クレアはトートから、魔剣の一〇番を受け取る。

「この刀身なき剣こそ、魔剣【地獄極楽右衛門(ヘル・アンド・ヘブン)】の、真髄ですわ」

「バカには見えない刀身ですって? バカはアンタの方じゃん。丸腰で私に勝とうっての?」

 魔王カリュブディスが笑うのも、ムリはない。

 この魔剣が強いのか、クレア自身でさえ半信半疑だった。

「試してみれば、わかりますわ」

「ハン。試すも何も、そんな武器が私に通用するわけ――」

 何かをいいかけて、魔王が黙る。

 クレアが、カリュブディスの腕を奪ったからだ。

 胴体を真っ二つにしたかったが、さすがにかわされてしまう。

 復活したばかりで本調子でなくても、そこは魔王か。簡単には、倒れてくれない。

「アンタ、それは」

 魔剣が、稲妻の刀身を放つ。



「一〇番の刀身は、ワタクシ自身ですわ」



 クレアの魔力自体を、刀身に使っているのである。

「バカな!? たしかに魔力を実体化することは、不可能じゃない。けれど、魔王クラスの魔力がなければ、絶対に安定なんてしないはず」

「おっしゃるとおり、この剣だってさして安定はしていませんわ」

 すぐにクレアは、稲妻の刀身を消す。

 つい最近まで、一〇番は未完成品だった。しかし、クラーケンの魔石を扱ったことで、ようやく魔剣の安定性が上がったのである。

 カリュブディスから魔石を得れば、さらに強くなるだろう。

 フワルー氏からは、一本の剣にこだわった方がいいと言われている。

 しかし貪欲なクレアは、一〇本の武器を存分に扱いたかった。
 ここまで多面的な戦闘を好んでいたのかと、自分でも驚いている。自分がどこまでやれるのか、やれることは全部試したい。

