ポンコツ錬金術師、魔剣のレプリカを拾って魔改造したら最強に ~出来損ない同士でスローライフを目指していたら、魔王と勘違いされました~

「クレアさん、あそこですかね?」

 わたしたちは、火山地帯に到着する。

「酷い有様ですね」

 そこは、見事に土砂崩れが起きていた。自然現象ではない。明らかに、魔物などの強い外部の力が働いている。

「キャルさん、岩を壊しましょう」

「待ってください。クレアさん。スパルトイのオウルベア軍団、来て!」

 わたしはスパルトイの中から、オウルベアのガイコツを呼んだ。あと探索用にウルフのガイコツも。

「オウルベア、ガレキをどけて!」

 指示を出すと、オウルベアはよいしょと岩石をどけ始める。

「そうそう。その調子……うわ!」

 モンスターが、押し寄せてきた。

「なんて数ですの!」

 赤いワニ、黄色い巨大クモ、炎の弾を吐くてんとう虫が。中央には、イノシシ頭の亜人種がいる。トサカが燃え盛っていますが、平気なの?

「火山に適応した、オークまでいますわ!」

 わたしの知っているオークとは、かなり違うけど。

 これは……いいスパルトイの材料になりそう!

 とはいえ、やっつけないと仲間にならないよね。 

「ええい、負けるかっての」

『残りのスパルトイも、出てきやがれ!』

 わたしより早く、レベッカちゃんが指示を出した。

 数には、数で勝負だ。やってやれないことはないっ!

 オウルベアには引き続き道を作ってもらいつつ、岩で遠投をしてもらう。

 炎のワニが、岩に叩き潰された。

 だが、炎のてんとう虫が岩を溶かしてしまう。

「あーっ、オウルベアがーっ!」

 オウルベアが、溶岩をかぶって溶けちゃった。後で治してやるから、待っとれい。

『ゴブリン・毒弓部隊! 出番だよ!』

 ならば、弓矢で撃ち落としてやる。

『仕込んだ特製の毒弓で、混乱しちまいな!』

 矢に貫かれたてんとう虫が、敵味方問わず火の玉を乱射する。

「うわ、結構被害がデカい! レベッカちゃん、やっぱ普通に仕留めて!」

『あいよ。聞いての通りさ。通常の矢を浴びせな!』

 結局ノーマル弾で、てんとう虫砲台を撃ち落とす。

 オウルベアが、オークに岩を投げつけた。

 片手に持った蕃刀を振り下ろし、オークが岩を切り裂く。並のモンスターではないようだ。火山の魔力を吸って強くなったのか、あるいは、なんらかの作用が働いているのか。

「オークは、ワタクシが仕留めますわ!」

 蕃刀を持ったイノシシ頭が、クレアさんを見てニヤリと笑った。うええ。

「メスをエサにしようとなさって? おあいにくさま」

 クレアさんは、レイピアを所持している。わたしが作った剣の中で、どうにか雷属性に合いそうな品だ。柄のガードに魔法石を埋め込んであり、魔法増幅装置として働く……ハズ!

「サンプルの魔剣、試させていただきます」

 わたし作のレイピアを構え、クレアさんが魔物と向き合う。

 オークは油断しているみたいだ。「そんな細い剣で何ができるのか」という、顔をしている。

 だが、彼はすぐに肉塊となった。何をされたのか、想像もつかなかっただろう。クレアさんが動いた瞬間に、ボロボロの炭になったから。

 とはいえ、魔剣も壊れちゃったんだよなあ。

「調節を間違えました。すいません」

 クレアさんの力を、甘く見積もっていた。魔力に耐えきれない剣なんて、作っちゃダメだよね。

「いいえ。ワタクシの魔力調節に、問題がありました。全力を出しすぎて、せっかくの武器が。所持者として、情けないですわ」

「とんでもない! もっと頑丈な武器を作りますんで」

「お願いしますわ」

 オークが落とした蕃刀を、手に取る。

「これを、錬成できれば」

 わたしは、壊れた魔剣と蕃刀を錬成し、かけ合わせた。

「蕃刀の頑丈さと、レイピアのきめ細やかさを両立させてみました。今度は、耐久力も上がるかと」

「ありがとうございます。先へ進みましょう」

 わたしたちは、先を急ぐ。

「見えてきましたわ」

 壊れた馬車が、視界に入った。

 以前、店に来てくれた冒険者たちも、馬車の周りを守っている。

「来てくれたのか。ありがとう!」

 リーダーの男性が、わたしたちに礼を言った。

「応援は我々だけですわ。申し訳ありません」

「来てくれただけでも、感謝するよ! 本当にありがとう」

 冒険者だけではない。行商人さんも、何度も頭を下げている。

「しかし、積み荷が」

「そんなの、置いていけ! 逃げるぞ!」

「積み荷のほうが、大事なんだ!」

 冒険者リーダーが、行商人を馬車から離そうとした。たしかにウマは逃げちゃったから、もう馬車は意味をなしていない。

「アイテムは、こちらで預かります」

 わたしのアイテムボックスは、ドロップアイテムである【龍の眼:極小】のおかげで、無限だ。何でも入り、腐らない。

「何から何まで、助かるよ」

「それはいいですから、逃げてください。早くしないと……」

 何者かが、空からこちらを見ている。デカい。一五メートルくらい、体長があるな。全身が黒く、頭部から首にかけて青い。虹色のトサカを持っている。

「ヒクイドリだ!」

 とうとう、ヒクイドリに見つかってしまった。派手に暴れたもんな、わたしたち。いくら、街道を修復しようとしていたとはいえ。

「みなさんは、逃げてください!」

 冒険者たちが、駆け出した瞬間だった。

 巨大ヒクイドリが急降下し、蹴りを放つ。獲物をとらえるかのように、オウルベアごと岩石を掴んだ。再度宙を舞い、空中でオウルベアと岩を粉々に砕く。

「ひいいい!」

 行商人が、恐怖で駆け出していった。

 声に反応したのか、ヒクイドリが行商人を視認する。

 いけない。魔物が彼をターゲットにした。

 わたしは、即座に【ファイアボール】を放つ。

 ヒクイドリが行商人さんに蹴りを繰り出した。

 そのタイミングで、火の玉が魔物の足にクリーンヒットする。威力は低いが属性を無効化する、【原始の炎】を込めた火の玉で。

 射撃ダメージしかないものの、ヒクイドリから行商人を守ることだけはできた。

「逃げて! 応援を呼んできて!」

 もう一度冒険者たちに叫び、わたしはヒクイドリをこちらへ引き付ける。

『さあ、どうしたよ。アタシ様はここだよ、このコケコッコー野郎!』

 魔剣を振り回して、レベッカちゃんにヒクイドリを挑発してもらった。

 相手は、わたしがディスったと思っているんだろうなあ。 

「キャルさん。今度もワタクシがいただきますわ」

「どうぞ」

 わたしが言った瞬間、クレアさんが足元に【雷霆(らいてい)蹴り】を繰り出した。ヒクイドリより、高く跳躍するためである。

 空中戦なら負けないと、ヒクイドリも高く舞い上がった。

「キック対決など、無粋なマネはいたしませんわ」

 なんと、クレアさんが空中を蹴る。上空でナイフを足場にして静電気を発生させ、空中から急降下したのだ。

 攻撃モーションに移っていたヒクイドリが、あっけにとられた顔になる。

「もう、遅いですわ」

 ヒクイドリの首をハネて、クレアさんが急降下した。

 魔物の身体が、空中で炭化する。

「ヒクイドリのクチバシと、トサカ。肉もゲットしましたわ」

「すごいです、クレアさん」

「本当にすごいのは、キャルさんの魔剣ですわ。今度は、壊れておりません。ワタクシ、本気で全力の雷光を注ぎ込みましたのに」

 勝ったというのに、クレアさんは少しむくれていた。

『……キャル! もう一匹くるよ!』

 とっさに、わたしはクレアさんを突き飛ばす。

 同時に、背中に強烈な打撃が入った。

「キャルさん!」

「平気です!」

 わたしは、レベッカちゃんで攻撃を防ぐ。レベッカちゃんが気を遣って、わたしに憑依してくれたおかげだ。とはいえクリスさんの避難を優先したので、結構なダメージが入ったけど。

「クレアさんは逃げてください! コイツは、わたしが仕留めます!」

「でも!」

「まだコイツらには、仲間がいるかも知れません!」

 わたしがそう言うと、クレアさんは自分のすべきことを悟ったらしい。すぐにわたしを置いて、行商人さんの元へ。

 それでいい。

『さて、遊んでやるよ。クソコケコッコーが!』
 ヒクイドリと、対峙する。さっきクレアさんが倒したヤツより、三割増しでデカい。コイツが、リーダー格だろう。トサカも、虹色に燃え盛っている。

「レベル二五だって」

 わたしのレベルは、せいぜい一四くらいだ。一〇以上も、離れている。レベッカちゃんに憑依してもらうと、さらに五ほどレベルが上がる。それでも、二〇には届かない。

 よく、こんなバケモノの攻撃を弾き返したよね。わたし。レベッカちゃんのおかげだけど。

『キャル、全部アタシ様に任せな』

「いいの、レベッカちゃん?」

 いつもレベッカちゃんに頼り過ぎだから、ちょっとくらいは自分でも戦えたほうがいいかなーって思っている。でも、余計なお世話なのかな?

