メガネの少年が、武器をしまう。白いシャツは黒ずんでおり、サスペンダーつきの半ズボンという出で立ち。

「ケガはしていませんか? これは新商品の【拡声器】といって、音を増幅させる装置なんです! この装置があれば、セイレーンの歌もシャットアウトできるんですよ! これで、海からくる魔物も一網打尽にできます! すごいでしょ!? 絶対利益が出ますって!」

 少年は、自己紹介より、武器の説明から始めた。

 この人が行商人さんの言っていた、商店の息子さんかな。

 行商人さんが、咳払いをする。少年にさりげなく、名乗るように催促した。

「……おっと、申し遅れました。ボクはシューテファンといいます。そちらの方と取引させていただいている、クロスボーデヴィヒ財団の愚息です。シューとお呼びください」 

 シューくんは、わたしたちが行商人さんの知り合いとわかり、「もう自分の説明はしているものだ」と勘違いしていた。
 だから、自作商品の説明から入ってしまったのだとか。

 わたしたちも、名乗る。

「キャラメ・ルージュさん、クレア・ナイフリート。そちらのおねえさんは、フワルーさんとおっしゃるんですね」

「ふわい」

 フワルー先輩が、上の空で返事をした。

 ああ、恋しちゃってるよぉ。

「ノーム族の方だったんですね?」

「はい。父がノームの【商人(マーチャント)】です。ボクは【科学者(サイエンティスト)】ですね。商売より、研究のほうが好きです」

 クロスボーデヴィヒはとある事業が大成功して、財団を率いているそうだ。

「では、魔物が去ったうちに街へ参りましょう。案内します」

「お願いします」

 わたしたちは、シューくんについていく。

「実験かなにか、してた?」

 シューくんに尋ねてみる。

 お金持ちのお坊ちゃまっぽいが、服の汚れはイジメによるものではなさそう。匂いからして、どうやら実験などで服を汚したみたい。顔にもやや黒いシミが目立つ。

「よくわかりましたね」

 またシューくんが、拡声器という発明品を取り出した。

「この拡声器を作っているときに、服を汚してしまったみたいです。商人さんに売れるかどうか確認したくて、自家用の馬車を飛ばしてきました。道中で運悪く、魔物に襲われてしまったのですが」

 着替えようと思っていたが、早く見せたかったのだという。なんつー行動力か。

「ボクは父の元で、研究開発のお手伝いをしています。もっぱら、開発ばかりしていますけどね。様々な武器やアイテムを、開発しているんです」

 といっても、武器はほとんど趣味だという。たいてい、船舶用のエンジンや、頑丈な馬車の開発をメインとしているとか。

 たしかに、シューくんの乗っている馬車は、薄い鉄製だ。あれだけのサハギンを相手にして、鉄製の馬車は傷ひとつない。

「このメガホンガンの試運転には最適の相手でした。これは売れるかと」

「え、ええ。そうですね」

 シューくんが話している間、行商人さんが苦笑いをする。

「実際のところ、彼の研究はどうなんです?」

「ごらんのとおりです」

 行商人さんが、アイテムボックスを見せてくれた。

 ボックスには、在庫が大量に入っている。

「実のところ、売上は芳しくありません。私のアピールが足りないのもありますが、確実性がないんです」

 一見しても、アイテムの用途がわからない。武器もあるみたいだが、これはなんだろう?

