わたしたちは、ファッパの街を目指す。
ウッドゴーレム軍団と、岩風呂を分解して作ったストーンゴーレムを引き連れている。
「このゴーレムさんたち、すごいですわ。キャルさん」
ゴーレムたちのおかげで、多少の魔物たちは蹴散らしてくれた。たいていの魔物は、ゴーレムが殴り飛ばすだけで吹っ飛んでいく。
「魔物って、強い相手でも平気で襲ってくるんだね」
『基本、バカだからね。強い魔力を放っているやつに、食おうと思って向かっていくのさ』
レベッカちゃんが、ゲラゲラ笑う。
魔物は常時、強い魔力を求めている。修正として、魔力に引かれざるを得ない。【威圧】でもかけないと、襲いかかられ放題なんだとか。
「かけとこか、威圧?」
馬車を引くフワルー先輩が、幌の向こうから声をかけてきた。
「いえ。ゴーレムたちの熟練度アップに、このままで」
「めんどくさなったら言うてや」
「はい。ありがとうございます。フワルー先輩」
わたしがいうと、先輩は正面を向き直る。
「クレアさんは、大丈夫でしたか?」
「スパルトイさんたちが、がんばってくれました。サボる子たちもいるのが、意外でしたね」
「その子たちは、観察と遊撃。現場の把握と、他の子たちのサポーター要員です」
手が開いている子たちがいないと、不測の事態に適応できない。エリートだけで構成すると、「自分たちが絶対に正しい」と思考が固定化して、組織が腐るって両親から聞いたので。
「キャルさんのご両親って、どんな方たちですの?」
「温かい人ですね。わたしが都会に出たいって言っても、ふたつ返事でOKをくれました」
わたしが未熟だとはわかっていたが、だからこそ家においておかなかった。身内の恥は、甘んじで受けようと考えているらしい。
「だから、わたしが大失敗したら、ウチの家庭が笑われます」
「それはそれで、大変ですね」
「ですから、こまめな鍛錬が必要で……できました」
わたしは、クレアさんに錬成したアイテムを渡す。
「キャルさん、これは? ヒクイドリの羽根のようですが?」
「【幸せの羽】っていうんです」
ヒクイドリの羽根は、マジックアイテムのドロップ率を上げる。
これを持っていると、いいアイテムが出やすい。
「これをアクセにしました。胸に挿して、お使いください。こんな感じで」
実は、わたしもつけている。
「ありがとうございます。キャルさん。お揃いですわね」
「そうですねぇ」
わたしはその後も、錬成を続ける。
四割方は失敗して、できの悪い品になる。別の素材と組み合わせて良品に錬成すればいい。別に素材がムダになるわけじゃないし。
ファッパの街につくまで、できるだけ上達しておきたいが。
*
――幕間 氷の魔術師と、天狗
キャラメ・F・ルージュ一行がファッパの港に向かって、一週間後のことである。
トリカン村の冒険者ギルドに、一人の少女が入ってきた。
「なにかしら?」
エルフの受付嬢は、カウンター越しから少女へ呼びかける。
その少女は、白かった。髪も、着ている東洋の着物も。武器は持っていない。冒険者でもなさそうだが。
「依頼? それとも仕事をしたいの?」
受付嬢は、少女に語りかける。
しかし、少女は困った顔をしたままで、何も言おうとしない。
観光客でもなさそうだし、どうするか。
「ごめんくださいまし~」
浅葱色の着物を着た人物が、カウンター前に突っ立っている少女を押しのける形で割って入った。黒髪ロングのエルフである。
「ソレガシの名は、リンタロー・シャベと申すでヤンス」
リンタローというエルフが、名刺を差し出してきた。
『東邦国 【ハナノモリ】調査団 団員 舎辺 麟太楼』と書かれている。
「あなた、女性なのね?」
名刺を見ると、性別も書かれていた。
「イエスでヤンス」
彼女のようなエルフを、世間では天狗と呼ぶ。
天狗のリンタローは、布で包んだ杖のような長物を背負っている。
「ソレガシたちは、旅のものでヤンス。こちらは冒険者の、夜刀・ザイゼン。ソレガシは、ヤトに仕える天狗でヤンスよ」
ヤトと紹介された少女は、ブンブンと首を縦に振った。だが、それ以上言葉を発しない。人見知りなのは、本当のようだ。
「その包は、なに?」
「釣り竿でヤンス。川釣りで、飢えをしのいでいるんでヤンスよ」
それにしても、天狗を連れているとは。
天狗は、自分たち以外の種族を見下している人種だと聞く。人との接触は避けるはず。こんなに人懐っこかっただろうか?
冒険者ギルド界隈でも、このようなタイプの天狗は見たことがなかった。
「本当は、こちらにまっすぐ立ち寄ろうと思っていたでヤンスが、北にあるオークの巣に魔剣があるってウワサがありましてね。狩りに行ったでヤンスよ。空振りだったでヤンスが」
どうもこの二人は、魔剣を求めて旅をしているらしい。東洋から派遣された、調査隊らしい。
魔剣といえば、ヒクイドリの巣に現れたオークロードが所持していたというが。伝えていいものだろうか。
ヤトたち二人が話しているのは、その魔剣のことだろう。
「わかったわ。それで、どういったご用件で? 魔剣関連かしら?」
「こちらに、魔王が出没したと」
魔王? そんな存在なんて、ここにいただろうか?
「この地帯に、突然魔王城がドーン! って建ったそうなのですが?」
エルフや他の冒険者たちは、一斉に「あー」と答える。
「なにか、知っているでヤンスか?」
「一週間前に、出ていったわ」
村に住む中年女性が、ファッパの方角を指さした。
「でもあの子たち、全然危ない気配はなかったわ。ウチの野菜を収穫してくれたし、いい子たちよ。毎回なにかしでかすから、びっくりするけど」
中年女性は、キャルの特徴を話す。悪気はない。本当にいい子なんだと、教えたいのだろう。
「ほほーう。で、その女の子は、魔剣は、所持していたでヤンスか?」
「学校の卒業試験で手にした、って聞いたわ」
「そうでヤンスか」
リンタローは、思案するポーズを取る。
「ご協力感謝するでヤンス」
「本当に、危なくない子たちなのよ?」
「危険かどうかは――」
急に、リンタローが真顔になる。
「ソレガシたちが判断するでヤンス。では」
それだけいって、リンタローたちは手を振った。
「あ、あの……」
ヤトが振り返って、何か言おうとしている。
「どうなさったの?」
「ごはんを……」
「ああ、夕飯ね。隣に酒場があるから、そちらで食べてちょうだい」
ペコリと、ヤトが頭を下げる。
*
「北の村が空振りだったのは痛いでヤンした」
夜も遅いので、トリカン村にしばらく滞在することに。
夜刀・ザイゼンが、酒場のチキンカレーうどんを食べながらムスッとする。
「あれはあんたが、北の村のウォッカを飲みたいっていうから」
「それを言うなら、あなたが辛味噌ラーメンを食いたがっていたから、乗ってあげたんじゃないでヤンスか」
リンタローが、ホットジンのグラスを傾ける。
「ば、ばかぁ……」
顔を真っ赤にしながら、ヤトがカレーうどんに七味をドバドバかけた。ヤトは氷属性使いだが、辛党なのである。
カレーうどんを食べているのに、白い着物にはちっともカレーがハネない。
「まったく。あなたもエクスカリオテの魔法学校まで行って、【緊張解除】魔法を受けてくればよかったでヤンスよ。意地にならないで」
「遠すぎる」
「のんびり行くでヤンスよ。村の名産でも食べながら」
「そうも、言っていられない。妖刀が、魔剣が近いって唸ってる」
リンタローのそばに立てかけてある釣り竿が、意思を持っているかのように震えた。
「【怪滅竿】が、でヤンスか? たしかに、カタカタ言っているでヤンスね。明日にでも、ここを発つでヤンスか?」
「ファッパに、向かったほうがいいかも。かつて我が里を滅ぼした妖刀は、必ず破壊する。そのためには」
席を立ち、ヤトが包みに入った竿を撫でる。
「魔剣【レーヴァテイン】の力が要る」
竿が、氷のように冷たくなった。
(第二章 完)
わたしたちは、行商人さんの先導で、ファッパへの旅を続けている。
さすがに、スパルトイたちばかりに戦闘をさせていては、わたしの熟練度やレベルが上がらない。
熟練度が上がれば、魔剣作りの参考にもなる。
「てやーっ!」
オウルベア一体を、一人で相手にした。剣を肩に当てたが、相手に傷がつかない。
「うわっとっとっと!」
慌てて、飛び退いた。
レベッカちゃんの力がないと、こんな敵にさえ苦戦する。レベルが上った程度では、油断してダメージを負ってしまいそうだ。
「ひゃあ、強い」
『強いもんか。あんたのレベルで倒せない敵じゃない。踏み込みが浅いんだ。まだ足に、怯えが出ているんだよ』
レベッカちゃんのスパルタ教育に焚き付けられ、再度わたしは飛びかかった。今度は、首へ的確に剣を滑り込ませる。
ドスン、とオウルベアの首が落ちた。モンスターが、黒いガラス片に砕ける。残ったのは、オウルベアの肉と爪だけ。
「はふう。ひとまず、夕飯確保」
『やれば、できるじゃないか』
「えへへぇ。そうだ。クレアさんの魔剣の具合は」
わたしは、クレアさんの方に視線を移す。
心配しなくても、我らが姫様は魔物をあっさりと蹴散らしていた。
魔剣の力というより、クレアさん自身が強すぎる。数値化もできない。
「どうですか? 魔剣のほどは?」
一応、わたしは斧タイプの魔剣も試してもらった。腕力が必要な武器を扱ってもらい、太刀筋や力の入り具合をチェックしようと考えたのである。
「すばらしい、魔剣ですわ。硬いトレントも、一撃で葬り去りましたし。薪を割るように縦にドン! と仕留めたときは、爽快な気分でしたわ」
