「皆は当然知っていると思うが、昨日皆の屋敷――正確には執務机にこのような書類が置かれたとの報告が来た」

 そう言って、レイン殿下は1枚の書類を手に持ち、皆に見せる。

「そして、レリック公爵とレティウス侯爵が全ての書類を集め、昨日の夕方に陛下の下へ来てくれた……と言う訳だ。その後、私が王城にある納税書類とこれらの書類を照らし合わせてみた結果、不正が行われているのはほぼ確実となった。更に、筆跡も一致だ」

 会議室がざわりとする。
 まあ、当然だな。ガリア侯爵が不正しているのはもう確定だって、レイン殿下――王太子が言ったんだからね。
 当たり前の話だが、王太子の発言はめちゃくちゃデカいんだよ。
 すると、レイン殿下のアイコンタンクトを受けた、初老の男性――確か、レティウス侯爵だったな。
 そんな国王派トップの超お偉いさんが、口を開いた。

「はい。私の方では不正証拠書類の送り主について、調べさせていただきました。ですが――残念ながら、送り主については何も分かりませんでした。指紋は、どうやら消されていたようでして……ですが、筆跡は偽装されていないようでしたので、時間さえあれば、いずれ解明できるかもしれません」

 ああ……筆跡……
 やっべ。何でこんな肝心なこと忘れてんだよ!
 指紋は分かってたのに、筆跡の偽装を忘れているなんて……不覚!
 まあ、詰めが甘いのは今に始まったことじゃないから仕方ないよね~
 もっとも。その筆跡が俺のものであると辿り着くのは、今後俺が目立つような行動を取らない限りは、相当厳しいだろうけど。
 そんなことを思っていると、次にその反対側に座る初老の男性――貴族派トップのレリック公爵が口を開く。

「私の方も同様ですね。送り主に関する情報はほとんど出てきませんでした。ですが、私の護衛――A級の”気配察知”の祝福(ギフト)を持つ者によりますと、偶に微かな違和感を感じたとのこと。もしかすれば、この件と何か関係があるのかもしれません」

 あー!
 マジか。あの護衛のお姉さん。”気配察知”を持ってたのかよ!
 しかもA級。
 ”気配察知”を持ってる人自体が”テイム”みたいにあまりいないって言うのに。しかもその中でA級って……
 まあ、それでも微かに違和感を感じる程度なので、特に問題は無いだろう。
 ヤバくなったら、即座に逃がせばいいだけだからね。

「……なるほど……分かりました。送り主に関しては、一旦忘れましょう。考えても埒があきません」

 レイン殿下の言葉に、皆どこかため息をつくような感じで頷いた。
 この人たちって皆、俺のせいで只今お疲れ中だからね。
 俺に対して言いたいことの1つや2つ、あるのだろう。
 一方、そんな俺は現在、優雅に串焼きを食べながらゴロゴロしてる……と。
 ド畜生だな。俺(笑)。
 まあ、反省する気はさらさらないけど。

「では、これからすることについてですが、ガリア侯爵とその家族、臣下は王都へ護送する必要がありますね。それも早急に」

「はい。逃げられてしまう前に、騎士を派遣いたしましょう」

 レイン殿下の言葉に、レティウス侯爵は同意するようにそう言った。

「そうですね……して、誰が騎士を派遣しますか?」

「ここは私が派遣しましょう。既に、ある程度の準備は整えております」

 レリック公爵の言葉に、レティウス侯爵はどこか対抗するような感じで口を開いた。

「いえ。レティウス侯爵が行かれるまでもありません。ここは、我々にお任せください。フィーレル侯爵家が保有する戦力は多いですからね」

 レリック公爵も、やんわりとした笑みを浮かべながら、似たような感じで言う。
 うん。互いに争うべき場所では無いと分かってはいるのだろうけど、それでもある程度は出し抜くような態度を見せておかないと、派閥の仲間から消極的って思われちゃうからね。
 いやー貴族って大変だなぁ……
 まあ、かくいう俺も、最近まで貴族だったけど。
 すると、レイン殿下が口を開く。

「ここは、互いに150ずつ出すということにしましょう。あとは、それぞれ1人ずつ、文官も派遣してください。異論はありますか?」

 異論は認めないとでも言いたげな様子で、レイン殿下は2人にそう問いかける。
 これは同意を求めているのではなく、決定事項に頷くかどうかを聞いているような感じだ。
 当然、こんなことで王太子の決定に意を唱える訳も無く、2人は予定調和とでも言うような感じで頷いた。
 そして、他の貴族も頷き、方針が決まった。

「では、なるべく早く――今日の午後に王城に騎士を集めてください。それから直ぐに大規模転移魔法陣でシュレインの近くへ送りましょう」

「分かりました。直ぐにでも集めて参ります」

「承知いたしました。早急に準備を整えましょう」

 こうして、緊急会議は驚くほどスムーズに終わったのであった。
 いやーまさかここまですんなりと事が運ぶとは思いもしなかったよ。
 ま、これでガリア――フィーレル侯爵家は終わりだな。
 さてと。じゃ、最後の仕上げをするか。

「最後くらい、ガリアをボコってもいいよね?」

 どうせあいつは警備厳重な豚箱にぶち込まれるんだ。
 だったら、それよりも前に直接恨みをぶつけても、文句は言われまい。
 あそこまできちゃったら、ガリアの発言なんて、誰も信じやしないさ。

「んじゃ、やるか。ガリア……」

 そう思い、ニヤリと笑った俺は、スライムをバレなさそうな場所に移そうとし――直ぐに違和感を覚える。

「……あれ? なんでレイン殿下は俺の方を見てるんだ……?」

 ほとんどの貴族が去った会議室で、レイン殿下は椅子に腰かけながら、天井を見ていた。
 だが、その視線は確実に俺を射抜いていた。
 直感で分かる。
 偶然ではない。
 これは――気づかれている。

「な……」

 思わずぞくりと体が震えた。
 普通のスライムが、人に見つかったことはある。まあ、野生のスライムだと思われて、無視されたけど。
 だが、この極小ミニミニスライムがバレることなんて無かった。
 すると、レイン殿下が口を開く。

「1人で考え事したいから、全員退出して欲しい」

 レイン殿下の言葉に、残っていた貴族は急ぎ足で退散していく。
 護衛の騎士は相変わらず残っていたが――レイン殿下の視線を受けて、退出していく。
 まあ、王城の中枢で――それもこんな時に襲われるなんてないと分かっているからこそ、素直に退出したのだろう。
 もっとも。ちゃんと会議室の外でスタンバっているが。

「ふぅ……これでいいかな。出て来てくれ。多分……そこら辺にいると思う。会議室の壁には防音性があるから、話しても問題ないよ」

 レイン殿下は穏やかな口調でそう言いながら、俺――スライムを指差した。