ポンコツ錬金術師、魔剣のレプリカを拾って魔改造したら最強に ~出来損ない同士でスローライフを目指していたら、魔王と勘違いされました~

 幌馬車を休ませて、キャンプにした。

 夕飯は食べてきている。朝食も、あらかじめ買っておいた。

 魔物よけの結界を張って、馬車ごと包む。結界装置の真下に火を炊いておけば、ずっと魔物から守ってくれる。

 あとは、休むだけ。

 テントも兼ねる馬車って、便利だね。

『キャル、アタシ様が見張っておくから、ゆっくり休みな。モンスターが出てきたら、起こしてやるよ』

「ありがとう、レベッカちゃん」

 わたしは、レベッカちゃんを元のサイズに戻す。

「クレアさん、しんどくないですか?」

「どうってこと、ありませんわ」

 寝袋にくるまるクレアさんは、どこか楽しげだ。

「わたくしたちは災害時や有事の際に備えて、訓練もしていますから。いざというときに『非常食がおいしくない。食べられない』なんてワガママ、言っていられませんもの」

 王国では、相当厳しく育てられたみたい。

「あなたのお知り合いが、目的地にいらっしゃるのですわね? どんな方?」

「わたしのひとつ上の先輩で、エクスカリオテ魔法学校の卒業生です。わたしと同じ平民出身ですよ」

「先輩自体は、どんな方ですの?」

「破天荒ですね。同じ錬金科にいたんですが、とにかくワイルドでした」

 錬金術のアレンジ方法は、たいていあの先輩から授かったものである。

「修学旅行で水泳の課外授業があったとき、浜辺の貝殻を使って水着を錬成したんですって。『貝殻ビキニや!』といって、クラス中の注目を浴びていたそうです」

「アイザッカー地方の方言ですわね? たしかにあそこは、うるさくて人懐っこい方が多いと聞きますわ」

 卒業式でわたしにつっかかっていた先生が、先輩の担任なんだったっけ。そりゃあの人、平民を目の敵にするよね。

「ただ、腕は確かなんですよね」

 ケンカは強かったが、冒険者にはならなかった。人と話す方が好きだったため、この先にある村で店を開いたという。

「で、よかったら店専属の素材収集冒険者にならないかと、打診がありまして」

 わたしは二つ返事で、「やります」と書いたのである。

「お店番をやってと言われたら、お客さんが怖くてできません。でも、素材集めなら多少の知恵はありますので」

「このキャンプをする前も、えらく大量に素材を集めていらしたわね。ただの木片から、石ころに至るまで」

「訓練用です。すぐに魔剣を作るわけには、いきませんから」

 木や石の成分は、個体によってかなり違う。
 枝一本でも、どれだけの雨を吸ってきたか、日差しをどれだけ浴びてきたか。
 そんな些細なことも、錬成には関わってくる。「石なんだから、こう錬成すればいい」わけじゃない。

「錬成をしているキャルさん、楽しそうですわ」

「ありがとうございま――」

 レベッカちゃんが、ピコンピコンと点滅した。

「どうしたの?」

『敵だ。オウルベアだね』

 ウマと御者さんを隠し、わたしたちは結界から出た。

 いくら弱いモンスターを避ける結界と言っても、オウルベアクラスとなると放っておけない。結界を壊す可能性があるからだ。

「オウルベア討伐はギルドの依頼書にもあったね。ちょうどいいよ」

 わたしは、手配書を確認する。

 あらかじめ、わたしたちは冒険者ギルドで討伐依頼を受けていた。道中でモンスターと遭遇したら討伐し、目的地の街で報酬を受け取ろうと考えたのである。

 やっつけてほしいオウルベアの数は、冒険者一人につき三体と書かれていた。

「てっとり早く仕留めますわ」

「まってください。ちょっとやりたいことが」

 わたしは、レベッカちゃんを地面に突き刺す。

「我が呼びかけに応じて、いでよ。しもべたち! 【スパルトイ召喚】!」

 スキル振りのときに、見つけたんだよね。ガイコツを召喚する魔法を。

「グガー」「ウオー」「ムキュー」

 三匹のスケルトンが、地面から這い出てきた。それにしても、四等身とは。

 剣と盾を持つタンクに、斧を持つ前衛戦士は、スケルトンである。三角帽子と杖を持つ魔法タイプは、ゴーストをベースにした。

 わたしは基本、ぼっちプレイである。
 なので、前衛が必要だなと考えたのだ。
 スケルトンの骨粉と、不要な装備品をリサイクルしたかったし。

「がんばって!」

 わたしが声をかけると、一同が「わー」っと声を上げてオウルベアに立ち向かう。

 剣と斧がオウルベアの動きを止めている間に、魔法使いがファイアーボールを撃って仕留める。

 ファンシーな光景だが、彼ら的に必死だ。

 ただ、普通にわたしたちが斬ったほうが早かった。

 クレアさんが仲間になるなんて、想定していなかったもんよ。

「あまり役に立っている感じじゃないですね」

「ですが集団戦となると、変わってきますわ」

 いわく、「数を増やせば、ザコ戦では重宝するかも」とのこと。そんなすごい戦いがあればいいけど、戦争がしたいわけじゃないからなあ、わたし。

『見張りというか火の番はコイツらに任せな。あとはアタシ様が、しっかり見ておいてやるよ』

「ありがとう、レベッカちゃん」

 わたしたちは、就寝することにする。

 朝起きると、スパルトイ軍団の数が五体に増えていた。一体は、やたらゴツい。もう一体は、犬っぽかった。

『あの後、オウルベアやウルフの襲撃が、三回あったのさ。面倒だからスパルトイ共で適当に始末して、配下にしてやったよ』

 わっはっはーと楽しげに、レベッカちゃんが笑う。

 レベッカちゃんのレベルが上っていたので、【スパルトイ召喚】にさらにスキルポイントを振ってあげた。これで操れる数もさらに増えるし、維持できる時間もアップする。

 で、オウルベアとウルフをさらに一体ずつ増やした。

『賑やかになったね』

 かなりアレなパーティだけど。

「スパルトイたちに、スキルは振らなくていい?」

『構わないよ。アタシ様がのレベルが上がれば、勝手に強くなるよ』

 よかった。スパルトイが増えたら、そちらのスキル振りも考える必要があるかもって、思っていたからなあ。

「朝食が、できましたわ」

 クレアさんのいる方角から、おいしそうな香りが。

 うお、いつの間に。

 オウルベアの肉で、サンドイッチとスープを作っている。御者さんが、もう食べてるじゃん。

「いただきます! おおーっ。おいしいです!」

「お料理を覚えた甲斐が、ありましたわ」

 簡単な料理を、クレアさんはメイドさんから、教わっていたらしい。

 これで、結婚する気がないっていうんだからなあ。



 旅に出て三日が過ぎた。


 わたしたちは、森で採取を始める。

 ガイコツウルフの軍団が、よく働いてくれた。上に乗っているレンジャー型スケルトンが指揮を取り、薬草やキノコを取ってきてくれる。錬成がはかどって、仕方がない。

「ワタクシたちの出番が、ありませんわ」

「ホントですね。ここまでの数になると」

 はい、わたしのせいですよね。ゴブリンの集落を壊滅させようなんて思ったから。

 もはや、ガイコツの群れは三〇体を越えていた。どれも四等身サイズだが、これだけの数がいればかなり強い。

 ウルフやオウルベア、オバケキノコなどをターゲットにしていた。そのうち、ゴブリンの集落を見つけたのである。
 討伐依頼があったので、わたしたちは集落を撃滅させることにした。

 ガイコツたちで集落を襲撃して、またガイコツが増えるという状況に。

『アハハ! 絶景だね! スパルトイの大行列だよ! これなら、世界だって征服できそううさね!』

 ただ、レベッカちゃんだけが上機嫌だ。

 なにごともなければいいが。



 しかし、わたしの願いは脆くも崩れ去る。

 目的地である、トリカンの村が見えたときだ。

「そこのモンスター使い、止まれ!」

 門の前で早々に、わたしは門番にヤリを突きつけられた。

 やっべ。スケルトンを引っ込めるのを忘れてたよ!