クレアさんが、ブンブンと魔剣を振り回す。
「まあ、あなたが作る魔剣は、どれも切れ味バツグンなのです。それでいて、頑丈という」
「ありがとうございます」
前に作ったレイピアは、明らかに脆すぎた。
なので今回は、斧で試し切りをしてもらったのだ。
「でも、まだまだですね」
「たしかに、まだ伸びしろがありますわ」
やはり、クレアさんはスピード重視の剣が扱いやすそうである。
「槍も試してみます?」
「お願いします」
クレアさんに、槍タイプの魔剣を渡す。
群がるオーク軍団を、クレアさんは槍でぶっ刺していく。狭い森の中なのに、どうしてこうもブンブンと。
「せい!」
オークを槍で突き、木の幹に押さえつけた。そのまま幹を踏み台にして、槍を引き剥がす。別の木の上にいたオークの弓兵に、槍を投げつけた。まったくスキがない。
どんな目をしてるのよって感じに、クレアさんはオークの集団を殲滅する。
うん、知ってた。何を持たせても、達人級だね。
かといって東洋の【刀】を作るなんて、わたしには知識がないし。
それっぽいものは、おそらく作れる。だがわたしが作ったら、形だけをマネた鉄の塊が出来上がるだろう。
魔剣づくりは、まだまだ探求が必要である。
――夕刻。
比較的静かな森を見つけ、キャンプにした。
スパルトイ軍団に、警備を任せる。
通称【魔王城】ことウッドゴーレム軍団なら、家に姿を変えることもできる。だが、「森に城が建った」なんて、変なウワサが立ってもいけない。おとなしくテントを張る。
「いやあ、キャルさん。助かります」
同行している行商人さんが、キャンプの火に薪をくべた。
「そういえば、元のお店はどうなるんです?」
最初は「フワルー先輩のウッドゴーレムが、店番をするのかな?」と思っていた。しかし、ゴーレムは旅に同行している。
「あちらは、ウチの伯母夫婦が、引き継いでくれています」
行商人さんの家は商人一家で、家族全員がなんらかの商売をしているそう。
「伯母も行商をしていたんですが、足を悪くしまして。ちょうどいいからと、店番を引き受けていました」
「そうなんですね。おっと、できました」
自慢の醤を使ったキノコ鍋を、振る舞った。
「おいしいですわ。醤の独特な風味があって、キノコに合いますわね」
「ホンマ、キャルは料理に関しては間違いないで」
クレアさんやフワルー先輩からも、絶賛される。
「トリカンの名産は小麦なのに、パスタじゃなくておうどんなんですね?」
村を出て気がついたが、よく考えると、店に出ていた麺類がうどんだった。
「パンやパスタは、他の街にもありますから。ライ麦でジンを作ったりしますね」
トリカン村で作ったうどんは、ファッパの労働者層で大人気だという。パスタは商人向けの食材で、あちらではややお高いらしい。取り寄せ先も、トリカン村とは違うという。
わたしはお酒を飲まない。ジンがあるなんて、知らなかったな。飲まなくても、料理や錬成の材料として使ったら、面白かったかも。
「ファッパには、あとどれくらいで着きそうですの?」
「二日もあれば」
モンスターの数が減ってきていますから、かなり早めには着くのではないか、とのこと。
「お知り合いの、商人さまというのは?」
「私の取引先なんですが、元々彼女は農民だったそうです」
地元で自立して店を開いたが、商家の方に見初められ、引っ越したそうだ。
ファッパで商家の男性と結婚して、ファッパの街で割と大きな店を任せてもらえたそう。
夫婦仲もいいと、手紙には書かれていた。
「その女性をめとった方は、いわゆる、【ジェントリ】層ですね」
元々財産のある貴族とは違って、商売で成功して貴族階級になった人を、ジェントリという。
エクスカリオテの魔法学校でも、ジェントリ層の子どもたちが多数在校している。魔法はもう、貴族だけのものではない。
「二人は幼なじみだったそうで。貧乏時代に、絶対成功してその女性を迎えに行く、という一心で、成功なさったそうです」
「ロマンチックやね」
フワルー先輩が、うっとりした口調になった。口にいっぱい醤をつけて、ロマンチックとは程遠い食べ方だが。
「今は引退して、息子さん夫婦が引き継いでいます……」
商人さんは、少々言葉を濁す。
「どうしたんです?」
「ここだけの話に、しておいてくださいね。実は私、お孫さんが苦手でしてねえ」
頭をかきながら、商人さんが口ごもった。
「イヤな人なんですか?」
「いい人ですよ。商売も上手で、人当たりもいい。寄付までしています。ですが、ややお調子者っていうんですかね? テンションが高くて」
わたしとは、正反対な、陽キャなんだろうな。
「会えばわかりますが、かなり圧が強い方なので、大変かと」
――翌朝。
で、もうすぐファッパに到着といったところで、アクシデントが。
眼の前で、馬車が魔物に襲われていた。
三叉の鉾を持った半魚人が、馬車の幌をつついている。
彼らの中心にいるのは、パイレーツ姿の巨乳お姉さんだ。「♬~ゥアァアァアァ~」と、言葉になっていない会話を交わす。
これは、歌?
「サハギンです! 先導しているのは、セイレーンですよ!」
セイレーンって岸にいるんじゃないの!? なんでこんなところで、野盗なんてしているんだろう?
これじゃあ海賊じゃなくて、山賊だよ!
「しつこいヤツラだなあ!」
メガネを掛けた金髪の少年が、馬車から飛び降りる。前転をして、体勢を立て直した。
「おのれ! ボクの開発した商売道具! 壊せるものなら、壊してみろぉ!」
少年が、デカい大砲を持ち出す。
しかし、筒に穴がない。なにを打ち出すんだろう?
「いくぞ。【デスボイスガン】だ! ヴオオオオオオオオ!」
なんと少年は、筒の後ろから大声を出した。小柄な少年からは程遠い、おっさんのイビキみたいな声が。
その勢いで、サハギンたちが失神する。
「引け引け~♪」と、セイレーンが魚の下半身になって崖へと猛ダッシュした。そのまま、海へダイブする。
わたしたちが手を出すまでもなく、危機は去った。
しかし……。
「フワルー先輩?」
先輩が、少年を見てボーッとしている。心なしか、頬が朱に染まっているかのような。
……あれ、フワルー先輩どうした?
メガネの少年が、武器をしまう。白いシャツは黒ずんでおり、サスペンダーつきの半ズボンという出で立ち。
「ケガはしていませんか? これは新商品の【拡声器】といって、音を増幅させる装置なんです! この装置があれば、セイレーンの歌もシャットアウトできるんですよ! これで、海からくる魔物も一網打尽にできます! すごいでしょ!? 絶対利益が出ますって!」
少年は、自己紹介より、武器の説明から始めた。
この人が行商人さんの言っていた、商店の息子さんかな。
行商人さんが、咳払いをする。少年にさりげなく、名乗るように催促した。
「……おっと、申し遅れました。ボクはシューテファンといいます。そちらの方と取引させていただいている、クロスボーデヴィヒ財団の愚息です。シューとお呼びください」
シューくんは、わたしたちが行商人さんの知り合いとわかり、「もう自分の説明はしているものだ」と勘違いしていた。
だから、自作商品の説明から入ってしまったのだとか。
わたしたちも、名乗る。
「キャラメ・ルージュさん、クレア・ナイフリート。そちらのおねえさんは、フワルーさんとおっしゃるんですね」
「ふわい」
フワルー先輩が、上の空で返事をした。
ああ、恋しちゃってるよぉ。
「ノーム族の方だったんですね?」
「はい。父がノームの【商人】です。ボクは【科学者】ですね。商売より、研究のほうが好きです」
クロスボーデヴィヒはとある事業が大成功して、財団を率いているそうだ。
「では、魔物が去ったうちに街へ参りましょう。案内します」
「お願いします」
わたしたちは、シューくんについていく。
「実験かなにか、してた?」
シューくんに尋ねてみる。
お金持ちのお坊ちゃまっぽいが、服の汚れはイジメによるものではなさそう。匂いからして、どうやら実験などで服を汚したみたい。顔にもやや黒いシミが目立つ。
「よくわかりましたね」
またシューくんが、拡声器という発明品を取り出した。
「この拡声器を作っているときに、服を汚してしまったみたいです。商人さんに売れるかどうか確認したくて、自家用の馬車を飛ばしてきました。道中で運悪く、魔物に襲われてしまったのですが」
着替えようと思っていたが、早く見せたかったのだという。なんつー行動力か。
「ボクは父の元で、研究開発のお手伝いをしています。もっぱら、開発ばかりしていますけどね。様々な武器やアイテムを、開発しているんです」
といっても、武器はほとんど趣味だという。たいてい、船舶用のエンジンや、頑丈な馬車の開発をメインとしているとか。
たしかに、シューくんの乗っている馬車は、薄い鉄製だ。あれだけのサハギンを相手にして、鉄製の馬車は傷ひとつない。
「このメガホンガンの試運転には最適の相手でした。これは売れるかと」
「え、ええ。そうですね」
シューくんが話している間、行商人さんが苦笑いをする。
「実際のところ、彼の研究はどうなんです?」
「ごらんのとおりです」
行商人さんが、アイテムボックスを見せてくれた。
ボックスには、在庫が大量に入っている。
「実のところ、売上は芳しくありません。私のアピールが足りないのもありますが、確実性がないんです」
一見しても、アイテムの用途がわからない。武器もあるみたいだが、これはなんだろう?
