「なんで嫌なんだよ?俺のことがそんなに嫌いなのか?」
 「離れてください!」
 「待てよ!おい、逃げんじゃねぇよ」
 「くっ…」
 
 あまりにしつこく追いかけてくる男に、私は…

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 私は未来。ついこないだ代行会社を使って会社を退職し、うきうき気分でこの日はショッピングをぶらぶらしたり買いだめしていた漫画や、溜まっていたアニメを見まくっていた。将来的にどう稼ぐのかについては一旦忘れて、私は今という瞬間をめいいっぱい楽しむことにした。こんな楽しく充実した日は大学時代ぶりだろうか?

 そして食事についても、会社員時代は忙しくてコンビニ弁当とかが多かったけど、今は時間が死ぬほど有り余っているため、前々から挑戦したかった料理をやってみた。レシピを見ながらだったので苦労した部分もあったけど、それ以上に自分で作ることができたという達成感・充実感の方が大きかった。そんなこんなで今日は本当に充実した1日だった。

 そして今日1番のお楽しみタイム!夢の世界の歓楽街で今日も遊び倒すぞー!と意気込んでいた私は、快眠する準備として部屋を常夜灯にして、今日は気分転換としてラベンダー香りの香水を焚いた(いつもはミントの香水を焚いている)。さて、今日もいい夢見るぞ…そして私はあっという間に眠りについた。

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 そして夢の世界に着いた。…と思った瞬間、私は目の前の風景に違和感を持った。というのも、いつも見るような夢の世界の光景ではなかったからだ。いつも見る夢は都会の歓楽街のような風景だけど、今見ている夢は都会のような田舎のような街で、歩いている生き物は全て「人」だった。あれ、もしかしてこれは夢じゃない…?

 まあ夢だし、毎日同じ夢を見られるわけじゃないか。と割り切って、私は今見ている夢の街中をとりあえず散策することにした。至って普通の街並みだなと思った時、突然背後から声がかかった。

 「あ!!女の人だ!!」
 「?」

 振り返ると、1人の男性がこちらにやってきた。30代くらいのサラリーマンのような見た目で、特に変わった特徴の人でもないなと思っていたが、1つ気になったのは男性の今の発言についてだ。

 「おおお、どこからどう見てもれっきとした女の人…!すげぇ、本物…」
 「え、はい私女性ですが…何か?」
 
 なぜか女性ってだけで感心されているご様子…。もしかして異様な程に女性が好きな人なのかな?うふふ、なんか嬉しい。

 「初めまして、俺この街に住んでいる幹哉って言うんだ、いやーまさか女性がいるなんて思いもしなかったよ!君名前はなんていうんだ?」
 「え、私は未来って言いますが…あの…」
 「未来さん!すごく素敵な名前だな!」
 「あ、ありがとうございます…」

 とっさに気になったことを、私は察したことを質問してみる。

 「あの、まさか女性がいるなんてってことは、この街…」
 「そう、この街、男性しかいないんだ」
 「へ?」

 大方察した通りだったが、それでも私は幹哉という男性の言葉に度肝を抜かれた。そうなんだこの街、女性が一人もいないんだ…。確かに周りを見渡しても歩いているのは男性だけで、女性とみられる人は私以外誰もいない。つまり、私だけ…。

 「ああ、こんな奇跡の出会いを果たせるなんて俺はなんて幸せ者なんだ!ここで出会ったのも何かの縁だし、良かったらさこれからどっかで飲まねぇか?あ、もちろん俺奢るよ!」
 「え、いきなりですか!?」

 いきなり出会った女性相手に飲みに行こうなんて普通言う!?こいつかなり怪しい…。でも、ただ酒飲めるならこんなうまい話を断る理由はない!万が一危なくなった時は逃げればいい。何よりここは夢の世界だしその辺何とかなる!という理由で私は…

 「わ、私でよければ、是非…」
 「ほんとかい!?ありがとう!」

 こうして私と幹哉という男性はその場の流れで飲みに行くことになり、幹哉さん行きつけという居酒屋で飲むことになった。

 「…おいしい、このワイン!」
 「だろ?この赤ワインは俺が初めてこの店に来た時から飲んで、すごく美味かったからさ、未来ちゃんにもぜひって思ってさ!…そういえば未来ちゃんってどこから来たの?」
 「ここからもっともっと離れた街からですよ」
 「そうなんだ、すごい遠くから来たんだな!ならいっぱい歓迎しないとな!」
 
 なんて会話を楽しみながらワインを堪能していた。うん、確かにこのワインすっごくおいしい!今までの疲れが一気に飛び抜けるような感覚…。あぁ、これを仕事終わりとかに飲んだらもっと美味いんだろうなとひそかに思った。今までいろんなワインを飲んできたけれど、このワインは私の中でも3本の指に入るくらいの美味しさだ。

 ただこのワイン、1つ注意点があるとすればアルコール強度がすごく高いことだ。ましてやお酒耐性も高くない私が飲んでしまえば、たった1杯でだいぶ酔っていた。

 「…よし、そろそろだな」
 「…?」

 幹哉さんが何かつぶやいたのを、私は見逃さなかった。おそらく今の私は酔っているから多少のつぶやきもばれないだろうと思っているかもしれないが、私は意外と頭が切れる。たとえ酔っていても周囲の状況把握くらいは欠かさない。とはいえ、この時点でこの人を悪者だと思いたくなかったので、ここはあえて何も聞かなかったことにした。…けどその判断は甘かったことにすぐ気づかされる。

