ダンジョンの奥地で、わたしは魔剣を手に入れた。
 思えばエクスカリオテ魔法学校の試験で、三時間ダンジョンをさまよって、ようやくのゴールだ。

 身にまとう真紅の制服が、魔剣の光によってさらに赤を帯びる。

 さっそく、地面から引っこ抜いてみた。

「キレイ。べっこうアメみたい」

 刀身が、美しい。わたしのムチムチした肢体まで、キレイに映り込む。刃の先は平たく、刀身は太い。

 種類は、グレートソードだね。わたしにしてはちょっと重いかなと思ったけど、持ち上げてみると全然軽い。

 グレートソードが、わたしの太ももを写す。制服である白いニーソックスから、肉がはみ出ている。

「わたしはキャル。フルネームはキャラメ・F(フランベ)・ルージュ。あなたは?」

 魔剣に語りかけてみた。

 相手が本当に魔剣なら、言葉を理解できるはずだ。

『アタシ様の名は、レーヴァテイン』

「すっごい、レア剣だ! しかも会話機能付き!」

 歴代魔剣の中でも、最強種じゃん。おとぎ話でしか見かけたことがなかったよ。たしか、海すら割った炎の剣だっけ。

『あんたの思考を読んで、それっぽい言語にアタシ様が翻訳しているんだよ』 

 これが、魔術師認定試験で指定された、魔剣だよね? これを持って帰れば、わたしは晴れて魔法剣士になれる。そのはずだよね?

『申し訳ない。あいにくだが、私は影打(カゲウチ)の方だよ』

「え?」

 影打って、なに?

『アタシ様の正式名称は、【レーヴァテイン・レプリカ ECA 六四七二】という。、俗に言うレプリカ。六四七二本目に作られた、サンプルなんだよ』

 剣とは、一本の最高等級品を作って終わりではない。何本か打ってみて、質の良い品を「真打(シンウチ)」として世に送り出す。それまでに、数多くのサンプルが存在するのだ。

 魔剣レーヴァテインの真打は伝説級で、何万年調査されているが、見つかっていない。

『いきなり真打ちを打つと、最悪の場合、素材がムダになるからな。職人はこうやって、レプリカを作って試すのだ』

「じゃあ、ヨロイとかも?」

『うむ。普通に捨てると不法投棄扱いになって税金を取られるから、製造者が宝箱にしまって戦利品として処理するんだ』

 そうなんだ。

「だからダンジョンには、装備品が宝箱に入っているんだね?」

 わたしは、ダンジョンの道中で漁ってきた装備品を、地面に並べた。剣やヨロイ、盾やカブトなど。

 どおりで普通のロングソードでも、デザインがそれぞれ違うなーって思っていたけど。

 ん? 待てよ。魔剣を作るのって神様だよね?

「あのー。神様でも、税金を取られるの?」

『神だから、なおさらだよ。魔剣をそのまま放置するのは、別の神のテリトリーで編み物をして、そのまま忘れて帰るようなもんだからな』

 神様は神様同士で、徴収するという。

「あなた、よく見るとボロボロだね」

『見た目を確認するための、試供品だからな。実際の強度は、その辺の店売りロングソードと変わらぬ』

 剣の切れ味を上げるためには、刃の反り・大きさなど、見た目の計算が必要になる。
 魔剣は魔力を注ぎ込むから、どこに魔法石のような増幅ガジェットを仕込むのかも大切だ。
 鞘か柄か、あるいは砕いて、刃自体になじませるのか。

 ポーション瓶に至るまで、サイズも重要になってくる。

 ファッション性を重視する人もいるが、決して見栄えのいい剣こそすばらしいわけではない。

「わかるよ。わたしも、ゴテゴテした剣はキライかな? 装飾ギラギラーッ! ってやつ。その点、あなたは美しいと思うよ」

 製造者は、この子に性能は求めていなかったみたい。

『ありがたい。しかしアタシ様は、魔剣としては最低だよ。アタシ様は、完成形を視覚的に捉えるだけのサンプルに過ぎん』

「そうだったの? でも、手にはジャストフィットするよ?」

 この手に馴染む感覚は、まるで生き別れの姉妹と手を繋いでいるかのようだ。

『言葉は悪いが、おそらくキャルが未熟だからだ』

「だよねえ。わたし、落ちこぼれだもん」

『魔法剣士になったら、剣も魔法もかっこよく扱える!』って意気込んで、魔法学校に入学できたまではよかった。わたしはコミュ力が高い方じゃないから、ソロ狩りで稼ぎたい。

