5話

 西園寺さんとの邂逅から一週間が経った。

 傍からすれば天才だの凡人だの何を自意識過剰なことを言っているのかと思われるかもしれない。
 確かに俺より才能がある人はいくらでもいる。天才という二文字は俺には相応しくないかもしれない。
 けれどそこに努力を加えられる人間は数少なくなる。
 天才とは好んで尋常ではない努力が出来る者だと俺は考えている。
 好きこそ物の上手なれ、なんて言葉があるくらいだ。そこに元々の才能が加われば天才が生まれるのだと俺は思う。
 俺は今まで千時間を超えるほど音楽に時間を費やしてきた。寝る間も惜しんで楽器を触ってきた。

 そんな俺の前に突然舞い降りた同じ天才と関われるチャンス。

「ふふっ、やっぱり君なら来てくれると思ったわ」

 俺を前にした西園寺さんは口角をつり上げる。
 まるで俺が来ることを信じきっていた様子だった。

「俺が来なかったらどうするつもりだったんだ?」
「その時は適当にカバー曲でも歌う予定だったわ。まぁ佐伯君のような天才がこの機会を逃すわけがないけれど」

 俺の問いに西園寺さんは微笑みながら答えた。
 今まで俺の感情は俺にしか出来ないと思っていた。けれど彼女は俺の考えすらも見越したように語る。
 これが彼女の言う天才なら天才と分かち合えばいいというものなのだろうか。

「それで佐伯君のバンドには了承を得たのかしら?」
「知ってたんだな。演奏会に出ること」
「もちろん。情報がなければ誘うなんてこと出来ないもの」

 学校でバンドをした文化祭から一週間も経ってから西園寺さんが俺を誘った理由は、どうやらその間に俺の情報を集めていたからのようだ。

「やりたいことが見つかったって言ったら笑顔で送り出してくれたよ……」
「良い友達を持ったわね」
「あぁ、俺には勿体ないぐらいだよ」

 嫌われることも覚悟で俺は包み隠さず全てのことを郁人と颯太に話した。
 すると二人は笑顔で俺が西園寺さんとバンドを組むことを了承してくれた。
 俺が彼女とバンドを組むということは、郁人たちのバンドを抜けることを意味する。もし俺がこの期間にバンドを抜ければ三週間後の演奏会に参加するのは不可能となる。
 それを承知で二人は俺を快く送り出してくれた。

『まぁ明人の才能は俺たちじゃ手に負えないのは分かってたことだしな。明人がもっと活躍してくれるならお前と最初に組めたバンドメンバーとしてこれ以上に誇らしいことはねぇよ』
『文化祭で一緒に演奏できただけでも楽しかったよ。僕たちも負けないようにこれからも頑張るから!』

 俺は二人に本当の実力を見せないようにしていたが、薄々二人とも俺が実力を隠していることを察していたらしい。
 それでもなお俺が自分から口にするまでは聞かないでいてくれた。
 本当に二人には感謝してもしきれない。
 改めてこの二人とだけはずっと友達でいたいと思った。

「それは私にはもう手に入らない存在よ。大切にするのね」

 西園寺さんは俺には聞こえないような声量でぼそりと呟いた。
 聞き直そうとしたが、これ以上は彼女はその話題を口にすることはなかった。

「ちなみに演奏会まであと三週間しかないわ。それまでに私の隣に立てるぐらいのレベルまで仕上げられるのかしら?」
「何を言ってるんだ?」
「え?」

 俺の言葉に西園寺さんは虚を突かれたかのように唖然とする。
 いつも平然としている彼女には驚いた姿は珍しかった。

「隣に立つなら俺は堂々と西園寺さんを食らう。余裕かましてると俺の方が注目を浴びるぞ?」

 再び本気で音楽をやるのと決めたなら俺は二度と躊躇わない。
 今まで培ってきた経験を才能と絡めて惜しみなく使わせてもらう。
 それで西園寺さんが目立たなくなるようでは彼女もそれまでということだ。

「ふふっ、やっぱり佐伯君もちゃんとこっち側の人間のようね」
「誉め言葉として受け取っておくよ」

 俺の好戦的な姿勢に西園寺さんは嬉しそうに口角をあげる。
 それから俺たちは演奏会に向けての話し合いを始めた。


 そして三週間後、俺たちの初舞台である演奏会が始まる。