「まって! ウチのお客さんや!」

 オオカミ獣人族の女性が、村からわたしたちの元に駆け寄ってくる。豊満な胸を、ユッサユッサと揺らしながら。

「フワルー先輩!」
 フワルー先輩が、門番さんと話をした。

「堪忍や。この子は、ウチの通ってた学校の後輩でな。キャラメ・F(フランベ)・ルージュちゃんいうんや。キャルちゃんをこの村に呼んだんは、ウチなんよ」

 先輩が、わたしの説明をする。

「いくらあなたの顧客といえど、魔物を村に入れるわけにはいかんぞ」

「かまへんかまへん。この子ら、デコに召喚の紋章が付いてるやろ? あれはキャルちゃんと契約したモンスターや。襲ったりせえへんって」

 さすが錬金術師である。ちゃんと魔物の識別も可能とは。

 門番さんが確認をして、わたしたちは晴れてお咎めなしに。

「事情はわかった。ただ召喚モンスターとはいえ、この数では村の連中が怯えてしまう。悪いが、お嬢さん。差し支えがなかったら、モンスターを引っ込めていただけないだろうか?」

 ああ。ですよね。

「すいません。消しますんで」

 わたしは、スパルトイ軍団に「戻って」と指示した。

 レベッカちゃんの中へ、スパルトイたちが吸い込まれていく。あとは、有事の際に召喚し直せばいいし。

「おおきに。ほなキャルちゃん、お店まで来てな」

「ありがとうございます、先輩」

 馬車を駅舎へ帰し、わたしとクレアさんは先輩についていく。

 フワルー先輩は、豊満な身体をユサユサと揺らしながら歩いた。生地の厚いジャンパースカートの上からでも、スタイルのよさがわかる。

 街の男たちの視線を集めて……などいない。

 男たちはみんな、先輩の女っ気のなさを知っているのだろう。

「ところでキャルちゃん? となりに連れてるべっぴんさんは、誰や?」

 興味深そうに、先輩がクレアさんを見る。

「こちらの方は、おひ――」

「クレア・ナイフリートと申します。キャルさんとは、エクスカリオテ魔法学校の同級生でした」

 当たり前のように、クレア姫は偽名を使う。だよね。お姫様ってバレたらヤバいもん。それこそ、スパルトイ軍団が村に入るより恐ろしいことが起きるよ。

「さよか。ウチは『コナモロッド村のフワルー』や。よろしゅうな」

 フワルー先輩は、クレアさんの正体に気づいていないみたい。

 よかったぁ。先輩が世情に疎くて。この人、研究以外にはまるで興味がないもん。

 もっと社会勉強をしていたら、先輩だって大きな街でも成果を上げられるのに。

 そんな先輩でさえ、クレアさんには興味を持つんだね。やっぱりクレアさんは、すごいんだ。

「あんたの魔剣も、大概やな」

「レベッカちゃんですか?」

「名前までつけとるんかいな! アンタらしいわ!」

 フワルー先輩の視線が、レベッカちゃんに向けられる。

「アンタ、黙っとったら窮屈やろ? ウチの前では、しゃべってええさかい」

 突然、フワルー先輩が、レベッカちゃんに語りかけた。

『アハハ! バレちまうとは! アタシ様はレベッカ。よろしくな』

「フワルーや。よろしゅうな」

 レベッカちゃんが言葉を話すことが、わかるなんて。

『どうして、バレたかねえ?』

「魔剣には、息遣いがする個体が存在するんや。アンタは、そのタイプみたいやったから」

『随分と、魔剣に詳しいようだね』

 そこまで勘がいいなら、クレアさんが王女様だってこともわかるはずなのになあ。 

「せや。ギルド行かなアカンやん」

 スタスタと、冒険者ギルドのある建物へ。

「いらっしゃい。トリカン村の冒険者ギルドへようこそ。あら、フワルーじゃないの」


 カウンターには、耳の長いおねえさんが。この人、ウッドエルフだ。

「この子、ウチの後輩やねん。素材を取ってきたよってに、ちょっと頼むわな」

 フワルー先輩は、エルフおねえさんにすべてを任せて、先に店へ戻るという。客を待たせているそうだ。

「じゃ、よろしくね。手を拝見するわ。見せてちょうだい」

「はい。お願いします」

 ウッドエルフのおねえさんに、わたしは手を差し出す。

「承知しました」

 エルフおねえさんが、わたしの手の甲に平べったい特殊な杖をかざした。記録された冒険者データを、杖を使って読み込む。

 クレアさんの手も、同じように見る。

「お二人で、冒険者七人分のお仕事をなさったのね。まだお若いのに、すばらしいわ」 

「どうも。それと、これを」

 わたしはエルフおねえさんに、戦利品を見てもらう。

「ウフフ。上等な品ばかりだわ。フワルーの後輩なだけあるわね」

 一部はギルドが買い取って、残りはフワルー先輩の元に行くそうだ。

「いやあ。おまちどうさん」

「あのおばあさん?」

「せやねん。孫が街へ出てもうたさかい、話し相手がほしいんやろうな。なかなか、話してくれへんかったんよ」

 フワルー先輩が、ナハハと高らかに笑った。

「これが、依頼の品よ。いいものは、持って帰っていいわ」

「おおきにやで。依頼主は、ウチやもんな」

 オウルベアのクチバシと目を手に、先輩がホクホク顔で家へと帰る。

「ついたで。ここがウチの店や」

 先輩の家は、こじんまりとした木組みの家だ。ハンドメイド感が溢れている。ただ、あと二人が生活できるスペースはなさそう。

「二人もやってきてくれるなんて、思ってへんかったさかい。庭が余っとるから、増築増築っと」

 フワルー先輩が、腕をまくる。

「お構いなく」

「そういうわけにも、いかへんて。キャルちゃんが木材も集めてくれとるさかい。すぐ終わるわ」

 空いたスペースに、フワルー先輩が家を作り始めた。魔剣をガッツリ装備して。

「ええやろ?」

 フワルー先輩の魔剣は特殊で、ただの魔法で動く工具だ。刃の周りにチェーンが取り付けられていて、魔力を流し込むとチェーンが刃の周りを回転する。丸太を切るのに、特化しているとか。

「これでゾンビをシバいたら、なんか爽快やねん。なんでやろ?」

 ウイーンと轟音を立てながら、フワルー先輩は丸太を斬り続ける。片手で。
 もう片方の手で魔法を操り、丸太を削って組み立てる。

「相変わらず、規格外ですね。先輩って」

「どうやろ? アンタこそ、こんなえげつない量の丸太を、アイテムボックスに仕込んできたやん。ウチからしたら、アンタのほうがよっぽどバケモンなんやが?」

 そうだろうか? それを片手でバシバシ切り刻んでいるのは、先輩でしょ?

「お二人とも、バケモノですわ」

 わたしたちのやり取りを見て、クレアさんがつぶやく。

「そうだ。お手伝いします。おいで、スパルトイ軍団」

 スパルトイを召喚して、手伝ってもらった。ガイコツがウロつくと村人の視線が痛いので、カブトとヨロイを着てもらう。これで姿を隠して、作業してもらった。

 斧使いが丸太を斬り、手の開いているガイコツが木を組み立てていく。

「器用やなあ。あんたの召喚したアンデッドは」

「わたしの腕が、反映されているのかも知れませんね」

 柵も作っておくか。あとは薬草畑のお手入れと、部屋の中に入れる作業台の準備を。

「キャルさん、一階にキッチンを作ってくださいまし。わたくしは、お夕飯の材料を買ってきます」

「いいの、クレアさん?」

「はい。村の方ともお話がしたいので」

「ありがとうございます。じゃあ、お願いしちゃおっかな?」

「おまかせを」

 買い物かごを持って、クレアさんが買い物へ。 

 わたしは、二階に取り掛かる。ベッドは、広めに作らせてもらった。

「先輩は、どこを作ってらっしゃるので?」

 広い敷地に、先輩がやたらと岩や石を積み上げている。石窯は大量にあるし、クラフト用の設備ではないだろう。城壁ってわけでもなさそうだな。

「できてからのお楽しみや」

 フフン、とフワルー先輩が不敵に笑う。

 あっという間に、もう一軒の家が出来上がった。お店と地続きになっている。お店も新調されて、立派に。

「ま、魔王城だわ!」

「大変よ! 魔王の城ができているわ!」

 わたしたちが作った家は、すっかり魔王城呼ばわりだった……。
「ただいま、戻りました」

 クレアさんが、帰ってくる。村人の騒ぎを聞きつけ、慌てて帰ってきたという。面目ない。

 まだギャラリーがいるよ……。

「ほらほらぁ。見せもんちゃうで。帰ってやー」

 フワルー先輩が、人払いをする。

「すいません。張り切りすぎちゃったみたいで」

「それは、お互い様や。ウチも楽しすぎて、ハッスルしすぎてもた」

 わははーと、さして気にしていないふうに先輩は笑う。

「こんな立派なおうち、維持費が大変でしょうに。お掃除も」

「いやいや。ゴーレムもおるから、掃除は心配せんでええさかいに。維持費なら、キャルちゃんのおかげで、十分に元が取れてるんよ。足らんかった分は、キャルちゃんに稼いでもらうよって」

 そこも見越して、大量に依頼を出していたのか。やるなあ、先輩は。

「では、お夕飯を作ってまいります」

「おおきに。ウチらは店の仕事するさかい。用事があったら、言うてや」

「はい」と返事をして、クレアさんは炊事場へ。

 わたしたちは、工房へ向かう。

「カウンターには、行かなくてもいいんですか?」

「ええねん。ほら」

 お店の番は、使い魔のウッドゴーレムたちが担当してくれるらしい。
 ゴーレムが、冒険者を相手にマジックアイテムを身振り手振りで売っている。わたしよりしっかりと、お客さんに応対していた。すごいな。

「簡単な受け渡しと、代金の支払いはできるねん。せやけど、中にはムズい注文してくる人もおるんよ。そんときは、ウチが担当するんや」

「ゴーレムでさえ働いているのに、わたしときたら」

 まだ、接客できるような神経は、持ち合わせていないよ。


 腰を痛めたというおばあちゃんが、尋ねてきた。

「行くわ。キャルちゃんは釜を見ておいてや」

「はい」

 先輩が応対に向かう。

 わたしは、薬草釜の方へ。コトコトと音を立てる釜を、混ぜ棒でかき回す。材料をスパルトイ軍団に刻んでもらった。
 何も教えなくても、ちゃんとこなしている。やはり、わたしのスキルや熟練度を、トレスしているみたい。

