ダンジョンの奥地で、わたしは魔剣を手に入れた。
 思えばエクスカリオテ魔法学校の試験で、三時間ダンジョンをさまよって、ようやくのゴールだ。

 身にまとう真紅の制服が、魔剣の光によってさらに赤を帯びる。

 さっそく、地面から引っこ抜いてみた。

「キレイ。べっこうアメみたい」

 刀身が、美しい。わたしのムチムチした肢体まで、キレイに映り込む。刃の先は平たく、刀身は太い。

 種類は、グレートソードだね。わたしにしてはちょっと重いかなと思ったけど、持ち上げてみると全然軽い。

 グレートソードが、わたしの太ももを写す。制服である白いニーソックスから、肉がはみ出ている。

「わたしはキャル。フルネームはキャラメ・F(フランベ)・ルージュ。あなたは?」

 魔剣に語りかけてみた。

 相手が本当に魔剣なら、言葉を理解できるはずだ。

『アタシ様の名は、レーヴァテイン』

「すっごい、レア剣だ! しかも会話機能付き!」

 歴代魔剣の中でも、最強種じゃん。おとぎ話でしか見かけたことがなかったよ。たしか、海すら割った炎の剣だっけ。

『あんたの思考を読んで、それっぽい言語にアタシ様が翻訳しているんだよ』 

 これが、魔術師認定試験で指定された、魔剣だよね? これを持って帰れば、わたしは晴れて魔法剣士になれる。そのはずだよね?

『申し訳ない。あいにくだが、私は影打(カゲウチ)の方だよ』

「え?」

 影打って、なに?

『アタシ様の正式名称は、【レーヴァテイン・レプリカ ECA 六四七二】という。、俗に言うレプリカ。六四七二本目に作られた、サンプルなんだよ』

 剣とは、一本の最高等級品を作って終わりではない。何本か打ってみて、質の良い品を「真打(シンウチ)」として世に送り出す。それまでに、数多くのサンプルが存在するのだ。

 魔剣レーヴァテインの真打は伝説級で、何万年調査されているが、見つかっていない。

『いきなり真打ちを打つと、最悪の場合、素材がムダになるからな。職人はこうやって、レプリカを作って試すのだ』

「じゃあ、ヨロイとかも?」

『うむ。普通に捨てると不法投棄扱いになって税金を取られるから、製造者が宝箱にしまって戦利品として処理するんだ』

 そうなんだ。

「だからダンジョンには、装備品が宝箱に入っているんだね?」

 わたしは、ダンジョンの道中で漁ってきた装備品を、地面に並べた。剣やヨロイ、盾やカブトなど。

 どおりで普通のロングソードでも、デザインがそれぞれ違うなーって思っていたけど。

 ん? 待てよ。魔剣を作るのって神様だよね?

「あのー。神様でも、税金を取られるの?」

『神だから、なおさらだよ。魔剣をそのまま放置するのは、別の神のテリトリーで編み物をして、そのまま忘れて帰るようなもんだからな』

 神様は神様同士で、徴収するという。

「あなた、よく見るとボロボロだね」

『見た目を確認するための、試供品だからな。実際の強度は、その辺の店売りロングソードと変わらぬ』

 剣の切れ味を上げるためには、刃の反り・大きさなど、見た目の計算が必要になる。
 魔剣は魔力を注ぎ込むから、どこに魔法石のような増幅ガジェットを仕込むのかも大切だ。
 鞘か柄か、あるいは砕いて、刃自体になじませるのか。

 ポーション瓶に至るまで、サイズも重要になってくる。

 ファッション性を重視する人もいるが、決して見栄えのいい剣こそすばらしいわけではない。

「わかるよ。わたしも、ゴテゴテした剣はキライかな? 装飾ギラギラーッ! ってやつ。その点、あなたは美しいと思うよ」

 製造者は、この子に性能は求めていなかったみたい。

『ありがたい。しかしアタシ様は、魔剣としては最低だよ。アタシ様は、完成形を視覚的に捉えるだけのサンプルに過ぎん』

「そうだったの? でも、手にはジャストフィットするよ?」

 この手に馴染む感覚は、まるで生き別れの姉妹と手を繋いでいるかのようだ。

『言葉は悪いが、おそらくキャルが未熟だからだ』

「だよねえ。わたし、落ちこぼれだもん」

『魔法剣士になったら、剣も魔法もかっこよく扱える!』って意気込んで、魔法学校に入学できたまではよかった。わたしはコミュ力が高い方じゃないから、ソロ狩りで稼ぎたい。

 しかし実際魔法剣士になるには、それなりの血筋・血統が必要だったみたい。

 魔法剣士の家系は、みんなどちらも一流の腕を持つ一族だし。

『あんたの志望先は?』

「錬金術師」

『大ハズレのジョブだな』

「やっぱり」

 錬金術師は、生産職である。覚えられる魔法は完全インドア性能だ。

 なのに、素材集めは外に出て採取する必要がある。

 自分で取りに行けないなら、冒険者に頼まなければならない。

 コミュ力の低いわたしが選んではいけない、完全なる詰みジョブだった。

 魔剣を手に入れたはいいけど、どうしよう。

 そう考えていたら、複数の視線がわたしに向けられていると気づく。人間ではない。魔物だ。

「モンスターが出てきたよ!」

『ダンジョンだからな』

 ポヨンポヨン、と、のんきに歩いてくる物体が一つ。スライムだ。この世界における、最弱モンスターである。わたしと同じで、最弱の。

『初戦闘っぽいね』

「うん」

 武器も手に入れたし、やってみる。 

「たーっ」

 おぼつかない足取りで、剣を構えた。

「おっとっと!」

 床を、盛大に叩いてしまう。金属面が床に擦れて、火花が散っただけ。

 その火花が、スライムに当たった。

「プルプル!」

 スライムの全身が、黒くなる。ガラスのように砕けた。これは、やっつけたと見ていい?

「倒したの?」

『ああ』

 火花だけで、スライムを撃退できた。これでも初戦闘、初勝利である。

 手の甲に刻まれた冒険者コードの数字が、『一』を表示した。

 この数値は、魔物の討伐数を指す。
 魔法科学園の生徒は一応冒険者扱いとなるので、このようなコードを支給されるのだ。
 魔物を撃退したかどうかは、手の甲にある冒険者登録コードにカウントされる。種類分けもしてくれるので、便利な機能だ。

[キャラメ・F(フランベ)・ルージュが、レベルアップしました。ステータスを割り振ってください]

 倒した魔物から魔力を吸収すると、レベルが上がる。体内で結晶化して、ポイントとして体内に宿る。そのポイントを、ステータスやスキルに割り振るのだ。

 トレーニングや生産作業などでも、【熟練度】は上がる。

 だが【経験値】と【レベル】の概念は、モンスターとの戦いでしか得られない。

 スライムを一匹倒しただけで、レベルが上がっちゃったよ。

「魔剣ちゃん、これ、【魔石】だね?」

 魔物の魔力が死骸と混ざって結晶化したものを、魔石という。

 実戦経験をしたことがないから、生の実物は初めて見た。いつもは講師の冒険者について回って、魔石も見るだけしかできない。触ることさえ、なかった。

「温かいね」

『魔物の、心臓のようなものだからな』

 スライム程度からドロップした石なので、小石並に小さい。

『たいていの魔物は、アイテムを所持している。だが中には、アイテムを所持していない個体もいる。そういうやつは、だいたいが魔石を持っているな』

 冒険者が落とした装備や遺跡などの貴重品などのアイテムを体内に取り込んで、魔物は力を得ている。
 アイテムの力と、魔物自体の力が混ざって、アイテムが強化されたりする。そうやって、レアな品ができあがるそうだ。