『気を利かせないでおくれよ。最近はいつもスパルトイ任せだから、暴れ足りないんだ。コイツの始末は、アタシ様にやらせな。レベル二五超えの魔物なんて、上等じゃないか』

 つまり、戦いたいと。

「うん。体力に極振りしているから、問題ないよ」

 ザコ戦で数段レベルアップし、ステータスに振れるポイントを大量に得た。

 ひとまずわたしは、ステータスポイントをすべて体力に注ぎ込む。あとは全部、レベッカちゃんに委ねることにした。

 わたしの身体を、オレンジの光が包む。

 ボブカットの髪が逆立ち、燃え盛る。

『いくよ!』

 レベッカちゃんの力を借りて、わたしは飛びかかった。ヒクイドリの上空へ。

 片足を上げただけで、ヒクイドリはわたしの剣戟を打ち返す。

 さすがに、五から一〇以上レベルが離れているとキツい。

『いいねえ! 最っ高に盛り上がってきたじゃないか!』

 でも、レベッカちゃんは楽しんでいる様子だ。

『悪いねキャル! あんたの身の安全は、保証できないかも知れないよ!』

「構わないよ。全力でやっちゃって」

 これが、魔剣と契約するということ。

 強い武器と一体化するには、それなりの代償が必要だ。

『さて、【原始の炎】をお見舞いしてやるかね!』

 コマのように旋回しながら、わたしはヒクイドリに切りかかった。黒い炎が、レベッカちゃんの周りにまとわりつく。

 ヒクイドリの方も、回し蹴りで対抗してきた。

 火花を散らし、互いの攻撃が交差する。

 炎属性さえ、原始の炎の前では突き抜けていく。

 そのはずだった。

 なのに、抵抗されてしまう。

 わたしは、後退した。

 インパクトの箇所が、プツプツと黒く燃えている。

「まさか、相手も【原始の炎】を!?」

 ダメージを貫通する炎を、魔物が持つなんて。

『間違いないね。ありゃあ原始の炎さ』

 マグマを食い続け、ヒクイドリの体質が変わったのかも知れないとのこと。

「ヒクイドリが、マグマに溶けなかったレアアイテムを、飲み込んじゃったのかな?」

『どうでもいいさ。それより、キャル。【原始の炎】持ちなんて、狩らない理由はないよ。あいつを食って、アタシ様は原始の炎をパワーアップするんだよ』

「だね!」

 炎属性どころか全属性無視なんて魔物が町や村に降りたら、大変だ。ここで仕留めないと。

「でも、どうやって倒す? 相手には、なんの属性も効かないよ?」

『だったら、トリのアイデンティティを奪うまでさ!』

「りょーかい!」

 翼をもげ、ってわけだね。

 わたしは、レベッカちゃんを逆手に持った。剣先を、思い切り地面に叩きつける。火球を地面に打ち込んで、速度を上げて跳躍した。クレアさんがやった、魔法による跳躍力アップ作戦だ。

 ヒクイドリの方も、空へのアドバンテージを取ろうと、飛び上がる。

「このときを、待っていたよ!」

 空を飛び上がる際、どうしても足に重圧がかかる。翼の方に、力がいくんだ。

『片翼だけでいい! ぶった斬れ!』

「おっしゃー!」

 わたしは、ヒクイドリの羽根を片方だけ切り捨てる。

 それだけで、ヒクイドリは墜落していった。完璧な魔物は、案外脆いもの。

 墜落の衝撃をやわらげるため、ヒクイドリは片足を犠牲にしたみたい。しかし、怒りはマックスそのもの。わたしに対して、殺意を隠さない。

『それでいいよ! とことんやろうじゃないか!』

 ヒクイドリが、ブレスを吐き出す。【原始の炎】がブレンドされた。全属性ダメージの攻撃だ。

『甘いんだよ!』

 わたしは、ブレスを切り裂く。この攻撃は、ファイアリザードが相手でも使った。

 リザードと違うのは、対応されたこと。簡単に、首を取らせてくれない。切り込んだわたしに、クチバシで抵抗しようとする。

 レベッカちゃんを踏み台にして、わたしは逆上がりをした。レベッカちゃんの柄に着地する。

『ふん!』

 刀身に、レベッカちゃんがケリを入れた。

 剣を押し込まれたことで、ヒクイドリの口角がスパッと切れる。

 痛みで口を開けたところに、レベッカちゃんはさらに追い打ちをかけた。ヒクイドリのノドに向かって、剣を突き刺す。

 それがトドメとなって、ヒクイドリは絶命した。


[レアモンスター【ヒクイドリ 猛撃種】を撃破しました。【原始の炎:極小】を手に入れました]


「はああああああ」

 変身を解いて、わたしは脱力する。もう、足も動かせない。しばらくは、立てないかも。

『レベルアップして体力に振っても、間に合っていないねぇ』

「そうだね。ちょっと休憩」

 ポーションを飲んで、一息つく。お菓子は、食べ尽くしてしまっていた。熱かったもんなあ。

『起きなよ、キャル! ヤバイものが落ちてるよ!』

 レベッカちゃんが叫ぶので、筋肉痛の痛みを堪えて立ち上がる。

「なになに……え、魔剣!?」

 なんと、魔剣が落ちている。

 クレアさんの剣の素体にした蕃刀と、形は近い。

 ヒクイドリが使っていた【原始の炎】の正体は、これだったんだろう。

『そっちじゃない。アタシ様が言っているのは、オークロードの腕だよっ!』

「オークロードの?」

 たしかに、魔剣は魔物の腕もセットで付いていた。世界で一番いらないセットだよ。

『ヒクイドリは、オークロードと戦って、この腕ごと食っちまったんだろうね』

「なんのために?」

『ナワバリ争いか、魔剣を求めてか』

「世界には、そんなに魔剣ってゴロゴロ落ちているもんなの?」

『おそらくはね』

 魔剣に限らず、この世界には伝説の装備が山ほど落ちているらしい。

 未来予知さえ可能な魔道士の帽子、ドラゴンのブレスさえ弾くヨロイ。歩く度にお金が入ってくるお財布など。あげだしたら、キリがない。

 そんなとんでもアイテムを、冒険者たちは求めているのだ。

「わたしとしては、クラフトのほうが楽しいなって思うけど」

『旅の目的は、人それぞれさ。しかし、アタシ様は言ったよ。魔物とマジックアイテムとの相関する関係を』

 うん。

 魔物は、マジックアイテムに惹かれる。

 自身を守るために、あえて魔物に食われるマジックアイテムもあるのだ。

「とりあえず、この魔剣は食べて」

『いいのかい、キャル? クレアの欲しがっている魔剣の、ベースにでもすればいいじゃないか』

「大丈夫」

 クレアさん、自分で言ってたもんね。「人の所有物は、欲しがらない」って。
 これは、オークの所有物だ。
 多分、クレアさんも必要としていない。

 さっき渡したレイピアにも、オークの蕃刀が使われている。しかし、あれは耐久テストのサンプルだ。あくまでも、素体はレイピアの方である。

 この魔剣も、よくできていた。とはいえ、ちょっと強くなった蕃刀程度である。

『この剣をベースにしちまえば、【原始の炎】を扱えるようになるよ』

「戦闘力皆無なわたしならいざしらず、クレアさんが人と同じスキル持ちで満足するように見える?」

『アハハ! それもそうさね!』

「きっとクレアさんはさ、もっと強いスキルを手にできるよ」

『だな。【原始】シリーズは、炎だけじゃなかったはずだからね』

 よってこの剣は、レベッカちゃんのエサになってもらう。
 オークの腕ごと、レベッカちゃんの胃袋へ。
 胃がどこにあるか、わかんないけどねっ。
「キャルさん!」

 クレアさんが、助けに来てくれた。いっぱい、応援の冒険者を引き連れている。

「ここでーす。クレアさん」

 わたしは手を振って、無事をアピールした。

 残存する魔物も、ほとんど残っていない。 

「ひとまず、無事でよかった。ギルドまで送ろう。報告に行かないと」

 商人さんを守らなくてよくなったためか、冒険者たちは張り切って行く手を塞ぐ魔物を蹴散らしていく。わたしたちがなにもしなくても、いいくらいに。

「大変でしたわね。お互い」

「はい」

 今度こそ、わたしは休憩だ。また暴れろって言われても、ムリー。

「クレアさん、あの後、問題はありませんでしたか?」

「ええ。仲間のヒクイドリがこちらへ飛んできたことがありました」

「無事だったんですか!?」

 わたしは、飛び起きた。 

「みんなどういうわけか、山へ逃げていきました」

「よかったぁ」

 全員が無事なら、それでOKだ。

 妙だ。もっと好戦的なのかとばかり。

『おそらく【原始の炎】で、ボスが変な力を得ちまったんだろうね』

 原始の炎をボスが飲み込んで、なんらかの洗脳が群れの中で始まったのかもとのこと。

 ボスが死んだことで、その洗脳が解けたのか。

『これは推測だが、オークロードが原始の炎を拾ったんだろうさ』

 で、スキルを獲得して、魔物を操ろうとしたんだろうね。先手を取って、ヒクイドリがオークロードを食った。しかし、今度は自分が原始の炎の魔力に取り憑かれてしまったんじゃないか、と。