「それは、服の上に付ける仕込み投げナイフです。袖に通して腕を伸ばすとナイフが袖から飛び出すんです」
馬車を止め、シューくんが実践する。たしかに、腕を伸ばすと袖からナイフがビュッと飛んでいった。木の幹に、ナイフが当たる。肩から上腕を通って、袖から飛び出すのか。
「アサシン向けに開発したんですが、売れませんでしたか?」
「私もいいと思ったのです。けれど、『普通にナイフを投げたほうが早い』と言われ、不評でした」
「そうでしたか。残念です。この【三方向に飛ばせるクロスボウ】なんて、自信作だったんですがねえ」
シューくんが、変わった形のクロスボウをボックスから取り上げた。
開発者のシューくんは、なぜ売れないのか不思議そうにしている。
「一発一発が的確に当たれば、さして問題はなかったんです。けど、敵が常に同じ方向から襲ってくるわけではないので」
行商人さんの言葉には、やんわりさがうかがえた。
ああ……売れない商品を押し付けられ続けていたんですね。わかります。
なるほど。この人がシューくんを苦手とする理由、なんとなく把握。
「売れたのは?」
「携帯食くらいです」
「ダシ付きの乾燥うどんですね? あれは発案こそボクですが、我が社が開発したものです。ボクの功績ではありませんね」
自分でアイデアを出したんだから、自分の実績だと自慢してもいいはずだが。シューくんは乾燥うどんの成功を、会社の成果だと語った。
「ううむ。ボクもまだまだ、勉強が足りません。やはり、父のようにはいきませんね」
腕を組みながら、シューくんは考え込む。
ノリはいいが、ちゃんと反省する。
好感は持てる感じだな。
『コイツ相手に、アタシ様はしゃべらないほうがいいね』
レベッカちゃんが、脳内に直接語りかけてきた。
たしかに、会話できる魔剣なんて、研究対象にされそう。
「みなさんは、こちらには商売でいらしたので?」
「なんでわかるんです?」
こちらは旅の目的なんて、何も話していない。
「護衛にしては、変です。商人さんが先頭を歩いているので。商人さんがファッパを案内するということは、みなさんは道に迷ったか、ビジネスかなと。それに、ウッドゴーレムの形も、構造を逆算すると、店舗になるんですよね。そのままファッパで、店を建てるおつもりなのかなと」
「お店だってことまで、わかるの?」
「だって、ほら」
シューくんが、一体のゴーレムを指差す。
ああーっ、モンスターの一体が、看板を担いでいたじゃん。
わたしでさえ、見ていなかったよ。
大した洞察力だ。
「ウソですよ。この手紙を読んだんです。それで、商人さんが来るってのはわかっていました。商売をしたい友人を連れてくるので、紹介をするとの報告も書かれていましたし」
シューくんが懐から紙切れを出して、ヒラヒラさせる。
だよね。でないと、わたしたちとすれ違いになっちゃうよ。
「どこか具合が悪いのですの、フワルーさん?」
クレアさんが、先輩のオデコに手を当てた。
おお、察しが悪い。こういう話には、鈍感か?
「でしたら、馬車を止めましょうか?」
「ええよ。問題ないで」
ポケーっとしたまま、フワルー先輩は返事をする。
こんな乙女になった先輩、初めて見た。こういう子がタイプだったのか。たしかに、魔法学校にはいないタイプかもね。
魔法学校の男子なんて、自己主張が激しくてイキった貴族か、ひねくれた口うるさい学者タイプばっかだったし。
シューくんは人懐っこく、研究を楽しんでいるタイプだ。親が庶民出身だからか、本人の脂質かどうかはわからないけど。
「フワルー先輩、ああいう子がタイプだったんですね」
「めっちゃかわいい。素直な年下最高」
あー。そういう趣味か。たしかに学校だと、年上か同年代しかいないもんね。最高でも、二歳下しかいないし。
ファッパの門が、見えてきた。大きい街みたいだな。壁がどこまでも拡がっている。
「ボクが来たからには、もう安心ですよ。門も軽々と通って――」
「クロスボーデヴィヒ殿! 止まりなさい!」
止められたじゃん。門番さんに。
「なんですか、門番さん! ボクがなにをしたと!?」
「あなたが一番、信用できません!」
うわああ。門番さんにさえ、この言われよう。
「後ろにいるゴーレムも、あなたの発明品でしょうか? 改めさせていただきますよ!」
門番さんが、ウッドゴーレムたちの確認をしようとした。
これはまいったな。店を改造して、歩けるようにしただけなんだけど。内装以外、すべてゴーレムにしてしまっている。アイテムボックスに、しまえないのだ。
「すいません。お待ちください。書状はちゃんとこちらに」
行商人さんが、門番さんに書状を渡す。
「この方たちの無害は、我々行商団が保証いたします」
「失礼しました。あなたがそこまでおっしゃるなら、お通りください」
財団のご子息より、行商人さんの方が信頼されているとか。
それより、この行商人さんが偉い人だとか?
「商業ギルドの前に、財団の方へごあいさつへ行きましょうか。シューさんを送らなければ」
行商人さんが先頭になって、街の中へ。
商業ギルドの承諾を得るまで、ゴーレムたちには街の外にある森にでも隠れてもらうことにした。木を隠すなら森ってね。
道の対角にあるのが、商人ギルドみたいである。
「あれが、財団ですかね? 行きましょう」
わたしは、石畳を歩こうとした。
「待って、キャルさん。お気をつけください」
行商人さんが、手をスッと前に出す。わたしたちの進行を、妨げた。なんだろう?
「うわ!」
黒い塊が、わたしたちの横を通り過ぎていった。
「あれは?」
幌のない黒い馬車が、馬もなしに走っていったけど?
