F級テイマーは数の暴力で世界を裏から支配する

「ん……」

 俺は馬車に揺られながら、窓の外をじっと眺める。
 そこには多くの民がいて、賑わいを見せていた。
 ここはグラシア王国有数のダンジョン都市、シュレインで、フィーレル侯爵家が代々統治している所だ。
 その名の通り、ここにはダンジョンという魔物が湧き出る地下遺跡のようなものがあり、そこに出現する魔物の素材の取引が盛んだ。俺もダンジョン攻略したいなぁ……
 ただ、俺は貴族だ。おいそれとどこかへ行くことは出来ない。欲しいといえば大抵のものは手に入る貴族生活はめちゃくちゃ楽なのだが、こういうところは嫌になる。
 そんなことを思い、若干憂鬱になっていたら、馬車が止まった。
 窓の外を見れば、そこには白を基調とした荘厳な教会があった。
 すると、馬車のドアが御者によって開けられる。

「よし。行くぞ、シン」

「分かりました。父上」

 父の言葉に頷くと、俺は両親の後に続いて馬車から降りる。そして、平民の人払いが済まされた教会の中に入った。

「おお……」

 教会には何度か入ってはいるが、相変わらずここは凄い。
 ここには荘厳な雰囲気が漂っており、自然と気が引き締まる。
 柱や壁は彫刻で細かく美しく装飾されており、両側にある木製の長椅子は逆に質素というのがなんだかいい味を出している。
 そして、特段目立つ奥のステンドグラス。そこから差し込む光がすぐそばにある主神エリアス様の像を明るく照らしている。
 すると、俺の前に立った1人の神官服を着た男性が、深く頭を下げると、口を開いた。

「ようこそおいで下さいました。ご子息のお誕生日、まことにおめでとうございます」

「うむ。では、早速だが祝福の儀を始めていただけないだろうか?」

「かしこまりました。では、シン・フォン・フィーレル様。私について来てください」

「分かりました。司教殿」

 俺はその男性――司教の言葉に頷くと、両親をその場に残して歩き始める。
 やがて、主神エリアス様の像まで来たところで司教が口を開いた。

「では、こちらで膝をつき、祈りを捧げてください」

「ああ、分かった」

 司教に言われた通り、俺はその場で膝をつくと、両手を組む。
 そして、良い祝福(ギフト)が貰えることを祈る。
 いやーマジで頼むよ。本当にお願いします!
 転生者特典みたいなやつで、S級の祝福(ギフト)をお願いします! あと、出来れば戦闘系のやつで!
 神様が俺の心を読んでいれば、「随分欲深い奴だなぁ」と思われるかもしれないが、そこをどうかお願いします!
 俺はぎゅっと目を瞑り、より強く手を組みながら神に祈る。
 すると、ふわっと何か温かいものが俺を包み込んだ。女神に抱擁されているかのような、そんな温かさだ。
 お、もしやこれが祝福(ギフト)を授かる感覚なのだろうか?
 やがて、その温かさが消えてきた頃、頭の中に柔らかな女性の声が響き渡った。

『”テイム”の祝福(ギフト)を授けよう』

 脳内に直接響き渡るかのような声に、俺は思わず目を見開く。
 直後、俺の横に立っていた司教が口を開いた。

「どうやら無事、祝福(ギフト)を授かったようですね。ガリア様、ミリア様。どうぞ、ご子息のもとへお越しください」

 司教の言葉で俺は顔を上げ、組んでいた手を下におろすと、背後から歩み寄ってくる父と母に顔を向ける。
 すると、父と母はまるで期待するような瞳で俺のことを見ていた。そして、直ぐに父が口を開く。

「シンよ。どのような祝福(ギフト)だったのか、早速教えてくれないだろうか?」

 まるで急かすかのように、父は俺にそう言う。母も流石に気になっているようで、父の言葉に頷いていた。

「はい。僕は主神エリアス様から”テイム”の祝福(ギフト)を授かりました」

 すると、父は顎を撫でながら「ほう」と舌を巻く。母も似たような反応だ。

「なるほどかなり良い方だな。小型の鳥系の魔物をテイム出来れば、執務が円滑に進む」

「もし、A級ならワイバーンを従魔にして、竜騎士にもなれるわね。領主が竜騎士になれば、民からの信頼もより厚くなるわ」

 2人は俺の祝福(ギフト)の内容に、喜びを露わにする。
 確かにこの”テイム”っていうのは便利そうだよな。
 ”テイム”を授かった時に”テイム”についての知識が軽く入って来たのだが、これは心臓の代わりに魔石を持つ生物、魔物を従えさせることが出来る能力のようだ。そして、従えた魔物はどこにいても好きな時に召喚することが出来きたり、魔物と視覚を共有できたりと、中々に便利。どの程度の魔物までテイム出来るのかは、現状あまり分からないが、感覚からしてワイバーンは無理だと思う。だから、母の希望には答えられそうにないなぁ……
 すると、喜ぶ2人に司教が声をかける。

「次に、祝福(ギフト)の階級を測らせていただきます。では、シン様。そちらの台に手を置いて下さい」

「分かりました」

 俺は頷くと、背後から期待の眼差しを受けながら前方にある変な紋様が描かれた大理石の台の上に右手を乗せる。
 すると、その紋様が淡く光り出した。そして、前方にホログラムのようにして何かが映し出された。
 そこにあったのは――”F級”の文字。
 ……ん?ちょっと待て。
 いや、まさかとは思うがこれが俺の階級とかじゃないよな?
 まさかとは思うが、これはないよな?
 F級って確率的にはA級が出る確率と同じくらい珍しいやつなんだよ。
 そんなのそうそう出す訳が――

「……残念ながら、F級ですね」

 もの凄く言いづらそうにしながらも、司教は父と母にそう報告する。
 あ、やっぱりそうなのね。やっぱりF級なのね。
 本当にF級だったことに、落胆を通り越して変な笑いがこみ上げてきそうだ。
 そして、当然父と母も落胆しており、半ば放心状態になっていた。まあ、だよね。うん。そうだよね……
 すると、父が無言のまま、幽鬼のようにふらふらと俺に近づく。
 そして――

 パチン

 勢いよく俺の右頬を叩いた。
 乾いた音と共に、ジンジンと右頬が痛む。

「え……」

 俺は思わず呆然とする。
 すると、父が背を向けたまま、口を開いた。

「帰るぞ」

「……分かりました」

 硬い声で紡がれた短い言葉に、俺は俯きながら返事をする。
 ふと、母を見てみると、母は冷たい眼差しで、軽蔑するように俺を見ていた。
 まるで、もうお前は私の息子ではないと言われているような気がする。
 俺は重くなった足をなんとか動かすと、とぼとぼと歩き始め、教会を後にした。
 教会を出てからのことはほとんど覚えていない。
 父からは罵倒され、母からは軽蔑され――それにただ申し訳ありませんと言い続けたことだけ。
 親の愛とは、祝福(ギフト)だけでここまで変わるものなのかと、酷く落胆したよ。そして、こうも思った。
 父と母はこれまでずっと、俺を息子として愛していなかった。ずっと、駒としてしか愛していなかった……と。
 だから、価値のなくなった駒――俺を愛さなくなったのだ。

