レベッカちゃんと融合して、わたしの髪が、オレンジ色に変わった。

『またせたね、キャル』

 わたしの身体を借りたレベッカちゃんが、足元の氷を溶かす。

「あぶなかったよ」

 もし数秒遅れていたら、わたしの首は飛んでいたかも。

「くっ!」

 ヤトが、鎌の形をした釣り針を再度放った。

 レベッカちゃんは、釣り針を軽く魔剣でいなす。

 釣り糸型の水氷を動かして、釣り針の軌道を変えた。これが厄介なんだよ。

 どれだけ相手の武器が無軌道に動いても、レベッカちゃんはあっさり受け流す。どこに目がついているのかと。

 曲がる氷の鋭さも、かわすのが難しい。釣り針ばかりに目が行くと、糸型の水氷に足を取られてしまう。こっちがメイン武器なんじゃないかって、思うほどだ。

 しかし、属性無効の性能を持つ【原始の炎】を体中にまとったレベッカちゃんは、相手の氷属性をものともしない。魔剣を旋回させて、相手の切込みを阻止する。

「これほどまでとは。軽く腕試し程度だったのに」

 さすがのヤトも、攻めきれないみたいだ。

『感謝するよ。クールタイム明けを狙ってくれていたんだろ?』

「本気のレーヴァテインを見なければ、分析ができない」

 やっぱり、手を抜かれていた。

 その気になれば、ヤトはわたしを拉致して、実験台にすることだってできただろう。

 過激な手法を取らなかった理由は、フェアプレー精神ではない。効率的に、相手を見極めるためだろう。 

『どらあ!』

 レベッカちゃんが、ヤトに切りかかった。

「――っ!? 【フリーズウォール】!」

 ヤトが眼の前に、氷の壁を作り出す。

 しかし、レベッカちゃんは壁を一刀両断した。

 この壁って多分、炎属性を完全に遮断する魔法だよね?

 それをあっさり、一太刀でぶった斬るって。レベッカちゃんがいかに強いかが、うかがえる。

「ヤトー。もうここまでにするでヤンス」

 リンタローがわたしたちの間に割って入ってくる。戦闘を強制的に終了した。

「どいてリンちゃん。まだ勝負はついていない」

「ソレガシたちには、まだやることがあるでヤンス」

 なぜかリンタローが、海の向こうに視線を送る。

「今日はおさらばでヤンスよ! 機会があれば、また相まみえることもあるでヤンしょう!」

 両手の鉄扇を一振りして、リンタローが竜巻を起こした。

「次は、勝つ」

 二人は竜巻に乗り込んで、街とは反対方向へ去っていく。

 どこへ向かうんだろうか?

「クレアさん、追いかけますか?」

「いいえ。これでは」

 クレアさんが、マナボードを持ち上げる。

 さっきの戦闘で、ボードはボロボロになっていた。

 わたしのボードも、同じ感じに。最後に、サハギンから攻撃を受けたせいだろう。

 かろうじて移動は可能だが、これだと戦闘まではできない。

「もっと頑丈なボードが、必要ですわね」

 というわけで、わたしたちも帰ることにした。






 ヤトとリンタローは、小島にある小さい宿に到着する。
 
「どうして止めたの? まだやれたのに」

 ふくれっ面のヤトが、リンタローを責めた。

「あー。もうあの場にいたくなかったでヤンス」

 鉄扇を着物に変えて、リンタローが着込む。汗をかきつつ、身震いしていた。

「魔剣使いの相棒を務める金髪の冒険者、あれは、ただもんじゃないでヤンス」

「あなたが怖がるくらい、あの冒険者って強いの?」

「おそらくは。ソレガシと互角以上かと」

 東洋諸国内で結成された魔剣調査隊の中でも、リンタローは若手最強と言われている。天狗(イーストエルフ)という種族のポテンシャルを差し引いても、彼女の右に出る者はいない。