「それは、服の上に付ける仕込み投げナイフです。袖に通して腕を伸ばすとナイフが袖から飛び出すんです」

 馬車を止め、シューくんが実践する。たしかに、腕を伸ばすと袖からナイフがビュッと飛んでいった。木の幹に、ナイフが当たる。肩から上腕を通って、袖から飛び出すのか。

「アサシン向けに開発したんですが、売れませんでしたか?」

「私もいいと思ったのです。けれど、『普通にナイフを投げたほうが早い』と言われ、不評でした」

「そうでしたか。残念です。この【三方向に飛ばせるクロスボウ】なんて、自信作だったんですがねえ」

 シューくんが、変わった形のクロスボウをボックスから取り上げた。

 開発者のシューくんは、なぜ売れないのか不思議そうにしている。

「一発一発が的確に当たれば、さして問題はなかったんです。けど、敵が常に同じ方向から襲ってくるわけではないので」

 行商人さんの言葉には、やんわりさがうかがえた。

 ああ……売れない商品を押し付けられ続けていたんですね。わかります。
 
 なるほど。この人がシューくんを苦手とする理由、なんとなく把握。

「売れたのは?」

「携帯食くらいです」

「ダシ付きの乾燥うどんですね? あれは発案こそボクですが、我が社が開発したものです。ボクの功績ではありませんね」

 自分でアイデアを出したんだから、自分の実績だと自慢してもいいはずだが。シューくんは乾燥うどんの成功を、会社の成果だと語った。

「ううむ。ボクもまだまだ、勉強が足りません。やはり、父のようにはいきませんね」

 腕を組みながら、シューくんは考え込む。

 ノリはいいが、ちゃんと反省する。

 好感は持てる感じだな。

『コイツ相手に、アタシ様はしゃべらないほうがいいね』

 レベッカちゃんが、脳内に直接語りかけてきた。

 たしかに、会話できる魔剣なんて、研究対象にされそう。

「みなさんは、こちらには商売でいらしたので?」

「なんでわかるんです?」

 こちらは旅の目的なんて、何も話していない。

「護衛にしては、変です。商人さんが先頭を歩いているので。商人さんがファッパを案内するということは、みなさんは道に迷ったか、ビジネスかなと。それに、ウッドゴーレムの形も、構造を逆算すると、店舗になるんですよね。そのままファッパで、店を建てるおつもりなのかなと」

「お店だってことまで、わかるの?」

「だって、ほら」

 シューくんが、一体のゴーレムを指差す。

 ああーっ、モンスターの一体が、看板を担いでいたじゃん。

 わたしでさえ、見ていなかったよ。

 大した洞察力だ。

「ウソですよ。この手紙を読んだんです。それで、商人さんが来るってのはわかっていました。商売をしたい友人を連れてくるので、紹介をするとの報告も書かれていましたし」

 シューくんが懐から紙切れを出して、ヒラヒラさせる。

 だよね。でないと、わたしたちとすれ違いになっちゃうよ。

「どこか具合が悪いのですの、フワルーさん?」

 クレアさんが、先輩のオデコに手を当てた。

 おお、察しが悪い。こういう話には、鈍感か?

「でしたら、馬車を止めましょうか?」

「ええよ。問題ないで」

 ポケーっとしたまま、フワルー先輩は返事をする。

 こんな乙女になった先輩、初めて見た。こういう子がタイプだったのか。たしかに、魔法学校にはいないタイプかもね。
 魔法学校の男子なんて、自己主張が激しくてイキった貴族か、ひねくれた口うるさい学者タイプばっかだったし。

 シューくんは人懐っこく、研究を楽しんでいるタイプだ。親が庶民出身だからか、本人の脂質かどうかはわからないけど。

「フワルー先輩、ああいう子がタイプだったんですね」

「めっちゃかわいい。素直な年下最高」

 あー。そういう趣味か。たしかに学校だと、年上か同年代しかいないもんね。最高でも、二歳下しかいないし。

 ファッパの門が、見えてきた。大きい街みたいだな。壁がどこまでも拡がっている。
「ボクが来たからには、もう安心ですよ。門も軽々と通って――」

「クロスボーデヴィヒ殿! 止まりなさい!」

 止められたじゃん。門番さんに。

「なんですか、門番さん! ボクがなにをしたと!?」

「あなたが一番、信用できません!」

 うわああ。門番さんにさえ、この言われよう。