部活が終わり、私は例のバリサクの子に声をかけようとした。だが、その子は泣いていた。

 また何か言われたんか……? あまり人前で泣くような子じゃないし、そうとうつらいんじゃねぇか?

 私はついに声をかけた。その子はまるで鬼を見たかのような、強ばった顔をする。
 やばい、怖がらせちゃった? でも声をかけただけだし大丈夫だよね。

「そんなに部活、キツいの?」

 その子はこくっとうなずき、「居場所ないですし、パート練習の時に嫌がらされるんです」と答える。

 やっぱり……そうだよなあ。じゃあ提案してみるか。

「それなら部活、やめたら? やめたら楽になるんじゃない? もしかしてそうかなって思って、退部届持ってきたから」

 私はカバンの中からファイルに入れた退部届と入部届を取り出し、その子に渡した。

「書いたら顧問に渡してよ。あ、私でもいいから」

 その子は涙をぽろぽろと流す。私はぽんぽんとその子の肩を叩き、「それじゃあね」と言ってその場を去った。

 その次の日から、音楽室にはバリトンサックス奏者の姿が消えた。