性同士のため、ダメージも通らない。
「だったら!」
跳躍して、回転の力を利用して。
「からの!」
斬撃を見舞った。
しかし、傷ひとつつけられない。
『くるぞっ、キャル!』
尻尾による反撃が、襲いかかってきた。
かろうじて、攻撃を受け止める。ノーダメージで受け切ることができた。しかし、大きくふっとばされる。ゴロゴロゴロ、っとわざと後ろ周りのまま後退した。
リザードが、息を大きく吸い込んだ。火炎のブレスを放出する。
「おおおおお!」
熱線に追いかけられながら、扇状に逃げる。
「ダメだ、レベッカちゃん! ビクともしないよ!」
『キャル! あっちに【セーフゾーン】がある! 退避するんだよ!』
レベッカちゃんが、赤い光線を放つ。
その先には、結界が張られた空間が。
わたしは一目散で、セーフゾーンに駆け込む。滑り込みセーフ。
ダンジョンのボス部屋には、こういったセーフゾーンという場所がある。一旦退却し、態勢を立て直すための場所だ。
ボスの間には必ず、セーフゾーンが存在する。
善良な高位存在……いわゆる神様が、お情けで設立したのではない。
セーフゾーンがあるダンジョンに、その無尽蔵の魔力を求めてフロアボスが誕生するのだという。めんどくせえ。
「どうしよう。レベッカちゃん」
レベッカちゃん譲りの剣術をもってしても、あの魔物は倒せない。属性が違いすぎる。
なんとかできないか、レベッカちゃんの性能をもう一度チェックした。
【レアリティ:E、カテゴリ:C、クラス:A:六四七二】か。
装備品のレアリティは、SからEまである。この自称レプリカ・レーヴァテインの最低ランクの【E】だ。
品質は【Calc】、つまり石ころ並である。
クラス、いうなれば『用途』は、【Academic】とあった。アカデミックってことは、訓練とか学問用途ってわけね。
番号はたしか、六四七二番目に作られたっていう型番だったっけ。
「学問ってことは、このレプリカってのは、なにかの実験用品だったって意味じゃないかな?」
例えば強化とか、錬成とか……錬成!
『そうだよ。錬成だっ!』
レベッカちゃんが、わたしに問いかける。
「どうしたん、レベッカちゃん?」
『アタシ様を錬成すれば、アイツに対抗できるんじゃないか?』
「作り直したところで、わたしはポンコツだよ」
『違わない! あんたは聖剣を修繕したんだ! そんなこと、並の錬金術師にできるわけ、ないじゃんか!』
レベッカちゃんが、わたしに言い返す。
「だよね。レベッカちゃんは、わたしをここまで連れてきてくれた」
そんな魔剣が、ウソをつくわけない。
「もし本当にダメだったら、わたしの力が足りなかっただけだよね。やってみる価値はある!」
『キャル。お前さんって、本当になにも疑わないんだな? もし魔剣としてガチで覚醒しちまったら、あんたの魂を食っちまうかも知れないのに』
「構わない。ここまできたら、一蓮托生ってだけだよ」
レベッカちゃんに精神を侵食されるか、リザードの胃袋に転居するか、ってだけ。
こんなところで、終わりたくない。情けない人生だったなんて、思いたくないんだ。
だったら、レベッカちゃんの言葉に賭ける。
「いいの? 錬成に失敗するかも知れないのに」
『うまくいくさ。だってアタシ様は、そのための【学術用品】かもしれないだろ?』
レベッカちゃんは、自ら進んで実験体になってくれると約束してくれた。
『方法は、ある』
インベントリで確認する。
『さっき調べたら、これはレアの魔法石【紅蓮結晶】だった。あのリザードは、この魔法石を飲み込んだせいで、炎の力を得たらしい』
「ふむふむ……錬成素材としては、最適じゃん」
この紅蓮結晶だが、錬成以外に別の用途がある。わたし自身が取り込めばいい。
炎の加護がなくても、剣自体の強度が増して、わたしの身体能力も上がる。あのリザードだって、軽く倒せるようになるだろう。
しかし、威力が強すぎる。モンスターの体組織ごと破壊するため、リザードからのドロップが減ってしまう。
『大雑把に、相手を倒すならこれだ』
「調整が、難しいんだね」
『アタシ様が、制御したほうがいいね』
レベッカちゃんの、いうとおりだ。これは、錬成に使おう。
「あ、そうだ。この魔法石をもらったんだった」
わたしはアイテムボックスから、黒い石を取り出した。小さくて、黒壇のように艶がある。
『なんだい、それは……まさか! よく見せてくれ!』
「いいよ。【原始の炎:極小】だって」
『本物の、原始の炎か!?』
レベッカちゃんの声が、うわずった。そこまで貴重なアイテムなんだ。
「そうだよ。すごいスキルが付与されるんだってさ。教頭先生からもらったんだ」
魔剣を修復したお礼に、教頭先生がわたしにプレゼントしてくれた。「いつか、自分の相棒になるほどの魔剣に出会った時、これを使いなさい」と。
『間違いない。正真正銘、原始の炎だ』
「知ってるの、レベッカちゃん?」
『ああ。とんでもないスキルが手に入るよ』
これなら、あのリザードを倒しても、アイテムが手に入れられるそうだ。
『さすが、魔法学校だね。ヤバいアイテムを所持してやがる』
「なんだろう、原始の炎の持つスキルって?」
抽象的すぎて、わからん。さっぱりプーである。
『属性貫通だ』
魔剣には本来、属性がある。
火・水・風・土・光と闇とか、そういうのだ。
属性がないのは、物理という特性がある。
『アタシ様は【レーヴァテイン】だから、炎の属性だな。その威力を犠牲にする代わりに、どんな奴にも通用する』
「つまり……」
レベッカちゃんの話が、本当だとすると。
『あんたの想像したとおりさ、キャル。原始の炎は、炎さえ斬る』
【原始の炎】とは、炎を越えた炎だという。