 先輩は、えらい話し込んでいる。

「オウルベアの肉や。これで、腰の筋肉をつけや。薄く切ってあるさかい、食べやすいはずやで」

 お肉の包みを持って、おばあちゃんはお礼を言って帰っていった。

「あんな感じやな」

 というかさっきの人は、単に雑談をしに来たみたい。
 お年寄りって、あんな感じだよね。

 コミュ力が求められる仕事は、先輩のほうが向いている。

「いらっしゃい。いつもありがとうな」

「こんばんは。店を新調したのか?」

 先輩の知り合いらしき中年男性が、店を尋ねてきた。数名のパーティを、引き連れている。他の男女のいでたちからして、冒険者か。

「みんな魔王城が出現したって、驚いていたぞ」

「ちょっと、増築の機会ができたよってに、店を改装したねん。今日は何を?」

「いつもの、ポーションを。それと、火山を攻略するんで、耐熱装備があると助かるんだが」

「炎耐性か。耐火ポーションは、前に売れてしもうたんよ」

 フワルー先輩が言うと、中年男性が「あちゃー」と額に手を置いた。

 わたしは「あの」と、パーティたちに声をかけた。

「キミは?」

「ええー、キャルといいます。こちらでお世話になっています」

「ああ、キミがさっき話に出ていた後輩か」

 中年男性の質問に、わたしはうなずく。

「せやねん。さっき言うてた後輩や。働きに来てくれてんよ」

「それは頼もしいな。それで、どうかしたか?」

「えっと、耐火装備ですよね? ファイアリザードの皮なら、余っているんですが」

 腰に取り付けたアイテムボックスから、わたしはファイアリザードの皮を取り出す。なめして、革の状態にしてある。

「ファイアリザードだって!?」と、中年男性が驚いた。

「レベル一二のバケモンだぜ。そんな怪物を、あの嬢ちゃんがやっつけたってのかよ?」

「信じられないわ。私の氷魔法でも、やつのブレスには通じないのに」

 冒険者たちが、わたしの話に興味を持ち出す。

「魔剣のおかげですよ。わたし、エクスカリオテの卒業生なんです」

「だからか。あそこから排出された魔法使いは、みんな優秀だもんな」

 リーダーの中年男性が、コクコクとうなずいた。

「あなた、フワルーちゃんと同じ平民よね? でもすごいわ。大したものね」

 冒険者たちからの称賛に、わたしは「ありがとうございます」と返す。

「剣士さんは片手剣持ちですから、革製のシールドを作成いたします。手持ちの防具をお借りしても」

「頼むよ。これなら、再利用してくれて構わない」

 リーダーの男性が不用品の丸い盾を、わたしに差し出した。

 錬成を施し、ファイアリザード製のシールドに変化させる。

「ありがとう。これで、ヒクイドリに対抗できる」

「ヒクイドリ?」

「この付近の火山をナワバリにしている、火属性のモンスターだ」

 街を襲っては来ないが、鉱山を荒らすやつを攻撃する厄介者だという。マグマをエサにするんだとか。 

『すっかり人気者だねえ、キャル』

「おだてないでよ。レベッカちゃん」

 ただレベッカちゃんは、ヒクイドリに興味津々の様子である。火属性だからだろうね。

「オレには、そうだな。この矢に毒を仕込めるか? 三〇本くらいほしい」

 レンジャーの男性が、矢の束をカウンターに置いた。

「はい、ただいま! 錬成!」

 わたしは錬成を行って、矢の先に毒を生成する。

「矢の内部を空洞にして、矢じりの先まで穴を通しています。突き刺さると、矢じりが引っ込んで毒が体内に流れ込むという構図です。ただし普通に武器として使うと、壊れやすいので注意してください」

 教頭先生から施してもらった「緊張をほぐす魔法」のおかげで、淀みなく商品の解説ができた。

「ありがとう。お嬢さん。これは少ないが、取っておけ」

 さっき採取したての、動物の角や爪を手に入れる。 

「お夕飯ができました」

「おおきに! キャルちゃん、看板裏返してきて。店閉めるで」

 今日の営業はこれで終わりとなった。

 本日の夕飯は、ゴハンと干物である。

「すごいですね。海がないのに、お魚が食べられるなんて」

 クレアさんはお上品に、ナイフとフォークでホッケの干物をいただいていた。

 一方わたしと先輩は、お箸で干物をつまんで豪快に貪っている。

「このトリカン村からちょっと西に行ったら、港町ファッパがあるねん」

 わたしが漬けた梅干しを一口で平らげて、先輩が語った。

 港町ファッパには、この一帯を治める領主が住んでいる。

「フワルー先輩が発酵技術を提供し、干物文化が浸透したんですよね」

「まあ、作ったんが干物女やねんけどな! アハハー!」

 笑えないジョークで、フワルー先輩が一人で笑う。

 食事を楽しんでいると、なにやらオルゴールが鳴り出した。
「オフロガ、ワキマシタ」と、ウッドゴーレムが呼びに来る。


「さて、疲れたやろ。オフロに入りや」

 フワルー先輩についていくと、外の岩場にたどり着いた。

 岩の煙突から、煙が立っている。

 空に向かって、湯気が立ち上っていた。

 先輩が岩石を組み立てて作っているのは、露天風呂か。一階を脱衣所にして、高い位置に露天風呂を設置している。

「今の家は、一人用の浴槽しかないねん。せやから、岩風呂を作ろう思ってな」

 以前に使っていた風呂場は、薪の置場にしたという。

「入ろっ」

 全員で服を脱ぎ、湯船へ。

 ああああ、生き返るぅ。

『いや。とんでもないね。キャルから疲れが取れるたびに、アタシ様の魔力も回復していくよ』

 レベッカちゃんも、気持ちよさそうだ。  

「前に村人用に、ごっつい大衆浴場を作ったんや。使い魔を放っとるから、ノゾキ対策もバッチリやで」

 もし不審者がいたら、ギルドが飼っている使い魔が知らせてくれるらしい。

 わたしたちのハダカなんぞ、せいぜい鳥しか見に来ないだろう。

「あんたら、魔剣を作るんやな。その前に、強さを見せてもらってええかな?」

「はい。お願いします」

 次の日、わたしたちは先輩にコーチを付けてもらう約束を交わす。
 翌日から、レベッカちゃんの強化と、クレアさん用の魔剣を作る作業に取り掛かった。

 店番はウッドゴーレムの他に、スパルトイ軍団にも手伝ってもらう。

『はいよ、薬草は銅貨一〇枚。そこのホーンラビットの角は、銅貨二〇枚だよ。カウンター前の調味料は各種、味見ができるからね。専用の木サジですくって、手において舐めっておくれ』

 スパルトイ軍団のCVは、レベッカちゃんが担当する。

 お客さんは最初こそちょっとビビっていたみたい。だが、危なくないとわかってからは安心して買い物をしていた。

 わたしは、魔剣作りに専念する。

「素材は、こんなもんかな?」

 いい魔剣を作るには、わたし自身が上達しなければ。

「ダメだ」

 ガタガタの魔剣ができあがる。

 わたしはもう一度、ダメ魔剣を素材に分解した。

『キャル、毒の矢じりを追加で二〇本頼むよ』

 時々、仕事も入ってくる。

 スパルトイに背負われているレベッカちゃんが、わたしに声をかけてきた。

「はーい。錬成! できたよー」

『はい、おまちどう。気に入ってもらえたみたいだね』

「よかった。この調子で、魔剣作りもがんばるね」

『その意気だよ』 

 その後も、素材になる剣を錬成してみたが、あまりうまくいっていない。魔力の流れが、どこかで滞っている。

「一から魔剣を打つって、こんなにも難しいんだ」

 かといって、参考としてレベッカちゃんを分解するわけにもいかない。
 細かく砕いて中身を見たところで、魔剣の構造がわかる保証もなかった。

『キャル。冒険者が、ボロいナマクラ剣を、三〇本も売りに来たよ』

「お相手に、『全部買い取る』って伝えて。素材にするよ」

『あいよー』

 一度、わたしは席を離れた。冒険者と面談し、鉄の剣をすべて買い取る。代金はフワルー先輩からではなく、こちらで出す。研究材料だからね。

『あんま、根を詰めすぎるんじゃないよ』

「わかってる」

 わたしは、鍛冶用スキルを持っていない。取ったところで、中途半端になる。

 錬成の授業で、魔剣の作り方は学んできた。ただ、人のために作ったことはない。

「習うより慣れろ。錬成術の先生が、いつも言っていたじゃん」

 今は、手に入れた素材を使った魔剣もどきを作るくらいである。とにかく、失敗してもいいからトライするのみ。

「ひとまず一本」 

 作った魔剣は、スパルトイに素振りしてもらう。

「ギャギャー」

 スパルトイたちが勝手に、剣の打ち合いを始めた。魔剣が当たって、骨が粉々になる。しかし、また元の姿に戻った。彼らなら魔剣が身体に当たっても、再生できるもんね。

 わたしはさらに数本の魔剣を、製造した。斧型や槍型なども作って、スパルトイたちに持たせる。何がうまくいって、どれができていないか、メモに取っていく。

 その間クリスさんは、フワルー先輩にコーチしてもらった。

「ところで、アンタの魔剣は?」

「こちらに」

 クレアさんが、スカートをたくし上げる。太ももに引っ掛けているナイフを、先輩に見せた。

「身体に装着して、魔法を使うタイプかいな。自分自身を剣にする、体術スタイルやね?」

「よくご存知で」

「たまにおるんよ。そういうのを使いたがるモンが。ほとんど使いもんにならんけど、アンタは強そうや。なんか、オーラが全然ちゃう」

「ありがとうございます」

 さっそく、わたしが作ったサンプル魔剣の耐久度テストと、実戦のテストを同時に行う。

「クレアさん、準備はいいですか?」

「いつでもよろしくてよ」

 わたしは、ガイコツたちに武器を持たせる役割を担当していた。魔剣のサンプルを開発し、ガイコツたちに使わせる。これにより、何が足りないかを分析するのだ。

「やっちゃえ、スパルトイ」

 スケルトンゴブリンたちが、クリスさんに飛びかかる。

「はっ!」

 電撃を放つクレアさんのキックで、ゴブリンたちの群れがあっという間に半壊した。やはりゴブリン程度の腕前では、話にもならない。再生させてもう一度向かわせたが、結果は同じだった。

