F級テイマーは数の暴力で世界を裏から支配する

 ガリアの不正証拠を難なく手に入れた俺は、次の行動に移る。
 まず、大量に手に入れた不正証拠だが、俺には権力者への伝手が絶望的なまでにない為、このままでは全然活用できずに終わってしまう。
 一応ジニアスさんに渡せば、いい所へ持って行ってはくれるだろうけど……それでもちょっとキツイかな。
 忘れがちだが、ガリアって侯爵家当主だからね。それも、かなり力のあるところ。
 だから、ここは数の暴力と権力で、有無を言わさず終わらせるとしよう。
 作戦はいたってシンプル!
 スライムを使って王都内にいる有力貴族たちの部屋に、これらの書類を送ってあげる。ただそれだけ!
 ふっふっふ。何せ、俺は王城内にも侵入できたのだ。貴族の屋敷に侵入することぐらい、造作もない。
 ……嘘です! 結構大変でした!
 特に上級貴族はヤバかった……!

「じゃ、名簿を作るか」

 そう呟くと、俺はリュックサックから鉛筆を取り出した。
 そして、全ての不正証拠の書類の裏に、これから送る貴族家の名前を書き始めた。
 これを受け取った貴族たちが、直ぐに行動できるように――

 ◇ ◇ ◇

「はい、完成っと」

 手をパキパキと鳴らしながら俺は書類を見やる。
 ふと、外を見てみると、空は薄っすらと青白く光っており、もうすぐ夜が明けることを物語っていた。

「ね、眠いぃ……」

 夜通し書き続けていたせいで、めちゃくちゃ眠い。疲労が半端ない。

「きゅ~? きゅきゅきゅ!」

 ネムは、俺を励ますように鳴き声を上げる。
 うん。ありがとう。
 だが、流石に眠い……

「……いや、流石にここで寝るのは避けたい……!」

 そろそろガリアも異変に気づいている頃だろうし、俺に矛先が向く前にここから避難しないと。
 そう思った俺は、即座に荷物を纏めると、空間転移(ワープ)で、王都ティリアン――のちょっと前に暇つぶしで滅ぼした犯罪組織の地下アジトに転移した。ここにいた奴ら、金を沢山持ってたんだけど、俺ってつい最近までスライムに物を持たせた状態で召喚して持ってこさせる……という発想が無くてさ。
 本には載ってたけど、見落としてたっていうね……
 結局気が付いた時には誰かに根こそぎ持ち去られていた。
 悔しい!
 だから、今後制圧出来そうな犯罪組織を見つけたら、凸ってみようと思う。
 そして、金を回収するのだ!
 そんな他人が聞いたら正気を疑われそうなことを思いながら、真っ暗なアジトに転移した俺は、光球(ライトボール)で明かりをつける。

「ん~……見た感じ安全そうだね。それじゃ、入り口やその周辺に厳戒態勢を敷いて、俺はゆっくり寝るとしよう」

 そう言うと、俺はリュックサックを地面に置いた。そして、ひんやりとした硬い石の地面に寝転がる。

「きゅきゅきゅ!」

 すると、ネムが俺の頭の下に入り込み、枕になってくれた。
 流石ネム! 気が利く~!

「んじゃ、寝るか」

 そう言って、俺は光球(ライトボール)を消すと、直ぐに意識を手放した。

 ◇ ◇ ◇

 シンが不正証拠の書類を根こそぎ奪ってから、少し経った頃。
 フィーレル侯爵邸執務室にて。

「……あー疲れて来た。そろそろ吸わんと」

 書類を書いていたガリアは途端に手を止めると、イラついたように後髪を掻く。
 これ以上は禁断症状が出てきそうだと判断したガリアは、いつものように引き出しの鍵を解錠し、その引き出しを引く。
 そして、戦慄する。

「な、ない!」

 ない。ないのだ。
 数時間前まであったキルの葉が、無くなっているのだ……!
 しかも、その他機密書類も消えている。

「な、どこへ!?」

 さしものガリアも狼狽し、焦りを見せる。

「だ、誰か……いや、損傷はないし、無理やり解錠された痕跡も無い。となると、俺がどこか別の所に置いたのか……?」

 ここ最近、物忘れが頻発しているのを思い出したガリアは、咄嗟にそうだと判断すると、執務室の中を捜索しにかかる。
 他の引き出しを、タンスの中を、植木の隙間を、絵画の裏を――
 捜して捜して、とにかく捜しまくった。
 だが――

「見つからん」

 一向に見つからない。
 あれが事情を知らない第三者の目に触れるのは避けたい。
 大抵のことなら無理やりもみ消すこともできるが――その選択はあまり取りたくない。

「くそ! くそ! くそ! どうしたらいいんだ……ッ!」

 ガリアの声は、執務室に虚しく響き渡るのであった。
「よし。それじゃ、早速やるとしよう」

 ぐっすりと眠り、スッキリした俺はぐっと気合を入れると、ネムを胸に抱きかかえる。
 よしよしと撫でてあげると、ネムは嬉しそうに鳴き声を上げた。
 可愛い。

「さて、まずはここにしようかな」

 王都にある、貴族家の屋敷の様子を見て、タイミングが良さそうなところを見つけると、そう言う。
 一番手に選んだのはエーベナム侯爵邸。ここは国王派って言う、国王が多くの決定権を持つべきだ~と主張する派閥に所属しているんだけど、ここの当主はかなりの人格者って調査したら出た。しかも、上級貴族。これなら発言力は大きそうだということで、期待させてもらうとしよう。

「さて、そこの様子はどうかな~?」

 例にも漏れず、スライムを不法侵入させている。
 しかも、バッチリ執務室にまで。
 今は不在のようだし、置かせてもらうとしよう。
 そう思った俺は、早速王都内にいるスライムを1匹、自身の元へ呼び出した。
 そして、期待を込めて書類を3枚持たせると、執務室に待機させているスライムの元へ召喚した。

「よし。置いてくれ」

『きゅきゅ!』

 スライムは俺の命令に頷くと、執務机の上に自然な感じで置いてくれた。
 あとは彼が勝手にやってくれるだろう。

「じゃ、戻ってくれ」

 そう言って、俺はそのスライムを自身の元に召喚する。

「さて、次はどこにしようかな……あ、ここ今なら行ける!」

 そうして次に目をつけたのはクローナム公爵邸。
 公爵っていうのは、王族の血族でないとなることができない、超絶お偉いさんだよ。
 で、そこは貴族派っていう、貴族が相談して、多数決で物事を決めましょうね~と主張する派閥に所属している。
 クローナム公爵家はその筆頭で、しかもそこの現当主はちゃんと人格者なんだよね。
 と、言うわけで、早速送らせていただこう!
 ただ、あそこって警備がマジもんにやばいんだよね~
 執務室みたいな重要な部屋に行こうとすると、何か当主の護衛がピクッてするんだよ。
 絶対、違和感ぐらいは感じ取られてたって!
 ただ、不在である今なら行ける!
 今の内に、執務室に向かわせよう!
 俺は念のため変異種の小さいスライムを送ると、使用人の服に引っ付かせながら、執務室に向かわせる。
 そうして執務室にスライムを入れた俺は、執務机に上がらせると、そこに書類を持たせたスライムを召喚する。
 こっちには更に期待を込めて、5枚も送り付けてやった。
 その後、俺は2匹まとめて自身の下に召喚する。

