クリームヒルト姫なる女性の絵画を見て、フルーレンツさんが固まっている。
 
「フルーレンツさん、妹さんは、この人にそっくりなの?」
  
「おお、まさに生き写し。だが、我が反応したのは彼女にではない」

 フルーレンツさんは、一番右端にいる老婦人に目を向けていた。

「あれぞ、まさしく我が妹ではないのか!」

「妹さんの名前は?」

「エペカテリナという」

 フルーレンツさんの発した名前に、グーラノラさんが、「ああ」と反応した。

「よくご存知で、こちらの御婦人は、先代王のお妃様で、エペカテリナ妃です」
 
 ベッドに寝ている老婦人を、グーラノラさんは手で指し示す。

「エペカテリナ様は私が大臣に着任した後すぐに亡くなられました。お若い頃は、クリームヒルトお嬢様にたいへんよく似ていらしたと」

「うむ。ワシが保証しますぞ」

「当時の肖像画もございますので、機会があればご鑑賞なさればよろしいかと」

 グーラノラさんが、快く対応してくださった。

「すまぬ。ヨロイ姿のままで。人に見せられぬ容姿なのでな」

「お構いなく。モアンドヴィルのお姫様の、お友だちですもの。決して、悪いようにはなさらないでしょうから……アンデッドといえど」

「お主」

 どうも、グーラノラさんは最初から、フルーレンツさんの正体を知っていたみたい。

「私は【高僧(ビショップ)】ですもの。定命ならざる者の気配くらいは、把握いたします。ですがあなたからは、邪悪な気配はしません。元々あったのでしょうけど、今はすっかり、闇の力を感じません」