「自動車です。魔力で動いているんですよ」
馬車の代わりに、大きな魔法石を動力にしているのだとか。人が魔力を送り込むことによって、発進、進行、停止を行う。
すごいな。扱ってみたい。魔剣の参考になりそう。
「あっちは、なんだろう? 板の上に、人が乗ってますよ?」
若い青年が、盾のような細長い板に乗って、地面スレスレを低空飛行している。郵便物を配っているみたいだが。
板切れの先には、杖のような一メートルほどの棒が垂直に取り付けられている。あれを傾けることで、進行方向を操作しているようだ。
「あちらは、出前ですわ」
ミニスカメイド姿の女性が、商業ギルドへコーヒーとサンドウィッチを配っている。あちらも、同じような板に乗っていた。
「あれは、【マナボード】です。あれも、魔法石を使って動いているんです」
杖の先端とマナボードの下部に、小さい魔法石が取り付けられている。あれで魔力をコントロールして、動かすそうだ。
この付近は島が多く、あのボードで海を渡ることもあるとか。
「すごい。新しいものがいっぱいだ」
『魔剣の参考になりそうじゃないか。頭が冴えわたってきたよ!』
レベッカちゃんも、テンションを上げる。脳内会話だけど。
「父があのような【馬を必要としない移動手段】を開発し、我が社は発展を遂げました。といっても、この街自体をインフラ整備して、ようやくまともに稼働しているのですが」
道に魔力石を埋め込んで、進みやすくするように整地しているのだとか。
車もほとんどが貴族用で、一般には普及していないらしい。ただ馬車よりも早く走れるため、相当な需要があるという。
「お車でしたら、わたくしの父も、一台所有しておりますわ」
「クリスさんのお家も、貴族様なんですね?」
「……ええ。まあ。そんなところですわ」
アンタッチャブルな話題をシューくんから振られ、クリスさんが言葉を濁す。「王族です」とは、言えないよなあ。
わたしたちは、財団の本部へ。
「ただいま。おかあさま」
「また、あんたはこんなに汚して! すいませんねえ。送ってくださって」
人間族の中年女性が、シューくんを叱り飛ばす。
「もう。一四にもなって、ガキなんだから。お客様の前ですよ。着替えてらっしゃい」
「はあーい」
シューくんが、廊下をトタトタと走っていった。
ふんわりエプロンドレスを着たメイドさんが数名、シューくんの後を追いかける。
シューくんは、わたしの一つ下なんだね。見た目から、もっと下かなと思っていたけど。
「ごめんなさいね。お茶とお菓子を用意するから、あちらでお待ちになって」
「ありがとうございます」
シューくんが着替えている間に、わたしたちはお庭でお茶をいただくことにした。
行商人さんは、席を外している。財団の責任者と、話し合いをするらしい。
「お待たせしました」
シューくんが、真新しい服に着替えて現れた。白いシャツと、サスペンダー付きのショートパンツスタイルである。
「ごめんなさい。なまじ一三歳で地元の大学を出たもんだから、調子乗りで」
「一三で大学卒業!?」
どんだけ、飛び級だっての。
「研究に熱心なのはいいけど、ポンコツばかり作っても仕方ないでしょう?」
「だからいいんですよ。可能性はどんな些細なことでも、検証しなければ。錬金術を学んだキャルさんやフワルーさんなら、ご理解いただけますか?」
それは、わたしも同感である。
「せやね。命に関わること以外なら、なんぼ失敗してもええ。せやけどホンマは、うまくいったときのほうがヤバイ。成功に味をしめてしもうて、それ以上の研究を怠ってしまう。ほんで、取り返しのつかん失敗につながるんや」
だから、さらなるチェックが必要なんだ。
これは、フワルー先輩に叩き込まれた。
「ウチの先輩は、そのせいで片腕になってしもうたからな」
「そんなことが、あったんですね?」
「せやねん。だからウチは、適当はできへん。他人が使う、商品やからな」
フワルー先輩の言葉に、シューくんは感銘を受けたようである。
「素敵です。あなたなら、ボクの考えをわかっていただけると思っていました」
「さ、さよか」
手を握られて、フワルー先輩はカチコチになっていた。ガチで、タイプなんだな。
本人が犬獣人だから、犬っぽい子に惹かれるのだろうか。
で、本題に入る。
「……わかりました。商業ギルドを通して、こちらにお店を出すことを許可いたします。あのおばあさまからの、頼みですもの」
案外あっさりと、店舗設立の承諾はおりた。
「そのかわりと言ってはなんですが、フワルーさん。うちの子のガラクタも、収納していただけませんこと?」
「はあ」
「研究する場所を、設けたいと思っていたところなのよ。でも、大っぴらに土地を買うわけにもいかないわ。地下室でいいから、彼がのびのびできる場所を作っていただけると、助かるんだけど」
「も、もちろんですわ。任しといてください」
わたしに向かって、奥様が誰にも知られないようにウインクをした。
おおーう。お膳立てをなさった、ってわけだね。さすが、母親ってか。
あとは、わたし個人の問題を。
「差支えなければいいんですが、工房を見せていただけますか?」
今のところ、クレアさんに向けた魔剣作りは、行き詰まっていた。
ただ強い剣を打って魔法石と錬成すれば、おそらくそれなりの魔剣は完成する。手持ちの材料だって、質は高い。きっと、すごい魔剣が作れるはず。
しかしそんな代物、はたしてクレアさんにふさわしい武器と呼べるだろうか?
「すごい武器には違いありませんわ」
「ダメなんです、クレアさん。わたしの武器は、単にクレアさんの格闘技術に助けられているだけです」
それでは、武器を持っている意味がない。クレアさんを助ける、武器でなければ。
シューくんの発明センスを借りて、なんとか突破口を掴みたい。
「なるほど。そういう事情がありましたか。わかりました。知恵をお貸しします」
「いいんですか? 大したお礼もできそうにないのに」
「お礼なんて! たしかに我が財団は、困った事情を抱えていますが……」
どうも海から来た魔物たちが、財団の技術力を狙っているそうなのだ。
「その魔物たちを退治すれば、いいのですかね?」
「可能であれば。ですが、危険です。それにこれは、財団の問題。あなた方を巻き込むわけには」
シューくんは、わたしたちを気遣ってくれている。
冒険者なんだから、ドンと頼みたまえよ。
「なんですって!?」
庭からも聞こえるような声で、行商人さんが叫んだ。
何事だろう?
「あなた、どうなさったの?」
奥様が、ノーム族の男性に声をかける。
シューくんをナイスミドルに成長させたような顔立ちの男性が、シューくんの父親か。で、財団の責任者と。
「さっき通信があってな。車を載せた輸送船が、襲われた」
おっ。さっそくわたしたちの出番じゃないですか。
魔物が、この街で造られた車を輸送船ごと奪っていったという。
車の動力装置は、船の高速化も可能にする。もし奪われたら、戦力ダウンは避けられない。
「やっつけに行きます」
「よろしいのかね?」
「お任せください。これでも冒険者なので」
「ありがたい。ではよろしく頼むよ」
わたしたちは、財団から近い停泊所へ。
マナボードが二つ、置かれている。
「水陸両用の、戦闘用マナボードです」
このマナボードを使えば、低速の船より先に現場へ到着するという。
「参りましょう、キャルさん」
「うん!」
わたしとクレアさんが、ボードに乗り込んだ。簡単な操作法を学ぶ。杖に魔力を流し込んだら、勝手に動くらしい。
「ただ、これは冒険者用でも、実験用です。道路の魔力石の恩恵を受けられません。そのため膨大なマナが必要で、並の冒険者でも――」
説明を終える前に、クレアさんがボードをぶっ飛ばしていった。
風圧で、シューくんのメガネがズレる。
「あの人は、特別なんですよ」
「ボードであそこまで加速できた人なんて、始めてみましたよ」
呆然とした顔で、シューくんはクレアさんを見送っていた。
「お気をつけて」
「はい。じゃあ先輩は、シューくんを守ってて」
フワルー先輩が、うなずく。
『キャル! アタシ様たちも、ぶっ飛ばすよ!』
「OK!」
クレアさんに追いつくため、猛スピードでボードを飛ばす。
敵は、先程のサハギンたちだ。車を積んだ輸送船を、えっちらおっちらと運んでいる。彼らは、海の上を歩けるようだ。船を必要としていない。
先導しているのは、やはりセイレーンである。
『あのアマ、歌を使ってサハギンたちの筋力を強化してやがるよ!』
「急いで、倒さないと」
その前に、クレアさんに加勢しないと。
もうクレアさんは、サハギンと戦っていた。
腕を上下させ、袖からナイフを飛ばす。
眉間にナイフを受けて、サハギンが海へ沈んでいく。
クレアさんは足からも、ナイフを飛ばした。
「いつの間に、シューくんのナイフ飛び出し装置を?」
すぐにシューくんの発明品に、順応している。足にも装備できるって、どうしてわかったんだろう? わたしでも、気づかなかったよ。
「天才すぎて、参考にならないよ」
もはや、なにを装備しても強い。
手は杖を掴んでいるままなので、飛び出しナイフが最適だ。クレアさんは、それにいち早く気づいていた。洞察力も、すごい。
「どんな場数を踏めば、あそこまで強くなれるんだろう?」
『決まってんだろ。こっちも場数を踏めばいいのさ!』
そんなあっけらかんと、解答されても。
『こっちにも敵が来たよ!』
気を取り直して、戦闘に集中する。
「フワアアアア~♪」
サハギンのボスであるセイレーンが、兵隊に指示を出す。
半魚人の尖兵が、矛を持ってわたしに襲いかかってきた。
『身体をよこしな、キャル!』
「うん! お願い!」
レベッカちゃんに、わたしは身体を預ける。
わたしの髪が、燃え盛るオレンジ色に変わった。
サハギンが、三叉の矛で突き刺しにかかる。
『トロいんだよ!』
足で杖を操作しながら、レベッカちゃんは矛を体を捻っただけでかわす。カウンターで、胴体をぶった斬った。
真っ二つになったサハギンが、燃えて炭化する。
レベッカちゃんはもう一体のサハギンを、脳天から真一文字に切り捨てた。
クレアさんも天才だけど、レベッカちゃんも大概だね。違うベクトルで、異常に強い。
「ホワアア~♪」
セイレーンが、仲間を呼ぶために歌う。
『もう、あんただけだよ!』
味方のサハギンは、船を動かしているヤツラ以外は全部、クレアさんが倒している。
「クレアさんは船を! こいつは、わたしが倒します!」
「お願いしますわ!」
よし。任されたよ!