「さあ、この調子で他の貴族家にも送って差し上げようか……くっくっく」

 俺は実にあくどい笑みを浮かべながら、ガリアの――否、フィーレル家の没落を想像するのであった。

 ◇ ◇ ◇

 王都ティリアンの貴族街。
 エーベナム侯爵邸の前に、1台の馬車が止まる。

「うむ。ご苦労であった」

 そう言って、馬車から降りて来た初老の男性。
 彼の名前はレティウス・フォン・エーベナム。エーベナム侯爵家の当主だ。
 レティウスはカツカツと靴を鳴らしながら白い石畳の上を歩くと、屋敷に入る。
 そして、多くの使用人たちに傅かれると、護衛、家宰と共に執務室へと向かって歩き出した。
 こうして執務室に着いたレティウスは、護衛2人を部屋の前に待機させると、自身は家宰と共に執務室に入る。

「やれやれ。貴族派の連中が煩くて困る」

 執務室に入ったレティウスは、扉が閉まるや否や、早速呆れたようにため息をついた。

「お疲れ様です。貴族派は利益と権利に貪欲な方が多いですからね」

「ああ。上級貴族――特にレリック卿がまともなお陰で、両派閥の溝が深くなりすぎていないのは、不幸中の幸いだ」

 家宰の言葉に、レティウスはやれやれと肩をすくめる。
 貴族派は貴族の権利が強くなる派閥とも言い換えられる為、自身の権力をより強大なものにしたいと企む下級貴族が多く入っている。
 もっとも。派閥の中心に立つ貴族からは、身の程知らずだと内心呆れられているが……

「さて。今日中に今日の会議内容は纏めておかなくてはな」

「そうですね。私も微力ながら、力添えをしようかと存じます」

「ああ。頼んだ」

 そう言って、レティウスは執務机の椅子に腰かけた。
 そしてふと、机の上にあった書類に目が行く。

「ん? 何だこの書類は……?」

 この書類を見た覚えはない。
 一体何の書類なのだろうか?
 そう思い、怪訝そうにしながらレティウスはその書類に目を通す。
 そして、思わず息を呑んだ。

「な……何だと……ッ!?」

「お、落ち着いてください。どうされたのですか?」

 レティウスらしからぬ動揺に、家宰も思わず慌てた様子でそう言った。
 家宰の言葉で、少しばかり落ち着きを取り戻したのか、レティウスは深く息を吐く。

「これを読んでくれ」

 そう言って、レティウスは1枚の書類を家宰に渡す。
 家宰は不思議そうな顔をしながらも受け取ると、内容を確かめる。
 そして、思わず目を見開いた。

「これは……本当ですか?」

 いくらか沈黙した後、ようやく家宰は口を開く。
 家宰の言葉に、他2枚の書類にも目を通していたレティウスが口を開いた。

「流石に出来過ぎている。しかも、ご丁寧にどこの貴族家へ送ったのかが裏に書かれていた。これからそこに連絡をしてみようと思う。私はこの情報を精査する。その間に、他家へ使いを」

「かしこまりました。至急、使いを送ります」

 そう言って、家宰はどこかへ行ってしまった。
 そして1人、残されたレティウスは3枚の書類を見比べながらぽつりと呟く。

「ガリア・フォン・フィーレル侯爵か……。確かに何かやりそうな雰囲気はあったが、まさかこれだけのことをしでかしている疑いが出るとはな。にしても、本当にこれは誰が置いたんだ?」

 屋敷の警備は厳重だ。相当な隠密能力を持っている人でも厳しいと言わざるを得ないだろう。
 そして、ここに書かれていることを真と置くのなら、この書類を置きに来た者は他の貴族家にも侵入したということになる。
 しかも、その中にはクローナム公爵家も含まれていた。
 あそこの警備は別格。
 書類を運び込むのは、もはや外部の人間では不可能だ。
 となると、この書類を多くの貴族家にバラまいているのはどこかしらの上級貴族と相当近しい関係にある人だろう。もしくは、その人本人か。
 だが、それはそれで疑問が残る。

「何故、こんなに多くの貴族家にバラまいたんだ? しかも、派閥はバラバラだ」

 裏に書かれている貴族家は、国王派から貴族派、それに中立派と、満遍なく書かれていた。
 普通なら、自身が支持する派閥の人間にのみ、送るはず。
 だが、そこには1つの共通点があった。
 それは――

「各貴族家の当主は皆、評判の良い――人格者……か」

 そう。そこに記載されている貴族家の当主は皆、評判のいい――いわゆる名君と呼ばれる類いの人であった。
 醜い傲慢さを隠しもしないクズとは正反対……と言う方が分かりやすいだろうか。
 となると、自然と浮かんでくるのは――

「確実にフィーレル侯爵家を落とすため……か」

 これだけ多くの貴族家に――それも、名君と呼ばれるような当主がいる所に送れば、フィーレル侯爵家が没落するのは火を見るよりも明らかだ。
 レティウスも、中立派最大勢力であるフィーレル侯爵家を没落させるのは――不謹慎ながらも、ありがたいと思った。
 フィーレル侯爵家――のガリアは、表向きは国王派と貴族派の仲介役として活躍してきた……が、そこには国に対する敬意なんてものは全く無く、その対立を利用して、ただ己の利益と権力のみを追い求める、言うなれば貴族派の下級貴族と同じような思考をしていた。
 あの有象無象と違うところは、”数学者”の祝福(ギフト)による計算能力と生来の頭脳を用いて、確実に利益を得ていたこと。
 ただ、やり過ぎ感が否めず、近年は恨みを持つ――ほどではないが、気に入らないと思う人は増えつつあった。
 いずれ、本気で恨む人が出てもおかしくはないと思うほどに――

「……ガリア侯爵を相当恨んでいる……か」

 派閥関係なく、本気でフィーレル侯爵家を――ガリア侯爵を社会的に殺す。
 そういう腹積もりなのだろう。
 まだ分からないことも多い――が、今は細かいことを考えている暇は無い。
 他の貴族家と連絡を取り合い、行動に移さなければ、最悪ガリア侯爵に逃げられる可能性も出てくる。
 それは非常にマズい。

「はぁ……恨むぞ。誰かは知らないが……」

 これから寝る間も惜しいと感じるほど忙しくなった自分を想像したレティウスは、この書類の送り主を思いながら、力なくそう言うのであった。
 1日後。
 全24か所に不正証拠書類を送り付けてやった俺は、王都中を監視しながら、元犯罪組織のアジトで寛いでいた。

「皆頑張ってるな~ ファイト~!」

 全く気持ちのこもっていない応援をしながら、俺は王都内で買った串焼きを頬張る。
 そんな俺の視線の先では、王城内に緊急招集される貴族たちの姿があった。
 いやー凄いね。
 まさか送り付けた次の日に会議を開くなんて……!
 他にもやるべきことが色々とあっただろうに。
 一体誰のせいで、予定変更により発生した寝不足貴族とその部下が量産されたのだろうか……
 はい。俺です。すみません!
 にしても彼ら、皆昨晩は全然寝てないと思うんだよなぁ……
 魔法で肉体的な疲れは取っているから、執務に支障はないだろうが、精神的には結構きつそうだ。
 そんな呑気なことを思いながら、俺は毎度おなじみのミニミニスライムを適当な貴族に引っ付かせて、会議室へと運ばせる。

「やっぱ会議内容は確認したいからね」

 流石に満場一致でガリア侯爵が護送されることになるだろうが、それでも万が一ということがある。
 ちゃんと会議の結果をリアルタイムで確認して、その結果次第では、最悪俺が直接手を下すのも考えなくてはならない。
 ……と、言うのは建前で、本音は――