「だから、ヒクイドリが暴れ回ったってわけですか」

「そうかも」

 
 村に戻ると、さっきのおばあさんがわたしたちにお礼を言いに来た。

 それより先に、フワルー先輩に抱きしめられたが。

「アンタら、よう生きて戻ってきた! ヒクイドリが相手やいうから、心配したんやで!」

 先輩でも手を焼く、厄介者だったそうである。

 そんな怪物を、わたしは倒しちゃったのか。

『あんたは、たいした仕事をしたのさ。誇っていいんだよ』

「でもがんばったのは、レベッカちゃんじゃん」

『アタシ様だけじゃ、山には入れないからねえ。あんたが行かなかったら、活躍もクソもなかったろうさ』

 あくまでも、わたしの意思が反映したと。

 わたしとしては、みんなが無事なだけで、十分いいことだと思っている。

『欲がないねえ。そこがあんたの、いいところだけどさ』

 行商人さんも無事だ。

「ありがとうございました。実はボク、あの鉱山の鉱石で加工した武器装備品を、こちらに流しているんです」

 村で薬草や野菜を仕入れてファッパで売り、ファッパで装備品を仕入れてこちらの村で売っているらしい。

 しかし、ファッパからの帰りに鉱山を抜けようとして、ヒクイドリに襲われたという。身を隠すので精一杯だったそうだ。

「ヒクイドリなんて、上空を飛んでいるだけで、冒険者には目もくれないと思っていました。あそこまで暴れるなんて」

 厄介者がいなくなったことで、ここの狩りもやりやくすなるのでは、と冒険者たちも考えている。

「これはお礼として、受け取ってください」

 わたしは、鉱石を手に入れた。魔法石の効果もあるみたい。これは、魔剣のいい材料になるだろう。

 ギルドに戻り、ヒクイドリのボスを倒したと告げた。

「ヒクイドリが、【原始の炎】を飲み込んでいた!?」

 ですよねえ、やっぱりそういうリアクションになるよねえ。

「港町ファッパからも、調査隊を派遣してもらいます。トリカン村の冒険者たちだけでは、手に余りますからね」

 ひとまず、鉱山に関してはこれでいいか。

 ギルドでの用事を済ませて、フワルー先輩の元へ。

「おばあさんから、野菜をもろたわ。これで鍋にしよか」

「いいですね。手伝います」

「あんたらは、身体を休めとき。あとはウチが作るさかい」

 ならばと、スパルトイ軍団を手伝いによこす。

 メイン材料は、ドロップしたヒクイドリのお肉だ。

 お鍋の支度ができて、みんなで鍋を囲む。

 わたしたちのために振る舞っているはずが、フワルー先輩が一番食べていた。よっぽどわたしたちのことが、心配だったんだろうね。気持ちが晴れて、食欲が復活したみたい。

「レベッカさん。【原始の炎】なんて、王族ですら簡単に所持できません。それくらいの、レアアイテムですわよね? そんなにポロポロ落ちていますの?」

『原始の炎というより、魔剣は案外どこにでもあるんだよ。それを魔物が取り込んで、さらなる魔剣として強くなっていく』

 巡り巡って、魔剣が【原始の炎】の特性を会得した可能性が高いらしい。

『強い魔剣を所持した! っつっても、しょせんはオークロードだからね。ヒクイドリにケンカを売ったのが、運の尽きさ』

 ゴブリンに毛の生えた程度の魔物が、ヒクイドリなんかの大物に勝てるわけがない、か。

「ヤバイね、魔剣って」

「レアアイテムを回収する冒険者や王族は、そういったアイテムの異常な強化を、未然に防ぐ目的もあるそうや」

 フワルー先輩が、咥えたオモチをお箸で伸ばした。

 アイテムが強くなりすぎると、それを手にしようと争いにまで発展する。

 中には、率先して他人を洗脳して、戦いの火種を起こそうとするアイテムも存在するとか。

「保管していた宝石が原因で、滅びた国家もあるそうですわ」

 やだよ。そんな血に染まったアイテムなんて。

「中でも有名なのは、【氷の妖刀伝説】ですわね」

 かつて東の国にあった国のお姫様が、氷属性の妖刀を手にして王族を皆殺しにした話だ。あと都市が死んだせいで東の王国は滅亡し、跡形もないらしい。

「マジックアイテム回収の請負人が、必ず聞かされる話ですわ」



 魔剣の他に、妖刀もあるのか。

「うわあ。マジックアイテム業界って大変だな」

「せやねんよ。食べられたら強くなるいうんやから、大変やで」

 いいながら、フワルー先輩がヒクイドリの肉をモリモリ食べる。

「その栄養が、お胸に移動しているのですね? 食べれば食べるほど」

「せやで! ウチはおいしいもんを食べる度に、エロくなるんやでっ!」

 クレアさんが茶化すと、先輩がセクシーポーズらしき構えを取った。

 全然セクシーに見えない。 

「ほんでな、話があるねん。アンタさえよかったらやねんけど、街へ出店しよかなって思ってるんやけど?」

 先輩が、港町ファッパに店を構えたいという。

「実を言うとな、さっきの行商人はんが、店を都合してくれるねん」

 アイテム作る用の工房なんかは、我々で用意する必要がある。しかし、この店ごとアイテムボックスにしまえば問題なし。そのまま移転してしまおう、とのこと。

 大胆な計画だなぁ。

「行商人はんとファッパ行きに同行して、そこで店を構えようかと思てんのよ」

「いいじゃないですか! 行きましょう」

「おおきに。ほな、明日からあいさつ回りをするさかい、出発は、三日後や」

 今日の疲れを取るために、わたしたちは入浴することにした。

 オフロから上がって、みんなで着替える。

「なあクレア。アンタの着てるその服、『もーかえる』やな?」

 クレアさんの変Tを見て、フワルー先輩が声をかけた。

「はい。フワルーさん、よくご存知で」

「ま、まあな」

 フワルー先輩が、言葉を濁す。

 クレアさんには、言えない。「フワルー先輩が学級新聞の落書きで描いたキャラクターが、独り歩きした」なんて。

 錬金術に専念するため、先輩は商標権だけをもらって『もーかえる』を手放した。先輩は錬金術の開発費を、キャラクター使用料で賄っている。

「この点でできた目の愛らしさ、たまりませんわ」

「さよか。おおきにな」

「どうして、フワルーさんがお礼を言うんです?」

「いやいや。こっちの話や」

 あやうく、バレそうになった。
 翌朝ギルドに向かうと、歓迎ムードで出迎えてもらった。

「キャルさん、クレアさん。トリカン村と、ファッパの街を救ってくれてありがとう。あなたがたの貢献度を吟味し、ギルドとしてはランクアップを検討しています」

「いいんですか?」

「ギルマスがダメって言っても、私が口利きしてあげるんだから!」

 エルフおねえさんが、カウンターから奥へ引っ込む。ギルマスと話し込むつもりだろう。

「今日はどうしましょう? ワタクシは、フワルーさんに稽古をつけてもらおうかと考えていますが?」

「わたしは、錬成の練度を磨くよ」

 クレアさんの武器を作るには、まず自分の鍛錬をしないと。

 いい素材も手に入れたし、もらった魔法石で魔剣も錬成したい。

 といっても、まだ先だ。わたしは、クレアさんの眼鏡にかなう武器は作れない。

 クレアさんは、フワルー先輩から特訓のメニューをもらっていた。着ているジャージに、【魔力の放出を抑える機能】を仕込まれている。

 ちなみに、わたしも着せられた。そのため、錬成に三倍の魔力を使うことに。でも、これくらいやらないとね。

「日課のジョギングをしているだけで、汗がこんなに」

 クレアさんが、ジャージのファスナーを下ろす。

 ムワッと、熱気が漏れた。

「日常生活を送るだけでも、常人の三倍疲れるよ」

 わたしは、朝食を作っていただけで汗だくに。

 朝ごはんを終えて、クレアさんはジャージの上から装備を着込む。鉱山の探索に向かうという。

「これを持って行ってください」

 クレアさんに、棒切れを渡した。

「スパルトイ……わたしが引き連れているガイコツを操る棒です。これを持っていれば、あなたがガイコツの所持者になれます」

 戦闘はクレアさんに任せ、薬草取りや鉱物採掘は彼らに任せる。

「ありがとう、キャルさん。行ってまいります」

 七〇体以上のガイコツ軍団を連れて、クレアさんは鉱山へ。

 わたしの方は、レア度の低い素材で錬成をしまくる。ヒクイドリとの戦いで、魔物からも大量の素材を手に入れていた。これを錬成の練習台にする。

 お客さんが来たら、必要なアイテムの生成はなるべくわたしが担当した。お客さんの要望に答えることが、クレアさんの武器作りに役立つと思うから。

『精が出るねえ、キャル』

 戦闘用スパルトイの身体を借りて、レベッカちゃんが語りかけてくる。レベッカちゃんは、庭で戦闘要員のコーチをしているのだ。

「これくらいやらないと、【熟練度】は上がらないから」

 冒険者には、レベルの他に【熟練度】というステータスがある。どれだけ練習したかも、ちゃんと自身のスキル性能に反映するのだ。

 たしかに、レベルでスキルポイントに振ったほうが、確実に上達する。だが、レベルが高くなると要求される経験値も高くなってしまう。

 農民や鉱夫、鍛冶屋などが、戦闘をしなくても仕事が早いのは、熟練度の性能が高いからだ。

 レベッカちゃんには、戦闘以外のスキルも振る。スパルトイ軍団にも、役割を振ることにしたからだ。

「でもいいの? 戦闘以外のスキルも振って。大丈夫?」 

 戦闘要員はもちろん、薬草採取、鉱石採掘、鍛冶・裁縫、アイテム掘りなど。わたしだけではどうしても頭打ちになりそうなことを、スパルトイたちに担当してもらうのだ。クレアさんが連れいてるのは、戦闘員以外である。