この力があれば、並の炎属性すら突き抜けて、ダメージを与えられるそうだ。
『ただ、この力は正式な属性に反する。もし扱えば、炎の剣としての威力は下がるんだ。せっかく覚えたファイアボールも、威力を捨てざるを得ない』
貫通能力のある【原始の炎】は、効果こそすぐには現れにくいけど、取り続けると強くなる大器晩成型、と。
『リザードの戦闘レベルは一一。今のあんたじゃ、逆立ちしても勝てない。紅蓮結晶を取り込んで力技で潰すか、原始の炎を用いて、ピンポイントで弱点を突くか』
「万能か。いいんじゃないかな。よし、万能で!」
『いいんだな? これを取り込んで』
「うん。わたし、ソロ狩りプレイを目指すので」
炎が通じない相手が出て来る可能性が高いと思っていたけど、今がその時だとは。
ぼっちなわたしは、ソロで対処するしかなくなる。だから弱点は、なるべく消しておきたいかな。
『とはいえ極小だから、あまり期待はするなよ』
「わかってる。もっと強い敵と戦って、強い装備や素材をゲットできれば、レベッカちゃんがもっと強くなれるんだね?」
『ああ。原始の炎だって、本来はアタシ様がレベルアップして覚えるもんさ。本物のレーヴァテインの力なのさ。だが、今のアタシ様だけの力じゃ、足りない』
本格的に最適化するには、錬金術師の力が必要になる。
しかし、わたしじゃまだまだポンコツだね。
「ごめんね。力になれなくて」
『キャルがあやまることじゃない。アタシ様を強くしたくて、そう考えているんだろ。それだけでもありがたい』
わたしはうなずいて、セーフゾーン内に道具をセッティングした。
「作業台はOK。素材と、魔剣を置いて、と。いくよ!」
レベッカちゃんを作業台の上に置く。紅蓮結晶は剣の上に設置し、黒い石は剣の隣に。
「錬金術師キャラメ・F・ルージュが、命じる。魔剣レーヴァテイン六四七二改め、レベッカよ。【原始の炎】の力を宿し、我の刃となれ!」
呪文を詠唱し、錬成を開始する。
黒い石と紅蓮結晶を、レベッカちゃんが吸い込んでいく。
わたしはさらに、レベッカちゃんにありったけの魔力を注ぎ込む。
「錬・成!」
レベッカちゃんの炎が、紅から、黒の混じったオレンジ色へと変わった。
「すごい。さらにベッコウアメ感が増したよ」
『そのたとえが見事なのか、わからんけどな。でも……』
レベッカちゃんは、刀身から黒いオーラを放ち続けている。プロミネンスのようなゆらめきを、常時放つ。
『アイツを脅威と思わなくなったな』
自信に満ち溢れているレベッカちゃんを見て、わたしも覚悟を決めた。
「ほんとは、他の装備品も錬成で強くしてみたかったんだけど、剣で精一杯だった」
おかげでまだ、手がビリビリと痺れている。
『成果に見合う、仕事をこなしてやるよ』
「お願い!」
わたしは、レベッカちゃんを構えた。
ファイアリザードは、出待ちするでもなく初期位置で待機してくれている。「お前なんぞ、セーフゾーンから出た直後に攻撃しなくても倒せる」って、顔に書いていた。
そりゃあ、わたしはスライムとさえ互角のポンコツだけどさ。
その慢心を、後悔させてやる。
「ぬぁ!」
開幕から、わたしは跳躍した。紅蓮結晶をレベッカちゃんに取り込んだおかげか、ブーストがすさまじい。天井にさえ届きそうなほどに飛ぶ。
空中で無防備状態になったわたしに向けて、リザードが大きく口を開けた。ブレスが来る。
灼熱の炎が、わたしに放たれた。
「なんのぉ!」
わたしは構わず、剣を振り下ろす。
スケルトンの仲間入りになんて、なってやらないんだから!
オレンジ色の刃が、ブレスを斬り裂いた。
「おぅいええええ!?」
自分でも、驚いている。形がない炎を、ホントに斬っちゃうとは。さっすが【原始の炎】だね。
だが、リザードにまで負傷をさせられない。ちょっと口を切っただけ。それでも、怒り狂っているけど。後ろ足をハネさせて、わたしに向かってシッポで打撃を浴びせにかかる。
『やっちまいな!』
「おう!」
繰り出されたシッポを、スパっと切ってやった。
ドン、と極太のシッポが地面に落下する。
トカゲらしく、リザードは再生を試みた。しかし絶大な再生能力をもってしても、原始の炎で斬られた部分は生えてこない。
『炎の力を取り込んだのが、アダになったね!』
普通にリザードだったら、再生したものを。欲張って炎属性を取り込んでしまったために、原始の炎の作用をまともに受けてしまったのだ。
ブチギレたリザードが、なりふり構わずブレスを撒き散らす。
「弱点は!?」
『シッポの付け根さ』
さっき切ったところか。
「よし! ウニャニャニャニャ!」
相手のブレスを回避ししつつ、わたしはリザードの背後に回り込んだ。
リザードの後ろ足が、わたしを踏みつけようと降ってくる。
「うるっせえってんだよ!」
わたしは、リザードのカカトに切り込みを入れた。
軽く悲鳴を上げて、リザードが足を上げる。
「今だ!」
棒高跳びの要領で、わたしは飛び上がった。狙うは、リザードのシッポを斬った傷口である。
「くらえ、【プロミネンス・突き】!」
レベッカちゃんが所持する炎属性の技【プロミネンス】をまとわせ、突き攻撃をリザードに食らわせた。
リザードの身体が黒くなって、ガラスのように砕け散る。
本当ならシッポを切って、リザードの再生を食い止めつつ攻撃するのがセオリーだった。
しかし、このリザードはファイアリザードに変化している。原始の炎を食らったせいで、再生できなかった。
わたしを甘く見た、報いが来たね。
[フロアボス、【リザード亜種・炎】の討伐、完了しました]
リザードが黒いガラス片となった後、手の甲からアナウンスが。
さてさて、ドロップはなにかな……あれ?