『どらああ!』
セイレーンに、レベッカちゃんが切りかかった。
水面から突如、巨大カニが伸びてくる。
レベッカちゃんの剣が、カニのハサミに阻まれる。
一〇メートルはあるカニが、浮上してきた。亀の甲羅に、セイレーンを載せている。
『こいつは、ザラタンだね!』
亀の甲羅を持つ、カニの怪物だ。
『ザラタンごときに、このレーヴァテインが負けるとでも思ってんのかい?』
「ホウアアアア~ッ!」
挑発を受けて、セイレーンの歌声がより一層強くなる。
セイレーンの魔力が、ザラタンに行き渡っていった。
ザラタンの甲羅が、さらに膨らみを増す。強烈なフックが、レベッカちゃんに襲いかかってきた。
『いいねえ! 力比べといこうじゃないか!』
レベッカちゃんが、なんと片手でザラタンのハサミを掴んだ。
『この程度かい、バケモノ! ザラタンってのは、もっととんでもない握力で、獲物を挟むんじゃなかったかい?』
ピリピリと震えながら、ザラタンはハサミでレベッカちゃんを圧殺しようとする。その表情からは、怯えの色が見えた
レベッカちゃんは涼しい顔をしている。
ザラタンのハサミに、ヒビが入った。
『さっきの一撃でハサミを砕いたことに、気が付かなかったようだね』
とうとう、ザラタンのハサミが砕ける。
その瞬間、レベッカちゃんは刀身に黒い炎をまとわりつかせた。
『さあ、受け止めてみなよ!』
レベッカちゃんが、黒い炎を振り下ろす。セイレーンごと、ザラタンを切り裂いた。
「ホアアアアア~!?」
腕を切り落とされて、セイレーンは退散した。
『しぶといねえ』
レベッカちゃんが、変身を解く。
ドッと、疲れが身体を包んだ。
『あのヤロウ、アタシ様が放った最初の一撃を、まともに浴びたからね。【原始の炎】の効果があるのを知らずに』
原始の炎は、物理的な防御さえ破壊する。おっかねえ……。
輸送船の方は……無事か。
船が、元の進行方向へ向かう。どうやら、救出任務はうまくいったようだ。
冒険者たちを乗せた船が、輸送船の後を追った。船の警備は、彼らに任せておけばいいだろう。
「キャルさん、一〇時の方向です!?」
「む!? あわわ! とっとっと!」
わたしは、一〇時の方向から攻撃を受けた。
サハギンが、水中に隠れていたのか。
「何事!?」
とっさによける。
サハギンの身体に、見えない糸に絡みつく。
釣り上げられたサハギンが、糸によってバラバラに。
わたしがいた場所に、氷が張っていた。ここは、南の国だってのに。
攻撃してきたのは、氷でできたデカい釣り針だった。
釣り針が、見えない力に引っ張られていく。
見上げた先にあったのは、小さな竜巻だ。
竜巻の上には、白い着物を着た少女が乗っていた。少女は、手に釣り竿を持っている。先に大きな釣り針が乗っかっているため、魔法使いの杖のようになっていた。
「やーっと、追いついたでヤンスよ」
緑色の服を着た東洋風のエルフが、別の小さい竜巻に乗りながらこちらを見ている。
「さっきの攻撃でヤンスが、礼には及ばないでヤンスよ。実際、あーたの方が早かったでしょうに」
たしかに、わたしはカウンターの準備ができていた。その前に釣り針と糸が、相手を細切れにしたくらいで。
白い着物の少女も、「助けてやった」という印象を出していない。ただ、「降りかかる火の粉を払ったに過ぎない」といった、冷静さを持つ。
「申し遅れました。こちらは、【魔導師】のヤト。ソレガシは天狗の【戦闘僧侶】で――」
「リンちゃん、見つけた。魔剣【レーヴァテイン】を」
天狗が自己紹介をしようとした途端、ヤトという少女が話をぶった切った。
「最後までしゃべらせるでヤンスよ! とにかく、お手合わせ願いますかねえ?」
リンちゃんと呼ばれた天狗が、風を起こして海に波を立てる。
そのままわたしたちは、街から少し離れた小島まで流された。
「ここなら、邪魔は入らないでヤンスよ。あなたの力は、わかっているでヤンス。どうせ、ザラタン程度では話にならないことくらいは!」
この人、本気でわたしたちと戦う気である。
「ヤト・ザイゼン及び、リンタロー・シャベ。推して参るでヤンス!」
なぜか知らないが、謎の冒険者と戦うことになった。
できれば、戦いたくないけど。
「船を守らないと」
「あれを護衛しているのは、ソレガシたちが手配した冒険者でヤンス。ランクの低い連中ばかりですが、信頼はできるでヤンス。お気遣いなく」
「それは、どうも」
「おたくらのことも、殺しはしないでヤンス。その剣をいただければいいでヤンスよ」
リンタローという緑色の天狗が、着物を豪快に脱ぐ。スレンダーな体を、スポーツ用のブラとショートパンツ姿が包んでいる。こちらも、緑色だ。
リンタローと言っていたが、この天狗は女性か。
着ていた装備は、鉄扇へと変わった。身体を覆い尽くせるほどに、範囲が広い。
クレアさんが、戦闘態勢に入る。
「おっと。ヤトと、こちらのお嬢さんとの、一対一でお願いするでヤンス」
リンタローが、クレアさんの進行方向を遮った。クレアさんの動きに反応できるとか、さすが天狗である。「天使に近い存在」と、言われるだけあるなあ。
「もっとも、あなたが手合わせしてくださるんなら、やぶさかでないでヤンス」
リンタローが、鉄扇で口元を抑える。
「好戦的すぎ。リンちゃんは、普通にしてて」
「はいでヤンスー」
リンタローという女性がふてくされた。
「ヤト・ザイゼン。そちらは?」
「キャラメ・F・ルージュ」
わたしは、レベッカちゃんを構える。
「それは、本当に【レーヴァテイン】?」
ヤトが、レベッカちゃんを指さす。
「どうして、レーヴァテインの名を?」
「ザラタンと戦っているときに、自分で名乗ってた」
ああーっ。そうでした。
「レーヴァテインを名乗る魔剣の目撃情報が、そこらじゅうで発生している」
ええ……。
いたるところで、レベッカちゃんの情報がダダ漏れだったみたい。
「レーヴァテインは伝説だと、『夜を斬り裂いた魔剣』とも、『七日間、大地を割った剣』書かれている。だが詳細が謎に包まれていて、誰も本物の刀身を見たことがない。この世界にある魔剣ではないというウワサもある。『マグマ説』もあったから火山地帯も漁ってみたけど、いたのはオークだけだった」
オタ独特の早口だな。魔剣のマニアなんだろうか?
とにかくこのヤトという少女は、「自分の興味のあることに関しては、やたらと饒舌になる」ってのはわかった。
なんか、親近感のわく子である。
「物語上の魔剣と思っていたけど、本物なら興味深い。ただ、これまで探してきた魔剣は、どれも紛い物ばかり。取り込んでも、たいして強くはならなかった」
「それは、本当に伝説のレーヴァテインなの?」
「一応は」
レプリカだしなあ。なんともいえない。
「なにか、歯切れが悪い」
ヤトが、首をかしげる。
ですよね、そういうリアクションになっちゃうよね。
「最強の魔剣かどうかは、取り込めばわかること」
この子、レベッカちゃんを自分の魔剣に食べさせる気だ。
どうしよう? レベッカちゃんと入れ替わるか? しかし、まだクールタイムが終わっていない。
変身は、クールタイムを要する。その時間は、わたしの体力に依存するのだ。
まだもう少し、時間がかかる。
「あなたが来ないなら、こちらから」
ヤトが、釣り竿を振り回す。
釣り針というより、死神の鎌のような。
「今日は、様子見! 【アイスジャベリン】!」
いつのまにか、わたしは氷のヤリに囲まれていた。
「うわっとっと!」
剣で、ジャベリンを弾き続ける。わたしはこれまでの戦いで、こういった動きもできるようになった。とはいえ、レベッカちゃんほどは強くない。
『気をつけな、キャル。まだ仕掛けがあるよ!』
「はいうひゃあああ!?」
言っているそばから、わたしは足を取られた。逆さ吊りにされる。
ジャベリンに注意をそらして、釣り糸を隠していたとは。相手の罠に、目が向いていなかったか。
「うおっと!」
氷でできた釣り針が、正面からわたしの首に切りかかった。殺すつもりはないって、言ってなかったっけ!? 殺意マシマシじゃん!
「こんにゃろ!」
逆さになりながらも、どうにか剣で弾き返す。
うう、冷たい。さっきの衝撃で、雪の結晶が手に。
鉱山にあった切り口と、同じ温度だ。
あの鉱山で戦っていたのは、このヤトなんだろう。
『脱出しなよ、キャル!』
「OK!」
わたしは剣で釣り糸を燃やし、脱出した。
釣り糸が、復活した。あの糸も氷でできているらしい。
『この子、氷特化の冒険者みたいだね?』
「専門のタイプって、めっちゃ強くなる代わりに、尖りすぎてあまり使い物にならないって教わったよ?」
今どき、特化型の魔法使いとは珍しい。応用が効くのか?
