「うん。そもそも授業を聞いて日々復習してれば、テスト前にそんなに慌てないよね?」
私としては日々そんな過ごし方だから、テスト前に慌てることがない。
しかし、そんな私の過ごし方は三人にはあまり当たり前ではなかったようで……。
「ごめん、俺ら運動バカの集まりだから。有紗みたいには出来なくて、テスト前はこうなる……」
視線を斜め下に逸らしながら、要くんが言う。
「有紗みたいにしてれば良いんだろうけど、部活後ってお腹すいて、食べたら眠くなるのよ」
「うん、俺ら身体に正直に生きているから。こうして頭使う時に苦労すんだよな」
と日菜子と蒼くんは遠い目をしつつ、自身の生活ぶりを語る。
運動部ってエネルギー使うだろうし、仕方ないよなと思う。
だからこそ、私は今回も出来る範囲で三人を助けるつもりでいた。
その一つが、この復習でまとめたノートだった。
「とりあえず、これ見れば少しはマシになる、はず? 分からなかったら聞いていいよ」
伝えると、三人はとても嬉しそうな顔をして言った。
「今回もテスト期間一緒に勉強しよ!」
「いや、してください!!」
「頼む」
三人ともわかりやすいくらい頼ってくれる。
こんな時勉強していて良かったなと思えた。
「うん、いいよ。部活禁止期間になったら今回も放課後図書室で勉強会ね!」
ニコニコと言った。
「有紗の勉強会……」
「笑顔でスパルタ……、ゲフンゲフン……」
「あぁ、頼むな」
今回は期末だから範囲も広いし教科も多い。
頑張って教えないとね。
私がやる気になっていると、三人は少し遠い目をしていた。
そうして、梅雨も早めに明けた七月上旬あっという間にテスト期間に突入した。
今回もテスト前日まで図書室で下校時刻まで勉強会をした。
もちろん、赤点回避は必須なので容赦ない勉強会になったのは言うまでもない。
楽しい夏休みと、しっかり引退試合に出るため、三人も必死だった。
迎えた、期末テスト一日目。
英語、現代文、選択科目
2教科を受けて、次は選択科目の教室でのテストなので移動だ。
「有紗! 英語も現代文のテストも全部書けた! ありがと、有紗のおかげだよ」
移動前に弾んだ声で日菜子が声を掛けてきた。
その顔はとっても嬉しそう。
テスト期間にこんな表情の日菜子はめずらしい。
「日菜子がそんなにいい表情しているなら、今日のテストの出来はきっといいよ! 今日残り1教科頑張ろうね!」
一日目はこんな感じで過ぎていき、二日目、最終日も日菜子も蒼くんも要くんも皆今回もいい手応えでテスト期間を終えた。
テスト期間が終われば部活動も解禁。
今日から三人は部活に行った。
私も久しぶりに家庭科部の活動へ。
もともと、私の部活は週一の活動だ。
今日はマドレーヌとパウンドケーキを作る予定。
出来たら三人に届けてから帰るつもりだ。
「茜、久しぶり!」
「有紗! 今回も有紗はトップ争いしているかな?」
「それは結果が出るまで分からないわ」
苦笑いしつつ、私たちは家庭科室に入る。
今朝、買い出ししてここの冷蔵庫に材料は入れてあるので、さっそくお菓子作りに取り掛かる。
「ねぇ、水木くんと瀬名さんがお付き合いしていて、有紗と松島くんが付き合いだしたって、ホント?」
ニヤニヤして聞いてくるので、私は渋い顔をして答えた。
「私が誰とも付き合う気がないのを知っている癖に、そういうこと聞く?」
そう返せば、茜もここぞと言ってくる。
「だって、水木くん瀬名さんカップルと松島くん有紗で出かけて、松島くんと有紗が手をつないで歩いていたなんて目撃情報がはいったからさ」
ボウルで卵を混ぜながら言う茜。
私も粉を振るいながら、返す。
「確かに日菜子達と出掛けたけど、カップルのデートに巻き込まれただけよ? なにかあった訳じゃないもの」
この返しに神経を使ったのは言うまでもない。
なにもなかった訳じゃない……。
ハッキリとは言葉にされなかったけれど、松島くんにはにおわされた。
私が避けつづけていること……。
「でもさ、今日のお菓子。三人に持っていくでしょう?」
「お腹すくって言っていたし、持ってくつもりだよ。どうせ私と茜だけで食べきれないじゃない」
そんな私の言葉を待っていたのか、茜は実にいい笑顔で言った。
