F級テイマーは数の暴力で世界を裏から支配する

 自室へと戻った俺はベッドにゴロリと仰向けで寝転がると、口を開く。

「さてと。んじゃ、早速ネムの視覚を覗いてみるか」

 俺はそう呟くと、自身とネムの間にある繋がりを探るようにして、ネムの目に入り込むイメージをする。
 すると、ふわっと視界が変わり、真っ暗になった。
 そして、ぴちゃぴちゃと水の跳ねる音が反響するように聞こえてくる。どうやら成功のようだ。

「よし。流石にこの距離の視覚共有は出来るか。てか、音が聞こえるってことは、何気に感覚共有も出来てるのか。これも結構凄いことだよな? ……あとは、この距離から命令を下せるかだが……」

 俺は若干不安になりながらも、下水道を進むネムに命令を下す。

「ネム。俺の言葉が伝わっているのなら、そこで立ち止まってくれないかな?」

 すると、さっきまで聞こえていたぴちゃぴちゃという音が止まった。
 本当に、立ち止まった……!

「ネム。再び目的地へ――下水道の外へ向かって進んでくれ」

 するとどうだろうか。
 なんと、再びぴちゃぴちゃと音が響き始めたのだ。

「よし。これは成功で間違いないな」

 俺は思わずニヤリと笑う。
 F級では流石に厳しいだろうと思っていたのだが、まさか成功するとはね。思念伝達って、個人差はあれど基本的にC級以上だし。
 でも、これはマジでありがたい。これで、街の様子も好きに楽しむことが出来るだろう。
 まあ、ヘマして見つかったら、最悪殺されちゃいそうだから、そこは気をつけないと。

「……あ、光だ」

 奥にうっすらと見えて来た光。間違いない。あそこが出口だ。
 すると、俺の気持ちを汲んだのか、ネムの進む速度が若干早くなった。

 ぴちゃぴちゃぴちゃぴちゃ……

 そしてついに、細かい網目を通り抜けて、下水道の外に――屋敷の外に出ることが出来た。

「よし。さて、ここはどこだろうか……?」

 俺はネムに周囲を見渡すよう命じながらそう呟く。
 目の前には川があり、上には青空……と、川にかかった橋を渡る多くの人。

「やっぱりあの川に出たか」

 ダンジョン都市、シュレインには上下を丁度区切るように横断する川が流れており、この街に住む人々の生活用水となっている。
 下水道から出た場所ということから考えると、ここは川下である東の方なのだろう。

「さてと……まずはここから上がらないとな」

 ただ、どうやって出ればいいのだろうか。
 すぐ目の前には川が流れ、橋はここから3メートルも上に位置している。
 流石にスライムでは、どうやったってここから出ることは出来ない。唯一方法があるとすれば、川に流されることで、街の外へ行くことぐらいしか……

「う~ん……川の先には確か森が広がってたよな。ただ、そこへ行かせるのは結構危険だな……」

 俺は腕を組みながら、ムムムと唸る。
 簡単に見つけられるとはいえ、流石に初めてテイムし、名前まで付けたスライムを捨て駒にするような行動は取りたくない。あそこには、スライムよりも強い魔物が跳梁跋扈しているんだよ。
 やれやれ。愛着が湧いてしまうのも、考え物だなぁ……

「……しゃーない。一旦下水道内に戻ってくれ。何匹かスライムをテイムして、余裕が出来てから偵察に行かせるとするか」

 俺はネムに命令をして、下水道内へと戻らせる。
 すると、前方から何か動くものが見えて来た。

「何だ!? ……ああ、スライムか」

 そこにいたのは、1匹のスライムだった。
 別にスライムは共食いとかはしないので、特に警戒する必要も無いだろう。
 すると、ここでふと好奇心からあることを思い付く。

「ここから遠隔でテイムできたりしないかな?」

 そんな反則じみたテイマーなんて聞いたことないが、別にやっても損はしないし、折角の手札なのだから、試せることは試しておかないと。
 そんな思いから、俺は目の前でぽよんぽよんと可愛らしく上下に動くスライムに”テイム”を使う。
 すると――

「……ん!? 繋がった!?」

 まさかの成功に、俺は思わずがばっとベッドから起き上がる。
 そのせいで一時的に視覚共有が切れ、元の部屋へと引き戻されたが、直ぐにネムと視覚を共有する。

「マジかよ。マジでやべぇな……」

 俺は目の前にいるスライムをじっと見つめながら、感嘆の息を漏らす。
 再び自身の感覚を確かめてみるが、確かに繋がりが1つ増えているのが感じられる。

「……変わってみるか」

 俺は確認とばかりに、視覚をそのスライムに移しかえる。
 すると、ふっと視界が切り替わった。
 目の前には1匹のスライム。そして、その後ろには下水道の出口。
 視覚共有が出来るということは、テイムできているという確固たる証拠にほかならない。
 ああ、確定だ。
 どうやら俺はテイムした魔物の視覚越しに見た魔物もテイム出来るらしい。
「……ははっ ”テイム”でこんなことが出来るだなんてな。S級でも絶対無理だろ。聞いたことが無いし。もしや、これが転生特典とか……?」

 いや、流石にそりゃないか。
 だったら何でわざわざF級にしたんだって話になるし。
 ていうか、そもそも転生特典を渡す神と呼ばれる存在がいるのかすらも分からない。
 確かに祝福(ギフト)っていうのはあるけど、それを神が与えているという証拠はどこにもないしな。

「まあ、可能性が広がったのは嬉しい誤算だ。他にも色々あるかもだし、ネムだけはこっちに移動させとくか。来てくれ、ネム」

 視覚共有を切ると、俺はネムがここに来ることをイメージする。
 すると、ぱっと目の前に薄青色の生き物――スライムことネムが現れた。

「おっと」

 俺はもう少し腕を大きく広げると、ネムを両手で抱きかかえる。
 大きさとしては、体長15センチ程。5歳児の俺ではちょっと大きめに感じてしまう。

「きゅ! きゅ! きゅ!」

 ネムはまるで主人に懐く子犬のように、べったりと俺にくっつく。
 う、すまん。流石に臭い。あと、下水道の汚れが多少……
 だが、問題ない。むしろこれは想定していたことだ。

「魔力よ。光り輝き浄化せよ」

 すると、ひかっと俺の服とネムが光に包まれたかと思えば、汚れがきれいさっぱりなくなった。

「これでよし」

「きゅきゅ?」

 ニヤリと笑う俺に、ネムは不思議そうに首(?)を傾げた。
 今使った魔法が、つい先ほどエリーさんに教えてもらった光属性魔法、浄化(クリーン)だ。
 今みたいに、大抵の汚れは消すことが出来る。キッツい汚れは何度もかけなきゃダメだろうけど、割ときれいな侯爵家の下水道に住んでいたネムなら、これくらいで十分綺麗に出来る。
 更に、浄化(クリーン)で臭いの発生源がきれいになったお陰で、臭いも大分消えた。
 まだ少し空気中に残っているが、まあ暫く経てば消えるだろ。

「よしよし。こうしてみると、結構可愛いな」

「きゅきゅきゅ!」

 ネムの体はひんやりとした柔らかいゼリーのような感じで、結構気持ちいい。
 そして、こうやって子犬のように懐いてくれる。
 ははは……どんどん愛着が湧いてくるな。
 一部の貴族でスライムを飼うのが流行っていると耳にしたときはめっちゃ不思議に思ったが、今ならよく分かる。

「さてと……あ、あっちのスライムはなにやってんだろ?」

 何も命令していないときはどうしているのかと不思議に思った俺は、下水道に残ったスライムと視覚を共有する。
 すると、そこでは先ほどと同じようにぴちゃぴちゃと音がした。どうやら、普通に過ごしているようだ。
 ……あ、いいこと思いついた。