「貴族の会議。めっちゃ見てみたい……!」

 ただの好奇心だ。
 いやーでも気になるものは気になるんだよ。
 貴族の会議とか、前世でラノベと漫画で読んでたけど、普通に好きだった。
 あの、混沌とした感じがいい。
 そして、実際この会議は混沌した感じになりそうだ。
 正体不明の人間から送られた、超重要そうな不正証拠書類の扱いについて話し合ったら、絶対そうなる。
 そんな不謹慎なことを思いながら、俺はのんびりとスライムの視界を眺めていた。

「……お、着いたか」

 少し王城内を歩いたところで、ミニミニスライムを引っ付けている貴族が1つの部屋の中に入った。
 この部屋はだいぶ前に王城内を冒険した時に見たことがあるので、状況も考慮すれば、会議室だと直ぐに分かる。

「おお、沢山いるなぁ……」

 会議室は大きな机と、それを囲むように椅子が置かれているといった感じで、既にその椅子の半数以上が取られていた。
 座っている貴族の面々を見るに、どうやら部屋の奥に行くほど、高位の貴族が座っているようだ。
 となると、1番奥にある、一際豪華な椅子――今は空席だが、そこに座るのは王族ということになるのだろう。
 今回の件で国王が出張ってくるのかと聞かれると、少し悩むところだが、多分王族の誰かしらはいると思う。
 もう一度言うが、ガリア――ガリア・フォン・フィーレル侯爵は、中立派トップ――国内でも片手で数えられるほどに力を持った貴族だからね。
 その後、俺はミニミニスライムを離脱させると、ひっそりと移動させて、上手いこと天井の窪みに貼り付かせる。
 これで、会議の様子は一目瞭然って訳だ。
 その後暫く待ち、だんだんと席が埋まって行き――最終的に俺が送り付けた貴族家全ての当主が出席した。
 おーすげぇな。
 まさか全員参加するなんて……予定等で、誰かしらは兄弟等の代理人を派遣するのかと思ってた……
 まあ、それだけこの件を重く見ているということなのだろう。
 すると、再び会議室のドアが開き、数人の一際強そうな騎士が入って来た。
 冒険者ランクで測るのなら、低くてもAランク――1番強い人はSランクなのではないかと思わせるほどの強さがあった。
 例え強力な祝福(ギフト)を貰ったとしても、ここまで強くなるのには、相当な修練が必要なんだろうね。
 そんなことをしみじみと思っていると、その騎士たちに続いて1人の男性が入って来た。
 金髪碧眼、容姿端麗、豪華ながらも派手過ぎることは無い白を基調とした服。
 どっからどう見ても人生勝ち組だと思わせるような風貌の男性が会議室に入って来た途端、貴族たちは一斉に立ち上がり、頭を下げる。
 うん。なるほど。
 まさか――

「第一王子――レイン・フォン・フェリシール・グラシア殿下が来られるとは……!」

 平民になったことと、前世が相まって、だいぶ口調を崩すようになってきた俺ですら、無意識の内に丁寧な言葉遣いになってしまう。
 それがこの方、レイン殿下だ。
 御年19歳で、主に政治面が得意とされている、次代の国王に相応しい方だ。
 傲慢さは無く、偉ぶることも無く、だが自然と敬ってしまう。そんな感じだ。
 まあ、俺としては結構好ましい人だと思っている。
 ……上から目線は流石にマズいか。
 そんなことを思っていると、レイン殿下はスタスタと会議室内を歩き、そのまま1番奥の椅子に座った。

「皆。顔を上げ、席についてくれ」

 真面目ながらも、どこか爽やかな声音でレイン殿下は言う。
 そして、その言葉に反応して、貴族たちは皆それぞれ椅子に座った。
 全員が椅子に座ったところで、レイン殿下が口を開く。

「私の呼びかけに応じてくれたこと、感謝する。それでは、緊急会議を始めましょう。議題は、ガリア・フォン・フィーレル侯爵の不正疑惑について」

 レイン殿下の言葉に、貴族たちは皆、引き締まったような顔になるのであった。
「皆は当然知っていると思うが、昨日皆の屋敷――正確には執務机にこのような書類が置かれたとの報告が来た」

 そう言って、レイン殿下は1枚の書類を手に持ち、皆に見せる。

「そして、レリック公爵とレティウス侯爵が全ての書類を集め、昨日の夕方に陛下の下へ来てくれた……と言う訳だ。その後、私が王城にある納税書類とこれらの書類を照らし合わせてみた結果、不正が行われているのはほぼ確実となった。更に、筆跡も一致だ」

 会議室がざわりとする。
 まあ、当然だな。ガリア侯爵が不正しているのはもう確定だって、レイン殿下――王太子が言ったんだからね。
 当たり前の話だが、王太子の発言はめちゃくちゃデカいんだよ。
 すると、レイン殿下のアイコンタンクトを受けた、初老の男性――確か、レティウス侯爵だったな。
 そんな国王派トップの超お偉いさんが、口を開いた。

「はい。私の方では不正証拠書類の送り主について、調べさせていただきました。ですが――残念ながら、送り主については何も分かりませんでした。指紋は、どうやら消されていたようでして……ですが、筆跡は偽装されていないようでしたので、時間さえあれば、いずれ解明できるかもしれません」

 ああ……筆跡……
 やっべ。何でこんな肝心なこと忘れてんだよ!
 指紋は分かってたのに、筆跡の偽装を忘れているなんて……不覚!
 まあ、詰めが甘いのは今に始まったことじゃないから仕方ないよね~
 もっとも。その筆跡が俺のものであると辿り着くのは、今後俺が目立つような行動を取らない限りは、相当厳しいだろうけど。
 そんなことを思っていると、次にその反対側に座る初老の男性――貴族派トップのレリック公爵が口を開く。

「私の方も同様ですね。送り主に関する情報はほとんど出てきませんでした。ですが、私の護衛――A級の”気配察知”の祝福(ギフト)を持つ者によりますと、偶に微かな違和感を感じたとのこと。もしかすれば、この件と何か関係があるのかもしれません」

 あー!
 マジか。あの護衛のお姉さん。”気配察知”を持ってたのかよ!
 しかもA級。
 ”気配察知”を持ってる人自体が”テイム”みたいにあまりいないって言うのに。しかもその中でA級って……
 まあ、それでも微かに違和感を感じる程度なので、特に問題は無いだろう。
 ヤバくなったら、即座に逃がせばいいだけだからね。

「……なるほど……分かりました。送り主に関しては、一旦忘れましょう。考えても埒があきません」

 レイン殿下の言葉に、皆どこかため息をつくような感じで頷いた。
 この人たちって皆、俺のせいで只今お疲れ中だからね。
 俺に対して言いたいことの1つや2つ、あるのだろう。
 一方、そんな俺は現在、優雅に串焼きを食べながらゴロゴロしてる……と。
 ド畜生だな。俺(笑)。
 まあ、反省する気はさらさらないけど。

