ここまでか、と、リンタローは脳内でひとりごつ。地べたに寝そべり、死を覚悟した。

 武器である鉄扇は、砕けている。

 ヤトに打ちのめされるのは、二度目だ。

 初めてヤトと戦ったのは、幼少期の頃である。
 跳ねっ返りだった自分と、主従を賭けて戦った。

 思えばあれが、ヤトとの出会い。
 完膚なきまでに倒されたのも、あれが初めてである。

「負けたほうが召使いになる」という約束をして、ケンカをした。
 当時はガキンチョとはいえ、天狗(イースト・エルフ)としての意地があったが。

 今のヤトは、それより遥かに強い。

 妖刀の力が、これほどまでとは。

 しかし、当時の清々しさは、見る影もない。

 妖刀の影響力が、強すぎる。
 
 ヤトが、巫女の一族だからだろう。並の冒険者などと比べて、魔力の浸透力が高いのだ。
 妖刀を使いこなし、妖刀に操られてしまっていた。妖刀からして、ここまで扱いやすい傀儡はなかろう。

 あとは、キャラメとクレア・ル・モアンドヴィル王女に、すべてを任せるか。人に頼るのは、不本意だが。

 ヤトが、自身の妖刀である、怪滅竿(ケモノホロボシザヲ)を操る。

 死神の鎌のごとき刃が、リンタローに振り下ろされようとしていた。

「フェニックスアロー!」

 不死鳥をかたどった魔法の火球が、ヤトの鎌を弾き飛ばす。

 火球はなおも、ヤトを妨害する。

「あなたは」

 キャラメ・F(フランベ)・ルージュが、助けに来た。



 

「大丈夫!? 【再生の炎】!」

 わたしはリンタローに、回復魔法を施す。体内から自己治癒力の活性化を促す、炎の治癒魔法だ。

 リンタローの顔に、生気が戻ってきた。

「キャル殿、ありがとうでヤンス。しかし、元に戻してもらっても、アイツに勝てそうにないでヤンス」

 リンタローでさえ、手こずるのか。

 不死鳥を、ヤトが妖刀で一刀両断する。

「あれって、本当にヤトなの?」

「そうでヤンス。妖刀を触ってしまい、正気を失っているでヤンス」

 ヤトの目は、怪しげに赤く光っていた。妖刀に、身体を乗っ取られたのか。

 彼女が手に持っているのは、短い催事用の宝刀だ。装飾が派手で、相手を切るような剣ではない。柄も、サンゴのように歪だ。人を切るための剣には、とても見えないが。

「あれが、妖刀」

「そうでヤンス。夜巡斗之神(ヨグルトノカミ)。夜の闇で敵を切り裂く、伝説の妖刀でヤンス」

 さる邪教徒が、邪神を祀るために打たれた剣らしい。
 あの妖刀によって邪神を意のままに操り、ヤトの親戚筋であった王都を壊滅させようとしたらしい。
 邪教徒はその妖刀で、自らのノドを切って自決した。しかし、妖刀は姿を消したとされる。