 歴戦の天狗でさえ、リンタローには一目置いていた。

「なんというでヤンスか。戦闘特化型の鍛え方をしているでヤンス」

 それでいて、王族か貴族のような気品も感じたと、リンタローは語る。

「ほとんど丸腰だった」

「あー。あんたはそういう人でヤンした。武器にしか、興味がないでヤンスからね。敵の強さの分析も、武器基準でヤンスよね」

 呆れたように、リンタローは肩をすくめた。

「飛び出しナイフを、服の下に内蔵していたでヤンスが。まあ、だいたい武器を持っていなかったのが幸いでヤンス」

 もし、魔剣なり聖剣を持った状態で挑まれたら、勝てたかどうか。

 リンタローは、それくらいあの金髪冒険者を警戒していた。

「よく、ガマンした」

「ええ。ゾクゾクしていたでヤンス。戦いたくて、ウズウズしてヤンした」

 普段はひょうひょうとしているが、リンタローは戦闘マニアである。戦いたい衝動を、なるべく隠しているのだ。

「けど、あそこでヘタに消耗はできないでヤンスよ。我々には、もう一つの目的があるでヤンスから」

 ヤトたち調査隊は、自分たちの国から依頼を受けている。

 海底神殿にある、マジックアイテムの調査だ。







「ありがとう。助かったよ」

 帰還後、シューくんのお父さんと面会する。財団の会長さんだ。偉い人なのに、わざわざ出迎えてくれるとは。

「キミらが一番サハギンと戦ってくれたと、冒険者からは聞いているよ。船を救ってくれて、ありがとう」

「いえ。みなさんが、がんばってらしたからですよ」

「そうか。もっと誇っていいんだよ。欲がないとフワルーくんから聞いていたが、本当だね」

 会長がいうと、フワルー先輩は「せやねんよ」と返す。

「もう、ええコすぎて涙が出るくらいや」

「アハハ。そうだね。屋敷の部屋は開いているから、好きなだけ使ってくれたまえよ」

 そう会長に言ってもらえたが、わたしたちは遠慮する。

「じゃあ、せめて夕飯ぐらいはごちそうさせてもらえないかな?」

 うわあ。なにからなにまでありがたい。

 けど、店のこともあるし……というわたしの考えに反して、おなかの虫が鳴り出す。

「アハハ。遠慮することはない。用意させるから、待っていてくれ」

 冷えるからと、オフロまで用意してくれた。たしかに、潮水で顔じゅうベタベタである。オフロに入れるのは、うれしい。

 入浴後、食事をする。緊張で、どんな味かも覚えていない。

「本当に、強いんですね」

「せやで。うちの後輩やからな」

 フワルー先輩もシューくんも、会議に同席している。二人とも無事でよかった。

 わたしたちの強さを見込んで、魔物を撃退する会議を行うらしい。

「なるほど。海底神殿ですか」

「そうなんだ。ここ最近、ファッパ近海がモンスターで溢れている。ヤツらモンスターたちは、海底神殿からやってきているようなんだ」

 財団の会長が、地図を広げてとある地点を指す。

「ファッパの街が栄える遥か以前、この地域には巨大都市があった」

 だが、そこはモンスターが建造したらしい。当時の人々は、魔物に怯えながら暮らしていたとか。

「時の勇者がその魔物を撃退し、都市も海へ沈んだ」

 未だ、その神殿は力を残しているという。

「その神殿の力を抑え込むために建造された都市こそ、ファッパだったという」

 しかし今や、土地の誰もその伝説を知らないそうだ。

「わかっているのは、魔物が使っていたというマジックアイテムの存在のみだ」

 財団の会長は、マジックアイテムの調査を、わたしたちに依頼してきた。

 海底神殿は、ここから近い離れ小島の側にあるという。

「今現場には、我ら財団が派遣した冒険者及びスタッフが向かっている。彼らと合流したまえ」

「わかりました。ですが、時間をください。武器や装備品のチェックがしたいので」

「構わんよ」

 とはいえ、フワルー先輩の店は、まだ改装中だとか。ゴーレムを入れる許可をもらい、手頃な土地も手に入った。しかし、内装の準備が整っていないらしい。

「朝イチでやってまうさかい、アンタらはシューくんの工房を見せてもろうとき。なんか、ヒントも得られるやろ」

 そうさせてもらうか。

 今日は、疲れている。

 お屋敷の一室を借りて、クレアさんと泥のように寝た。