「まじか。気づかれてる……」

 予想外の事態に、俺は思わず動揺する。
 すると、俺が動揺していることを何かで察したのか、レイン殿下が安心させるように口を開いた。

「あまり人には言っていないけれど、私はS級の”万能感知”を持っているんだ。だから分かった。まあ、それでもだいぶ朧気で、意識しないと分からないんだけどね」

「”万能感知”……ッ!」

 レイン殿下の言葉に、俺はまたもや驚愕する。
 ”万能感知”
 それは、気配、熱、音、魔力、殺気の5つの感知能力を上昇させる、めちゃくちゃレアな祝福(ギフト)だ。
 例えC級だろうが、そんじゃそこいらのB級祝福(ギフト)よりも強力とされているやつの――”S級”。
 もはやこれは世界で1人――唯一無二と言っても過言ではないだろう。

「ははっ こりゃ無理だ」

 思わず乾いた笑いが出てしまった。
 チートもいい所だよ。これは……
 俺も大概だが、レイン殿下も十分理不尽だ。
 だって、実質5つのS級祝福(ギフト)を持っているようなものなんだから。

「はぁ……しゃーない。こりゃ話すしかないか……」

 ここで会話を渋ったら、最悪敵対してると思われてしまってもおかしくない。
 だが、ここで話しておけば、ワンチャンいい関係を築けるかもしれない。
 そう思った俺は、スライムとの”繋がり”をより強化すると口を開いた。

「凄いですね……殿下」

 思わず口にした第一声は、心からの称賛の言葉だった。
 一方、レイン殿下は目を見開いて驚くと、口を開く。

「ありがとう。でも、君の方が凄いと思うよ。王城の警備を掻い潜り、会議室に侵入するなんて。ところで、姿は……?」

「あ、すみません。こうすれば……分かるでしょうか」

 どうやら殿下は俺が直々に潜入していると勘違いをしていたようだ。
 まあ、不正証拠書類を執務室に置いた人と同一人物であると思っているのなら、最初はそう考えるだろう。
 そんなことを思いながら、俺は普通のスライムをレイン殿下の所に召喚すると、そっちに繋げた。

「これでどうでしょうか?」

 俺の問いに、レイン殿下はただただ目を丸くするばかりだった。

「……なるほど。テイマーだったのか。これは盲点だったよ」

 レイン殿下は感心するように言う。

「まあ、ともあれ出て来てくれてありがとう。君の名前を聞いていいかな? 無論父上であろうと口外するつもりはないよ。初代国王の名において誓おう」

 レイン殿下の言葉に、俺は少しの間悩む。
 うーん。口外しない……か。
 それを信用できるかどうかは悩ましい所なのだが……ただ、レイン殿下なら、分かっていると思うんだよね。
 俺を敵に回す行為は、避けた方が良いってことぐらい。
 この人、結構頭いいから。
 それに、初代国王を引き合いに出しておいて、その誓いを反故にするのは、相当マズいことだからね。
 で、名前を言えば、王国に敵対的ではないという証明の1つになりそうだしなぁ……
 あと、王太子――次期国王と繋がりを作っておくのは、こちらとしてもメリットが大きい。
 何事にも、万が一ってことはあるし。

「……私の名前はシンです。ですが、昔はシン・フォン・フィーレルと名乗っていました」

 俺の言葉に、レイン殿下ははっとなる。

「そうか。君がガリア侯爵の長男だったんだね。5歳を境に、情報が何1つ無くなっていたから、()()()()()()なのだろうとは思っていたけど……」

 レイン殿下の言う、()()()()()()とは、祝福(ギフト)の階級が低い子供をいない物として扱うという、欲の強い貴族を中心にある風習のことだ。結構根強くて、無くなることはたぶん無い。

「でも、君の祝福(ギフト)はそんなに弱いのかい? 私にはとてもそうは思えない。今は……9歳だろう? その年齢で、これほどの腕前。S級かと勘違いしてしまったよ」

「それは光栄ですが……違います。私の”テイム”はF級。その証拠に、私はスライムなどの弱い魔物しか”テイム”できません。ゴブリンですら、そこそこ時間がかかります」

「F級……か。それは相当辛かったね」

 レイン殿下は同情するような目でそう言うと、俺(スライム)を撫でる。
 実際は、一部チートな部分があったお陰で、そこまで”テイム”について思い悩むことは無かったんだけどね。
 それよりも、屋敷での扱いの方が辛かった。
 あの状況になってから、4年も持ちこたえたことは、我ながら凄いことだと思っている。

「そうですね。ですが、何とかここまで来ました。そして、勘当された私は、冒険者になったのですが……色々ありまして、怒りが限界を超え、こうやって本気で潰しに来た……と言う訳です」

「ははは……その年で、中立派最大勢力のフィーレル家当主、ガリア侯爵をここまで追い詰めるなんて、凄いことだよ。あと――」

 レイン殿下は乾いた笑みを浮かべながらそう言うと、頭を下げた。

「ガリア侯爵の不正を暴いてくれて、ありがとう。君の――いや、シン殿のお陰で、ここまで円滑に進めることが出来た。もし、このまま野放しにされていたら、いつか取り返しのつかないことになっていたかもしれない。だから、ありがとう」

「あ、頭を上げてください。流石に恐れ多いですよ!」

 一国の王太子に頭を下げられ、俺は思わずそう言う。
 貴族に対しての敬意等はあまりない俺だが、王太子――次期国王に頭を下げられたら、流石にこうなってしまうのだ。

「ああ、そうだね。君のことを考えていなかった。ただ、私なりの感謝として、受け取って欲しいと思う」

「……分かりました」

 何と言ったらいいか分からず、俺はただそう言って、頷いた。
 まあ、頷く様子は殿下からじゃ見えないけどね……

「ふぅ。もう少し話したかったけど、流石にこれ以上話すのは時間的に無理かな。また、機会を作って話をしよう。色々と話したいことがあるんだ。私の方から、いずれ君にコンタクトを取りに行くと思うからそのつもりで」

「分かりました」

 どうやら興味を持ってくれたっぽいな。
 俺と敵対する意思も無さそうだし、一先ずは信用するとしよう。

「よっと。ところで、君はこれからどうするの?」

 席を立ったレイン殿下はふと、どこか世間話でもするかのような感じで口を開いた。

「これから少しガリアの下へ行こうかと思いまして。ちょっと直接ボコしたいなって思ったんですよ」

「なるほど。まあ、程々にしてね。流石に死なせないでよ? そうなると結構困ったことになるから」

「分かっています。では、失礼しました」

 そう言って、俺はスライムを自身の下へ召喚すると、視覚を元に戻した。