『たしか、氷も曲げたりできるんだったねぇ?』
「知っているの? 【水氷】を?」
『一応はね。そこまで純度の高い水氷は、見たことがないよ』
ヤトが、不思議そうな顔をした。
純粋な結晶であれば、氷も針金のように曲がる。おそらく氷に魔力を流し込んで、曲がるように調節しているのだろう。
氷を曲げることは、理論的には可能だ。
わたしも、授業で聞いたことはある。だけど、実際にやった人は見たことがない。
やれたとしても、何人もの魔導師が集まってようやく短い水氷ができる程度だという。
しかしヤトは、それを一人で作った。
それだけで、彼女の実力はうかがえる。
「わたしで、勝てると思う?」
『逆立ちしても、ムリだろうね』
ですよねー。
『アタシ様と入れ替われば、なんとかなりそうだどね』
まだ、クールタイムは切れない。あと数分持ちこたえられたら。
しかし、鎌のような釣り針の猛攻に、わたしは防戦一方である。
『あいつが【純魔】で、助かってるねえ。戦闘センスも微妙で、力も弱い』
【純魔】とは、【純粋な魔法使い】の略称だ。戦闘面では、ずっと後衛にいて魔法で飛び道具役か仲間の強化に専念する。
格闘において素人だから、わたしでもヤトの攻撃に対処できた。
もし、彼女が前衛職の戦闘技術を持っていたらと思うと。
「ヤトー。早く、決めるでヤンス」
こちらの実力差を知っているのか、リンタローがヤトを急かした。
マズイマズイ!
それにしても、なんでリンタローは汗びっしょりなんだろう? 何もしていないのに。熱いんだろうか?
「でも、なんか様子が変。ほんとにあれがレーヴァテインなら、使い手を操ってこちらが不利になる」
レベッカちゃんの仕組みを、わかってたんかい! っていうかヤトは、ザラタン戦を見ていたんだっけ。だったら、わたしがレベッカちゃんに取り込まれているのも知っているわけか。
『なるほどね』
「なにが? レベッカちゃん?」
『あいつが攻めあぐねている理由さ。魔剣だとわかった時点で、さっさとブン取ればいいじゃないか』
ホントだ。たしかに、弱いままのわたしから、早く魔剣を奪い取ればいい。
『やつは、東洋人だ。おおかた、【妖刀伝説】を叩き込まれているんだろうね』
「そっか! 妖刀が使い手の精神を奪って、一族皆殺しに!」
レベッカちゃんが本当にレーヴァテインなら、精神を乗っ取られるかも知れなかった。妖刀のように。
『なまじ妖刀伝説の恐ろしさを理解しているから、レーヴァテインの特性を恐れているのさ』
変にわたしが攻めあぐねているから、「なにか裏があるのかも」って考えているのか。
「でも、わたしが所持している段階で、その可能性は低くない?」
『だから、使い手にも秘密があるんじゃないかって考えているのさ』
そこまで頭が回る子……だろうな。ヤトは。
「仕掛けは済んだ」
「え? うわ、しまった!」
地面に張った氷で、足を滑らせる。
釣り針にばかり気を取られて、足元がおろそかになっていた。
ヤトが釣り針を、上空に飛ばす。そのままわたしの脳天めがけて、急降下させた。
だが……。
『反撃開始だよ』
ようやく、クールタイムが完了する。
レベッカちゃんと融合して、わたしの髪が、オレンジ色に変わった。
『またせたね、キャル』
わたしの身体を借りたレベッカちゃんが、足元の氷を溶かす。
「あぶなかったよ」
もし数秒遅れていたら、わたしの首は飛んでいたかも。
「くっ!」
ヤトが、鎌の形をした釣り針を再度放った。
レベッカちゃんは、釣り針を軽く魔剣でいなす。
釣り糸型の水氷を動かして、釣り針の軌道を変えた。これが厄介なんだよ。
どれだけ相手の武器が無軌道に動いても、レベッカちゃんはあっさり受け流す。どこに目がついているのかと。
曲がる氷の鋭さも、かわすのが難しい。釣り針ばかりに目が行くと、糸型の水氷に足を取られてしまう。こっちがメイン武器なんじゃないかって、思うほどだ。
しかし、属性無効の性能を持つ【原始の炎】を体中にまとったレベッカちゃんは、相手の氷属性をものともしない。魔剣を旋回させて、相手の切込みを阻止する。
「これほどまでとは。軽く腕試し程度だったのに」
さすがのヤトも、攻めきれないみたいだ。
『感謝するよ。クールタイム明けを狙ってくれていたんだろ?』
「本気のレーヴァテインを見なければ、分析ができない」
やっぱり、手を抜かれていた。
その気になれば、ヤトはわたしを拉致して、実験台にすることだってできただろう。
過激な手法を取らなかった理由は、フェアプレー精神ではない。効率的に、相手を見極めるためだろう。
『どらあ!』
レベッカちゃんが、ヤトに切りかかった。
「――っ!? 【フリーズウォール】!」
ヤトが眼の前に、氷の壁を作り出す。
しかし、レベッカちゃんは壁を一刀両断した。
この壁って多分、炎属性を完全に遮断する魔法だよね?
それをあっさり、一太刀でぶった斬るって。レベッカちゃんがいかに強いかが、うかがえる。
「ヤトー。もうここまでにするでヤンス」
リンタローがわたしたちの間に割って入ってくる。戦闘を強制的に終了した。
「どいてリンちゃん。まだ勝負はついていない」
「ソレガシたちには、まだやることがあるでヤンス」
なぜかリンタローが、海の向こうに視線を送る。
「今日はおさらばでヤンスよ! 機会があれば、また相まみえることもあるでヤンしょう!」
両手の鉄扇を一振りして、リンタローが竜巻を起こした。
「次は、勝つ」
二人は竜巻に乗り込んで、街とは反対方向へ去っていく。
どこへ向かうんだろうか?
「クレアさん、追いかけますか?」
「いいえ。これでは」
クレアさんが、マナボードを持ち上げる。
さっきの戦闘で、ボードはボロボロになっていた。
わたしのボードも、同じ感じに。最後に、サハギンから攻撃を受けたせいだろう。
かろうじて移動は可能だが、これだと戦闘まではできない。
「もっと頑丈なボードが、必要ですわね」
というわけで、わたしたちも帰ることにした。
*
ヤトとリンタローは、小島にある小さい宿に到着する。
「どうして止めたの? まだやれたのに」
ふくれっ面のヤトが、リンタローを責めた。
「あー。もうあの場にいたくなかったでヤンス」
鉄扇を着物に変えて、リンタローが着込む。汗をかきつつ、身震いしていた。
「魔剣使いの相棒を務める金髪の冒険者、あれは、ただもんじゃないでヤンス」
「あなたが怖がるくらい、あの冒険者って強いの?」
「おそらくは。ソレガシと互角以上かと」
東洋諸国内で結成された魔剣調査隊の中でも、リンタローは若手最強と言われている。天狗という種族のポテンシャルを差し引いても、彼女の右に出る者はいない。
歴戦の天狗でさえ、リンタローには一目置いていた。
「なんというでヤンスか。戦闘特化型の鍛え方をしているでヤンス」
それでいて、王族か貴族のような気品も感じたと、リンタローは語る。
「ほとんど丸腰だった」
「あー。あんたはそういう人でヤンした。武器にしか、興味がないでヤンスからね。敵の強さの分析も、武器基準でヤンスよね」
呆れたように、リンタローは肩をすくめた。
「飛び出しナイフを、服の下に内蔵していたでヤンスが。まあ、だいたい武器を持っていなかったのが幸いでヤンス」
もし、魔剣なり聖剣を持った状態で挑まれたら、勝てたかどうか。
リンタローは、それくらいあの金髪冒険者を警戒していた。
「よく、ガマンした」
「ええ。ゾクゾクしていたでヤンス。戦いたくて、ウズウズしてヤンした」
普段はひょうひょうとしているが、リンタローは戦闘マニアである。戦いたい衝動を、なるべく隠しているのだ。
「けど、あそこでヘタに消耗はできないでヤンスよ。我々には、もう一つの目的があるでヤンスから」
ヤトたち調査隊は、自分たちの国から依頼を受けている。
海底神殿にある、マジックアイテムの調査だ。
*
「ありがとう。助かったよ」
帰還後、シューくんのお父さんと面会する。財団の会長さんだ。偉い人なのに、わざわざ出迎えてくれるとは。
「キミらが一番サハギンと戦ってくれたと、冒険者からは聞いているよ。船を救ってくれて、ありがとう」
「いえ。みなさんが、がんばってらしたからですよ」
「そうか。もっと誇っていいんだよ。欲がないとフワルーくんから聞いていたが、本当だね」
会長がいうと、フワルー先輩は「せやねんよ」と返す。
「もう、ええコすぎて涙が出るくらいや」
「アハハ。そうだね。屋敷の部屋は開いているから、好きなだけ使ってくれたまえよ」
そう会長に言ってもらえたが、わたしたちは遠慮する。
「じゃあ、せめて夕飯ぐらいはごちそうさせてもらえないかな?」
うわあ。なにからなにまでありがたい。
けど、店のこともあるし……というわたしの考えに反して、おなかの虫が鳴り出す。
「アハハ。遠慮することはない。用意させるから、待っていてくれ」
冷えるからと、オフロまで用意してくれた。たしかに、潮水で顔じゅうベタベタである。オフロに入れるのは、うれしい。
入浴後、食事をする。緊張で、どんな味かも覚えていない。
「本当に、強いんですね」
「せやで。うちの後輩やからな」
フワルー先輩もシューくんも、会議に同席している。二人とも無事でよかった。
わたしたちの強さを見込んで、魔物を撃退する会議を行うらしい。
「なるほど。海底神殿ですか」
「そうなんだ。ここ最近、ファッパ近海がモンスターで溢れている。ヤツらモンスターたちは、海底神殿からやってきているようなんだ」
財団の会長が、地図を広げてとある地点を指す。
「ファッパの街が栄える遥か以前、この地域には巨大都市があった」
だが、そこはモンスターが建造したらしい。当時の人々は、魔物に怯えながら暮らしていたとか。
「時の勇者がその魔物を撃退し、都市も海へ沈んだ」
未だ、その神殿は力を残しているという。
「その神殿の力を抑え込むために建造された都市こそ、ファッパだったという」
しかし今や、土地の誰もその伝説を知らないそうだ。
「わかっているのは、魔物が使っていたというマジックアイテムの存在のみだ」
財団の会長は、マジックアイテムの調査を、わたしたちに依頼してきた。
海底神殿は、ここから近い離れ小島の側にあるという。
「今現場には、我ら財団が派遣した冒険者及びスタッフが向かっている。彼らと合流したまえ」
「わかりました。ですが、時間をください。武器や装備品のチェックがしたいので」
「構わんよ」
とはいえ、フワルー先輩の店は、まだ改装中だとか。ゴーレムを入れる許可をもらい、手頃な土地も手に入った。しかし、内装の準備が整っていないらしい。
「朝イチでやってまうさかい、アンタらはシューくんの工房を見せてもろうとき。なんか、ヒントも得られるやろ」
そうさせてもらうか。
今日は、疲れている。
お屋敷の一室を借りて、クレアさんと泥のように寝た。
わたしたちは、シューくんの工房へ通された。
「キャルさん、クレアさん。ここが、ボクのラボです」
見たこともない武器や装備品が、たくさんある。
腕に取り付けるタイプのクロスボウ、街の城壁から撃ち出す大砲、マジックシールドなど。
「こちらは、なんですの? 柄しかありません。試作品ですの?」
クレアさんが、柄しかない剣を掴む。刀身がなく、取り付ける刃は、どこにも用意されていない。練習用かな?