 中には、わざと魔物にアイテムを食べさせて、レアになるまで育てる悪い魔法使いもいるとか。

 そういう悪党を、冒険者ギルドは取り締まっている。

 わたしも冒険者になるため、学校に通っているのだ。

『ちょいと、食わせてくれるかい? 魔石は、魔剣の強化にも役立つんだ』

「うん、いいよ」

 わたしは、レーヴァテインに魔石を見せる。

「どうやればいい?」

『こうやる』

 魔剣レベッカちゃんが、震えだす。

 剣の柄にはめ込まれている赤い魔法石が、さらに赤く輝いた。血の色をした渦が、魔石を取り込んでいく。

『これでアタシ様にも、経験値が入る』

 アイテムにも、レベルの概念があるらしい。まあ、【強化】のようなものか。

「魔石が出てきたら、魔剣ちゃんに譲るね」

『いいのかい? 魔石は冒険者の資金源になる。魔剣に食わせちまったら、あんたの稼ぎを奪っちまうけど?』

「わたしは錬成で稼ぐから、いいよ」

 魔剣以外にも、わたしにはアイテムを錬金術で強化する力がある。それを使えば、多少の蓄えができるだろう。魔剣を強化していったほうが、一人で冒険も可能になっていく。

 それに弱いままだと、ダンジョンから出られるかわからない。なのに、利益のことなんて考えても仕方ないのだ。

「今のわたしのレベルは、二だね」

 ステータス振りを、どうすれば最適解にたどり着けるのか。どうすれば、生き残れる?

『気絶投資で、体力に極振りでいいんじゃないか? 死なない身体を作るといいさ』

「それもそうか」

『慣れないうちに効率なんて考えても、ロクなコトにならないさ』

「うん。体力に割り振って、と」

 いくら魔剣を手に入れても、わたしが死んでしまったら元も子もない。スケルトンになったわたしに扱われても、魔剣ちゃんは困るだろう。

「プルプル」

 また、スライムがやってきた。

 とにかく今は、生存率をあげよう。 

「たーっ。たーっ」

 立て続けに現れるスライムを、剣で潰し続ける。

[キャラメ・F(フランベ)・ルージュが、レベルアップしました。ステータスを割り振ってください]

 頭に、また音声が流れた。

「またレベルが上がって……うわ!」

 眼の前に現れたのは、ゴブリンだ。しかも、結構な大群である。

「ギャギャ! ムチムチだ!」

「うまそうだギャーッ!」

「いや、メスにしてしまうギャ!」

 各々が、わたしをどう扱うか吟味していた。
 うえええ。
 クラスの男子みたいだね。ランニングの授業でも、男子たちってわたしの胸ばかり見てるんだ。

『アタシ様を解放したことで、魔剣の魔力が外に漏れ出たんだ。それで、魔剣の魔力を求めて現れたってわけさ』

 魔物は、アイテムを食べて強くなる。ゴブリンたちは、レーヴァテインを食うつもりなのだ。ポンコツの魔剣なら御せるだろう、と。

『幸運だったな、キャル。あんた、アタシ様を引いて大正解だ』

「どうして? 使いこなせないんじゃ、意味ないよ」

 いくらレーヴァテインといっても、使い手がポンコツ非戦闘職では。

 ここまで来られたのも、逃走スキルに極振りしてやっとだったのに。

『それなりに扱えるよう、スキルもちゃんと用意してあるのさ』

 魔剣というと、『資格を持つものにしか、手を貸さない』というイメージがあったけど。

『手に取った瞬間モンスターに負けて死亡とあっては、魔剣も生き残れないからさ』

 レーヴァテインなりの、処世術だという。

『どうする、本契約するか?』

 この際、背に腹は変えられない。

「いくよ。レベッカちゃん!」

『レベッカ?』

「ずっと思ってたんだよ! レーヴァテイン・レプリカ ECA 六四七二って、長いんだってば!」

 なので、レベッカちゃんで!

「あと……べっこうアメみたいにキレイだから!」

『アハハ! おもしれー女。よし、我が名はレベッカでいい』

 承諾を得たので、わたしは改めて剣を掴む。

 魔剣との契約方法は、知っている。

「わが問いかけに答えよ。魔剣レベッカ! 我が手足となりて、生涯をともにせよ!」

 指をわずかに切って、血液を剣になじむように滴らせた。

『これより魔剣レーヴァテイン改め、レベッカは、キャラメ・F(フランベ)・ルージュとの契約を開始する!』

『続きだ、キャル。血で刀身に名を刻め』

「うん!」

 指でスラスラと、自分の名前を刀身に書き記した。

 剣に書かれたわたしの名前から、炎が吹き出す。

 契約の影響か、レベッカちゃんが、炎に包まれる。

「うわうわうわ!」

 レベッカちゃんを取り巻く炎が、わたしの全身へと蛇のように巻き付いてきた。炎が、わたしの身体に刻み込まれる。

「うおお。頭の中が、燃える」

 身体は全然、熱くない。でも、脳細胞が焼けそうだ。まるで、レベッカちゃんの意識が、わたしと同化しているみたいに。

 ドクン! と、魔剣の力がわたしへと流れ込んでいくのがわかった。

 同時にわたしの血液が、魔剣へ注ぎ込まれていく。剣が手の延長であるかのように、馴染んでいく。

 これが、契約か。

『よし、これでアタシ様は、お前にしか扱えない。どんな剣術家でさえな』

 わたしだけの魔剣が、この手に。 

『あとは任せろ、キャル』

「任せろって……うわ!」

 すぐ横に、ゴブリンの下品な顔があるではないか。
 わたしを見て、舌なめずりをしている。うえええ。

「あっち行けぇ!」

 ズドン! と、わたしは剣を振るった。

 ゴブリンの上半身と下半身が、サヨナラする。

「グヘエエエエ!」

 それだけで、ゴブリンは黒くなった。魔物の全身が、ガラスのように割れる。

 今ので、倒しちゃったの!?
 習ったわけじゃないのに、わたしは魔剣をクルクルと回し、構え直していた。

[キャラメ・F(フランベ)・ルージュが、レベルアップしました。ステータスを割り振ってください]

 なんか、魔物を倒してわたしのレベルが上がったっぽい。

 こっちはステータス振りなんて、やっているヒマがないよ。

 スライムのときもそうだったけど、ゴブリンを一匹倒しただけでレベルがアップするなんて。わたしって、どんだけ魔物との戦いを避けていたか、っての。

『次が来るぞ、キャル』

「わかった!」

 続けざまに、襲ってきたゴブリンをスパスパーっと切り捨てる。

「はっ! てやあ!」

 近づいてくるゴブリンを、ダッシュ切りで斬り捨てていく。盾もなにも持っていないのに、真正面からだ。

 ゴブリンに側面から、棍棒で殴られそうになった。

 瞬時にわたしの手は、魔剣を逆手に持ち替える。敵の棍棒を、柄頭で弾き飛ばした。同時に、ゴブリンの首をはねる。

 悲鳴を上げる前に、モンスターは黒い灰と化す。

「これ、わたしがやっているの?」

 グレートソードほどのサイズがある剣を、わたしは片手で操っていた。初心者なら、両手で持つくらいの重さと分厚さなのに。わたしがやったら、自分の手を切断してしまうね。

『そうだ。お前の脳に作用して、使い方を叩き込んだ。あとは、お前の体力次第ってところだな』

 それだと、すぐに息切れしそうなんだけど?