「あのさ。スライムと出会ったら、俺にそのことを伝えるっていうのは……できる?」

「きゅ!」

 俺の質問に、下水道にいるスライムは元気よく返事をした。
 へ~出来るんだ。んじゃ、頼んでみるか。

「頼んだよ」

 そう言って、俺は視覚を自身に戻すと、再びネムに視線を合わせる。

「きゅ!きゅ!きゅ!」

 すると、そこにはぽかぽかと腕(?)で俺を叩くネムの姿があった。
 あれ? 何か怒ってるような感じがするんだが……

「あれ? 怒ってる?」

「きゅ!」

 当然とでも言うかのように、ネムは頭(?)を動かして頷いた。
 あ、やっぱり怒ってたか。
 にしても何故……

「……あ、もしかして、他のスライムと話してたから?」

 思い当たる節がそれしかなく、俺はそう問いかける。すると、ネムは「きゅ!」と強く頷いた。
 やっぱり嫉妬かーい。
 てか、スライムも嫉妬するんだな……

「あーやっぱりそうか……まあ、大丈夫だよ。ネムが最初にテイムした魔物だからね。今後嫌でも特別扱いするさ。だから、他の従魔と会話したり、多少仲良くするぐらいは許してくれよ」

 そう言いながら、俺はネムの体を優しく撫でる。
 すると、それだけで上機嫌になったのか、ネムは「きゅきゅ!」と鳴き声を上げて、頷いてくれた。

「うん。ありがとう。あ、そういやネムの隠し場所はどうするか……」

 ここに呼んだはいいものの、隠し場所が無い。誰かに見つかるのは避けたいからなぁ……
 何かめんどくさいことになりそうだし。
 俺はネムを抱きかかえたまま、ゴロリと後ろに寝転がり、天井を見る。

「ん~……あ、あそこだ!」

 俺は天井裏に続く小さな隙間を指差すと、声を上げた。
 使用人だって、流石に天井裏までは掃除しないだろ。年に1回ぐらいはありそうだが、その時は上手いこと隠れてもらうことにしよう。
 そう思った俺は、早速ネムに声をかける。

「ネム。俺がこの部屋から出ている間は、あの隙間から天井裏に入って、そこに隠れてくれないかな?」

「きゅっきゅっ!」

 俺の言葉に、ネムは首(?)を横に振った。出来ない……じゃなくて、嫌だってことか。
 理由は恐らく、俺と離れたくないからだろう。さっきの嫉妬ぶりを見れば、容易く予想できる。
 確かに、俺も出来れば一緒にいたいけど、生憎俺の体は小さい。故に、ネムを隠し持つことが出来ないのだ。
 あともう数年経ち、体が大きくなれば、服の裏とかに隠せろうだろうけど……

「うん。その気持ちは分かるよ。ただね。もし、君の存在がバレてしまったら、二度と俺と会えなくなってしまうかもしれないんだよ。それは嫌だろう?」

「きゅ!? きゅきゅきゅ!」

 俺は優しく諭すように、ネムに声をかける。
 すると、ネムは俺の言葉にビクッと体を震わせるや否や、ぶんぶんと頭(?)を上下に振った。
 どうやら説得には成功したみたいだ。

「うん。ありがとう。まあ、基本はこの部屋にいるから、安心して」

 そう言って、俺は優しくネムを撫でる。
 すると突然、頭の中に響き渡るような鳴き声が聞こえて来た。

『きゅきゅ!』

「ん!? ……ああ。あっちのスライムか」

 俺は一瞬驚いたが、直ぐに繋がりから下水道の方にいるスライムの鳴き声であると理解すると、そのスライムの視覚に意識を移す。
 直後、視界は暗転した。だが、目の前に何かがいるというのだけは分かる。

「なるほど。スライムを見つけたのか。では、”テイム”」

 俺は目の前にいる何かがスライムであると判断すると、即座に”テイム”を使う。
 すると、目の前にいる何か――スライムと繋がる感覚がした。

「よし。成功だな。じゃ、君はこのまま下水道を出て、川を下り、その先にある森を目指してくれ。着いたら報告を。誰にも見つからないように気を付けてくれ」

「きゅきゅ!」

 俺の命令に、そのスライムは元気よく鳴き声を上げると、ぴちゃぴちゃと水音を立てながら、ここから去って行った。
 もしかしたら、あのスライムは死んでしまうかもしれないが……それは仕方ないと割り切ろう。
 無論、死なせないように手は尽くすつもりだが、それでも万が一ということはあるのだ。
 何せ、スライムは最弱クラスの魔物の中でも特に弱いとされている魔物なのだから――

「ふぅ」

 俺は息をつくと、視覚を元に戻す。
 そして、相変わらずじゃれてくるネムを優しく抱きしめた。
 数日後の朝。
 朝食を食べ終えた俺はベッドに寝転がりながらネムを撫でていた。
 ただ、視覚は街に放ったスライムの1匹に移している。ついさっき、このスライムから新たなスライムを見つけたという報告が来たんだよね。

「よし。”テイム”!」

 俺は慣れた動作で目の前にいるスライムをテイムすると、念のため繋がりがあることをちゃんと確認する。

「……うん。あるね。じゃ、戻るか」

 そう呟いて、俺は視覚を自身の下に戻す。
 ここ最近はずっと”テイム”を使っている。
 森や街に放ったスライムの視覚から情報を得つつ、新たなスライムを手に入れるって感じだね。
 ただ、この前自室でぶつくさ独り言を言っているのがバレてめんどくさいことになった為、今はだいぶ小声で喋っている。
 とまあ、こんな感じのことを繰り返してたら、いつの間にかテイムしているスライムが50匹を超えてしまった。

「流石にこれは異常だよな……? うん。やっぱり異常だよな?」

 俺はネムを撫でながら、訝るように言葉を紡ぐ。
 確かに、弱い魔物の方が沢山テイムできると本には書かれていた。
 だが、例えスライムでも、精々10匹が限界のはずだ。ましてや、俺はF級なので、それよりも更に下だと思っていた。
 それなのに何故、50匹以上もテイム出来ているのだろうか……
 しかも、限界は今だ感じておらず、まだまだテイム出来ると思う。

「何でだろうな……と言っても、原因なんて分からんな……あ、強いて言えば、転生者だから……とか?」

 結局これといった理由は出てこず、俺はため息をつくと、今度は森にいるスライムの視覚に移る。
 すると、そこに広がっていたのは大自然だった。
 周囲一帯が草木で覆われており、まるでジャングルの奥地に迷い込んだようだ。
 そこには、スライムという自身の体よりもずっと小さい存在の視覚から見ていることが関係しているのだと思う。

「いや~こうして色々なところを安全な場所から見られるって、結構凄いことだよなぁ……」

 初めはハズレだと思ったF級の”テイム”。
 確かに強い魔物はテイム出来ないので、戦闘面では微妙なところがある。だが、こういった情報収集に使えるのは結構有用だ。それに、俺の場合は他の”テイム”持ち――テイマーよりも圧倒的な数の魔物をテイム出来るし、その魔物越しにテイムすることだって出来る。
 まだまだ未知数なところもある為、今後どんどん使い方を開拓してけば、いずれS級祝福(ギフト)の使い手に引けを取らない実力を手に入れるやもしれない。