 そして、気がつけば俺は自室のベッドに寝転がり、布団に顔を埋めていた。もうメイドをつける価値もないと思われたのか、今朝までいたメイドはいない。

「はぁ……ただ、この状況を悪くないと思ってしまっている自分もいるんだよなぁ……。もとより、今世の家族への情ってあまりなかったし」

 ショックから立ち直った俺はゴロリと転がって仰向けになると、天井を見上げながらそう呟いた。
 これで、俺はフィーレル家の当主になるという未来はほぼ絶たれた。一応暫くは弟のレントの予備として残されるだろうが、いずれ一家の恥として勘当されるだろう。
 邪魔だからと殺される可能性も無くはないが、流石にそんなリスクある行動を父がするとは思えない。グラシア王国では、例え間接的だったとしても、子殺しは親殺しと並んでかなりの重罪として扱われているからね。
 確か、貴族でも死罪になる可能性があるとのこと。
 まあ、ここには過激なお家騒動を防止する意味も含まれているんだと思う。
 で、何故勘当され、家を追い出されることを望んでいるのかというと、単純にこの世界を自由に冒険したいとずっと思っていたからだ。贅沢な貴族生活も、それはそれで結構好きだったのだが、こうなってしまうと、もう貴族生活に魅力は感じない。ある程度力をつけたら、ここから出てってやる。
 ただ、1つ問題があるとすれば……

「勘当されたとして、F級の”テイム”でどうしろというんだ……」

 そう。問題はそこだ。
 だんだん”テイム”が体に馴染んできたお陰で分かったのだが、俺がテイムできるのは基本スライムだけで、頑張ればゴブリンやスケルトンといった魔物も出来なくはない……といった具合だ。
 これらの魔物は冒険者ギルドという、異世界ものではおなじみの組織が発表している魔物ランク表の中では最弱のFランクに属している。Fランクに区分される魔物は総じて、非戦闘員でも武器さえあれば1人で倒せるという弱さっぷりだ。てか、スライムに至っては子供に踏み潰されただけであっけなく死ぬって聞いたことあるんだけど。

「まあ、試してみないことには何とも言えんな。スライムならここの下水道とかにも普通にいるだろうし、今度試してみるか……」

 スライムの主な食事は他の生物の食べかす。故に、下水道とかにはゴキブリの要領で湧くらしい。
 まあ、ゴキブリと違って、室内には流石にいないけど。

「ん~……あ、そういや魔法もあったな」

 俺はベッドからがばっと起き上がると、ポンと手を叩く。
 5歳の誕生日が主神エリアス様から祝福を授かる日というのは有名な話だが、それ以外にもう1つある。それが、魔法の解禁だ。
 魔法とは体内に宿る魔力を燃料に火をおこしたり水を出したりと様々な現象を引き起こすもの。
 幼いころからやりまくって無双したいって思ったこともあるのだが、体内にある魔力回路というものが未発達の状態で魔法を使ってしまうと、魔力回路が破裂して最悪死ぬと知って、即その案は却下した。だが、5歳になったことで、ようやく魔力回路が魔法の発動に耐えられるまでに発達したのだ。

「今度書庫に行って、魔法についての本を読んでこようかな?」

 本来なら、5歳で魔法の家庭教師をつけられるのが貴族家における習わしだが、この状況で俺につけてくれるだなんていう甘い考えは捨てておいた方がいいだろう。

「いや~頼む。どうか魔法だけは上手くいってくれ……!」

 祝福(ギフト)が駄目ならせめて魔法の才能はあってくれ。
 俺はそう、神に祈るのであった。
 数日後。
 俺は着替えを済ませると、若干重い足取りで廊下を歩き、食事を食べに向かう。
 流石にあんなことがあったせいで、もう顔を合わせたくもないんだよな~。
 ただ、まだ俺はフィーレル家の人間だ。故に、フィーレル家の人間としての行動は取らなくてはならない。
 面倒だよな。貴族って。
 そんなことを思いながら、俺は扉を開けて中に入ると、侮蔑の目をする父と母――ガリアとミリアに形式だけの挨拶をしてから席に向かう――かに思えたが、冷たい声で「待て」とガリアに言われ、俺は立ち止まった。そして、ゆっくりとガリアに視線向ける。

「これから1か月。お前に魔法の家庭教師をつける。出来次第では以後もつけるが、悪いようならそれで終わりだ」

 忌々しいものを見るかのような目で俺を見つめながら、ガリアはそう言った。
 なるほど。ダメ元だが、一応魔法の素質も見ておこうって魂胆か。まあ、例え1か月だけでも、得られるものは多いだろうから、普通にこれはありがたい。

「ありがとうございます。父上」

 俺は心が全くこもっていない礼をすると、再び席へ向かい、腰を下ろした。
 その後、いつも通り朝食を食べ終えた俺は、自室に戻った。そして、暫く待っていると、コンコンと扉が叩かれた。
 お、どうやら魔法の家庭教師とやらが来たようだ。どんな人が来たのだろうか……?

「入っていいよ」

 すると、ガチャリと扉が開き、1人の女性が中に入って来た。
 黒系のローブを羽織り、右手で杖をつく、赤髪ショートヘアーの若い女性だ。
 彼女はやや緊張した様子で一礼すると、口を開く。

「本日より魔法をお教えすることになりました。フィーレル侯爵家魔法師団副団長のエリーと申します」

「はい。僕の名前はシン・フォン・フィーレルです。短い期間になるかもしれませんが、よろしくお願いします」

 そう言って、俺はエリーさんにぺこりと頭を下げる。
 へ~この人が僕に魔法を教えてくれるのか。割と親しみやすそうだし、いいんじゃないかな?
 すると、エリーさんはどこか驚いたように目を見開く。

「その年で、凄く礼儀正しい……あ、すみません。では、まず初めに現在の魔力容量と魔力回路強度を測りたいと思います」

 そう言って、エリーさんはテーブルまで歩いてくると、その上に金属製のプレートと水晶を置く。
 あ、これ本で見たことあるわ。
 金属製のプレートのやつは魔力回路強度っていうのを測る道具で、魔力回路強度は高ければ高いほど、より強力な魔法が使える。
 そして、水晶は魔力容量を測ることが出来る道具で、魔力容量が多ければ多いほど、魔法を沢山使える。
 5歳ではまだ大したことは無いだろうが、それでも今の魔力容量と魔力回路強度で、最終的にどの程度にまで成長するかは結構予測できてしまう為、この測定は結構重要な意味を持っている。
 ただ、もしこの測定が良かった場合、ガリアとミリアが手のひら返ししてくる可能性が結構高い。正直それは……ごめんだ。
 この前の一件で、俺あの2人のことが嫌いになった。より優秀な人を後継ぎにしたいと思う気持ちは分からなくもないが、だからと言ってあれはないだろ。
 と、言う訳でこの測定はちょっと手を抜くとしよう。幸いなことに、その方法は熟知している。

「では、まずは魔力容量を測りましょう。そちらの水晶に手をかざして、魔力を込めてみてください。体の中からぐっと何かを出すようなイメージをして下されば、自然とできます」