 門番さんに頼んで、ガイコツ軍団による村の出入りも、許可してもらえたし。

 街へ行くまでの道中で、色々とレアな素材が見つかるといいな。

『構わないさ。アタシ様をどうやって使うかは、アンタ次第だろ?』

 朝はガイコツたちに、採掘や採取の指示を出す。昼はお客さん相手に商売をし、夕方にガイコツたちが持ち帰った素材でひたすら錬成をした。数日作業場にこもって、錬成を繰り返す。

「また魔王城から、ガイコツが出入りしているわ」

「でも、大根を抜く作業も手伝ってくださるから、ありがてえや」

 わたしはすっかり魔王呼ばわりだが、村の手伝いをすることで、ウワサの密度を下げている。

 クレアさんの方も、フワルー先輩が出したメニューを着実にこなしているみたい。



 
 三日後、わたしたちの冒険者ランクが、【F】から【E】に上がった。

 村を救ったことで、大幅に冒険者のランクが上がっている。

「どうにか、ギルドからお許しが出ました。というか、出させました!」

 エルフおねえさん、ギルドでは結構実力者なのかなぁ。かなり強引な手段で、わたしたちを推したみたいだけど。

 ギルドから信頼を得たことで、割と大きな仕事も回ってくるぞー。

「といっても、クレアさん。具体的にどういうことが、できるようになるんでしょう?」

「大きなランクともなれば、それこそ調査隊に加わるとかですわ」

 さっき言っていたことか。

 ある程度ランクが上がると、要人警護なんかも仕事に含まれるらしい。

「これで、ようやく我々も冒険者として――」

「大変だ!」

 鉱山で調査を進めていた冒険者が、飛んで帰ってきた。フワルー先輩のご友人だ。

「妖刀使いが現れた痕跡を、鉱山で見つけたぞ!」

 先日話していた【氷の妖刀】が、鉱山地帯に現れたっぽい。

「氷の妖刀伝説って、東の国の話じゃないですか! どうして、我がトリカン村近隣に?」

 エルフおねえさんも、信じられないって顔になった。

 だよね。この大陸って、西の端っこの方だもん。

「あの、キャルさん方、あなたたちも、調査に向かってください。私も、一緒に行きましょう」

 おねえさんを連れて、鉱山に。




 鉱山にあるという【氷の妖刀】の痕跡は、トリカン村の反対側に出たらしい。

「たしかに、氷属性持ちがヒクイドリと交戦した形跡があります。ほら、ここに」

 クレアさんが、戦場の岩を確認した。

 わずかながらも、岩の切り口に霜が立っている。氷そのもので、切ったのか?

「でもさ、妖刀だなんて、わかんないよね?」

『こんな火山で、霜が立った切り口が見つかるなんてさ。間違いなく、妖刀の仕業だよ』

 同じ魔剣であるレベッカちゃんがいうなら、本当なんだろうね。

「ですが妖刀伝説なんて、勇者伝説より遥か昔の話ですわよ? それが、どうして今頃になって」

 なんか、ヤバイことになっちゃったっぽい?

『アタシ様の知る限りではないね。王都を滅ぼしても、まだ血を求めてさまよっているのか、清い心を持つ所持者の手に渡って、世直しの旅をしているのか』 

「ですが、トリカン村に怪しい魔力の流れはありませんでした。おそらく、別の地域に向かった可能性が高いです。あちらに」

 クレアさんが、ファッパの港がある方角を指差す。




 帰宅すると、フワルー先輩が荷物をまとめていた。

「ほな、出発しよか?」

「ですね」

 最後に、ギルドへあいさつをしに行く。

「ファッパの街に妖刀使いが出現したとなると、一大事ですね。といっても目的は不明なので、害が及ぶことはないと思いますが」

 用心したほうがいいだろうとのこと。

「気にしたほうが、ええかもしれんな」

 フワルー先輩も、引き締まった面持ちになる。

「あなたがいなくなると、この村も活気が弱まりますね。またお会いできますか?」

「あっちで、店が潰れたらな」

「一生なさそうですね! ああ!」

 おねえさんが、頭を抱える。

「フワルー。あなたのことだから大丈夫だと思いますが、お気をつけて」

「おおきに」

 ギルドにサヨナラをして、馬車に乗って旅立つ。

 護衛なのか、馬車の両隣にはゴーレムが。

 巨大なストーンゴーレムと、数体のウッドゴーレムが並ぶ。ウッドゴーレムの頭が、瓦屋根の形をしていた。

「ところで、お家は?」 

 マジックアイテムのショップは、元々あったエリアだけを残して、きれいになくなっている。魔王城は、消えたのだ。そんな大容量のアイテムボックスなんて、先輩は持っていたっけ?

「家て、両隣に立っとるやん?」

 馬車を守るゴーレムを、フワルー先輩が指差す。

『アタシ様が提案して、ゴーレムに錬成したのさ! 勇ましいだろ? アッハハ!』

「まさか、このゴーレムたちが、家!?」

 また、変な伝説が生まれちゃわない?
 わたしたちは、ファッパの街を目指す。

 ウッドゴーレム軍団と、岩風呂を分解して作ったストーンゴーレムを引き連れている。

「このゴーレムさんたち、すごいですわ。キャルさん」

 ゴーレムたちのおかげで、多少の魔物たちは蹴散らしてくれた。たいていの魔物は、ゴーレムが殴り飛ばすだけで吹っ飛んでいく。

「魔物って、強い相手でも平気で襲ってくるんだね」

『基本、バカだからね。強い魔力を放っているやつに、食おうと思って向かっていくのさ』

 レベッカちゃんが、ゲラゲラ笑う。

 魔物は常時、強い魔力を求めている。修正として、魔力に引かれざるを得ない。【威圧】でもかけないと、襲いかかられ放題なんだとか。

「かけとこか、威圧?」

 馬車を引くフワルー先輩が、幌の向こうから声をかけてきた。

「いえ。ゴーレムたちの熟練度アップに、このままで」

「めんどくさなったら言うてや」

「はい。ありがとうございます。フワルー先輩」

 わたしがいうと、先輩は正面を向き直る。 

「クレアさんは、大丈夫でしたか?」 

「スパルトイさんたちが、がんばってくれました。サボる子たちもいるのが、意外でしたね」

「その子たちは、観察と遊撃。現場の把握と、他の子たちのサポーター要員です」

 手が開いている子たちがいないと、不測の事態に適応できない。エリートだけで構成すると、「自分たちが絶対に正しい」と思考が固定化して、組織が腐るって両親から聞いたので。

「キャルさんのご両親って、どんな方たちですの?」

「温かい人ですね。わたしが都会に出たいって言っても、ふたつ返事でOKをくれました」

 わたしが未熟だとはわかっていたが、だからこそ家においておかなかった。身内の恥は、甘んじで受けようと考えているらしい。

「だから、わたしが大失敗したら、ウチの家庭が笑われます」

「それはそれで、大変ですね」

「ですから、こまめな鍛錬が必要で……できました」

 わたしは、クレアさんに錬成したアイテムを渡す。

「キャルさん、これは? ヒクイドリの羽根のようですが?」

「【幸せの羽】っていうんです」

 ヒクイドリの羽根は、マジックアイテムのドロップ率を上げる。

 これを持っていると、いいアイテムが出やすい。

「これをアクセにしました。胸に挿して、お使いください。こんな感じで」

 実は、わたしもつけている。

「ありがとうございます。キャルさん。お揃いですわね」

「そうですねぇ」

 わたしはその後も、錬成を続ける。

 四割方は失敗して、できの悪い品になる。別の素材と組み合わせて良品に錬成すればいい。別に素材がムダになるわけじゃないし。

 ファッパの街につくまで、できるだけ上達しておきたいが。
 



 
――幕間 氷の魔術師と、天狗(イースト・エルフ)


 キャラメ・F(フランベ)・ルージュ一行がファッパの港に向かって、一週間後のことである。

 トリカン村の冒険者ギルドに、一人の少女が入ってきた。

「なにかしら?」

 エルフの受付嬢は、カウンター越しから少女へ呼びかける。

 その少女は、白かった。髪も、着ている東洋の着物も。武器は持っていない。冒険者でもなさそうだが。 

「依頼? それとも仕事をしたいの?」

 受付嬢は、少女に語りかける。

 しかし、少女は困った顔をしたままで、何も言おうとしない。

 観光客でもなさそうだし、どうするか。

「ごめんくださいまし~」

 浅葱色の着物を着た人物が、カウンター前に突っ立っている少女を押しのける形で割って入った。黒髪ロングのエルフである。

「ソレガシの名は、リンタロー・シャベと申すでヤンス」

 リンタローというエルフが、名刺を差し出してきた。

東邦国(トウホウコク) 【ハナノモリ】調査団 団員 舎辺(シャベ) 麟太楼(リンタロー)』と書かれている。

「あなた、女性なのね?」

 名刺を見ると、性別も書かれていた。

「イエスでヤンス」

 彼女のようなエルフを、世間では天狗(イースト・エルフ)と呼ぶ。

 天狗のリンタローは、布で包んだ杖のような長物を背負っている。

「ソレガシたちは、旅のものでヤンス。こちらは冒険者の、夜刀(ヤト)・ザイゼン。ソレガシは、ヤトに仕える天狗(イースト・エルフ)でヤンスよ」

 ヤトと紹介された少女は、ブンブンと首を縦に振った。だが、それ以上言葉を発しない。人見知りなのは、本当のようだ。

「その包は、なに?」

「釣り竿でヤンス。川釣りで、飢えをしのいでいるんでヤンスよ」

 それにしても、天狗を連れているとは。

 天狗は、自分たち以外の種族を見下している人種だと聞く。人との接触は避けるはず。こんなに人懐っこかっただろうか? 