「では、これからすることについてですが、ガリア侯爵とその家族、臣下は王都へ護送する必要がありますね。それも早急に」

「はい。逃げられてしまう前に、騎士を派遣いたしましょう」

 レイン殿下の言葉に、レティウス侯爵は同意するようにそう言った。

「そうですね……して、誰が騎士を派遣しますか?」

「ここは私が派遣しましょう。既に、ある程度の準備は整えております」

 レリック公爵の言葉に、レティウス侯爵はどこか対抗するような感じで口を開いた。

「いえ。レティウス侯爵が行かれるまでもありません。ここは、我々にお任せください。フィーレル侯爵家が保有する戦力は多いですからね」

 レリック公爵も、やんわりとした笑みを浮かべながら、似たような感じで言う。
 うん。互いに争うべき場所では無いと分かってはいるのだろうけど、それでもある程度は出し抜くような態度を見せておかないと、派閥の仲間から消極的って思われちゃうからね。
 いやー貴族って大変だなぁ……
 まあ、かくいう俺も、最近まで貴族だったけど。
 すると、レイン殿下が口を開く。

「ここは、互いに150ずつ出すということにしましょう。あとは、それぞれ1人ずつ、文官も派遣してください。異論はありますか?」

 異論は認めないとでも言いたげな様子で、レイン殿下は2人にそう問いかける。
 これは同意を求めているのではなく、決定事項に頷くかどうかを聞いているような感じだ。
 当然、こんなことで王太子の決定に意を唱える訳も無く、2人は予定調和とでも言うような感じで頷いた。
 そして、他の貴族も頷き、方針が決まった。

「では、なるべく早く――今日の午後に王城に騎士を集めてください。それから直ぐに大規模転移魔法陣でシュレインの近くへ送りましょう」

「分かりました。直ぐにでも集めて参ります」

「承知いたしました。早急に準備を整えましょう」

 こうして、緊急会議は驚くほどスムーズに終わったのであった。
 いやーまさかここまですんなりと事が運ぶとは思いもしなかったよ。
 ま、これでガリア――フィーレル侯爵家は終わりだな。
 さてと。じゃ、最後の仕上げをするか。

「最後くらい、ガリアをボコってもいいよね?」

 どうせあいつは警備厳重な豚箱にぶち込まれるんだ。
 だったら、それよりも前に直接恨みをぶつけても、文句は言われまい。
 あそこまできちゃったら、ガリアの発言なんて、誰も信じやしないさ。

「んじゃ、やるか。ガリア……」

 そう思い、ニヤリと笑った俺は、スライムをバレなさそうな場所に移そうとし――直ぐに違和感を覚える。

「……あれ? なんでレイン殿下は俺の方を見てるんだ……?」

 ほとんどの貴族が去った会議室で、レイン殿下は椅子に腰かけながら、天井を見ていた。
 だが、その視線は確実に俺を射抜いていた。
 直感で分かる。
 偶然ではない。
 これは――気づかれている。

「な……」

 思わずぞくりと体が震えた。
 普通のスライムが、人に見つかったことはある。まあ、野生のスライムだと思われて、無視されたけど。
 だが、この極小ミニミニスライムがバレることなんて無かった。
 すると、レイン殿下が口を開く。

「1人で考え事したいから、全員退出して欲しい」

 レイン殿下の言葉に、残っていた貴族は急ぎ足で退散していく。
 護衛の騎士は相変わらず残っていたが――レイン殿下の視線を受けて、退出していく。
 まあ、王城の中枢で――それもこんな時に襲われるなんてないと分かっているからこそ、素直に退出したのだろう。
 もっとも。ちゃんと会議室の外でスタンバっているが。

「ふぅ……これでいいかな。出て来てくれ。多分……そこら辺にいると思う。会議室の壁には防音性があるから、話しても問題ないよ」

 レイン殿下は穏やかな口調でそう言いながら、俺――スライムを指差した。
「まじか。気づかれてる……」

 予想外の事態に、俺は思わず動揺する。
 すると、俺が動揺していることを何かで察したのか、レイン殿下が安心させるように口を開いた。

「あまり人には言っていないけれど、私はS級の”万能感知”を持っているんだ。だから分かった。まあ、それでもだいぶ朧気で、意識しないと分からないんだけどね」

「”万能感知”……ッ!」

 レイン殿下の言葉に、俺はまたもや驚愕する。
 ”万能感知”
 それは、気配、熱、音、魔力、殺気の5つの感知能力を上昇させる、めちゃくちゃレアな祝福(ギフト)だ。
 例えC級だろうが、そんじゃそこいらのB級祝福(ギフト)よりも強力とされているやつの――”S級”。
 もはやこれは世界で1人――唯一無二と言っても過言ではないだろう。

「ははっ こりゃ無理だ」

 思わず乾いた笑いが出てしまった。
 チートもいい所だよ。これは……
 俺も大概だが、レイン殿下も十分理不尽だ。
 だって、実質5つのS級祝福(ギフト)を持っているようなものなんだから。

「はぁ……しゃーない。こりゃ話すしかないか……」

 ここで会話を渋ったら、最悪敵対してると思われてしまってもおかしくない。
 だが、ここで話しておけば、ワンチャンいい関係を築けるかもしれない。
 そう思った俺は、スライムとの”繋がり”をより強化すると口を開いた。

「凄いですね……殿下」

 思わず口にした第一声は、心からの称賛の言葉だった。
 一方、レイン殿下は目を見開いて驚くと、口を開く。

「ありがとう。でも、君の方が凄いと思うよ。王城の警備を掻い潜り、会議室に侵入するなんて。ところで、姿は……?」

「あ、すみません。こうすれば……分かるでしょうか」

 どうやら殿下は俺が直々に潜入していると勘違いをしていたようだ。
 まあ、不正証拠書類を執務室に置いた人と同一人物であると思っているのなら、最初はそう考えるだろう。
 そんなことを思いながら、俺は普通のスライムをレイン殿下の所に召喚すると、そっちに繋げた。

「これでどうでしょうか?」

 俺の問いに、レイン殿下はただただ目を丸くするばかりだった。

「……なるほど。テイマーだったのか。これは盲点だったよ」

 レイン殿下は感心するように言う。

「まあ、ともあれ出て来てくれてありがとう。君の名前を聞いていいかな? 無論父上であろうと口外するつもりはないよ。初代国王の名において誓おう」

 レイン殿下の言葉に、俺は少しの間悩む。
 うーん。口外しない……か。
 それを信用できるかどうかは悩ましい所なのだが……ただ、レイン殿下なら、分かっていると思うんだよね。
 俺を敵に回す行為は、避けた方が良いってことぐらい。
 この人、結構頭いいから。
 それに、初代国王を引き合いに出しておいて、その誓いを反故にするのは、相当マズいことだからね。
 で、名前を言えば、王国に敵対的ではないという証明の1つになりそうだしなぁ……
 あと、王太子――次期国王と繋がりを作っておくのは、こちらとしてもメリットが大きい。
 何事にも、万が一ってことはあるし。

「……私の名前はシンです。ですが、昔はシン・フォン・フィーレルと名乗っていました」

 俺の言葉に、レイン殿下ははっとなる。

「そうか。君がガリア侯爵の長男だったんだね。5歳を境に、情報が何1つ無くなっていたから、()()()()()()なのだろうとは思っていたけど……」

 レイン殿下の言う、()()()()()()とは、祝福(ギフト)の階級が低い子供をいない物として扱うという、欲の強い貴族を中心にある風習のことだ。結構根強くて、無くなることはたぶん無い。