「分かりました」

 俺は頷くと、手を伸ばして水晶に右手をポンと置く。そして、魔力を少しずつ込めていく。
 すると、水晶の中に浮かび上がってきた1という数字が、2、3、4……とどんどん増えていくのが見えた。
 5歳の平均魔力容量は10だったので、それよりも1だけ下の9になるように調整しよう。
 そう思い、俺はだんだんと力を緩めていく。すると、上昇していた数字が6でピタッと止まってしまった。
 おっと。力を緩め過ぎた。もう少し強くしないと。低すぎると、マジで虐待されそうだからな。
 俺は魔力を込める力を少し上げる。だが、1上がって7になるだけ。そこで止まってしまった。
 あ、あれ? これそこそこ力入れてるよ? この調子だと本気でやっても10行くか怪しいんだけど……
 高いことを期待していた魔力容量が平凡っぽいことにさっと顔を青ざめさせるが、深く息を吐いて心を落ち着かせると、今度は全力で魔力を込める。
 すると、8、9、10……と上がり、11で完全に止まった。

「11……で止まったわね。平均ぐらいだから、悪い数字じゃないわよ」

 結果を見たエリーさんは砕けた口調で褒める……と言うよりは励ますように言う。
 俺、そんなに残念そうな顔してたかな?
 まあ……うん。平均か。
 最低位だった祝福(ギフト)と比べれば全然いいよ。
 ただなぁ……もうちょっと高くてもバチは当たらないと思うんだけどな~
 まあ、しゃあない。これで頑張るしかないか。

「では、次は魔力回路強度を測ります。このプレートを両手で持って、今と同じように魔力を込めてね」

「分かりました」

 俺はエリーさんから金属のプレートを受け取ると、両端を掴み、魔力を込める。今回は最初から本気だ。
 すると、金属プレートに彫られた紋様が淡く光り出したかと思えば、その上にホログラムのように数字が浮かび上がってきた。
 その数字は……9。
 5歳の平均はこっちも同様に10だから……うん。こっちは微妙に平均行ってないね。
 あー予想はしてたけどさ。ちょっとこれはあんまりだろ……
 やべぇ。流石に泣きそう。
 すると、俺の感情を敏感に察知したのか、エリーさんがおろおろしながら俺を宥め始める。

「だ、大丈夫だよ。9は全然悪い数字じゃないから。基本的な魔法は全て使えるようになるレベルだから、安心していいよ。世の中には、これが低すぎて、一切魔法が使えない人も結構いるからさ。だから泣かないで」

「だ、大丈夫です。使えるだけでも全然嬉しいです」

 うん。そうだよ。使えるだけでもありがたいんだよ。
 折角異世界に来たのに、魔法が使えないなんて言われたら絶望ものだろ?
 それに比べたら、俺はむしろ幸運なんだよ。
 うん。そうなんだ。俺は幸運なんだ。
 よし。魔法が使えることに感謝しながら生きよう。
 こうして、俺は何とか平凡な測定結果を受け入れるのであった。
 平凡な測定結果を何とか受け入れた俺は、エリーさんに連れられて、屋敷の裏庭に来ていた。
 これからやるのは魔法属性適性検査だ。各属性の測定用魔法の詠唱を唱え、発動できるかどうか。そして、発動できた場合はその出力によって判断するらしい。
 魔法の属性は全部で8属性あり、火属性、水属性、風属性、土属性、光属性、闇属性、無属性、空間属性と言った感じだ。
 大抵の人は、高い適性を持つ属性が1つとそこそこの適性を持つ属性が1つ2つあるって感じだが、俺の場合はどうなのだろうか。
 流石にここまで来たらもう高望みはしない。ただ、出来れば空間属性に適性があるといいなぁ……
 扱うのが最も難しい属性だが、その分極めれば超強力な手札となりえる。
 転移したり、空間を斬ったり、異空間に物を収納できたりと、めっちゃ便利だ。まあ、俺の魔力容量と魔力回路強度では、今後の成長を加味したとしても、そうホイホイとは使えなさそうだが……
 すると、エリーさんが一冊の薄くて小さな本を俺に差し出した。

「この本に書かれている詠唱を、最初のページから順番に言ってください。詠唱はハッキリと言ってね」

「分かりました」

 俺は頷くと、まず1ページ目を開く。
 すると、そこには前に本でも見たような呪文が書かれていた。
 俺は「ふぅ……」と息を吐いて心を落ち着かせると、詠唱を紡ぐ。

「魔力よ。火となれ」

 ……だが、特に何も起こらない。
 どうやら火属性には適性が無かったようだ。

「はい。では、次のページ、水属性をお願いします」

「分かりました」

 俺は頷くと、ペラりとページをめくり、そこに書かれている詠唱を紡ぐ。

「魔力よ。水となれ」

 ……だが、特に何も起こらない。
 あー水属性にも適性が無いのか。
 氷の槍とかは憧れてたんだけどなぁ……
 だが、裏を返せば空間属性に適性がある可能性が残っているという意味でもある。
 前向きに考えよう。
 そんな感じで、俺はその後も風属性と土属性の詠唱を唱えてみたのだが、結果は適正なし。
 あれ? まさかとは思うがどの属性にも適性が無いとか言わんよな?
 それだったら流石に発狂ものなのだが……
 そうしてだんだんと不安になりながらも、俺は次の光属性の詠唱を唱える。

「魔力よ。光となれ」

 すると、ここで初めて変化が起こった。
 自身の体から何かがすーっと抜けていく感覚と共に、目の前に小さな光の球が現れたのだ。
 目の前で浮遊する小さな光の球は、炎のようにゆらりと揺れた後、ふっと消えてしまった。

「光属性に適性があるようね。この感じを見るに、高い適正……ではなさそうね」

 エリーさんがボソリとそう呟く。
 へーこれはまだ高い適正じゃないのか。
 となると、まさか本当に時空属性に適性が――それも高い適正なのか?
 不安から一転して、希望が見えて来た俺は、次のページにある闇属性の詠唱を唱える。

「魔力よ。闇となれ」

 すると、今度は目の前に薄黒い靄のようなものが現れた。
 だが、空気中に溶け込むようにして、すーっと消えてしまった。
 お、闇属性にも適性があるのか。
 てか、光と闇って、どっちも純粋な戦闘系じゃないんだよなぁ……
 どちらかというと、戦闘補助系なんだよ。この2つ。
 まあ、エリーさん曰く、これも高い適正ではないらしい。
 つまり、残り2つ――無属性と空間属性のどっちかが、高い属性ということになる。
 え? もうこれで終わりの可能性はないのかって?
 それは断固ととして認めたくない!
 こうして俺は残りの詠唱を紡ぐ。
 その結果は――

「光属性と闇属性の適性率は共に約40パーセント。そして、空間属性の適性率は約90パーセントね」

 よし。やったぜ。
 いやーマジで途中ヒヤヒヤしたけど、何とか空間属性に適性があってよかったー!
 しかも90パーセントだよ。
 高い適正のやつって、平均80パーセントらしいから、これはもう超当たりと言っても過言ではない。
 まあ、いくら適性が高くても、魔法を使う元となるあの2つが平凡じゃあ、結構辛いんだけどね。
 すると、エリーさんが口を開く。

「では、これから少し実践と行きましょう。ですが、その前に1つ注意を。今後魔法を使う時は、近くの大人に許可を貰ってからにしてください。危ないですからね」

「分かりました」

 エリーさんの注意に俺はコクリと頷く。
 まあ、十中八九破るけどね。
 いやでもほら。俺って前世含めたらもう22よ?
 だから実質大人ってことで、覚えた魔法は隠れてこっそりと使うとしよう。俺のことを大事だと思わなくなったお陰で、俺に対する監視がザルになったのも大分追い風になっている。