 魔剣がどうのこうのって、次元ではない。基礎的な部分が、足りていなかった。

「たいした実力や。せやけど、ちゃんと剣を装備したほうがええよ。知り合いに、ホンマもんがおるから」

「そうなのですね? 聞けば、あなたも相当の腕前だったとか」

「……ウチを、挑発してるんか?」

 フワルー先輩が、メガネを直す。

「いえ。ですが、以前からずっと、我々よりレベルが高いと察知していましたので。ギルドの方にも、伺いました。あなたもその気になれば、冒険者として戦えるレベルだと」

「ええで。かかっておいで」

「では。雷霆蹴り(トニトルス)!」

 言った瞬間、クレアさんがフワルー先輩に蹴りかかった。

 しかし、フワルー先輩は不敵な笑みを浮かべるだけで、その場から動かない。

「な!?」

 クレアさんの顔から、余裕が消えた。

 フワルー先輩は涼しい顔で、あっさりとクレアさんのキックをチェーンソーで受け流す。聖剣ですら叩き壊す、クレアさんの電撃キックを。

「これが、学校と実戦の差や」

 派手に転倒したクレアさんの顔の前に、フワルー先輩が、チェーンソーの先を突きつけた。

「ウチはレンジャーの授業にも出とったさかい、これくらいの戦闘力はあるんよ。コーチも強かったし。獣人族の特性もある。異常な反射神経やね」

 獣人族は一瞬だけ、相手の動きを完全に読める。

 もし先輩が本気だったら、クレアさんは足の一本はなくしていたかもしれない。

 クレアさんも気づいたのか、戦闘態勢を引っ込めた。いかに自分がヌルい環境にいたか、思い知ったのだろう。

「冒険者としてやっていくなら、これ以上の強さが必要やねん。せやからウチは、冒険者にはならんかった。最低限の素材集めができたらええ、って思ったんよね」

 フワルー先輩が、チェーンソーを止める。

 まだまだ、世界は広い。もっととんでもない魔物や、冒険者がいるんだ。

 この間のおばあちゃんが、またやってきた。この方は、先輩に話し相手になってほしいみたい。

「フワルー先輩、またあの方が。なんだか、困ってるっぽいです」

「わかったで。クレアちゃん、知り合いのお客さんが来たねん。ウチからの講義は、このくらいにしたってや」

 先輩が、カウンターに向かう。

「大丈夫ですか、クレアさん」

 わたしは、肩を落とすクレアさんに歩み寄る。

「慰めは、不要ですわ。今の一撃で、目が醒めました」

 クレアさんはもう、戦士の顔になっていた。甘えが抜けて、油断もない。

「キャルさん。わたくし、もっと強くなりたいですわ」

「そうだね」

 わたしにも、レベッカちゃんを最強の魔剣にするという目標がある。

「なんやて!?」

 カウンターから、フワルー先輩の荒々しい声がした。

「どうしました、先輩!?」

「この人のお孫さんが、南西の火山付近で足止めを食らっとるらしい」

 おばあさんのお孫さんは、行商人をしている。その馬車が火山付近を通りかかったときに、山の岩場が崩れたらしいのだ。

「ヒクイドリが、暴れとるせいや。なんか最近、モンスターが活発化しとってな。悪さしよるんや」
 そのせいで、行商人さんが帰ってこられないという。それどころか、誰も待ち入れなくなってしまっているとか。

 先輩の言葉を聞いて、わたしはレベッカちゃんをスパルトイからひったくった。クルンと回転させてから、背中に担ぐ。

「わたし、行ってきます」

「ムチャや! 相手はヒクイドリやで。見つかったら、大変なことになるで」

「できるだけ、回避して向かいます。行商人さんを助けたら、すぐに退散しますから」

 クレアさんも、「ワタクシもついていきます」と告げた。

 フワルー先輩は、おばあさんの肩を抱きながら「ええやろ」と、つぶやく。

「頼むわ。うちはおばあさんを見ておくさかい」

「はい。行こう、クレアさん」

 わたしとクレアさんは、南西にある鉱山に向かった。
「クレアさん、あそこですかね?」

 わたしたちは、火山地帯に到着する。

「酷い有様ですね」

 そこは、見事に土砂崩れが起きていた。自然現象ではない。明らかに、魔物などの強い外部の力が働いている。

「キャルさん、岩を壊しましょう」

「待ってください。クレアさん。スパルトイのオウルベア軍団、来て!」

 わたしはスパルトイの中から、オウルベアのガイコツを呼んだ。あと探索用にウルフのガイコツも。

「オウルベア、ガレキをどけて!」

 指示を出すと、オウルベアはよいしょと岩石をどけ始める。

「そうそう。その調子……うわ!」

 モンスターが、押し寄せてきた。

「なんて数ですの!」

 赤いワニ、黄色い巨大クモ、炎の弾を吐くてんとう虫が。中央には、イノシシ頭の亜人種がいる。トサカが燃え盛っていますが、平気なの?

「火山に適応した、オークまでいますわ!」

 わたしの知っているオークとは、かなり違うけど。

 これは……いいスパルトイの材料になりそう!

 とはいえ、やっつけないと仲間にならないよね。 

「ええい、負けるかっての」

『残りのスパルトイも、出てきやがれ!』

 わたしより早く、レベッカちゃんが指示を出した。

 数には、数で勝負だ。やってやれないことはないっ!

 オウルベアには引き続き道を作ってもらいつつ、岩で遠投をしてもらう。

 炎のワニが、岩に叩き潰された。

 だが、炎のてんとう虫が岩を溶かしてしまう。

「あーっ、オウルベアがーっ!」

 オウルベアが、溶岩をかぶって溶けちゃった。後で治してやるから、待っとれい。

『ゴブリン・毒弓部隊! 出番だよ!』

 ならば、弓矢で撃ち落としてやる。

『仕込んだ特製の毒弓で、混乱しちまいな!』

 矢に貫かれたてんとう虫が、敵味方問わず火の玉を乱射する。

「うわ、結構被害がデカい! レベッカちゃん、やっぱ普通に仕留めて!」

『あいよ。聞いての通りさ。通常の矢を浴びせな!』

 結局ノーマル弾で、てんとう虫砲台を撃ち落とす。

 オウルベアが、オークに岩を投げつけた。

 片手に持った蕃刀を振り下ろし、オークが岩を切り裂く。並のモンスターではないようだ。火山の魔力を吸って強くなったのか、あるいは、なんらかの作用が働いているのか。

「オークは、ワタクシが仕留めますわ!」

 蕃刀を持ったイノシシ頭が、クレアさんを見てニヤリと笑った。うええ。

「メスをエサにしようとなさって? おあいにくさま」

 クレアさんは、レイピアを所持している。わたしが作った剣の中で、どうにか雷属性に合いそうな品だ。柄のガードに魔法石を埋め込んであり、魔法増幅装置として働く……ハズ!