 コンコン

 すると、部屋の扉がノックされた。
 この時間帯に来る人と言えば、1人しかいない。
 俺は即座にネムを天井裏へと向かわせると、口を開く。

「入ってください。エリーさん」

 すると、ギィっと扉が開き、エリーさんが入って来た。
 エリーさんはその場で一礼をすると、口を開く。

「おはようございます。シン様。では、今日はここで授業をしたいと思います」

「あ、そうなんですね。分かりました」

 俺は子供らしい笑みを浮かべながら頷くと、ベッドから起き上がり、椅子に座る。
 そして、エリーさんはそこから数歩歩くと、俺の前にあるテーブルの上に本を置いた。

「では、今日は今後空間属性魔法の習得をしてみましょう」

 お、ようやく空間属性に入れるのか。
 空間属性に関連する書物は大体読んでいるのだが、どうせなら教わってからにした方が良いと思って、使ってはいないんだよね。

「知っての通り、空間属性魔法は全属性魔法の中で、もっとも難しい魔法です。そして、もっとも事故の起きやすい魔法でもあります。なので、私の指示に従って、気を付けてやってくださいね」

「分かりました」

「はい。では、最初は空間属性魔法の基礎となる魔法を習得できるようにしましょう」

 そう言って、エリーさんは本をパラパラと捲る。そして、ピタリと手を止めると、ある部分を指差した。

「この空間把握(スペーショナル)が、まず最初に覚えてもらう魔法よ。この魔法の効果は周囲の空間の把握よ。まあ、分かりにくいだろうから、本当にざっくりと言ってしまうと、これは部屋の広さを知る魔法ね。取りあえず今はそれだけ覚えてくれてればいいわ」

「分かりました」

 まあ、そこら辺は随分前に本を読んでいたお陰で知っている。
 空間属性魔法って、今みたいな凄く曖昧な感じのやつが多いんだよね。
 火を生み出すとか、水を生み出すとか、そういうイメージしやすいやつじゃない。それが、空間属性がもっとも難しいと言われる理由の1つなのだ。

「まずは詠唱を唱えてみて。イメージ……はもう本当に魔法の効果の通りになることを強く願う……かな。流石にこれは簡単な言葉では説明できないからね」

「そうですか……やってみます」

 確かにこれはイメージしづらい。だって、空間を把握しろって言われても、理論的には説明できないだろ?
 まあ、言ってしまえばこれは完全な感覚系……つまりは慣れだ。
 何度も挑戦して、自力で手掛かりを見つけるしかないのだ。
 俺は息を吐くと、詠唱を唱える。

「魔力よ。この空間に干渉せよ」

 直後、何かふわっとした感覚に陥った。
 だが、言ってしまえばそれだけだ。正直言って、魔法の効果は感じられない。
 どうやら失敗したようだ。

「……無理でした」

「そう……でも、見た感じ発動は出来ているみたいだから、それだけでも十分いいわよ。後は何度も何度も繰り返しやれば、いつか成功するわ」

「分かりました」

 凄いと手を叩くエリーの言葉に俺は頷くと、再び空間把握(スペーショナル)を発動させるのであった。
 1か月後の朝。
 朝食を食べた俺はネムを膝の上に乗せながら、椅子の上に座っていた。
 そして、いつものように空間把握(スペーショナル)を使う。
 すると、この部屋がどの程度の広さなのかや、置かれている家具の位置と大きさが感覚的に、すっと頭の中に入って来た。

「よし。だいぶ空間把握(スペーショナル)が使えるようになってきたな。これだけ使えれば、他の空間属性の魔法も使えるようになるんじゃないかなぁ……」

 何度も何度も反復練習し、ようやく空間把握(スペーショナル)が手足のように使えるようになったことに、俺は頬を緩ませる。
 すると、ふと頭の中に鳴き声が響き渡る。

『きゅきゅ!』

 その鳴き声を聞いた俺は、すぐさま繋がりを辿って、視覚をそのスライムに移す。
 あれから更に沢山テイムし、今や1000匹を超えている。お陰で自身を呼ぶスライムがどこのスライムなのか判別するのにちょっと手間がかかるんだよね。

「”テイム”」

 視覚が移ったことを確認した俺は、即座に”テイム”を使うと、繋がりが出来たことを確認すると同時に視覚を元に戻す。
 この動作も慣れたもので、今では10秒もかからずにこの動作を済ますことができる。

「は~あ……ん?」

 ふと、また別のスライムから連絡が入る。
 このスライムは屋敷の入り口にある木の上に監視カメラみたいな感じで設置したやつだな……

「ああ、父……いや、ガリアが帰って来たのか」

 俺は一瞬敵意を露わにすると、底冷えするような声で言う。
 そして、即座にそのスライムに視線を移した。
 すると、そこには馬車から降りるガリアの姿があった。

「ちっ 面倒だ。まあ、今の俺には仲間がいる。1人じゃないんだ」

 視覚を戻すと、俺は膝上のネムを優しく撫でる。

「きゅきゅ!」

 すると、ネムは甘えるように体を俺に押し付けた。
 相変わらず可愛い奴だ。
 他のスライムと比べると扱いには天と地ほどの差があるが……まあ、1000を超えるスライムたちに分け隔てなく接するのは無理があるからね。

「この調子でどんどんスライムをテイムしていけば、なんだかんだ言って結構強くなれるんじゃないかな?」

 いや、それよりも――

「世界中にスライムを配置して、世界中のあらゆる情報を握り、世界を裏から支配する。そんな厨二っぽいことも出来たりして」

 誰かが聞いたら痛いと言われるような夢を、俺はニヤリと笑みを浮かべながら口にした。

 ◇ ◇ ◇

 一方その頃。
 シンの父、ガリアは供を連れて屋敷に入った。すると、そこには頭を下げる家宰ギュンターの姿があった。

「屋敷の管理、ご苦労であった。して、何か問題はあったか?」

「ありがとうございます。それで、問題は特にございませんでした」

「そうか。ならよい」

 ガリアは厳格さを見せながら、ギュンターの言葉に頷いた。
 そして、そのまままっすぐとした足取りで執務室へと向かう。

「……ああ。魔法師団副団長、エリーを連れてこい。シンの結果が知を知りたいからな」

 途中、思い出したかのようにガリアは横を歩くギュンターに命令を下す。するとギュンターは「かしこまりました」と言って、近くにいたガリアの供の1人に至急エリーを連れてくるよう命じる。
 その後、執務室に着いたガリアはそこで供と別れると、ギュンターと2人だけで執務室の中に入った。
 そして、執務机の椅子にガリアが座り、その横にギュンターが控える。

「……は~疲れた」

 ギュンター以外、誰もいなくなったことを確認したガリアは途端に破顔させると、どこか気の抜けた声でそう言う。

「ははは。お疲れ様でしたな。やはり、貴族会議は大変ですか?」

「ああ。もう大変ったらありゃしない。どいつもこいつも派閥争いばかりして、今や両方弱っていやがる。まあ、お陰で私のような中立派が1番利益を得ているのだから、どういう顔をしたらいいのやら。だが、あれで国が崩壊したら、利益どころではないな……」

 そう言って、ガリアは深くため息をつく。
 ガリアにとって、1番大切なのは己の利益。故に、その利益を得る場所が減ってしまうのは避けたいのだ。
 それに国が崩壊すれば、民の不信感から、最悪の場合革命などが発生して、命を狙われる可能性すらある。

 コンコン

 すると部屋の扉がノックされた。
 ガリアは即座に顔を引き締めると、低い声で「入れ」と言う。
 直後、扉が開き、1人の女性が入って来た。
 その女性――エリーは1歩前へ進んで礼をすると、前へと進む。
 そして、執務机から数歩分離れた場所で立ち止まると、頭を下げ、口を開いた。