ダンジョンの照明が、赤く点滅し始めた。
「うわあああ! 何事!?」
リザードが大量発生したんだけど!? ボスは、倒したはずだよね!?
[緊急事態発生。フロアボスが大量発生しました。【モンスターハウス】です]
モンスターハウスって、いわゆる魔物の大量発生現象のことだ。一部のフロアに魔力が異常に蓄積して、モンスターが魔力を食いにやってくる状態をいう。
今度は、普通のリザードだ。しかし、数が多すぎるだろ!
『まだやるのかい? 何匹来たって、同じことだよ!』
いや、レベッカちゃんはやる気満々だけどさぁ!
わたしはもう、疲れたよ。
呼吸を整えて再度戦闘態勢に、っと思っていたその時だ。
「【雷霆蹴り】」
雷光が縦横無尽に飛び交い、リザードたちの体組織を壊した。
リザードが、雷を帯びたキックを受けて、粉々になっていく。
「どわわ!」
その勢いに気圧されて、わたしは尻餅をついた。
雷の勢いは、止まらない。次々と湧いてくるリザードの群れを、一瞬で灰にしていった。
フロアボスを一撃で屠るほどの火力を放ち続けているのに、一向に威力が衰えない。
わたしは、この稲光に見覚えがある。ダンジョン攻略前日に、わたしはこれを見た。これは、伝説の聖剣をぶっ壊した技だ。
「あなた、ケガはない?」
雷撃を放った少女が、わたしの顔を覗き込む。
すべてのリザードを蹴散らしたのは、クレア姫だった。
――幕間 前日譚
伝説の聖剣を破壊して、夕刻を迎える。
クレア・ル・モアンドヴィルは、校長室に呼ばれた。
「失礼いたします。クレア・ル・モアンドヴィル、参りました」
「ああ、ご苦労さま。あとは、教頭とお話しなさい。私は、失礼するよ」
校長が教頭に鍵を預け、部屋から出ていく。
呼んだのは校長だが、用事があるのは教頭の方か。
「なんでしょう、お母様?」
「ここでは、教頭と呼びなさい。【雷帝】のクレア」
母親のクレイピアが、鼻でため息をつく。母はクレアを心配し、クレアの在学中だけの教頭先生となったのだ。
なんて過保護な。
とはいえ、母が天才なのは本当だ。雷属性と水魔法の【ミックス】ができる。
二つの違う属性をかけ合わせるミックスなんて、クレアですらできない。
また、魔法製造にも長けている。中でも代表的なのは、【リラックス】の魔法だ。雷属性で対象者に電気ショックを与え、水属性で血流を整える。
【リラックス】の魔法を編み出した母は、緊張しぃの生徒に人気があった。
「聖剣を壊した罰なら、しかと受けます」
「わかっています。だから夕方だというのに、まだ制服を着ているのでしょう?」
そこまで、わかっていたか。
「聖剣なら直ったわ。見ていらっしゃい」
「まさか!」
早すぎる。宮廷魔術師でも、一ヶ月はかかると思っていたが。
「でも、付け焼き刃でしょうに。たった半日で聖剣がもとに戻っているなんてもとに戻ってる!?」
思わず、クレアは泉の岩を二度見した。本当に聖剣が、岩に元通りに突き刺さっているではないか。しかも、完全再現されて。
「幻術なのでは、ないですか?」
「ウソだと思うなら、確かめるといいわ」
「再び抜いても?」
「ええ。どうぞ」
母クレイピアが、手で剣を指し示す。
クレアは柄に手をかけて、再び剣を抜いた。
剣の感触は、破壊したときと変わらない。相変わらずの、駄剣。
「その剣をもう一度、折ってみなさい」
クレイピアが、信じられないことを言う。
「ほんとうに、よろしくて?」
「いいわよ。好きになさい」
母の言葉に甘えて、クレアは聖剣を放り投げた。きれいな刀身に、渾身の蹴りを叩き込む。
十分な手応え。魔力の伝達もスムーズだ。これがエクスカリオテ学園歴代最強と謳われ、【雷帝】の二つ名で呼ばれたクレア王女の――!?