『案ずるなって。アタシ様には身体強化魔法がセットされていている。体力増強バフもかかっている。あとは戦闘で経験を積み、体力を上げていけばいいのさ』

 それまでは、レベッカちゃん自身の戦闘技術に任せるか。気が遠くなりそうだけど。

 それ以降、何度もレベルアップの通知が来た。しかし、すべてスルー。そんなステータスポイントの割り振りをする余裕なんてない。

「どんくさそうなムチムチ女だと思ったら、予想外に強いギャ!」

 背後から、ゴブリンに斬られそうになった。

 わたしはバク転し、剣を持ったゴブリンの背後に回り込む。背中から剣を突き刺して、魔物を打倒した。

 前転をやっても、わたしはコケちゃうのに。

「ウギャー!」

 魔物が武器を落とし、灰になっていく。

『集団で襲ってくるヤツらの戦略、歩幅、間合いの取り方もちゃんと学ぶんだ。まともな戦闘経験がなければ、錬金でいい魔剣も作れないぞ』

「わかったよ!」

 レベッカちゃんの指導は、スパルタ気味だ。しかし、的確である。

 わざと攻撃を受け止めて、ゴブリンの腕力を確かめた。

 ゴブリンの力や動きは、初心者の冒険者とあまり遜色がない。
 
 それでも、力がないわたしからすれば脅威だ。

 レベッカちゃんの身体強化魔法がかかっていなかったら、腕が折れていたかも。

 レベッカちゃんの力に頼らなくて済むように、ちゃんと鍛えていかないとね。

「あ、逃げていった」

 ゴブリンたちが、一目散に散っていく。

『今の集団じゃ勝てないと思って、援軍を呼んだんだろう』

「ヤバイんじゃない?」

『いや。今のうちに、どういったビルドにしていくか考えよう』

 また、戦うのか。

 しかしこの戦いは、魔剣を持った者の宿命だ。どうせ戦わないと、このダンジョンからは脱出できない。
 
 甘んじてその宿命、受けようじゃないか。

「はああああ」

 剣を置いて、一息つく。

 ゴブリンが、ポーションをドロップしていた。

 ポーションを、グイッと飲み干す。スタミナが、ある程度回復したのを感じた。

「さて、どうしようかねえ」

 わたしがどれだけ強くなろうと、戦闘力はレベッカちゃん頼みだ。自分は、頑丈な身体にしておくか。

 武器の強化にも興味があるが、まずは自分が強くならないと。

「体力が上がったからかな? アイテムボックスの容量が、上がったね」

 これで、結構な量の荷物を持てるように。

『しかしあんたは、錬金術師を目指すんだろ? 知恵にも多少振っておいたほうがいいか?』

「ダンジョンを出たら、考えるよ。しばらくは、学術書に頼ろうかな。死んだおばあちゃんの書籍もあるし」

 当分は、虎の子の知恵袋に頼るとする。

 わたしって、人に頼りっぱなしだな。早く、一人前にならないと。

 なので、スキルは戦闘系ではなく、錬成の方に。

『援軍のお出ましだよ』

「何度来たって、同じなんだから!」

 わたしが言うのも、なんだけど。

『自信を持ちな。レベル五程度なら、並のゴブリンともタメだ』

 レベッカちゃんの言うとおり、わたしでも対応できる。

 しかし、そうも言っていられない個体が。赤い肌を持つゴブリンが、剣と盾を装備して現れる。

「ゴブリンチーフだ」

 通常のゴブリンを束ねる、ボス敵の存在らしい。

「何が来ても、やってやる!」


 わたしは、剣を振り下ろした。

 しかし、鉄製の盾に阻まれる。

 こちらがいくら攻撃しても、ジャストで受け流された。うーん、動作がきめ細かい。

『完全にタンクタイプだな。防御一辺倒だ。自分は攻撃を受けて、手下に攻撃させるタイプのようだね』

 相手は攻撃に慣れていないのか、わたしに向けての攻撃しても、スカばかり。とはいえ、こちらの攻撃も止められる。

『初期スキルを使う。【エンチャント:火炎属性】!』

 レベッカちゃんが、炎を帯びる。

『キャルッ! そのまま、ゴブリンを斬ってみな』

「うん! やあ!」

 ゴブリンに向けて、突き攻撃を仕掛けた。

 またゴブリンチーフが、盾を構える。

 その盾ごと、レベッカちゃんはゴブリンを貫いた。

 盾だけを置いて、ゴブリンチーフが灰になっていく。

「ふううううう」

 どうにか、ゴブリンの群れを撃退し終えた。

 どこからともなく、チープな音源のファンファーレが。

[魔剣【レベッカ】のレベルが上がりました]

 レベッカちゃんのステータスを見ると、二に上がっていた。

『ゴブリンチーフを倒した程度で、二も上がれば上等か』

 新しいスキルがないか、見せてもらう。

「なにもないね」

『【身体強化】が、上がるくらいだな。アンタが強くなるなら、いい』

「もっとレベッカちゃんを強化したいかな、わたしは」

 わたしは自力で、レベルが【六】になっている。

 とりあえず、体力に振っておこうかな。本当は魔法系に振って、レベッカちゃんの加工に全力を注ぎたいけど。
 わたし自身が強くならないと、魔剣にも影響が出ちゃうもんね。

 他のアイテムを漁る。ほとんどが角や爪程度で、たいしたアイテムは落ちていない。

「剣と棍棒くらいだね」

 換金するにしても、銅貨数枚程度にしかならないだろう。

『こいつも吸おう。魔力の足しにする』

 魔剣は他の装備品を吸収することで、パワーを上げられるそうだ。

「すごいね。アイテムを吸収して、自分の力にするなんて」

『たいして能力アップにはならんが、ないよりはマシだ』

 少しでも、強度や切れ味を上げていく。

『さらに敵だ。左方向に、ホーンラビット』

 巻き貝型の角を生やしたウサギが、こちらに向かって飛んできた。

「おおぅい!」

 かわいい見た目に騙されそうになったわたしは、我に返る。

 ラビットはゴブリンの爪や骨を、ガリッといただいていた。魔力の残滓を、取り込んでいるのだろう。

 そうだ。ここはダンジョン。
 敵はわたしを、ただのエサとしか思っていない。
 ましてわたしは、強力な魔剣を所持している。

 レプリカと自称するが、レベッカちゃんは高い魔力を秘めているのだ。

 魔物にとって、魔剣はごちそうに違いなかった。

「レベッカちゃんは、食べさせないよ! 取れるもんなら、取ってみろ!」

 自主的に剣を構え、ラビットを迎え撃つ。

 再びラビットが、驚異的な瞬発力でこちらに突撃してきた。

「にょわう!」

 できるだけ自力で、剣を振るう。

 だが、あっさりとかわされた。

 剣を踏み台にされるなんて。

『アタシ様を足蹴にするなんてね。覚悟はできているみたいだ』

 再びレベッカちゃんの人格が、わたしの人格を上書きする。

 再度突撃してきたラビットを、力で叩き潰した。斬るのではなく、殴打でラビットを倒す。

『逆に食ってやろう』

 ラビットの角をゲットし、レベッカちゃんの素材に。

 お肉は、わたしの胃袋に収めることに。潰したから、柔らかいお肉になっているはず。

 ナイフを使ってウサギの血を抜き、肉をさばく。骨付きで焼くと、おいしいんだよね。

『器用だな』

「母型の家系が、料理人なんだよね」

 肉や野菜の下ごしらえは、任せてもらいましょ。

 といっても、焚き火できる場所がない。火起こしの薪もないよね。ダンジョンでは。

『こういうときこそ、アタシ様よぉ』

 レベッカちゃんの刀身の上に乗せて、ラビットの肉を焼く。

 剣をバーベキューの鉄板に使うなんて、わたしくらいじゃない?

