そして、自室に転移した俺は直ぐに身支度を始める。

「えっと……靴と服はこれにするか。ああ、替えも持っていこう。あとは革袋をいくつかと、金は……ここにあるの全部持ってこ」

 服を鍛錬用の服に着替え、靴を履き替えると、俺は持っていくものを見繕ってく。
 そして、準備が終わった俺は詠唱を紡ぐ。

「魔力よ。空間へ干渉せよ。我が亜空間を開け」

 すると、俺の目の前にぽっかりと空間を切り抜いたかのような穴が現れた。そして、その中に宝物庫から貰って来た剣を放り込む。
 これは空間収納(スペーショナル・ボックス)という魔法で、亜空間という空間を作り出し、その中に様々な物を収納する魔法だ。
 容量は使用者の魔力容量、魔力強度、技量によって様々で、俺の場合はクローゼット1つ分といった感じだ。まあ、凄いと言う程ではないが、全体平均よりは結構上だな。

「さてと。行くか」

 俺は荷物をつめたリュックサックを背負うと、そう言う。

「きゅきゅ!」

 ネムはそう鳴き声を上げると、リュックサックの中にスポッと入った。
 そして、俺は……いや、俺たちは長いこと過ごしたこの部屋に別れを告げた。
 廊下を歩いていると、使用人たちがひそひそと何か言っていた。耳をすませば、「フィーレル家から勘当されたんだってー?」と聞こえてくる。
 だが、それは無視して俺は歩き続ける。
 すると、目の前に誰かが立った。

「ここから追い出されたのね。そして、平民になったと。まあ、自業自得よね」

 そう。リディアだ。
 俺が勘当され、平民になったからか、何も取り繕うことなく俺を笑う。
 あーイラつくな。
 最後ぐらい仕返ししてもいいかな?

「ほら。平民。頭を垂れて私を敬いなさい」

「あ? 黙れよ」

 今までの鬱憤がとうとう爆発し、俺は殺気を露わにしながら、ドスのきいた声でそう言った。

「ひ、ひぃ……」

 強くなろうと鍛錬を続けてきた俺の、鬱憤が爆発したような殺気に、鍛錬とは無縁の生活を送っていたお嬢様であるリディアが耐えられるはずもない。
 リディアは萎縮し、怯えたように後ずさる。
 そこに俺は1歩近づくと、()()()空間転移(ワープ)を発動させて、リディアの背後に回る。

「俺が本気を出せば、この屋敷程度簡単に落とせるぞ」

 そして、肩にぽんと手を置くと、リディアの耳元で囁くようにそう言った。

「ひあっ……う……」

 いきなり背後に回られたことで恐怖心が限界を超えたのか、リディアはふらふらと地面に座り込む。

「無様だな」

 最後にそう吐き捨てると、俺はそのまま去って行った。
 ちょろちょろ~と背後から()の流れる音が聞こえてきたが……まあ、気にしないでおこう。
 すると、遠目からまるでいつものことだと言いたげな様子で眺めていた使用人がリディアに駆け寄る。
 そして、続けざまに俺の方を見る。

「ガリア様に不敬罪として報告しますよ」

 使用人の1人が俺を睨みつけると、リディアを介抱しながらそう言う。

「なるほど。つまりお前はリディアの醜態も報告するということか。それこそ不敬罪でリディアに処されそうだなぁ。まあ、俺みたいな雑魚がリディアをどうにか出来ると、ガリアは思うのかな? どうせいつもの悪戯が失敗したのだろうとでも思うんじゃないか?」

 俺は振り返ると、わざとらしくそう言う。
 そうそう。貴族は外聞を気にするからね。
 特にプライドの高いリディアのことだ。どうせ「恥ずかしいから言わないで!」とでも言うんじゃないかな?

「まあ、言わない方が賢明だよ」

 最後にそう言い残して、俺は今度こそ去って行った。
 そして、エントランスから外に出る。

「ふぅ……」

 外に出た俺は、手傘で目元を隠しながら陽光を眺める。
 そして、再び歩き出すと、門を抜けた。
 こうして俺はフィーレル家から勘当され、”シン・フォン・フィーレル”ではなく、”シン”として、自由に生きていくことになるのであった。