「どうして」
だが、今度は聖剣が砕けなかった。
「ワタクシの蹴りを受けても、ヒビ一つ入らない!」
いったい、どういうことだ? さっきは、軽く蹴っただけで一撃で崩壊したのに。
蹴ったときの質感も、まるで違う。
最初に抜いたときは、威厳や威圧感などを感じなかった。しかし、この剣からは絶大なオーラを感じる。
再構成された際に、なにか施された? いや、ありえない。聖剣なら構造も製造過程も複雑なはず。
「ようやく、あなたを聖剣の使い手として認めたようなの」
母の言葉に、クレアは首を傾げる。
「剣を抜いた時点で、ワタクシに資格ありだと思っていましたが?」
「違うわ。聖剣は……『わざと』壊れたの」
信じられない言葉を、母がクレアに投げかけた。
「この剣には、二重のセーフティがかかっていたのよ」
一つは、泉の岩に刺さった状態で、抜けば資格あり。
もう一つは、使っても壊れないかどうか。
「つまりあなたは、あの時点では剣を抜いただけ。扱いに慣れていないせいで、剣はあえてぶっ壊れちゃったのよ」
「――!?」
そうだったのか。どうりで脆いと思っていたが。
「あなたは確かに強い。しかし、聖剣を扱うには、少々傲慢が過ぎたみたいね」
母の言うとおりである。
ここまでの意思を、武器が持っているとは。この聖剣は、ただの強い剣ではない。持ち主の慢心を、見抜いている。
「ワタクシは、この剣を持つ資格がありませんわ」
クレアは剣を、泉の岩に刺し直した。謝罪の意味を込めて、祈りを捧げる。
単に自分は、傲慢だった。
聖剣の本質を知らず、イタズラに否定して。
「母さんが見ていたわ。この剣を直した人物のことを」
「いったいどんな魔法使いが、聖剣を」
「平民の女子学生よ」
バカな! 平民が、この剣を直せるはずが。
「ご冗談を! いくら母親といえど、ジョークがすぎるのではなくて?」
「でも、事実よ」
その子の名前はキャラメ・F・ルージュというらしい。
「修理した生徒は、わかっていたわ。聖剣がどんな思いであなたの攻撃によって壊れたのか」
「あの平民の子には、『モノの感情が、わかる』と?」
「そうよ。だから古臭い錬金術師になんて、なろうと思ったんでしょうね」
文明が発達し、錬金術はほぼオートメーション化している。忘れ去られた技術もあるが、そこまでのオーバーテクノロジーなんて誰も求めていない。
人々が求めているのは、ブランド性である。
「このメーカーなら、丈夫」「この店は格式が高いから確実」
そのブランド志向・バイアスこそ、人は信じていた。
お手軽量産・伝統ブランド志向が両立して当然の時代に、キャラメという少女は剣の声を聞き入れ、古の力を発揮させた。
「その生徒なんだけど、魔王を討伐した勇者パーティにいた、魔女の末裔かも」
そんな人物が、この魔法学校に通っていたとは。
キャラメ・F・ルージュ。彼女ならあるいは、クリスの願いを叶えてくれるに違いない。
*
「キャラメ・F・ルージュさんですわね? ご無事のようでなによりです。さあ、脱出しますよ」
「あ、はい」
セーフゾーンに向かうクレア姫に、ついていく。
ボスを倒すと、セーフゾーンはそのままダンジョンの脱出装置になるのだ。
「お水に触れてください。これでダンジョンから出られます」
「はい。その前に、よいしょっと」
荷物の忘れ物がないか、確認をする。
「ドロップアイテムも、お忘れなく」
「おっと、忘れるところでしたよ」
アイテムをどっさり、持って帰ろうとした。しかし、埋まりそうにない。
「これは、絶対持って帰るとして」
リザードのドロップアイテムが、最優先だ。
武器とか防具とかに使えそうな素材がたっぷり。でも、重すぎる。
あきらめるしかないか?
いや、往復すればワンチャン……でもなかった。
このダンジョンは、一度出るとアイテムの再設定がされるんだったよなあ。
「とんでもないものを、拾い上げましたね」
「ああ、これですか」
わたしは小さいビー玉を、指でつまむ。透明なフォルムは、爬虫類の目みたい。
「【龍の眼 極小】……レアリティは、Cだって」
ちょっといい感じのアイテムだね。
『レアリティCだと? 冗談じゃないよ。そんなのは、すぐにノーマルドロップに上書きされるレベルなのに』
リザードのレアアイテムは、めったに取れないという。普通はノーマルアイテムの、【毒消し草】に上書きされしまうからだとか。
「キャラメさん。あなた、しゃべる剣とお友だちになりましたの?」
クレア様が、ギョッとした顔になる。かなりかわいいんですけど?
「そうなんです。レベッカちゃんです」
あと、自分のことはキャルと呼んでくれと頼んだ。
「ご自身で、名前をつけましたのね? それはそうと、キャルさん。そのアイテムは、すぐにお使いなさい」
「いいんですかね?」
「ええ。今のあなたには、絶対必要なアイテムですわ」
どういった効果が……。
[【龍の眼 極小】
ドラゴンの腕力が、多少備わるだけ。
アイテムボックス無限。重量関係なし]
よし、即採用だ。
「多少」とか「だけ」とかっていっているけど、わたしのようなモヤシ体力には十分すぎる。
「どうすれば?」
「胸に、かざしてみなさい。体内に取り込まれます」
わたしは、龍の眼を抱きしめるように、胸にかかげた。
「うわ!」
龍の眼が、小さいネックレスに。しかも、どれだけ動いても邪魔にならない。身体と一体化したかのよう。
「そのネックレスは一生外せません。それでも、よろしくて?」
「よろしくてですわ」
これで、アイテム容量を心配する必要はなくなった! ドッカンドッカンと詰め込む。
「おまたせしました。帰りましょう」
セーフゾーンの泉に触れた。
身体が、光に包まれる。
ようやくわたしは、ダンジョンを脱出できた。
朝早く入ったはずなのに、もう日が暮れそうになっている。
ダンジョンの入口から学校まで、並んで歩く。
「ありがとうございます、クレア姫」
「いいえ。お礼なんて結構よ。それに、敬語も」
「でも、姫は姫なんで」
敬語を解いて話しているのを見られたら、それこそ他のクラスメイトにどんな目に遭わされるか。
「クレアと呼び捨てになさっても、構わなくてよ。同い年のお友だちなのに、みんな姫とかしこまるんですもの」
「では、クレアさん」
「うふふ、よろしくおねがいします。キャルさん」
ていうか、姫の言葉遣いが元々、敬語なのですわ。
「あれ、でもクレアさんって、魔剣探しは免除されているはずでは?」
クレア姫は、聖剣に選ばれている。だったら、聖剣を使えばいいこと。わざわざ卒業過程である、魔剣探しになんか参加しなくてもいいはずなのに。
「これは、ワタクシが招いた災いなのです」
なんでも聖剣を砕いた影響で、ダンジョンの構造がヤバイ雰囲気に変わっちゃったらしい。
魔物が異様に強くなったのも、ボス部屋がモンスターハウス化したのも、すべてクレアさんが聖剣を破壊したせいだったとか。
「おか……教頭先生から、お灸を据えられました。なので、事態の正常化を言い渡されたのですわ。あなたで最後ですよ」
「クレアさん、他の生徒に犠牲者とか」
わたしの向かったフロアで、ファイアリザードが相手だったのだ。生徒たちが、まともに帰れたのだろうか?
