まずは冒険者ギルドへ、鉱石関連の依頼がないか尋ねてみた。

 昨日は鍛冶の見学に夢中で、すっかりツヴァンツィガーのギルドへ立ち寄るのを忘れていたんだよね。王様との話し合いもあったし。

「いらっしゃい。ツヴァンツィガーへようこそ」

 受付嬢も、ドワーフさんだ。しかも、ちょっとおばちゃんである。

「鉱山ダンジョンに関連した、クエストはありますか?」

「あるとも。あの鉱山の中でも、グミスリルが取れる地帯は、閉鎖されて久しいね」

「グミスリルとは?」

「ミスリルの硬さと、溶かしたアメのような柔軟性を持つ銀を持つ金属さ。鍛冶屋垂涎のアイテムなんだよ。けどねえ。魔女イザボーラ・ドナーツが占領しちまって」

 ここでも魔女! イザボーラって、かなり悪さをしてみるみたい。

「冒険者や王城のドワーフ兵たちも、あの鉱山に向かったんだけどさ。みんな逃げ帰ってきたよ」

 鉱山を守るモンスターが強すぎて、勝てないという。 

「ただのミスリルなら、別のポイントでも取れるんだよ」

 たしかに、フルーレンツさんの剣にも、一部ミスリルが使われている。

「そっちにも、魔女イザボーラの手がかかり始めてるね。グミスリルを独占しているモンスターさえ倒せば、魔物共も撤退するだろうさ」

グミスリルを占拠しているモンスターが、配下に指示を出して鉱山を襲わせているらしい。
 
「わかりました。その魔物を、やっつけに行きます」

 なにもヘルムートさんからは、グミスリルのダンジョンに行っちゃいけないって、言われていないもんね。

「正気かい? 相手は、デーモンだよ?」

「デーモンとは?」

「魔族さ。高位のヴァンパイアとか、魔王とか言われているよ」

 話を聞く限り、かなり強そうな魔物だな。

「鉱石を使われないように、魔女がグミスリルを使ってガーディアンゴーレムを作っちまったのさ」

 カリュブディスのように、不完全体でもなさそう。
 なんたって、グミスリルなんて貴重な金属をエサにしているそうだもん。
 
「それでも行きます」

 わたしたち三人は、ガーディアンを倒しに行くことにした。
 せっかくだし、珍しい金属が欲しい。
 邪魔な魔物も倒せて、一石二鳥だもんね。
 
 ギルドの依頼にあった、閉鎖された鉱山へ。

 道中は特になんの危なげもなく、モンスターも湧かなかった。
 

 これも、ヘルムースさんのおかげかも。
 カブトをドクロマスクにして、【王者の威厳】を持たせたのがよかったのだろう。
 王者の威厳とは、弱いモンスターを遠ざけるスキルだ。 
 スパルトイに指示を出すのにも、ちょうどいい。
 野盗ですら寄り付かないってのは、楽でいいよね。
 
 ただ、ここから先は威厳も通じないモンスターがわんさかいる。
 
『ミスリルでできたボスなんて、うまそうだね、キャル』

「そうだね」

 そんな感想が出るのは、レベッカちゃんくらいだよ。
 
「で、フルーレンツさん。剣の方は?」

「訓練用のものを、借りてきた」

 フルーレンツさんの武器は、ロングソードと、ショートソードの二本差である。
 背中に担いでいるロングソードは、両手持ちの大剣だ。
 ショートソードの方は、ナイフほどに短い。