 けれど、まずはベジファースト。カットとうもろこしをパクリと。コーンは野菜じゃねえ? うるさいんです。

 いよいよ、メインだ。ホーンラビットの命を、滴る脂とともに口へ放り込む。

「やっぱり味気ない」

 ガマンしていたけど、やっぱ塩コショウだけだと物足りない。味が微妙だな。
 田舎でおいしいものを食べてきたから、こういったサバイバルメシにも、ちょっとこだわりを持ちたいわけよ。レディーとしては。

 そんなときは、これ! 田舎のばあちゃん直伝のぉ、みかんジャム!

『なんだい、それは?』

「ウチの田舎で採れたみかんを、ジャムにしたんだよ。甘酸っぱくておいしい、だけじゃないよ」

 保存も効くし、調味料にもなる!

「これを、こんがり焼いたウサギ肉にチョボっと」

 で、さらにこれ! ドン!

『なんだい、それは?』 

(ひしお)!」

 ばあちゃんから漬け方を教わった、発酵調味料なり!

『味が、想像できないね』

「いわば、食べるおしょうゆだね」

『しょうゆ……ガルムか。把握したよ。ウチの開発者も、ガルムは使っていたからね』 

 オレンジのジャムと食べるおしょうゆを、お肉の上で混ぜて、付け焼きすれば……できあがりっと!

「おおう、ウサギさんが見違えるほど、うまくなった!」

 これは、ライスが欲しくなる味だなあ。携帯おこげせんべいは、道中のおやつで食べてしまった。長すぎるダンジョンが悪いんだいっ。

『アタシ様に、頼ろうとしなかったな?』

 二枚目の肉を焼きながら、レベッカちゃんが私に聞いてきた。

「死んだおばあちゃんからの、指導なんだ。『道具に頼るだけのヤツは、上達しない』って」

 いい道具を選ぶのは、その道のプロを目指すかも知れない。だが集めているだけの人は、コンプ癖があるだけ。腕前が上達したいわけじゃない、と。

「道具に頼らず創意工夫をして、ちょっとくらいは自分の頭で考えなさい、ってさ」

 最初は意味がわからなかったよ。全部教わればいいじゃん、ってね。

 でも、今はよくわかる。

 レベッカちゃんにばかり、頼り切ってちゃダメだよね。

「クラスに、とんでもない人がいてさ」

『どんなヤツだい?』

「卒業前に、学校に刺さっている聖剣を抜くってイベントがあるんだけど」

『とんでもない勇者探しだね?』

「だよね。でもさ、今年始めて抜けたんだよね。しかも、女子が」

 しかし、その聖剣を見事抜いた人物がいた。ウチのクラス代表だ。

「でも、ヤバかったのはその後なんだよね」

『ソイツが、どうしたんだい?』



「聖剣をへし折ったんだよ。『必要ない』って言って」
 卒業試験が始まる、前日のことだ。

 エクスカリオテ魔法学校には、学内中央にある泉に、魔王を倒した伝説の聖剣が刺さっている。

 その剣を抜いた者は、英雄になれるという伝説があるのだ。

 しかし、一〇〇年の歴史の中で剣を抜けた人物はいない。

 今年、初めて剣を抜いた者が現れた。この国のお姫様で我がクラス代表の、クレア・ル・モアンドヴィル第一王女だ。
 ストレートの金髪と、青い瞳が美しい、細身の女性である。

 その彼女が、聖剣を抜いたのだ。彼女の前にいた、二メートルの巨人が抜けなかったのに。

 校長が、その光景を見定め、クレア姫を称える。

「生徒諸君、ここに伝説を作り出す生徒が誕生した。今ここに洗礼を……?」

 だが、クレア姫がその洗礼を受けることはなかった。

「これは、違う」

 クレア姫が、聖剣を空に放り投げたから。

雷霆蹴り(トニトルス)

 黒のストッキングに包まれた細い足が、電光を帯びる。

 落ちてきた聖剣に、クレア姫は雷属性を帯びた蹴りを叩き込む。

 ミシミシと、聖剣が悲鳴を上げた。

「えーっ! 聖剣にヒビがーっ!?」

 校長が、絶句する。

 きれいなハイキックによって、伝説の聖剣は粉々になってしまった。

「おお、なんという罰当たりな!」

 狼狽した校長が、剣の破片を拾い集める。他の教師たちも。

 だが当のクレア姫は、「フン」と鼻を鳴らす。

「なにをしでかしたのか、わかっているのか! クレア王女! いくらモアンドヴィルの姫君とはいえ、このような狼藉を!」

「そんな役立たずな武器を後生大事にしていたから、この国は五〇年も停滞していたのです」

 クレア姫は、生徒全員に向き直った。

「武器は、装備品は本来、自分に合ったものを作るものです。人間は、手足の長さが違うのですよ? この学校の制服だって、仕立ててもらったはずなんです。なのに、マネキンにかけられているブランド物のヨロイを着て、高級メーカーに飾っている剣を手に取る。それはまさに、安物買いの銭失い! ただの、ミーハーです!」

 文明が発達して、ヨロイなどのオーダーメイドは少なくなった。工場で作る量産品が増えて、利益を出している。

 それで、この魔術都市モアンドヴィルは発展してきたのだ。文明開化、高度経済成長と言えよう。

 しかしクレア姫は、そんな文化を全否定した。

「そこの騎士様が着てなさっているヨロイは、優秀なお店で仕立ててもらったものでしょう。おそらく、金貨二〇枚と言ったところでしょうか」

 クレア姫が、懐からナイフを取り出す。

 生徒が「おおお!」とどよめいた。姫がコトを起こすつもりなのでは、と。

 まさか! 単に見せるだけだった。

「こちらのナイフは、金貨五枚分の素材を用いて、自分で作りました。自作の『聖剣』のサンプルです」

 クレア姫のナイフは、随所に電流が流れている。雷属性の魔法を仕込むことで、身体のどこにでも貼り付けることができるらしい。

「ナイフとはいえ、ありとあらゆる箇所に装着を可能とすることで、あらゆる攻撃に対処できます。また――」

 シュ! とクレア姫がまた蹴りを放つ。今度は虚空に。

「このように雷属性を付与することで、神速の動きも可能となります。魔力をコントロールすることで、肉体に負担もかかりません」

 さっきのキックも、このナイフを足先に取り付けて放ったのか。

「お見事でした、姫殿下」

「いいえ、騎士様。ワタクシの腕前なんて、まだまだです。しかしヨロイくらいは、仕立てていただきましょう。あちらの騎士様のように」

 姫様に称賛された老騎士さんが、深々と頭を下げる。

「自分専用の剣くらい、あなた方の財力があれば造れるはずです! それを有名ブランドの剣や装備を揃えて悦に浸っている。嘆かわしい!」

 それは、わたしも思っていたんだよね。

 あの男子が持っている杖も、その隣にいる女子が首にかけている護符(チャーム)も、本当は魔力効果なんてほとんどない。キラキラして、きれいなだけ。

 武器も本来は、自分の手で作るものだった。
 ときに有能な鍛冶屋にオーダーメイドを頼み、ときに自分で槌を振るい、手を汚す。
 それが紳士淑女の、本来の武器との接し方、愛し方なのである。