「魔法師団副団長エリー。ただ今参りました」

「ああ、よく来たな。では、早速本題に入ろう。シンの魔法はどうだった?」

 一瞬ガリアの瞳が冷ややかなものになる。それを敏感に察知したエリーはぶるりと体を震わせるが、魔法師としての心で即座に落ち着かせると、口を開く。

「はっ こちらが初日の測定結果をまとめたものになります」

 そう言って、エリーは手に持っていた1枚の紙を差し出す。

「では、受け取りますね」

 傍に控えるギュンターが数歩前に出て、エリーから紙を受け取ると、それをガリアに手渡した。
 紙を受け取ったガリアは、何か忌々しいものを見るような目で紙を広げ、内容を確認する。

(ちっ 平凡もいい所だな。祝福(ギフト)が酷過ぎた分、魔法は優れているかもと淡い期待を抱いた私が馬鹿だった。あいつはゴミだ。レントの代わりとして、念のため置いてはおくが、いずれ我がフィーレル家から抹消してやる)

 怒りをぶつけるかのように、ぐしゃ……とガリアは測定結果の紙を握りしめた。

「もういい。シンにこれ以上魔法の指導はさせない。無駄だからな」

 無駄……という言葉にエリーはぴくりと反応し、声を出そうとする……が、寸でのところで飲み込む。
 ここで意見した場合、どう考えても碌な目に遭わないと、本能が告げたからだ。

「武術も教えようかと思ったが、どうせ無駄だな。これからはレントに期待するとしよう。下がれ」

「……はい。失礼しました」

 エリーはそう言って頭を下げると、もやもやとした心持ちのまま、部屋から出て行った。

(シン様はとてもお出来になる方だ。そもそも、魔力容量と魔力回路強度は強さを測る上での指標の1つでしかない。その2つが平凡でも、強者と呼ばれた魔法師は少なくないことぐらい、ガリア様なら分かる筈なのに何故……)

 エリーは廊下を歩きながら、そう疑問に思う。
 今思えば、測定結果を受け取ろうとした時から、ガリアの機嫌は悪かった。
 もしかして、シンとガリアは仲が悪いのだろうか。
 でも、まだ5歳であるシン相手に怒ることとは一体……

「分からない……わね。出来ればもっとシン様には色々とお教えしたかったけど……流石に逆らえないからね」

 物覚えが良く、どんどん成長していくシンの行く末をもっと見たい……という気持ちを心の中に押しとどめたエリーは、人知れず深く息を吐いた。
 一方その頃、ガリアはギュンターに書類を取ってくるよう命じると、誰もいなくなったことを今一度確認してから、鍵付きの引き出しに手をかける。これは魔力認証型の鍵で、本人以外が開けることは絶対に出来ない。まあ、引き出しなので、壊すのは結構簡単だが……
 ガリアは手をかざしてロックを解除すると、引き出しを引く。そして、中から紙に包まれた何かを取り出すと、手際よくそれに火をつけ、煙を口から吸う。

「すぅー……はぁ。すぅー……はぁ。やはり、ストレスが溜まった時はキルの葉を吸うに限るな」

 ガリアは途端に上機嫌になりながらそう呟くと、吸い殻もろとも引き出しの中に戻し、ロックをかける。
 ”キルの葉”は世界的に悪名高い中毒性のある麻薬で、吸うと気分が高揚したり、一時的に脳の回転が速くなるが、吸い過ぎると脳が縮んだり、魔力回路系の疾患を引き起こしやすくなる。故に、グラシア王国では違法薬として、所持していれば、誰であろうと処罰の対象だ。
 だが、ガリアは持っている。それが違法であると知りながら――
 あれから更に2年経過し、俺は7歳になっていた。
 両親とはもうほとんど会っていない。食事も、今や自室で1人。だが、あいつらとは顔を合わせるたびに嫌な顔をされるので、むしろありがたかった。
 兄弟はというと、弟のレントがつい最近3歳になったようで、盛大なパーティーが開かれたらしい。因みに、その1か月前にあった俺の誕生日の時はなんも無かったよ。祝ってくれたのはネムだけだ。
 べ、別に悲しくなんかないぞ!
 ……ゴホン。で、問題は姉のリディアだ。
 あいつは俺の祝福(ギフト)がしょぼいことを知ったのか、よくバカにしに来るんだよね。ガリアとミリアが見て見ぬふりをしていることが、その行動に拍車をかけている。
 ほら、今日も来た。
 剣術の鍛錬をしようと廊下を歩き、庭へ向かっていたら、後ろから忍び足でリディアが近づいてくるのを感じた。
 空間把握(スペーショナル)を使わずとも分かるぐらい、幼稚な忍び足だ。
 ポタッと雫が垂れる音が数回聞こえたことから、多分リディアは水が入ったグラスを持っている。
 どうせそれを後ろからかけて、俺をびしょ濡れにして笑う算段だ。

「怠いな」

 俺はボソリと呟く。
 魔法を使えば防げるのだが、こんなやつの為に魔力を使うなんてもったいない。
 魔力容量を増やす特訓は暇さえあればずっとやっているのだが、それでも平凡の域から抜け出すことは出来ていない。だから、そうほいほいと魔法は使えないんだよ。
 現に、ついさっきまで部屋で空間属性魔法の特訓をしてたせいで、魔力がほとんどないのだ。
 まあ、この状況でなにやってんのって聞けばいいのだろうが、どうせしらばっくれるだけだろうし。
 すると、ばしゃっと頭から水が降って来た。
 髪の毛と服がびっしゃびしゃに濡れて、気分が悪い。

「あら、ごめんなさいね。ちょっと手が滑ってしまったわ」

 リディアはわざとらしくそう言うと、イラつく笑い方をする。
 だが、俺は無視して歩き続けた。鍛錬用の服が濡れたところで、どうということは無い。髪もそうだ。
 どうせ後で汗だくになるんだ。
 俺はそう思いながら、歩き続ける。

 パリン!

「あー私が大切にしているグラスを壊すなんて、酷いですわ!」

 何か後ろから聞こえてきたが、構わず歩く。
 ああいうのは、構うだけ無駄なんだ。
 だが――

「いつか潰す」

 誰にも聞こえない声で、俺は怒りを露わにしながらそう言った。

 人がほとんど来ない、裏庭に辿り着いた俺は、袋にしまっていた木剣を取り出すと、素振りを始める。
 これでも俺は中学高校の6年間、剣道部に所属していた。強さで言えば3段――まあ、順当に段位を重ねた結果だな。
 因みに、同年代で比べると、上の下。意外と悪くないんだよね。

「はっ! はっ! はっ!」

 竹刀とはまた違った感触を持つ木剣を、俺は黙々と振り続ける。
 そして、本を元に型の練習をやる。
 本当は相手が欲しいのだが、残念なことにいない。
 まあ、無いものねだりをしても仕方がない。
 今はとにかく力を蓄えて、今後に備えないと。
 そして、いつの日かここを追い出された時に、前世からの憧れである冒険者になるんだ。




「は~あ。疲れた」

 俺はベンチに座りながら、タオルで汗を拭った。
 やっぱ適度に体を動かすのは楽しいね。何か頭がすっきりする感じ。
 まあ、これを前世の部活の時みたいに4時間とかやってると、だいぶ辛く感じるのだろうけど。

「さて、戻るか」

 俺は木剣を袋にしまうと、詠唱を唱える。

「魔力よ。空間へ干渉せよ。空間と空間を繋げ。我が身をかの空間へ送れ」

 直後、俺の足元に白い魔法陣が現れた。直後、その魔法陣が淡く光り出したかと思えば、俺の体は自室に移動していた。
 これはここ最近になって、ようやく使えるようになった空間転移(ワープ)だ。その名の通り、指定した場所へ一瞬で転移できる。
 ただ条件もあり、転移できる場所は過去に転移座標記録(ワープ・レコード)でその空間の座標を把握している所のみ。