「では、まずは光属性と闇属性の2つをやっていきましょう。空間属性はその2つをある程度使いこなせるようになっていないと厳しいですからね」

 そう言って、エリーさんはまた別の――今度は少し厚めの本を取り出すと、パラパラとページをめくる。
 やがて手を止めると、そのページを俺に見せてくれた。

「ここに書かれているのが光属性魔法よ。難しいだろうから細かい説明は省くわ」

 そう言って、エリーさんは更にページを1枚捲ろうと手をかける。
 あー! 別に省かなくていいんだよ!
 だが、無情にもにも捲られてしまった。
 説明は大事だろうに。ぱっと見でも結構良いことが書いてあるように見えたぞ?
 まあ、俺は5歳児だからな。難しいことは分からないって認識なんだよな……
 しゃーない。今度久々に書庫に行って、その本探してみるか。
 で、捲られたページには魔法の詠唱と、その魔法名。そして、その魔法の内容が詳しく書かれていた。

「この魔法は光球(ライトボール)。さっきよりも大きくて強い光を放つ光の球を生み出す魔法よ。腕を伸ばして、手の先に生み出すようなイメージをしながら詠唱をしてみて」

 エリーさんは簡単な説明をしながら、詠唱が書かれている部分を指差す。
 なーるほど。見た感じ、これが光属性の基礎中の基礎って感じだな。
 流石にこれは成功させなきゃマズいだろ。
 そう思いながら、俺は右手を前に掲げると、光の球が拳の上で浮かんでいる様子をイメージをしながら詠唱を唱える。

「魔力よ。光り輝く球となれ」

 すると、さっきと同じようにすっと体から何かが抜けるような感覚がしたかと思えば、右掌の上にふらふらと浮かぶ直径10センチ弱の光の球が現れた。
 よし! 成功だ!
 そう思い、俺は内心喜ぶ――が、それで集中が途切れてしまったのがいけなかったのか、光球(ライトボール)は霧散し、消えてしまった。
 あーあ。消えちゃった。
 でも、一発で発動できたのは結構いいと思う。
 異世界系の漫画、およびアニメを沢山見まくったお陰で、魔法に関するイメージ力が人一倍高いことが関係しているのだろうか。
 魔法はイメージが大切って良く言うからね。

「凄いね。最初の1回で発動出来る人は中々いないわよ」

 エリーさんは拍手しながら、手放しで俺を誉める。
 お、やっぱり一発で出来る人はあまりいないのか。
 いや~これはもう異世界系漫画とアニメに感謝だな。これのお陰で、俺は魔法をより正確にイメージ出来た。
 後はこれを無意識に出来るようにしないと。さっきみたいに、ちょっと集中力が切れただけで発動できなくなるようでは話にならないからね。

「では、この調子で闇属性の魔法も取りあえず使ってみましょう」

 そう言って、エリーさんは再びパラパラとページを捲り、闇属性魔法の所で手を止める。

「これは黒霧(ダーク)という、周囲に黒い霧を発生させる魔法よ。まずは自分を包み込むようなイメージをしながら詠唱をしてみて」

 なるほど。今度は目くらまし系の魔法か。
 エリーさんの言葉に俺は頷くと、例の如くイメージをしながら詠唱を紡ぐ。

「魔力よ。黒き霧となれ」

 すると、体中から黒い靄のようなものが出て来て、瞬く間に俺を包み込んだ。お陰で現在、お先真っ暗だ。
 とまあ冗談はさておき、今は頑張ってこれを発動させ続けないと。
 ある程度集中しつつ、リラックスするという難題を頑張ってこなすことで、少しずつ無意識に魔法が使えるようになるだろう――が、今はそんな芸当出来る筈もなく、ものの数秒で黒霧(ダーク)は霧散し、消えてしまった。
 まあ、さっきよりは長く持ったから良しとするか。

「うん。凄いわね。では、あとはこれを何度も続けて、少しずつ魔法に慣れていきましょう。あと、体が怠くなってきたらすぐに教えてね。それは魔力切れの症状だから」

「分かりました」

 俺は頷くと、再びエリーさん指導の下、再び魔法を使うのであった。
 魔法の指導が終わった俺は、屋敷内を歩いていた。
 いつもよりも、すれ違う使用人の数がだいぶ少ない。
 それもそのはず、父――ガリアはつい先ほど王都ティリアンへ、多くの共を連れて向かったのだ。
 色々と会議をするらしく、帰ってくるのは丁度1か月後になると予想される。
 ふっ これは大胆に動くチャンスだ。今の内に下水道へ忍び込んで、テイムの実験をするとしよう。
 匂いとか汚れ?
 その辺は問題ないな。
 だってここは侯爵家の屋敷だぞ?
 下水道はちゃんと掃除されてるよ。もうピッカピカだよ。
 だったらスライムはいないんじゃないかって思われるかもだが、その心配はない。
 隙間とかに絶対潜んでるんだよ。
 そう。例えるなら、掃除するのが億劫になるタンスの裏――そこに潜むゴキブリだ。
 そんなことを思いながら調理場に入り、そのまま奥へ行くとそこには掃除用具を持ったおじさんがいた。
 この人はいつもこの時間帯に下水道の掃除とそこにある浄化(クリーン)の魔道具の点検をしている人だ。
 俺はその人がいたことに安堵しながら声をかける。

「ちょっといいですか?」

「うを!? ……て、し、シン様!? 何故こんなところへ?」

 おじさんは俺の姿を見るなり、目を見開いて声を上げる。
 まあ、当然の反応だよな。
 こんなところに侯爵子息がいたら、誰だって驚くよ。
 ま、そんなことは置いといて、用件を言うか。

「下水道にいるであろうスライムを、僕が先日授かった”テイム”の祝福(ギフト)で従魔にしてみたいのです。なので、そのお手伝いをしていただきたいなと」

「そ、そうなのですか……ですが、何もここでしなくてもよいのでは? 侯爵様にお願いすれば、シン様に相応しい魔物を用意してくださいますよ?」

 おじさんは戸惑いながらもそう言う。
 ああ、おじさんはやっぱり知らないか。俺の”テイム”がF級であることを。
 まあ、ここは丁度いい言い訳を見つけてあるんだよ。

「はい。ですが、僕はここで父上に内緒でこっそりと”テイム”の練習をして、父上を驚かせたいのです。お願い……できませんか?」

 そして、ねだるようにじっとおじさんのことを見つめる。
 5歳の子供にこんな眼差しを向けられれば、当然――

「りょ、了解しました。是非、私にお任せください」

 おじさんはびしっと敬礼すると、胸を張ってそう言った。
 よし。ちょろ……ゴホンゴホン。
 何でもないです。

「では、ここでお待ちください。至急、スライムをここへ連れてきますので」

 そう言って、おじさんは下水道へ続く扉を開けると、勢いよく飛び出して行った。
 騙すようで申し訳ないが、別に彼がこれで不利益を被るようなことはない。
 安心して、任せるとしよう。
 そうして待つこと数分後……

「あ、帰って来た」

 奥からタタタと足音が聞こえて来たかと思えば、バケツを抱えたおじさんが現れた。バケツには、ちゃんと蓋がされている。
 そして、バケツの中からは何かが這いずるような音が聞こえてきた。
 どうやらこの中にスライムがいるようだ。