「魔剣一〇本をフルに使っても、敵いませんでしたわ」

 クレアさんでも、苦戦するなんて。

 そこまで強いんだ。さすが、歴戦の王子様である。

 なお、盾は片手の上腕にのみ。相手の攻撃を受け流すための、小型の円形シールドを持ってもらった。
 わたしが壁役を担当するので、大型盾は持たせていない。

「両手大剣を所持してどのように大型シールドを構えるのかと思えば、もう一本の腕を生やすとは」

 背中から、魔力制御の多関節腕を展開し、大盾でみんなを守る。
 
「キャル殿の発想は、斜め上であるな」

「へへーん」

 魔法腕の性能も向上し、より早く盾を動かせるようになった。
 ヘルムースさんの技術を盗んで、応用している。

『魔物の気配がするねえ』

 レベッカちゃんが、魔物を探知した。

「我に任せてくれ」
 
 フルーレンツさんは、スパルトイ兵隊をどのように動かせばいいかも手慣れていた。王子様だったからだろうな。

『キャル。この間も話したけど、スパルトイやゴーストの統率は、フルーレンツにお願いしたよ』

「うん。同じアンデッドだから、フルーレンツさんが指揮する方がいいかもね」

 斥候役をうまく使って、フルーレンツさんは敵勢力の少ないルートを探している。
 弱い敵はスパルトイに任せて、障害になる大物だけをこちらで対処した。ムダな戦闘は、しない。みんな、待っているもんね。
 弱い魔物を狩るのは、鉱山をある程度安全にしてからにしたい。

「この魔物がいるフロアの奥に、強い殺気を感じる」

 フルーレンツさんが、警戒を行った。

「そこが、ボス部屋だね」

 たしかに、フロアの端に休憩スペースもある。ここは、当たりかも。
 
 牛頭の巨人が、わたしたちの前に立ちふさがる。

「ミノタウロス型か、悪くない」

 フルーレンツさんが、背中に担いでいた両手持ちの細身剣を抜く。

「キャル殿。手出し無用で、お願いいたす」

「わかったよ。あなたの騎士道を、尊重します」

「かたじけない。てやあ!」

 フルーレンツさんと、ミノタウロスが打ち合う。

 ミノタウロスの巨大な斧さえ、フルーレンツさんの身体に傷一つ付けられない。

 対してフルーレンツさんは、ミノタウロスに確実なダメージを与えていく。
 
 これがアンデッドの装備かと思えるくらい、フルーレンツさんは動きが機敏だ。
 もしかすると、魔剣を所持していたときより、強いかもしれない。
 スケルトンキングとかリッチとかなんていう、次元を超えていた。
 死神……。まさしくそう形容してもいいだろう。

「装備の硬さを試させてもらおう。来い」

 ミノタウロスの実力を把握したのか、フルーレンツさんが無防備になった。

 あえて魔物に、攻撃をさせる。

 だが、魔力がこもったヨロイに、ミノタウロスの腕力が通らない。

「うむ。一流の腕だ。ヘルムースよ」

 ミノタウロスの斧攻撃を、フルーレンツさんはラウンドシールドで軽く受け流す。

 シールドは、傷一つついていない。
 これが、職人の技か。
 使い手もすごいが、防具を作った職人の本気度もうかがえた。

「いい戦士だった。では、さらばだ」


 フルーレンツさんは、相手に敬意を評した。直後、ミノタウロスの首を難なくはねる。

 あれで、訓練用の剣かよ。

 ミノタウロスの首を切るなんて、それこそヤツが持っている斧でも難しいのに。
 
 ボス部屋横のフロアで、一旦休む。
 お腹が空いたので、クレアさんとお昼にする。

「何もすることが、ありませんわ。完全に、フルーレンツさんにおまかせしていますわね」

 申し訳なさそうに、クレアさんがサンドイッチをつつく。
 戦闘していない者が率先して食べていいものなのか、と考えているのかも。
 クレアさんも戦闘に参加しようとしたが、あっという間に終わってしまった。 
 
「どう、フルーレンツさん。ヨロイの着心地は?」

「見事だ。ヘルムースの丁寧さがうかがえる」
 
 フルーレンツさんのヨロイは、魔力が全身にいきわたるように、所々に地獄のヒスイ(アビスジェイド)を流し込んである。数ミリ単位という極細の装飾に、店売りの数倍という魔力量を圧縮していた。
 ヨロイ本来の硬度も、損なわれていない。

 あれだけの魔力を注ぎ込むためには、多少の硬度は犠牲にする必要があるのに。
 硬さを維持しつつ魔力をヨロイ全体に浸透させるには、熟練の技量が必要だ。

 わたしも、錬成技術をもっと磨かないとね。
 

「ただ、あれは一人では骨が折れるな」

 ボスの間に足を踏み入れて、フルーレンツさんがひとりごちた。

 眼の前にいるのは、グミスリル鋼で身を固めた騎士である。

 ひざまづいている姿だけでも、ただものではないとわかった。