「それは、最新型の魔法剣です。一度、魔力を流し込んでみてください」
シューくんの指示通り、クレアさんが剣の柄に魔力を流し込んだ。
柄から、刃が出てきた。
「魔力そのものを、刃にするんですよ」
ヨロイを着たカカシを、シューくんが用意する。
「これを斬ってみてください」
ためしにクレアさんが、ヨロイを着たカカシに斬りかかった。
きれいな袈裟斬りが、決まる。
ヨロイが斜めにカット、されない。
「まだ、試作品なのです。十分な強度が、得られなくて」
「刀身がないと、落ち着きませんわ」
わたしも、触らせてもらう。
やっぱりわたしが試しても、ヨロイは切れない。
『熱の制御が、足りないのさ。そのせいで、質量の割に火力が出ない』
レベッカちゃんが、脳内に直接語りかけてきた。
わたしが代弁して、シューくんに教える。
「なるほど。勉強になります。よくわかりましたね?」
「れれ、錬金術師だからねっ」
「よほど高度な学習を、受けていらしたんですね。そうお見受けしますっ」
シューくんは、盛大に勘違いしてくれた。
でもこの剣は、魔剣のいいヒントになりそう。
「これは、なに?」
わたしは、飛び出しナイフを見つけた。テーブルに、無造作に置かれている。あまり大事にされている感じではない。
「それは、ウチの商品ですね。その試作品です」
「どんな用途が?」
「こうやるんですよ」
ナイフの柄を、シューくんが指でつまむ。
缶切りが、出てきた。
「こちらは栓抜き、こちらはワインのオープナーですね」
他にも、色んな用途に使えそうな金属製品が出てくる。ノコギリ、爪切りとヤスリ、ハサミ、千枚通し、ウロコ落とし、包丁など。
「レンチやドライバーまで、ありますわ。今まで見たツールの中で、一番面白いですわ」
「ありがとうございます。でも、用途を足しすぎて、携帯用のツールとしては失格だと、父に言われまして」
結局商品にできたのは、せいぜい七つ道具つきだったらしい。
「あのさ、クレアさん。わたし、決めたよ。絶対、これだと思う」
「キャルさん、どうなさったの?」
「魔剣のヒントが、掴めたかも知れない」
続いて、完成したばかりのフワルー先輩のお店に。
「先輩、連れてきましたよー」
「あかんてキャル、待って! あと五分だけ待って!」
シューくんが来るというので、先輩はやたらドタバタとしていた。女子かよ。女子だけど。
いやあ、珍しいものを見たよ。恋する乙女って、こうなっちゃうんだねえ。
「はあ、はあ。お待たせやで。どうぞ」
先輩のお店は、街の隅っこに建てさせてもらっていた。景観を損ねないように、縮小したという。
「ウッドゴーレムを、間引きしたんですね?」
「せやねん。あまりにも多すぎたさかい、別の用途として活用してるねん。シューくんと相談してん」
フワルー先輩が、街の壁を指差す。
「あれは?」
この間までなかった弩が、セッティングされている。
「バリスタや。自動でモンスターを追尾して、狙撃するねん」
これがあれば、魔物が壁をよじ登って襲ってくることもない。
魔物たちは、また街を襲いに来るだろう。その準備は、しすぎなくらいでちょうどいいはずだ。
「シューくんから、ウッドゴーレムの活用法について、アドバイスを受けたんや。おおきにやで」
「い、いえ! お役に立てたなら、なによりです」
フワルー先輩から感謝されて、シューくんが照れている。
これは、二人とも意識している感じ?
「工房はどうやった? ウチも見てみたかったけど」
「道具は、一通り見せていただきました」
参考になりそうなものはすべて、シューくんからもらってきた。
「ありがとう、シューくん。本当に全部を、錬成に使っても大丈夫?」
「家に飾っておいても、コレクションにしかなりません」
作ろうと思えば、設計図はすべて保管してあるという。
「キャル、シューくんの発明品やけど、正直な感想は?」
「ええっと」
言いづらい。かなりマイナスな感想が出るから。
「遠慮しないでください、キャルさん。我々は商人、ボクだって発明家である以前に、商人です。ヘタな製品を提供して、お客様に損害を与えるわけにはいきません」
シューくんも、覚悟を決めていたようだ。
ならば。
「これらは控えめに言って、さすがに学術用ばかりでした」
実用性を求める商人さんが相手では、まるでお話にならないものばかりだ。
「ですが錬金術師の観点から見れば、興味深いものばかりで」
わたしや先輩のような錬金術師なら、これらの製品を商品レベルまで改造できそうだ。
「ええ見立てや」
「忖度のないご意見を、ありがとうございます。キャルさん?」
フワルー先輩からだけでなく、シューくんからも合格をもらえたっぽい。
わたしとクレアさんは、またトレーニング用の魔力制御ジャージに着替えた。戦闘訓練用のジャージである。これでわたしも、錬金しながら熟練度を底上げできるだろう。
「では、開発をいたします。先に、防具を作らせてください。【錬成】!」
倒したザラタンの甲羅で、アームガードを錬成した。
うん。想像通りに軽い。生体素材だから、もっとベタベタしているかなと思った。けど、つけ心地は全然気持ち悪くない。
「こちらは、シューくんに。マナボードの補強素材にして」
「はい」
余った甲羅は、シューくんに活用してもらう。
『はあ、しゃべれないってのは、窮屈だねえ』
シューくんが去ったので、レベッカちゃんがようやく話し出す。
「お嬢ちゃんの魔剣を作る、っていう話やったな?」
「その前に、キャルさん。ワタクシの戦闘力は、どうでしょうか? これまでの戦闘で、ワタクシに受けた感想をお聞かせください」
クレアさんが、わたしに懇願してくる。
どう言えばいいのか。
「クレアさんなんですが」
「はい。忌憚なき感想を、お聞かせください」
自分で言うには、はばかられた。
『まったく、じれったいねえ。そら』
レベッカちゃんが、わたしの許可なく、勝手に人格を交代した。
前髪だけ、オレンジ色に変わった。
『うーん。アンタだけど、控えめに言ってゴリラだね』
「ゴリラ!」
『道具を渡してもぶっ壊しちまうあたり、相当やんちゃなゴリラだよ』
「まあ! やんちゃゴリラ!」
さすがにフワルー先輩も、「言い過ぎちゃうか?」と言葉を遮ってきた。
どうしてこの人は、【騎士】職なんて選んだんだろう? 【豪傑】じゃん。素手武術職の最高位じゃん、と。
「い、いかがでしょう?」
怒られても仕方ないことを、言ってしまった。
これじゃあ、嫌われちゃうよ。
「あははは! ゴリラですのね!」
お腹を抱えて、クレアさんが大笑いをする。
「言い得て妙ですわ。ゴリラさんと比較してもらえるなんて、ワタクシは光栄と考えております」
なぜか、クレアさんはわたしの、というかレベッカちゃんの意見を、好意的に捉えてくれた。
「怒って、いないんですか?」
「どうして、怒る必要がございますの? ゴリラ。実によろしいではありませんか。ワタクシは、人の領域では測れないと、キャルさんは判断なさったんでしょ?」
「まあ。そうですね。そんなクレアさんだからこそ、魔剣作りには難航しました」
正直に、感想を述べる。
「クレアちゃんの魔剣は、どないなるつもりなん?」
「はい、先輩。それなんですが――」
わたしは、フワルー先輩にだけ耳打ちする。今クレアさんに聞かせると、変な期待をさせてしまうからだ。
「それは、ええな。おもろいわ。あんたらしい発想やと思うで」
「ありがとうございます。さっそく取り掛かります」
魔剣を錬成する前に、素材の錬成を始める。この作業をやっておかないと、魔剣に能力が定着しない。