 冒険者ギルド界隈でも、このようなタイプの天狗は見たことがなかった。

「本当は、こちらにまっすぐ立ち寄ろうと思っていたでヤンスが、北にあるオークの巣に魔剣があるってウワサがありましてね。狩りに行ったでヤンスよ。空振りだったでヤンスが」

 どうもこの二人は、魔剣を求めて旅をしているらしい。東洋から派遣された、調査隊らしい。

 魔剣といえば、ヒクイドリの巣に現れたオークロードが所持していたというが。伝えていいものだろうか。

 ヤトたち二人が話しているのは、その魔剣のことだろう。

「わかったわ。それで、どういったご用件で? 魔剣関連かしら?」

「こちらに、魔王が出没したと」

 魔王? そんな存在なんて、ここにいただろうか?

「この地帯に、突然魔王城がドーン! って建ったそうなのですが?」

 エルフや他の冒険者たちは、一斉に「あー」と答える。

「なにか、知っているでヤンスか?」

「一週間前に、出ていったわ」

 村に住む中年女性が、ファッパの方角を指さした。

「でもあの子たち、全然危ない気配はなかったわ。ウチの野菜を収穫してくれたし、いい子たちよ。毎回なにかしでかすから、びっくりするけど」

 中年女性は、キャルの特徴を話す。悪気はない。本当にいい子なんだと、教えたいのだろう。

「ほほーう。で、その女の子は、魔剣は、所持していたでヤンスか?」

「学校の卒業試験で手にした、って聞いたわ」

「そうでヤンスか」

 リンタローは、思案するポーズを取る。 

「ご協力感謝するでヤンス」

「本当に、危なくない子たちなのよ?」

「危険かどうかは――」

 急に、リンタローが真顔になる。

「ソレガシたちが判断するでヤンス。では」

 それだけいって、リンタローたちは手を振った。

「あ、あの……」

 ヤトが振り返って、何か言おうとしている。

「どうなさったの?」

「ごはんを……」

「ああ、夕飯ね。隣に酒場があるから、そちらで食べてちょうだい」

 ペコリと、ヤトが頭を下げる。
 
 

 

「北の村が空振りだったのは痛いでヤンした」

 夜も遅いので、トリカン村にしばらく滞在することに。

 夜刀(ヤト)・ザイゼンが、酒場のチキンカレーうどんを食べながらムスッとする。

「あれはあんたが、北の村のウォッカを飲みたいっていうから」

「それを言うなら、あなたが辛味噌ラーメンを食いたがっていたから、乗ってあげたんじゃないでヤンスか」

 リンタローが、ホットジンのグラスを傾ける。

「ば、ばかぁ……」

 顔を真っ赤にしながら、ヤトがカレーうどんに七味をドバドバかけた。ヤトは氷属性使いだが、辛党なのである。
 カレーうどんを食べているのに、白い着物にはちっともカレーがハネない。

「まったく。あなたもエクスカリオテの魔法学校まで行って、【緊張解除】魔法を受けてくればよかったでヤンスよ。意地にならないで」

「遠すぎる」


「のんびり行くでヤンスよ。村の名産でも食べながら」

「そうも、言っていられない。妖刀が、魔剣が近いって唸ってる」

 リンタローのそばに立てかけてある釣り竿が、意思を持っているかのように震えた。

「【怪滅竿(ケモノホシザヲ)】が、でヤンスか? たしかに、カタカタ言っているでヤンスね。明日にでも、ここを発つでヤンスか?」

「ファッパに、向かったほうがいいかも。かつて我が里を滅ぼした妖刀は、必ず破壊する。そのためには」

 席を立ち、ヤトが包みに入った竿を撫でる。

「魔剣【レーヴァテイン】の力が要る」

 竿が、氷のように冷たくなった。
 
(第二章 完)
 わたしたちは、行商人さんの先導で、ファッパへの旅を続けている。

 さすがに、スパルトイたちばかりに戦闘をさせていては、わたしの熟練度やレベルが上がらない。
 熟練度が上がれば、魔剣作りの参考にもなる。

「てやーっ!」

 オウルベア一体を、一人で相手にした。剣を肩に当てたが、相手に傷がつかない。

「うわっとっとっと!」

 慌てて、飛び退いた。

 レベッカちゃんの力がないと、こんな敵にさえ苦戦する。レベルが上った程度では、油断してダメージを負ってしまいそうだ。

「ひゃあ、強い」

『強いもんか。あんたのレベルで倒せない敵じゃない。踏み込みが浅いんだ。まだ足に、怯えが出ているんだよ』

 レベッカちゃんのスパルタ教育に焚き付けられ、再度わたしは飛びかかった。今度は、首へ的確に剣を滑り込ませる。

 ドスン、とオウルベアの首が落ちた。モンスターが、黒いガラス片に砕ける。残ったのは、オウルベアの肉と爪だけ。

「はふう。ひとまず、夕飯確保」

『やれば、できるじゃないか』

「えへへぇ。そうだ。クレアさんの魔剣の具合は」

 わたしは、クレアさんの方に視線を移す。

 心配しなくても、我らが姫様は魔物をあっさりと蹴散らしていた。

 魔剣の力というより、クレアさん自身が強すぎる。数値化もできない。

「どうですか? 魔剣のほどは?」

 一応、わたしは斧タイプの魔剣も試してもらった。腕力が必要な武器を扱ってもらい、太刀筋や力の入り具合をチェックしようと考えたのである。

「すばらしい、魔剣ですわ。硬いトレントも、一撃で葬り去りましたし。薪を割るように縦にドン! と仕留めたときは、爽快な気分でしたわ」

 クレアさんが、ブンブンと魔剣を振り回す。

「まあ、あなたが作る魔剣は、どれも切れ味バツグンなのです。それでいて、頑丈という」

「ありがとうございます」

 前に作ったレイピアは、明らかに脆すぎた。
 なので今回は、斧で試し切りをしてもらったのだ。

「でも、まだまだですね」
「たしかに、まだ伸びしろがありますわ」

 やはり、クレアさんはスピード重視の剣が扱いやすそうである。

「槍も試してみます?」

「お願いします」

 クレアさんに、槍タイプの魔剣を渡す。

 群がるオーク軍団を、クレアさんは槍でぶっ刺していく。狭い森の中なのに、どうしてこうもブンブンと。

「せい!」

 オークを槍で突き、木の幹に押さえつけた。そのまま幹を踏み台にして、槍を引き剥がす。別の木の上にいたオークの弓兵に、槍を投げつけた。まったくスキがない。

 どんな目をしてるのよって感じに、クレアさんはオークの集団を殲滅する。

 うん、知ってた。何を持たせても、達人級だね。

 かといって東洋の【(カタナ)】を作るなんて、わたしには知識がないし。
 それっぽいものは、おそらく作れる。だがわたしが作ったら、形だけをマネた鉄の塊が出来上がるだろう。

 魔剣づくりは、まだまだ探求が必要である。


 
――夕刻。



 比較的静かな森を見つけ、キャンプにした。

 スパルトイ軍団に、警備を任せる。

 通称【魔王城】ことウッドゴーレム軍団なら、家に姿を変えることもできる。だが、「森に城が建った」なんて、変なウワサが立ってもいけない。おとなしくテントを張る。

「いやあ、キャルさん。助かります」

 同行している行商人さんが、キャンプの火に薪をくべた。

「そういえば、元のお店はどうなるんです?」

 最初は「フワルー先輩のウッドゴーレムが、店番をするのかな?」と思っていた。しかし、ゴーレムは旅に同行している。 

「あちらは、ウチの伯母夫婦が、引き継いでくれています」

 行商人さんの家は商人一家で、家族全員がなんらかの商売をしているそう。

「伯母も行商をしていたんですが、足を悪くしまして。ちょうどいいからと、店番を引き受けていました」

「そうなんですね。おっと、できました」

 自慢の(ひしお)を使ったキノコ鍋を、振る舞った。

「おいしいですわ。醤の独特な風味があって、キノコに合いますわね」

「ホンマ、キャルは料理に関しては間違いないで」

 クレアさんやフワルー先輩からも、絶賛される。 

「トリカンの名産は小麦なのに、パスタじゃなくておうどんなんですね?」

 村を出て気がついたが、よく考えると、店に出ていた麺類がうどんだった。

「パンやパスタは、他の街にもありますから。ライ麦でジンを作ったりしますね」

 トリカン村で作ったうどんは、ファッパの労働者層で大人気だという。パスタは商人向けの食材で、あちらではややお高いらしい。取り寄せ先も、トリカン村とは違うという。

 わたしはお酒を飲まない。ジンがあるなんて、知らなかったな。飲まなくても、料理や錬成の材料として使ったら、面白かったかも。

「ファッパには、あとどれくらいで着きそうですの?」

「二日もあれば」

 モンスターの数が減ってきていますから、かなり早めには着くのではないか、とのこと。

「お知り合いの、商人さまというのは?」

「私の取引先なんですが、元々彼女は農民だったそうです」

 地元で自立して店を開いたが、商家の方に見初められ、引っ越したそうだ。
 ファッパで商家の男性と結婚して、ファッパの街で割と大きな店を任せてもらえたそう。
 夫婦仲もいいと、手紙には書かれていた。