 しかし、今はほとんどの人がブランドメーカー任せ。装飾品ジャラジャラで実用性に乏しい品を、みんなして好んで身につけている。

 平和になりすぎた弊害が、こんなところに現れるとは。

「生まれ育った祖国モアンドヴィルを、愚弄なさるか姫よ! 魔法によって生産力を向上させてきた、この国の伝承や文化をバカにするのか!?」

「そうは言いません! この国の歴史と伝統は、たしかに称賛されるべきです。このように!」

 クレア姫は、恥ずかしげもなくブラウスを手で剥いだ。

 ブチブチブチ、とボタンが取れる。

 スレンダーな身体を包むのは、ホルスタイン柄のカエルのイラストがプリントされた黒いTシャツである。

「あれ、『もーかえる』だよな?」

 男子生徒が、プリントを指差す。

『もーかえる』とは、絵本のタイトルだ。
 元は王都で配られている新聞に描かれている四コママンガである。
 子どもどころか、大人にも人気があった。
 芝居の演目にだって、なってるんだから。

「クレア様って、『もーかえる』が好きなのね。だからこの国を、快く思っていないんだわ」

「オレも好きだった。社会風刺が聞いていて、アナーキーなんだよな」

 さっきまでクレア様を敵視していた生徒たちも、少し和んだ。

「お主も、ブランドに取り憑かれているミーハーではないか!」

「これは、自分で作りました!」

「布教活動過激派!?」

「いいですか? たしかに伝統や歴史は、語り継ぐものでしょう。しかし、『伝説』は自らの手で作り出すものです! だからこそ、伝説となりうるのです。人の打ち立てた伝説なんぞに寄り添った先に、成長はない! この国のように!」

 確かに、かつてのモアンドヴィルは詠歌を極めていた。

 しかしそれも、魔王を倒して五〇年を過ぎた頃に落ちぶれ始める。
 昔から推奨されていたルールに縛られ、さらなる発展を恐れ、イノベーションを否定し続けた。

 結果、諸外国の勢いに押され気味である。

 今のモアンドヴィルは、当時の勢力なんて見る影もない。

「わたくし、クレア・ル・モアンドヴィルは、お約束します。これより始まる卒業試験のダンジョン攻略で、このナマクラより素晴らしい聖剣を、自ら作り出してみせると! そして、モアンドヴィルの意識を根本から改革いたします!」

 生徒からは、拍手喝采が。

 教師陣は、ずっと苦い顔をしていた。聖剣だった残骸を手に持ちながら。



 
 
『壮絶な野郎が、いたもんだな』

「アイテム愛が、凄まじいんだよね。ゴミに用はないって、徹底してる。クラスでも、ずっと一人だったし」

 お姫様だから近寄りがたいってのもあるけど、「話しかけるなオーラ」がとんでもなかったんだよね。

 わたしとは、対局にいる人かもしれない。

『あんたは、憧れないんだな。そいつには』

「うーん。気持ちはわかるけど、一方的すぎるかなって。でも、価値観を押しつけてくることがなかったら、主張は正しいよ」

 きっとクレア姫なら、とんでもない武器を作り出せるだろう。

「少なくともさ、あの聖剣よりクレア姫の放ったキックのほうが価値があるってのはわかったよ」

 わたしは目利きができないから、あの聖剣の真贋はわからない。それでも。

『で、聖剣を失った後、学校はどうなったんだい?』

「剣なら直したよ」

『誰が? ああ、校長先生だろうな』

「ううん。わたしが」

『ファ!?』

 レベッカちゃんが、変な声を出す。

『冗談だろ!?』

「ホントだよ」

 姫がぶっ壊した剣は、わたしがこの手で直してある。
『はいい!? 聖剣だぞ! 直せるもんなのかよ!?』

「形だけは、どうにか正常になったよ」

 もっとも、わたし程度の【錬成】では、「ごはん粒でくっつけた程度」の強度しか保てないだろうけど。

『それでも聖剣だぜ。恐れ知らずだな?』

「実は聖剣抜きテストの順番って、姫様の次はわたしだったんだよね」

 わたしは姫様のすぐ後ろに並んでいたから、姫の番が済んだらやらざるを得なくなったのだ。

「形式だけで『抜けませんでしたー』ってやろうと思ったんだけど、壊れちゃったじゃん。やることが、なくなっちゃってさ。せっかくだしって、元に戻したんだよ」

 その頃には、姫様はダンジョンに向かわれていなかったんだが。

 


「あの」

 わたしは手を挙げる。

 姫どころか、卒業生全員がいなくなっている。おそらく明日のダンジョン攻略に向けて、準備に取り掛かっているのだ。

 そりゃあ、そうだよね。わたしは姫の後で、一番ドベだ。いわば、オチ担当である。ましてや、わたしは平民だ。平民ごときがこんなイベントに参加できること自体、ありえないんだもん。

「君はたしか、キャラメ・F(フランベ)・ルージュくんだったか?」

 校長先生は、わたしの名前をちゃんと覚えていてくれた。思い出すまでに一瞬間があったが。だけど校長って、生徒の名前をいちいち把握しているものなのかな?

「どうかしたのかね。おお、すまん。君の番だったか。ご覧のとおり、聖剣は抜けてしまった。どころか、壊れてしまってこの通り」

「あ、あの。この剣、直せます」

 わたしは思い切って、校長先生に打診してみた。

「なに? 君は、何を言ったのかわかっているのか?」

 校長先生も、目を丸くしている。

「は、はい先生。れれれ、錬成で、どうにかなると思います。わた、わたし、せせ専攻が錬金術なので」

「なにを言う? 宮廷魔術師である私でさえ、まともに復元できるかわからぬのに」

「げげ、原因は、わ、わかっています。こここ、この剣は、ままま、まだ大丈夫です。つつ繋げれば、まだけけ、剣として、きき、機能し、します」

 わたしは、どうしてこの剣が折れたのか説明をしようとした。しかし、うまく言葉が出ない。

「お嬢さん、ちょっと、失礼」

 いかにも魔女っぽいマダムが、わたしに近づく。たしか音楽魔法の先生で、教頭だったはず。
 それにしても、誰かに似ているんだよな。
 クレア姫様だ。あの方をめっちゃ大人にして、雰囲気をギャルっぽくしたような感じで。

「ちゅ」

 教頭が、わたしの頬にチュッとした。

「なにをするんですか、先生!」

 わたしは、教頭先生から飛び退く。

「ワタクシが編み出した、【滑舌をよくする魔法】よ。それに、チュってしたのは、こっち」

 頭が水滴みたいな形をした二頭身の精霊が、マダムの手の平に乗っている。水滴精霊が腰に手を当てて、ドヤ顔をしていた。

「どうかしら? 話しやすくなったでしょ? 緊張が解けて」

「話してみないことには……あ」

 なんか、いつもよりドモラない。

「ありがとうございます」

「ウフフ。ワタクシ、合唱部の顧問もしているの。大舞台に上がることも多いから、こうやって生徒に応急処置をしているのよ」

 満足気に教頭が笑う。

「教頭先生、冗談が過ぎますぞ」

「オホホのホ。ごめんあそばせ。でも、面白そうじゃん。このキャラメちゃんに、賭けてみましょうよ」

 ひとまず先生一同が、壊れた聖剣を石の台に置く。

「錬成、開始」

 わたしは、魔力を注ぎ込む。

 聖剣の表面が光を帯び、他の破片とくっつき始めた。

「話しかけてもいいかな?」

「はい。校長先生」

「説明を頼む」

「はい。この剣は、ずっと魔力不足でした」

 聖剣は本来、使い手の魔力をエサとする。持ち手の魔力と一体化して、初めてその真価を発揮するのだ。

 しかし学生相手では、ロクな魔力をもらえない。

 当然だ。今まで、勇者のパワーという極上の料理を食べていたのだ。
 学生の魔力なんて、安物のおやつやジャンクフードに近い。
 お菓子ばかりを一〇〇年も食べさせられては、身体も壊すというもの。

