駅の出入口から空の様子を眺めていた。
 相変わらず雨は止まず、むしろ少し強くなっているような感じがしている。
 慌ててバスに乗る子たちの姿を横目に、わたしは傘を広げて歩いていく。
 明日からは晴れるという予報なんだけど、本当なんだろうか。きちんと晴れるかもしれないし、今日の雨が長引いてしまうことだってあるだろう。
 これから先、何が起きるなんてわからない。
 だから、わたしは今日の雨を見ておきたかった。
 きちんと歩いて学校に行こう。教室の雰囲気だけでも感じよう。
 また悪い子と出会ってしまったらどうしよう......。
 わたしの心を撫でるように強い風が吹いた。思わずよろけたわたしは傍にあった水溜りに左足を突っ込んでしまった。
 これは困ったと、慌てて目先のところにあったマンションの軒先に避難する。
「ああ、どうしよう」
 ローファーを脱ぐと、もう靴下からぐっしょりと濡れてしまっていた。しかも片方だけなんて余計に気持ち悪い。
 脱いでしまおうか我慢して履いて行こうか。
 迷ったあげく、靴下の上にローファーを履き直した。
 
 だけども、わたしはこのまま歩いていくことはできなかった。

 ・・・

 また再び空を見上げる。
 その場に立ち尽くしたまま、どれくらいの時間が経っているだろう。
 右手には折り畳み傘がぶらりと揺れている。いや、正確には折り畳み傘だったもの。先ほどの強風にあおられたときに、骨が折れてしまった。
 何度か差し直そうとするものの、いつもみたいに広がることはできずにしぼんでしまう。
 もう捨てるしかないだろう。
 そういえば、わたしも中学校で捨てられたんだっけなどと考えると、わたしの頬に苦笑が混じる。
 
 登校する時間にはまだ余裕があるから、少しなら小降りになるのを待てるかもしれない。
 でも、しばらく経っても雨のようすは変わらない。仕方がないから、走って行ってしまおうか。
「......仕方ないかあ」
 誰にも届かない独り言をつぶやきながら、わたしが足を踏み出した時だった。
 
 ......不思議と、わたしが雨に濡れることはなかった。
 
 視界の縁からそっと差し出してくれたもの。
 わたしの頭上に咲いたのは傘だった。しかもきちんとした大きなやつ。
「あの、良ければ入ってください」
 抑揚のある明るい声はイヤホン越しでもはっきりと聞こえた。その声の主はこちらを見つめている。わたしもきみの方から瞳を離せなかった。
 記憶の糸をたどる。お互いに持ち合わせたものがリボンのように形作られるのは難しくなかった。
「さっきはありがとうございます。駅で腕を伸ばしてくれて」
「ううん、わたしこそ」
 目の前に映る人物は、駅のホームでわたしの乗る電車に乗り込もうと走っていた子だった。まさかこんなところで出会うなんて思いもしなかった。
「......だから、助けようとしてくれたお礼です。
私の傘に入って学校に行こう、ソフィアちゃん!」
 屈託のない笑みに、ついわたしの目は丸くなる。それより、アニメを知っているなんて。
「当たり前だよ! 私まだ小さい妹居るから、毎週欠かさず見てるんだ。
それで、駅であなたのことを見て、ソフィアが本当に居るんだって思っちゃって。だから見失わないよう、近くのドアから乗り込みたかったんだよ」
 恥ずかし気もなく告げる彼女に、わたしの顔はもう真っ赤だ。
 そういえば、『プリンセス・ソフィア』は主人公の香織ちゃんが金髪だったっけ。アニメ作品だから気にも留めなかったけれど、わたしも一緒だと気づいたのははじめてのことだった。
 
 彼女が差し出す傘に、わたしはためらわないで入る。
 恥ずかしさも後ろめたさも不思議と感じなかった。

「私の名前は理沙(りさ)っていうんだよ」
「わたしの名前は花蓮。よろしくね」
 ひとつの傘の下、わたしたちはお互いに自己紹介をする。
 童顔に眼鏡で、アニメに出てきたら主人公を引き立てる友人みたいな感じだろうなという印象を受ける。お互いに外国籍っぽい名前で興味深い感じがした。
 この子と同じクラスになれますように。

 ・・・

 呼びかけられる言葉で、わたしが受け取る雰囲気もだいぶ変わるんだ。
 明るい足取りのまま、視界の先に高校が見えてくる。
 
 実のところは、プリンセスは悪い奴を懲らしめているだけじゃなかった。
 みんなに迷惑をかけるものに対して怒っているだけ。アニメではよく学校のシーンを見ることがあったけど、それは周りに迷惑をかける男子に対して叱っているんだ。
 
 それはみんなに笑顔で生活していてほしいと願っているから。
 
 わたしは、また香織ちゃんの服を作ってもらうようお願いしてみようと思う。
 これまでとこれからを夢見て、人は生活しているんじゃないかと考えた。
 ソフィアの願いごとを胸に、新しい生活を過ごしてみたいな。
 
 春の雨は温かい。