「でも、君の祝福(ギフト)はそんなに弱いのかい? 私にはとてもそうは思えない。今は……9歳だろう? その年齢で、これほどの腕前。S級かと勘違いしてしまったよ」

「それは光栄ですが……違います。私の”テイム”はF級。その証拠に、私はスライムなどの弱い魔物しか”テイム”できません。ゴブリンですら、そこそこ時間がかかります」

「F級……か。それは相当辛かったね」

 レイン殿下は同情するような目でそう言うと、俺(スライム)を撫でる。
 実際は、一部チートな部分があったお陰で、そこまで”テイム”について思い悩むことは無かったんだけどね。
 それよりも、屋敷での扱いの方が辛かった。
 あの状況になってから、4年も持ちこたえたことは、我ながら凄いことだと思っている。

「そうですね。ですが、何とかここまで来ました。そして、勘当された私は、冒険者になったのですが……色々ありまして、怒りが限界を超え、こうやって本気で潰しに来た……と言う訳です」

「ははは……その年で、中立派最大勢力のフィーレル家当主、ガリア侯爵をここまで追い詰めるなんて、凄いことだよ。あと――」

 レイン殿下は乾いた笑みを浮かべながらそう言うと、頭を下げた。

「ガリア侯爵の不正を暴いてくれて、ありがとう。君の――いや、シン殿のお陰で、ここまで円滑に進めることが出来た。もし、このまま野放しにされていたら、いつか取り返しのつかないことになっていたかもしれない。だから、ありがとう」

「あ、頭を上げてください。流石に恐れ多いですよ!」

 一国の王太子に頭を下げられ、俺は思わずそう言う。
 貴族に対しての敬意等はあまりない俺だが、王太子――次期国王に頭を下げられたら、流石にこうなってしまうのだ。

「ああ、そうだね。君のことを考えていなかった。ただ、私なりの感謝として、受け取って欲しいと思う」

「……分かりました」

 何と言ったらいいか分からず、俺はただそう言って、頷いた。
 まあ、頷く様子は殿下からじゃ見えないけどね……

「ふぅ。もう少し話したかったけど、流石にこれ以上話すのは時間的に無理かな。また、機会を作って話をしよう。色々と話したいことがあるんだ。私の方から、いずれ君にコンタクトを取りに行くと思うからそのつもりで」

「分かりました」

 どうやら興味を持ってくれたっぽいな。
 俺と敵対する意思も無さそうだし、一先ずは信用するとしよう。

「よっと。ところで、君はこれからどうするの?」

 席を立ったレイン殿下はふと、どこか世間話でもするかのような感じで口を開いた。

「これから少しガリアの下へ行こうかと思いまして。ちょっと直接ボコしたいなって思ったんですよ」

「なるほど。まあ、程々にしてね。流石に死なせないでよ? そうなると結構困ったことになるから」

「分かっています。では、失礼しました」

 そう言って、俺はスライムを自身の下へ召喚すると、視覚を元に戻した。
 視覚を自身のもとに戻した俺は、それはもうマリアナ海溝よりも深いため息をついた。

「はぁ~……胃が痛てぇよ」

 王太子と一対一で会話とか、めっちゃ緊張したわ~
 日本で例えるなら、天皇家の皇太子と面談するようなものだぜ?
 これで緊張しない奴なんて、まずいないだろう。

「まあ、予想外のことは起きたが、結果だけ見れば悪くない」

 レイン殿下とよさげな関係を築けたのはいいことだ。
 恐らく向こうは、俺の情報収集能力や潜入能力を欲しがっているのだろう。だから、いずれ俺にコンタクトを取りに行くと言ったのだ。
 それなら、敵対……という面倒なことにはならなくて済む。
 王太子と敵対とか、考えただけで嫌になるからね。

「さてと。じゃ、ガリアは今何やってんだろ?」

 今頃書類が無くなったことに気付いて、慌てふためいているんだろうな~と思いながら、俺は執務室にいるスライムに視覚を移す。

「くそっ~!! 何でこんなことにぃいいい!!!!」

「お、落ち着いてください」

 すると、そこには荒ぶるガリアと、そんなガリアを必死に宥めようとする家宰の姿があった。
 護衛も部屋の中におり、手を貸そうか迷っているような感じだった。

「うっわーこりゃ想像以上の荒れようだ」

 まさかガリアがここまで荒れるとは思いもしなかった。
 ガリアって、無意味なことはしない主義だから、こういう時は感情的になるよりも、その状況を打開する方法を、イラつきながらも必死に模索するんだと思ってたんだよね。

「ん~……何かこれ、薬物の禁断症状や副作用も紛れ込んでいるような気がするのは気のせいかな~?」

 いくら何でもここまで荒れるのは……異常すぎる。それに、顔色もちょっとおかしい。
 確かに、荒ぶっているから、真っ赤になるのはおかしい話ではないのだが、それでもちょっと……赤すぎる。
 血管もどこか浮き出ており、異様な感じだ。
 ああ、そういやキルの葉を吸い過ぎると、脳が縮むって言ってたな。
 だから、あんなガリアらしくない行動を取っているのかも!

「まー自業自得だよね~」

 社会的にも追い詰められ、薬で心身共に追い詰められ――
 もう、ガリアは貴族としてだけではなく、人間として終わり始めているようだ。
 なら、その終わりに、俺が手を加えてあげようか。

「行くか。ネムも」

「きゅきゅきゅ!」

 俺はネムを抱きしめ、立ち上がると、空間転移(ワープ)の詠唱を唱える。
 そして、次の瞬間には、シュレインにあるフィーレル侯爵邸……の下水道の出口に居た。
 直接中に転移しちゃうと、結界に引っかかっちゃうからね。
 だから、下水道を経由して結界を突破し、そこからガリアの下へ転移する……というのが最適解なのだ。

「よし。行くか」

「きゅきゅ!」

 こうして、俺は下水道の先へと向かって歩き出した。

 数分後。
 ある程度進んだところで、俺は立ち止まると、小さく息を吐く。

「突破したようだな……」

 感覚で、屋敷の結界をすり抜けたと判断した俺は、ガリアの下へ行くべく、詠唱を紡ぐ。

「魔力よ。空間へ干渉せよ。空間と空間を繋げ。我が身をかの空間へ送れ」

 そして、空間を超える。
 次の瞬間――

「……1か月ぶりだな。なに無様を晒してんだよ。ガリア」

 執務室の隅に転移した俺は、前方で荒ぶるガリアに向かって、どこか笑みを浮かべながらそう言うのであった。
 俺がそう言った瞬間、皆時が止まったようにピタリと固まると、俺に視線を向ける。
 そこには驚き、疑問、混乱。
 そして――

「シンんんん!!!!!」

 怒りがあった。
 俺を見たことで、より一層怒りを爆発させたガリアは、家宰をガリアらしからぬ斥力で弾き飛ばすと、1歩前に出た。

「お前だな? お前が盗ったんだなああ!!!」

「ああ、そうだ。俺が盗った。で、何か問題でも?」

 あまりにも哀れな姿のガリアに、俺は思わず嘲笑しながらそう言った。
 すると、途端にガリアの顔が真顔になる。
 怒りが頂点に達すると、かえって冷静になるとか言うあれか。
 まさかガリアがそうなる日が来るとは思いもしなかったな~

「……まあ、いい。おい! こいつを捕縛しろ!」

 ガリアは3人の護衛に向き直ると、俺を指差しながら、そう言った。
 一方、彼らは俺のことを知っているのか、若干躊躇いを見せる――が、不法侵入であることは事実というのもあってか、ゆっくりと俺に近づいてくる。
 ゆっくりと近づいてくるのは、曲がりなりにもここに侵入できた俺のことを警戒しているからなのだろうか。

「止まれ。それ以上近づくのなら、敵とみなす」

 ガリアのしていることを知っているのかどうかは定かではないが、それでも捕縛するようなら、当然抵抗するつもりだ。
 だが、彼らは止まるどころか、走り出した。
 虚勢とでも思ったのだろうか?