「その女性をめとった方は、いわゆる、【ジェントリ】層ですね」

 元々財産のある貴族とは違って、商売で成功して貴族階級になった人を、ジェントリという。

 エクスカリオテの魔法学校でも、ジェントリ層の子どもたちが多数在校している。魔法はもう、貴族だけのものではない。

「二人は幼なじみだったそうで。貧乏時代に、絶対成功してその女性を迎えに行く、という一心で、成功なさったそうです」

「ロマンチックやね」

 フワルー先輩が、うっとりした口調になった。口にいっぱい醤をつけて、ロマンチックとは程遠い食べ方だが。

「今は引退して、息子さん夫婦が引き継いでいます……」

 商人さんは、少々言葉を濁す。

「どうしたんです?」

「ここだけの話に、しておいてくださいね。実は私、お孫さんが苦手でしてねえ」

 頭をかきながら、商人さんが口ごもった。

「イヤな人なんですか?」

「いい人ですよ。商売も上手で、人当たりもいい。寄付までしています。ですが、ややお調子者っていうんですかね? テンションが高くて」

 わたしとは、正反対な、陽キャなんだろうな。

「会えばわかりますが、かなり圧が強い方なので、大変かと」
 

――翌朝。

 で、もうすぐファッパに到着といったところで、アクシデントが。

 眼の前で、馬車が魔物に襲われていた。

 三叉の鉾を持った半魚人が、馬車の幌をつついている。

 彼らの中心にいるのは、パイレーツ姿の巨乳お姉さんだ。「♬~ゥアァアァアァ~」と、言葉になっていない会話を交わす。

 これは、歌? 

「サハギンです! 先導しているのは、セイレーンですよ!」

 セイレーンって岸にいるんじゃないの!? なんでこんなところで、野盗なんてしているんだろう?
 これじゃあ海賊じゃなくて、山賊だよ!

「しつこいヤツラだなあ!」

 メガネを掛けた金髪の少年が、馬車から飛び降りる。前転をして、体勢を立て直した。

「おのれ! ボクの開発した商売道具! 壊せるものなら、壊してみろぉ!」

 少年が、デカい大砲を持ち出す。

 しかし、筒に穴がない。なにを打ち出すんだろう?

「いくぞ。【デスボイスガン】だ! ヴオオオオオオオオ!」

 なんと少年は、筒の後ろから大声を出した。小柄な少年からは程遠い、おっさんのイビキみたいな声が。

 その勢いで、サハギンたちが失神する。

「引け引け~♪」と、セイレーンが魚の下半身になって崖へと猛ダッシュした。そのまま、海へダイブする。

 わたしたちが手を出すまでもなく、危機は去った。

 しかし……。

「フワルー先輩?」

 先輩が、少年を見てボーッとしている。心なしか、頬が朱に染まっているかのような。


……あれ、フワルー先輩どうした?
 メガネの少年が、武器をしまう。白いシャツは黒ずんでおり、サスペンダーつきの半ズボンという出で立ち。

「ケガはしていませんか? これは新商品の【拡声器】といって、音を増幅させる装置なんです! この装置があれば、セイレーンの歌もシャットアウトできるんですよ! これで、海からくる魔物も一網打尽にできます! すごいでしょ!? 絶対利益が出ますって!」

 少年は、自己紹介より、武器の説明から始めた。

 この人が行商人さんの言っていた、商店の息子さんかな。

 行商人さんが、咳払いをする。少年にさりげなく、名乗るように催促した。

「……おっと、申し遅れました。ボクはシューテファンといいます。そちらの方と取引させていただいている、クロスボーデヴィヒ財団の愚息です。シューとお呼びください」 

 シューくんは、わたしたちが行商人さんの知り合いとわかり、「もう自分の説明はしているものだ」と勘違いしていた。
 だから、自作商品の説明から入ってしまったのだとか。

 わたしたちも、名乗る。

「キャラメ・ルージュさん、クレア・ナイフリート。そちらのおねえさんは、フワルーさんとおっしゃるんですね」

「ふわい」

 フワルー先輩が、上の空で返事をした。

 ああ、恋しちゃってるよぉ。

「ノーム族の方だったんですね?」

「はい。父がノームの【商人(マーチャント)】です。ボクは【科学者(サイエンティスト)】ですね。商売より、研究のほうが好きです」

 クロスボーデヴィヒはとある事業が大成功して、財団を率いているそうだ。

「では、魔物が去ったうちに街へ参りましょう。案内します」

「お願いします」

 わたしたちは、シューくんについていく。

「実験かなにか、してた?」

 シューくんに尋ねてみる。

 お金持ちのお坊ちゃまっぽいが、服の汚れはイジメによるものではなさそう。匂いからして、どうやら実験などで服を汚したみたい。顔にもやや黒いシミが目立つ。

「よくわかりましたね」

 またシューくんが、拡声器という発明品を取り出した。

「この拡声器を作っているときに、服を汚してしまったみたいです。商人さんに売れるかどうか確認したくて、自家用の馬車を飛ばしてきました。道中で運悪く、魔物に襲われてしまったのですが」

 着替えようと思っていたが、早く見せたかったのだという。なんつー行動力か。

「ボクは父の元で、研究開発のお手伝いをしています。もっぱら、開発ばかりしていますけどね。様々な武器やアイテムを、開発しているんです」

 といっても、武器はほとんど趣味だという。たいてい、船舶用のエンジンや、頑丈な馬車の開発をメインとしているとか。

 たしかに、シューくんの乗っている馬車は、薄い鉄製だ。あれだけのサハギンを相手にして、鉄製の馬車は傷ひとつない。

「このメガホンガンの試運転には最適の相手でした。これは売れるかと」

「え、ええ。そうですね」

 シューくんが話している間、行商人さんが苦笑いをする。

「実際のところ、彼の研究はどうなんです?」

「ごらんのとおりです」

 行商人さんが、アイテムボックスを見せてくれた。

 ボックスには、在庫が大量に入っている。

「実のところ、売上は芳しくありません。私のアピールが足りないのもありますが、確実性がないんです」

 一見しても、アイテムの用途がわからない。武器もあるみたいだが、これはなんだろう?

「それは、服の上に付ける仕込み投げナイフです。袖に通して腕を伸ばすとナイフが袖から飛び出すんです」

 馬車を止め、シューくんが実践する。たしかに、腕を伸ばすと袖からナイフがビュッと飛んでいった。木の幹に、ナイフが当たる。肩から上腕を通って、袖から飛び出すのか。

「アサシン向けに開発したんですが、売れませんでしたか?」

「私もいいと思ったのです。けれど、『普通にナイフを投げたほうが早い』と言われ、不評でした」

「そうでしたか。残念です。この【三方向に飛ばせるクロスボウ】なんて、自信作だったんですがねえ」

 シューくんが、変わった形のクロスボウをボックスから取り上げた。

 開発者のシューくんは、なぜ売れないのか不思議そうにしている。

「一発一発が的確に当たれば、さして問題はなかったんです。けど、敵が常に同じ方向から襲ってくるわけではないので」

 行商人さんの言葉には、やんわりさがうかがえた。

 ああ……売れない商品を押し付けられ続けていたんですね。わかります。
 
 なるほど。この人がシューくんを苦手とする理由、なんとなく把握。

「売れたのは?」

「携帯食くらいです」

「ダシ付きの乾燥うどんですね? あれは発案こそボクですが、我が社が開発したものです。ボクの功績ではありませんね」

 自分でアイデアを出したんだから、自分の実績だと自慢してもいいはずだが。シューくんは乾燥うどんの成功を、会社の成果だと語った。

「ううむ。ボクもまだまだ、勉強が足りません。やはり、父のようにはいきませんね」

 腕を組みながら、シューくんは考え込む。

 ノリはいいが、ちゃんと反省する。

 好感は持てる感じだな。

『コイツ相手に、アタシ様はしゃべらないほうがいいね』

 レベッカちゃんが、脳内に直接語りかけてきた。

 たしかに、会話できる魔剣なんて、研究対象にされそう。

「みなさんは、こちらには商売でいらしたので?」

「なんでわかるんです?」

 こちらは旅の目的なんて、何も話していない。

「護衛にしては、変です。商人さんが先頭を歩いているので。商人さんがファッパを案内するということは、みなさんは道に迷ったか、ビジネスかなと。それに、ウッドゴーレムの形も、構造を逆算すると、店舗になるんですよね。そのままファッパで、店を建てるおつもりなのかなと」

「お店だってことまで、わかるの?」

「だって、ほら」

 シューくんが、一体のゴーレムを指差す。

 ああーっ、モンスターの一体が、看板を担いでいたじゃん。

 わたしでさえ、見ていなかったよ。

 大した洞察力だ。

「ウソですよ。この手紙を読んだんです。それで、商人さんが来るってのはわかっていました。商売をしたい友人を連れてくるので、紹介をするとの報告も書かれていましたし」

 シューくんが懐から紙切れを出して、ヒラヒラさせる。

 だよね。でないと、わたしたちとすれ違いになっちゃうよ。

「どこか具合が悪いのですの、フワルーさん?」

 クレアさんが、先輩のオデコに手を当てた。

 おお、察しが悪い。こういう話には、鈍感か?

