宿に戻った俺は、突然いなくなってたことで、女将さんに「どこ行ってたのよ~」と心配されてしまったが、上手いこと誤魔化すと、部屋に戻って、ベッドに寝転がった。
 そして、昏々と眠り続けること数時間後――

『きゅきゅきゅー!』

「んあっ!?」

 脳内にスライムの鳴き声が大音量で聞こえて来て、俺は目を覚ますと、その勢いのまま、上半身をガバッと起こす。
 そして、辺りをキョロキョロと見回してから、次第に状況を理解していく。

「ああ、王都からガリアたちの”お迎え”が来たのか」

 ”お迎え”とは、ガリア侯爵を筆頭とした一家全員を、王都へ護送するべく、レティウス侯爵とレリック公爵が差し向けた総勢300人の騎士のことだ。
 俺は早速その様子を見るべく、視覚をスライムの方に移す。
 すると、そこにはシュレインへ入る騎士たちの姿があった。そして、衛兵たちは唖然とした様子で彼らを眺めていた。
 どうやら、騎士たちが来た用件は既に聞いているようだ。
 まあ、領主一家が護送されるだなんて言われたら、誰だって驚くよね。

「な、なんだなんだ?」

「一体何が起きたってんだ……?」

 物々しい雰囲気で大通りを進む騎士たちを、人々は驚きと不安が混じった様子で眺めていた。
 そうして、騎士たちはどんどん進み続け、遂にフィーレル侯爵邸の前に到着した。
 すると、先頭にいた一際強そうな騎士が、1歩前に出ると、声を上げる。

「第一王子、レイン・フォン・フェリシール・グラシア殿下の命だ! 至急、この門を開けよ!」

 力強いその声に、門番は慌てた様子で門を開く。
 今の騎士の言葉に従わないということは、レイン殿下の言葉に従わないことと同義だからね。
 誰だって慌てるさ。
 そして、門が開け放たれるや否や、一斉に騎士たちは屋敷の中へと入って行った。
 蟻1匹逃がすつもりはないという気概を感じる。
 さて、一方ガリアは何をやっているのだろうか?
 逃げてたりしたら面倒だけど。
 そんなことを思いながら、俺は執務室のスライムの視覚に移る。

「……まあ、流石にいないか」

 やはりと言うべきか、執務室にガリアはいなかった。騎士がシュレインに来たという情報は、既に耳にしているだろうからね。
 じゃあ、隠し通路とかかな?
 そう思い、俺は昔スライム越しに見つけた隠し通路の方に視覚を移す。
 すると、そこには必死に走って逃げるガリアの姿があった。

「はぁ、はぁ、はぁ……どうして、こうなった……!」

 ガリアはそんなことを言いながら、必死に地下通路を走り続ける。
 そんなガリアの横には、ガリアが悪事を働く際に使っていたであろう部下の姿もあった。

「うーん。このままだと逃げられないか……?」

 このまま地下通路を走り続けると、やがてシュレインの外に出てしまう。
 ちょっと手を貸そうかな?……と思ったが、騎士団の様子を見て、止めておいた。
 どうやら騎士団は、ガリア侯爵が逃げ出すことは普通に想定していたようだ。
 その証拠に、感知系の儀式魔法をあちこちに設置し、発動していた。

「……地面の下に6人の気配を感知。南西へと向かっております」

「了解だ。至急、そちらに人員を回してくれ」

 そして、その事実を通信系の魔法を通して、共有する。
 レティウス侯爵とレリック公爵が選出した騎士ということもあってか、皆優秀だな。
 個々の能力もさることながら、連係力も抜群だ。

「……あ、そういやミリアやリディアはどうしたんだろ?」

 記憶の彼方へ放り投げておいたせいで忘れていたが、あいつらも護送されることになっているんだよな。
 取りあえず護送して、ガリアの件に加担したかどうかを問い詰めるのだろう。
 まあ、加担したしてない関係なく、それなりに苦しい立場に置かれるのは確定だけどね。
 だって、”フィーレル”の名に傷がついたんだから。
 そんなことを思いながら、俺は全然接点のなかった元母、ミリアの方に視覚を移す。

「ぶ、無礼者! この私をフィーレル・フォン・ミリアと知っての所業か!」

 ミリアは突然ずかずかと入り込んできた騎士たちを見て、激昂する。
 だが、即座に騎士がレイン殿下の名を出したことで、その勢いは急速に衰えていく。

「罪を犯していないのであれば、悪いようにはしない。では、ついて来てください」

 こうして、ミリアは騎士たちによって連行されていった。
 ミリアは終始苦虫を嚙み潰したような顔をしていたが、特に抵抗することはなかった。
 さて、次はリディアかなー?

「は、放しなさい! 無礼者! 放しなさいよ!」

 元姉、リディアの方は荒れていた。
 で、騎士たちがやや無理やりといった様子で連れて行こうとするが、抵抗されるせいで中々連れ出せない。
 力づくで連れ出して、もしリディアが罪を犯していなかったら、ちょっと面倒なことになるからね。
 だが、ずっとこの調子じゃ埒が明かないと思ったのか、騎士がリディアを睨みつけると、語気を強くして言い放った。

「もう一度言う。これはレイン殿下の命だ! これで来ないのならば、貴女は殿下の命に逆らう――反逆者として扱われる可能性がある。それでもいいか?」

「あう……」

 いきなり強く言われ、リディアは怖気づいたようにおとなしくなった。
 そして、”反逆者”の言葉は相当響いたのか、リディアはしぶしぶと言った様子で連れてかれた。

「うん。これでいい感じだね。元弟2人は……まあ、いっか」

 あの2人には特段悪感情はない。
 レントには色々と言われたが、まあ5歳の子供から言われたことをいつまでも根に持つほど、俺は短慮じゃない。
 つーか、1番下の弟に至っては、会った事すらもない。
 だから、ぶっちゃけどうでもいいのだ。
 まあ、少なくともあの2人は関与していないだろうから、酷い扱いをされることは無いだろう。
 さて、そろそろガリアは捕まっただろうか?
 そう思った俺は、ガリアの後をつけさせているスライムに視覚を移した。