「サンプルの魔剣、試させていただきます」

 わたし作のレイピアを構え、クレアさんが魔物と向き合う。

 オークは油断しているみたいだ。「そんな細い剣で何ができるのか」という、顔をしている。

 だが、彼はすぐに肉塊となった。何をされたのか、想像もつかなかっただろう。クレアさんが動いた瞬間に、ボロボロの炭になったから。

 とはいえ、魔剣も壊れちゃったんだよなあ。

「調節を間違えました。すいません」

 クレアさんの力を、甘く見積もっていた。魔力に耐えきれない剣なんて、作っちゃダメだよね。

「いいえ。ワタクシの魔力調節に、問題がありました。全力を出しすぎて、せっかくの武器が。所持者として、情けないですわ」

「とんでもない! もっと頑丈な武器を作りますんで」

「お願いしますわ」

 オークが落とした蕃刀を、手に取る。

「これを、錬成できれば」

 わたしは、壊れた魔剣と蕃刀を錬成し、かけ合わせた。

「蕃刀の頑丈さと、レイピアのきめ細やかさを両立させてみました。今度は、耐久力も上がるかと」

「ありがとうございます。先へ進みましょう」

 わたしたちは、先を急ぐ。

「見えてきましたわ」

 壊れた馬車が、視界に入った。

 以前、店に来てくれた冒険者たちも、馬車の周りを守っている。

「来てくれたのか。ありがとう!」

 リーダーの男性が、わたしたちに礼を言った。

「応援は我々だけですわ。申し訳ありません」

「来てくれただけでも、感謝するよ! 本当にありがとう」

 冒険者だけではない。行商人さんも、何度も頭を下げている。

「しかし、積み荷が」

「そんなの、置いていけ! 逃げるぞ!」

「積み荷のほうが、大事なんだ!」

 冒険者リーダーが、行商人を馬車から離そうとした。たしかにウマは逃げちゃったから、もう馬車は意味をなしていない。

「アイテムは、こちらで預かります」

 わたしのアイテムボックスは、ドロップアイテムである【龍の眼:極小】のおかげで、無限だ。何でも入り、腐らない。

「何から何まで、助かるよ」

「それはいいですから、逃げてください。早くしないと……」

 何者かが、空からこちらを見ている。デカい。一五メートルくらい、体長があるな。全身が黒く、頭部から首にかけて青い。虹色のトサカを持っている。

「ヒクイドリだ!」

 とうとう、ヒクイドリに見つかってしまった。派手に暴れたもんな、わたしたち。いくら、街道を修復しようとしていたとはいえ。

「みなさんは、逃げてください!」

 冒険者たちが、駆け出した瞬間だった。

 巨大ヒクイドリが急降下し、蹴りを放つ。獲物をとらえるかのように、オウルベアごと岩石を掴んだ。再度宙を舞い、空中でオウルベアと岩を粉々に砕く。

「ひいいい!」

 行商人が、恐怖で駆け出していった。

 声に反応したのか、ヒクイドリが行商人を視認する。

 いけない。魔物が彼をターゲットにした。

 わたしは、即座に【ファイアボール】を放つ。

 ヒクイドリが行商人さんに蹴りを繰り出した。

 そのタイミングで、火の玉が魔物の足にクリーンヒットする。威力は低いが属性を無効化する、【原始の炎】を込めた火の玉で。

 射撃ダメージしかないものの、ヒクイドリから行商人を守ることだけはできた。

「逃げて! 応援を呼んできて!」

 もう一度冒険者たちに叫び、わたしはヒクイドリをこちらへ引き付ける。

『さあ、どうしたよ。アタシ様はここだよ、このコケコッコー野郎!』

 魔剣を振り回して、レベッカちゃんにヒクイドリを挑発してもらった。

 相手は、わたしがディスったと思っているんだろうなあ。 

「キャルさん。今度もワタクシがいただきますわ」

「どうぞ」

 わたしが言った瞬間、クレアさんが足元に【雷霆(らいてい)蹴り】を繰り出した。ヒクイドリより、高く跳躍するためである。

 空中戦なら負けないと、ヒクイドリも高く舞い上がった。

「キック対決など、無粋なマネはいたしませんわ」

 なんと、クレアさんが空中を蹴る。上空でナイフを足場にして静電気を発生させ、空中から急降下したのだ。

 攻撃モーションに移っていたヒクイドリが、あっけにとられた顔になる。

「もう、遅いですわ」

 ヒクイドリの首をハネて、クレアさんが急降下した。

 魔物の身体が、空中で炭化する。

「ヒクイドリのクチバシと、トサカ。肉もゲットしましたわ」

「すごいです、クレアさん」

「本当にすごいのは、キャルさんの魔剣ですわ。今度は、壊れておりません。ワタクシ、本気で全力の雷光を注ぎ込みましたのに」

 勝ったというのに、クレアさんは少しむくれていた。

『……キャル! もう一匹くるよ!』

 とっさに、わたしはクレアさんを突き飛ばす。

 同時に、背中に強烈な打撃が入った。

「キャルさん!」

「平気です!」

 わたしは、レベッカちゃんで攻撃を防ぐ。レベッカちゃんが気を遣って、わたしに憑依してくれたおかげだ。とはいえクリスさんの避難を優先したので、結構なダメージが入ったけど。

「クレアさんは逃げてください! コイツは、わたしが仕留めます!」

「でも!」

「まだコイツらには、仲間がいるかも知れません!」

 わたしがそう言うと、クレアさんは自分のすべきことを悟ったらしい。すぐにわたしを置いて、行商人さんの元へ。

 それでいい。

『さて、遊んでやるよ。クソコケコッコーが!』
 ヒクイドリと、対峙する。さっきクレアさんが倒したヤツより、三割増しでデカい。コイツが、リーダー格だろう。トサカも、虹色に燃え盛っている。

「レベル二五だって」

 わたしのレベルは、せいぜい一四くらいだ。一〇以上も、離れている。レベッカちゃんに憑依してもらうと、さらに五ほどレベルが上がる。それでも、二〇には届かない。

 よく、こんなバケモノの攻撃を弾き返したよね。わたし。レベッカちゃんのおかげだけど。

『キャル、全部アタシ様に任せな』

「いいの、レベッカちゃん?」

 いつもレベッカちゃんに頼り過ぎだから、ちょっとくらいは自分でも戦えたほうがいいかなーって思っている。でも、余計なお世話なのかな?

『気を利かせないでおくれよ。最近はいつもスパルトイ任せだから、暴れ足りないんだ。コイツの始末は、アタシ様にやらせな。レベル二五超えの魔物なんて、上等じゃないか』

 つまり、戦いたいと。

「うん。体力に極振りしているから、問題ないよ」

 ザコ戦で数段レベルアップし、ステータスに振れるポイントを大量に得た。

 ひとまずわたしは、ステータスポイントをすべて体力に注ぎ込む。あとは全部、レベッカちゃんに委ねることにした。

 わたしの身体を、オレンジの光が包む。

 ボブカットの髪が逆立ち、燃え盛る。

『いくよ!』

 レベッカちゃんの力を借りて、わたしは飛びかかった。ヒクイドリの上空へ。

 片足を上げただけで、ヒクイドリはわたしの剣戟を打ち返す。

 さすがに、五から一〇以上レベルが離れているとキツい。

『いいねえ! 最っ高に盛り上がってきたじゃないか!』

 でも、レベッカちゃんは楽しんでいる様子だ。

『悪いねキャル! あんたの身の安全は、保証できないかも知れないよ!』

「構わないよ。全力でやっちゃって」

 これが、魔剣と契約するということ。

 強い武器と一体化するには、それなりの代償が必要だ。

『さて、【原始の炎】をお見舞いしてやるかね!』

 コマのように旋回しながら、わたしはヒクイドリに切りかかった。黒い炎が、レベッカちゃんの周りにまとわりつく。

 ヒクイドリの方も、回し蹴りで対抗してきた。

 火花を散らし、互いの攻撃が交差する。

 炎属性さえ、原始の炎の前では突き抜けていく。

 そのはずだった。

 なのに、抵抗されてしまう。

 わたしは、後退した。

 インパクトの箇所が、プツプツと黒く燃えている。

「まさか、相手も【原始の炎】を!?」

 ダメージを貫通する炎を、魔物が持つなんて。

『間違いないね。ありゃあ原始の炎さ』

 マグマを食い続け、ヒクイドリの体質が変わったのかも知れないとのこと。

「ヒクイドリが、マグマに溶けなかったレアアイテムを、飲み込んじゃったのかな?」

『どうでもいいさ。それより、キャル。【原始の炎】持ちなんて、狩らない理由はないよ。あいつを食って、アタシ様は原始の炎をパワーアップするんだよ』

「だね!」

 炎属性どころか全属性無視なんて魔物が町や村に降りたら、大変だ。ここで仕留めないと。

「でも、どうやって倒す? 相手には、なんの属性も効かないよ?」

『だったら、トリのアイデンティティを奪うまでさ!』

「りょーかい!」

 翼をもげ、ってわけだね。

 わたしは、レベッカちゃんを逆手に持った。剣先を、思い切り地面に叩きつける。火球を地面に打ち込んで、速度を上げて跳躍した。クレアさんがやった、魔法による跳躍力アップ作戦だ。

 ヒクイドリの方も、空へのアドバンテージを取ろうと、飛び上がる。

「このときを、待っていたよ!」

 空を飛び上がる際、どうしても足に重圧がかかる。翼の方に、力がいくんだ。

『片翼だけでいい! ぶった斬れ!』

「おっしゃー!」

 わたしは、ヒクイドリの羽根を片方だけ切り捨てる。

 それだけで、ヒクイドリは墜落していった。完璧な魔物は、案外脆いもの。

 墜落の衝撃をやわらげるため、ヒクイドリは片足を犠牲にしたみたい。しかし、怒りはマックスそのもの。わたしに対して、殺意を隠さない。

『それでいいよ! とことんやろうじゃないか!』

 ヒクイドリが、ブレスを吐き出す。【原始の炎】がブレンドされた。全属性ダメージの攻撃だ。

『甘いんだよ!』

 わたしは、ブレスを切り裂く。この攻撃は、ファイアリザードが相手でも使った。

 リザードと違うのは、対応されたこと。簡単に、首を取らせてくれない。切り込んだわたしに、クチバシで抵抗しようとする。

 レベッカちゃんを踏み台にして、わたしは逆上がりをした。レベッカちゃんの柄に着地する。

『ふん!』

 刀身に、レベッカちゃんがケリを入れた。

 剣を押し込まれたことで、ヒクイドリの口角がスパッと切れる。

 痛みで口を開けたところに、レベッカちゃんはさらに追い打ちをかけた。ヒクイドリのノドに向かって、剣を突き刺す。

 それがトドメとなって、ヒクイドリは絶命した。


[レアモンスター【ヒクイドリ 猛撃種】を撃破しました。【原始の炎:極小】を手に入れました]