 結果、単身で魔王に挑むという、暴挙に出たのだが。血がたぎって、しょうがない。

「魔力を実体化して剣に変える、たいした実力ね。けど、どこまでもつかしら?」

「やってみなければ、わかりませんわ」

 またカリュブディスが、切れた腕から触手を生やす。

「深海魚のエサにしてあげるわ!」

 触手が、クレアに襲いかかってきた。

 柱や壁を、触手は破壊し続ける。クレアが回避する地点に、先回りされる。

「トートさん、六番を!」

 触手を切らねば、魔剣を試すどころではない。

 一旦、武器を交換する。

 しかし、投げた六番が触手に取られてしまった。

「武器がなければ、アンタは何もできない!」

 魔剣を奪われて、クレアは回避行動ばかりになる。

 やはり、魔王を少し舐めすぎていた。召喚獣に武器を投げてもらう戦法は、修正が必要だ。

「【雷霆蹴り(トニトルス)】!」

 電撃を帯びたハイキックで、触手を撃墜する。ついでに電流を魔王の身体に流し込んで……。

「ざっけんじゃないわよ!」

 と思ったが、魔王は自ら触手を切り捨てた。

「ですが、魔剣は回収しましたわ」

 両手斧を取り戻し、触手攻撃を切断していく。

 尻尾で、魔王が攻撃してきた。

 クレアは両手斧を地面に突き刺す。

 魔王は尻尾を減速できず、両手斧に衝突した。ドン、と尻尾がちぎれる。

 両手斧から、クレアは九番であるレイピアを抜き取った。魔王の心臓に向けて、レイピアを突き出す。

 魔王が、口から魔力の濁流を吐き出した。

 濁流に飲まれ、クレアは壁に叩きつけられる。

「ふううう!」

 どうにか、クレアは立ち上がった。

「クソが。まだ生きているなんて!」

 ダメージは、たしかに大きい。だが、自分はまだ飛べる。

「これくらいのハンデは、ご必要でしょ?」

「まだ言うか! この死にぞこないが!」

 魔力を口に溜め、魔王カリュブディスが濁流の渦を作り出す。ガレキをも吸い込んで、確実にダメージを与えるつもりだ。

「一〇番!」

 ここで、クレアは一〇番を選択する。ここが、魔剣の使いどころだ。

「フルパワーですわ!」

 全力を出すなんて、いつ以来だろう? 父を相手にしたとこでさえ、全力だったかわからない。

 とにかく、クレアに並ぶ相手は、いつの間にかいなくなっていた。キャルが現れるまでは。

 きっとキャルは、無事だろう。必ず、最悪の局面を切り抜けてくれるに違いない。

 だからこそ、信頼できる。だからこそ、自分は全力でこのゴミを始末できるのだ。

「あなたの顔も、見飽きましたわ」

「こっちは、とっくに飽きてるのよ! たかがニンゲンが、この魔王に歯向かうなんて!」

「魔王ごときが、ニンゲンに勝てると思わないことですわね」

 実際、この魔王はかつて人間に負けている。その事実を忘却し、いいように解釈しているだけだ。

「今度こそ完全なる復活を遂げて、最強の座をほしいままにするのよ!」

「その愚かな願い、ここで断ち切らせていただきます!」

 両足で、クレアは大地を踏みしめた。

「バカね! 自分から渦に飛び込んでいくなんて! 喰らいなさい、【ファイナル・テンペスト】!」

 跳躍しながら、一〇番をヒザにセットする。

 クレアのレッグガードには、魔剣を装着する仕掛けが施されていた。クラーケン戦の後、キャルがクレアの要望を聞いてくれたのである。

「な!?」



「……雷霆蹴り(トニトルス)



 魔剣を突き出した飛びヒザ蹴りを、魔王の口内に食らわせた。

 飛び込んでのヒザ蹴りをモロに喰らい、魔王は感電する。

 倒れ込んだ魔王の顔面を、さらにヒザで押しつぶした。

 魔王の肉体が、ガラスのように砕け散る。

「ふう……。さすがに、立てませんわね」

 クレアは、自身の状況を嘲笑した。自分のヒザが、笑うとは。こんな状況まで、自分を追い詰めたことはなかった。

「キャルさん、あとは、頼みました」

 本当はすぐにでも、キャルの元へ駆けつけたい。
 が、少々休むことにする。





 ヤトが、邪教の末裔だったとは。

「どうして、そんなことに?」

「いわゆる、勢力争いってやつでヤンスよ」

 神の力で国が栄えたが、国が巫女たちから権利を取り上げたのだ。権力争いに魂を奪われた国王が、代々王妃を配してきた巫女の一族を、勢力争いから分離したのである。

「我は国に見限られて、邪神となった」

「語弊でヤンス」

 リンタローが、反論した。

「邪神徒は、刀を作ったヤツだけでヤンス。巫女が政権を持てなくなったのも、権力争いから巫女たちを退けさせるための安全策でヤンスよ」

 当時は、巫女が暗殺される事件などが続発したという。

 巫女の力を失いかねない事情を察し、時の国王が巫女から権力を取り上げた。

「それに、邪教を祀っていたのは分家でヤンス」

「どういうこと?」

「コイツはヤトが祀っていた神とは、まったく違う神でやんす」

 妖刀を信仰していたグループが、ヤトの一族から外されたらしい。

 当時の国王は、ヤトたちの先祖だけは守り通そうとした。しかし、連帯責任でひいきはできなかったらしい。

「邪教化も、全部そいつの仕業でヤンスから。調べはついてるでヤンス。テメエで居場所をなくしておいて、責任転嫁も甚だしいでヤンスよ!」

「黙れ! 我は今こそ権力を取り戻し、東洋の地を再び手中に収めようぞ!」

「どうやら、言っても聞かねえでヤンスね」

 リンタローが、身構える。 

「素手じゃ、キツイよね? 錬成!」

 わたしは錬成で、リンタローの鉄扇を修理する。

「これ、結構精製に時間がかかったでヤンスよ? それを一瞬で。フワルーじゃあるまいし」

 フワルー先輩のことを、知っているのか? リンタローは。

「もしかして、フワルー先輩が言っていたガチの格闘家って、リンタローのこと?」

「そんなことを吹いて回ってたでヤンスか? フワルーが」

 リンタローが、苦笑する。

「ご期待に答えられるかわからないでヤンスが、スキくらいは作るでヤンス」

 鉄扇をもって、リンタローが突撃した。

「作戦を考えるので、ちょっと時間をちょうだい」

「OKOK、キャル殿。ソレガシが、時間を稼ぐでヤンス」

 ひとまず、リンタローには無理せず戦ってもらう。

『ヤトを止める。見込みはあるのかい?』

「手は、あるよ」

 わたしは、妖刀が捨てた釣り竿に目を向ける。