 しかし実際魔法剣士になるには、それなりの血筋・血統が必要だったみたい。

 魔法剣士の家系は、みんなどちらも一流の腕を持つ一族だし。

『あんたの志望先は?』

「錬金術師」

『大ハズレのジョブだな』

「やっぱり」

 錬金術師は、生産職である。覚えられる魔法は完全インドア性能だ。

 なのに、素材集めは外に出て採取する必要がある。

 自分で取りに行けないなら、冒険者に頼まなければならない。

 コミュ力の低いわたしが選んではいけない、完全なる詰みジョブだった。

 魔剣を手に入れたはいいけど、どうしよう。

 そう考えていたら、複数の視線がわたしに向けられていると気づく。人間ではない。魔物だ。

「モンスターが出てきたよ!」

『ダンジョンだからな』

 ポヨンポヨン、と、のんきに歩いてくる物体が一つ。スライムだ。この世界における、最弱モンスターである。わたしと同じで、最弱の。

『初戦闘っぽいね』

「うん」

 武器も手に入れたし、やってみる。 

「たーっ」

 おぼつかない足取りで、剣を構えた。

「おっとっと!」

 床を、盛大に叩いてしまう。金属面が床に擦れて、火花が散っただけ。

 その火花が、スライムに当たった。

「プルプル!」

 スライムの全身が、黒くなる。ガラスのように砕けた。これは、やっつけたと見ていい?

「倒したの?」

『ああ』

 火花だけで、スライムを撃退できた。これでも初戦闘、初勝利である。

 手の甲に刻まれた冒険者コードの数字が、『一』を表示した。

 この数値は、魔物の討伐数を指す。
 魔法科学園の生徒は一応冒険者扱いとなるので、このようなコードを支給されるのだ。
 魔物を撃退したかどうかは、手の甲にある冒険者登録コードにカウントされる。種類分けもしてくれるので、便利な機能だ。

[キャラメ・F(フランベ)・ルージュが、レベルアップしました。ステータスを割り振ってください]

 倒した魔物から魔力を吸収すると、レベルが上がる。体内で結晶化して、ポイントとして体内に宿る。そのポイントを、ステータスやスキルに割り振るのだ。

 トレーニングや生産作業などでも、【熟練度】は上がる。

 だが【経験値】と【レベル】の概念は、モンスターとの戦いでしか得られない。

 スライムを一匹倒しただけで、レベルが上がっちゃったよ。

「魔剣ちゃん、これ、【魔石】だね?」

 魔物の魔力が死骸と混ざって結晶化したものを、魔石という。

 実戦経験をしたことがないから、生の実物は初めて見た。いつもは講師の冒険者について回って、魔石も見るだけしかできない。触ることさえ、なかった。

「温かいね」

『魔物の、心臓のようなものだからな』

 スライム程度からドロップした石なので、小石並に小さい。

『たいていの魔物は、アイテムを所持している。だが中には、アイテムを所持していない個体もいる。そういうやつは、だいたいが魔石を持っているな』

 冒険者が落とした装備や遺跡などの貴重品などのアイテムを体内に取り込んで、魔物は力を得ている。
 アイテムの力と、魔物自体の力が混ざって、アイテムが強化されたりする。そうやって、レアな品ができあがるそうだ。

 中には、わざと魔物にアイテムを食べさせて、レアになるまで育てる悪い魔法使いもいるとか。

 そういう悪党を、冒険者ギルドは取り締まっている。

 わたしも冒険者になるため、学校に通っているのだ。

『ちょいと、食わせてくれるかい? 魔石は、魔剣の強化にも役立つんだ』

「うん、いいよ」

 わたしは、レーヴァテインに魔石を見せる。

「どうやればいい?」

『こうやる』

 魔剣レベッカちゃんが、震えだす。

 剣の柄にはめ込まれている赤い魔法石が、さらに赤く輝いた。血の色をした渦が、魔石を取り込んでいく。

『これでアタシ様にも、経験値が入る』

 アイテムにも、レベルの概念があるらしい。まあ、【強化】のようなものか。

「魔石が出てきたら、魔剣ちゃんに譲るね」

『いいのかい? 魔石は冒険者の資金源になる。魔剣に食わせちまったら、あんたの稼ぎを奪っちまうけど?』

「わたしは錬成で稼ぐから、いいよ」

 魔剣以外にも、わたしにはアイテムを錬金術で強化する力がある。それを使えば、多少の蓄えができるだろう。魔剣を強化していったほうが、一人で冒険も可能になっていく。

 それに弱いままだと、ダンジョンから出られるかわからない。なのに、利益のことなんて考えても仕方ないのだ。

「今のわたしのレベルは、二だね」

 ステータス振りを、どうすれば最適解にたどり着けるのか。どうすれば、生き残れる?