「はああああああ」

 変身を解いて、わたしは脱力する。もう、足も動かせない。しばらくは、立てないかも。

『レベルアップして体力に振っても、間に合っていないねぇ』

「そうだね。ちょっと休憩」

 ポーションを飲んで、一息つく。お菓子は、食べ尽くしてしまっていた。熱かったもんなあ。

『起きなよ、キャル! ヤバイものが落ちてるよ!』

 レベッカちゃんが叫ぶので、筋肉痛の痛みを堪えて立ち上がる。

「なになに……え、魔剣!?」

 なんと、魔剣が落ちている。

 クレアさんの剣の素体にした蕃刀と、形は近い。

 ヒクイドリが使っていた【原始の炎】の正体は、これだったんだろう。

『そっちじゃない。アタシ様が言っているのは、オークロードの腕だよっ!』

「オークロードの?」

 たしかに、魔剣は魔物の腕もセットで付いていた。世界で一番いらないセットだよ。

『ヒクイドリは、オークロードと戦って、この腕ごと食っちまったんだろうね』

「なんのために?」

『ナワバリ争いか、魔剣を求めてか』

「世界には、そんなに魔剣ってゴロゴロ落ちているもんなの?」

『おそらくはね』

 魔剣に限らず、この世界には伝説の装備が山ほど落ちているらしい。

 未来予知さえ可能な魔道士の帽子、ドラゴンのブレスさえ弾くヨロイ。歩く度にお金が入ってくるお財布など。あげだしたら、キリがない。

 そんなとんでもアイテムを、冒険者たちは求めているのだ。

「わたしとしては、クラフトのほうが楽しいなって思うけど」

『旅の目的は、人それぞれさ。しかし、アタシ様は言ったよ。魔物とマジックアイテムとの相関する関係を』

 うん。

 魔物は、マジックアイテムに惹かれる。

 自身を守るために、あえて魔物に食われるマジックアイテムもあるのだ。

「とりあえず、この魔剣は食べて」

『いいのかい、キャル? クレアの欲しがっている魔剣の、ベースにでもすればいいじゃないか』

「大丈夫」

 クレアさん、自分で言ってたもんね。「人の所有物は、欲しがらない」って。
 これは、オークの所有物だ。
 多分、クレアさんも必要としていない。

 さっき渡したレイピアにも、オークの蕃刀が使われている。しかし、あれは耐久テストのサンプルだ。あくまでも、素体はレイピアの方である。

 この魔剣も、よくできていた。とはいえ、ちょっと強くなった蕃刀程度である。

『この剣をベースにしちまえば、【原始の炎】を扱えるようになるよ』

「戦闘力皆無なわたしならいざしらず、クレアさんが人と同じスキル持ちで満足するように見える?」

『アハハ! それもそうさね!』

「きっとクレアさんはさ、もっと強いスキルを手にできるよ」

『だな。【原始】シリーズは、炎だけじゃなかったはずだからね』

 よってこの剣は、レベッカちゃんのエサになってもらう。
 オークの腕ごと、レベッカちゃんの胃袋へ。
 胃がどこにあるか、わかんないけどねっ。
「キャルさん!」

 クレアさんが、助けに来てくれた。いっぱい、応援の冒険者を引き連れている。

「ここでーす。クレアさん」

 わたしは手を振って、無事をアピールした。

 残存する魔物も、ほとんど残っていない。 

「ひとまず、無事でよかった。ギルドまで送ろう。報告に行かないと」

 商人さんを守らなくてよくなったためか、冒険者たちは張り切って行く手を塞ぐ魔物を蹴散らしていく。わたしたちがなにもしなくても、いいくらいに。

「大変でしたわね。お互い」

「はい」

 今度こそ、わたしは休憩だ。また暴れろって言われても、ムリー。

「クレアさん、あの後、問題はありませんでしたか?」

「ええ。仲間のヒクイドリがこちらへ飛んできたことがありました」

「無事だったんですか!?」

 わたしは、飛び起きた。 

「みんなどういうわけか、山へ逃げていきました」

「よかったぁ」

 全員が無事なら、それでOKだ。

 妙だ。もっと好戦的なのかとばかり。

『おそらく【原始の炎】で、ボスが変な力を得ちまったんだろうね』

 原始の炎をボスが飲み込んで、なんらかの洗脳が群れの中で始まったのかもとのこと。

 ボスが死んだことで、その洗脳が解けたのか。

『これは推測だが、オークロードが原始の炎を拾ったんだろうさ』

 で、スキルを獲得して、魔物を操ろうとしたんだろうね。先手を取って、ヒクイドリがオークロードを食った。しかし、今度は自分が原始の炎の魔力に取り憑かれてしまったんじゃないか、と。