「そこに急に上質な魔力……つまり、姫の魔力を吸ってしまったせいで、身体がビックリしちゃったんでしょうね。消化不良を起こして、壊れちゃったんです」

 わたしも身体測定前に、モヤシばっかり食べて断食に近いダイエットをしたことがある。
 既定値をクリアして、測定を乗り切った。
 直後にドカ食いしたら、お腹を壊したのである。

「たとえがだいぶアレだけど、よくわかったわ」

「ありがとうございます」

 聖剣が壊れたのも、その現象に近い。

「つまりむす……コホン。クレア嬢が魔力を急激に注ぎ込んだ時点で、聖剣の構成組織に綻びが出てしまった、と?」

「そうです。恐れ多くも申し上げますと、本当ならもっと、少しずつ魔力を注ぎ込むべきでした」

 本人の魔力が相当なものであるのは、確かだ。

 しかし、聖剣はもっとデリケートに扱うべきだった。

 そう告げたとしても、クレア姫様はなおさら不要というはず。「そんなヤワな剣に興味なし」と、聖剣を切り捨てるだろう。

「聖剣といっても、しょせんは金属です。金属って意外と、デリケートなんですよ」

 物質に魔力を注ぎ込むのは、注意が必要だ。ちょっと調節を間違えただけで、壊れてしまう。魔力伝達率が悪い金属だと、なおさらである。使い手の魔力で、溶けたりサビついたりするから。

「ましてやこれ、精霊銀ですよね? ミスリルよりちょっと上等な。だとしたら余計、丁寧に扱わないといけません。制御している装飾品が、かえって反作用を起こして暴走したりするので」

「使い手の……クレア嬢の技量に問題があったと?」

「ええ、実は――」

 わたしは、「どうして聖剣が壊れたか」を、教頭にだけ「正確に」教えた。

「――ということです」

「マジで?」

 どのみち聖剣と姫の相性は、あまりよくはない。お互いが不幸になるだけだっただろう、と。

「できました」

 聖剣は見事に、本来の輝きを取り戻す。

 わたしの背中には、じっとりと汗が滲んでいた。

「一応、形だけです。うまくいったかは、わかりません」

「ありがとう。これで威厳が保てる」

 校長の手は、震えていた。

 そんなに奇跡だろうか? 校長のレベルなら、もっときれいに仕上がると思うのだが。

 わたしは、「手が空いていたから」やってみただけに過ぎない。正式な魔法使いさんに、ちゃんと修理してもらったほうがいいよね。

「なんならキャラメ・F(フランベ)・ルージュくん、君が聖剣を持っていなさい。平民とはいえ、君はすばらしい偉業を成し遂げた」

「ご冗談を」

 わたしは、この剣を泉の岩に刺し直す。

「欲がないのね。ところで、あなたの出自は?」

「田舎は、沈香(ジンコウ)村です」

「沈香村……魔除けのお香の元になる香木を、製造・販売している地方よね?」

 教頭からの問いかけに、わたしは「はい」とうなずいた。

「あそこの生キャラメル、子ども用に砕いたお香を混ぜているのよね? あの苦味が最高なんだよねー」

「今後もどうぞ、ごひいきに」

 たしかに生キャラメルは、我が田舎の名産なんだけど。
 大人になった今でも、あのキャラメルを食べているのか、教頭は。

「そうそう。聞き忘れるところだったわ。あなたの一族の誰かに、伽羅(キャラメル)の魔女こと、【ソーマタージ・オブ・カーラーグル】と呼ばれている人はいなかった? もしくは、子孫とかご先祖とか」

「さあ……そこまでは」

 わたしは、首を傾げる。

「そう。引き止めてごめんなさい」

「いえ」

「さっきかけてあげた【緊張をほぐす魔法】だけど、永続だから。もし何かの拍子で効果が切れたら、いつでもかけ直してあげるわ。卒業しても、うちにいらっしゃい」

「ありがとうございます。では」

キャラメルの魔女(ソーマタージ・オブ・カーラーグル)】って、勇者に同行していた魔術師じゃん。
 そんなのが、ウチの家系に?

  


 
『あんたも大概、心臓に毛が生えてるよなぁ』

「そうかな?」

『そうさ。あんたは絶対に、いい魔法剣士になれるよ』

「いやいや」

 わたしは、錬金術師になりたいんだが?

『そうだったね。アハハ。あっ、焼けたぜ。さっさと食わないと焦げる』

「おわっぷ! いただきますっ」

 ラビットは一瞬で骨だけになった。

『骨は、アタシ様におくれ』

 ゴミの処理まで、していただけるなんて。動物の骨も、魔剣にとっては立派な素材なんだろう。

「ごちそうさま、と。ん?」

 壁の隙間が、キラキラと輝いている。

「なんかさ、壁が光っているよ」

『魔法石だ!』

 レベッカちゃんの声が、跳ね上がった。
 ダンジョンの壁には、魔法石が埋まっていることがあるらしい。

『キャル、ぜひ魔法石を食わせておくれ』

「あいよー」

 魔剣の切っ先を、魔法石に差し込んだ。

 魔法石が、レベッカちゃんの装飾に吸い込まれていく。

『おおお。これはすばらしい。久々に純度の高い魔力だぜ』

[魔剣【レベッカ】のレベルが、三に上がりました]

 レベッカちゃんが、また強化されたらしい。

 もらえたスキルは、【火球】と。文字通り、ファイアーボールだよね。剣の先から、炎が出るのだろう。飛び道具としては、オーソドックスだね。

『いいねえ。ここは採掘場だったのかねえ?』

「かもしれないね」

 魔剣が、保管されていたくらいだもん。ここで鉱石を採掘して、剣の材料にしていた可能性は高い。

 実験として、襲いかかってきたホーンラビットを火球で焼いてみる。
 おお、剣で鉄板焼きにしなくても、中までこんがり焼けました。
 さっき食べたばかりだけど、おやつとしていただきます。ごちそうさま。

「切れ味の方も、試したい」

『おあつらえ向きの敵が来たよ』

 現れたのは、スケルトンだ。手に棍棒や盾を持っている。盾がわずかに焼け焦げているのが、気になるなあ。

「うりゃ」と倒すと、レベルが【七】に上がった。

『スケルトンの数が、増えてきたね』

「なんか、骨も焦げ焦げな感じだったよ」

『嫌な予感がするよ。気をつけるんだ』

「うん。よし」

 また別のフロアにて、鉱石を発見した。

『他にも、レアな鉱石が見つかった。これは……おお、いいね』

 レベッカちゃんは、うれしそうに叫ぶ。

 わたしとしても、レベッカちゃんを立派な魔剣に育って、母心が湧きそ――おおっ!?