あのダンジョンは入り口は共通だが、生徒一人ひとりによってルートも到着地点も違う。先生以外、助け出すことはできないのだ。
「ご心配なく。他の生徒たちは、スケルトンだとか、ゴブリンチーフがフロアボスでしたわ。とんでもない数でしたが」
特別な許可をもらい、クレアさんはダンジョンから生徒を助け出すため、すべてのダンジョンを駆け抜けたという。
「よかったぁ」
他の生徒たちもクレアさんに救出され、教室に帰っているらしい。
「あなたのおかげです。ありがとう、キャルさん。あなたが聖剣を直してくれなかったら、魔物たちの強化や大量発生は、防げませんでした」
あのまま直でダンジョンに向かっていたら、それこそ生徒たちは全滅していたかも知れないという。
やっべー……。直しておいて、よかったぁ。
「それにしても、あなたがどこにいるかわからず、探し回りましたわ。無事でよかった」
「平民のわたしごときにお手間を取らせて、申し訳ございません」
「とんでもない! 平民だろうと、あなたは大事なクラスメイトですわ! それに、ワタクシの目を醒ましてくれた、恩人です」
最大級の賛辞をいただいて、恐悦至極である。
学校に到着した。
だが、クレアさんは教室には向かわない。外れにある。学食まで歩く。
「教室には、戻らないので?」
「みなさんは、おうちに帰りました。卒業式までお会いすることはないでしょう」
クレアさんは、食堂の料金を払ってくれた。
「おかえりなさい。シチューを温めておいたから、お食べ」
「ありがとうございます、おばちゃん」
まるまると太ったおばさんが、わたしたちにシチューを振る舞ってくれる。
ああーっ。数時間ぶりの、まともな食事だぁ。最高ぉ。
「シチューとライスを、合わせる方ですのね? そんな人、初めて見ましたわ」
クレアさんが、目を丸くしていた。彼女の方は、パンに浸して食べている。
「田舎でも、珍しがられるんですけどね。やってみます?」
「では」
木のスプーンで、ライスをすくう。
「なるほど。ライスって、シチューと合わせると甘みが増しますのね? おいしいですわ」
「気に入ってもらえて、よかったです」
布教活動ってわけじゃないけど、同志ができてよかったぁ。
「でも、いいんですか? 平民のわたしとゴハンなんて、つまらないのでは?」
「いえ。あなたと一緒にいると、和みますわ。他の貴族の女の子たちとの会話なんて、誰を婿に迎えるだとか、政治的な話ばかりで」
人の悪口をエサにしている女性の話に、辟易しているのだとか。
「キャルさんのお話は、興味深いですわ」
「ありがとうございます」
「ですから、お礼は無用ですわ。わたくしの責任ですの。申し訳ございません」
クレアさんが、わたしに深々と頭を下げた。
恐縮ですってば! もし、わたしが姫様にお辞儀なんてさせている場面なんて、他の生徒に見られたらぁ! 殺されちゃう!
「いえいえ! おかげさまで、いい魔剣に出会いました。これもケガの功名。不幸中の幸いというものですよ」
「そうでした。あなたの連れている魔剣を、見せていただけますか?」
「どうぞどうぞ」
食べる作業をやめて、わたしはレベッカちゃんを見せる。
「レーヴァテイン・レプリカの、レベッカちゃんです」
レベッカちゃんも、『よろしくな』とあいさつをした。一国の姫君が相手だとしても、レベッカちゃんはブレない。
「ウソでしょ、レーヴァテインですって!?」
やけに、クレア嬢が驚いていた。
「姫様?」
「まさか。伝説のレーヴァテインが、レプリカとはいえ、この世界に顕現するなんて」
「どういう意味でしょう?」
「炎の剣の最上級アイテム【レーヴァテイン】は、この世界とは別の神話に登場するはずの剣ですわ。本の中に出てくる、創作上の逸品であるとしか」
マジかよ。
つまりレベッカちゃんは、この世界のアイテムではないってわけだ。
炎の巨人の武器で、巨人はこの剣を振るって、世界を破壊し尽くしたとされている。その後に創造神によって倒されて、巨人は肉体ごと大陸にされたと伝承に残っているそうだ。
噴火をモチーフにしていて、世界を創造した場面を、神話として語り継いでいるという説も。
わたしは、そっちの話の方が好きかな。リアリティがあって。
「ですが、それはこことは別の世界線での話だとされています。なのに、本物のレーヴァテインがこの世界に現れるなんて」
誰しもレーヴァテインなんて、『想像上の産物だろう』と、信じて疑わなかったそうだ。
「レベッカちゃんって、すごい魔剣だったんだね? おとぎ話の世界から、飛び出してきたなんて」
『自分でも、出自に驚いているよ。おおかた、伝記でしか語られていないレーヴァテインを、どっかの研究者が再現しようとしたんだろうね』
六〇〇〇本以上も魔剣を作る人だから、レベッカちゃんの生みの親は、かなりの変人な可能性がある。
「だったら、レベッカちゃんの扱い、どうしよう?」
そんな立派な魔剣をガッションガッションと持ち歩いていたら、めちゃ注目されるかも。
「ご心配なく。髪留めになさったら?」
「おお。そうでした」
イマドキの冒険者は、装備を小さく圧縮して携行する。デカい武器やヨロイを堂々と身につけ、町中を歩きはしない。「常時、臨戦態勢なのか?」と、役場の人に思われちゃうからだ。
実力を隠す意味も込められる。
よく考えたら、レベッカちゃんもむき身のままだった。抜いてそれっきりだったのを、忘れていたよ。
「拾ってきたファイアリザードの皮を使って、柄を錬成! っと。からのぉ」
わたしは、レベッカちゃんを縮小した。ボブカットの髪に、髪留めとして収める。
「ごちそうさまでした、クレアさん。ここまでしていただけるなんて、どうやってお返しをすればいいのやら」
「お返しは、ちゃんといただきますわ」
おっ。お姫様から、お願いをいただけるとは。なんだろう? 平民のわたしでも、できることかな? 抱いてとか、いわないよね? わたし、そんな性的な知識はないんだけど?