「さてと。着替えるか」

 そう呟くと、俺は服を脱ぎ、籠に入れる。そして、いつもの貴族用の服に着替えた。

「はぁ……ネム。出て来ていいよ」

 ベッドの淵に腰かけた俺は、虚空に向かってそう言う。すると、天井の隙間から1匹のスライム――ネムが出て来た。
 ネムはそこから勢いよく跳び出ると、俺の肩に跳びつく。

「おうっと。ははは。寂しかったか?」

「きゅきゅ!」

 当然とでも言いたげなネムを、俺は朗らかな笑みを浮かべながら優しく撫でる。
 やっぱ日常に癒しは必要不可欠だな。

「あ、それで、俺が鍛錬している間に他のスライムから連絡来た?」

「きゅきゅきゅ!」

 俺の質問に、ネムは元気よく頷く。やっぱり連絡は来てたか。
 まあ、それもそのはず。何せ、現在俺がテイムしているスライムの数は15万匹を超えた。
 テイム勧誘用のスライムはかなり限定しているが、それでもここ最近は1日200件以上来る。そして、それらの連絡は全てネムにするよう言ってあるのだ。
 さて、鍛錬していた2時間ちょいで、何件ぐらい来たのだろうか……

「よし。連絡したスライム。俺との距離が近い奴から順に報告してくれ」

 俺は繋がっているスライム全てに命令を下す。すると、直ぐに1匹のスライムから「きゅきゅ!」と連絡が来た。
 その連絡を聞いた俺は即座に繋がりを辿って視覚をそのスライムに移す。そして。即座に”テイム”を使うと次に連絡が来たスライムの視覚へ移動する。
 1匹あたりにかかる時間は驚異の1秒弱。そんな早業を何十回とやり、連絡が来なくなったことを確認すると、視覚を元に戻す。
 そして、視覚を戻した俺は今テイムしたスライム全てに”生存を第一に考えて、その周辺にいてくれ”と命令した。

「よし。こんなとこか」

 俺はそう呟くと、ネムを胸に抱いたまま、ベッドに仰向けで倒れ込む。
 この2年間で、大分成長したな。今やスライム配置場所はシュレインとその近くにある森だけにとどまらず、王都ティリアンやその近くにある他の街にも配置して、情報を収集している。
 偶に貴重な情報――例えば貴族家の弱みを握るようなものもあり、やりようによっては多分いくつかの貴族家を傀儡にすることだって出来るだろう。流石にこれを知った時は思わずニヤリとしてしまった。
 ただ、弱みを握っているってバレたら殺される可能性が大いにあるから、いざという時の最終手段にとどめておくとしよう。

「さて、多分俺がここにいれるのは短くて2年。長くても4年かな……?」

 俺はボソリと呟く。
 何せ、あと2年でレントが5歳になり、祝福(ギフト)を授かるのだ。
 その時に、ついでみたいな感じで厄介払いされる可能性も大いにあるんだよね。それで、なんで長くても4年なのかと言うと、貴族は12歳になったら、誰であろうと強制的に王都にある学園に6年間ぶち込まれるんだよね。で、そこで色々と繋がりを作ったりするそうだ。
 そんな色々と大切な学園に、F級の祝福(ギフト)を持った子供を入れようものなら、何かの拍子にバレた時、とんでもないことになる。
 それを回避する手っ取り早い方法が、それまでに勘当する……というわけだ。病気等の理由をつけて行かせない方法もあるが、侯爵家であるが故に、それが原因で良からぬ噂が立つ可能性も高い。

「それまでに、少しでも強くならないとな。俺最大の強みは15万を超える大量のスライム。これを生かして他にも何か出来ないだろうか……?」

 俺は顎に手を当てるとそう呟いた。
 そして、そんな俺を、ネムは「きゅ?」と不思議そうに見ていたのであった。
 更に2年が経ち、俺は9歳になっていた。
 そして、今日は待ちに待った……と言う程でもないが、弟レントの5歳の誕生日なのだ。
 さて、レントは一体どんな祝福(ギフト)を授かるのだろうか……

「……お、教会に着いたか」

 都市中に配置したスライムの視覚に移り続けることによって、馬車の動向を常時監視していた俺はぼそりと呟いた。
 そして、教会に入るガリア、ミリア、レントを確認すると、俺は視覚を教会内部に潜入させているスライムに移した。

「ようこそおいで下さいました。ご子息のお誕生日、まことにおめでとうございます」

 教会の上から見下ろすようにして、俺は前と変わらぬ挨拶をする司教を見る。
 そして、それに対してガリアが応えると、早速レントを主神エリアス様の像の下へと送る。
 レントはどこか堂々とした立ち居振る舞いを見せながら主神エリアス様の像の所までくると、膝をつき、手を組む。
 レントはあれだね。良くも悪くも堂々としてるって感じなんだよね。
 確かに貴族なら、堂々とするのは正しい行為だ。消極的な仕草では、嫌でも侮られるからね。ただ、レントってリディアに唆されたのか、ガリアから聞いたのかは分からんが、俺に堂々と嫌がらせをしてくるんだよね。リディアは多少なりとも周りの目を考えているのだが、レントはもう……本当に色々とやってくる。
 隠す気も無く、正面から水ぶっかけてきたり、祝福(ギフト)について言ってきたりと、ある意味リディアより厄介だ。
 一応幼い子供だと思い、優しく諭そうと思った時期もあったのだが、「えふきゅーの祝福(ギフト)持ちが僕に逆らうな!」って言われたことで、プチッと静かにキレると共に諦めた。
 幼い子供相手に怒るなんて大人げないだろうが……まあ、仕方ないね。
 そんなことを思っていたら、レントの体がうっすらと光に包まれた。

「お、授かったか」

 祝福(ギフト)を授かった時に生じる光を確認した俺は、そう呟いた。
 すると、そんなレントにガリアとミリアが歩み寄る。

「レントよ。どのような祝福(ギフト)を授かったのだ?」

 俺の時とは違い、どこか祈るような口調でガリアはレントにそう問いかける。
 レントが俺の二の舞になろうものなら、レントも俺のような扱いへと変わり、更に下にいる3歳の弟へと関心が移ることだろう。
 こうして考えると、ガリアは本当に子供のことを駒としか思ってないな。まあ、甘い考えを捨てなければ、貴族社会は生き残れないっていう点には同意するけどさ。
 すると、手を下ろし、立ち上がったレントが口を開いた。

「はい。父上。僕は”剣士”の祝福(ギフト)を授かりました」

 はきはきとしたレントの言葉に、俺はなるほどと頷いた。ガリアとミリアも同じような反応だ。
 ”剣士”の祝福(ギフト)を持つ人は、結構多い。”テイム”の祝福を持つ人の約10倍と言えば、その多さが分かるだろう。
 それで、”剣士”の祝福(ギフト)の主な効果は剣を持った時の身体能力上昇だ。これに関しては、F級であろうが持っている。それ以外となると、空間把握能力や、戦闘勘、見切りの瞳等が有名どころだな。まあ、大まかに言ってしまえば、剣に関することが軒並み上昇すると言ったところか。

「さて、”剣士”は階級が顕著に強さとして現れる最たる例だからな。レントの階級はどのくらいなのだろうか……?」

 最も多く出るのは、真ん中のC級。時点でB級とD級だ。
 このことから、俺は順当にこの3つの内のどれかであると予想している。
 これでE級とかいう微妙なやつが来たら、どんな反応するんだろうか……
 そんなことを考えていたら、レントが大理石の台の上に手を置いた。
 すると、その上にホログラムのように階級が映し出される。