「そうか。なら――死ね」

 そう言って、俺は彼らが着る防具の()()に戦闘用のスライムを1匹ずつ召喚した。
 そして、全力で溶かすことを命じると同時に、俺は短縮詠唱の空間転移(ワープ)で彼らの背後に転移する。

「!? があああ!!!」

「ぐううう!?」

「ぎゃああ!!」

 溶解液を受け、彼らは一斉に身悶える。
 そして、1人2人と倒れていく。
 だが、最後の1人は即座に防具を脱ぎ捨てると、スライムに斬りかかった。

「危ないなぁ」

 まあ、即座に召喚して避難させればいいだけだから、問題ないんだけどね。
 んーでも見た感じ、この人だけ傷が浅いな。
 多分、高位の身体強化系の祝福(ギフト)を持っているんだと思う。
 ”剣士”とか”槍術士”とか。その辺は結構多いからね。

「何をやっている! こんな出来損ないのクズに醜態を晒すな!」

 この中で一番醜態を晒しているガリアが、かませ役の悪役貴族のようなキレ具合で怒鳴り散らかす。
 もう侯爵家当主の威厳は欠片も残っちゃいないな。

「ちっ はあっ!」

 無手で捕縛するのは不可能だと判断したのか、今度は剣を構えると、俺に斬りかかった。
 狙いは……肩だな。
 だが――流石に大振り過ぎる。
 空間属性魔法の使い手に、それは悪手以外の何物でもないぞ。

「空間を開け」

 直後、俺の目の前に黒い円が出現した。
 男はマズいと思ったようだが間に合わず、その中に剣を入れてしまった。
 すると――

「がはっ!」

 突如、男は吐血した。そして、ばたりとうつ伏せで地面に倒れる。
 そんな男の背中には、大きな斬り傷があった。

転移門(ワープ・ゲート)を用いたカウンター。熟練者の間でよく使われている、対策必須のやつなんだけどね」

 強者っぽくそう言うと同時に、俺はその男に剣を振り下ろして、とどめを刺した。

「執務室の壁が防音仕様なのが、仇になったね」

 ここは外の声は中に聞こえるが、中の声は外に聞こえないという、特殊な部屋だ。
 執務室ではなるべく他人に聞かれたくないことを口にする機会も多々ある為、貴族にとって無くてはならない機能なのだが――それが、今回は仇となったようだ。
 俺はサクッと怯えている家宰も気絶させると、ガリアに向き直った。
 ガリアはそんな俺を射殺さんとする目で睨みつけると、口を開く。

「よくもっ! この疫病神めがっ! 死ね! 魔力よ。炎の――ぎゃあああ!!」

「いや、何で呑気に詠唱唱えてんだよ」

 ガリアの喉元にスライムを召喚して、喉を軽く溶かすことで、詠唱を中断させた俺は、思わずツッコミを入れる。
 短縮詠唱や無詠唱ならまだしも、見るからに長そうな詠唱を、こんな至近距離で唱えるなんて、正気の沙汰じゃない。
 魔物相手だったら、直ぐに喉元食いちぎられて死ぬよ?
 まあ、実践経験が見るからに皆無なこいつには分からないか。

「さてと。ちょっくら殴らせろ」

 そう言って、俺はスライムを回収すると、素早く近づき、喉元に手刀を叩き込む。

「おえっ」

 対処できるハズも無く、喉に手刀を受けたガリアは、苦しそうな声を上げる。
 その隙に、俺は足払いをし、ガリアを仰向けに転倒させた。

「があっ!」

 再びガリアは苦しそうに声を上げたが、そんなの無視して、俺はガリアを足蹴にすると、思いっきり腹パンした。

「がはっ!」

 鳩尾に入り、ガリアはより一層苦しみの声を上げる。
 俺は抵抗されないように、首に足を軽く乗せると、口を開いた。

「俺に手出しさえしなければ、一応屋敷で俺にしたことはなかったことにするつもりだったんだ。お前の考えも、少しは理解できたからな。だが――屋敷を出た俺に手を出した。あまつさえ、お前はとんでもない犯罪を犯してたと……。自分の罪を棚に上げて、よく俺にあんなことが言えたな? 流石にこれは情状酌量の余地なしだ。まあ、真っ当に生きているとは到底言えない俺が言えた言葉じゃ無いかもだがな」

 俺は冷めた目でガリアを見下ろしながら、そう言う。
 一方、ガリアは悔しそうに歯噛みすると――口を開いた。

「煩い。第一、お前が居なければこんなことにはならなかった! お前さえいなければ! クソッ こんなことなら、生まれた瞬間に殺しておくべきだったな! この忌み子が! 疫病神が!」

 ぎゃーぎゃーぎゃーぎゃー喚く喚く。
 醜いな。
 本当に醜い。

「まあ、お前の醜態を見て、少しは溜飲も下がった。あと数回殴ったら帰るか」

 別に苛烈な復讐をする気はさらさらない。
 数発殴っときたいだけなのだ。
 どうせ、こいつはこの後もっと辛い目にあうんだから。

「はっ! はっ! はっ! はあああっ!」

 腹に2発。頬に2発。
 続けざまに殴った俺は、最後に首裏を叩いて気絶させた。

「よし。あとは……死体処理するか」

 そう言って、俺は先ほど殺した3人に向き直ると、大量にスライムを呼び出して、捕食させた。
 数の暴力のお陰で、ほとんど時間をかけることなく、骨も、肉も、何もかもが無くなった。
 そして、ついでに床に広がる血もスライムに捕食させ、残りを浄化(クリーン)できれいにした。

「……よし。完全犯罪の成立だな」

 死体が無ければ、殺人事件として立証することは出来ないってどこかで聞いたことがある。
 あとは、防具も適当に処理しとけば、問題ないだろう。
 防具は結構良い値で売れるからな。

「これで貯金もいい感じだ」

 俺は臨時収入になったと若干ウキウキしながら、防具を空間収納(スペーショナル・ボックス)の中に入れる。
 だが、容量の関係で、1組しか入らなかった。

「……仕方ない。置いといたらめんどそうだし、処理しとくか」

 そう言って、俺はそれらの防具に触れると、空間転移(ワープ)で下水道に転移した。
 その後、下水道に転移した俺は、その場に防具を置き去ると、結界の範囲外へと向かう。
 そうして歩くこと数分後、結界の範囲外に出たところで、俺は即座に空間転移(ワープ)を使ってシュレイン内の路地裏に転移した。

「……やったぜ」

 屋敷からの脱出にも成功した俺は、建物の壁にもたれかかると、小さくガッツポーズを取った。
 ネムも、俺の滲み出る喜びを感じ取ったのか、嬉しそうに「きゅきゅ!」と鳴いた。

「これで、あいつらとの関係は完全に絶つことが出来る。これで、だいぶ肩の荷が下りた」

 ガリアを筆頭とした元家族に会うことはもう無いだろう。
 いやー最高だ。今日は祝杯として、夕飯は豪華なものにしようかな?