「わーっ!」

 突然、火球が飛んできた。

 わたしはとっさに、回避する。

 人間が撃ってきたものではない。遥かに大きなファイアボールだ。

『フロアボスだ!』

 どうやら、このダンジョンのボス領域に入ってしまったらしい。

 ボスは、口から炎の息を吐きながら現れた。全長五メートルほどの、巨大なトカゲである。四足歩行の足が地面を踏みしめるたびに、床にヒビが入った。

『ファイア・リザートだと!?』

 やばいって。詰んだよこれは。炎属性の剣に、炎なんて。

 リザードは、スケルトンの身体を踏み潰している。

 まさか、スケルトンの身体が焦げていた原因は。

『コイツのせいで、冒険者はやられていたみたいだね! 死んだ冒険者が、スケルトン化していたみたいだよ!』

 やっぱりーっ!

「ファイアボール!」

 試しに、ファイアーボールでけん制してみる。

 だが、やはり火球は炎をまとう皮膚にかき消された。

「だったら!」

 レベッカちゃん譲りの身体能力で、斬りかかる。

 それでも、刀身が硬い皮膚に弾かれてしまった。炎属性同士のため、ダメージも通らない。

「だったら!」

 跳躍して、回転の力を利用して。

「からの!」

 斬撃を見舞った。

 しかし、傷ひとつつけられない。

『くるぞっ、キャル!』

 尻尾による反撃が、襲いかかってきた。

 かろうじて、攻撃を受け止める。ノーダメージで受け切ることができた。しかし、大きくふっとばされる。ゴロゴロゴロ、っとわざと後ろ周りのまま後退した。

 リザードが、息を大きく吸い込んだ。火炎のブレスを放出する。

「おおおおお!」

 熱線に追いかけられながら、扇状に逃げる。

「ダメだ、レベッカちゃん! ビクともしないよ!」

『キャル! あっちに【セーフゾーン】がある! 退避するんだよ!』

 レベッカちゃんが、赤い光線を放つ。

 その先には、結界が張られた空間が。

 わたしは一目散で、セーフゾーンに駆け込む。滑り込みセーフ。

 ダンジョンのボス部屋には、こういったセーフゾーンという場所がある。一旦退却し、態勢を立て直すための場所だ。

 ボスの間には必ず、セーフゾーンが存在する。
 善良な高位存在……いわゆる神様が、お情けで設立したのではない。
 セーフゾーンがあるダンジョンに、その無尽蔵の魔力を求めてフロアボスが誕生するのだという。めんどくせえ。

「どうしよう。レベッカちゃん」

 レベッカちゃん譲りの剣術をもってしても、あの魔物は倒せない。属性が違いすぎる。

 なんとかできないか、レベッカちゃんの性能をもう一度チェックした。

【レアリティ:E、カテゴリ:C、クラス:A:六四七二】か。

 装備品のレアリティは、SからEまである。この自称レプリカ・レーヴァテインの最低ランクの【E】だ。

 品質は【Calc】、つまり石ころ並である。

 クラス、いうなれば『用途』は、【Academic】とあった。アカデミックってことは、訓練とか学問用途ってわけね。

 番号はたしか、六四七二番目に作られたっていう型番だったっけ。

「学問ってことは、このレプリカってのは、なにかの実験用品だったって意味じゃないかな?」

 例えば強化とか、錬成とか……錬成!

『そうだよ。錬成だっ!』

 レベッカちゃんが、わたしに問いかける。

「どうしたん、レベッカちゃん?」

『アタシ様を錬成すれば、アイツに対抗できるんじゃないか?』

「作り直したところで、わたしはポンコツだよ」

『違わない! あんたは聖剣を修繕したんだ! そんなこと、並の錬金術師にできるわけ、ないじゃんか!』

 レベッカちゃんが、わたしに言い返す。

「だよね。レベッカちゃんは、わたしをここまで連れてきてくれた」

 そんな魔剣が、ウソをつくわけない。

「もし本当にダメだったら、わたしの力が足りなかっただけだよね。やってみる価値はある!」

『キャル。お前さんって、本当になにも疑わないんだな? もし魔剣としてガチで覚醒しちまったら、あんたの魂を食っちまうかも知れないのに』

「構わない。ここまできたら、一蓮托生ってだけだよ」

 レベッカちゃんに精神を侵食されるか、リザードの胃袋に転居するか、ってだけ。

 こんなところで、終わりたくない。情けない人生だったなんて、思いたくないんだ。

 だったら、レベッカちゃんの言葉に賭ける。

「いいの? 錬成に失敗するかも知れないのに」

『うまくいくさ。だってアタシ様は、そのための【学術用品(アカデミック)】かもしれないだろ?』

 レベッカちゃんは、自ら進んで実験体になってくれると約束してくれた。

『方法は、ある』

 インベントリで確認する。

『さっき調べたら、これはレアの魔法石【紅蓮結晶】だった。あのリザードは、この魔法石を飲み込んだせいで、炎の力を得たらしい』

「ふむふむ……錬成素材としては、最適じゃん」

 この紅蓮結晶だが、錬成以外に別の用途がある。わたし自身が取り込めばいい。

 炎の加護がなくても、剣自体の強度が増して、わたしの身体能力も上がる。あのリザードだって、軽く倒せるようになるだろう。
 しかし、威力が強すぎる。モンスターの体組織ごと破壊するため、リザードからのドロップが減ってしまう。