「どれどれ……?」

 俺は目を凝らして、そこに映し出された階級を見る。
 そして、思わず「マジか……!」と感嘆の息を漏らした。

「へぇ。まさかA級とは……」

 そこには、確かにA級の文字が映し出されていた。
 こりゃもう当たりだな。1000人に1人と言われるA級を引き当てるとは、随分と運のいいやつだな。
 まあ、それを言ったら、俺も1000人に1人と言われるF級を引き当ててるんだけどね。
 そうしてレントの祝福(ギフト)がA級だったことに思わず乾いた笑いをしていると、ガリアが声を上げた。

「素晴らしい! よくぞA級の祝福(ギフト)を授かってくれた。次期フィーレル家当主はレントで決まりだな」

 ガリアは今までに見たこと無いぐらい上機嫌に笑いながら、レントの頭をわしゃわしゃと撫でる。

「流石私の息子ね。誇りに思うわ」

 ミリアも凄く上機嫌に笑みを浮かべながら、レントの頭を優しく撫でる。
 そして、その様子を俺は上から複雑そうな表情で見ていた。

祝福(ギフト)1つでここまで扱いに差が出る……か。知ってはいたものの、いざこうやって比較してみると、本当に酷いものだな」

 フィーレル家の長男がF級の祝福(ギフト)を持っていることが、貴族社会において非常にマズいということは、俺もよく理解している。だが、納得は出来ない。
 ここ4年間は本当にストレスの溜まる生活だった。ネムという癒しがなければ、結構危うかったかもしれない。しかも、俺は精神的にはもう大人だ。そんな俺でさえ、ここまでストレスを感じたのだ。もし俺の精神までもが子供だとしたら、ネムがいなかったとしたら……
 うん。考えるだけでも恐ろしいね。

「ま、あの様子なら、家に帰ったら俺抜きのパーティーでもやるんだろうな。で、それを期に俺も追放されるのかな……?」

 この世界では、9歳で働いている人も珍しくない。恐らく俺も適当な理由をつけられてぽいっと屋敷から放り出されるのではないだろうか。まあ、こんな屋敷からは一刻も早く出たいと思っているから、俺としてはありがたい。
 貴族家にしかないような貴重な書物等があるせいで、今までは出たくないと思っていたのだが、ここ最近ようやく読みたいと思っていた本をあらかた読みつくしてしまったので、もう未練はないんだけどね。
 強いて言うなら、衣食住が保障されたある意味安全な場所でもう少し強くなっておきたかったのだが……まあ、いいか。

「さてと。そろそろやるか。”テイム”」

 俺は視覚を自身の体に戻すと、勧誘用スライム()()の視覚を見る。
 色々とごっちゃごちゃだが、気にすることなく俺は即座に”テイム”を使う。すると、一気に数百と繋がりが増えたように感じた。
 そして、即座に視覚を自身に戻す。

「ふぅ。流石に頭が痛いな」

 膨大な情報量に頭を痛め、俺はベッドに仰向けで寝転がると、頭に手を当てる。すると、そこにネムがやってきて、ぺとっと額に覆いかぶさった。
 ああ、気持ちいい……

「あーありがとな。やはり、この方法は疲れる。だが、”テイム”を使う頻度は以前よりもだいぶ減らせるし、それでいて効率もいいからな」

 そう。さっきやったのは、テイム勧誘用のスライム()()の視覚を同時に見ながら、”テイム”を使ったのだ。こうすることで、たった1回”テイム”を使うだけで、数百近くのスライムを同時にテイム出来るのだ。ただ問題もあり、同時に何百という景色を見るものだから、情報過多で頭が痛くなる。同時に見る景色が多すぎれば、最悪死ぬかもしれない。まあ、そこはしっかりと検証を重ね、耐えられるラインをきちんと理解しているから問題ない。

「さてと。暇になったし、魔法の鍛錬でもするか」

 魔法――その中でも空間属性はマジで慣れが必要だ。
 4年間欠かさず鍛錬してきたお陰でだいぶ使いこなせるようになってきたが、それでもまだ足りない。
 何せ、俺の魔力容量と魔力回路強度は平均より少し上程度なのだ。あれだけ魔力枯渇をして、魔力容量と魔力回路強度を増やす特訓をしたにもかかわらずだ。
 そんな俺が強者と渡り合うには、技量を鍛えるしかない。少しでも魔法の無駄をなくして、魔力の消費を抑えないと、自分よりもその2つが上の相手には地力の差で負けてしまうのだ。
 一応今の魔法の技量は、同年代で考えればトップクラスだと思っている。だが、それは同年代。つまりは子供の間では……という意味で、全体的に見れば全然上には上がいる。

「頑張らないとな」

 俺は気合を入れると、お得意の空間属性魔法の鍛錬を始めた。
 レントが祝福(ギフト)を授かってから数日後。
 俺は超久々にガリアから呼び出しをくらった。
 用件は聞かされていないが……まあ、予想は出来ている。
 ガリアがこのタイミングで俺を呼び出すなんて、()()()を伝えようとしているとしか思えない。
 そう思いながらメイドに連れられ、執務室の前に連れてこられた俺は扉をノックする。すると、中から低い声で「入れ」と言わた。

「失礼します」

 扉を開け、中に入った俺は平然とした態度で頭を下げる。
 そして顔を上げると、更に数歩歩き、部屋の中央付近で立ち止まる。
 前方には執務机に肘をつき、目の前で手を組むガリアと、その横で控えるギュンターの姿が見えた。
 すると、ガリアが口を開く。

「お前は知らないだろうが、先日私の()()であるレントが祝福(ギフト)を授かったんだ」

「それはおめでたいことですね」

 ガリアがレントのことを()()と言ったことにピクリと頬を動かしつつも、俺は形式ぶった態度で祝福の言葉を言う。
 そんな余裕のある俺の態度が気に入らないのか、ガリアはちっと舌打ちをする。

「レントの祝福(ギフト)はA級の”剣士”だ。お前とは大違いだな」

 侮蔑するような口調でガリアはそう言う。
 ……何かウザいな。
 チートな部分はあれど、肝心なところはF級相当という”テイム”の祝福(ギフト)のこと。結構気にしてるんだよね……

「それは本当にそうですね。敵いませんよ」

 ”誰が”とは言わずにそう言う。
 A級だろうが所詮剣士は個としての力。
 剣1本で60万を超える俺のスライムに勝てるとは到底思えない。
 勝てるとすれば、集団戦に強い殲滅系の魔法師とかかな。あとは理不尽の権化ことS級の戦闘系祝福(ギフト)を持ってる奴全般か。
 ……S級はともかく、殲滅系の魔法師はそこそこ居るな。
 すると、ガリアはまた俺の態度が気に入らないのか、今度は鼻を鳴らす。

「ふん。随分と余裕そうな態度だな。お前が今、どんな立場なのか教えてやろうか?」

「いえ、結構です。僕がどのような立場に立っているのかはよく分かっていますので。どれだけ努力しようが、もう当主にはなれないということを――」

 子供相手に随分と大人げないことをしてる奴だなぁと思いつつ、俺はガリアにそう言う。
 すると、ガリアは「なんだ。分かっているではないか」とどこか驚いたような口調で言った。

「なら、話は早い。この私、ガリア・フォン・フィーレルが命じる。本日、お前をフィーレル家から勘当する。今後一切フィーレルの名を名乗ることは許さん。荷物をまとめ、即刻出ていくといい」

 どこか愉悦に満ちた声で、ガリアはとうとう俺にその命令を下した。
 勘当されたと言われた瞬間、俺はちょっとした喪失感と、ここから出られる喜びを感じた。

「分かりました。これまでお世話になりました」

 平然とそう言って、俺はくるりと背を向ける。
 こうして俺は最後まで表情も口調も変えることなくガリアとの対話を済ませ、執務室を後にした。
 背後から「最後まで忌々しい奴だ」と聞こえてきたが、無視してやった。

「……さて、最後に嫌がらせでもしとくか」

 部屋に戻った俺は、ニヤリと笑みを浮かべる。
 あいつは荷物をまとめてここを出て行けと言った。
 ならその”荷物”。別に宝物庫にある()()でも問題ないよねぇ?

