執務室にて、ガリアは重苦しい雰囲気の中、口を開く。

「間違いでは、ないんだよな?」

 一言一句に、威圧感がこもっている。そこには怒りと、微かな恐れが見えた。
 そんなガリアの前に立つ1人の男が、その重い口を開く。

「……はい。”庭”を隠していたはずの魔道具が機能停止し、あろうことかそこへ魔物が侵入していました。そして、キルの葉をそのまま直に食べ、凶暴化していました」

「くっ……クソがっ ……それで、”取引相手”は何をしているんだ?」

 ガリアは悪態をつきつつも、侯爵らしく冷静にそう問いかける。

「はっ それが……連絡が取れません。恐らく、殺されたのかと。畑に彼女のローブが落ちているのを目撃したので……」

「ちっ 使えん。だが、それなら麻薬栽培の罪、全てそいつに払ってもらうとしよう」

 そう言って、ガリアはニヤリと笑う。
 ()()()()()()、承諾してしまったこの取引。結果だけ見れば大成功もいい所だ。
 リスクはありつつも大きな利益を得て、最終的にその利益を持ち逃げ出来るのだから。

「ああ、最高だ。本当に……!」

 ガリアは歓喜に満ちた表情でそう言うと、いつものようにキルの葉を吸った。
 一方、男は怪訝な目でガリアを見ると、恐る恐るといった様子で口を開く。

「あ、あの……麻薬取引に関する――」

 麻薬取引に関係する証拠は、全て処分した方が良いのではないか。
 そう言い切るよりも前に、ガリアが不機嫌そうに口を開く。

「水を差すなよ。いいから、お前はさっさと下がれ。なにかありそうなら、その都度俺が直々に対処する」

「そ、それなら大丈夫そうですね。では、失礼しました」

 ガリアの言葉に、男は安心したように息を吐くと、執務室から去って行った。

 ◇ ◇ ◇

 魔石も売って、金を貰った俺は適当に昼飯を食べると、宿に戻っていた。
 また森に行こうかとも思ったが、今は危険そうという理由でやめにした。
 ここ最近は頑張ったし、偶には休息も必要だろうと思った俺は部屋に入ると、そのままベッドに倒れ込む。

「あ~だらけるのは最高だ~」

 真昼間からゴロゴロと怠惰に過ごすのも、悪くはない。ただ、あんまりこの生活に味を占め過ぎちゃうと、普段の生活に戻れなくなっちゃうから、程よく怠惰になるのを心掛けるとしよう。

「ふわぁ~……」

「きゅ~」

 俺はネムを胸に抱いて撫でながら、ゴロゴロとベッドで転がる。
 あ~最高だ。

「ううん……にしても、今はどうなってるんだろう?」

 ふと、森の状況が気になった俺は、視覚を森のスライムに移す。
 だが、やっぱり危険なようで、隠れて……ん?

「ここ、さっきまでは大丈夫だったよな?」

 ついさっき森にいた時、このスライムは身を潜めていなかった。だが、今は必死に隠れている。
 俺は無理を言ってそのスライムに様子を見て貰うことにした。
 そろりそろりと、木陰から顔を覗かせる。
 すると、そこにはオークがいた。だが、前見た奴と同じように、動きからして凶暴そうだ。
 目も血走ってるし……!

「グルアアァ!!」

 オークの集団は、まるでストレスを発散するかのように、棍棒を乱暴に振り回しながら、移動していた。
 そんな奴らの移動先にあるのは――シュレインだ。

「うわぁ……マジかよ」

 俺は思わず顔を引きつらせる。
 いや、でも別にこいつらだけだったら、言うて対処できるよな?
 まあ、こいつら()()ならの話だが……

「うわぁ……後ろからも来てる……」

 今通過したオークの集団のすぐ後ろから、また別のオークの集団が姿を現した。
 当然のようにこいつらも凶暴そうな雰囲気だ。

「一先ず、何体いるか、大雑把でいいから調べてみるか」

 そう呟くと、俺はそのスライムに隠れるよう命じ、自身は他のスライムの視覚に移る。
 そして、無茶を言って外の様子を見てもらい、ヤバそうになったら即座にそのスライムを俺の下へ送る。
 それをただひたすらに続けた結果、信じ難い事実が発覚した。

「ちょっと……数が多すぎやしませんかねぇ……」

 そう。大まかに数えてみた結果、最低でも500匹以上の凶暴化した魔物を発見できたのだ。最低でも……なので、実際はこれよりも多いと予想される。だが、これはただの前座。真に驚くべきなのはそこではなく、その発生源だ。

「なんだ……これは……!」

 そこにあったのは、荒らされた畑だった。状況からして、魔物に荒らされたのだろう。
 こんな場所に畑があるなんて時点でおかしいのだが、そこら中に落ちていた葉を見て、俺は思わず冷や汗をかく。

「これ……どっからどう見てもキルの葉だよな……?」

 世界的に悪名高い麻薬、キルの葉。それがこんなところで栽培されているなんて……キナ臭い。
 何だか大きな組織が関わっているような気がする。少なくとも、ここの持ち主は小者じゃない。
 候補として、まず真っ先に上がってくるのはここの領主、ガリア侯爵だ。あいつが関わっているのなら、誰にもバレることなく、ここに栽培場を造れる。逆に、あいつにバレずにこの規模の栽培場を作るなんて、正直言って不可能に近い。
 ただ……あいつがここまで杜撰なことをするとは到底思えない。
 となると、ガリアに黙認されている誰か……という線が一番濃厚だな。

「はぁ……にしても、そういう訳か。キルの葉を直接口にすれば、そりゃ精神的な作用があってもおかしくはねぇな」

 キルの葉について詳しくは知らないが、危険な麻薬をそのまま食べたらヤバいことになると言うのだけは、容易に想像できる。
 そして、実際に目の前で想像通りのことが起こっていた。

「くっ こりゃ冒険者ギルドに知らせないと。従魔の視覚を介して見たと言えば信じてもらえるだろ」

 これでも俺は、一応期待の新人として扱われている。
 酒場で絡んできた冒険者を目つぶしした件が、そこそこ広まったようだ。
 だが、あくまでも”そこそこ”なので、めちゃくちゃ注目されてる!って訳じゃない。せいぜい、一部始終を見ていた冒険者と、情報収集の大切さをよく理解している冒険者――後はギルド職員ぐらいだ。
 俺がテイマーだということも、毎日スライムと一緒に来ていることから、ギルド職員の間では割と周知の事実となっている。故に、信じてもらえるって訳だ。
 ギルドマスターも、妙に俺のことを気にかけているし。

「じゃ、行くか」

 夕飯までずっとごろごろしたかったんだけどなぁと思いながらも、俺はネムと共に冒険者ギルドへと向かうのであった。