「でしたら、馬車を止めましょうか?」

「ええよ。問題ないで」

 ポケーっとしたまま、フワルー先輩は返事をする。

 こんな乙女になった先輩、初めて見た。こういう子がタイプだったのか。たしかに、魔法学校にはいないタイプかもね。
 魔法学校の男子なんて、自己主張が激しくてイキった貴族か、ひねくれた口うるさい学者タイプばっかだったし。

 シューくんは人懐っこく、研究を楽しんでいるタイプだ。親が庶民出身だからか、本人の脂質かどうかはわからないけど。

「フワルー先輩、ああいう子がタイプだったんですね」

「めっちゃかわいい。素直な年下最高」

 あー。そういう趣味か。たしかに学校だと、年上か同年代しかいないもんね。最高でも、二歳下しかいないし。

 ファッパの門が、見えてきた。大きい街みたいだな。壁がどこまでも拡がっている。
「ボクが来たからには、もう安心ですよ。門も軽々と通って――」

「クロスボーデヴィヒ殿! 止まりなさい!」

 止められたじゃん。門番さんに。

「なんですか、門番さん! ボクがなにをしたと!?」

「あなたが一番、信用できません!」

 うわああ。門番さんにさえ、この言われよう。
「後ろにいるゴーレムも、あなたの発明品でしょうか? 改めさせていただきますよ!」

 門番さんが、ウッドゴーレムたちの確認をしようとした。

 これはまいったな。店を改造して、歩けるようにしただけなんだけど。内装以外、すべてゴーレムにしてしまっている。アイテムボックスに、しまえないのだ。

「すいません。お待ちください。書状はちゃんとこちらに」

 行商人さんが、門番さんに書状を渡す。

「この方たちの無害は、我々行商団が保証いたします」

「失礼しました。あなたがそこまでおっしゃるなら、お通りください」

 財団のご子息より、行商人さんの方が信頼されているとか。

 それより、この行商人さんが偉い人だとか?

「商業ギルドの前に、財団の方へごあいさつへ行きましょうか。シューさんを送らなければ」

 行商人さんが先頭になって、街の中へ。

 商業ギルドの承諾を得るまで、ゴーレムたちには街の外にある森にでも隠れてもらうことにした。木を隠すなら森ってね。

 道の対角にあるのが、商人ギルドみたいである。

「あれが、財団ですかね? 行きましょう」

 わたしは、石畳を歩こうとした。

「待って、キャルさん。お気をつけください」

 行商人さんが、手をスッと前に出す。わたしたちの進行を、妨げた。なんだろう?

「うわ!」

 黒い塊が、わたしたちの横を通り過ぎていった。

「あれは?」

 幌のない黒い馬車が、馬もなしに走っていったけど?

「自動車です。魔力で動いているんですよ」

 馬車の代わりに、大きな魔法石を動力にしているのだとか。人が魔力を送り込むことによって、発進、進行、停止を行う。

 すごいな。扱ってみたい。魔剣の参考になりそう。

「あっちは、なんだろう? 板の上に、人が乗ってますよ?」

 若い青年が、盾のような細長い板に乗って、地面スレスレを低空飛行している。郵便物を配っているみたいだが。
 板切れの先には、杖のような一メートルほどの棒が垂直に取り付けられている。あれを傾けることで、進行方向を操作しているようだ。

「あちらは、出前ですわ」

 ミニスカメイド姿の女性が、商業ギルドへコーヒーとサンドウィッチを配っている。あちらも、同じような板に乗っていた。

「あれは、【マナボード】です。あれも、魔法石を使って動いているんです」

 杖の先端とマナボードの下部に、小さい魔法石が取り付けられている。あれで魔力をコントロールして、動かすそうだ。


 この付近は島が多く、あのボードで海を渡ることもあるとか。

「すごい。新しいものがいっぱいだ」

『魔剣の参考になりそうじゃないか。頭が冴えわたってきたよ!』

 レベッカちゃんも、テンションを上げる。脳内会話だけど。

「父があのような【馬を必要としない移動手段】を開発し、我が社は発展を遂げました。といっても、この街自体をインフラ整備して、ようやくまともに稼働しているのですが」

 道に魔力石を埋め込んで、進みやすくするように整地しているのだとか。

 車もほとんどが貴族用で、一般には普及していないらしい。ただ馬車よりも早く走れるため、相当な需要があるという。

「お車でしたら、わたくしの父も、一台所有しておりますわ」

「クリスさんのお家も、貴族様なんですね?」

「……ええ。まあ。そんなところですわ」

 アンタッチャブルな話題をシューくんから振られ、クリスさんが言葉を濁す。「王族です」とは、言えないよなあ。

 わたしたちは、財団の本部へ。

「ただいま。おかあさま」

「また、あんたはこんなに汚して! すいませんねえ。送ってくださって」

 人間族の中年女性が、シューくんを叱り飛ばす。

「もう。一四にもなって、ガキなんだから。お客様の前ですよ。着替えてらっしゃい」

「はあーい」

 シューくんが、廊下をトタトタと走っていった。

 ふんわりエプロンドレスを着たメイドさんが数名、シューくんの後を追いかける。

 シューくんは、わたしの一つ下なんだね。見た目から、もっと下かなと思っていたけど。

「ごめんなさいね。お茶とお菓子を用意するから、あちらでお待ちになって」

「ありがとうございます」

 シューくんが着替えている間に、わたしたちはお庭でお茶をいただくことにした。

 行商人さんは、席を外している。財団の責任者と、話し合いをするらしい。

「お待たせしました」

 シューくんが、真新しい服に着替えて現れた。白いシャツと、サスペンダー付きのショートパンツスタイルである。

「ごめんなさい。なまじ一三歳で地元の大学を出たもんだから、調子乗りで」

「一三で大学卒業!?」

 どんだけ、飛び級だっての。 

「研究に熱心なのはいいけど、ポンコツばかり作っても仕方ないでしょう?」

「だからいいんですよ。可能性はどんな些細なことでも、検証しなければ。錬金術を学んだキャルさんやフワルーさんなら、ご理解いただけますか?」

 それは、わたしも同感である。

「せやね。命に関わること以外なら、なんぼ失敗してもええ。せやけどホンマは、うまくいったときのほうがヤバイ。成功に味をしめてしもうて、それ以上の研究を怠ってしまう。ほんで、取り返しのつかん失敗につながるんや」

 だから、さらなるチェックが必要なんだ。

 これは、フワルー先輩に叩き込まれた。

「ウチの先輩は、そのせいで片腕になってしもうたからな」

「そんなことが、あったんですね?」

「せやねん。だからウチは、適当はできへん。他人が使う、商品やからな」

 フワルー先輩の言葉に、シューくんは感銘を受けたようである。

「素敵です。あなたなら、ボクの考えをわかっていただけると思っていました」

「さ、さよか」

 手を握られて、フワルー先輩はカチコチになっていた。ガチで、タイプなんだな。

 本人が犬獣人だから、犬っぽい子に惹かれるのだろうか。

 で、本題に入る。

「……わかりました。商業ギルドを通して、こちらにお店を出すことを許可いたします。あのおばあさまからの、頼みですもの」

 案外あっさりと、店舗設立の承諾はおりた。

「そのかわりと言ってはなんですが、フワルーさん。うちの子のガラクタも、収納していただけませんこと?」

「はあ」

「研究する場所を、設けたいと思っていたところなのよ。でも、大っぴらに土地を買うわけにもいかないわ。地下室でいいから、彼がのびのびできる場所を作っていただけると、助かるんだけど」

「も、もちろんですわ。任しといてください」

 わたしに向かって、奥様が誰にも知られないようにウインクをした。

 おおーう。お膳立てをなさった、ってわけだね。さすが、母親ってか。

 あとは、わたし個人の問題を。

「差支えなければいいんですが、工房を見せていただけますか?」

 今のところ、クレアさんに向けた魔剣作りは、行き詰まっていた。

 ただ強い剣を打って魔法石と錬成すれば、おそらくそれなりの魔剣は完成する。手持ちの材料だって、質は高い。きっと、すごい魔剣が作れるはず。

 しかしそんな代物、はたしてクレアさんにふさわしい武器と呼べるだろうか?

「すごい武器には違いありませんわ」

「ダメなんです、クレアさん。わたしの武器は、単にクレアさんの格闘技術に助けられているだけです」

 それでは、武器を持っている意味がない。クレアさんを助ける、武器でなければ。

 シューくんの発明センスを借りて、なんとか突破口を掴みたい。

「なるほど。そういう事情がありましたか。わかりました。知恵をお貸しします」

「いいんですか? 大したお礼もできそうにないのに」

「お礼なんて! たしかに我が財団は、困った事情を抱えていますが……」

 どうも海から来た魔物たちが、財団の技術力を狙っているそうなのだ。

「その魔物たちを退治すれば、いいのですかね?」

「可能であれば。ですが、危険です。それにこれは、財団の問題。あなた方を巻き込むわけには」

 シューくんは、わたしたちを気遣ってくれている。

 冒険者なんだから、ドンと頼みたまえよ。

「なんですって!?」

 庭からも聞こえるような声で、行商人さんが叫んだ。

 何事だろう?