『気絶投資で、体力に極振りでいいんじゃないか? 死なない身体を作るといいさ』

「それもそうか」

『慣れないうちに効率なんて考えても、ロクなコトにならないさ』

「うん。体力に割り振って、と」

 いくら魔剣を手に入れても、わたしが死んでしまったら元も子もない。スケルトンになったわたしに扱われても、魔剣ちゃんは困るだろう。

「プルプル」

 また、スライムがやってきた。

 とにかく今は、生存率をあげよう。 

「たーっ。たーっ」

 立て続けに現れるスライムを、剣で潰し続ける。

[キャラメ・F(フランベ)・ルージュが、レベルアップしました。ステータスを割り振ってください]

 頭に、また音声が流れた。

「またレベルが上がって……うわ!」

 眼の前に現れたのは、ゴブリンだ。しかも、結構な大群である。

「ギャギャ! ムチムチだ!」

「うまそうだギャーッ!」

「いや、メスにしてしまうギャ!」

 各々が、わたしをどう扱うか吟味していた。
 うえええ。
 クラスの男子みたいだね。ランニングの授業でも、男子たちってわたしの胸ばかり見てるんだ。

『アタシ様を解放したことで、魔剣の魔力が外に漏れ出たんだ。それで、魔剣の魔力を求めて現れたってわけさ』

 魔物は、アイテムを食べて強くなる。ゴブリンたちは、レーヴァテインを食うつもりなのだ。ポンコツの魔剣なら御せるだろう、と。

『幸運だったな、キャル。あんた、アタシ様を引いて大正解だ』

「どうして? 使いこなせないんじゃ、意味ないよ」

 いくらレーヴァテインといっても、使い手がポンコツ非戦闘職では。

 ここまで来られたのも、逃走スキルに極振りしてやっとだったのに。

『それなりに扱えるよう、スキルもちゃんと用意してあるのさ』

 魔剣というと、『資格を持つものにしか、手を貸さない』というイメージがあったけど。

『手に取った瞬間モンスターに負けて死亡とあっては、魔剣も生き残れないからさ』

 レーヴァテインなりの、処世術だという。

『どうする、本契約するか?』

 この際、背に腹は変えられない。

「いくよ。レベッカちゃん!」

『レベッカ?』

「ずっと思ってたんだよ! レーヴァテイン・レプリカ ECA 六四七二って、長いんだってば!」

 なので、レベッカちゃんで!

「あと……べっこうアメみたいにキレイだから!」

『アハハ! おもしれー女。よし、我が名はレベッカでいい』

 承諾を得たので、わたしは改めて剣を掴む。

 魔剣との契約方法は、知っている。

「わが問いかけに答えよ。魔剣レベッカ! 我が手足となりて、生涯をともにせよ!」

 指をわずかに切って、血液を剣になじむように滴らせた。

『これより魔剣レーヴァテイン改め、レベッカは、キャラメ・F(フランベ)・ルージュとの契約を開始する!』

『続きだ、キャル。血で刀身に名を刻め』

「うん!」

 指でスラスラと、自分の名前を刀身に書き記した。

 剣に書かれたわたしの名前から、炎が吹き出す。

 契約の影響か、レベッカちゃんが、炎に包まれる。

「うわうわうわ!」

 レベッカちゃんを取り巻く炎が、わたしの全身へと蛇のように巻き付いてきた。炎が、わたしの身体に刻み込まれる。

「うおお。頭の中が、燃える」

 身体は全然、熱くない。でも、脳細胞が焼けそうだ。まるで、レベッカちゃんの意識が、わたしと同化しているみたいに。

 ドクン! と、魔剣の力がわたしへと流れ込んでいくのがわかった。

 同時にわたしの血液が、魔剣へ注ぎ込まれていく。剣が手の延長であるかのように、馴染んでいく。

 これが、契約か。

『よし、これでアタシ様は、お前にしか扱えない。どんな剣術家でさえな』

 わたしだけの魔剣が、この手に。 

『あとは任せろ、キャル』

「任せろって……うわ!」

 すぐ横に、ゴブリンの下品な顔があるではないか。
 わたしを見て、舌なめずりをしている。うえええ。

「あっち行けぇ!」

 ズドン! と、わたしは剣を振るった。

 ゴブリンの上半身と下半身が、サヨナラする。

「グヘエエエエ!」

 それだけで、ゴブリンは黒くなった。魔物の全身が、ガラスのように割れる。

 今ので、倒しちゃったの!?