「そんじゃ、宿に戻って昼寝でもするか~……あ、一応ガリアが護送される様子は見とこうかな? 何か気になるし」

 そんな呑気なことを言いながら、俺はのんびりと宿に向かって歩き出した。
 宿に戻った俺は、突然いなくなってたことで、女将さんに「どこ行ってたのよ~」と心配されてしまったが、上手いこと誤魔化すと、部屋に戻って、ベッドに寝転がった。
 そして、昏々と眠り続けること数時間後――

『きゅきゅきゅー!』

「んあっ!?」

 脳内にスライムの鳴き声が大音量で聞こえて来て、俺は目を覚ますと、その勢いのまま、上半身をガバッと起こす。
 そして、辺りをキョロキョロと見回してから、次第に状況を理解していく。

「ああ、王都からガリアたちの”お迎え”が来たのか」

 ”お迎え”とは、ガリア侯爵を筆頭とした一家全員を、王都へ護送するべく、レティウス侯爵とレリック公爵が差し向けた総勢300人の騎士のことだ。
 俺は早速その様子を見るべく、視覚をスライムの方に移す。
 すると、そこにはシュレインへ入る騎士たちの姿があった。そして、衛兵たちは唖然とした様子で彼らを眺めていた。
 どうやら、騎士たちが来た用件は既に聞いているようだ。
 まあ、領主一家が護送されるだなんて言われたら、誰だって驚くよね。

「な、なんだなんだ?」

「一体何が起きたってんだ……?」

 物々しい雰囲気で大通りを進む騎士たちを、人々は驚きと不安が混じった様子で眺めていた。
 そうして、騎士たちはどんどん進み続け、遂にフィーレル侯爵邸の前に到着した。
 すると、先頭にいた一際強そうな騎士が、1歩前に出ると、声を上げる。

「第一王子、レイン・フォン・フェリシール・グラシア殿下の命だ! 至急、この門を開けよ!」

 力強いその声に、門番は慌てた様子で門を開く。
 今の騎士の言葉に従わないということは、レイン殿下の言葉に従わないことと同義だからね。
 誰だって慌てるさ。
 そして、門が開け放たれるや否や、一斉に騎士たちは屋敷の中へと入って行った。
 蟻1匹逃がすつもりはないという気概を感じる。
 さて、一方ガリアは何をやっているのだろうか?
 逃げてたりしたら面倒だけど。
 そんなことを思いながら、俺は執務室のスライムの視覚に移る。

「……まあ、流石にいないか」

 やはりと言うべきか、執務室にガリアはいなかった。騎士がシュレインに来たという情報は、既に耳にしているだろうからね。
 じゃあ、隠し通路とかかな?
 そう思い、俺は昔スライム越しに見つけた隠し通路の方に視覚を移す。
 すると、そこには必死に走って逃げるガリアの姿があった。

「はぁ、はぁ、はぁ……どうして、こうなった……!」

 ガリアはそんなことを言いながら、必死に地下通路を走り続ける。
 そんなガリアの横には、ガリアが悪事を働く際に使っていたであろう部下の姿もあった。

「うーん。このままだと逃げられないか……?」

 このまま地下通路を走り続けると、やがてシュレインの外に出てしまう。
 ちょっと手を貸そうかな?……と思ったが、騎士団の様子を見て、止めておいた。
 どうやら騎士団は、ガリア侯爵が逃げ出すことは普通に想定していたようだ。
 その証拠に、感知系の儀式魔法をあちこちに設置し、発動していた。

「……地面の下に6人の気配を感知。南西へと向かっております」

「了解だ。至急、そちらに人員を回してくれ」

 そして、その事実を通信系の魔法を通して、共有する。
 レティウス侯爵とレリック公爵が選出した騎士ということもあってか、皆優秀だな。
 個々の能力もさることながら、連係力も抜群だ。

「……あ、そういやミリアやリディアはどうしたんだろ?」

 記憶の彼方へ放り投げておいたせいで忘れていたが、あいつらも護送されることになっているんだよな。
 取りあえず護送して、ガリアの件に加担したかどうかを問い詰めるのだろう。
 まあ、加担したしてない関係なく、それなりに苦しい立場に置かれるのは確定だけどね。
 だって、”フィーレル”の名に傷がついたんだから。
 そんなことを思いながら、俺は全然接点のなかった元母、ミリアの方に視覚を移す。

「ぶ、無礼者! この私をフィーレル・フォン・ミリアと知っての所業か!」

 ミリアは突然ずかずかと入り込んできた騎士たちを見て、激昂する。
 だが、即座に騎士がレイン殿下の名を出したことで、その勢いは急速に衰えていく。

「罪を犯していないのであれば、悪いようにはしない。では、ついて来てください」

 こうして、ミリアは騎士たちによって連行されていった。
 ミリアは終始苦虫を嚙み潰したような顔をしていたが、特に抵抗することはなかった。
 さて、次はリディアかなー?

「は、放しなさい! 無礼者! 放しなさいよ!」

 元姉、リディアの方は荒れていた。
 で、騎士たちがやや無理やりといった様子で連れて行こうとするが、抵抗されるせいで中々連れ出せない。
 力づくで連れ出して、もしリディアが罪を犯していなかったら、ちょっと面倒なことになるからね。
 だが、ずっとこの調子じゃ埒が明かないと思ったのか、騎士がリディアを睨みつけると、語気を強くして言い放った。

「もう一度言う。これはレイン殿下の命だ! これで来ないのならば、貴女は殿下の命に逆らう――反逆者として扱われる可能性がある。それでもいいか?」

「あう……」

 いきなり強く言われ、リディアは怖気づいたようにおとなしくなった。
 そして、”反逆者”の言葉は相当響いたのか、リディアはしぶしぶと言った様子で連れてかれた。

「うん。これでいい感じだね。元弟2人は……まあ、いっか」

 あの2人には特段悪感情はない。
 レントには色々と言われたが、まあ5歳の子供から言われたことをいつまでも根に持つほど、俺は短慮じゃない。
 つーか、1番下の弟に至っては、会った事すらもない。
 だから、ぶっちゃけどうでもいいのだ。
 まあ、少なくともあの2人は関与していないだろうから、酷い扱いをされることは無いだろう。
 さて、そろそろガリアは捕まっただろうか?
 そう思った俺は、ガリアの後をつけさせているスライムに視覚を移した。
 ガリアの方に視線を移すと、そこは暗い地下では無く、陽の光が差す地上だった。

「ぐっ どうしてここが……ッ!」

「逃走を止めろ。抵抗しないのなら、手荒な真似はしない」

 お、丁度地下通路から出て来たガリアたちと騎士たちが鉢合わせたようだ。
 互いに一定の距離を取りながら、警戒し合っている。

「ふ、ふざけるな! おい! 一斉に仕掛けろ!」

 ガリアの合図で、5人の護衛が一斉に10人の騎士に突撃する。
 だが――

「がはっ!」

「がっ!」

「ぐふっ」

「ごはっ!」

「ぎゃああ!!」

 騎士の方が数は多いし、実力も上。
 難なく無力化させられる。
 だが、その隙にガリアは魔法の詠唱をしていたようで、5人が無力化された直後にその魔法が放たれた。

「死ねぃ!」

 そんな叫び声と同時に放たれたのは、炎の槍。
 中級火属性魔法、炎槍(フレアランス)か。
 指にはめられている魔法発動体による補正がかかっているお陰で、威力もちょっと高め。

 ごうっ!