「キャルさん。ワタクシに、魔剣を作ってくださいまし」
おおおお。シチューの代償は、デカかったーっ。
魔法学校の卒業式が、行われた。
体育館に、教員と卒業生全員が集まっている。
「ねえ、レベッカちゃん。みんな、結構いい感じの魔剣を所持しているね」
わたしは、レベッカちゃんと脳内会話を行う。失礼ながら、クラスメイトたちの魔剣を吟味する。
レイピアタイプの魔剣もあれば、斧タイプの魔剣もあった。仕込み杖なんてのも。全員、髪留めや万年筆サイズに、装備を圧縮していた。
今の時代、町中で無意味に武器をジャラジャラと持ち歩いていると、役場の騎士に職質される。そのたび、いちいち冒険者カードを見せなければならない。
魔王がいなくなったのはいいが、面倒な時代になったものだ。
『ほとんど、魔力を帯びただけの無銘だね。アタシ様より脅威になる魔剣は、いないみたいだね』
たしかに、レベッカちゃんのような純正の魔剣とは違う。
「でもみんな、がんばったんだね」
『あんたは、お優しいねぇ』
それは、よく言われる。
『けど、その優しさがあったから、あんたはアタシ様を見捨てなかったんだろうよ。アタシ様が強くなったのも、あんたのおかげだからね。感謝しているよ』
「えへへ」
伝説の聖剣を引っこ抜いたクリスさん以外、全員魔剣ゲットに成功したみたい。
まあ歴代で、この学園は落第者なんて出したことはないし。
レベッカちゃんは、堂々としたものだ。なんといっても、魔剣レーヴァテインだしね。レベッカちゃんは。
最後に、冒険者の許可証をもらって、お開きとなる……はずだった。
「しまった」
魔剣のお披露目、すっかり忘れてたじゃん。
そりゃあ魔剣を取ってきたんだから、手に入れた魔剣を見せるって儀式があっても不思議ではないよね。
「どうしよう? 架空の魔剣なんて、この世界には存在しないよ。パチモンだって、バカにされちゃわない?」
『そんときは、そんときさ。いざとなったら、手頃な相手と決闘して、魔剣レーヴァテインの恐ろしさをわからせりゃいいのさね』
物騒だよ、レベッカちゃんは。そんな過激なことなんてやったら、せっかくの卒業を取り消しにされちゃう。
「キャラメ・F・ルージュ殿。魔剣を、ここへ」
しんがりに、わたしの番が来た。
「遠慮しないで」
校長と教頭から促され、わたしはレベッカちゃんを元のサイズに戻す。
ド派手に、レベッカちゃんはドン! と炎を巻き上げる。直後、美しいオレンジ色の刀身が目の前に現れた。黒い炎と、橙色のコントラストが、実にすばらしい。
「は、はい。いくよ、レベッカちゃん!」
オレンジ色に輝く刀身を見て、式の会場がザワつく。
「あんなデカい剣を軽々と!」
「平民の取って来た魔剣が、一番立派だと!?」
「でも、なんかデザインがカワイイ!」
学校じゅうから、驚きと憧れの眼差しを向けられた。
実は昨日、卒業式を控えたこともあって、ちょっと柄の方をいじってみたのである。
握り込みの気になる点や、無骨なデザイン性などを見直したのだ。
ああでもないこうでもないと考えていたせいで、二時間くらいしか寝ていない。
教頭先生から緊張を解きほぐす永続魔法をもらっていなかったら、わたしは経っていることすらできなかっただろう。その場でうずくまり、保健室あたりに連れて行かれるんだ。
「して、キャラメ・F・ルージュ。その剣の名は?」
「この子は、【レーヴァテイン】のレベッカちゃんです」
レベッカちゃんはしゃべろうとした。
だが、しゃべる魔剣は珍しい。口を挟ませないほうがいいだろう。ここにきて変な誤解を、招きたくない。
「レーヴァテインですって!?」
教頭先生が、クリスさんと同じリアクションをした。
まるで親子みたいだな、あの二人。
「しかし、レーヴァテインなど、この世界で確認はされておりませんぞ。いったい、どう判断すれば」
「おとぎ話に出てくる、剣じゃないですか! デタラメだ!」
教師陣が、ざわついている。
レーヴァテインが顕現してヤッホーって人もいれば、あれは贋作の魔剣だと頑として認めない派閥も。
「仮に本物のレーヴァテインだとしても、平民の娘ですぞ! うちの学生とはいえ、そんな少女が、危険極まる剣を取ってこられるはずがない! ただちに回収すべきです!」
一際偉そうな貴族風の教師が、レベッカちゃんの存在を断固否定する。うわあ、わたしからレベッカちゃんを取り上げる話まで出ているよお。
さらに、生徒たちの私語が多くなっていった。