「だから、ヒクイドリが暴れ回ったってわけですか」

「そうかも」

 
 村に戻ると、さっきのおばあさんがわたしたちにお礼を言いに来た。

 それより先に、フワルー先輩に抱きしめられたが。

「アンタら、よう生きて戻ってきた! ヒクイドリが相手やいうから、心配したんやで!」

 先輩でも手を焼く、厄介者だったそうである。

 そんな怪物を、わたしは倒しちゃったのか。

『あんたは、たいした仕事をしたのさ。誇っていいんだよ』

「でもがんばったのは、レベッカちゃんじゃん」

『アタシ様だけじゃ、山には入れないからねえ。あんたが行かなかったら、活躍もクソもなかったろうさ』

 あくまでも、わたしの意思が反映したと。

 わたしとしては、みんなが無事なだけで、十分いいことだと思っている。

『欲がないねえ。そこがあんたの、いいところだけどさ』

 行商人さんも無事だ。

「ありがとうございました。実はボク、あの鉱山の鉱石で加工した武器装備品を、こちらに流しているんです」

 村で薬草や野菜を仕入れてファッパで売り、ファッパで装備品を仕入れてこちらの村で売っているらしい。

 しかし、ファッパからの帰りに鉱山を抜けようとして、ヒクイドリに襲われたという。身を隠すので精一杯だったそうだ。

「ヒクイドリなんて、上空を飛んでいるだけで、冒険者には目もくれないと思っていました。あそこまで暴れるなんて」

 厄介者がいなくなったことで、ここの狩りもやりやくすなるのでは、と冒険者たちも考えている。

「これはお礼として、受け取ってください」

 わたしは、鉱石を手に入れた。魔法石の効果もあるみたい。これは、魔剣のいい材料になるだろう。

 ギルドに戻り、ヒクイドリのボスを倒したと告げた。

「ヒクイドリが、【原始の炎】を飲み込んでいた!?」

 ですよねえ、やっぱりそういうリアクションになるよねえ。

「港町ファッパからも、調査隊を派遣してもらいます。トリカン村の冒険者たちだけでは、手に余りますからね」

 ひとまず、鉱山に関してはこれでいいか。

 ギルドでの用事を済ませて、フワルー先輩の元へ。

「おばあさんから、野菜をもろたわ。これで鍋にしよか」

「いいですね。手伝います」

「あんたらは、身体を休めとき。あとはウチが作るさかい」

 ならばと、スパルトイ軍団を手伝いによこす。

 メイン材料は、ドロップしたヒクイドリのお肉だ。

 お鍋の支度ができて、みんなで鍋を囲む。

 わたしたちのために振る舞っているはずが、フワルー先輩が一番食べていた。よっぽどわたしたちのことが、心配だったんだろうね。気持ちが晴れて、食欲が復活したみたい。

「レベッカさん。【原始の炎】なんて、王族ですら簡単に所持できません。それくらいの、レアアイテムですわよね? そんなにポロポロ落ちていますの?」

『原始の炎というより、魔剣は案外どこにでもあるんだよ。それを魔物が取り込んで、さらなる魔剣として強くなっていく』

 巡り巡って、魔剣が【原始の炎】の特性を会得した可能性が高いらしい。

『強い魔剣を所持した! っつっても、しょせんはオークロードだからね。ヒクイドリにケンカを売ったのが、運の尽きさ』

 ゴブリンに毛の生えた程度の魔物が、ヒクイドリなんかの大物に勝てるわけがない、か。

「ヤバイね、魔剣って」

「レアアイテムを回収する冒険者や王族は、そういったアイテムの異常な強化を、未然に防ぐ目的もあるそうや」

 フワルー先輩が、咥えたオモチをお箸で伸ばした。

 アイテムが強くなりすぎると、それを手にしようと争いにまで発展する。

 中には、率先して他人を洗脳して、戦いの火種を起こそうとするアイテムも存在するとか。

「保管していた宝石が原因で、滅びた国家もあるそうですわ」

 やだよ。そんな血に染まったアイテムなんて。

「中でも有名なのは、【氷の妖刀伝説】ですわね」

 かつて東の国にあった国のお姫様が、氷属性の妖刀を手にして王族を皆殺しにした話だ。あと都市が死んだせいで東の王国は滅亡し、跡形もないらしい。

「マジックアイテム回収の請負人が、必ず聞かされる話ですわ」



 魔剣の他に、妖刀もあるのか。

「うわあ。マジックアイテム業界って大変だな」

「せやねんよ。食べられたら強くなるいうんやから、大変やで」

 いいながら、フワルー先輩がヒクイドリの肉をモリモリ食べる。

「その栄養が、お胸に移動しているのですね? 食べれば食べるほど」

「せやで! ウチはおいしいもんを食べる度に、エロくなるんやでっ!」

 クレアさんが茶化すと、先輩がセクシーポーズらしき構えを取った。

 全然セクシーに見えない。 

「ほんでな、話があるねん。アンタさえよかったらやねんけど、街へ出店しよかなって思ってるんやけど?」

 先輩が、港町ファッパに店を構えたいという。

「実を言うとな、さっきの行商人はんが、店を都合してくれるねん」

 アイテム作る用の工房なんかは、我々で用意する必要がある。しかし、この店ごとアイテムボックスにしまえば問題なし。そのまま移転してしまおう、とのこと。

 大胆な計画だなぁ。

「行商人はんとファッパ行きに同行して、そこで店を構えようかと思てんのよ」

「いいじゃないですか! 行きましょう」

「おおきに。ほな、明日からあいさつ回りをするさかい、出発は、三日後や」

 今日の疲れを取るために、わたしたちは入浴することにした。

 オフロから上がって、みんなで着替える。

「なあクレア。アンタの着てるその服、『もーかえる』やな?」

 クレアさんの変Tを見て、フワルー先輩が声をかけた。

「はい。フワルーさん、よくご存知で」

「ま、まあな」

 フワルー先輩が、言葉を濁す。

 クレアさんには、言えない。「フワルー先輩が学級新聞の落書きで描いたキャラクターが、独り歩きした」なんて。

 錬金術に専念するため、先輩は商標権だけをもらって『もーかえる』を手放した。先輩は錬金術の開発費を、キャラクター使用料で賄っている。

「この点でできた目の愛らしさ、たまりませんわ」

「さよか。おおきにな」

「どうして、フワルーさんがお礼を言うんです?」

「いやいや。こっちの話や」

 あやうく、バレそうになった。
 翌朝ギルドに向かうと、歓迎ムードで出迎えてもらった。

「キャルさん、クレアさん。トリカン村と、ファッパの街を救ってくれてありがとう。あなたがたの貢献度を吟味し、ギルドとしてはランクアップを検討しています」

「いいんですか?」

「ギルマスがダメって言っても、私が口利きしてあげるんだから!」

 エルフおねえさんが、カウンターから奥へ引っ込む。ギルマスと話し込むつもりだろう。

「今日はどうしましょう? ワタクシは、フワルーさんに稽古をつけてもらおうかと考えていますが?」

「わたしは、錬成の練度を磨くよ」

 クレアさんの武器を作るには、まず自分の鍛錬をしないと。

 いい素材も手に入れたし、もらった魔法石で魔剣も錬成したい。

 といっても、まだ先だ。わたしは、クレアさんの眼鏡にかなう武器は作れない。

 クレアさんは、フワルー先輩から特訓のメニューをもらっていた。着ているジャージに、【魔力の放出を抑える機能】を仕込まれている。

 ちなみに、わたしも着せられた。そのため、錬成に三倍の魔力を使うことに。でも、これくらいやらないとね。

「日課のジョギングをしているだけで、汗がこんなに」

 クレアさんが、ジャージのファスナーを下ろす。

 ムワッと、熱気が漏れた。

「日常生活を送るだけでも、常人の三倍疲れるよ」

 わたしは、朝食を作っていただけで汗だくに。

 朝ごはんを終えて、クレアさんはジャージの上から装備を着込む。鉱山の探索に向かうという。

「これを持って行ってください」

 クレアさんに、棒切れを渡した。

「スパルトイ……わたしが引き連れているガイコツを操る棒です。これを持っていれば、あなたがガイコツの所持者になれます」

 戦闘はクレアさんに任せ、薬草取りや鉱物採掘は彼らに任せる。

「ありがとう、キャルさん。行ってまいります」

 七〇体以上のガイコツ軍団を連れて、クレアさんは鉱山へ。

 わたしの方は、レア度の低い素材で錬成をしまくる。ヒクイドリとの戦いで、魔物からも大量の素材を手に入れていた。これを錬成の練習台にする。

 お客さんが来たら、必要なアイテムの生成はなるべくわたしが担当した。お客さんの要望に答えることが、クレアさんの武器作りに役立つと思うから。

『精が出るねえ、キャル』

 戦闘用スパルトイの身体を借りて、レベッカちゃんが語りかけてくる。レベッカちゃんは、庭で戦闘要員のコーチをしているのだ。

「これくらいやらないと、【熟練度】は上がらないから」

 冒険者には、レベルの他に【熟練度】というステータスがある。どれだけ練習したかも、ちゃんと自身のスキル性能に反映するのだ。

 たしかに、レベルでスキルポイントに振ったほうが、確実に上達する。だが、レベルが高くなると要求される経験値も高くなってしまう。

 農民や鉱夫、鍛冶屋などが、戦闘をしなくても仕事が早いのは、熟練度の性能が高いからだ。

 レベッカちゃんには、戦闘以外のスキルも振る。スパルトイ軍団にも、役割を振ることにしたからだ。

「でもいいの? 戦闘以外のスキルも振って。大丈夫?」 

 戦闘要員はもちろん、薬草採取、鉱石採掘、鍛冶・裁縫、アイテム掘りなど。わたしだけではどうしても頭打ちになりそうなことを、スパルトイたちに担当してもらうのだ。クレアさんが連れいてるのは、戦闘員以外である。

 門番さんに頼んで、ガイコツ軍団による村の出入りも、許可してもらえたし。

 街へ行くまでの道中で、色々とレアな素材が見つかるといいな。

『構わないさ。アタシ様をどうやって使うかは、アンタ次第だろ?』

 朝はガイコツたちに、採掘や採取の指示を出す。昼はお客さん相手に商売をし、夕方にガイコツたちが持ち帰った素材でひたすら錬成をした。数日作業場にこもって、錬成を繰り返す。

「また魔王城から、ガイコツが出入りしているわ」

「でも、大根を抜く作業も手伝ってくださるから、ありがてえや」

 わたしはすっかり魔王呼ばわりだが、村の手伝いをすることで、ウワサの密度を下げている。

 クレアさんの方も、フワルー先輩が出したメニューを着実にこなしているみたい。



 
 三日後、わたしたちの冒険者ランクが、【F】から【E】に上がった。

 村を救ったことで、大幅に冒険者のランクが上がっている。

「どうにか、ギルドからお許しが出ました。というか、出させました!」

 エルフおねえさん、ギルドでは結構実力者なのかなぁ。かなり強引な手段で、わたしたちを推したみたいだけど。

 ギルドから信頼を得たことで、割と大きな仕事も回ってくるぞー。

「といっても、クレアさん。具体的にどういうことが、できるようになるんでしょう?」

「大きなランクともなれば、それこそ調査隊に加わるとかですわ」

 さっき言っていたことか。

 ある程度ランクが上がると、要人警護なんかも仕事に含まれるらしい。

「これで、ようやく我々も冒険者として――」

「大変だ!」

 鉱山で調査を進めていた冒険者が、飛んで帰ってきた。フワルー先輩のご友人だ。

「妖刀使いが現れた痕跡を、鉱山で見つけたぞ!」

 先日話していた【氷の妖刀】が、鉱山地帯に現れたっぽい。

「氷の妖刀伝説って、東の国の話じゃないですか! どうして、我がトリカン村近隣に?」

 エルフおねえさんも、信じられないって顔になった。

 だよね。この大陸って、西の端っこの方だもん。

「あの、キャルさん方、あなたたちも、調査に向かってください。私も、一緒に行きましょう」

 おねえさんを連れて、鉱山に。




 鉱山にあるという【氷の妖刀】の痕跡は、トリカン村の反対側に出たらしい。

「たしかに、氷属性持ちがヒクイドリと交戦した形跡があります。ほら、ここに」

 クレアさんが、戦場の岩を確認した。

 わずかながらも、岩の切り口に霜が立っている。氷そのもので、切ったのか?

「でもさ、妖刀だなんて、わかんないよね?」

『こんな火山で、霜が立った切り口が見つかるなんてさ。間違いなく、妖刀の仕業だよ』

 同じ魔剣であるレベッカちゃんがいうなら、本当なんだろうね。

「ですが妖刀伝説なんて、勇者伝説より遥か昔の話ですわよ? それが、どうして今頃になって」

 なんか、ヤバイことになっちゃったっぽい?

『アタシ様の知る限りではないね。王都を滅ぼしても、まだ血を求めてさまよっているのか、清い心を持つ所持者の手に渡って、世直しの旅をしているのか』 

「ですが、トリカン村に怪しい魔力の流れはありませんでした。おそらく、別の地域に向かった可能性が高いです。あちらに」

 クレアさんが、ファッパの港がある方角を指差す。




 帰宅すると、フワルー先輩が荷物をまとめていた。

「ほな、出発しよか?」

「ですね」

 最後に、ギルドへあいさつをしに行く。

「ファッパの街に妖刀使いが出現したとなると、一大事ですね。といっても目的は不明なので、害が及ぶことはないと思いますが」

 用心したほうがいいだろうとのこと。

「気にしたほうが、ええかもしれんな」

 フワルー先輩も、引き締まった面持ちになる。

「あなたがいなくなると、この村も活気が弱まりますね。またお会いできますか?」

「あっちで、店が潰れたらな」

「一生なさそうですね! ああ!」

 おねえさんが、頭を抱える。

「フワルー。あなたのことだから大丈夫だと思いますが、お気をつけて」

「おおきに」

 ギルドにサヨナラをして、馬車に乗って旅立つ。

 護衛なのか、馬車の両隣にはゴーレムが。

 巨大なストーンゴーレムと、数体のウッドゴーレムが並ぶ。ウッドゴーレムの頭が、瓦屋根の形をしていた。

「ところで、お家は?」 

 マジックアイテムのショップは、元々あったエリアだけを残して、きれいになくなっている。魔王城は、消えたのだ。そんな大容量のアイテムボックスなんて、先輩は持っていたっけ?