「よし。近づいてくる奴はいない……な。魔力よ。空間へ干渉せよ。空間と空間を繋げ。我が身をかの空間へ送れ」

 直後、俺の姿は部屋から消え――

「よっと」

 次の瞬間には宝物庫の中にいた。
 様々な貴重品が床に置かれており、これぞ宝物庫って感じがする。

「まさか宝物庫に転移されるとは思ってないだろうな」

 顎に手を当て、クククと笑いながら、俺はそう言う。
 この宝物庫には、当然魔道具で魔法の結界が張られており、専門的な技術を有していない人が侵入しようと思えば、警報覚悟でそれを壊すしかない。が、俺の場合は違う。
 1年程前、宝物庫へ向かうガリアの服の裏にこっそりとスライムをつけておいたのだ。
 そのスライムは体長僅か2センチほどしかない変異種であった為、バレることは無かった。
 あとはそのスライム越しに”転移座標記録(ワープ・レコード)”を使って座標を記録して転移出来るようにしたって感じだ。
 その後、そのスライムは普通に召喚で回収すれば問題なし……うん。我ながらいい作戦だったな。

「さてと。どれにしようかな……?」

 取るとは言ったものの、あからさまにレアなやつを取ったら、その捜索が行われた時に俺が容疑者の1人として扱われる可能性もある。それは非常に面倒だ。
 だから、ここは取っても暫くは取られたことが発覚しなさそうな、埋もれているものを貰うとしよう。

「なーにかいいのは……お、これいいじゃん!」

 そう言って、俺が引っ張り出したのは宝物庫の奥に埃をかぶって放置されていた剣だ。
 すっと鞘を抜いてみると、見事な刀身が露わとなった。

「おお。これはミスリルだな」

 ミスリル製の刀身を見て、俺は感嘆の息を漏らす。
 ミスリルとは、ファンタジー世界では定番の白銀色の金属で、硬くて魔力を良く通すのが特徴だ。故に、刀身に魔力を流して斬れば、結構な斬れ味となる。

「うん。これを貰ってこう。ミスリルの剣が結構レアだから、変に目立つ可能性もあるが……まあ、人前で使わなきゃ問題ないだろ。ネム、埃を食べてくれ」

「きゅきゅきゅ!」

 ネムは任せて!とでも言うように元気よく鳴き声を上げると、刀身に纏わりつく。そしてそのままずりずりと持ち手まで移動する。
 その後、鞘の埃も同様に食べると、俺の胸に跳びついた。

「ありがとう」

 そう言って、俺はネムを撫でる。
 スライムは基本何でも食べるが、このように埃も食べてくれる。
 いやーこれはありがたいね!
 一家に1匹スライムがいるだけで埃は格段に減る!
 まあ、現実はそうもいかず、埃以外も色々と食べるから逆に迷惑になるっていうね。
 ネムはテイムされているから、問題ないのだけど。

「さて、魔法発動体……は出来れば指輪型がいいけど……ここにはちょっとしかないな。これはやめとくか。使う頻度も高いだろうし」

 魔法発動体とは、魔法師が良く持っている杖のことで、あれに魔力を通して魔法を発動させると、威力が少し上がったり、消費魔力が少し減ったりする。仕組みとしては、単純に魔法発動時の無駄を省いただけだが、その効果は絶大だ。
 だが、俺の場合は基本的に空間転移(ワープ)で背後を取ってから剣で斬るのが主な戦い方となる為、どうしても杖だと邪魔になる。
 そこで目をつけたのが指輪型の魔法発動体なのだが、これは結構貴重なんだよね。見た感じ、この宝物庫には2個しかない。ガリアとミリアが常に所持しているのを含めても4個。流石にこれを取ったら直ぐバレて、面倒なことになりそうだな。

「はぁ……じゃあもう行くか。これ以上ここに時間を費やすのはマズそうだ」

 自室にいないことがバレる前に戻ろうと思った俺は、その剣を手にしたまま、即座に空間転移(ワープ)で自室に転移した。
 そして、自室に転移した俺は直ぐに身支度を始める。

「えっと……靴と服はこれにするか。ああ、替えも持っていこう。あとは革袋をいくつかと、金は……ここにあるの全部持ってこ」

 服を鍛錬用の服に着替え、靴を履き替えると、俺は持っていくものを見繕ってく。
 そして、準備が終わった俺は詠唱を紡ぐ。

「魔力よ。空間へ干渉せよ。我が亜空間を開け」

 すると、俺の目の前にぽっかりと空間を切り抜いたかのような穴が現れた。そして、その中に宝物庫から貰って来た剣を放り込む。
 これは空間収納(スペーショナル・ボックス)という魔法で、亜空間という空間を作り出し、その中に様々な物を収納する魔法だ。
 容量は使用者の魔力容量、魔力強度、技量によって様々で、俺の場合はクローゼット1つ分といった感じだ。まあ、凄いと言う程ではないが、全体平均よりは結構上だな。

「さてと。行くか」

 俺は荷物をつめたリュックサックを背負うと、そう言う。

「きゅきゅ!」

 ネムはそう鳴き声を上げると、リュックサックの中にスポッと入った。
 そして、俺は……いや、俺たちは長いこと過ごしたこの部屋に別れを告げた。
 廊下を歩いていると、使用人たちがひそひそと何か言っていた。耳をすませば、「フィーレル家から勘当されたんだってー?」と聞こえてくる。
 だが、それは無視して俺は歩き続ける。
 すると、目の前に誰かが立った。

「ここから追い出されたのね。そして、平民になったと。まあ、自業自得よね」

 そう。リディアだ。
 俺が勘当され、平民になったからか、何も取り繕うことなく俺を笑う。
 あーイラつくな。
 最後ぐらい仕返ししてもいいかな?

「ほら。平民。頭を垂れて私を敬いなさい」

「あ? 黙れよ」

 今までの鬱憤がとうとう爆発し、俺は殺気を露わにしながら、ドスのきいた声でそう言った。

「ひ、ひぃ……」

 強くなろうと鍛錬を続けてきた俺の、鬱憤が爆発したような殺気に、鍛錬とは無縁の生活を送っていたお嬢様であるリディアが耐えられるはずもない。
 リディアは萎縮し、怯えたように後ずさる。
 そこに俺は1歩近づくと、()()()空間転移(ワープ)を発動させて、リディアの背後に回る。

「俺が本気を出せば、この屋敷程度簡単に落とせるぞ」

 そして、肩にぽんと手を置くと、リディアの耳元で囁くようにそう言った。

「ひあっ……う……」

 いきなり背後に回られたことで恐怖心が限界を超えたのか、リディアはふらふらと地面に座り込む。

「無様だな」

 最後にそう吐き捨てると、俺はそのまま去って行った。
 ちょろちょろ~と背後から()の流れる音が聞こえてきたが……まあ、気にしないでおこう。
 すると、遠目からまるでいつものことだと言いたげな様子で眺めていた使用人がリディアに駆け寄る。
 そして、続けざまに俺の方を見る。

「ガリア様に不敬罪として報告しますよ」

 使用人の1人が俺を睨みつけると、リディアを介抱しながらそう言う。

「なるほど。つまりお前はリディアの醜態も報告するということか。それこそ不敬罪でリディアに処されそうだなぁ。まあ、俺みたいな雑魚がリディアをどうにか出来ると、ガリアは思うのかな? どうせいつもの悪戯が失敗したのだろうとでも思うんじゃないか?」

 俺は振り返ると、わざとらしくそう言う。
 そうそう。貴族は外聞を気にするからね。
 特にプライドの高いリディアのことだ。どうせ「恥ずかしいから言わないで!」とでも言うんじゃないかな?