「はぁ はぁ……シン様。スライムをお持ちしました。では、準備が整いましたら、ゆっくりとこの蓋を開けます。その隙にテイムしてください」

 そう言って、おじさんは蓋を抑えたまま、バケツを地面に置く。

「ありがとうございます。では、お願いします」

 俺は息を整えると、バケツに手をかざして、そう言った。

「分かりました。では、ゆっくりと行きますよ」

 おじさんはそう言うと、慎重に、ゆっくりとバケツの蓋をずらしていく。すると、中にいる薄青色のアメーバ状の生き物――スライムが少しずつその姿を露わにしていく。

「友達になろう。”テイム”」

 俺はそのスライムに優しく語り掛けるかのように”テイム”を使う。
 すると、スライムと何かで繋がったような感覚に陥った。表現方法が難しいが、多分成功したんだと思う。
 確認のため、何か命令してみるか。

「スライムさん。手を上げてみて」

 スライムに手なんてないだろと突っ込まれそうだが、そんなの知ったこっちゃない。
 すると、バケツの中にいるスライムは体の一部を上へと掲げ、あたかも手を上げているかのような仕草を取った。

「成功だ……」

 俺は声を震わせながら、喜びを噛み締めるように言う。
 にしても、この感じからして、多分今のは俺の言葉……と言うよりは、スライムとの繋がりによって伝わった俺の思いに反応して、行動したんだと思う。スライムが手を上げるという動作を知っている訳が無いからね。
 これなら多少難しい命令でも聞いてくれそうだ。この部分だけなら、とてもじゃないがF級とは思えない。

「おめでとうございます。シン様。して、そのスライムはどうしましょうか?」

「うん。ちょっと愛着が湧いちゃったから、僕の従魔にする。下水道でこっそりと飼うことにするから、見つけても殺さないで。この子には、おじさんと会ったら合図をするように命令しておくから」

「分かりました。では、そのようにしておきますね」

 おじさんはそう言って、俺の言葉に頷いた。
 よし。これでまずは1匹ゲット。
 それに、下水道は屋敷の外と繋がっているから、視覚を共有すれば、街の様子を屋敷の中から見て、楽しむことだって出来る。
 遠隔で命令をすることは出来ないと思うけど……まあ、どれくらい離れてたら出来ないかはよく分かっていないから、そこら辺の実験もしておくとしよう。

「では、スライム……いや、ネム。頼んだよ」

 しれっと名付けをしつつ、俺はスライム――ネムに頼みごとをする。
 言葉ではなく、思いに反応して行動したことから、恐らくこれだけでも俺の意図は伝わったはずだろう。

「キュ! キュ!」

 俺の命令を聞いたネムは、可愛らしい声を上げながら体を上下に動かす。
 了解……とでも言っているような感じだ。

「ほう。随分と懐いていらっしゃいますね」

 おじさんはそんなネムを見て、感心したように言う。

「うん。あ、そろそろ部屋に戻らないと。おじさん。ネムを下水道の方に戻してください。あと、掃除頑張ってください」

「りょ、了解しました! 誠心誠意、務めさせていただきます」

 俺のお子様スマイルをもろに受けたおじさんは、照れたように頬を赤くすると、警察の敬礼のような動作で頷いた。
 あーやっぱお子様スマイルは反則だな。それも、俺って自分で言うのもあれだが結構美形だからね。それがその反則度に拍車をかけているんだと思う。
 俺は一礼するおじさんに軽く手を振ると、足早に自室へと駆け出して行った。
 自室へと戻った俺はベッドにゴロリと仰向けで寝転がると、口を開く。

「さてと。んじゃ、早速ネムの視覚を覗いてみるか」

 俺はそう呟くと、自身とネムの間にある繋がりを探るようにして、ネムの目に入り込むイメージをする。
 すると、ふわっと視界が変わり、真っ暗になった。
 そして、ぴちゃぴちゃと水の跳ねる音が反響するように聞こえてくる。どうやら成功のようだ。

「よし。流石にこの距離の視覚共有は出来るか。てか、音が聞こえるってことは、何気に感覚共有も出来てるのか。これも結構凄いことだよな? ……あとは、この距離から命令を下せるかだが……」

 俺は若干不安になりながらも、下水道を進むネムに命令を下す。

「ネム。俺の言葉が伝わっているのなら、そこで立ち止まってくれないかな?」

 すると、さっきまで聞こえていたぴちゃぴちゃという音が止まった。
 本当に、立ち止まった……!

「ネム。再び目的地へ――下水道の外へ向かって進んでくれ」

 するとどうだろうか。
 なんと、再びぴちゃぴちゃと音が響き始めたのだ。

「よし。これは成功で間違いないな」

 俺は思わずニヤリと笑う。
 F級では流石に厳しいだろうと思っていたのだが、まさか成功するとはね。思念伝達って、個人差はあれど基本的にC級以上だし。
 でも、これはマジでありがたい。これで、街の様子も好きに楽しむことが出来るだろう。
 まあ、ヘマして見つかったら、最悪殺されちゃいそうだから、そこは気をつけないと。

「……あ、光だ」

 奥にうっすらと見えて来た光。間違いない。あそこが出口だ。
 すると、俺の気持ちを汲んだのか、ネムの進む速度が若干早くなった。

 ぴちゃぴちゃぴちゃぴちゃ……

 そしてついに、細かい網目を通り抜けて、下水道の外に――屋敷の外に出ることが出来た。

「よし。さて、ここはどこだろうか……?」

 俺はネムに周囲を見渡すよう命じながらそう呟く。
 目の前には川があり、上には青空……と、川にかかった橋を渡る多くの人。

「やっぱりあの川に出たか」

 ダンジョン都市、シュレインには上下を丁度区切るように横断する川が流れており、この街に住む人々の生活用水となっている。
 下水道から出た場所ということから考えると、ここは川下である東の方なのだろう。

「さてと……まずはここから上がらないとな」

 ただ、どうやって出ればいいのだろうか。
 すぐ目の前には川が流れ、橋はここから3メートルも上に位置している。
 流石にスライムでは、どうやったってここから出ることは出来ない。唯一方法があるとすれば、川に流されることで、街の外へ行くことぐらいしか……

「う~ん……川の先には確か森が広がってたよな。ただ、そこへ行かせるのは結構危険だな……」

 俺は腕を組みながら、ムムムと唸る。
 簡単に見つけられるとはいえ、流石に初めてテイムし、名前まで付けたスライムを捨て駒にするような行動は取りたくない。あそこには、スライムよりも強い魔物が跳梁跋扈しているんだよ。
 やれやれ。愛着が湧いてしまうのも、考え物だなぁ……

「……しゃーない。一旦下水道内に戻ってくれ。何匹かスライムをテイムして、余裕が出来てから偵察に行かせるとするか」

 俺はネムに命令をして、下水道内へと戻らせる。
 すると、前方から何か動くものが見えて来た。

「何だ!? ……ああ、スライムか」

 そこにいたのは、1匹のスライムだった。
 別にスライムは共食いとかはしないので、特に警戒する必要も無いだろう。
 すると、ここでふと好奇心からあることを思い付く。

「ここから遠隔でテイムできたりしないかな?」

 そんな反則じみたテイマーなんて聞いたことないが、別にやっても損はしないし、折角の手札なのだから、試せることは試しておかないと。
 そんな思いから、俺は目の前でぽよんぽよんと可愛らしく上下に動くスライムに”テイム”を使う。
 すると――