「家て、両隣に立っとるやん?」

 馬車を守るゴーレムを、フワルー先輩が指差す。

『アタシ様が提案して、ゴーレムに錬成したのさ! 勇ましいだろ? アッハハ!』

「まさか、このゴーレムたちが、家!?」

 また、変な伝説が生まれちゃわない?
 わたしたちは、ファッパの街を目指す。

 ウッドゴーレム軍団と、岩風呂を分解して作ったストーンゴーレムを引き連れている。

「このゴーレムさんたち、すごいですわ。キャルさん」

 ゴーレムたちのおかげで、多少の魔物たちは蹴散らしてくれた。たいていの魔物は、ゴーレムが殴り飛ばすだけで吹っ飛んでいく。

「魔物って、強い相手でも平気で襲ってくるんだね」

『基本、バカだからね。強い魔力を放っているやつに、食おうと思って向かっていくのさ』

 レベッカちゃんが、ゲラゲラ笑う。

 魔物は常時、強い魔力を求めている。修正として、魔力に引かれざるを得ない。【威圧】でもかけないと、襲いかかられ放題なんだとか。

「かけとこか、威圧?」

 馬車を引くフワルー先輩が、幌の向こうから声をかけてきた。

「いえ。ゴーレムたちの熟練度アップに、このままで」

「めんどくさなったら言うてや」

「はい。ありがとうございます。フワルー先輩」

 わたしがいうと、先輩は正面を向き直る。 

「クレアさんは、大丈夫でしたか?」 

「スパルトイさんたちが、がんばってくれました。サボる子たちもいるのが、意外でしたね」

「その子たちは、観察と遊撃。現場の把握と、他の子たちのサポーター要員です」

 手が開いている子たちがいないと、不測の事態に適応できない。エリートだけで構成すると、「自分たちが絶対に正しい」と思考が固定化して、組織が腐るって両親から聞いたので。

「キャルさんのご両親って、どんな方たちですの?」

「温かい人ですね。わたしが都会に出たいって言っても、ふたつ返事でOKをくれました」

 わたしが未熟だとはわかっていたが、だからこそ家においておかなかった。身内の恥は、甘んじで受けようと考えているらしい。

「だから、わたしが大失敗したら、ウチの家庭が笑われます」

「それはそれで、大変ですね」

「ですから、こまめな鍛錬が必要で……できました」

 わたしは、クレアさんに錬成したアイテムを渡す。

「キャルさん、これは? ヒクイドリの羽根のようですが?」

「【幸せの羽】っていうんです」

 ヒクイドリの羽根は、マジックアイテムのドロップ率を上げる。

 これを持っていると、いいアイテムが出やすい。

「これをアクセにしました。胸に挿して、お使いください。こんな感じで」

 実は、わたしもつけている。

「ありがとうございます。キャルさん。お揃いですわね」

「そうですねぇ」

 わたしはその後も、錬成を続ける。

 四割方は失敗して、できの悪い品になる。別の素材と組み合わせて良品に錬成すればいい。別に素材がムダになるわけじゃないし。

 ファッパの街につくまで、できるだけ上達しておきたいが。
 



 
――幕間 氷の魔術師と、天狗(イースト・エルフ)


 キャラメ・F(フランベ)・ルージュ一行がファッパの港に向かって、一週間後のことである。

 トリカン村の冒険者ギルドに、一人の少女が入ってきた。

「なにかしら?」

 エルフの受付嬢は、カウンター越しから少女へ呼びかける。

 その少女は、白かった。髪も、着ている東洋の着物も。武器は持っていない。冒険者でもなさそうだが。 

「依頼? それとも仕事をしたいの?」

 受付嬢は、少女に語りかける。

 しかし、少女は困った顔をしたままで、何も言おうとしない。

 観光客でもなさそうだし、どうするか。

「ごめんくださいまし~」

 浅葱色の着物を着た人物が、カウンター前に突っ立っている少女を押しのける形で割って入った。黒髪ロングのエルフである。

「ソレガシの名は、リンタロー・シャベと申すでヤンス」

 リンタローというエルフが、名刺を差し出してきた。

東邦国(トウホウコク) 【ハナノモリ】調査団 団員 舎辺(シャベ) 麟太楼(リンタロー)』と書かれている。

「あなた、女性なのね?」

 名刺を見ると、性別も書かれていた。

「イエスでヤンス」

 彼女のようなエルフを、世間では天狗(イースト・エルフ)と呼ぶ。

 天狗のリンタローは、布で包んだ杖のような長物を背負っている。

「ソレガシたちは、旅のものでヤンス。こちらは冒険者の、夜刀(ヤト)・ザイゼン。ソレガシは、ヤトに仕える天狗(イースト・エルフ)でヤンスよ」

 ヤトと紹介された少女は、ブンブンと首を縦に振った。だが、それ以上言葉を発しない。人見知りなのは、本当のようだ。

「その包は、なに?」

「釣り竿でヤンス。川釣りで、飢えをしのいでいるんでヤンスよ」

 それにしても、天狗を連れているとは。

 天狗は、自分たち以外の種族を見下している人種だと聞く。人との接触は避けるはず。こんなに人懐っこかっただろうか? 

 冒険者ギルド界隈でも、このようなタイプの天狗は見たことがなかった。

「本当は、こちらにまっすぐ立ち寄ろうと思っていたでヤンスが、北にあるオークの巣に魔剣があるってウワサがありましてね。狩りに行ったでヤンスよ。空振りだったでヤンスが」

 どうもこの二人は、魔剣を求めて旅をしているらしい。東洋から派遣された、調査隊らしい。

 魔剣といえば、ヒクイドリの巣に現れたオークロードが所持していたというが。伝えていいものだろうか。

 ヤトたち二人が話しているのは、その魔剣のことだろう。

「わかったわ。それで、どういったご用件で? 魔剣関連かしら?」

「こちらに、魔王が出没したと」

 魔王? そんな存在なんて、ここにいただろうか?

「この地帯に、突然魔王城がドーン! って建ったそうなのですが?」

 エルフや他の冒険者たちは、一斉に「あー」と答える。

「なにか、知っているでヤンスか?」

「一週間前に、出ていったわ」

 村に住む中年女性が、ファッパの方角を指さした。

「でもあの子たち、全然危ない気配はなかったわ。ウチの野菜を収穫してくれたし、いい子たちよ。毎回なにかしでかすから、びっくりするけど」

 中年女性は、キャルの特徴を話す。悪気はない。本当にいい子なんだと、教えたいのだろう。

「ほほーう。で、その女の子は、魔剣は、所持していたでヤンスか?」

「学校の卒業試験で手にした、って聞いたわ」

「そうでヤンスか」

 リンタローは、思案するポーズを取る。 

「ご協力感謝するでヤンス」

「本当に、危なくない子たちなのよ?」

「危険かどうかは――」

 急に、リンタローが真顔になる。

「ソレガシたちが判断するでヤンス。では」

 それだけいって、リンタローたちは手を振った。

「あ、あの……」

 ヤトが振り返って、何か言おうとしている。

「どうなさったの?」

「ごはんを……」

「ああ、夕飯ね。隣に酒場があるから、そちらで食べてちょうだい」

 ペコリと、ヤトが頭を下げる。
 
 

 

「北の村が空振りだったのは痛いでヤンした」

 夜も遅いので、トリカン村にしばらく滞在することに。

 夜刀(ヤト)・ザイゼンが、酒場のチキンカレーうどんを食べながらムスッとする。

「あれはあんたが、北の村のウォッカを飲みたいっていうから」

「それを言うなら、あなたが辛味噌ラーメンを食いたがっていたから、乗ってあげたんじゃないでヤンスか」

 リンタローが、ホットジンのグラスを傾ける。

「ば、ばかぁ……」

 顔を真っ赤にしながら、ヤトがカレーうどんに七味をドバドバかけた。ヤトは氷属性使いだが、辛党なのである。
 カレーうどんを食べているのに、白い着物にはちっともカレーがハネない。

「まったく。あなたもエクスカリオテの魔法学校まで行って、【緊張解除】魔法を受けてくればよかったでヤンスよ。意地にならないで」

「遠すぎる」


「のんびり行くでヤンスよ。村の名産でも食べながら」

「そうも、言っていられない。妖刀が、魔剣が近いって唸ってる」

 リンタローのそばに立てかけてある釣り竿が、意思を持っているかのように震えた。

「【怪滅竿(ケモノホシザヲ)】が、でヤンスか? たしかに、カタカタ言っているでヤンスね。明日にでも、ここを発つでヤンスか?」

「ファッパに、向かったほうがいいかも。かつて我が里を滅ぼした妖刀は、必ず破壊する。そのためには」

 席を立ち、ヤトが包みに入った竿を撫でる。

「魔剣【レーヴァテイン】の力が要る」

 竿が、氷のように冷たくなった。
 
(第二章 完)