「その妖刀が、アレでヤンス」

「わかるの?」

天狗(イースト・エルフ)なら、その呪力に対抗できるでヤンスから」

 しかし、ヤトは妖刀に、触らされてしまった。

「なんとか、回収しようと試みたんでヤンスが、強くて強くて」

 リンタローでさえ、手を焼く相手らしい。

「レベッカちゃんなら、いけそう?」

『まあ、勝てるだろうさ。しかしアタシ様じゃ、アイツを殺してしまいかねないねえ』

 レベッカちゃんでも、手を抜けない相手か。いつものように体を貸して、どうにかできるかと思ったけど。

「やるだけ、やってみて。わたしが、解決策を考えるよ」

『わかったよ、キャル! なるべく手加減するさ!』

 一旦、わたしはレベッカちゃんに身体を預けた。

 ヤトが、釣り竿型の妖刀を地面に捨てる。妖刀夜巡斗之神(ヨグルトノカミ)を抜いた。

『まずは、あの刀をどうにかするよ! ついてきな!』

 リンタローと二手に分かれて、妖刀を斬る作戦に。

 レベッカちゃんが正面へ、リンタローが側面に。

 ヤトは、身動き一つしない。ただ妖刀を構えて、こちらの動きに備えていた。

 コマのように身体を旋回させて、レベッカちゃんが跳躍する。

 レベッカちゃんが、オレンジ色に光る魔剣の刀身に黒い炎をまとわせた。

『どらあ! 【原始の炎】に焼かれちまいな!』

 体を捻って反動をつけ、レベッカちゃんは剣を叩き込む。

 妖刀が、黒くきらめいた。かと思えば、レベッカちゃんが後ろに飛ばされる。

 レベッカちゃんごと、わたしは壁に激突した。

『ぐは!』

「キャル殿! やめるでヤンス、ヤト!」

 側面から、リンタローがヤトの腕を取ろうとする。

 ヤトはリンタローの腹に向けて、回し蹴りを叩き込んだ。相手の方を、見ようともしない。

 リンタローはヤトの白い脚を取り、ヒザを破壊しようとヒジを落とす。

 しかしヤトは、足を曲げてリンタローのヒジを押し返した。取られた方の足で、リンタローのみぞおちを蹴って押し出す。

 わたしの隣まで、リンタローが吹っ飛んできた。

『なんだい今のは!? 原始の炎が弾かれたじゃないか!』

 すべての属性を貫通する原始の炎が、通じないなんて。

「あれは、【原始の氷】でヤンスね! ソレガシも、あれでやられたでヤンス」

 おそらく、【原始の炎】の氷バージョンだろう。しかも、レベッカちゃんより純度が高い。

『あそこまで純度がある原始の氷なら、【中】程度の威力はあるだろうね』

「勝てそう?」

『歯ごたえのある相手だねえ』

 ヤトが、こちらに迫ってきた。ゼロ距離まで詰めて、妖刀でリンタローのノドをかき切ろうとする。

 レベッカちゃんが、魔剣で防ぐ。

「目を醒ますでヤンス! 旋風脚!」

 ヤトの死角から、リンタローが回し蹴りを食らわせた。

 足を曲げて、ヤトはリンタローのきっくをかわす。

 曲げたヤトのヒザを足場にして、リンタローは相手のアゴに膝蹴りを浴びせようとする。

 リンタローの動きを読んでいるかのように、ヤトはヒザを手で押さえつけた。

「まだまだ!」

 ダメ押しとばかりに、リンタローは跳ぶ。ヤトの脳天に、ヒジを打ち付けんとした。

 ヤトは身体を少しズラしただけで、リンタローのヒジをかわす。カウンターで、リンタローのアゴに掌底を食らわせた。

 リンタローの身体が、回転しながら吹っ飛んでいく。

『なめるんじゃないよ!』

 再び、レベッカちゃんが切りかかった。

 ヤトが両ヒザを折って、レベッカちゃんの剣戟を回避した。

 リンタローが、ヤトの組み付きから脱出する。追撃をしようとしたが、妖刀に阻まれた。

 妖刀で、ヤトはわたしの足を切ろうとする。

 レベッカちゃんも跳躍し、横たわった状態のヤトに剣を突きつけた。

「ダメだよ、レベッカちゃん!」

 一瞬、レベッカちゃんの動きが止まる。

 そのスキをついて、ヤトが魔剣を打ち返してきた。

 わたしとレベッカちゃんが、吹っ飛ぶ。

「ごめんなさい、レベッカちゃん!」

 せっかくのチャンスを、わたしはフイにしてしまった。

『言われなくても、止めたさ。アンタに悲しい顔を、させたくないからね』

 こんな局面でも、レベッカちゃんはわたしを気遣ってくれている。

「よしなさい、ヤト!」

 リンタローが、ヤトの足を掴んでコマのように回った。ジャイアントスイングという、レスリングの技だ。ヤトの側頭を、神殿の柱に叩きつけようとする。

 だがヤトは、腹筋で上体を起こして柱を回避した。頭突きで、リンタローの技から脱出する。

「その力、妖刀の切れ味を持ってしても破壊できぬその頑丈さ。そして、異常なまでの炎属性の高さ。まさか、魔剣レーヴァテインか?」

 初めて、妖刀が声を発した。ヤトの声帯を借りて。

『だったら、なんだっていうんだい?』

 わたしは、立ち上がる。

「レーヴァテインは伝説ではない。たしかにこことは違う世界から来た、実在する魔剣。手に入れない手はない」

 夜巡斗之神は、レベッカちゃんを自分のものにする気なのか。

「だが、その伝説も、真の力を得た夜巡斗之神(ヨグルトノカミ)の敵ではなかったか」

「真の力を手に入れた、とは?」

「わからぬか? ザイゼン一族は、夜巡斗之神を祀っていた一族の末裔ぞ」

 ヤトに取り憑いた妖刀、それを打ったのが、ヤトの一族だと?

 となれば、東洋の王族を滅ぼしたのは、ヤトの血族だったのか?