「お静かに!」
教頭が、手をパンパンと叩く。
卒業式の会場が、一気に緊迫感を増した。
「これはレプリカながら、正真正銘の魔剣に違いありません」
教頭先生が、とまどう教師陣を説得する。
「この子は、錬金術師です。その気になれば、魔剣を錬成することも可能です。結果的に、絵本に出てくる魔剣を作ったに過ぎないなら、それでいいでしょう」
「だったらこの生徒の魔剣は、贋作ということではありませぬか!」
さっきの偉そうな貴族先生が、なおも食い下がった。
もーお。なんなん? そんなに平民が魔法科学校を卒業するのに、納得がいかんのか? いかんのだろうなぁ。
「それでも、ベースとなったのは魔剣に他なりません。この魔剣から、なんらかの特殊効果を確認しました。校長もどうぞ」
手持ちのモノクルを、教頭が校長に差し出す。
「ふむ。たしかにベースは魔剣ですな。それも、かなりレアリティは低いようだ」
「でしょ? なら、魔剣を取ってきたこと自体は、事実なわけです。レーヴァテインを『自称』したところで、さしたる脅威にはならないかと」
教頭は、助け舟を出してくれているみたいだ。
意固地になってレーヴァテインを本物だと主張したら、実験道具にされる。
かといってレベッカちゃんがニセモノだとしたら、わたしは卒業できない。
「魔剣であることは本物だが、レーヴァテインはあくまで自称」と、教頭は折衷案を出してくれたようだ。
「フン。たしかに、まがい物ではないようですな」
わたしを認めようとしなかった貴族先生も、モノクルでレベッカちゃんを確認した後にため息をつく。
「ではキャラメルージュ殿、ご卒業おめでとう」
パチパチパチ、とわたしは生徒たちに歓迎されて席に戻った。
さて、帰り支度をするか。
わたしは、荷物を整理する。
「お世話になりました」
錬成術の先生に、あいさつをした。
「それと今日一日、こちらを使わせていただきたいのですが」
「好きなだけ、使いなさいな」
先生である老魔女さまが、快く承諾してくれる。
よし、装備品を作ろう。たっぷりと、錬成するぞー。
『夕方に始まる、ダンスのドレス作りかい?』
レベッカちゃんからの質問に、わたしは首を振った。
「あれは、貴族様の式典だから」
卒業式典のパーティなんて、わたしのような平民が立ち入っていい場所ではない。窮屈すぎて、息が詰まりそう。
今、わたしが作っているのは、冒険者用のジャケットだ。
「錬成!」
掛け声とともに、鉄のヨロイとファイアリザードの皮を融合させる。
ファイアリザードの皮を使って、赤紫のジャケットを仕上げてみた。
「制服の色と近くて、いい感じじゃない?」
『たしかに、いいねえ。身体のラインも出て、セクシーじゃないか』
「そこは、見なくていいよぉ」
わたしは、自分の身体を抱きしめる。
しかもこのジャケットは、鉄のヨロイよりも硬い。レザーアーマーとしての役割も、果たすのだ。
『殊勝だねえ。もう旅の支度をしておくなんてさ』
「わたしは学校にいたいんじゃなくて、錬金術師でレベッカちゃんを強くしたいからね」
今ではなく、わたしは先を見据えて行動する。いつまでも、学生気分じゃいられない。
あとはスカートと靴を揃えたいけど、ベース素材がない。買ってこなくては。
ひとまず、使わない武器は鉄くずに変えておこう。素材に使えるかも。
錬成室で一人旅の準備をしていると、部屋をノックされた。
「クレア姫……」
扉を開けると、前にいたのはクレア姫ではないか。
「姫……クレアさん。どうして?」
「キャルさん。お昼のパーティに、ご出席されていませんでしたから」
あっ、もうお昼すぎか。
そういえば卒業式の直後も、なんかイベントがあったんだっけ。
でもなー。貴族のパーティなんて気後れしちゃうんだよねえ。
『昼メシも食わずに、没頭していたねぇ』
卒業のあれやこれやで、胃があまり食事を受け付けないのであった。
錬成中にお菓子をバリバリ食べていたので、お腹はあまり空いていない。
早く姫に差し上げる魔剣の素材を集めるため、街を出ることを最優先にしていたからね。
「もう、行ってしまわれるのですか?」
「はい」
昼の間に準備をして、夕方には出ていく予定だ。
「夕刻には、ダンスも立食もありますのに」
「結構です。みなさんで楽しんでください」
わたしのような平民は、クールに去るぜ。
「ならば、ワタクシも出発いたします」
ええ……。大丈夫なのか? お姫様じゃん。勝手に出歩いて、いいのかよ?