 そんな音を放ちながら、騎士たちに飛来する炎槍(フレアランス)――だが。

「はあっ!」

 あの中で1番強そうな騎士が、力強い声と同時に――一閃。
 すると、炎槍(フレアランス)は縦に真っ二つに割れ、霧散し、消えていった。

「ミスリル製の剣に魔力を込め、その魔力をもってして魔法に干渉したというわけか」

 当たり前の話だが、剣で火は斬れない。だが、魔力を込めた剣ならば話は別だ。
 剣に込めた魔力で炎に干渉し、斬って勢いをつけることで、さっきみたいに斬ることが出来るのだ。
 因みに、あれなら俺も出来る。
 まあ、筋力は無いし、魔力もそこそこ程度だから、普通以下の魔法に限定されるけどね。

「さあ、ついて来い! 抵抗した以上は、手荒な真似も覚悟してもらおうか!」

「は、放せ! 放せえええ!!!」

 ガリアは絶叫を上げながらも、騎士たちによって、引きずられるように連行されていった。
 そんな様子のガリアを、俺は溜飲が下がる思いで見る。

「いやーあのガリアもここまで堕ちたか」

 俺を祝福(ギフト)1つで虐げ、ゴミを見るような目で見て来たガリアが、まさか俺に哀れだの醜いだの堕ちただの言われる日が来るとは、夢にも思わなかっただろうな。

「さーてと。後は国の裁きに任せるか」

 まあ、少なくともあいつは貴族としての地位をはく奪されるだろうな。
 あれほどの不正を犯したんだ。むしろ、そうならなければおかしい。
 で、それ以外の罰についてだが……まあ、罰金は払うのは確定だな。
 不正をして、貯め込んでいた金以上の金額を、国に渡す義務があいつにはある。
 そして、処刑されるかについてだが……
 まあ、アイツを目障りだと思っている貴族は結構いるだろうから、そうなるかもな。

「さーてと。これで、本当に終わったな」

 視覚を自身に戻した俺は、ネムを胸に抱きながら、ゴロリとベッドに転がるとそう言う。

「さーてと。ああ、あとで貰った防具を売却してこないと」

 あれもいい金になる。
 ああ、でもどうせこうなるんだったら、売れそうなものを貰って……あ。

「宝物庫!」

 やばい! 忘れてた!
 この機会に宝物庫にあるお宝を目立たない程度に獲……貰わないと!
 そう思い、俺は宝物庫周辺の様子をスライム越しに見る。
 だが――

「ああ……もう騎士が制圧してる……」

 残念ながら、金目の物がある宝物庫は、既に騎士団に制圧されていた。
 もっと早く。さっきガルドをボコった後に行けばよかった。
 そうすれば、10万? いや、100万ぐらいは手に入ったのに……!

「く、くそおおおおお!!!!」

 逃がした魚は大きかった。
 俺は思わず、ベッドに拳を叩きつけながら声を上げるのであった。

 ◇ ◇ ◇

 王都ティリアン郊外に広がる森。
 その地下にて。

「……と、言う訳で、フィーレル侯爵家一家は王都グラシアに護送されてったよ。いやーにしてもあの様子。ガリア君はもう、改良版キルの葉の末期中毒者一歩手前だよ。感情のままに行動しなかったあいつが、今や感情に任せて激昂してるんだよ? いやーめっちゃ滑稽だった!」

 薄暗い会議室にて、1人の女性は楽しそうにそう言った。
 一方、話を聞く4人の反応は、それぞれだった。
 ただ無言で頷く者もいれば、呆れる者、同じように笑みを浮かべる人もいた。
 すると、その内の1人が口を開く。

「ネイア。報告感謝する。それで、シュレイン領主の後釜に、我等の息がかかった貴族は入れられそうか?」

 硬い口調で話す男に、女性――ネイアは首を横に振った。

「無理無理。調べてみたんだけど、どうやらガリア護送の件にはレティウス侯爵とレリック公爵。そして、レイン殿下が関わっているんだよ? あそこに割り込ませるなんて、自殺行為もいい所だよ。グー君も分かってて聞いてるでしょ?」

 無理無理と手をひらひらさせながら言うネイアの言葉に、グー君ことグーラは首を横に振った。

「いや、此度は主の儀式の補佐に行ってた故、ここ数日の外界の情報は知らん」

「あーそうだったんだ。それで、儀式の方はどうなの? 順調?」

 ネイアの言葉に、グーラは深くため息をついた。

「いや、全然だ。物資が圧倒的に足らないせいで、実験があまり進まないからな。だが、進んではいる。問題はない」

「そっかー。なら、大丈夫そうだね。それじゃ、私は休暇を頂戴しまーす! 60日連続勤務とか、ブラック過ぎるよ~」

「分かった。分かった。好きにしろ。だが、いつでも連絡は取れるようにしておけ」

 グーラは深くため息をつくと、そう言った。

「おっけー。それじゃ!」

 そう言って、ネイアはくるりと背を向けた。
 直後、ふっとネイアはその空間から消えてしまった。
 ネイアが――幹部の1人が居なくなった会議室で、筆頭幹部――グーラは小さく息をつくと、ぼそりと呟く。

「”祝福(ギフト)無き理想郷”の為に――」

 ◇ ◇ ◇

 周囲一帯、異様なまでに純白な空間に1人の美女が佇んでいた。
 極上の絹を思わせるような白く長い髪。一番星のように綺麗な金の瞳。豊満な体型と、それを優しく覆う白い法衣。
 その姿を見れば、誰もが魅了されることだろう。
 そんな美女は掲げていた右手をゆっくりと下ろすと、口を開く。

「まさか、世界のシステムに異常が出るなんて……」

 彼女は、はぁと小さくため息を吐く。

「人の魂が世界間を渡るなんて、珍しいこともあるものかと思って見てみれば、この世界の人と魂の形状がほんの僅かに違ったせいで、システムが彼に与えた祝福(ギフト)がF級になっちゃった……」

 自分の失態を恥じるように、彼女は言う。

「世界間を渡るほど強固な魂なら、確定でS級の――それも上位の祝福(ギフト)だったはずなのに……だけど――」

 一転して、彼女は楽しそうに笑みを浮かべた。

「普通のF級ではない。見た感じ、F級で出来ることをそのまま大きくした感じ……かな。これも魂の形状が違うことによる結果だと思うけど……」

 そう言って、彼女はそっと下に視線を向ける。
 すると、そこには宿のベッドで悔しそうに喚き散らすシンの姿があった。
 彼女はそんなシンを見て、くすりと笑う。

「元気そうね。でも、私のミスでF級にしてしまったせいで、彼には大変な思いをさせてしまった。出た方が幸せだったけど、それは結果論ね。それらの事情を全部彼に話したいけど……流石に過干渉になるから無理ね。祝福(ギフト)をシステムに組み込んだ時でさえ、一部から愚痴を言われたのに……特にガイア(地球)!」

 人に何の施しもせず、試練だけを与える鬼畜女が!と、まるで子供のように、彼女は愚痴を言う。
 やがて、愚痴が止まったところで彼女は再びシンを見ると、口を開いた。

「ああ、でも教会に来てくれれば、神託という体である程度なら話せるわね。でも、あの子来てくれるかな……信者に連れて来てって言ったら、彼に面倒ごとが沢山降り注ぎそうだし……彼は自由が好きだから」

 どこまでも、人々のことを大切に想う彼女は、シンに迷惑が掛かりそうな手段を、直ぐに切り捨てた。世界のためならいざ知らず、ただの自己満足で人の未来を大きく変えるのは、彼女の本意ではない。
 代わりに、別の案を口にする。

「いつか来てくれるかもしれないし、気長に待ちましょう」

 そう言って、彼女――主神エリアスは柔和な笑みを浮かべるのであった。

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