 この人、相当の実力者かも。

「ならば、お話しよう」

 フルーレンツさんが、事情を説明した。

「わかりました。私を通じて、国王に相談いたします」
 
 応接間まで、通される。

「国王は、こちらにおいでです。お話などをなさってくださいませ」

「ありがとう」

 ひとまずグーラノラさんが、事情を説明してくれた。

 応接室に入って、わたしたちはひざまづく。

「お招きくださって、ありがとうございます。陛下」

 クレアさんが率先して、前に出る。
 
 中年の国王は、「あいさつは、よい」と、わたしたちを立たせた。

「それより、話を聞こうではないか。そちらの剣士殿が、わたしの娘に刃を向けたと聞いたが」

 応接室に、緊張が走る。

 ヤバイよ。このままだと、全員が牢屋にブチ込まれちゃう。

『キャル。いざとなったら、アタシ様を抜きな』

 小声で、レベッカちゃんがわたしに語りかけてきた。
 レベッカちゃんは、今は髪留めになっている。

「ダメだよ。それこそギロチン刑になっちゃうじゃん」

 ギロチンがこの国にあるかは、謎だけど。

「よいのだ。グーラノラから、一通りの話は聞いた。騎士団長ヘルムース。目撃者として、その方の話を聞かせてくれ」

「御意」

 ヘルムースさんが、国王に話をする。

 だいたい、わたしたちとフルーレンツさんが戦闘になった経緯など。

「して、その方らよ。ヘルムースの説明に、相違はないな?」

「はい。全部本当のことです。こちらのガイコツ剣士が、フルーレンツ王子だということも」

「ふむ。にわかには、信じられん」

「あと、魔除けの結界を張ってもムダです。フルーレンツさんは、わたしの契約モンスターとなったので。アンデッドだとしても、害はありませんよ」

 まあ、彼が暴れたら、今度こそ引導を渡すけど。

「なんという……。よろしい。信じよう」

 国王は、頭を下げた。

「娘は、休ませている。会っていくか?」

 害はないとはいえ、会わせていいものかどうか。

「会ってもらったほうが、後々面倒にはならんと思う。フルーレンツ殿下。あなたが本物のコーラッセンの王子なら、子孫にお会いたいのでは?」

「うむ。妹の忘れ形見を、ひと目見たく思う。抱きしめるとは行かないまでも、元気であることを確認できれば。あと、刃を向けたことを、お詫びしたい」

「構わんよ。あなたに娘を襲わせたのは、魔剣であろう? 余は、あなたを憎んではイないよ」

「おお、ツヴァンツィガー国王。ありがたき、お言葉」

「頭を上げてください。殿下」

 国王の許可をいただき、中庭へ。

 花とたわむれる、小さい少女がいた。

 遠目から、フルーレンツさんが見守っている。

「おお。遠くから見ても、妹そっくりだ。あんなに、大きな子孫をもうけて。我は、幸せだ。思い残すことはない」

「いやいや。がんばって。まだ使い魔として、わたしに協力してほしいですから」

「心得た……ん?」

 少女クリームヒルト姫が、幼い瞳をこちらに向けた。
 フルーレンツさんに、会釈をしている。

 対しフルーレンツさんは、剣先を地面につけて、クリームヒルト姫にひざまづいた。

「満足だ。帰ろう」

「その前に、報告をいただけませんか?」

 グーラノラさんが、フルーレンツさんを呼び止める。
 
「おお、そうであった」

 うんうん。どうしてクリームヒルト姫が襲われたのか、だよね。


 客間にお茶を用意しているそうで、案内してもらう。

「姫様と言うか、王族が狙われた可能性が高いよね」

「うむ。国王に敵対する者は多いのう。悪党の取り締りも、活発化しているし」

 ヘルムースさんが、腕を組んで考え込む。
 
 わたしなんかは恐縮して、お茶さえノドを通らない。

 しかしクレアさんは、ガブガブ飲んでいる。
 トートも一緒になって、お茶をガブガブ、茶菓子をバリボリと。
 話を聞いているのだか聞いていないんだか。

「お昼を食べていませんもの」

 ああ、そうでした。

 緊張しっぱなしで、食べるどころじゃなかったし。

「なんかさ、悪い魔法使いがどうのって言っていなかった?」

「うーむ。このあたりで危険な魔法使いといえば、魔女イザボーラ・ドナーツですね」

 グーラノラさんが、解説をする。

 魔女イザボーラは、永遠の若さを保つため、若い娘を魔物にさらわせているという。

「その尖兵として、我が操られたと?」
 
「可能性はあるね。フルーレンツさんは、面識あるの?」

 わたしとしては、馴れ馴れしいかなと思った。
 しかしもう、この人はわたしの使い魔だもん。敬語を使っても仕方がないんだよ。

「我の亡骸を、利用されたのかもしれん」

「ネクロマンサー……ではないか」

 一瞬、可能性がよぎったけど、訂正する。

 ネクロマンサーなら、わたしと契約なんてできない。
 アンデッドの契約対象を変えるには、相手をもう一度殺す必要がある。

『違うね。コイツが復活したのは、おそらく魔剣の力だろうさ』

「おおお、無礼極まりないぞ、レベッカちゃんよ」

『はあ? アタシ様は、コイツの部下でもなんでもねえんだよ。他人さ』

 まあ、そうだけどさ。

「よい。我とは普通に接してくれればよい。キャル殿。レベッカ殿」

 フルーレンツさんがいいなら、止めないでいいか。

「魔女に関しては、こちらで調べます。ギルドにて、続報をお待ち下さい」

 グーラノラさんが、冒険者ギルドを通して情報を集めてくれるという。
 
 それまで、なにをしておこうかな。

「では、ワシの工房へ参られよ。フルーレンツ殿が活動しやすいように、ヨロイを新調してしんぜよう」

「うむ。世話になる」

 
 というわけで、一旦街へ入る。

 フルーレンツさんは、ヘルムートさんの元に預けた。

「キャルとやら。スマンが一緒におってくれ。ガイコツなんて、家内が見たらぶったまげちまう。いくら殿下といえど、じゃ」

 だね。
 
 ヘルムートさんにはつきっきりで、ヨロイのサイズを測ってもらう。
 
 続いて、レベッカちゃんを見てもらった。

「コイツは、たまげた。随分と内部構造が歪じゃのう」

 わたしの錬成を言っているのか、かなりの辛口批評だ。

「じゃが、危ういバランスで力を保っておる。これを打ち直すのは、骨が折れそうじゃわい」

 ドワーフさえ、手を焼く存在だったか。

「生半可な鉄鉱石なんぞを混ぜてしまえば、たちどころに劣化しようぞ。素材は、厳選せねば」

『そういえば、アタシ様は雑食だったからねえ』

 自分で言いますか。

「近くに、魔法石の鉱山がある。そこへ向かうとええ」

 ひとまず、目的は決まった。