「だよね! ならばこの茜さんに任せなさい! 可愛くしてあげるから!」
口を動かしながらも手もしっかり動かしていた私たちは、すでに型に入れてオーブンに入れて焼き上がりを待つばかり。
こうして、逃げ場のない私は茜に捕獲されていじられるのだった。
茜は、どこに入れていたの? と言いたくなる程の物を出してくる。
コテに、メイク道具、鏡に櫛、ゴムにヘアピン。
学校のカバンに何を入れているのだ? とはなはだ疑問だが、それらを器用に駆使して私は普段のストレートの髪型からゆるふわカールのハーフアップスタイルに髪型を変えられた。
さらに、日焼け止めとリップクリームしか塗ってなかった私にうっすらだがナチュラルメイクをしていく。
そう、茜はとっても器用でご両親の美容室でも手伝いをしていたりする。
進路も既に美容短大で、学校推薦が決まっていた。
将来御両親と同じく、美容師を目指しているのだ。
そうして、鏡を見れば自分でするより可愛く仕上がった自分がいた。
「茜は、本当に器用だね」
「ま、あの両親の娘だからね」
私の髪は小さな頃から茜のお母さんが切ってくれている。
茜のご両親もまた事情を知る方達で、親切にしてくれている。
「あ! 焼きあがった」
オーブンから音がして、綺麗に焼けたマドレーヌとパウンドケーキが顔を出す。
マドレーヌはプレーンとココア味。
パウンドケーキはチョコチップとアーモンド、バナナ、抹茶の3つ焼いた。
少し冷ましてから、切り分けてマドレーヌも添えるとアイスティーを取り出してお茶にする。
「ん! 今日も美味しい!」
顔をほころばせて美味しそうに食べる、茜に続いて私も食べる。
「今日のも成功ね! これなら三人に持ってけるわ」
そうして、残りを三人に小分けに詰める。
それでも余ったのは、二人で持ち帰り用に詰めた。
今日の勉強の時間にでも、つまみながら食べようと思う。
三人に詰めた物を、手提げに入れて調理室の片付けを終えて鍵を締める。
この時間ならサッカー部もテニス部も校庭だろう。
茜と職員室に鍵を返しに行って、昇降口で靴に履き替えて私は校庭へと足を向けた。
「じゃあ茜、またね!」
「うん、気を付けてね」
別れて、歩きだした私はグラウンドへ向かう。
午後の日差しもだいぶきつくなってきた。
どんどん夏らしくなっていく。
ついこの間この通りの木はピンクの花びらを咲かせていたのに、今は緑の葉を茂らせている。
木の上から、セミの鳴き声がしてきた。
「思いっきり夏って感じになったね」
思わず見上げて聞き入って、また歩こうと視線を先に向ければ元気よく走り回るサッカー部の練習風景が見えてきた。
「あんなに早く走り回るんだね、お腹減るわけだ」
フェンス越しに眺めていると、キーパーの蒼くんが気付く。
「有紗ちゃん! 珍しいね、どうしたの?」
その声に、近くにいたサッカー部の面々がこちらを見て騒ぎ出す。
「あぁ!! マドンナが! マドンナが何故ここに!?」
「しかも、部長と仲良さそう! 部長彼女いるのに!?」
そんな叫びが上がる中、また一人こちらに駆け寄ってくる。
要くんだ。
「有紗、どうした?」
その顔には、汗が浮かびTシャツをめくって顔を拭いている。
綺麗に割れた腹筋が見えて、色々とドキドキさせられる。
「今日、久しぶりの部活で沢山お菓子を作ったから差し入れに。要くんと蒼くんの分しかないんだけど……」
二人に詰めたお菓子の袋を手渡す。すると、とってもいい笑顔でお礼を言ってくれた。
「有紗ちゃん、ありがとう! お腹減っているからありがたくいただくよ!」
「有紗、ありがとう。助かる」
微笑む二人に私もニッコリ笑って言う。
「いいえ! 練習頑張ってね! 私、あと日菜子に持ってくから。また、来週!」
そして、無事に二人に渡すと私は次にテニスコートに向かって歩き出した。
日菜子のテニス部はクラブ棟の裏にテニスコートがあり、そちらで練習している。
校庭からは近い。
そちらを覗くと、日菜子が指示出しして、ラリーを始めたところだった。
見守っていると、気づいた日菜子が寄ってきた。
「有紗! ここに来るの珍しいね、どうしたの?」
寄ってきた日菜子に、ニッコリ笑っていう。