『大雑把に、相手を倒すならこれだ』 

「調整が、難しいんだね」

『アタシ様が、制御したほうがいいね』

 レベッカちゃんの、いうとおりだ。これは、錬成に使おう。

「あ、そうだ。この魔法石をもらったんだった」

 わたしはアイテムボックスから、黒い石を取り出した。小さくて、黒壇のように艶がある。

『なんだい、それは……まさか! よく見せてくれ!』

「いいよ。【原始の炎:極小】だって」

『本物の、原始の炎か!?』

 レベッカちゃんの声が、うわずった。そこまで貴重なアイテムなんだ。

「そうだよ。すごいスキルが付与されるんだってさ。教頭先生からもらったんだ」

 魔剣を修復したお礼に、教頭先生がわたしにプレゼントしてくれた。「いつか、自分の相棒になるほどの魔剣に出会った時、これを使いなさい」と。

『間違いない。正真正銘、原始の炎だ』

「知ってるの、レベッカちゃん?」

『ああ。とんでもないスキルが手に入るよ』

 これなら、あのリザードを倒しても、アイテムが手に入れられるそうだ。

『さすが、魔法学校だね。ヤバいアイテムを所持してやがる』

「なんだろう、原始の炎の持つスキルって?」

 抽象的すぎて、わからん。さっぱりプーである。



『属性貫通だ』
 魔剣には本来、属性がある。
 火・水・風・土・光と闇とか、そういうのだ。

 属性がないのは、物理という特性がある。

『アタシ様は【レーヴァテイン】だから、炎の属性だな。その威力を犠牲にする代わりに、どんな奴にも通用する』

「つまり……」

 レベッカちゃんの話が、本当だとすると。

『あんたの想像したとおりさ、キャル。原始の炎は、炎さえ斬る』 

【原始の炎】とは、炎を越えた炎だという。

 この力があれば、並の炎属性すら突き抜けて、ダメージを与えられるそうだ。

『ただ、この力は正式な属性に反する。もし扱えば、炎の剣としての威力は下がるんだ。せっかく覚えたファイアボールも、威力を捨てざるを得ない』

 貫通能力のある【原始の炎】は、効果こそすぐには現れにくいけど、取り続けると強くなる大器晩成型、と。

『リザードの戦闘レベルは一一。今のあんたじゃ、逆立ちしても勝てない。紅蓮結晶を取り込んで力技で潰すか、原始の炎を用いて、ピンポイントで弱点を突くか』 

「万能か。いいんじゃないかな。よし、万能で!」

『いいんだな? これを取り込んで』

「うん。わたし、ソロ狩りプレイを目指すので」

 炎が通じない相手が出て来る可能性が高いと思っていたけど、今がその時だとは。

 ぼっちなわたしは、ソロで対処するしかなくなる。だから弱点は、なるべく消しておきたいかな。

『とはいえ極小だから、あまり期待はするなよ』

「わかってる。もっと強い敵と戦って、強い装備や素材をゲットできれば、レベッカちゃんがもっと強くなれるんだね?」

『ああ。原始の炎だって、本来はアタシ様がレベルアップして覚えるもんさ。本物のレーヴァテインの力なのさ。だが、今のアタシ様だけの力じゃ、足りない』

 本格的に最適化するには、錬金術師の力が必要になる。

 しかし、わたしじゃまだまだポンコツだね。

「ごめんね。力になれなくて」

『キャルがあやまることじゃない。アタシ様を強くしたくて、そう考えているんだろ。それだけでもありがたい』

 わたしはうなずいて、セーフゾーン内に道具をセッティングした。

「作業台はOK。素材と、魔剣を置いて、と。いくよ!」

 レベッカちゃんを作業台の上に置く。紅蓮結晶は剣の上に設置し、黒い石は剣の隣に。

「錬金術師キャラメ・F(フランベ)・ルージュが、命じる。魔剣レーヴァテイン六四七二改め、レベッカよ。【原始の炎】の力を宿し、我の刃となれ!」

 呪文を詠唱し、錬成を開始する。

 黒い石と紅蓮結晶を、レベッカちゃんが吸い込んでいく。

 わたしはさらに、レベッカちゃんにありったけの魔力を注ぎ込む。

「錬・成!」

 レベッカちゃんの炎が、紅から、黒の混じったオレンジ色へと変わった。

「すごい。さらにベッコウアメ感が増したよ」

『そのたとえが見事なのか、わからんけどな。でも……』

 レベッカちゃんは、刀身から黒いオーラを放ち続けている。プロミネンスのようなゆらめきを、常時放つ。

『アイツを脅威と思わなくなったな』

 自信に満ち溢れているレベッカちゃんを見て、わたしも覚悟を決めた。

「ほんとは、他の装備品も錬成で強くしてみたかったんだけど、剣で精一杯だった」

 おかげでまだ、手がビリビリと痺れている。

『成果に見合う、仕事をこなしてやるよ』

「お願い!」

 わたしは、レベッカちゃんを構えた。

 ファイアリザードは、出待ちするでもなく初期位置で待機してくれている。「お前なんぞ、セーフゾーンから出た直後に攻撃しなくても倒せる」って、顔に書いていた。

 そりゃあ、わたしはスライムとさえ互角のポンコツだけどさ。

 その慢心を、後悔させてやる。

「ぬぁ!」

 開幕から、わたしは跳躍した。紅蓮結晶をレベッカちゃんに取り込んだおかげか、ブーストがすさまじい。天井にさえ届きそうなほどに飛ぶ。

 空中で無防備状態になったわたしに向けて、リザードが大きく口を開けた。ブレスが来る。

 灼熱の炎が、わたしに放たれた。

「なんのぉ!」

 わたしは構わず、剣を振り下ろす。

 スケルトンの仲間入りになんて、なってやらないんだから!

 オレンジ色の刃が、ブレスを斬り裂いた。

「おぅいええええ!?」

 自分でも、驚いている。形がない炎を、ホントに斬っちゃうとは。さっすが【原始の炎】だね。

 だが、リザードにまで負傷をさせられない。ちょっと口を切っただけ。それでも、怒り狂っているけど。後ろ足をハネさせて、わたしに向かってシッポで打撃を浴びせにかかる。

『やっちまいな!』

「おう!」

 繰り出されたシッポを、スパっと切ってやった。

 ドン、と極太のシッポが地面に落下する。

 トカゲらしく、リザードは再生を試みた。しかし絶大な再生能力をもってしても、原始の炎で斬られた部分は生えてこない。

『炎の力を取り込んだのが、アダになったね!』

 普通にリザードだったら、再生したものを。欲張って炎属性を取り込んでしまったために、原始の炎の作用をまともに受けてしまったのだ。

 ブチギレたリザードが、なりふり構わずブレスを撒き散らす。

「弱点は!?」

『シッポの付け根さ』

 さっき切ったところか。

「よし! ウニャニャニャニャ!」

 相手のブレスを回避ししつつ、わたしはリザードの背後に回り込んだ。

 リザードの後ろ足が、わたしを踏みつけようと降ってくる。

「うるっせえってんだよ!」

 わたしは、リザードのカカトに切り込みを入れた。

 軽く悲鳴を上げて、リザードが足を上げる。

「今だ!」

 棒高跳びの要領で、わたしは飛び上がった。狙うは、リザードのシッポを斬った傷口である。

「くらえ、【プロミネンス・突き】!」

 レベッカちゃんが所持する炎属性の技【プロミネンス】をまとわせ、突き攻撃をリザードに食らわせた。

 リザードの身体が黒くなって、ガラスのように砕け散る。

 本当ならシッポを切って、リザードの再生を食い止めつつ攻撃するのがセオリーだった。
 しかし、このリザードはファイアリザードに変化している。原始の炎を食らったせいで、再生できなかった。

 わたしを甘く見た、報いが来たね。

[フロアボス、【リザード亜種・炎】の討伐、完了しました]

 リザードが黒いガラス片となった後、手の甲からアナウンスが。

 さてさて、ドロップはなにかな……あれ?

 ダンジョンの照明が、赤く点滅し始めた。

「うわあああ! 何事!?」

 リザードが大量発生したんだけど!? ボスは、倒したはずだよね!?

[緊急事態発生。フロアボスが大量発生しました。【モンスターハウス】です]

 モンスターハウスって、いわゆる魔物の大量発生現象のことだ。一部のフロアに魔力が異常に蓄積して、モンスターが魔力を食いにやってくる状態をいう。

 今度は、普通のリザードだ。しかし、数が多すぎるだろ!

『まだやるのかい? 何匹来たって、同じことだよ!』

 いや、レベッカちゃんはやる気満々だけどさぁ!

 わたしはもう、疲れたよ。

 呼吸を整えて再度戦闘態勢に、っと思っていたその時だ。

「【雷霆(らいてい)蹴り】」

 雷光が縦横無尽に飛び交い、リザードたちの体組織を壊した。

 リザードが、雷を帯びたキックを受けて、粉々になっていく。

「どわわ!」

 その勢いに気圧されて、わたしは尻餅をついた。

 雷の勢いは、止まらない。次々と湧いてくるリザードの群れを、一瞬で灰にしていった。
 フロアボスを一撃で屠るほどの火力を放ち続けているのに、一向に威力が衰えない。

 わたしは、この稲光に見覚えがある。ダンジョン攻略前日に、わたしはこれを見た。これは、伝説の聖剣をぶっ壊した技だ。

「あなた、ケガはない?」

 雷撃を放った少女が、わたしの顔を覗き込む。

 すべてのリザードを蹴散らしたのは、クレア姫だった。