「まあ、言わない方が賢明だよ」

 最後にそう言い残して、俺は今度こそ去って行った。
 そして、エントランスから外に出る。

「ふぅ……」

 外に出た俺は、手傘で目元を隠しながら陽光を眺める。
 そして、再び歩き出すと、門を抜けた。
 こうして俺はフィーレル家から勘当され、”シン・フォン・フィーレル”ではなく、”シン”として、自由に生きていくことになるのであった。
 フィーレル家から勘当され、屋敷から追い出された俺は、ダンジョン都市、シュレインの街並みを眺めながら、のんびりと歩いていた。
 行き交う人々で賑わい、活気がある。

「なんだか解放感があるな」

 俺は清々しい思いでそう言う。
 まるで檻から解き放たれた鳥のようだ。
 ただ、檻から出たら出たで新たな問題も発生する。
 それは……金だ。
 今までは曲がりなりにもフィーレル家の人間であったが為に、何もしなくても生活できたし、欲しいものもある程度は手に入った。
 だが、これからは違う。
 自分で稼ぎ、その金で生活しなければならないのだ。
 既に稼ぐ方法は考えてある。というか、これで稼ぎたいがために、今まで鍛錬を積んできたのだ。
 それは……冒険者だ。
 冒険者とは、簡単に言えば人々の生活を脅かす魔物を倒し、それで金を貰って生活している人たちのことだ。他にも魔物が出る地域での薬草採取や護衛、ちょっとした手伝いなど、細かく見ればやることは多岐にわたる。
 そんな冒険者に総じて必要なのは強さだ。強くなければ、直ぐに死ぬ。何せ、冒険者という職業は、殉職率が万年トップなのだ。だがそれでも、一攫千金が狙いやすい職業として、そこそこ人気の職業になっている。あと、冒険者になるだけなら簡単なのもポイントが高い。

「んじゃ、冒険者ギルドに行くか」

 早速冒険者ギルドに行って冒険者登録をする。その後は簡単そうな依頼をこなして、宿を見つけよう。
 一先ずの予定が決まった俺は、冒険者ギルドに向かって走り出した。

 10分程で冒険者ギルドに辿り着いた俺は両開きの扉を開け、中に入る。
 冒険者ギルドはスライムを通して何度も見てはいるのだが、いざこうやって来てみると、なんだか感慨深いものを感じる。
 酒場には昼間っから酒を飲んでるおっさん冒険者。良い依頼はあらかた取られ、不人気な依頼しか残っていない依頼が貼られた掲示板。そして正面奥にはかなり空いている受付。

「うん。やっぱり10時過ぎると結構空いてるな」

 俺は物珍しそうに辺りを見回しながら、てくてくと奥に向かって歩き続ける。
 そして、受付に着いた俺は冒険者登録をするべく、受付嬢に声をかけた。

「冒険者登録をしにきました」

 俺はハッキリとした声でそう言った。すると、受付嬢が口を開く。

「分かりました。では、こちらの紙に記入をお願いします。書けるところのみお書きください。あ、代筆は必要ですか?」

 受付嬢は丁寧な口調でそう言いながら、1枚の紙と鉛筆を俺の前に出すと、言い忘れたとでも言うように、そう問いかけて来た。
 ああ、そういやこの国……と言うよりこの世界は現代日本みたいに教育があまり行き届いていないんだったな。文字を読めはするけど書けない人は意外といるのだとか。
 俺はフィーレル家長男として、5歳まではちゃんと教育を受けていたので、問題はないけどね。

「いや、代筆は必要ない」

 そう言って代筆を断ると、俺は鉛筆を手に取り、用紙を見る。
 そこには名前、祝福(ギフト)名、祝福(ギフト)の階級、魔法適正、主な戦い方の5つを書く欄があった。
 名前はシン……っと。魔法適正は……空間属性、光属性、闇属性……っと。
 で、主な戦い方か。
 ん~……あまり手の内は晒したくないし、普通に剣でいいか。
 ここで求められていることって、どちらかと言えば戦えるかどうかを知ることだからね。まともに戦えない人を冒険者にするのは流石に駄目なのだ。
 それで、問題は祝福(ギフト)だ。
 流石にここを馬鹿正直に”テイム”、”F級”と書こうものなら、一発でアウトになる可能性が割とある。それぐらい、祝福(ギフト)というのはこの世界で重要視されているのだ。
 まあ、F級と書かないのは確定として、”テイム”はどうするか……
 いや、迷うぐらいなら書かない方がいいな。
 そう思い、俺はその2つの欄は書かずに鉛筆と共に受付嬢に返す。

「ん……祝福(ギフト)については書かなくてもよろしいのですか?」

 受付嬢はその2つの欄が書かれていないことを訝り、そう問いかける。
 まあ確かに、祝福(ギフト)について書かない人は見たこと無いな。
 ここに置いたスライムから受付も見ていた俺から見れば、その疑問は至極全うだと思った。
 だが……

「ああ。手の内はなるべく隠したいしな。直ぐにバレるかもしれないが、まあそん時はそん時だ」

 俺は肩をすくめると、おどけたような口調でそう言う。
 貴族の時はこんな風に感情を露わにするなんて真似はあまり出来なかったからな〜
 なんだか前世の俺に戻ったような感じだ。

「分かりました。見たところ、問題もなさそうですし、冒険者カードを発行しましょう」

 受付嬢はそう言うと、受付の下から名刺サイズのカードを取り出した。証明に照らされ、銅色に光っている。
 すると、受付嬢はそのカードにペンで俺の名前を書いていく。そして、その下に”Fランク”と書くと、俺の前に差し出した。
 俺はそれを受け取ると、ポケットの中に入れる。

「今お渡しした物が冒険者カードになります。冒険者はSからFの7段階に分けられており、シンさんは現在1番下のFランクです。ランクが上がる基準は冒険者ギルドが独自に定めており、詳細は言えませんが、幅広く依頼をこなすことが重要とだけお伝えします」

 なるほどなるほど。
 まあ、ランクについては知ってたけど、そのランクを上げるにはそれが重要なのか……
 意外とこういうのを律儀にやってくのが近道だったりするので、取りあえずはその通りにやってみるとしよう。

「依頼はあちらにある掲示板から依頼書を剥がし、こちらへ持ってくることで受けたことになります。ただし、中には違約金が発生する依頼もございますので、ご注意ください。あと、依頼にはゴブリン討伐などの常設の依頼もあり、こちらは違約金も発生しませんし、依頼書をこちらへ持ってこなくても結構です。というか、持ってこないでください」

 最後の言葉だけ何か必死そうだったな。
 前例が大量にあるのだろうか?
 まあ、言われたからにはそりゃ持ってこないよ。受付嬢に白い目で見られたくないし。

「そして、知っての通りここにはシュレインのダンジョンがございますが、あそこに入れるのは安全上Dランク以上からとなっておりますので、ご注意ください」

 あーそうそう。
 ダンジョンって、Dランクにならないと入れないんだよね。
 異世界名物の1つでもあるし、さっさとランクを上げて入らないと。
 俺は空間転移(ワープ)が使えるから、いざとなったら結構簡単に逃げられるんだよね。
 ただし、魔力が残っている時に限る。

「それでは、説明は以上となります。分からないことがございましたら、気軽にお声がけください。それでは、頑張ってください」

「分かりました」

 俺はニコリと笑って頷くと、踵を返して歩き出した。