「……ん!? 繋がった!?」

 まさかの成功に、俺は思わずがばっとベッドから起き上がる。
 そのせいで一時的に視覚共有が切れ、元の部屋へと引き戻されたが、直ぐにネムと視覚を共有する。

「マジかよ。マジでやべぇな……」

 俺は目の前にいるスライムをじっと見つめながら、感嘆の息を漏らす。
 再び自身の感覚を確かめてみるが、確かに繋がりが1つ増えているのが感じられる。

「……変わってみるか」

 俺は確認とばかりに、視覚をそのスライムに移しかえる。
 すると、ふっと視界が切り替わった。
 目の前には1匹のスライム。そして、その後ろには下水道の出口。
 視覚共有が出来るということは、テイムできているという確固たる証拠にほかならない。
 ああ、確定だ。
 どうやら俺はテイムした魔物の視覚越しに見た魔物もテイム出来るらしい。
「……ははっ ”テイム”でこんなことが出来るだなんてな。S級でも絶対無理だろ。聞いたことが無いし。もしや、これが転生特典とか……?」

 いや、流石にそりゃないか。
 だったら何でわざわざF級にしたんだって話になるし。
 ていうか、そもそも転生特典を渡す神と呼ばれる存在がいるのかすらも分からない。
 確かに祝福(ギフト)っていうのはあるけど、それを神が与えているという証拠はどこにもないしな。

「まあ、可能性が広がったのは嬉しい誤算だ。他にも色々あるかもだし、ネムだけはこっちに移動させとくか。来てくれ、ネム」

 視覚共有を切ると、俺はネムがここに来ることをイメージする。
 すると、ぱっと目の前に薄青色の生き物――スライムことネムが現れた。

「おっと」

 俺はもう少し腕を大きく広げると、ネムを両手で抱きかかえる。
 大きさとしては、体長15センチ程。5歳児の俺ではちょっと大きめに感じてしまう。

「きゅ! きゅ! きゅ!」

 ネムはまるで主人に懐く子犬のように、べったりと俺にくっつく。
 う、すまん。流石に臭い。あと、下水道の汚れが多少……
 だが、問題ない。むしろこれは想定していたことだ。

「魔力よ。光り輝き浄化せよ」

 すると、ひかっと俺の服とネムが光に包まれたかと思えば、汚れがきれいさっぱりなくなった。

「これでよし」

「きゅきゅ?」

 ニヤリと笑う俺に、ネムは不思議そうに首(?)を傾げた。
 今使った魔法が、つい先ほどエリーさんに教えてもらった光属性魔法、浄化(クリーン)だ。
 今みたいに、大抵の汚れは消すことが出来る。キッツい汚れは何度もかけなきゃダメだろうけど、割ときれいな侯爵家の下水道に住んでいたネムなら、これくらいで十分綺麗に出来る。
 更に、浄化(クリーン)で臭いの発生源がきれいになったお陰で、臭いも大分消えた。
 まだ少し空気中に残っているが、まあ暫く経てば消えるだろ。

「よしよし。こうしてみると、結構可愛いな」

「きゅきゅきゅ!」

 ネムの体はひんやりとした柔らかいゼリーのような感じで、結構気持ちいい。
 そして、こうやって子犬のように懐いてくれる。
 ははは……どんどん愛着が湧いてくるな。
 一部の貴族でスライムを飼うのが流行っていると耳にしたときはめっちゃ不思議に思ったが、今ならよく分かる。

「さてと……あ、あっちのスライムはなにやってんだろ?」

 何も命令していないときはどうしているのかと不思議に思った俺は、下水道に残ったスライムと視覚を共有する。
 すると、そこでは先ほどと同じようにぴちゃぴちゃと音がした。どうやら、普通に過ごしているようだ。
 ……あ、いいこと思いついた。

「あのさ。スライムと出会ったら、俺にそのことを伝えるっていうのは……できる?」

「きゅ!」

 俺の質問に、下水道にいるスライムは元気よく返事をした。
 へ~出来るんだ。んじゃ、頼んでみるか。

「頼んだよ」

 そう言って、俺は視覚を自身に戻すと、再びネムに視線を合わせる。

「きゅ!きゅ!きゅ!」

 すると、そこにはぽかぽかと腕(?)で俺を叩くネムの姿があった。
 あれ? 何か怒ってるような感じがするんだが……

「あれ? 怒ってる?」

「きゅ!」

 当然とでも言うかのように、ネムは頭(?)を動かして頷いた。
 あ、やっぱり怒ってたか。
 にしても何故……

「……あ、もしかして、他のスライムと話してたから?」

 思い当たる節がそれしかなく、俺はそう問いかける。すると、ネムは「きゅ!」と強く頷いた。
 やっぱり嫉妬かーい。
 てか、スライムも嫉妬するんだな……

「あーやっぱりそうか……まあ、大丈夫だよ。ネムが最初にテイムした魔物だからね。今後嫌でも特別扱いするさ。だから、他の従魔と会話したり、多少仲良くするぐらいは許してくれよ」

 そう言いながら、俺はネムの体を優しく撫でる。
 すると、それだけで上機嫌になったのか、ネムは「きゅきゅ!」と鳴き声を上げて、頷いてくれた。

「うん。ありがとう。あ、そういやネムの隠し場所はどうするか……」

 ここに呼んだはいいものの、隠し場所が無い。誰かに見つかるのは避けたいからなぁ……
 何かめんどくさいことになりそうだし。
 俺はネムを抱きかかえたまま、ゴロリと後ろに寝転がり、天井を見る。

「ん~……あ、あそこだ!」

 俺は天井裏に続く小さな隙間を指差すと、声を上げた。
 使用人だって、流石に天井裏までは掃除しないだろ。年に1回ぐらいはありそうだが、その時は上手いこと隠れてもらうことにしよう。
 そう思った俺は、早速ネムに声をかける。

「ネム。俺がこの部屋から出ている間は、あの隙間から天井裏に入って、そこに隠れてくれないかな?」

「きゅっきゅっ!」

 俺の言葉に、ネムは首(?)を横に振った。出来ない……じゃなくて、嫌だってことか。
 理由は恐らく、俺と離れたくないからだろう。さっきの嫉妬ぶりを見れば、容易く予想できる。
 確かに、俺も出来れば一緒にいたいけど、生憎俺の体は小さい。故に、ネムを隠し持つことが出来ないのだ。
 あともう数年経ち、体が大きくなれば、服の裏とかに隠せろうだろうけど……

「うん。その気持ちは分かるよ。ただね。もし、君の存在がバレてしまったら、二度と俺と会えなくなってしまうかもしれないんだよ。それは嫌だろう?」

「きゅ!? きゅきゅきゅ!」

 俺は優しく諭すように、ネムに声をかける。
 すると、ネムは俺の言葉にビクッと体を震わせるや否や、ぶんぶんと頭(?)を上下に振った。
 どうやら説得には成功したみたいだ。

「うん。ありがとう。まあ、基本はこの部屋にいるから、安心して」

 そう言って、俺は優しくネムを撫でる。
 すると突然、頭の中に響き渡るような鳴き声が聞こえて来た。

『きゅきゅ!』

「ん!? ……ああ。あっちのスライムか」

 俺は一瞬驚いたが、直ぐに繋がりから下水道の方にいるスライムの鳴き声であると理解すると、そのスライムの視覚に意識を移す。
 直後、視界は暗転した。だが、目の前に何かがいるというのだけは分かる。