「あなたに、魔剣を作っていただかなくては」
やはり、昨日話してきたお願いは、まだ生きているのかー。
「作って、お届けするというわけには」
「参りません。自分で素材を集めて、直接手で触れて、肌触りを実感しなくては。それが、聖剣・魔剣を愛好するというもの」
ホントたくましいな、クレアさんって。
「本物の剣士は、手を汚すものです。人に全部任せて自分の所有物ヅラなんて、できるわけないですわ」
「たしかに、もう旅支度をなさっていますね」
クレアさんは、気が早い。言っているそばから、もう支度ができている。貴族とのイベントなんて、まったく興味がないんだな。
「家督は、一番上の兄が継承なさいます。両親や兄弟姉妹に、あいさつも済ませて参りました。みな、快く送ってくださいましたわ」
王家といえど、末娘は融通は効くみたい。
「よく、承諾してくださいましたね。国王様」
本来なら、泣いて引き止めるところなんだろうけど。
「ワタクシは、末っ子ですから。それにロクな花嫁修業もしない穀潰しは、必要ないのですよ。ヘタに政治に関与されるより、放逐してしまった方が国としても都合がよいのですわ」
国の言う通りにならないなら追放しちまえとか、マフィアみたいな考えだなぁ。
『ふーむ。「国の守り神である聖剣を叩き壊すような女は、家においておけない」ってのが、本音なんだろうね』
レベッカちゃんが、えらいことを言う。それは思っていても、はばかられちゃうよ。
「ウフフ。よろしくてよ。事実だから」
クリスさんも、自身の状況を把握しているらしい。
「それにしても、そのお洋服は?」
「自分で作ってみました。どうでしょう?」
わたしは、くるりんと回ってみせた。
「ファイアリザードの皮を鉄のヨロイと融合させて、ジャケットにして――」
「そうではなく! 今の格好を話しているのです」
やけに圧が強めで、クレアさんがつっかかってくる。
「あなたまさか、学校指定のジャージ姿で旅をなさるおつもり!?」
今のわたしの服装を見て、クレアさんが驚愕していた。
ジャージは最強の部屋着であり、トレーニングウェアであり、外着だ。冒険に行くんだから、別に服装なんてどうでもいいじゃないかと。
「いけませんかねえ? この服、身体に馴染んで落ち着くんですよ」
「いらっしゃい!」
「わわ!?」
わたしは、クレアさんに手を引かれる。
「どうしたんです? クレアさん!」
「ワタクシの行きつけの仕立て屋さんへ、ご案内しますわ!」
ツカツカと、わたしの手を引きながら石畳の街を歩いた。
周りの人は、わたしの横にいる人がクレア姫だとわかっていないようである。おそらくクレアさんが、認識阻害の魔法でもかけているのだろう。
「どうしてあなたは、平然とジャージで街を動き回れますの? 理解できません」
「さて、どうしてでしょう?」
わたしが出歩くとしても、特に誰もいない早朝だもんね。早寝早起きで街へ行けば、人と会うこともないし。
「今後は、人に慣れる必要がございます。ひとまず、わたくしの行きつけにどうぞ!」
有無を言わせぬ様子で、クリスさんはわたしの手を引っ張り続けた。
「到着しましたわ」
ものの五分で、仕立て屋とやらにたどり着く。
「いらっしゃいませ。おお、クレア姫様」
女性店員さんが声をかけるより早く、クレアさんが呼びかけた。
「この子の寸法を、測ってくださいまし! できるだけ細かく!」
店員さんに、クレアさんがわたしを差し出す。
「か、かしこまりました」
仕立て屋さんが、わたしのサイズをメジャーで測りだした。
「バスト九二ですか、実にうらやましい限りですわ。ほかはムチムチですわね」
「衣装の作り甲斐が、あるというものです」
クレアさんが店員さんと、わたしの胸をマジマジと見る。
まずクレアさんは、街で着る衣服を用意してくれた。
白ブラウスと、赤いミニのプリーツスカートである。服の下に、一分丈のショートスパッツを履くタイプだ。
全体的に、魔法学校の制服に近い。
「では、この子が作った錬成品に合いそうな衣装を、見繕ってくださいませ」
この服の上からつけられる装備を、作ってもらえるそうだ。
わたしも、作った錬成品を店員さんに差し出す。
「承知しました。装備品として仕立てなくても?」
「装備品を装飾するアイテムは、この子がご自身で用意していますわ。あとは、そちらで加工なさって!」
「はい!」
「あと、お食事してまいります。お腹周りは、なるべく余裕をもたせてちょうだい」
「かしこまりました。お気をつけて」
装備の加工一式を仕立て屋さんに任せて、昼食に向かう。
「キャルさん。あとは、完成品をお待ちなさい」
「ありがとうございます。あの、お金まで出してもらって、よろしいので?」
「お構いなく。ダンジョンにモンスターを大量発生させた、迷惑料です。取っておきなさいませ」
じゃあ、受け取っておこうかな。
「でも、錬成ならわたしが」
「あなたは人の為なら腕は確かなのですが、自分のこととなると美的センスが壊滅なさっています。それは、あまりよろしくないですわ」
「お世話になります。じゃあ、お昼はごちそうさせてください」
「ありがとう。いただきます」
わたしはクレアさんを連れて、小さな酒場に向かった。
「ここが、旅人の集う酒場ですか?」
「はい。カウンターで注文をしてきますね。同じものでいいですか?」
「お願いします」
酒場で、米粉でできたラーメンをいただく。服にかからないよう、いつもよりおとなしめに食べる。
ちなみに、二人ともお酒は飲まない。甘い炭酸水をもらう。
「モチモチで、すごくおいしいですわ! こういった料理、初めて食べましたわ。食べる機会がありませんでしたの」
「わたしと一緒に旅をするなら、ずっとこんな料理ばかりになりますよ」
景観が汚くても美味しい場所を探すなら、わたしにお任せあれ。
「それは、楽しそうですわ!」
クレアさんの様子なら、大丈夫そうだ。
米粉のラーメンを食べ終わり、装備のチェックを行う。
「うわあ。女子力の高さがハンパない」
わたしだったら、的確なパーツに装具を取り付けるくらいしか、思いつかなかったよ。
ちょっとアイテムの位置をずらすだけ、ちょっとアクセサリの角度を変えるだけで、乙女度が格段に上がっている。
「ファイアリザードの皮って、こんな感じに仕上げるとかっこよくなるんだぁ」
垢抜けたデザインの装備品なんて、わたしには絶対に似合わないと思っていた。しかし装備してみると、毎日身に着けていたかのようなフィット感がある。
これが、最高級の仕立て屋さんのお仕事なんだなあ。
「装備品のリストです。ここでご説明差し上げてもよろしいのですが、実際にお使いなさってからのほうがよろしいかと」
習うより慣れよ、だ。その方がいい。こちらとしては、早く街を出たいからね。
「ありがとうございます」
「ワタクシからも、お礼をいたします」
夕食も、外で食べる。卒業パーティも出席しない。
馬車を手配して、今度こそ街を出る。
「キャルさん。晴れて冒険者になったわけですが、これからどこへ向かいますの?」
「ツテがあります。そこまで旅をしようかと」