「あなた、どうなさったの?」

 奥様が、ノーム族の男性に声をかける。

 シューくんをナイスミドルに成長させたような顔立ちの男性が、シューくんの父親か。で、財団の責任者と。

「さっき通信があってな。車を載せた輸送船が、襲われた」

 おっ。さっそくわたしたちの出番じゃないですか。
 魔物が、この街で造られた車を輸送船ごと奪っていったという。

 車の動力装置は、船の高速化も可能にする。もし奪われたら、戦力ダウンは避けられない。

「やっつけに行きます」

「よろしいのかね?」

「お任せください。これでも冒険者なので」

「ありがたい。ではよろしく頼むよ」

 わたしたちは、財団から近い停泊所へ。

 マナボードが二つ、置かれている。

「水陸両用の、戦闘用マナボードです」

 このマナボードを使えば、低速の船より先に現場へ到着するという。

「参りましょう、キャルさん」

「うん!」

 わたしとクレアさんが、ボードに乗り込んだ。簡単な操作法を学ぶ。杖に魔力を流し込んだら、勝手に動くらしい。

「ただ、これは冒険者用でも、実験用です。道路の魔力石の恩恵を受けられません。そのため膨大なマナが必要で、並の冒険者でも――」

 説明を終える前に、クレアさんがボードをぶっ飛ばしていった。

 風圧で、シューくんのメガネがズレる。

「あの人は、特別なんですよ」

「ボードであそこまで加速できた人なんて、始めてみましたよ」

 呆然とした顔で、シューくんはクレアさんを見送っていた。

「お気をつけて」

「はい。じゃあ先輩は、シューくんを守ってて」

 フワルー先輩が、うなずく。

『キャル! アタシ様たちも、ぶっ飛ばすよ!』

「OK!」

 クレアさんに追いつくため、猛スピードでボードを飛ばす。

 敵は、先程のサハギンたちだ。車を積んだ輸送船を、えっちらおっちらと運んでいる。彼らは、海の上を歩けるようだ。船を必要としていない。

 先導しているのは、やはりセイレーンである。

『あのアマ、歌を使ってサハギンたちの筋力を強化してやがるよ!』

「急いで、倒さないと」

 その前に、クレアさんに加勢しないと。

 もうクレアさんは、サハギンと戦っていた。
 腕を上下させ、袖からナイフを飛ばす。

 眉間にナイフを受けて、サハギンが海へ沈んでいく。

 クレアさんは足からも、ナイフを飛ばした。

「いつの間に、シューくんのナイフ飛び出し装置を?」

 すぐにシューくんの発明品に、順応している。足にも装備できるって、どうしてわかったんだろう? わたしでも、気づかなかったよ。

「天才すぎて、参考にならないよ」

 もはや、なにを装備しても強い。

 手は杖を掴んでいるままなので、飛び出しナイフが最適だ。クレアさんは、それにいち早く気づいていた。洞察力も、すごい。

「どんな場数を踏めば、あそこまで強くなれるんだろう?」

『決まってんだろ。こっちも場数を踏めばいいのさ!』

 そんなあっけらかんと、解答されても。

『こっちにも敵が来たよ!』

 気を取り直して、戦闘に集中する。

「フワアアアア~♪」

 サハギンのボスであるセイレーンが、兵隊に指示を出す。
 半魚人の尖兵が、矛を持ってわたしに襲いかかってきた。

『身体をよこしな、キャル!』

「うん! お願い!」

 レベッカちゃんに、わたしは身体を預ける。

 わたしの髪が、燃え盛るオレンジ色に変わった。

 サハギンが、三叉の矛で突き刺しにかかる。

『トロいんだよ!』

 足で杖を操作しながら、レベッカちゃんは矛を体を捻っただけでかわす。カウンターで、胴体をぶった斬った。

 真っ二つになったサハギンが、燃えて炭化する。

 レベッカちゃんはもう一体のサハギンを、脳天から真一文字に切り捨てた。

 クレアさんも天才だけど、レベッカちゃんも大概だね。違うベクトルで、異常に強い。

「ホワアア~♪」

 セイレーンが、仲間を呼ぶために歌う。

『もう、あんただけだよ!』

 味方のサハギンは、船を動かしているヤツラ以外は全部、クレアさんが倒している。

「クレアさんは船を! こいつは、わたしが倒します!」

「お願いしますわ!」

 よし。任されたよ!

『どらああ!』

 セイレーンに、レベッカちゃんが切りかかった。

 水面から突如、巨大カニが伸びてくる。

 レベッカちゃんの剣が、カニのハサミに阻まれる。

 一〇メートルはあるカニが、浮上してきた。亀の甲羅に、セイレーンを載せている。

『こいつは、ザラタンだね!』

 亀の甲羅を持つ、カニの怪物だ。

『ザラタンごときに、このレーヴァテインが負けるとでも思ってんのかい?』

「ホウアアアア~ッ!」

 挑発を受けて、セイレーンの歌声がより一層強くなる。

 セイレーンの魔力が、ザラタンに行き渡っていった。

 ザラタンの甲羅が、さらに膨らみを増す。強烈なフックが、レベッカちゃんに襲いかかってきた。

『いいねえ! 力比べといこうじゃないか!』

 レベッカちゃんが、なんと片手でザラタンのハサミを掴んだ。

『この程度かい、バケモノ! ザラタンってのは、もっととんでもない握力で、獲物を挟むんじゃなかったかい?』

 ピリピリと震えながら、ザラタンはハサミでレベッカちゃんを圧殺しようとする。その表情からは、怯えの色が見えた

 レベッカちゃんは涼しい顔をしている。

 ザラタンのハサミに、ヒビが入った。

『さっきの一撃でハサミを砕いたことに、気が付かなかったようだね』

 とうとう、ザラタンのハサミが砕ける。

 その瞬間、レベッカちゃんは刀身に黒い炎をまとわりつかせた。

『さあ、受け止めてみなよ!』

 レベッカちゃんが、黒い炎を振り下ろす。セイレーンごと、ザラタンを切り裂いた。

「ホアアアアア~!?」

 腕を切り落とされて、セイレーンは退散した。

『しぶといねえ』

 レベッカちゃんが、変身を解く。

 ドッと、疲れが身体を包んだ。

『あのヤロウ、アタシ様が放った最初の一撃を、まともに浴びたからね。【原始の炎】の効果があるのを知らずに』

 原始の炎は、物理的な防御さえ破壊する。おっかねえ……。

 輸送船の方は……無事か。

 船が、元の進行方向へ向かう。どうやら、救出任務はうまくいったようだ。

 冒険者たちを乗せた船が、輸送船の後を追った。船の警備は、彼らに任せておけばいいだろう。

「キャルさん、一〇時の方向です!?」

「む!? あわわ! とっとっと!」

 わたしは、一〇時の方向から攻撃を受けた。

 サハギンが、水中に隠れていたのか。

「何事!?」

 とっさによける。

 サハギンの身体に、見えない糸に絡みつく。

 釣り上げられたサハギンが、糸によってバラバラに。

 わたしがいた場所に、氷が張っていた。ここは、南の国だってのに。

 攻撃してきたのは、氷でできたデカい釣り針だった。

 釣り針が、見えない力に引っ張られていく。

 見上げた先にあったのは、小さな竜巻だ。

 竜巻の上には、白い着物を着た少女が乗っていた。少女は、手に釣り竿を持っている。先に大きな釣り針が乗っかっているため、魔法使いの杖のようになっていた。

「やーっと、追いついたでヤンスよ」

 緑色の服を着た東洋風のエルフが、別の小さい竜巻に乗りながらこちらを見ている。

「さっきの攻撃でヤンスが、礼には及ばないでヤンスよ。実際、あーたの方が早かったでしょうに」

 たしかに、わたしはカウンターの準備ができていた。その前に釣り針と糸が、相手を細切れにしたくらいで。

 白い着物の少女も、「助けてやった」という印象を出していない。ただ、「降りかかる火の粉を払ったに過ぎない」といった、冷静さを持つ。

「申し遅れました。こちらは、【魔導師(ウィザード)】のヤト。ソレガシは天狗(イースト・エルフ)の【戦闘僧侶(バトルプリースト)】で――」

「リンちゃん、見つけた。魔剣【レーヴァテイン】を」

 天狗が自己紹介をしようとした途端、ヤトという少女が話をぶった切った。

「最後までしゃべらせるでヤンスよ! とにかく、お手合わせ願いますかねえ?」

 リンちゃんと呼ばれた天狗が、風を起こして海に波を立てる。

 そのままわたしたちは、街から少し離れた小島まで流された。

「ここなら、邪魔は入らないでヤンスよ。あなたの力は、わかっているでヤンス。どうせ、ザラタン程度では話にならないことくらいは!」

 この人、本気でわたしたちと戦う気である。

「ヤト・ザイゼン及び、リンタロー・シャベ。推して参るでヤンス!」