「なるほど。スライムを見つけたのか。では、”テイム”」

 俺は目の前にいる何かがスライムであると判断すると、即座に”テイム”を使う。
 すると、目の前にいる何か――スライムと繋がる感覚がした。

「よし。成功だな。じゃ、君はこのまま下水道を出て、川を下り、その先にある森を目指してくれ。着いたら報告を。誰にも見つからないように気を付けてくれ」

「きゅきゅ!」

 俺の命令に、そのスライムは元気よく鳴き声を上げると、ぴちゃぴちゃと水音を立てながら、ここから去って行った。
 もしかしたら、あのスライムは死んでしまうかもしれないが……それは仕方ないと割り切ろう。
 無論、死なせないように手は尽くすつもりだが、それでも万が一ということはあるのだ。
 何せ、スライムは最弱クラスの魔物の中でも特に弱いとされている魔物なのだから――

「ふぅ」

 俺は息をつくと、視覚を元に戻す。
 そして、相変わらずじゃれてくるネムを優しく抱きしめた。
 数日後の朝。
 朝食を食べ終えた俺はベッドに寝転がりながらネムを撫でていた。
 ただ、視覚は街に放ったスライムの1匹に移している。ついさっき、このスライムから新たなスライムを見つけたという報告が来たんだよね。

「よし。”テイム”!」

 俺は慣れた動作で目の前にいるスライムをテイムすると、念のため繋がりがあることをちゃんと確認する。

「……うん。あるね。じゃ、戻るか」

 そう呟いて、俺は視覚を自身の下に戻す。
 ここ最近はずっと”テイム”を使っている。
 森や街に放ったスライムの視覚から情報を得つつ、新たなスライムを手に入れるって感じだね。
 ただ、この前自室でぶつくさ独り言を言っているのがバレてめんどくさいことになった為、今はだいぶ小声で喋っている。
 とまあ、こんな感じのことを繰り返してたら、いつの間にかテイムしているスライムが50匹を超えてしまった。

「流石にこれは異常だよな……? うん。やっぱり異常だよな?」

 俺はネムを撫でながら、訝るように言葉を紡ぐ。
 確かに、弱い魔物の方が沢山テイムできると本には書かれていた。
 だが、例えスライムでも、精々10匹が限界のはずだ。ましてや、俺はF級なので、それよりも更に下だと思っていた。
 それなのに何故、50匹以上もテイム出来ているのだろうか……
 しかも、限界は今だ感じておらず、まだまだテイム出来ると思う。

「何でだろうな……と言っても、原因なんて分からんな……あ、強いて言えば、転生者だから……とか?」

 結局これといった理由は出てこず、俺はため息をつくと、今度は森にいるスライムの視覚に移る。
 すると、そこに広がっていたのは大自然だった。
 周囲一帯が草木で覆われており、まるでジャングルの奥地に迷い込んだようだ。
 そこには、スライムという自身の体よりもずっと小さい存在の視覚から見ていることが関係しているのだと思う。

「いや~こうして色々なところを安全な場所から見られるって、結構凄いことだよなぁ……」

 初めはハズレだと思ったF級の”テイム”。
 確かに強い魔物はテイム出来ないので、戦闘面では微妙なところがある。だが、こういった情報収集に使えるのは結構有用だ。それに、俺の場合は他の”テイム”持ち――テイマーよりも圧倒的な数の魔物をテイム出来るし、その魔物越しにテイムすることだって出来る。
 まだまだ未知数なところもある為、今後どんどん使い方を開拓してけば、いずれS級祝福(ギフト)の使い手に引けを取らない実力を手に入れるやもしれない。

 コンコン

 すると、部屋の扉がノックされた。
 この時間帯に来る人と言えば、1人しかいない。
 俺は即座にネムを天井裏へと向かわせると、口を開く。

「入ってください。エリーさん」

 すると、ギィっと扉が開き、エリーさんが入って来た。
 エリーさんはその場で一礼をすると、口を開く。

「おはようございます。シン様。では、今日はここで授業をしたいと思います」

「あ、そうなんですね。分かりました」

 俺は子供らしい笑みを浮かべながら頷くと、ベッドから起き上がり、椅子に座る。
 そして、エリーさんはそこから数歩歩くと、俺の前にあるテーブルの上に本を置いた。

「では、今日は今後空間属性魔法の習得をしてみましょう」

 お、ようやく空間属性に入れるのか。
 空間属性に関連する書物は大体読んでいるのだが、どうせなら教わってからにした方が良いと思って、使ってはいないんだよね。

「知っての通り、空間属性魔法は全属性魔法の中で、もっとも難しい魔法です。そして、もっとも事故の起きやすい魔法でもあります。なので、私の指示に従って、気を付けてやってくださいね」

「分かりました」

「はい。では、最初は空間属性魔法の基礎となる魔法を習得できるようにしましょう」

 そう言って、エリーさんは本をパラパラと捲る。そして、ピタリと手を止めると、ある部分を指差した。

「この空間把握(スペーショナル)が、まず最初に覚えてもらう魔法よ。この魔法の効果は周囲の空間の把握よ。まあ、分かりにくいだろうから、本当にざっくりと言ってしまうと、これは部屋の広さを知る魔法ね。取りあえず今はそれだけ覚えてくれてればいいわ」

「分かりました」

 まあ、そこら辺は随分前に本を読んでいたお陰で知っている。
 空間属性魔法って、今みたいな凄く曖昧な感じのやつが多いんだよね。
 火を生み出すとか、水を生み出すとか、そういうイメージしやすいやつじゃない。それが、空間属性がもっとも難しいと言われる理由の1つなのだ。

「まずは詠唱を唱えてみて。イメージ……はもう本当に魔法の効果の通りになることを強く願う……かな。流石にこれは簡単な言葉では説明できないからね」

「そうですか……やってみます」

 確かにこれはイメージしづらい。だって、空間を把握しろって言われても、理論的には説明できないだろ?
 まあ、言ってしまえばこれは完全な感覚系……つまりは慣れだ。
 何度も挑戦して、自力で手掛かりを見つけるしかないのだ。
 俺は息を吐くと、詠唱を唱える。

「魔力よ。この空間に干渉せよ」

 直後、何かふわっとした感覚に陥った。
 だが、言ってしまえばそれだけだ。正直言って、魔法の効果は感じられない。
 どうやら失敗したようだ。

「……無理でした」

「そう……でも、見た感じ発動は出来ているみたいだから、それだけでも十分いいわよ。後は何度も何度も繰り返しやれば、いつか成功するわ」

「分かりました」

 凄いと手を叩くエリーの言葉に俺は頷くと、再び空間把握(スペーショナル)を発動させるのであった。
 1か月後の朝。
 朝食を食べた俺はネムを膝の上に乗せながら、椅子の上に座っていた。
 そして、いつものように空間把握(スペーショナル)を使う。
 すると、この部屋がどの程度の広さなのかや、置かれている家具の位置と大きさが感覚的に、すっと頭の中に入って来た。

「よし。だいぶ空間把握(スペーショナル)が使えるようになってきたな。これだけ使えれば、他の空間属性の魔法も使えるようになるんじゃないかなぁ……」

 何度も何度も反復練習し、ようやく空間把握(スペーショナル)が手足のように使えるようになったことに、俺は頬を緩ませる。
 すると、ふと頭の中に鳴き声が響き渡る。

『きゅきゅ!』

 その鳴き声を聞いた俺は、すぐさま繋がりを辿って、視覚をそのスライムに移す。
 あれから更に沢山テイムし、今や1000匹を超えている。お陰で自身を呼ぶスライムがどこのスライムなのか判別するのにちょっと手間がかかるんだよね。