今回は、一本の魔剣に複数の要素を組み込んでいる。錬成には、かなり時間がかかるのだ。
まして今は、訓練用ジャージを着込んでいる。じっとしているだけでも、魔力消費が激しい。
『キャル、素材錬成をしている間に、スキルを振ったらどうだい? 最近、やっていないだろ?』
「そうだね。よしっ」
魔剣作りと並行して、スキルの見直しも行った。ここのところ戦闘続きで、スキルを取得する時間が取れなかった。
現在、レベル三〇までが上っている。アンロックされたスキルが、かなり増えていた。
手の甲を撫でて、ステータス確認画面を開く。
錬金術のレベルを、重点的に上げていこう。
『戦闘力は、アタシ様に頼るんだね?』
クレアさんの魔剣を作ることを考えると、そうなっちゃうんだよねぇ。
「ごめんね、レベッカちゃん」
『上出来だよ。アタシ様に暴れさせておくれ』
わたしは萎縮していたが、レベッカちゃんは気にしていないみたい。
レベッカちゃんのスキルも、確認する。
「かなりアンロックされているね」
まずは【フラッシュバン】を取る。攻撃効果のない炎の光を、暗い場所で放つ。早い話が、『目潰し』だ。
続いて、【フェニックスの恩恵】を取得した。聖なる炎によって、負傷しても徐々に回復する。
「魔剣なのに、『聖なる炎』なんて使えるんだね?」
『同じ火属性なら、関係ないよ。アタシ様は別に、悪い魔剣じゃないからね』
カカカと、レベッカちゃんが笑う。
続けて、【鎧通し】を取った。敵の装甲を溶かして、ダメージを与える。
あと、【延焼】も手に入れる。単体の敵に与えたダメージを、周囲の敵にも四分の一だけ飛ばす魔法だ。モンスターに囲まれた時、有利になるはず。
「まだスキルポイントが、余ってるんだよねえ」
『これなんて、どうだい?』
レベッカちゃんが推薦したスキルは、【魔獣召喚】だ。異界から、魔獣を呼び出すスキルである。魔法使いじゃなくても、冒険者なら呼び出せる。
「また召喚魔法? ただでさえ、スパルトイやストーンゴーレムがいるのに」
ウッドやストーンなどの【ゴーレム召喚】は、錬金術師用のスキルだ。
わたしも、取得している。
護衛・戦闘補助用と、重いものを持ち運ぶ用だ。ゴーレムがいれば、武器などをいちいちアイテムボックスから取り出す必要もない。
『あんたは基本、単独行動が多いからね。召喚は、たくさんあっても足りないくらいさ』
召喚獣のリストを、確かめた。
カメ、キツネ、カエルなどが、ラインナップされている。どれも属性を持たせて、戦闘も可能だ。
とはいえ、戦闘要員は事足りている。
『移動用の召喚獣もいるよ。武器などのアイテムを、携帯させてもいい』
ホントだ。これがあれば、いちいち馬や馬車を買わなくていい。
巨大な鳥は、今のレベルじゃ呼べないか。空を飛べたら楽だな、って思っていたんだけど。
「ちょっと待って。【トート】ってなに? まんまゴリラじゃん」
リストの中に、白いゴリラを発見した。重い武器を軽々と何本も持ち運べる、荷物持ちゴリラだって。戦闘も可能だって、書いてあった。
こんなの、誰が召喚するんだろう?
完全に、ネタ召喚獣じゃん。
『炎属性なら、よりどりみどりさ』
調べてみると、結構な数の炎属性魔獣がいる。
炎の精霊である【サラマンダー】は、ファイアリザードのようなトカゲではない。サンショウウオのような見た目だ。ずっと側に置いておきたい感じではないかな。
『じゃあ、こいつなんてどうだい? 強さは保証するよ』
地獄の番犬、【ヘルハウンド】か。強いけど、わたしがほしいのは乗り物として使える魔物だ。ヘルハウンドだと、小さすぎる。
「この子にしようかな?」
わたしは、馬くらい大きな山猫をチョイスした。
『【仙狸】かい。いいねえ』
戦闘はできないけど、乗り物になる。アイテムを扱えるくらい、頭もいい。しかも、水面だって歩けると説明がある。
これなら、海の上も問題がない。
『あんたらしい、セレクトじゃないか』
「じゃあ、呼び出すよ。仙狸、召喚!」
地面に、魔方陣が浮かび上がった。バカでかい黒猫が、魔方陣からせり上がってくる。
「うわああ。かわいいなあ」
わたしはさっそく、山猫を撫でる。
真っ黒い体毛が、モフモフだあ。
こんなフサフサ、めったにお目にかかれないよ。
タヌキっぽい召喚獣だと思っていたから、毛がもっと硬いと思っていた。
これは、いいモフモフだ。
「キミの名前は」
『レベッカでいいよ』
ん? このネコちゃん、レベッカちゃんの名前でしゃべったぞ。
ネコちゃんの頭頂部が、赤いソフトモヒカンになっている。よく見ると、炎が揺らめいているではないか。
『コイツに、アタシ様の魂を分け与えたよ。今後はコイツが、あんたの鞘だ』
ネコちゃんの横腹に、鞘が移動していた。次からは、ここから引っこ抜いたらいいんだね?
ただ、剣もネコちゃんもレベッカちゃんだと、混同しちゃうよ。
「黒でしょ? 炎属性で黒っていいったら、黒点だよね。うーん。テンちゃんで」
「テンだね。それでいいさ」
クロネコちゃんの名前は、サンポちゃんで。
「キャル、いけるか!?」
フワルー先輩が、血相を変えて錬成所に入ってきた。
「どうしたんです、先輩?」
「バリスタに反応があった。魔物や!」
とうとう、街に襲いかかってきたか。
『乗りなキャル!』
テンちゃんが、しゃがんだ。
わたしは、テンちゃんに乗り込む。
『キャル、ぶっ飛ばすよ!』
ネコちゃんが、錬成所を飛び出した。
猛スピードで走っているのに、まったく振り落とされない。それどころか、お尻がテンちゃんにジャストフィットしていた。これなら、剣を振りながら暴れられる。
街の外では、サハギンが壁をよじ登ろうとしていた。フワルー先輩が仕掛けたバリスタに仕留められているが、追いついていない。数が多すぎる。
『ぶった斬っちまいな、キャル!』
「おっけえ、おおおおっ!」
壁にいるサハギンの胴を、切り捨てた。
胴体を真っ二つにされたサハギンが、壁から転落する。
垂直に伝っているっていうのに、テンちゃんは器用に壁を走り抜けた。
「まだまだ来るよ!」
『しつこいね。これでも喰らいな!』
テンちゃんが、口から火炎弾を吐く。
火の玉が、複数のサハギンを巻き込んだ。【延焼】の上位スキル、【誘爆】である。延焼より広範囲に、爆発を起こす。
壁付近は、もういいだろう。
「門に体当りしている、モンスターが居るよ!」
島くらい大きなヤドカリ型の魔物が、門に身体をぶつけていた。破城槌のように、ヤドカリが自身の背中を叩きつけている。
このままでは、門が破られてしまう。
そう思っていた矢先、一匹の白いゴリラがヤドカリを押し返した。小さい島くらいデカいヤドカリを、ゴリラはあっさりと仰向けにしてしまう。
「――【雷霆蹴り】!」
無防備になったヤドカリに、落雷が落ちる。
ヤドカリは黒焦げになり、ガラスのように砕け散った。
魔物の亡骸の上に立つのは、金髪碧眼の姫君である。
「ケガはありませんか、クレアさん」
「キャルさん、こちらは片付きましたわ」
あれだけ恐ろしい一撃を放ったのに、クレアさんは汗一つかいていない。
魔力を制御するジャージを着たままだで、あれだけの威力を出したのか。
「クレアさん? 召喚獣を手にしたのですか?」
「はい。ワタクシ、どんな魔剣も所持可能なキャリアタイプの召喚獣を呼び出しましたの」
のっしのっしと、クレアさんの召喚獣が現れる。
「ご紹介します。荷物持ちゴリラの【トート】さんですわ」
さっ……すがクレアさん、期待を裏切らない。