 「なあ未来ちゃん。良かったら今日、俺の家に泊まらないか?」
 「は…?」

 あまりの意味不明な発言に、私は酔いも覚めた。そして幹哉さんはまた、意味不明なことを発する。

 「実は俺、未来ちゃんのことが好きになったんだ。付き合ってくれないか?」
 「えっと…冗談ですよね?」
 「あはははは、冗談なわけないだろう!俺はいついかなる時も嘘はつかない人間さ!」
 「…」

 あぁ、最初からこのつもりだったんだなと私は悟った。この街にとって珍しい存在である私をなんとしても自分のものにするため、居酒屋に誘って酔わせて、理性を失わせたところでお持ち帰りするという悪だくみだった。自身の頭の切れ具合に感謝しながら私は逃げる準備をする。これは、長居したら間違いなく危ないやつだ!

 「す、すみません、私用事思い出したので帰ります…。」
 (ガシッ!)
 「おいおいどこ行くんだよ、逃がすわけないだろう?」
 「…!」

 突然手を掴まれた私は、青ざめながら後ろを振り返る。その時の幹哉さんの顔は、下心満載のソレだった。日頃から女性と触れ合っていないからこんなチャンスはめったにないと思い、こんな手段に出たんだろうな。

 「なんで嫌なんだよ?俺のことがそんなに嫌いなのか?」
 「離れてください!」

 私は大声を上げた。しかし幹哉さんの勢いは止まらず、一度振り払った手を再び掴まれる。
 
 「待てよ!おい、逃げんじゃねぇよ」
 「くっ…」

 あまりにしつこく追いかけてくる男に、私は思わず強硬手段に出た。こんな狭い店内で暴れたくはなかったが…

 「おりゃ!!!」
 「ぐはああああああ!」
 (ガシャン!!)
 「気持ち悪いです!さようなら!!あとマスターさん、後日弁償代を払いに行きますので、店のものを壊してしまったことをお許しください!!」

 やむなしに私は幹哉さんのお腹を全力で蹴りぬいた。見事に幹哉さんは壁に打ち付けられて気絶したが、その代償として店内に会ったビンや骨董品などが割れる音がした。後日賠償金を払いに行く覚悟で店を猛ダッシュで出ていった。

 それからどれくらい走っただろうか。私は無我夢中であの店から離れ、体力切れを起こしていたことすらも忘れていた。

 「はぁ…はぁ…はぁ…怖かった…。」
 
 ここまで来れば…さすがに追ってはこないよね?走り続けたことによる倦怠感と同時に、視界がぐらついた。これはいつもの感覚、夢から覚める瞬間だ。良かった…。いつもは楽しい夢の時間が終わるのが嫌だったけど今回の夢に関しては早く終わってほしかった。そうした安心感とともに、私は現実世界へと帰っていく。

 


 その次の日の夜、私はラベンダー香水をセットして、眠りについた。すると夢の中で、また昨日の街にやってきた。正直こんな夢にはもう来たくなかったが、自分との約束を守るために残っていた貯金をできる限り持っていき、この街へ来た。行きたくはないが、さすがに物を壊してそのままにするのは…ってちょっと待って?ここ夢の世界だよね?てことはお金とかいらないんじゃ…?いや、今はそんな事情考えている場合じゃない。とにかくあの居酒屋へ行こう。

 どうか幹哉さんがいませんようにどうか幹哉さんがいませんように…そう願うばかりで件の居酒屋に到着し、恐る恐るドアを開ける。すると穏やかな声がした

 「いらっしゃい。あ、昨日のお客様でしょうか?」
 「あ、はい…あの!」

 私は昨日の事に関する謝罪とともに、弁償代を差し出そうとした。するとマスターはそのお金を拒否した。

 「お客様、謝罪と賠償金は必要ありません。それでしたらもう間に合っております。」
 「へ…?」
 「昨日のあなたの行いは、完全なるやむを得ない正当防衛です。あれからあの男は逮捕され、賠償金もあの男が払うという措置を取らせていただくことになりました。ですのでお客様は何もする必要はございません。」
 「あ…そうなん…ですね。」

 安堵とともに、私はその場にへたり込んだ。よ、よかった。賠償金のこともだけど、幹哉さんが逮捕されたということが何より嬉しかった。もうあんな男と会わなくて済む。それだけで昨日までの不安感・倦怠感はどこかへ行った。

 「お客様、よろしければ1杯どうですか?サービスしますよ?」
 「は、はい。ありがとうございます!」

 幹哉さんはアレだったがここのワインは普通に美味しかったので、せっかく来たことだし1杯くらいごちそうになろうと思った。そして数分後、他のお客さんが入ってきて、私と同じカウンターに座った。そして…

 「あれ、女の人?珍しいね!」
 「あ…」

 その男性は全然別の人だったが、なぜか私は冷や汗が止まらなかった。

 「どこから来たんだい?ここ実は男性しかいない街でさ、良かったら名前…」
 「すみません、やっぱり私失礼します!!!!」
 「え、ちょっと!?」

 やっぱりもうこの夢には来たくない。そう強く誓った。