「”テイム”」

 視覚が移ったことを確認した俺は、即座に”テイム”を使うと、繋がりが出来たことを確認すると同時に視覚を元に戻す。
 この動作も慣れたもので、今では10秒もかからずにこの動作を済ますことができる。

「は~あ……ん?」

 ふと、また別のスライムから連絡が入る。
 このスライムは屋敷の入り口にある木の上に監視カメラみたいな感じで設置したやつだな……

「ああ、父……いや、ガリアが帰って来たのか」

 俺は一瞬敵意を露わにすると、底冷えするような声で言う。
 そして、即座にそのスライムに視線を移した。
 すると、そこには馬車から降りるガリアの姿があった。

「ちっ 面倒だ。まあ、今の俺には仲間がいる。1人じゃないんだ」

 視覚を戻すと、俺は膝上のネムを優しく撫でる。

「きゅきゅ!」

 すると、ネムは甘えるように体を俺に押し付けた。
 相変わらず可愛い奴だ。
 他のスライムと比べると扱いには天と地ほどの差があるが……まあ、1000を超えるスライムたちに分け隔てなく接するのは無理があるからね。

「この調子でどんどんスライムをテイムしていけば、なんだかんだ言って結構強くなれるんじゃないかな?」

 いや、それよりも――

「世界中にスライムを配置して、世界中のあらゆる情報を握り、世界を裏から支配する。そんな厨二っぽいことも出来たりして」

 誰かが聞いたら痛いと言われるような夢を、俺はニヤリと笑みを浮かべながら口にした。

 ◇ ◇ ◇

 一方その頃。
 シンの父、ガリアは供を連れて屋敷に入った。すると、そこには頭を下げる家宰ギュンターの姿があった。

「屋敷の管理、ご苦労であった。して、何か問題はあったか?」

「ありがとうございます。それで、問題は特にございませんでした」

「そうか。ならよい」

 ガリアは厳格さを見せながら、ギュンターの言葉に頷いた。
 そして、そのまままっすぐとした足取りで執務室へと向かう。

「……ああ。魔法師団副団長、エリーを連れてこい。シンの結果が知を知りたいからな」

 途中、思い出したかのようにガリアは横を歩くギュンターに命令を下す。するとギュンターは「かしこまりました」と言って、近くにいたガリアの供の1人に至急エリーを連れてくるよう命じる。
 その後、執務室に着いたガリアはそこで供と別れると、ギュンターと2人だけで執務室の中に入った。
 そして、執務机の椅子にガリアが座り、その横にギュンターが控える。

「……は~疲れた」

 ギュンター以外、誰もいなくなったことを確認したガリアは途端に破顔させると、どこか気の抜けた声でそう言う。

「ははは。お疲れ様でしたな。やはり、貴族会議は大変ですか?」

「ああ。もう大変ったらありゃしない。どいつもこいつも派閥争いばかりして、今や両方弱っていやがる。まあ、お陰で私のような中立派が1番利益を得ているのだから、どういう顔をしたらいいのやら。だが、あれで国が崩壊したら、利益どころではないな……」

 そう言って、ガリアは深くため息をつく。
 ガリアにとって、1番大切なのは己の利益。故に、その利益を得る場所が減ってしまうのは避けたいのだ。
 それに国が崩壊すれば、民の不信感から、最悪の場合革命などが発生して、命を狙われる可能性すらある。

 コンコン

 すると部屋の扉がノックされた。
 ガリアは即座に顔を引き締めると、低い声で「入れ」と言う。
 直後、扉が開き、1人の女性が入って来た。
 その女性――エリーは1歩前へ進んで礼をすると、前へと進む。
 そして、執務机から数歩分離れた場所で立ち止まると、頭を下げ、口を開いた。

「魔法師団副団長エリー。ただ今参りました」

「ああ、よく来たな。では、早速本題に入ろう。シンの魔法はどうだった?」

 一瞬ガリアの瞳が冷ややかなものになる。それを敏感に察知したエリーはぶるりと体を震わせるが、魔法師としての心で即座に落ち着かせると、口を開く。

「はっ こちらが初日の測定結果をまとめたものになります」

 そう言って、エリーは手に持っていた1枚の紙を差し出す。

「では、受け取りますね」

 傍に控えるギュンターが数歩前に出て、エリーから紙を受け取ると、それをガリアに手渡した。
 紙を受け取ったガリアは、何か忌々しいものを見るような目で紙を広げ、内容を確認する。

(ちっ 平凡もいい所だな。祝福(ギフト)が酷過ぎた分、魔法は優れているかもと淡い期待を抱いた私が馬鹿だった。あいつはゴミだ。レントの代わりとして、念のため置いてはおくが、いずれ我がフィーレル家から抹消してやる)

 怒りをぶつけるかのように、ぐしゃ……とガリアは測定結果の紙を握りしめた。

「もういい。シンにこれ以上魔法の指導はさせない。無駄だからな」

 無駄……という言葉にエリーはぴくりと反応し、声を出そうとする……が、寸でのところで飲み込む。
 ここで意見した場合、どう考えても碌な目に遭わないと、本能が告げたからだ。

「武術も教えようかと思ったが、どうせ無駄だな。これからはレントに期待するとしよう。下がれ」

「……はい。失礼しました」

 エリーはそう言って頭を下げると、もやもやとした心持ちのまま、部屋から出て行った。

(シン様はとてもお出来になる方だ。そもそも、魔力容量と魔力回路強度は強さを測る上での指標の1つでしかない。その2つが平凡でも、強者と呼ばれた魔法師は少なくないことぐらい、ガリア様なら分かる筈なのに何故……)

 エリーは廊下を歩きながら、そう疑問に思う。
 今思えば、測定結果を受け取ろうとした時から、ガリアの機嫌は悪かった。
 もしかして、シンとガリアは仲が悪いのだろうか。
 でも、まだ5歳であるシン相手に怒ることとは一体……

「分からない……わね。出来ればもっとシン様には色々とお教えしたかったけど……流石に逆らえないからね」

 物覚えが良く、どんどん成長していくシンの行く末をもっと見たい……という気持ちを心の中に押しとどめたエリーは、人知れず深く息を吐いた。
 一方その頃、ガリアはギュンターに書類を取ってくるよう命じると、誰もいなくなったことを今一度確認してから、鍵付きの引き出しに手をかける。これは魔力認証型の鍵で、本人以外が開けることは絶対に出来ない。まあ、引き出しなので、壊すのは結構簡単だが……
 ガリアは手をかざしてロックを解除すると、引き出しを引く。そして、中から紙に包まれた何かを取り出すと、手際よくそれに火をつけ、煙を口から吸う。

「すぅー……はぁ。すぅー……はぁ。やはり、ストレスが溜まった時はキルの葉を吸うに限るな」

 ガリアは途端に上機嫌になりながらそう呟くと、吸い殻もろとも引き出しの中に戻し、ロックをかける。
 ”キルの葉”は世界的に悪名高い中毒性のある麻薬で、吸うと気分が高揚したり、一時的に脳の回転が速くなるが、吸い過ぎると脳が縮んだり、魔力回路系の疾患を引き起こしやすくなる。故に、グラシア王国では違法薬として、所持していれば、誰であろうと処罰の対象だ。
 だが、ガリアは持っている。それが違法であると知りながら――